ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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The determination that each of us holds

ようやく、自覚した。

そうだ。

僕はずっと逃げていたんだ。

生まれてからずっと。

 

『まだまだ半分って感じだな。お前は全然理解してない』

 

確かにそうだった。

みんな僕を受け入れてくれた。

だけど、僕がみんなを拒絶していたんだ。

 

『正義のウマ娘になる!』

 

僕はトゥインクルシリーズを盛り上げるために悪役になったんじゃない。

僕は受け入れられなくても仕方ないって免罪符がほしかったんだ。

だから、自分を辛い方向へ導いた。

その結果で僕以外の人が幸せになれば満足だと嘯いた。

 

『ラック、君と走り続けたい。ライバルであり続けたいんだ』

 

走ればいい。

悪役であればいい。

そうすれば全部上手く行くと思い込んだ。

ある日死ぬまで走ることは苦じゃなかったから、ライバルの背中を追いかけた。

 

『でも、あなたはそれに追いつけない』

 

耳を塞いで、目を瞑って、口を閉じた。

体が悲鳴を上げても心が悲鳴を上げても、そうすればこの苦痛から逃れられると考えた。

 

『俺はお前を大切に思うようになってしまった』

 

その内、みんなが僕の居場所を用意してくれた。

愛してくれた。

だけど、それを受け取る勇気がなくて、理由をつけて悪役を続けたんだ。

自分が傷つくことは良かったから。

傷つくことは勇気がいらなかったから。

でも、他人が傷つくところは見てられなかった。

 

『私はいつもそうだった。君が傷つくたびにそう思った』

 

逃げてたんだ。

逃げて逃げて――。

 

 

 

「――ここまで来たんです」

 

僕は夕暮れの理事長室でそう言った。

僕は自分の心情を吐露した。

前世とか話せないことはあったけど、それでも自覚したことをたどたどしくも話した。

理事長とシービーとルドルフがいる。

全員が無言で僕の言葉の続きを待つ。

僕は渇いた舌と震える喉をどうにか動かして言う。

 

「だけど、もう逃げずに戦いたいんです。その許可をください」

 

僕はそう言って理事長に頭を下げた。

理事長はしばらく話さなかったが、固い声色で僕に尋ねてくる。

 

「君が、自分のために走ってきたという主張はわかった。だが、私に何をしてほしいのだ。君はどうしたいか、聞かせてほしい」

「はい。僕は、ジャパンカップの後、1つか2つレースを走った後、トゥインクルシリーズを辞めることになります。シンザン会長は徹底的にやる準備をするから天皇賞春まで許してくれると言ってくれました」

「……なんだって?」

 

口を挟んできたのはシービーだった。

シービーは怖い顔をして腕を組む。

 

「どうして、今まで逃げてきたことが引退に繋がるの。それはアタシたちをここに呼んだ理由に繋がるの?」

「うん。そうだ。でも、引退じゃない」

「引退じゃない?」

「除名だ」

「は?」

 

シービーは口をぽかんと開けて僕を見た。

ルドルフも同じような表情だ。

 

「シンザン会長が約束してくれた。URAを摘発するって。その材料も作った」

「……ブラックトレイター、待ってくれ。最初から説明してくれ」

「はい。少し前にシンザン会長と会って話をしたんです。そして、約束をしました。シンザン会長がURAを摘発してURAを変える。そして、トレーナーをまた復帰させてくれると」

「その代償はなんだ、ブラックトレイター」

「摘発は難しかったので、一芝居打ちました。僕はその時にシンザン会長と一緒にURAの会長と会って取引しました」

「取引?」

「ジャパンカップ、シービーかルドルフを勝たせるという取引です。外国に追い付くというのはまだURAの悲願だった。それを証明できる可能性が高い今年のジャパンカップだからこそ会長が取引をするのではないかと踏んでのことです」

「……その取引に応じるというのか?」

「いえ。その取引自体の証拠はありますから、レースは本気で走ります。だけど、取引したことは変わらない。それに今までのことだってある。それを公開するなら僕は除名は免れない。理事長にはそれをする許可をもらいたいんです」

