ヒスイ・ハードモード   作:抹茶れもん

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天の落とし子

 

『ここは時間も空間も超えたわたしの宇宙』

 

 声が聴こえた。

 

『わたしはアルセウス。かれら人間がそう呼ぶもの』

 

 いや、聴こえるのではない。頭の中に直接音が響くような、不可思議な感覚。

 触れる空気はまるで(ぬる)ま湯に浸っているかのように私の身体を優しく包んで揺蕩(たゆた)わせる。

 

『あなたがこれから降り立つ世界には、ポケモンと呼ばれる不思議な生き物たちがいます』

 

 朦朧とする意識と、光でぼやけて眩む視界。唯一見えるのは神々しく輝く白馬のような異形の生物。まさに〝神〟と称するのが適切に思える存在感がそれにはあった。

 

『全てのポケモンに出会うのです』

 

 ……わからない。

 

『その時また、姿を見せましょう……』

 

 わからない。

 ()()()()()()()()()()

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「う……。あ、れ? ここ、どこ……?」

 

 ツンと鼻を突く潮のにおいで目が覚める。徐々に明瞭になっていく意識に従い周囲を見渡すと、そこは全く見覚えのない小さな浜辺だった。

 

「ん、んぅ〜? 私、さっきまで自分の部屋にいたような……」

 

 そう、そのはずだ。現に倒れ込んでいたため砂まみれになっている服はどう見ても私の部屋着である。寝起きだからとはいえ、さすがに自分の服かどうかくらいはわかる。

 

「じゃあ、ここどこなの……」

 

 とすると、本格的にここがどこだかわからない。見渡した限り木製だが船や小屋などがあるし、未開の無人島というわけでもなさそうだ。服も濡れてないし、知らないうちに遭難してたとかそんな馬鹿なことがあるわけない。

 かと言って夢でもなさそうで、色も音も匂いも感触も全てが現実と遜色なかった。

 

「も、もしかして誘拐……? でも誰もいないし……。ポ、ポケモンの仕業とか?」

 

 起きた瞬間から意味がわからない。私はいったいどうしてしまったんだろう。ここはどこで、なんで私がこんなところにいて、どうして私がこうなっているのか。

 わからないことだらけで頭がどうにかなりそうだった。

 

「うぐ……。お、お母さん、お父さん! 誰か……誰かいないの!? 誰か!! 助けて、誰か!!!」

 

 必死に声を張り上げて叫ぶ。助けを呼ぶ。

 しかし無情にも声は海の向こう、丘の向こうに吸い込まれ、意味を成さずに消えていく。

 

「誰も、いない……?」

 

 我知らず浜辺のさらさらとした砂を握りしめる。血の気が引き、日差しが照りつけているにも関わらず、ゾッとした何とも言えない寒気を感じて、心臓がキュッと締め付けられるような心地。

 そうして、私はしばらく浜辺でうつむいたままだった。

 

「……いか、なきゃ」

 

 いつしか私の真上にあった太陽は高度を下げて、世界をオレンジ色に染めていた。

 ……このままじっとしていても何も起こらないとようやく理解できたから、私は行かなきゃいけない。誰でもいい。誰か、人を探しに行かなきゃいけない。

 座りっぱなしで感覚が鈍くなっているのか立ち上がった瞬間ぐらりと身体がもつれるが、なんとか持ちこたえて砂を踏み締める。

 

「うぅ……」

 

 立ち上がった瞬間涙がこぼれてきた。誰もいないという恐怖が今度は寂しさと心細さに変化したようで。

 いけない。前が見えなくなってしまう。早くしないと、日が暮れて……。

 

「おやおや。アナタ、こんなところでどうかしましたか」

 

「ひぇっ!? だ、誰!?」

 

「おっと失礼、驚かせてしまいましか。いえいえ、ジブン怪しい者ではございませんよ」

 

