転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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11−2.

 拳を捌く、捌く、捌く。捌ききれなくなったところで、礫を投げ入れる。

 回避した礫が爆発しなかったのを確認して熊は苛立たしげにこちらを睨む。

 熊は思いの外慎重な性格なようで、すでに五度の攻防が続いていた。

 ジョディがどんな様子か確認したいが、熊も流石に焦れてきたのか、攻撃の間隔が短くなってきて後ろを確認する余裕もない。

 ―――そろそろ不味いかな? 

 六度目のラッシュは今まで以上に激しかった。パープル・ヘイズは熊の苛立ちをぶつけるように遮二無二に殴りかかってくる。

 僕の集中力が切れてきたこともあって、早い段階で捌ききれなくなってしまった。

 僕が投げ入れた礫にパープル・ヘイズは反応しなかった。

 パープル・ヘイズの足元にぶつかったそれは、しかしパンッと破裂音をたてる。びくりとしてパープル・ヘイズと熊は硬直するが、爆発は爆竹程度のもので、たいした威力はなかった。

 今のはキラー・クイーンの爆弾ではなく、僕手製の試作品だ。なんでも準備しておくものである。その一瞬の硬直の間にキラー・クイーンが態勢を立て直す。

 おちょくられた熊は本気で怒ったようで、殺意に満ち満ちた表情をしている。次はもし爆弾が飛んでくるとわかっていたとしても、かまわずパープル・ヘイズは突っ込んでくるだろう。

 そして、パープル・ヘイズが怒声を発しながら突撃を敢行した。

 

「キラー・クイーン!」

 

 僕もキラー・クイーンに迎撃させる。全力のラッシュを、これまで以上の集中力で捌き続ける。数十もの拳を捌いたが、やがて僕の方に限界が訪れた。

 

「がぁっっ!?」

 

 捌きそこねた拳がキラー・クイーンの左肩をかすめる。かすめただけであるのに、そのダメージは僕自身にも伝播し、衝撃を受けて吹っ飛ばされた。

 ばしゃりと、川の浅瀬に墜落する。凍るような冷たさに心臓が止まってしまいそうな感覚を覚えるほどだったが、今は逆にありがたい。感覚が麻痺したせいか、肩の痛みは鈍かったが腕は持ち上がりそうにない。

 しかし、これで詰みだ。

 熊はようやく僕を殴りつけられたことに満足してか、ぐつぐつと喉を鳴らして近寄ってくる。

 ―――まるで、勝利を確信していた先程までの僕のように。

 

 熊が気がついたときには、すでにその横っ面に拳が突き刺さっていた。

 

「どらぁ!」

 

 為す術もなく吹っ飛ぶ熊を横目に、ジョディは悠然と近づいてきた。木にぶつかった時に傷つけたのだろう。頭から出血しているが、彼女は気にした様子もない。

 

「まったく、何が『シアー・ハート・アタックに弱点はない』よ! やっぱり駄目だったじゃない!」

 

「……ごめんて。間違いなく追い詰めていたと思うんだけどなあ」

 

 ジョディが差し伸べてきた手をとって、僕は立ち上がった。すでに肩の痛みはなく、クレイジー・ダイヤモンドによって完全に回復している。冬の川に突っ込んだ身体が冷たい風にさらされ、身震いする。

 ジョディはまだ怒りが収まらないのか、腰に手をあてて僕を睨みつけてくる。

 

「次からはシアー・ハート・アタックは禁止だかんね! あんな見えないところで戦うスタンドなんて、フラグにしかならないわ!」

 

「それが問題なのは間違いないからなあ、次からは封印か……。まあその辺の話も、あれを倒してからだね」

 

 そう言って、熊と改めて対峙する。熊は殴られた衝撃のためか、ふらふらとしていたが、結構しっかりと立ち上がった。人間なら一撃で再起不能になってもおかしくない拳だと思ったが、やはり人と獣では基礎能力からして違うのだろう。

 僕の隣にジョディが並び立つ。先程までは死を覚悟するほどで、今もその危険は変わらず存在しているはずなのに、不思議と負ける気はしない。

 

「しかしどうするかね。なんか作戦とかある?」

 

