ウマ娘とかいう種族に転生した話   作:史成 雷太

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ここに来てオリジナルの設定があります。


Those who follow in their footsteps

ターフではすでに準備が終わりかけていた。

ゲートは設置完了し、ウマ娘たちは今か今かと待ちわびている。

 

ミスターシービーとシンボリルドルフ、ブラックトレイターが出てきた時、歓声が3人を出迎えた。

それに手を振りながら歩く。

その3人はまさにスターだった。

 

絶望のジャパンカップに生まれた希望。

それをよく思わないウマ娘もいる。

 

その筆頭がベッドタイムだった。

ベッドタイムはその戦績と実力に自負している。

最強の国のトップランカー。

その自分を差し置いて人気なウマ娘がいる。

 

(弱かったら何もできない。何にもなれない。それを教えてやる)

 

ベッドタイムはその栄光とは裏腹に苦労してきたウマ娘だった。

 

センバというウマ娘たちがいる。

それはレースで勝つためには無視できない障害を持って生まれてきたウマ娘たちがなることが多い。

例えば、脚部不安や耳が切れてしまいバランスが取れなかったりするウマ娘たち。そんな彼女たちは手術でそれを補うことになる。

その手術を受けたウマ娘たちがセンバと呼ばれる。

ベッドタイムもセンバだった。

 

センバは出走できるレースが限られる。

だから、ベッドタイムはその才能とは裏腹に夢を諦めてきたウマ娘なのだ。

そして、出れるレースが少なかったからこそ勝って自分を証明しなければならなかった。

もし、大きなレースに出ていても勝っていたと。

 

だからこそ、シンボリルドルフを憐れに思ったのだ。

こんな辺境の地で埋もれてしまっていい才能ではないと。さっさと外に出るべきだと。

 

だがあの生意気なブラックトレイターとかいうウマ娘がしゃしゃり出てうやむやになってしまった。

絶対に許さない。才能を縛り付ける愚鈍たちめ。

ベッドタイムはそう思った。

 

敵愾心は十分以上。

ベッドタイムは本気で勝負に挑もうとしていた。

 

一方、マジェスティーズプリンスは冷めた目で全体を見まわしていた。

 

マジェスティーズプリンスはその態度ほど友好的なウマ娘ではない。

その戦績は栄光であると同時に彼女の傷だった。

12勝はした。

だが、それ以外は負け。

ただマジェスティーズプリンスは戦績などどうでもいいと考えている。ただただそこにあるレースだけを重視する。それ故に勝つのだ。

 

(レッドの言ってたウマ娘。いるはずだ。ミスターは知らないと言っていたが、あいつが一番可能性が高い。……シンボリルドルフも可能性があるか)

 

マジェスティーズプリンスはセクレタリアトを尊敬し、敵対視していた。

マジェスティーズプリンスが芝の王なら、セクレタリアトはアメリカ全土の帝王だ。

自分の領域でさえ犯す彼女を打ち負かしたいと思っていた。

だが、彼女はターフを去ってしまった。

それは叶わなくなってしまった。

モヤモヤとした気持ちを抱えながら走る。そんなある時、本人からとある話を聞いた。

 

「日本には面白いウマ娘がいる。ちょっと教えてやった」

 

遊びでアドバイスをすることはあっても、しっかりとした師事は誰にもしないことで有名なウマ娘であるセクレタリアトだからこそ、その言葉は衝撃だった。

そして、そのウマ娘を打ち負かせばこの嫉妬心は小さくなるのかと考えるのは必然だった。

形は違えどもうターフから去った伝説を打倒すチャンスが巡ってきたのだと。

 

才能で言うならシンボリルドルフ。

だが、相性で言うならミスターシービー。

ブラックトレイターとかいうウマ娘も見た。相当な実力者ではあるが二人ほどの才能を持っているようには思えなかった。

だから、ミスターシービーあたりだろうと考えた。

 

そうしているうちにアナウンスが始まる。

マジェスティーズプリンスは目を瞑って考え直す。

 

(まあ、始まればわかるか)

 

それぞれの思惑の中、伝説のジャパンカップが始まろうとしていた。

 

『ジャパンカップ。それは冬の東京で行われるウマ娘の祭典。観客席では今か今かとその時を待ちわびています! 人気上位のウマ娘を紹介しましょう! 3番人気、シンボリルドルフ! 仕上がり十分気合十分のようです!』

