ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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A tale of poetic justice

今日も後悔を数える。

勝たなかったレース、URAと学園の膿、止められなかった後輩、私の所為で苦しんだウマ娘。……誰かのために自分を捧げるウマ娘とトレーナー。

一つ一つ数えて、この胸に仕舞っていく。

せめて忘れないように。

せめて無駄にしないように。

 

私はそうやって生きてきたんだ。

 

だから、今もできることだけをする。

自分にできる精一杯を。

でも、それでもやっぱり苦しくて、時折ため息を吐く。

 

「どうしてこうなんだろうな」

 

そう一人ごちた。

 

組織は腐っている。

金儲けに溺れ、純血主義を掲げ、責任を誰かに押し付ける。

始末の悪いことに、誰もがそれを是としている。

 

URAの役員も、学園のウマ娘も、メディアも、観客でさえそれを見て見ぬふりをして恩恵を受けている。

何がトゥインクルシリーズだ。

誰かを救おうとするのに悪にならないといけなかったウマ娘がいる。

それがただ無知でいる――知ろうともしないだけの存在たちに圧殺されそうになった。

大切なものを失い、それでも走る彼女を、あさましくも「実は悪くありませんでした」で世間に受け入れさせようとしていた。

 

笑ってしまう。

私はそのおぞましき組織の幹部なのだ。

必死で私はURAを護ろうとしている。

 

改革を進めているが、組織が変わることはない。

そもそも頭が腐っているのだ。

悪しきを罰しても、手に取れるのは切れた尻尾だけ。

あと何年だ。

このURAを変えるのに、あと何年必要なんだ?

あと何を犠牲にすればURAは変われるんだ?

 

物思いにふけっていると不意に電話が鳴る。内線だ。

 

「はい、こちらシンザン」

『ウマ娘のお客様がお見えになっています。アポは取っていないと言っていますが……』

「ずいぶん素直だな。名前は?」

「ブラックトレイター様です」

「……通してくれ」

 

それからすぐにブラックトレイターはやってくる。

その表情は微笑みも、剣吞なものもない。

ただ、私を見つめるだけだ。

 

「会長」

「やあ、ここまでくるとは……何か用かな? ああ、その前に座ってくれ。お茶を出そう」

 

私は努めて微笑みを崩さずにお茶を淹れる。

ブラックトレイターはそれに大人しく従った。

 

ふと、復讐でもしに来たのかと思った。

ブラックトレイターからトレーナーくんを奪ったのは私だ。

それなら納得だな、と他人事のように思った。

 

お茶を出すが、ブラックトレイターはそれに手を付けなかった。

私は正面に座って、ブラックトレイターを見やる。

 

……強くなったな。

本当に強くなった。

無駄というものがほとんどない。

この2年はこのレベルの選手が3人も出てきたことが信じられないくらいだ。

 

「それで、どうしたんだい? 私に用があるんだろう?」

「はい。会長、質問があります」

「なんだい?」

「会長ってどのくらい偉いんですか?」

「どのくらい偉いか? うーん、説明しづらいな。私が一番偉かったら良かったんだけど、その下の役職は立場によって違うからね。私の今の役職はURA宣伝長かつURA会長補佐というものだ」

「結構偉いんですね」

「ああ、そうだな」

 

ブラックトレイターは頭を下げた。

 

「お願いがあるんです」

「聞こうか」

「トレーナーがトレーナーを続けられるようにしてください」

 

私はその言葉に黙った。

なんて説得しようか考えた。

諭すか、叱るか、ただ現実を言うか。

頭の中を整理しながら話し始める。

 

「結論から言うと、無理だ」

「何故ですか?」

「君がわからないわけないだろう? トレーナーくんは社会的に終わったんだ。罪を被ってトレーナーを辞めた。だからもう戻ってこれない。もうここに彼の居場所はないんだ」

「どうにかなりませんか」

「ならない。まず、トレーナーくんを呼び戻すということは信用問題につながる。あの記者会見はURAが主導で行ったことだ。もう撤回はできない。そうすればURAは荒れる」

 

そう言うと、ブラックトレイターは頷いた。

 

「じゃあ、URAが荒れてもいいです」

 

その言葉に私は一瞬止まった。

何かを言わないとと思って聞き返していた。

だが、声から動揺を隠すことはできなかった。

 

「……今、なんて言った?」

「URAが荒れてもいいから、トレーナーを続けさせてください」

 

私はとうとう、目を閉じた。

 

「……君は自分が何を言っているのか、わかっているのか?」

「わかっています。これが正しいことじゃないくらい。でも、トレーナーには続けてほしいんです」

「それでどれだけ不幸な人間が出てくるのかも、わかっているのか?」

「それはわかりません。会長、どうにかしてください」

 

