転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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11−1.

 

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 熊は必死になってその奇妙なものから逃げていた。

 

『オイ、コッチヲ見ロッツッテンダヨォ!!』

 

 熊が見たどの生き物とも違う、奇妙なそれは時々熊に向かって奇声をあげながら、突っ込んでくる。その意味は、人の言葉を理解できない熊には判別できない。

 疲労からどんどん速度が落ちてきている熊に対してそれは疲れた様子もない。

 それ故に度々追いつかれているのであるが、その度にパープル・ヘイズが迎撃して跳ね返しているのだ。しかし、それもそろそろ限界だ。

 パワー自慢のパープル・ヘイズが、その異物の突進に圧され始めている。突破されて、熊を爆破するまでそう間もないかもしれない。

 熊は逃げ続ける。その奇妙な異物は平坦な道も、険しい道でも変わらず追ってくる。

 森の木々の間を縫って進んでいると、視界が開けた。

 熊が飛び出してきた場所は川辺であった。川幅はそこそこ広く、水深は異物が沈んでしまいそうなほどの深さだ。

 しめた、と熊は思った。この川に飛び込めたら、あれは追ってこれないかもしれない。

 なけなしの力を振り絞って脚を前に出していく。

 川まで後ちょっと、というところでそれに気がついて、熊は憎々しげに唸った。

 横手から、走り寄ってくる自分と同じぐらいの大きさの同族を発見したのだ。

 冬眠からなんらかの理由で目が覚めてしまったのだろう。眠りを邪魔されたせいか相当に気が立っているようだ。

 冬眠明けの同族は川に飛び込もうとしている熊に飛びかかった。

 熊は身体を捻ってそれを避ける。しかし、足がもつれて転びそうになってしまう。

 

『コッチヲ見ロォ!!』

 

 そこに異物が飛び込んできた。その異物は同族にぶつかり、爆発した。

 熊は爆発の衝撃で吹き飛ばされる。

 冬の冷たい川に着水し、冷却された身体は溺れぬようにその場で水面に顔を出すのが精一杯だった。足が震えて立ち上がることもできない。

 ―――ああ、これでおしまいだ。

 熊にはもう、目を瞑って最期の時を待つことしかできなかった。

 

 

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 僕とジョディはその場から動かず、結果が出るのを待っていた。幾度かの爆発を確認したが、やがて爆発音も聞こえなくなる。

 しばらくそのまま待っていると、森の中からシアー・ハート・アタックが帰ってきて、キラー・クイーンの左手の甲に収まった。

 

「お、終わったみたいだね」

 

「……本当に倒したの?」

 

 僕の弾むような声にジョディはまだ疑ったような声で確認する。

 

「シアー・ハート・アタックが戻ってきたんだから、そういうことだよ。ただの熊がシアー・ハート・アタックを出し抜けるとは思えないしね」

 

「そりゃあそうかもだけど、戦闘の様子はわからないんでしょ」

 

「まあそれはね。死体の残骸は残っているだろうから、確認ぐらいはしとこうか」

 

 そういって僕は散歩に行くような気軽さで森の中に入っていく。

 

「ちょっと、念の為警戒ぐらいはしておかないと」

 

 そんなものは必要ないと思うが、まあ何がどうなっているかもわからないことだし、ジョディに付き合って慎重に進んでいくことにする。

 森の中には熊とシアー・ハート・アタックによる戦闘の傷跡が残っていて、それをたどるだけでいいので探索は容易だ。

 へし折れた木やキャタピラ跡などを追って進んでいくと、やがて川辺に出た。

 

「ああ、ここがゴールみたいだね」

 

「……驚いた。本当に倒せたんだ」

 

 川辺に見つけた爆発跡と、爆散したであろう熊の残骸を見てジョディは眼を見張る。

 

「原作だと、結構あっさり攻略されたから、たいして期待してなかったんだけどやるじゃない」

 

「伊達や酔狂で吉良さんがドヤるわけないんだよなあ」

 

 僕はいい気分でジョディの言葉に応じる。

 凶暴かつ厄介なスタンドをあっさりと攻略できたのは僥倖だった。原作の登場人物たちが、強大な敵を打倒したのを読んだ時以上の爽快感だった。

 やはりキラー・クイーンのスタンドパワーは強大であると再認識する。キラー・クイーンの原作最大の障害であるクレイジー・ダイヤモンドは味方であるし、もし仮に今後敵対するスタンド使いが現れても、なんとか生き延びることができるかもしれない。

 その時。

 自覚できるほどににやけ面をしていた僕を呆れるように見ていたジョディの目が驚愕に染まった。彼女の視線は僕の後ろ、森の中に注がれている。

 あからさまに油断していた僕は、危険を察するのがあまりにも遅かった。

 

「危ない!」

 

 ジョディに引っ張られ、体勢を崩しながら振り向いた僕の視界を、紫色の拳が過ぎ去っていく。助けが入らなければ、どうなっていたか。

 しかし、その拳の持ち主、パープル・ヘイズの攻勢は終わらなかった。

 僕を引っ張るために姿勢を崩していたジョディに向かって拳が打ち込まれる。

 ジョディはかろうじてクレイジー・ダイヤモンドでガードしたが、ガードの上から殴りつけられ吹っ飛び、木に叩きつけられた。

 

「ジョディ!」

 

 彼女は打ちどころが悪かったのか、力なく木の根元に座り込んでいる。意識があるかは確認できない。

 

「馬鹿な……!?」

 

 僕は呆然となる。僕の視線の先には、パープル・ヘイズを従えた、熊が何故か五体満足で立っていた。じゃあ先程の死骸はいったい……? 