 

そこで言葉を一旦切る。

それから先はどう言えばいいのか迷ったからだ。

その内容に気づいたのは、ルドルフだった。

 

「つまり、ラックはスケープゴートになると? URAと共に死ぬ覚悟があると。確かにそれをすればシンザンさんならURAの腐った部分をどうにかできるだろう。だが、君はもうどんな場所でもレースを走ることはできなくなる。それは確定事項だ」

 

だが、とルドルフは僕に鋭い視線を向ける。

 

「それをシンザンさんが許すとは思えない。彼女はいつも私たちを想ってくれていたはずだ」

 

そう。

その通りだった。

シンザン会長はそれを許さなかった。

だから、これは条件付きの話なのだ。

 

「……うん。確かにそうだ。だから、シンザン会長は僕が勝った時だけ公開すると言った。僕が取引を蹴ったという証明が成された場合にだけURAを摘発する」

 

僕が負けて取引に応じたとなったなら、ルドルフの言う通り僕はレースで走れる可能性はゼロになる。

それをシンザン会長は良しとしなかった。

負けた方が取引の説得力があるはずなのだが、シンザン会長はそれを譲らなかった。

僕が走れる可能性を残せないなら、急な摘発はなしで改革を進めると言った。

 

その言葉の意味を呑み込んだのか、シービーが笑い始める。

そして、ぴたりと止めて僕に問う。

 

「――つまり、アタシがジャパンカップで勝てばラックはこのままここに居られるってこと?」

「……そうだ。僕が負けたらシンザン会長はURAを摘発しない。ただ改革を進めるだけだ」

「なあんだ。なら、いいや。アタシが勝つ」

 

シービーは僕の肩を掴んで、僕の瞳を覗き込む。

 

「君がどんな気持ちで会長に話を持ち掛けたのかはわからない。ジャパンカップで負けてURAを摘発できなかったら君は納得できないまま走ることになるかもしれない。けど、アタシは少しでも君と一緒に走っていたいんだ。だから、ジャパンカップ、アタシは勝つよ、ラック」

「うん。それでこそ君だ。僕は負けてほしいなんて言いに来たんじゃない。言ってくれたよね、最強を懸けて戦ってくれるって」

「うん。わかってるんだ、ラックは」

「わかってるよ。このジャパンカップは、僕にとって人生で一番大切なレースになる。だから、悔いなんて残したくない。絶対に」

「そっか。なら、いい。アタシは納得してあげる。君はずっと変わらないから」

「ありがとう、シービー」

 

シービーはにっこりと笑う。

君もずっとそうだった。

だから、君に憧れたんだ。

 

だけど、ルドルフと理事長は納得していないようだった。

 

「……どうして、君はそれを私たちに言ったんだ。理事長はわかる。きっと学園も少なくない影響が出るだろう。だが、私たちに言った理由はなんだ、ラック」

「もちろん、君が生徒会長だって理由もある。だけど、本当に勝手な話だけど、知ってほしかったんだ。僕のこのジャパンカップに懸ける想いを」

「……知っているさ。君は真面目なウマ娘だからな。――だが」

 

ルドルフは僕を半分睨むようにして言う。

 

「――それは今までの行動と同じだ。ラック、君はまた逃げていないか」

 

そう言われて、僕は思い返す。

確かに、今までと同じだ。

僕は僕の思い通りにしたくて、自分を傷つける選択をしていると言える。

だけど、そうじゃない。

決定的に違うところがある。

 

「ルドルフ」

「なんだ」

「僕はさ、天皇賞、すごく嬉しかったんだ」

「……」

「祝福されて走るのがこんなに気持ち良くて、勇気が出るものだって知らなかったんだ。みんな、僕を認めてくれた。僕がいるべき場所だって思った」

「それなら、なおさらじゃないのか」

「ううん、違う。違うんだ。ごめん、ルドルフ。これは僕のわがままなんだ」

「わがまま?」

「あの心地の良い場所を手放したくない。ずっとあそこに居たい。僕が生きる意味にさえなってきている。だからこそ、僕はこの僕のままターフに居たくないんだ」

 

それは目をそらしてきた事実だ。

僕は悪いことをしてきた。

それなのに、自分だけ心地の良い場所で自分のしてきたことに対して知らんぷりをしていてもいいのか?