『私一押しのウマ娘です! 頑張ってほしいですね!』

『続いて二番人気、この人気は不満かベッドタイム! その実力を異国の地でも発揮できるか!』

『投票の大半はイギリスから来た方々だそうです。調子は良さそうですね』

『そして、今日の主役はこのウマ娘をおいて他にはいない、1番人気ミスターシービー! ジャパンカップ初の日本ウマ娘の勝利といくでしょうか! ……各ウマ娘、ゲートイン開始です』

 

人気という点でブラックトレイターは落としていた。

理由はいくつかある。

一つは本番ではミスターシービーには勝てないと思われていること。

京都新聞杯では勝ったが菊花賞には負け、毎日王冠では勝ったが天皇賞には負けた。その所為で本番であるジャパンカップではシービーに人気を取られたという形になった。

もう一つは脚質だ。

ブラックトレイターは逃げウマ娘だ。それ以外に見せたのはホープフルステークスの出遅れからの追い込みくらいだ。ジャパンカップでは逃げと追い込みは勝率が低い。だが、ブラックトレイターは逃げ以外では勝ち目は薄いだろう。だから、人気を逃した。

反対にミスターシービーは追い込みだが、ミスターシービーは差しに変えることもできる。

だから、ブラックトレイターは海外のウマ娘のスタミナを削る要因としてしか見られなかったのだ。

それでも、ベッドタイムやマジェスティーズプリンスを除けば上位ではあるが。

 

ウマ娘たちがゲートインを完了させていく。

その中でも日本のウマ娘3人は異様なほどの集中力を発揮していた。

ルドルフの両側のウマ娘はそれに気圧されるほどだ。

そして、最後のバウンティーホークがゲートに入る。

 

その瞬間がやってくる。

伝説のレースが始まる。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了です。――ジャパンカップ、今スタートです』

 

 

飛び出たのはブラックトレイターだ。

鍛え上げられたスタートは他のウマ娘を置き去りにする。

 

『一番手にはやはりこのウマ娘、ブラックトレイター! 悠々と前を突き進みます! スタートから数秒ですでに2バ身以上の差がつきます! 続いて好スタートを切ったのはマジェスティーズプリンス! 3番手に下がります!』

 

最初に上がったのはブラックトレイター。

先行頭についたのはマジェスティーズプリンス。

そして、その後ろには5番手、6番手にシンボリルドルフとベッドタイム。ベッドタイムはシンボリルドルフの内側に入っていく。

ミスターシービーは9番手に入る。

 

ここで混乱したのはベッドタイムだった。

 

(あのミスターシービーとかいうやつは追い込みだったはずだ。作戦を変更したか? それにしても前すぎだ)

 

落ち着いて周りを見渡す。

 

(あの生意気なブラックトレイターとかいうやつ。スタートは確かにいい。だが……かかったか。あの速度じゃ持たない。まだどんどん上がって行っている)

 

ジャパンカップは速度の出るレースだ。

特に最初はホームストレッチの平坦な道を300mほど進む。坂もないので先頭争いによって引っ張られるのだ。

だから、ベッドタイムは先頭争いによって掛かったのだと判断した。他の多くのウマ娘もそう考えた。

だが、そう考えてはいないウマ娘がいた。

 

それはシンボリルドルフ、ミスターシービー、そして、マジェスティーズプリンスだった。

 

シンボリルドルフとミスターシービーはその走りを見たことがある。

去年の菊花賞だ。

ワールドレコードを叩き出したあの走り。

ミスターシービーでも心が折れかけた破滅的速度。

だからこそブラックトレイターが走り切ることがわかった。

そう信頼した。

 

マジェスティーズプリンスが掛かっていないと判断したのは、それをできるウマ娘を知っているからだ。

セクレタリアト。

そのウマ娘はいつもバカみたいなことをやってのける。

その教え子がいるレースには絶対に油断しないと決めていたのだ。

だから、正確にはマジェスティーズプリンスは掛かっていないとわかったのではない。掛かっていない前提で考えたのだ。

もし、彼女を継ぐウマ娘がいるならあの速度も納得だ。

そうじゃないと勝てないのだから。

あのブラックトレイターとかいうウマ娘はその継承者と走ったことがあるのだろうと考えた。

 

(……しかし、あのブラックトレイターとかいうやつ。どこで息を入れる気だ? それがこのメンバーに通用するとは思えないが……)

 

だが、その中で一番焦りを感じたのはミスターシービーだった。

 

(速い……)

 

それはいつも感じていることだ。

だが、今は違った。

 

(距離の長さを抜いても……菊花賞以上のタイムを出そうとしている!)