「あるわよ」

 

 僕は思わず、当然といった風に答えたジョディの方を見た。

 

「本当? 今からでもなんとかできる素敵な作戦が?」

 

「あるある。簡単な話よ。真正面から殴り合えばいい」

 

「おい」

 

 片目を瞑りながら、自信ありげに言い切るジョディを半眼で見る。

 

「まあまあ、パープル・ヘイズの手を見てちょうだい」

 

 そう言われてパープル・ヘイズに視線を向ける。熊の方も人数差を意識してか仕掛けてこないので観察は容易だった。

 

「パープル・ヘイズのウイルスは左右の手に付いたカプセルから散布される。カプセルは左右三個ずつの計六個。一日一個作り直せても、昨日今日の戦いで後二個よ」

 

 昨日グエンに三回、アシュレイに一回、今日シアー・ハート・アタックに一回カプセルは消費されていた。

 

「なるほど。つまり、これからの戦いで後二回使わせればウイルスはもう使えないと。それで、正面からぶつかってどう対処するのさ。グエンさんがやったみたいにカプセルが割れるタイミングで、うまいこと退避しろと?」

 

「できるならそれでいいけど?」

 

「できるわけない。僕らはスタンド能力を持ったただ素人だよ? 戦い慣れてないやつにできる芸当じゃない」

 

 僕の否定の言葉に、ジョディはうなずく。

 

「でしょうね。スター・プラチナみたいな精密動作に優れたスタンドだったら、できなくもないかもしれないけど」

 

「じゃあどうするのさ? ただ殴り合うだけじゃウイルスに感染するだけだよ」

 

「そうね。要は、感染しても殴り続ければいいんでしょ?」

 

「はあ!?」

 

 無茶苦茶なジョディの回答に僕は目を剥いた。

 

「いやいやいやいや。そんなことしたらまじで死んじゃうよ。ウイルスに殺されるか、パープル・ヘイズに殴り殺されるかしかない」

 

「大丈夫よ。わたしが死ぬ気でカプセルを二個割るから、後のことはよろしくね」

 

 死ぬつもりとしか言いようのない彼女のセリフに、僕は抗議の声をあげようとした。が、彼女の強い意志の篭った目で見つめられ、言葉を失う。

 彼女はじっと僕を見てからにこりと笑った。

 

「『道』というものは自分で切り開くもの、でしょ?」

 

「お、おい!」

 

「じゃあ、後はよろしく!」

 

 引き留めようとする僕の手からするりと逃れて、彼女は飛び出した。

 

「クレイジー・ダイヤモンド!」

 

 出現したクレイジー・ダイヤモンドを迎え撃つように、パープル・ヘイズが飛び出してくる。

 そして、お互いを射程距離に捉えると、双方が拳を繰り出した。

 

「ドララララララララララララァァァァ!」

 

『うばぁしゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!』

 

 拳と拳がぶつかり合う。パワーは同等。繰り出される拳が押し負ければ、たちまちに全身の骨を打ち砕かれて再起不能の一撃だ。僕は初めて客観的に見るラッシュのぶつかり合いに戦慄する。

 十数秒の膠着の後、押し始めたのはクレイジー・ダイヤモンドだった。破壊力は同等のAである二体のスタンドは、しかしスピードにおいてクレイジー・ダイヤモンドが勝っている。

 そのまま続けば、あるいはジョディのクレイジー・ダイヤモンドが押し勝っていたかもしれない。しかし、その時にはすでにパープル・ヘイズの能力が発動していた。

 

「ジョディ! すでにカプセルがひとつ割れているぞ!」

 

 はたして、パープル・ヘイズの拳のカプセルから、紫色の煙が噴出する。感染者を数十秒で溶かすように殺してしまう殺人ウイルスは、本来の力を十全に発揮していないが、それでもその効果を発現させた。

 がくんと、ジョディの膝が落ちかける。彼女は崩れ落ちるのをすんでのところで持ちこたえた。今がチャンスとばかりにパープル・ヘイズは拳を振るう。

 しかし。

 もう声を発するどころか、呼吸すらもままならないであろうジョディのかわりに、クレイジー・ダイヤモンドが雄叫びをあげる。

 押し込まれるどころか、むしろパープル・ヘイズを打ち破らんばかりに、一層激しく拳を叩き込むクレイジー・ダイヤモンド。ジョディの後方にいる僕から彼女の表情は見えないがどれほど持つというのか。

