転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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「そうか、『暁の星』でも駄目であったか……」

 

 僕とジョディ、グエン代理のミレイナの三人から報告を受けてアダルベルトは嘆息した。

 

「いや、魔獣の情報を持ち帰れただけでも僥倖だな。むしろ、君たちにろくな情報を渡せなかった我々軍の失態だ」

 

「い、いえ、けしてそのようなことは! 頭をお上げください!」

 

 すまなかった、と頭を下げるアダルベルトに権力に弱い小市民である僕は慌てて静止する。

 

「そうです。今回は偶然カタリナ様とヘンリーさんがその魔獣の能力に対する知識を持っていたから対応できたに過ぎません。『暁の星』だけだったら、軍と同じように敗退するしかありませんでした」

 

 そう言って軍を擁護するミレイナ。それを聞いて、ふむ、と顎に手をあてながらアダルベルトが僕とジョディの方を見る。

 

「カタリナ様とヘンリー殿は早い段階で魔獣の特性を見抜いていたようだが、ふたりの見た文献というのはそれほど詳細にその精霊とやらや能力について書いてあったのかな。差し支えなければなんという書物か教えてもらえるとありがたいが」

 

「「え゛っ」」

 

 僕とジョディは顔を見合わせる。説得力を持たせるために適当なことを言ったのでそこまで詳細を詰めていなかった。ジョディが、お前が言い始めたんやろ! と言いたげにジト目をするので、僕は仕方なく口を開く。

 

「ええ〜……。あれは確かある貴族の家系と悪の吸血鬼との戦いについての記録、だったような……」

 

「貴族との戦いを生き残った吸血鬼が精霊と契約して力を得て、貴族の子孫が対抗して精霊と契約を結ぶという記述があるんですよね」

 

 僕が原作を丸パクリして説明しようとしているのを察してジョディが口を挟む。

 

「そうそう。その記録の内容と今回の魔獣の魔法の特徴があまりにも合致していたので!」

 

「それで、その本のタイトルは?」

 

「ジョ、ジョースター家年代記、だったかなあ〜?」

 

 “本来のタイトル”(ジョジョの奇妙な冒険)はこの時代には奇抜すぎるので、適当な名前で誤魔化した。

 

「ジョースター家……。聞いたことのない家名だ」

 

「大陸外の島国の家、という記述だったのでそれは当然かと」

 

「この大陸以外の国の貴族か。そんな書物がよく出回っていたな。どこでその本を? 手元においていたりするのかね?」

 

「い、いえ。随分前に図書館とかどこかの本屋で立ち読みしたかだったと思うので、手元には……」

 

「わたしも所有していません。ヘンリーさんもわたしも見たことのある本なら、王都を探せばあるかもしれませんが……」

 

 まあそんな本いくら探しても一生見つからないのだが。

 

「そうか。まあ仕方あるまい。しかし、見えない精霊か……。対策はあるかね?」

 

「文献通りであれば精霊と魔獣は一心同体です。精霊が傷つけば魔獣が傷つき、魔獣が傷つけば見えていなくとも精霊は傷ついております。数で追い立てて休む暇なく攻撃していればやがて魔獣が疲弊し、精霊も力を失うでしょう」

 

 問いに答えた僕の言葉にアダルベルトが顔をしかめる。

 

「平時ならともかく、今は目先に敵を抱えている状態だ。あまり兵を割ける状態ではない」

 

「グエンさんやアシュレイさんのように精霊と打ち合えるものが数名いれば少数でもあるいは……」

 

「彼らのような一流の戦士や騎士と伍する強者はさすがにうちの軍にはおらぬな……」

 

 アダルベルの言葉に僕は身中で納得する。グエンやアシュレイが、負けたとは言えあまりにも当然のようにスタンドと斬り結んでいたので、ひょっとしてこの世界のレベルだとスタンド能力って大したことない……? と思っていたのだが、流石にそんな人物はそうそういないらしい。というよりも、そんな簡単に神より授かった力が現地人に負けていたら加護もあったものではない。

 

「そうすると、彼らが回復するまで待つしかないか。……カタリナ殿、彼らはどれほどで回復を?」

 

「……わかりません。毒の効能は治療術では治療できませんから、本人の治癒力に頼るしかないんです。文献通りであれば死に至る毒ですから、回復したとしても、以前のように戦えるかどうかも」

 

「そんな……」

 