 

いつも一緒に走っていたからこそわかった。

ライバルだからこそわかったことだった。

 

ミスターシービーは覚悟した。

 

このままでは負ける。

こんなやつらにかまけていたら負けてしまう。

それだけは嫌だ。

 

だから、外を取るという覚悟をした。

 

(外ならロスはあれど、競り合いには発展しづらい。やるしかない。アタシの一番の武器は末脚だから)

 

そして、ミスターシービーが動いたことによって、正確に状況を把握したウマ娘が一人。

 

(シービーが外に? しかも中段まで上がってきている。そうか。そこまでか。なら私もいかないとな)

 

シンボリルドルフだ。

シンボリルドルフはブラックトレイターを信じているミスターシービーを信じた。

だから、その作戦に躊躇はなかった。

ベッドタイムはその意図を十分に理解できなかった。

 

(なに? 位置を上げるだと? 掛かったか、シンボリルドルフ)

 

堅実に行くベッドタイムと柔軟なマジェスティーズプリンス。

すでに仕掛けを行い始めた日本のウマ娘3人。

 

まだ、第一コーナーにも差し掛かっていないタイミングだった。

 

『ブラックトレイターを先頭に第一コーナーを曲がっていく! 注目の選手であるマジェスティーズプリンスは先行の先頭に位置づけています! ここでシンボリルドルフ上がってくる! ベッドタイムはそのままだ! おおっと!? ミスターシービーもここであがってくる、中段の位置です!』

 

コーナーを曲がる。

 

マジェスティーズプリンスは先頭にいるブラックトレイターを見て驚いた。

 

(なるほど。努力のウマ娘か。才能はそこまでなさそうだが、あそこまで綺麗なコーナリングは初めて見た。確かにこの速度でも持ちそうだ。……仕掛けは賭けになるな)

 

マジェスティーズプリンスはその経験からこのレースがただでは勝てないことを予感した。

セクレタリアトの継承者を抜きにしても強者揃いだ。

自身としてもここまで高いレベルのレースは体験したことはなかった。

 

(レッドの教え子もどっちかわからねえ。どう出るか。……仕掛けるならコーナー前だ)

 

そして、作戦を立てる。

そこまでの考えを第一コーナーでやってのけたマジェスティーズプリンスはまさに芝の王者に相応しかった。

 

そして一方、ベッドタイムは遅まきながら……いや、普通なら気づかない異変に気付き始めていた。

 

(速度が上がっている。……誰も気づかないのか? ミスターシービーとかいうやつも、シンボリルドルフも、マジェスティーズプリンスもか!? ありえない。気づいてるはずだ。なら、何故? まさか、このままの速度で行くと思っているのか? あいつが?)

 

すでに先頭争いは終わっている。

ブラックトレイターが7バ身先を走っているからだ。

先行争いはマジェスティーズプリンスとシンボリルドルフがしている。

 

(……なら、それごと踏みつぶすだけだ。速さでは誰も私には敵わないんだから)

 

そして、ベッドタイムは正確に自分のタイムとこのペースを鑑みてそう結論付けた。

だから、焦る必要はないと。

 

ブラックトレイターのはるか後方でバ群はようやく第二コーナーを曲がったのだった。

 

『さあ、バ群はバックストレッチへ入る! 相も変わらず先頭はブラックトレイター! 先行位置で仕掛け合うのはマジェスティーズプリンスとシンボリルドルフ! ベッドタイムはその少し後ろで展開をうかがっています! その外にはミスターシービーこの位置です!』

 

ブラックトレイターがこのままの速度で行くならば一番良い位置である先行の先頭で、マジェスティーズプリンスとシンボリルドルフの小競り合いが発生していた。

 

「やりにくいな、お前……!」

「君こそ、流石だな」

 

タイミングをずらして速度を上げる。

息を読んで裏拍子で体を揺らす。

囁きで相手を惑わす。

 

たった2秒ほど見てもこれだけの技を使う。

特にシンボリルドルフの仕掛けは異常なほどだった。

普通のウマ娘なら数秒一緒に走ったら潰れる攻防を成す。

 

だが、一日の長がマジェスティーズプリンスにはあった。

その小競り合いこそがマジェスティーズプリンスの仕掛けだったのだ。

 

「くっ……!」

 

マジェスティーズプリンスは前に出る。

シンボリルドルフとの小競り合いに負け、それから逃げるように前に出た。

 

……ように見せかけた。

それはシンボリルドルフでさえも、ベッドタイムでさえもそう思った。

だが、それは違った。

 