 突然話しかけられて思わず心臓が飛び出しそうになる。

 ごしごしと目を(ぬぐ)っていたせいで人が近づいていることに気が付かなかった。

 顔を上げると、そこには青と黄色を基調とした服の商人のような格好をした金髪と切れ長の吊り目の青年が私を覗き込んでいた。

 

「はじめまして、()()()()()()()。イチョウ商会の者です。遠目からでしたが、空に開いた亀裂からアナタが落ちてくるのを見かけましてね。何事かと思いこうして駆けつけたわけです」

 

「う、」

 

「それにしてもキテレツな見た目ですね、アナタおもしろ」

 

「うわぁぁぁん! よかっだぁぁ!! 人に会えだぁぁぁぁ!!!」

 

「え!? うぉおお!?」

 

 私は嬉しさが堰を切ったように溢れ出して女の子が出しちゃいけないような雄叫びを上げた。

 そしてさらには歓喜のあまり目の前の男性に思いっきり飛びついてしまい、彼は傷薬の在庫を1つ失うことになってしまったのであった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「たいへんもうしわけありませんでした」

 

「いえ、ジブンも配慮に欠けておりましたし、ここはお互い様ということにしておきましょう」

 

「うっ、そう言っていただけると助かります」

 

 あ゛〜〜〜! やってしまった! つい感極まって初対面の男の人にぃー! いくら極限状態だったからとはいえ、末代までの恥ではないだろうか! 穴があったら入りたい!

 今は彼に先導されて近くにあるという村まで案内されているが、彼の顔がとても整っていることも相まって正直顔を合わせられる気がしない。

 

「それで、アナタこれからどうするんですか?」

 

「えっ?」

 

「いや、見たところこの辺りに知り合いからいるようにも、行くあてがあるようにも見えませんでしたから。あいにくジブンも根無し草ですのでアナタのお世話をすることもできかねますし」

 

 そうだった。彼はムラまでの案内はしてくれると言ったが、このまま手取り足取り世話を焼いてくれると言ったわけではなかったのだ。

 これから先は自分一人で何とかしなければならない。そう思うとまた不安が押し寄せてきて浮かない顔になってしまう。

 

「……ふぅ〜む、わかりました! 困っている人を見捨てるほどジブンも人を辞めてはおりません。幸いジブンは商人ですし、村にはお得意さんもそれなりにいます。アナタを保護してくれそうな場所には心当たりがいくつかありますし、ジブンから口を効くことにしましょう!」

 

「えっ!? いいんですか!?」

 

「もちろんです! それに他人事には思えませんでしたから」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 最初はどうなることかと思っていたが、少しずつ何とかなりそうな気がしてきた。

 

「ん? あの光……何でしょう」

 

「え? あぁ確かになんか光ってますね」

 

 しばらく歩を進めているとなにやら地面が金色に光り輝いていた。近づいて見てみるとそれは見覚えのある板状の液晶パネル。

 

「スマホじゃん……え、でも何この形。持ちにくそう」

 

「ほう、スマホ。ジブンは寡聞にして聞いた覚えがありませんが不思議なモノですね、面白いです!」

 

「うーん、でもなんでこんなところに……うわっ」

 

 手にとってああでもない、こうでもないと2人して見聞していると急にピロリンという着信と共にメッセージが表示される。いきなりなことに手から落としそうになってしまう。

 

「えーっと、〝アルセウスフォンと使命を託す。全てのポケモンと出会え〟って書いてあります。何でしょうね、これ」

 

「……アルセウス?」

 

「あの、どうかしましたか? ウォロさん」

 

「! いえ、何でもありませんよ。よろしければ手に取って見せていただいても?」

 

 ウォロさんは一瞬とても真剣な顔をしていたように見えたが、すぐに先程と同じような笑顔を浮かべてそう言った。さっきの顔が彼の本当の顔なのだろうか。

 

「はい。どうぞ!」

 

「おぉ、ありがとうございます。ん?」

 

「あっ、メッセージ消えちゃいましたね」

 

 それにさっきまで眩く輝いていた光すらも消え失せていた。そんなことはないはずなのに、まるでスマホ自身が意志を持って拒絶しているかのように。

 