 ジョディの言葉に、ミレイナが愕然とした様子で呟く。グエンを含め、『暁の星』は何人もウイルスにやられている。本来であれば、感染すれば死は免れぬ強力なウイルスだ。生きているだけで儲けものであるが、それを彼女に言ったところで、なぐさめどころか怒りを買うだけだろう。

 

「手詰まり、か……。仕方がない。とにかく、君たちも一度休むといい。魔獣対策はまた検討することとする」

「……」

 

 アダルベルトの言う通り、今の状況で僕達が提案できることは何もない。アダルベルトに一礼して、僕達は天幕を辞した。

 

「……ミレイナさん、大丈夫ですか?」

 

 軍より貸し与えられた天幕へ無言で歩みを進めていたが、ジョディが気遣うようにミレイナに声をかける。

 ミレイナの様子を伺うと、彼女の顔は青ざめ、今にも倒れ込みそうなありさまであった。

 

「だ、大丈夫です。……カタリナ様、グエンや他の皆はちゃんと回復するんですよね?」

 

「…… 予断は許せませんが、兵の方たちも陣地まで運び込まれた方たちは皆生きながらえています。急変するようなことはないとは思いますが……」

 

「それでは、またグエンは冒険者として復帰できますか!?」

 

 慎重に語るジョディにミレイナが言いつのる。

 

「それはまだわかりません。グエンさんも他の方も呼吸器系をやられています。場合によっては肺活量の……体力の著しい低下を引き起こす可能性もありますから、冒険者として活動できるかは本人次第かと」

 

「……そうですか」

 

 ジョディの言葉にミレイナは悄然とした口振りで肩を落とした。

 

「まだ、回復するともしないとも決まっておりませんから。……今できることは彼らに付いてあげることだけです」

 

「……わかりました。私はグエンのところに向かいます」

 

 そう言ってグエンたちが眠る天幕の方へ足を向けるミレイナに、僕は声をかけた。

 

「ミレイナさんも無理をしないでください。……これ、疲労回復の効果があるポーションです。良ければ使ってください」

 

「……ありがとうございます」

 

 ミレイナは無理やりといった感じで微笑み、ポーションを受け取ると、今度こそ立ち去っていった。

 

「……彼女、無理やりにでも休ませたほうが良かったんじゃないかね」

 

 僕の言葉にジョディがかぶり振る。

 

「いえ、あの様子じゃ無理やり休ませても逆効果よ。あれなら病人の側においておいたほうが精神的にましだわ」

 

「グエンさんも惚れ込まれてるねえ。……無事に復帰できればいいけど」

 

「パープル・ヘイズがどこまで弱体化しているか、でしょうね。本当なら身体も残らないはずなんだもの」

 

「凶悪すぎて『先生』が扱いに困るレベルだからね……」

 

 作品におけるパープル・ヘイズの能力はとんでもなく強力だった。カプセルから吹き出したウイルスは呼吸、あるいは皮膚接触で感染し、あっという間に増殖して三十秒で発病する。発病した人物は代謝機能を阻害され、まるで内側から腐るようにして死亡する、文字通りの殺人ウイルスだ。

 ウイルスに感染した兵士の様子を聞いて、まあなんとかなるかと踏んで挑んだが、作中そのままに能力を発揮しているのであれば、僕は問答無用で逃走していた。

 

「皮膚接触での感染は無し。代謝機能の阻害、というには弱すぎる。吸入した肺の正常な動きが阻害されての呼吸器不全。悪くて臓器不全、という感じかしら。おそらく光には元以上に弱くて、人体に取り込まれた時点でウイルスが弱っているんでしょうね」

 

「それでも最悪死に至る、か。後遺症の可能性を考えるとやっぱり殴り合いたくはないね。……グエンさんもアシュレイさんもわかってて打ち合うんだから恐れ入るよ」

 

 グエンは仲間の、アシュレイはジョディの後退する時間を稼ぐために、あえて危険を犯した。それだけの覚悟ができる。できていたということだろう。

 アシュレイの名が出たことでジョディは唇を噛む。

 

「アシュレイさんは君が自分の治療ができないことは知ってるの?」

 

「……ええ」

 

「それなら彼がああすることはわかったはずだろに。なんだってそんな覚悟決めちゃったのさ」

 

 クレイジー・ダイヤモンドの元の持ち主、東方仗助も作中で危険を顧みず、身体を張ることが何度もあった。ジョディも彼と同じような気質の持ち主であるからこそ、クレイジー・ダイヤモンドが授けられたのかも知れないとふと思った。