違う。

そうじゃない。

そうじゃないんだ。

 

「ルドルフ、僕はURAに必要とされる悪役ブラックトレイターじゃなくて、みんなに応援されるブラックトレイターでいたい。それには悪いことをしすぎた。だからやるんだ」

 

この人生で学んだことがある。

それは、自分が望むものを手に入れるには、自分の大切なものを懸けないといけない。

今まではレースは手段だった。

だけど、走っていくうちに僕の大切なものになっていった。

 

レースを手放したくない。

ターフにずっといたい。

だけど、その望みを叶えるなら、それを捨てる覚悟が必要だ。

 

ここで負けたら僕はまた前の僕に後戻りする。

ターフに居れるかもしれないけど、そのターフは僕の本当の意味での居場所じゃなくてなってしまう。

 

勝って上手く行ったとしてもターフに戻れないかもしれない。

きっと、そっちの方が可能性が高い。

だけど、そうじゃないといけない。

 

僕がそうしたいから。

 

「ごめんね、ルドルフ。君が僕を想ってくれているのはわかってる。けど、僕はこうしたいんだ」

「……いつもそうだ。君はいつも私の思い通りにならない」

 

ルドルフはそう言って、深いため息を吐く。

だけど、呆れたように笑った。

 

「まったく、君は本当にバカだ。君は止まらないんだろうな。――いいだろう。その君の願望を踏みつぶして、私の隣に置いてやる。覚悟するんだな」

「ありがとう、ルドルフ。負けないからね」

「ああ、私もだ」

 

最後に僕は理事長と向き合う。

理事長は机に扇子を置いて、言う。

 

「私は……黒沼トレーナーと約束したのだ。君を護ると。私は確かにこの学園を変えると決めた。君たちがきっかけだ」

 

青い瞳が僕を見る。

その瞳に迷いはない。

 

「――私は許可したくない。してはいけないんだ」

「理事長……」

「決めたのだ。誰に恨まれようと私はこの学園のために行動すると。だが、君だけは護りたい」

 

やっぱり、理事長は変わった。

でも、変わらないこともある。

トレーナーが言っていた。

理事長はトレーナーと同じなんだと。

 

「理事長、聞いてほしいことがあります」

「……なんだ?」

「僕の夢はトレーナーが育てたウマ娘が世界一だって証明することです。それには、必要なことなんです」

 

そう言うと、理事長は目を見開いて僕を見る。

ずっと、僕は目標を掲げてやってきた。

それは夢じゃなかった。

でも、こんな僕にもやりたいことができた。

夢ができたんだ。

 

「君は……」

「それに、言ったでしょう?」

「……」

「僕はすべてのウマ娘のために生まれてきました。先輩たちが胸を張れる場所、そして、後続や走ることを選ばなかったウマ娘たちが夢を見れる場所にするためにここに来ました。その手伝いをさせてくれませんか」

 

理事長は顔を歪める。

そして、自分の腕を強く握りしめる。

 

「君のようなウマ娘に……会ったことがある。好ましいウマ娘だった。だが、そのウマ娘とはもう会えない。私の愚かさ故だ。……ブラックトレイター、私は君を信じても、いいのだろうか」

 

そんなの決まっている。

僕は止まらない。

やるべきことがあるのだから。

 

「はい、信じてください」

「……わかった。許可、する」

「ありがとうございます、理事長」

「また、たづなに怒られるな」

「それも任せてください。僕が一緒に怒られます。たづなさんに怒られるのは得意なんです」

「……シンボリルドルフも言ったが、バカだな君は」

「あはは、成績は上位をキープしてます。知ってるでしょ?」

 

 

 

準備は整う。

あとは走るだけ。

 

ジャパンカップ。

日本の分岐点が始まろうとしている。

 

 




後いくつかの話を挟んでジャパンカップが始まります。
もう少しだけお付き合いください。
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