(これで怪しまれることなくブラックトレイターに近づける)

 

それは前に出るための言い訳だったのだ。

実際にはマジェスティーズプリンスは普通に走った時よりも少しだけしかスタミナを消費していない。

経験がなせる技だった。

 

どんどんとマジェスティーズプリンスは前に上がっていく。

シンボリルドルフが気づいた時には追い付けないほどには上がっていた。

 

(さあ、タイマンだぜ――)

 

「――ブラックトレイタアアアアア!」

「……来たか、一人目が」

 

芝の直線勝負。

そして、1対1。

それはマジェスティーズプリンスの領域だった。

 

マジェスティーズプリンスは芝の特性をよく理解していた。

どうすれば力が入るのか、どうすればスピードが出るのか。

即座に判断し、一瞬で最高速度に達することができる。

そう、まるでガンマンのようなウマ娘なのだ。

 

『マジェスティーズプリンス仕掛けた! ブラックトレイターに迫る!』

 

弾丸のような速度で走る。

 

(このままブラックトレイターを抜き、後ろへ落とす! 足を溜めてたらここはセーフゾーンだ。そして、私なら速度は落ちるが、足を溜めつつある程度の距離を保つことができる! そして、それに一番邪魔なのはお前だ、ブラックトレイター!)

 

ブラックトレイターの築き上げた優位を奪い取る。

それがマジェスティーズプリンスの仕掛けだった。

 

だが。

マジェスティーズプリンスはブラックトレイターを抜かすことは叶わなかった。

ブラックトレイターの体が小刻みに揺れ、幅を取ったのだ。

 

(こ、こいつ……!)

 

マジェスティーズプリンスは知っていた。

だが、体感したのは久しぶりだった。

 

その技術はダートのウマ娘が扱うもの。

前に来たウマ娘の蹴り上げた砂を避けるための動作。

それが、今自分を抜かさないために使われている。

 

マジェスティーズプリンスはそれを避けるように斜めに走る。

だが、その斜めのロスをあざ笑うようにブラックトレイターは加速する。

そのフォームは短距離走者のものだった。

 

(こいつが――!)

 

つまり、芝でダートの技を使ったということだ。

 

栗毛の弾丸は魔王の鎧に弾かれ、勢いを止める。

 

「お前か、ブラックトレイタアアアアアアア!!」

「文句なら、レッドに言うんだな」

 

マジェスティーズプリンスは自分の思惑とは裏腹に自分が下がってしまう。

その弾丸のような走りにはその分の体力を消費するという制約があったのだ。勢いを止められた今、スタミナと足を酷く消費したという結果だけが残ってしまったのだ。

 

マジェスティーズプリンスの誤算。

それはブラックトレイターが等速ストライドの継承者だったということ。

 

だが、マジェスティーズプリンスは百戦錬磨のウマ娘。

ただで落ちることはしない。

敵が強いなら、敵を利用すればいい。

 

(スリップストリームだっ!)

 

ブラックトレイターの速度とスタミナを利用してやる。

そう考えた。

 

(奪わせてもらうぜ、お前の力!)

 

だが。

だが、マジェスティーズプリンスにはもう一つ誤算があった。

 

(――なんだ!? 足が鈍い! ……足が、残ってねえ!?)

 

思わずマジェスティーズプリンスは後ろを向いた。

そこには先行位置で走るシンボリルドルフがいた。その顔には薄い笑みを貼り付けている。

 

あの先行争いの小競り合い。

マジェスティーズプリンスはスタミナを消費しなかった。だが、シンボリルドルフのマルゼンスキーと共に鍛え上げたスキルはマジェスティーズプリンスの足を消費させた。

シンボリルドルフは最初からこのことを予期していた。

もし、自分やブラックトレイター、ミスターシービーと競り合いをするならばマジェスティーズプリンスやベッドタイムだと。

だから、少しだけ潰し合いに背中を押したのだ。

あわよくば、ブラックトレイターを潰してくれと考えながら。

 

(タヌキがぁっ!)