 しかし、彼女の力を知らないであろうアシュレイが、崇拝する彼女の危機に命をかけることは『コーラを飲んだらゲップが出るくらい』明白だったはずだ。

 じとっとした僕の視線から目をそらしながら、彼女は言い訳するように言う。

 

「最悪なんとでもなる算段はついてたのよ。……彼も、それはわかっていたはずなのに」

 

「どうなんとかする予定だったのかは知らないけど、男心をわかっていなさすぎたんじゃないかな」

 

 まあ僕だったらアシュレイみたいに命までは張れないが。

 

「……わたしだって前は男だったんだから、それぐらいわかるわよ。だからこそアシュレイ様もわたしの判断を踏まえた上で行動してくれるものと―――」

 

「ちょっとまって」

 

 愚痴っぽく言葉を吐くジョディのセリフをさえぎる。何か、とんでもない話を聞いた気がした。彼女は話を遮られてちょっと不満気だ。

 

「え、なに? 前ってのは、この世界での話?」

 

「今の医学レベルじゃ性転換手術なんてできないっての。前世の話に決まってるでしょ」

 

「……まじかあ」

 

 いや、確かに男勝りなところもあるし、女の子がぶん殴られにいくのは覚悟決めすぎでしょとは思ってたけど。下町の孤児院育ちだからなんとなくこういう性格でもおかしくないのかな、と思ってたらそういうことか。

 

「一応聞いておくけど、アシュレイさんはどんぐらいの気持ちで君を護ったと思ってるわけ?」

 

「そりゃ、アシュレイ様からしたら自分が護衛してる、しかも女の子を危険な目に合わせるわけにはいかないとは思うわよ。それが務めな訳だし。けど、なんとかなるのは理解していたはずだから、目をつぶって合わせて欲しかったわ」

 

「なるほど、つまり足りてないのは男心の理解だけじゃなくて乙女心もだったわけだ」

 

「なによ。こう見えて十七年間女の子やってるのよ。どこからどう見ても乙女でしょうが」

 

 腕をがばっと開いて、全身を見せるかのようにアピールするジョディを半眼で見やる。

 純白のローブの中身は確かにとても女性らしい体つきに見えたが、心がまるで追いついていないようだ。

 この様子だとアシュレイの恋心は全く気がついていないらしい。若い男が尊敬する人物である、と言うだけであそこまで命がけの護衛をするわけあるまいに。

 というか、男だった頃を引きずりすぎて自分が男性の恋愛対象になる、という意識に欠けているのではなかろうか。

 僕はアシュレイを不憫に思いため息をつくと、この不毛になりかねない話題を打ち切る。

 

「とにかく、問題はあの熊だよ。ていうか魔熊って言ってるけど、多分普通の熊だよあれは」

 

「……確かに魔獣化してるにしては小さすぎる。ただの熊がスタンド使い化している、という認識でいいのかしら」

 

「まあ普通の熊だろうがそうでなかろうが関係ないけどね。……あの熊はなんでスタンド使いになっているんだろう」

 

「わたしたちと同じで転生したのかしら。本来の持ち主でないとはいえ、スタンドが弱体化し過ぎているのも気になるし……。まあ、それは今はいいわ。わたし達二人だけで挑めば、なんの気兼ねもなく戦える」

 

 そういってジョディは不敵に笑う。

 

「ちなみに何か作戦は考えてる?」

 

「もちろん。正面から殴り合うだけよ」

 

 僕の問いにやる気満々の顔で言い切る脳筋女。僕は軽い頭痛を覚えた。ため息をついて彼女に提案する。

 

「それなら僕に試したいことがある。うまくいけば簡単に倒せるよ」

 

「あら、そんな素敵な作戦があるの?」

 

「あるある。やっぱり人間頭を使わないと」

 

 僕としては進んで危険を犯すのはごめんこうむりたい。安全に倒せる手段があるならそれを使うべきなのだ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

 

 その熊は、獲物を探して森を徘徊していた。

 昨日人間に斬られた右目が疼き、苛立たしげに唸り声をあげる。

 熊は、かたわらに出現させているパープル・ヘイズをちらりと見る。

 いつのことだったか、ある日突然現れた人っぽい形をした存在。いつ何時も怒りを発しているそれの感情が伝播したかのように、熊は憤怒に支配された。

 生きるためではない。自分のためでもない。とにかく湧き出るように発露する憤怒を静める、ただそれだけのために熊は周囲の生き物を襲い続けた。獣を襲い、自らより強大な魔獣を襲い、そして縄張りに足を踏み入れた人間たちを襲った。

