サヨちゃちんを守るために
俺は駅のホームから飛び出した。
真っ直ぐに伸びた美しいフォームで。
俺が身を置いているこの日常は夢もないし、かと言って地獄でもないだろう。
警笛の音。
しかし、
俺にだって守りたいモノはあるんだ!
「サヨちー
0コンマ0何秒か俺の顔面は電車のフロントガラスに押し付けられ
ドン!
電車に吹っ飛ばされた俺の体に魂は留まらないハズだった。
(サヨちゃん…
サヨちゃん!!
俺のSSRサヨちゃん!!!)
目を覚ますと俺の体はガムテープでぐるぐる巻きで四角い部屋の中だった。
あと老人?会議用の長い机を挟んで老人と俺は安っぽいパイプ椅子に座っていた。
「お主名は何という?」
新手の何か(何かは何かである)だろうかと思ったが、目前に座っているおじいさんはこの状況にも関わらず、厳かな雰囲気を出している。
「貫(トオル)です。」
俺はそう答えて、老人にも質問をした。
老人は咳払いをして、ゆっくりと話し始めた。
「儂は天使じゃ。もうこの方60年しとる。」
(???!)
いや、こういったときは思考を切り換えるんだ!
「そうか!だから厳かな雰囲気でいらしゃるんですね!天使って翁もいるんですね!!」
ぶっ飛んだ話も理解しようと努力する。
老人は話を続ける。
「普通、人間は死ぬと体から気が抜けるんじゃがの、お主はそれがなかなか抜けんでの。まぁ、そういう時は天使が直接気を抜くんじゃで儂が駆けつけたんじゃ。」
つまり、俺はホームで逝ったわけだ。
「なるほど!ありがとうございます。ところで私はどうなってしまうのでしょうか?」
・・・
少し沈黙の後、老人が口を開いた。
「お主、もう一度やり直してみんか?」
「え!?そういうのって、選べるんですか?」
「特別じゃ。」
「それって、今と同じ世界なんですか?」
俺のSSRサヨちゃんは次の世界に存在するのだろうか?
「同じ世界にはできん。」
「じゃが!!!」
老人の手にはいつの間にか、いかにも危なそうな"しま模様"の入ったスイッチが握られていた。
そして、目には涙を浮かべている!
「お主の想い!わしゃ、感激した!!」
「きっと気に入ってくれるハズじゃ!」
「え、ちょ!?」
ガコンという音と共に俺の座っていたイスの下の床が抜ける
「さらば同志!サヨりんばんじゃい!!」
俺のいなくなった部屋で老人は呟いた。
「頑張るのじゃ、トオル氏。」
ーーーーー
(トオル様、トオル様、)
何か揺れているような感覚。
「んっ。」
まぶたを開けると、どうやらベッドの上らしかった。
(ここはどこなのだろうか、というか豪華な部屋だな、ベッドも。)
考えを巡らせていると、カーテンが開けられたのか日光が入って視界がくっきりとしてくる。
光が入ってきた窓の方を見るとトオルを呼んだ声の主は既にこちらを向いていた。
「おはようございます。」
銀色なんて安っぽい表現では表してはいけない艶やかな髪。サファイヤの青のようであり、深淵を感じさせる、人を引き込む瞳。彼女は黒い修道服のようなものを着ていた。
「お、おはようございマス!」
気づけばベッドから下りてお辞儀していた。
「お話しすることがあるので着替え終わりましたらお呼びください。」
そう言って彼女は部屋から出ていった。ベッドの端には洋服が一式置かれていた。
(あの子は似てたけど、サヨちゃんなんだろうか?)