 間に介入することもできず、僕はただその戦いを見ているしかない。

 やがて、パープル・ヘイズのもうひとつのカプセルが割れた。

 再度紫色の煙に巻かれ、今度こそジョディが膝を折る。クレイジー・ダイヤモンドの動きが目に見えて鈍った。そして、

 

『うばあぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 パープル・ヘイズの拳がクレイジー・ダイヤモンドを滅多打ちにする。クレイジー・ダイヤモンドが打ち破られるのと同時に、ジョディが僕の後方まで吹っ飛んでいく。激しい着水音が聞こえても、僕は振り向かなかった。ウイルスの蔓延する場に居座るだけでもアウトなのに、あれ程のラッシュを受けたのだ。再起不能では済まないだろう。そんな彼女の側に駆け寄るよりも、今は彼女の覚悟に報いなくてはならない。

 

「やれやれ。とんでもない女だ。まさか本当に命がけで二つのカプセルを使わせるとは」

 

 僕は、肩で息をしている熊に向かって一歩踏み出した。

 

「しかし、これでウイルスは使えないな。これでなんの憂いもなく、安心してお前をぶん殴れるってわけだ」

 

 ゆっくりと近づく僕に、体力を消耗し、ウイルスも使い切った熊は不利を悟ってか怯えた表情を浮かべたが、まだ諦められないようで、パープル・ヘイズをけしかけてくる。

 僕に向かって拳を振りかざすパープル・ヘイズ。その拳が落ちてくる前に、僕の目の間に出現したキラー・クイーンがパープル・ヘイズの顔面を撃ち抜いた。

 パープル・ヘイズもろとも吹っ飛び、ぐしゃりと墜落する熊。

 僕は慌てず騒がず、ゆっくりと熊に近づいていく。熊は慌てて森の中に逃げ出そうとするが、その目の前の地面に礫が突き刺さり爆発する。

 僕の目の前まで転がるように吹っ飛んできた熊を僕は見下ろす。

 恐ろしいものを見るような目をした熊に僕は語りかける。

 

「まったく、今回の依頼はトラブルばかりだった。パーティは初対面からぎすぎすしそうになるし、道中の宿場は魔獣に襲われてるし、あのクレイジー・ダイヤモンドと殺し合うハメになるところだった。お仲間(転生者)を見つけられたと思ったら、今度はパープル・ヘイズときた。せっかく出会ったお仲間もいなくなるし、やはり冒険者家業にいいことはないな」

 

 さて、と一息ついて、僕は熊を睨みつける。

 

「八つ当たりも兼ねて、この依頼の締めといこうじゃないか。怒りという感情は思いの外体力を使うのでね。ここいらで解消することにしよう」

 

 こんなことのために、命をかけたバカ野郎(ジョディ)への怒りを込めて、僕は、キラー・クイーンは拳を握った。

 熊がせめてもの抵抗をしようとしてか出現させたパープル・ヘイズごと、キラー・クイーンはラッシュを浴びせかけた。

 全身の骨という骨を砕かれた熊が、為す術もなく吹っ飛んでいく。

 熊はそれでも、這いずるようにして逃走を試みようとする。僕はそれに鼻を鳴らして右手を掲げた。

 

「もう遅い。すでにキラー・クイーンはお前自身を爆弾に変えているんだよ」

 

 殺生へのためらいは、今の僕にはない。

 僕は立てた親指を拳に当てるように握り込んだ。

 熊は悲鳴をあげる暇もなく、轟音と共に爆発四散した。

 それを見届けて、僕は息を吐いた。

 ようやく事が終わった。今回得たものは結局、高額の報酬と僕以外のスタンド使いが存在するという事実だけ。せっかくの同朋は本当につまらないことで命を落とした。差し引きで言えばマイナスかもしれない。