いっそ清々しいほどの人任せだった。

私にもできないことくらいあるんだけどな、とぼんやりと思った。

 

「……ブラックトレイター、わがままを言うんじゃない」

「わがままを言っちゃ、ダメですか?」

「ダメだ。彼一人を護るのに、どれだけの犠牲が必要だと思う? 少なくともURAは荒れるし、組織の見直しは確実に入る。それに君だって無事じゃすまないんだぞ」

「僕ですか?」

「そうだ。トレーナーくんを呼び戻すということはあの記者会見が間違いだったということにするしかない。つまり、君はまた『悪』に後戻りだ。そうなれば今度こそここに君の居場所はなくなってしまう」

「わかりました」

「そうか、なら……」

「それでいいです」

「は?」

 

私はブラックトレイターの顔をまじまじと見てしまう。

冗談を言っている様子はない。

私はブラックトレイターのことを良く知っている。ブラックトレイターが一番恐れていることを知っている。

 

居場所がなくなること。

 

生まれてから今まで彼女が恐れていたことのはずだ。

それが、いったいなぜ?

 

「わかっているのか? 君はもう走れなくなるんだぞ? トゥインクルシリーズから追放されるんだ。君はそれでいいのか? トレーナーくんが守った君の居場所がなくなるんだぞ!」

 

私は気づけば声を荒げていた。

わかっている。

私はトレーナーくんの犠牲を無駄にしたくなくて怒っているのだ。

 

「そうかもしれません」

「それは、自己犠牲だ! 自己満足だ! それがどれだけ周りを傷つけるのか君が一番わかっているだろう!? よしんばそれでトレーナーくんが戻ってきて、彼がどう思うのかわかっているはずだ!」

 

そう声を上げる私にブラックトレイターは静かに言う。

 

「僕は……納得したいんです」

「納得?」

「トレーナーは、僕らに夢を見ていた。それが僕の所為で叶うことがなくなった」

「仕方ないだろう。彼が選んだのはそういう道だ」

「それに復讐も捨てた。テンポイントさんの話、悪いのはトレーナーじゃなかったんでしょ?」

「……ああ、そうだ。彼は最後まで周りを説得しようとした」

「納得できない。全然納得できないんです。トレーナーと話しました。僕にあの歓声を、応援を、居場所をくれたことを知った。正直、心地よかった。もしかしたら僕の本当の居場所はあそこなのではないのかと思いました。だけど会長、僕はずっと罪を犯してきた。悪役っていう立場で悪い人たちを利用してきた。僕がそこに立つ権利はない。罰されるなら僕だ。そして、悪い人たちだ!」

 

そうだ。

そうだとも。

だけど、世の中そんなにきれいじゃないんだよ。

 

私はそう言おうとした。

だけど、何故か言葉が詰まって出てこなかった。

代わりに出てきたのは縋るような声だった。

 

「君の……ことはずいぶんと調べた。君は生まれてからずっと居場所を求めていたはずだ。それは手に入れられたんだろう? いいじゃないか、納得してくれよブラックトレイター……」

「僕は、ずっとこの世界に居場所がないと思ってました。怖かった。独りになるのが。でももう怖くない。みんな、僕に居場所をくれたんです。ターフの上じゃなくても」

「いや、まだ君はわかっていないはずだ。だってそうだろう? 君は走って生きていくんだ。そうやって、生きていくんだろう……?」

 

私は自分の手を握りしめていた。

 

「私の……前からいなくならないでくれ、ブラックトレイター……。君は私を救ってくれたんだ。この世界にもきれいなものがあるって君は教えてくれた。君を失いたくないんだ。約束したじゃないか、また一緒に走ろうって、嬉しかったんだ……」

 

君はいつも誰かを救ってきた。

何を犠牲にしようとも、救ってきた。

何に挫折しようとも、立ち上がってきた。

 

きれいだった。

君の姿はなにものにも犯されない高潔さがあった。

それが正しくなかったとしても、君は私のできなかったことを成し遂げてきた。

 

「会長、僕はURAが汚れてるなら、ぶっ壊します。罪があるなら、清算すべきだ。誰でも……僕でも。自己犠牲なんかじゃない。僕に、罪を贖うチャンスをください、シンザン会長」

 

わかっていた。

わかっていたさ。

今のままURAを運営したところで、また罪を繰り返すだけだ。

URAの膿を吐き出し切る時には多くのウマ娘がURAの都合で犠牲になるだろう。

 

「それに会長」

 

ブラックトレイターはまっすぐな瞳で言う。

 

ああ。

あの時の君よりもまっすぐな瞳だ。

 