着替えて部屋を出ると、彼女は俺たちのいる屋敷を案内しながら、この世界のことについて教えてくれた。
まず、二人は突如、ほぼ同時にこの世界に現れた者で、立派な屋敷とお金があること。
次にスキルの存在、(スキルチェックと言えば確認できるようだ。)この世界では女性のほうが強力なスキルを所持していることが多いそうだ。
そして、驚くべきことが一つあった。それは、彼女の名がミーシェ=サヤということだった。
顔の似すぎなただの別人と理解してトオルの緊張は少しマシになった。
屋敷を巡り終わるころには正午を知らせる鐘が教会から鳴り響いていた。
今、サヤが食事を用意してくれるというので、広い中庭を眺めながらトオルはテーブルについていた。眺めるといってもぼうっとしているわけではなく、むしろソワソワしている。
それは本当にやり直しが始まったことに対する動揺と、もといた世界から打って変わって時間の流れが遅くなったと感じたこと、そしてサヤの存在が原因だった。
なにか手伝おうにもサヤに断られてしまうので、叶わなかった。
(あ、そういえば…)
「スキルチェック。」
トオルの目の前に光の枠が現れた。
スキルには3つのグループがあるようで今トオルの前で表示されているのはcommonly skill の欄だった。
「料理のスキルに洗濯のスキル、色々あるな…」
スキル欄には白く光っている所と灰色の所があり、トオルは何となく光っているスキルは使えて他は使えないのだろうと思った。トオルの料理スキルは"肉を焼く"しか光っていなかったのだ。
「次にjob skill?」
スキル欄が切り替わる。
「うっわ、少ない…。」
スキル欄には以下のように記述されていた。
職業:賢者
・ソロモンの知恵
・ソロモンの誓約
職業スキルはこれだけだった。
「最後にunique skillか。
ええっと、無形剣?コレ、職業スキルと合わないんじゃ…。それに何だコレ?」
スキル欄には2つのスキルの名が連なっており二つ目のスキルの名は"無尽蔵"だった。
(というかサヨさん遅くないか?)
ふと思ったその時だった。
「ドカン!」
建物が揺れるくらいの衝撃の後に、中庭に黒い煙が入ってきた。
トオルは急いで厨房の方へと向かった。
「サヤさん!大丈夫ですか!?」
そこには白い肌に黒いススをつけながら火を消そうとするサヤの姿があった。
「大丈夫ですから!」
少し語気を強めて彼女はそう言ったが、今度こそトオルは引かなかった。
「全然大丈夫じゃないですよ!手伝います!」
火はなんとか二人で消し止めたが、料理は有無を言わせずトオルが作った。
今こうして席を供にしている。光が差し込む中庭に美しい少女。絵になる。
「あの、いいかな?」
口を開いたのはトオルだった。
「なんでしょうか?トオル様。」
このトオル様呼びのことなど、聞きたいことは他にもあるがまずは
「どうして君は全部一人でしようとするのかなって思って。その理由が聞きたいかな。」
「それは…」
サヤは俯き、絹のような短い髪が揺れた。
「夕食の後、トオル様のお部屋に伺いますので、その時に…。」
「わかった。ありがとう。」
約束をつけられてトオルは満足だった。
今度はサヤが喋る。
「あ、あの、トオル様。」
サヤが言いにくそうにしているのでトオルも少し不安になって尋ねる。
「もしかして、俺、サヤさんの気に触るようなことしてたり、」
「もしそうなら、
「いえ!そうではなくて…
サヤは少し顔を赤らめて言った。
「その…先程は…ありがとうございました…恥ずかしいのですが、私、料理が苦手なのです…」
トオルはそんなことかと安堵した。
「これからもサヤさんの苦手なことがあったら、手伝うから言ってね。」
サヤは少し驚いた様子で訊き返した。
「あの…怒ってらっしゃらないのですか?」
「真面目にしてる人に怒ったりしないよ。」
むしろ、ちょっとしたハプニングで済んだのもありトオルは少し楽しささえ感じていた。
「そう…ですか。」
サヤは心にに収めるようにそう呟いた。
トオルは昼食を済ませた後、食材を手に入れようと街に出た。
昼食用にサヤが買ってきていたもの以外、厨房には食材がなかったからである。
石畳の道を歩きながらトオルは考えていた。
(結局、サヤちゃんはいなかった訳だ。)
しかし、実際トオルはそれほどダメージを受けてはいなかった。あの世界でサヨがトオルにとって心の拠り所であったのには違いないが、第一トオルが求めていたのはあの"薄い板"の中のサヨちゃんであり、実体として目の前に現れても困ってしまうだろうと思っていた。
「これ一つ下さい。」
ゆっくり買い物をするのもいつ以来だろうか。
「毎度。兄ちゃん、見ない顔だな。ここに来るの初めてかい?」
店主が話しかける。
「はい。今日、移住してきた所なんです。」
「そうなのかい。何か知りたいことや困ったことがあれば教会に頼るといい。ココに来てくれても歓迎だがね。」
「どうもありがとうございます。」
自然と笑顔があふれる。
トオルは、自身が流されやすい性格なのだと思っていたが、親切な街の人に自分の好みにに直球ストライクの女の子。お金に困ることもない。知らない世界に飛ばされて、状況に浸ってしまっている一番の原因はそこかもしれなかった。
店主に勧められたとおりトオルは教会に行ってみることにした。
教会は店の立ち並んでいた大通りから少し路地に抜けたところにあった。
(教会といえば…修道服…似合ってたな…って何思い浮かべてんだ!)