 依頼の達成と聖教の重要人物の死について、どう言い訳しようかと考えていた時。

 くしゅん、と後方からくしゃみの音が聞こえた。

 ばっと後方を振り向くと、川の中から手が生えていた。いや、目を凝らして確認すると、川の浅瀬に倒れ込んだジョディがひらひらと手を振って存在をアピールしているようだった。

 僕は慌てて彼女の方に向かう。

 ばしゃばしゃと音をたてて川に入っていき、彼女の横に立って見下ろした。

 あれ程殴られたのに、彼女は無傷に見えた。立ち上がれはしないのか、川の中で大の字になりながら、僕の方を見て口を尖らせる。

 

「ちょっと。今回の功労者を置いてけぼりはないんじゃないの」

 

「……なんで」

 

 いたって平気そうな様子のジョディを、僕は驚愕の目で見下ろす。

 

「言ったでしょ。なんとかなる手はあるって」

 

「そんなこと……」

 

 言っていたか、と言いかけて僕はふと思い出す。

 アシュレイが身を挺してジョディをかばった時、彼女は殴られても問題ないような口振りだった。下手をすれば死にかねないような状況で、だ。今回も含めて、彼女は自分が()()()()()()()()()()()()()行動をとっていた。つまり一度死ぬような目にあっても問題ないと考えていたということだ。

 僕は、過去に目を通した書物の記述を思い出す。

 

「もしかして……」

 

「軍からの報酬を前払いしてもらってたんだけど、ぱあになっちゃった」

 

 苦笑しながらそう言って、彼女は川の流れに漂う自分の髪の毛を指で示す。

 彼女の髪を彩っていた留め飾り。その中央にはめ込まれていた蒼玉が砕け散っていた。

 大陸の遥か東方。海を越えた先に存在するという半人半魚の亜人。その涙を触媒にして作成される人工の宝石には、死の運命を一度だけ覆す力があるのだという。

 死なない自信があるからこその無謀ということだったのか。

 しかし、人間、仮に何をしても絶対に死なないのだと頭でわかっていていて、実際そういうものなのだと聞いていても、目の前に見える荒ぶる海に飛び込まないし、火事の現場に突入しようとも思わない。それができるのは、相当な覚悟のできた人間のすることだ。絶対的な意思の力で恐怖とねじ伏せ、渦中に飛び込むことのできる精神力。なんという胆力。なんという覚悟だろうか。

 ―――これが『黄金の精神』、というやつなのだろうか。

 僕はそこまでの思考をため息とともに吐き出してから言った。

 

「そういうことは先に言っといてくれる?」

 

「ごめんごめん、つい言いそびれちゃって。ほら」

 

 悪びれもしていない表情でそう言って、彼女は手を差し出してきた。先程とは逆に、今度は僕が彼女を助け起こす。

 起き上がった彼女がふらついたので肩に手を置いて支える。

 

「ウイルスの症状が残ってるの?」

 

「いいえ、それもちゃんと治ってるんだけど、体力までは回復してくれないみたい」

 

 そう言ってジョディは苦笑する。そして、ふと何か思いついたような顔をしたと思ったら、僕の肩に手を回してきた。

 

「なになになに」

 

 本人の言の通り、女の子らしい柔らかい身体が密着して内心動揺する僕に、ジョディは平然とした様子で言う。

 

「何って、歩くのもしんどいんだから肩くらい貸してよね。お互い冬の川に突っ込んで冷えてるし丁度いいじゃない」

 

「いや、そうだけどね」

 

 僕はまたため息をついた。この無邪気な無防備さ。アシュレイを含め、彼女の護衛の騎士たちはさぞ苦労していたのだろう。色々な意味で。

 ジョディはもう一度くしゃみをして身震いすると、僕を急かすように言った。

 

「早く戻って着替えないと本当に風邪引いちゃうわ。ほら早く早く」

 

「はいはい……。さて、将軍や他の皆にはなんて言い訳しようか」

 

「そうねえ。できればアシュレイ様に怒られないような言い訳にしたいわ」

 

「それはどうやっても無理だと思う」

 

「そんなあ」

 

 すでにこの場に脅威はない。これから戻る先に待ち受ける脅威(言い訳)について議論しながら、僕らはゆっくりと歩を進めていった。

 

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