「僕は諦めないウマ娘です。僕はどうあっても帰ってきます。罪を清算して帰ってきます。だから、トレーナーは大丈夫です」

「……トレーナーくんが戻ってくる保証も、ないはずだ」

「舐めないでください。僕のトレーナーです。僕を育てた人だ。あの人は……世界一のトレーナーなんですよ」

 

私はその言葉に、思わず笑ってしまった。

そうか……。

もう説得は無理なんだろうなと思いつつ言う。

 

「一度悪評にまみれたトレーナーくんを欲するウマ娘なんていない」

 

ブラックトレイターは立ち上がって私を見下ろす。

 

「証明すればいいんです。僕の強さを」

 

それは誰もが思ったことで。

だけど、日本の誰もができなかったこと。

私は思う。

でも、君がそういうんだったらできそうだと。

 

「僕がジャパンカップで優勝します。そして、トレーナーが世界最強のウマ娘を育てたんだって証明して見せます。彼が、トレーナーとして日本に必要だと、証明します」

 

私はソファの背もたれによりかかった。

ずっと弱みを見せまいとしてきた。

それが上手くいったとは言わないけど、今ほどではなかった。

私は震える声で言う。

 

「私は……怖いんだ。また、私の所為で誰かが不幸になるのが。それが君だったら……私は自分が許せない」

 

誰もが弱さを持っている。

それは私もそうだった。

だけど、ブラックトレイターはその弱さを肯定も否定もしなかった。

 

「僕は、夏の合宿でマルゼンスキーと走りました。全力のマルゼンスキーに勝った時に少しだけ話しました」

「……何をだ?」

「会長のことをどう思っているのかを」

 

その言葉に私は体が震えるのが止まらなかった。

今すぐ耳を塞ぎたかった。

だけど、それは許されない。

たとえどんな罵倒でも私にはそれを聞く義務があった。

だけど、ブラックトレイターの声は酷く優しくて、私の心を見透かすようだった。

 

「マルゼンスキーはあなたを恨んでいませんでした。ただ『ダービーに挑戦させてくれたことを感謝している』と言っていました」

「それは! ……彼女が本当のことを知らないからじゃないのか」

「いいえ。勝手ですけど、全部話しました。マルゼンスキーにはあなたの心も贖いも知ってほしかったから」

「じゃあ、どうしてそんなことが言えるんだ。私は……」

「あなたは悪くない。そうじゃなかったとしても、必死で贖おうとした。そして、会長。たとえ僕がどうなったとしても、それは僕の選択だ。僕のものだ。だから、あなたが背負うものじゃない」

 

私は、ブラックトレイターを見る。

視界はぼやけてどんな表情かもわからなかったけど、彼女に迷いがないことだけはわかった。

ただ自分の罪を清算しようとしている。

 

――罪は贖わないといけないなんて、当たり前のことだったな。

 

なら、全員がそうだ。

URAも、学園も、ウマ娘も、トレーナーも、メディアも、観客も。

全員罪を背負っている。

 

誰も変えようとしなかった。

見て見ぬふりをした。

 

一人のウマ娘が病気で死ぬところを、この世界の誰もが見て見ぬふりをしたんだ。

一人のウマ娘が無茶なレースで死ぬところを、この世界の誰もが見て見ぬふりをしたんだ。

仕方なかったと言い訳をした。

そして、誰かを必死で救おうとして悪を被った人たちを、自業自得だろうと断じた。

 

ああ。

私は怒っているのか。

今更、私は怒っているのか。

 

今、トレーナーくんを気にかけていた理由を自覚した。

私は怒っていたんだ。

トレーナーくんと同じで。

あの可愛い後輩を殺したURAを。

この可愛い後輩を殺そうとしたURAを。

 

――何もしなかった私自身を。

 

「……ブラックトレイター」

「なんですか?」

「これからトゥインクルシリーズに混沌を巻き起こす、私は大罪人か?」

「それなら、URAをぶっ壊そうとする僕は、もっと悪いウマ娘です」

「そうか……そうだな」

 

罪のないものは罰されることはない。

何故ならば、罪のないものはいないのだから。

 

「きっかけがあれば、私がURAを変えてみせる。だが、そのきっかけは誰かが損を被ることになる。そして、それができるのは……」

「僕ですね」

「そうだ。君とURAがどういう関係だったのかを公開することになるし、事が始まれば君はトゥインクルシリーズでは走れなくなる。君の思惑はどうあれ、トゥインクルシリーズに影響を与えたからだ。それでもやるというのか」

「ありがとうございます、会長。これで僕は納得することができます」

「ああ、わかった。約束しよう。私がURAを変え、君のトレーナーを護ると」

「はい」

 

私は決意する。

この椅子にももう飽きた。

 

悪いやつらをやっつけよう。

これは、勧善懲悪の物語だ。

 

 

 

悪いやつら、全員、ぶっ潰してやる。

 

 

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