頭を振り回す様子が何か困っているように見えたのだろうか。一人のシスターさんが近寄ってきた。
「何か御用がありますか?」
いきなり声を掛けられてトオルは
「き、今日移住してきまして…。あ、あとあれは何をしているんですか?」
とっさに目についたものについて質問した。
「まあ!それは良いことですわ♪きっとあなたはこの街を気に入られるはずです。」
そして、トオルが咄嗟に質問したものについて説明を始めた。
「あれは手をかざした者のスキルとその詳細を紙に出すことのできる道具です。」
まさに今求めているものだなあと思っているとシスターさんが訊いてきた。
「使われますか?」
「えっと、お金は…」
「やだ、お金なんて取りませんわ。」
紙は手に入ったのだが、シスターさんにもといた国では見たことがないのかなどと問われたときは少し困ってしまった。まさか、"見るも何も昨日世界に生まれたばかりです"なんて言えるわけがないではないか。
「ただいま。サヤさんいますか?」
門をくぐって、大きな扉の錠をかけ直すと帰って早々トオルはサヤを呼んだ。
「お帰りなさいませ、トオル様。何でございましょうか?」
「ちょっとサヤさんに手伝って欲しいことがあって。」
「私でよければ何なりと。」
サヤの声のトーンがほんの少し上がったのには誰も気づかないだろう。
トオルが手伝って欲しいこととはそう、夕食の用意だった。
それにしても広い厨房である。トオルのもといた世界の仕事場では普通だったが一般家庭にはまずあり得ないサイズだった。
ぽつんと二人が作業している。今日の夕食はシチューだった。
トオルは最初、具材を切ってもらおうとしたのだが…断念した。
「持ち方はこう。据える手はこうね。」
トオルはサヤの後ろから手を伸ばして教えている。
(こんなに綺麗な手なのになんで不器用なんだ?)
トオルがそう不思議に思うくらいサヤの指は細くて、美しい。
「サヤさんのいた世界ってどんな料理があった?」
サヤの肩が一瞬こわばった。
「このシチューと呼ばれる料理は私の世界でもありました。私はもとは修道女をしておりましたのです。トオルさんは料理人…はっ!すみませんトオル様。」
サヤは言い直した。
「サヤさんがいいなら最初からトオルで、呼び捨てでもいいんだよ。」
「わ、わかり…ました。」
「りょ、料理人で合ってるよ。まだ見習いだったけど…」
サヤの耳が熱くなるのを感じて、トオルは鍋の方に戻ってしまった。
夕食はおいしく出来上がり、トオルはサヤに手伝ってもらって良かったと思った。
夕食と風呂を済ませて、トオルは今自分の部屋にいる。サヤは本当に働き者で、トオルが手伝ったといえば昼食と夕食を作ったくらいであった。ただ、サヤの働きぶりはまるで何かに駆られている様でもあった。
すっかり夜もふけてしまっていた。ランプの光をあてながらトオルは教会から貰ってきたものを読む。
unique skill
・無形剣:あなたの持つ剣に定まった形はありません。
・無尽蔵:無尽蔵に湧いてきます。
「剣の形を変えられるのかな?っていうか、無尽蔵って説明そのままかよ…」
「コン、コン、コン、」
ドアがノックされた。
「トオル様。入ってもよろしいですか?」
昼に取り付けた約束の件だろう。
「どうぞ。」
ドアが開く音がして、トオルは目を移したのだが、沈黙が流れる。
何か言おうとしていたのだが、口は中途半端に開いたまま動かない。
視線の先には薄く月明かりに照らされたサヤの姿があった。