 熊は左だけになった眼で僕を睨みつけ、咆哮をあげ威嚇してくる。

 爆心地を横目で確認するも、熊の死体は変わらずそこにある。胴体はばらばらになっており、かろうじて残った頭を見ると()()が虚空を見つめている。そこで僕は気がついた。

 

「……別の熊がいたのか!?」

 

 僕の中で推測が組み立てられる。熊はシアー・ハート・アタックから逃げていて、この川辺にたどり着いたのだろう。そしてそこには別の熊がいた。近くで冬眠していたのが、爆音に気がついて起き出してきたのかもしれない。そこで、眠りから覚めた熊はシアー・ハート・アタックに爆殺された。そして、

 僕の背後には川が流れている。冬の川に飛び込んだら、かなり冷えるだろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シアー・ハート・アタックは、獲物を視認して追跡しているのではない。獲物の温度を感知してそこに向かって突き進むのだ。

 シアー・ハート・アタックは偶然飛び出してきた熱源を爆破し、本来の獲物である熊が川に沈んでいたために、体温を感知できず帰還したのだろう。

 ―――こんな、こんな偶然でシアー・ハート・アタックから生き延びるなんて! 

 僕は熊のありえない幸運に歯噛みする。僕はというと、呑気に熊の目の前に無防備な背中を晒して、あげくジョディを負傷させてしまった。

 そして今、僕自身が最大級の危機に直面している。

 

「ガアァ―――!」

 

「っ、キラー・クイーン!」

 

 襲い来るパープル・ヘイズをキラー・クイーンで迎撃する。

 しかし、パープル・ヘイズの拳と打ち合うことはできない。ひと度パープル・ヘイズの拳に付いているカプセルが割れてしまえば、ウイルスが僕を内部から弱らせる。

 僕はパープル・ヘイズの拳を側面から殴りつけ、逸し続ける。パープル・ヘイズの拳に一度でも触れることができれば爆破してやるのだが、平手で捌くにはパープル・ヘイズの拳は重すぎる。原作の吉良吉影も、クレイジー・ダイヤモンドと対峙したときには同じことを思って歯噛みしていたに違いない。

 無論、好き放題殴らせている状況ですべて防げるわけがない。

 キラー・クイーンがパープル・ヘイズの拳を捌きそこねて体勢を崩す。

 チャンスとばかりに拳を振り上げるパープル・ヘイズに、僕は礫を投げつけた。それが何かを察したのか、回避行動をとるパープル・ヘイズ。パープル・ヘイズに避けられて森の方に飛んでいった礫は、木にぶつかった瞬間爆発した。

 それを見て苦々しげに唸り声をあげる熊を見て、僕はにやりと笑う。

 しばらく警戒するようにこちらを見ていた熊は、やがて意を決したようにパープル・ヘイズを再度繰り出した。後は同じことの繰り返しだ。

 キラー・クイーンで拳を捌く。捌ききれなくなってパープル・ヘイズが踏み込んできたら礫を投げる。パープル・ヘイズはそれを避けるが今度は爆発しない。熊は苛立たしげに咆哮した。

 そうだ、お前は昨日もこの礫を見ているはずだ。どれが爆発するかわからない面倒な礫。キラー・クイーンの隙に踏み込んでくれば、礫が飛んでくる。爆発するかどうかわからない以上避けるしかない。後は堂々巡りだ。

 ―――問題があるとすれば。

 最初の礫以外はすべてブラフということだ。

 礫はキラー・クイーンが触れなければ爆弾にできない。爆弾に変えられるものはひとつだけ、という制約もあり、複数用意することもできなかった。

 僕の前方に構えるキラー・クイーンが礫を爆弾に変えるような暇は与えてもらえないだろう。それに動作を目の前で見せてしまえば熊でも学習してしまう。

 ちらりと脇に視線を向ける。殴り飛ばされたジョディがまだ起き上がる気配はない。

 この戦術自体は結局のところ、ただの時間稼ぎでしかない。後はジョディが起きるのが先か、熊が爆弾がないことに気がつくのが先かという戦いだ。

 勝利するために、僕は一秒でも長くパープル・ヘイズの拳を捌き、また熊に爆弾がないことを悟られてはならない。そういう戦いである。

 僕は礫を避けてパープル・ヘイズが下がった瞬間に深く息を吸い、集中する。負ければ死が待ち受けている。僕は覚悟を決めて熊に相対した。

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