「……なるほど、これはアナタが持っているべきなのでしょう。アナタの行く先にこれが待っていた。まるでアナタを導くかのように」

 

 そう告げた彼はいつもの笑顔のままだったが、私はそれにどこか失意を感じてしまった。彼と〝アルセウス〟なる存在、何か関係があるのだろうか。

 

「あぁ、そうだ! すっかり失念していました。アナタのお名前をまだ聞いていませんでしたね」

 

「あっ、すいません! 私はショウって言います! 15歳です、よろしくお願いします!」

 

「ショウさんというのですか。素敵なお名前だと思います。では先を急ぐとしましょう。ムラはもうすぐそこです。

 ……アナタとは長い付き合いになりそうですし、ね」

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「さぁ着きましたよ。ここが〝コトブキムラ〟です」

 

「わぁ……なんだか、趣きを感じますね!」

 

「ハハハ、これでもこのヒスイ地方では発展している方なのですよ」

 

「い、いえ別に田舎とかそんなこと全然思ってないデスヨ」

 

 木製の門とその先に見える時代劇に出てきそうな昔の家屋。けっしてみすぼらしいと思ったわけではなくて、タイムスリップの可能性に内心ビビっていただけのだ。

 

「そういうことにしておきましょう。

 門番さん、こちらジブンの知り合いでして。怪しい者ではありませんから通してくれませんか?」

 

「……わかりました。確かに見るからに武器の類は持ってなさそうですし」

 

「ありがとうございます。今度何か格安で都合しますよ。ではショウさんもどうぞお入りください。色々と気になるでしょうが、まずはジブンに着いてきていただければ」

 

「はい!」

 

 ウォロさんの案内に従って村の大通りを進む。道ゆく人たちは私を見るなりキナ臭い、余所者だと言わんばかりの視線を向けてそそくさと立ち去ったり、ジロジロと見つめてきたりする。私はそれが見たくなくて、前にいるウォロさんの背中だけを見つめていた。

 

「ここコトブキムラはギンガ団がこのヒスイの地に持ち込んだ技術によって発展したんですよ。まぁ()()()()()()()()()()()()()()ですし、発展途上感は否めませんがね」

 

「でも向こうに見える建物はすごく立派ですよ。レンガ造りですし」

 

「えぇ、あれこそがジブンたちの向かう先。このムラを治めるギンガ団の本部です。

 そんなことよりショウさん。アナタにいくつか得意分野を聞きますよ」

 

「得意分野ですか?」

 

「はい、やはりアピールポイントは売り込みに不可欠なもの。ショウさんは運動とか得意だったりします?」

 

「まぁそれなりに得意です。体力はけっこう多い方だと思いますよ」

 

「それはよかった。では次に……ポケモンを捕まえるのは得意だったりすか?」

 

「はい! それは自信を持って得意と言えます! ポケモンとは小さい頃から触れ合ってきてますし」

 

 昔からポケモンを捕まえるのが上手いと言われてきたし、ポケモンバトルにもそこそこの自信がある。ただあいにく今はボールもないし、相棒だったポケモンもいない。それがとても心細かった。

 

「ほう、それはそれは。いいことを聞きました。ではジブンは話を付けてきますのでそこの食堂、イモヅル亭でお待ちください」

 

「わかりました。あの、何から何までありがとうございます」

 

「気にしないでください。困った時はお互い様、ですよ」

 

 にっこりと笑みを浮かべるウォロさんは本当に頼りになる。彼に会えなければどうなっていたことか。正に不幸中な幸いと言えるだろう。

 橋を渡って左手が食堂らしい。そういえばすごくおなかが空いた。今まで気を張っていたから、意識しだすと急に空腹が主張しだす。いい匂いもするし、これが終わったら何か食べたいけどお金とかも持ってないし……。

 

「うろんな奴よのぅ」

 

 そんなことを考えながら言われた通りに食堂に行くと、表にいた店主らしきご老人にうろんな目で訝しがられた。

 ……この服ってそんなにダサいかな? 私けっこうお気に入りなんだけど。

 