 怒りに完全に支配されていれば、人間たちを殺しに殺したあげく、熊は力尽きて討ち取られていただろう。そうならなかったのは、怒りに支配された思考の片隅に、かろうじて生存本能が残っていたからだ。

 だからこそ人を襲いはするが、危険を感じたら引く判断もできて生きながらえている。

 今日こそは自らを傷つけた人間を殺さねば気がすまぬと、昨日の人たちが逃げ去っていった方向、人の集まっている場所に向かっていた熊は、前方からの異音を聞いて歩みを止めた。

 キュルキュルという聞いたことのない音。

 音のする方向を見ていると、小さな異物が地面を這うようにして進み出てきた。

 大きさはうさぎのような小動物に近い。植物のような濃い緑の身体は森林の中で見難かったが、白い、骨が露出したような顔ははっきりと見えた。異音の主はこれらしい、と熊は理解した。

 その小さな異物は、熊がそれを視認したと同時に熊のことを視認したようだ。

 それは、熊には理解できない声を発した。

 

『オイ、コッチヲ見ロ』

 

 熊がそれに反応する間もなく、異音を発していた足と思われる部分が、激しい音をたてて回転を始めると、勢いよく熊に突っ込んできた。

 

『コッチヲ見ロォ!!!』

 

 熊はとっさにパープル・ヘイズで殴りつけた。

 鋼の盾を折り曲げる拳を受けて吹っ飛んだそれは、たいした傷を負っていない様子で、再度熊に向かって突っ込んでくる。

 突撃のたびに迎撃する熊であったが、それの勢いはまったく落ちることがない。

 人や獣を動けなくする紫の煙がパープル・ヘイズの拳のカプセルから噴き出しても、その異物にはなんの変化もなかった。

 逆に自らの拳に痛みを覚えた熊は、突っ込んできたそれをパープル・ヘイズで無理やり押さえつけた。

 押さえつけられても足を回転させ向かってこようとする様に、熊は今まで感じたことのない恐怖を覚えた。

 これをどうしようかと憤怒に支配された思考の片隅で思案していると、熊はそれが発する新たな異音に気がついた。

 カチッカチッという規則正しい音。それが何なのか、熊には理解できなかったが、本能で危機を感じ取り、全力で異物を投擲した。

 異物は近くの木に直撃した直後、激しい音と共に破壊を撒き散らした。

 それなりの太さがあった木がへし折れる様に熊は愕然とする。しかし、驚くにはまだ早かった。

 爆炎の中から、キュルキュルと音が聞こえる。信じられないものを見るような目で見ている熊の前に、その異物はなんともない様子で現れた。

 その異物はまた激しい音とともに、熊に向かって突っ込んでくる。

 熊はそれに背を向けて逃走を開始した。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 森の方から派手な爆発音がするのを聞いて、僕は呟く。

 

「お、始まったみたいだね」

 

 熊とやり合った翌日の早朝。僕とジョディは陣から離れたところで待機していた。僕の傍にはキラー・クイーンが佇んでいる。

 

「……本当に大丈夫なの?」

 

 懐疑的な様子のジョディに僕は肩をすくめて答える。

 

「この辺りの主要な動物は熊自身が追っ払っているからね。熱源はあの熊しかいないはずだよ」

 

「それはわかるんだけど、なんか信用ないのよねえ、その能力」

 

「失敬な。原作だとちょっとまあ、不甲斐ない感じになったけど。あれは条件が悪かったんだよ。近距離パワー型に負けない防御力。元は左手だから呼吸もしてないし、お誂え向きに皮膚接触でウイルス感染することもない。後は熊を地の果てまで追い込んで爆破するだけだよ」

 

 僕は昨日ジョディに、キラー・クイーンの能力で熊を追い詰める作戦を提案した。作戦と言ってもキラー・クイーンの爆弾で熊を追い回すだけだ。基本的に近距離パワー型のスタンドであり、触れたものを爆弾に変えるという能力を持っているキラー・クイーンであるが、もう一つ別の力を所持している。

 キラー・クイーンの左手に装着されている、もう一つの爆弾。

 それは周囲の熱源を感知して追尾、対象に触れると爆発を起こす、遠隔自動操縦型の能力。

 パープル・ヘイズのパワーでも、能力のウイルスでも対処できない、延々と追いかけてくる爆弾から熊が逃れることは万にひとつも不可能だ。

 

「あえて言おう。シアーハートアタックに弱点は()()

 

 自信満々に断言する僕のことを、ジョディは胡乱げな目で見ていた。

 




こういう展開になるとTSタグは付けたほうがよいのでしょうか……
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