 

スリップストリームの恩恵があったとしても、ブラックトレイターの破滅逃げにはこの足はついて行けない。

マジェスティーズプリンスは位置を下げることを余儀なくされた。

 

『しかしまだブラックトレイター先頭! マジェスティーズプリンスにも先頭は譲らない! さあ、第三コーナーにかかり後ろのウマ娘も追い上げてくる!』

 

第三コーナーはこのレースで一番角度のあるコーナーだ。

ジャパンカップではここが難しいとされ、レベルの高さから第四コーナー手前までで好位置を取っておかないと最終直線では抜かせず、かといって第三コーナーで息を入れなければ最後まで持たないというテクニックが求められる難所なのだ。

 

ここで動いたのはシンボリルドルフとミスターシービーだった。

どんどんと前に入る。

息を入れているのかわからないくらいだ。

 

(アタシとルドルフは知ってる。ここだけだ。ここだけが――)

(――ラックが息を入れるところだ!)

 

ブラックトレイターの足が緩み、大きな呼吸をする。

そこをシンボリルドルフとミスターシービーは追い上げる。

 

二人の作戦は奇しくも一致していた。

第三コーナーでは息を入れない。

入れるのは第四コーナーだ。

 

二人にとって大事なのは速度ではない。

位置だ。

だからこそ、全力で好位置を取りに行った。

そして、それは成功する。

 

第四コーナーに差し掛かり、バ群は短くなる。

間隔が詰まり、動きが鈍る。

 

『さあ、最終コーナー! 仕掛けるのはこのウマ娘だ! ベッドタイムが前へ突き進む!』

 

ベッドタイムはその間を縫うようにして進む。

 

(全く、全然、全員、スマートじゃない)

 

このバ群が詰まった状態。

それはベッドタイムの独壇場だった。

このスキルでベッドタイムは数々の戦いを制してきた。

バ群に呑まれると、どんなに強いウマ娘でも勝てなくなる。

そもそも出れないのだから、抜かせもしない。

当たり前のことだ。

 

だが、ベッドタイムにそれは通用しない。

ベッドタイムは優れた速度を保ったまま巧みな足さばきで左右に動くことができるのだ。

 

そう、コーナーこそがベッドタイムの領域だった。

まるで、レンガの街の路地を駆ける子供のように俊敏で、テクニカルな技術だった。

 

「ここは私の領域だ」

 

だから、ベッドタイムにとってこの第三コーナーは位置取りなど不要だったのだ。

しっかりと息を入れ、ただ当たり前のように前に出た。

彼女にとってそれだけの話だったのだ。

 

(さあ、追い付くぞ、この場をかき乱すだけのピエロめ。その仮面を剥がしてやる)

 

――だが、ベッドタイムの敗因は結局のところそこにあった。

堅実な動きをしている。

それは勝つために必要なことだった。

だが、時として堅実を捨てなければ拾えない勝利もあるのだと知らなかったのだ。

 

「――先頭は俺の領域だ」

「……なに……?」

 

その瞬間、ベッドタイムは世界が引き延ばされる感覚を味わう。

ただただ、ブラックトレイターが遠く見える。

 

ベッドタイムの今までの勝因が単純なことなら、ベッドタイムの敗因も単純だった。

そのどちらも、速度不足。

 

(わ、私が追い付けない!? 嘘だ、そんなことはないはずだ! そんな、あいつは――)

 

「――どこにそんな足を残していたんだっ!」

 

ブラックトレイターはそれに応えない。

ただ前に進むだけだ。

 

不意にベッドタイムはレース前にシンボリルドルフが言っていたことを思い出す。

 

『悪いが、日本だって捨てたものじゃないさ。ここでしか戦えない相手がいる』

 

それを認めるのはベッドタイムのプライドが許さなかった。

先頭を睨みつけ、頭をフル回転させる。

 

(どうするっ! どうすればいいっ! どうすればあいつに勝てるっ!)

 

ベッドタイムはここに来て焦る。

あのブラックトレイターをこのまま逃がすことはできない。

だが、よしんばここでブラックトレイターを無理に潰したとして、あのシンボリルドルフに勝てるのか。

 

(直線だっ! それに賭ける! イギリスの底力を舐めるなよ!)

 

ベッドタイムは優秀なウマ娘だ。

たとえ、自分のコーナリングが防がれたとしても、その速度は天才的だと言ってもいい。

だから、敗北を目前に技術や立ち回りではなく、自分の単純な力を頼ったのは間違いじゃないだろう。

 

直線に入る。

速い。

ブラックトレイターはそれでも、ベッドタイムよりも速い。

 

(だが、それがどこまで持つ! ここから先は坂だ!! 絶対に垂れる!! そこを食ってやる!!)

 

そう、思った。

その瞬間見たのは、雄大な大地と轟く雷だった。

最高の三冠ウマ娘と最強の三冠ウマ娘が動き出した。

 

ベッドタイムの敗因は、単純な速度不足だった。

 

 




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