「あっ、イモヅル亭の方ですか? 私ここで待つようにと———」

 

「イモヅル亭はな、ギンガ団のための店! 余所者は帰った帰った!」

 

「ひぇっ!? いやでも、あぁ待ってぇ! 置いてかないでぇ!」

 

 しかしそんな私の叫びも虚しく、ピシャンと閉じられた扉に遮られて轟沈した。えぇ……こんなことある? まるではしごを外されるかのごとき仕打ちだ。ウォロさん、贅沢かもしれないけどこの人にも話つけといてほしかったよ。

 

「うぅ〜!」

 

「ショウさん、紹介先の人をお連れして……あれ、どうかなさいましたか?」

 

「ウォロざぁん……」

 

「……これが君の言っていた調査隊員候補者か?」

 

「へ?」

 

 べそかいた顔でウォロさんの声がした方に振り返ると、青色の短髪の鋭い目つきをした女性がまたしても懐疑的な眼差しで私を見つめていた。

 

「ええ、そうです! シマボシさん、こちらはショウさんと言って、ポケモンの捕獲が特技だそうですよ。近いうちに()()()()()()()()()()調()()()、その隊員にふさわしい人材なのではないかと思いましてね。ポケモンを怖がる人が多くて中々人が集まらないとも聞いていますから、こうしてアナタに紹介させていただいたというわけです」

 

「そうか」

 

 シマボシさんと呼ばれたこの女性、表情が一切変化しない。見た目からしてとても厳しそうで、このムラに入ってからの私に対する反応を見ていると受け入れてもらえるか疑問だけど……。

 

「許可する。衣食住の手配を求めていると聞いた。それも保証しよう」

 

「え、えっ!? いいんですか、やった!」

 

「ただし」

 

 意外にもとんとん拍子に話が進んで喜ぶ私をシマボシさんはこれまたピシャリと短い言葉で制止させる。

 

「それは調査隊にふさわしい実力があるならばの話だ。調査隊はこのヒスイに我々が根付くためになくてはならない存在。失敗は許されない。故に素性の知れない者をおいそれと雇うわけにもいかない。

 よって明日、君には試験を受けてもらう。見たところ15歳くらいか。であれば一人前の大人として働くのは当然のことだ」

 

「……はい」

 

「今夜はあちらの宿舎を提供する。夕飯もここの店主、ムベ殿に提供させる。だが試験に受からなければ明日からはムラの外で生活。最悪野垂れ死にだな。

 明日の早朝、ギンガ団の本部一階の私の部屋に来い。くれぐれも遅れることのないように」

 

 そう言い残すとシマボシさんはさっさと食堂の引き戸の奥へと行ってしまった。

 

「では、ジブンも上司のギンナンさんに呼ばれているのでこの辺で」

 

「あっ、はい! あの、色々ありがとうございました。この御恩は一生忘れません!」

 

「いえいえお気になさらず。明日の試験、がんばってくださいね。大丈夫……アナタは特別な人だと、ジブンの勘がそう言っているのです」

 

「はい! がんばります!」

 

 ウォロさんはそう激励して去っていった。試験。どういった試験なのだろう。やっぱりポケモンを捕まえろとかそういうのだろうか。

 なんにせよやるしかない。自分の身は自分で守らなければならないんだ。大丈夫。一人旅だって経験はある。この地で目を覚ました時からしてみれば今の私は十分チャンスに恵まれているんだ。

 

 とにかくまずは生き残る。それだけに注力していこうと、私は運ばれてきたイモモチを胃に押し込みながら決意する。

 

 ふと空を見上げる。

 遠くにそびえる山の頂上。ここに来るまでに見つけたその上空に浮かぶ裂け目が、私を無機質に見下ろしているようだった。




☆今話のハード要素
・博士がいない
・先輩がいない
・最初に会ったのがよりにもよってウォロ
・ギンガ団がヒスイに来てまだ半年ちょい
・調査隊がまだできてない
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