転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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エピローグ

「ありがとうございました。お気をつけて!」

 

 店内に残っていた最後のお客様を送り出して、僕は一息ついた。朝のラッシュを捌ききり、後はまばらにやってくるお客様の相手をすればいいだけだ。

 依頼から帰還して二週間。数日間に渡り閉店していた我が魔法商店の客足は、再開後しばらく客足が落ち込んでいた。

 短期的に見れば、半年分の売上を確保しているので焦る必要もないのだが、長期的に見れば、馴染みのお客様が離れていくのは問題である。

 そこで、今回の依頼報酬の一部を還元して赤字覚悟のセールを行った。広場の掲示板に広告まで出して一週間も続けた爆安セールは、一定期間値下げを行うセールという概念が少なくともこの辺りには無く、安さと珍しさに惹かれた人々で大いに賑わった。

 今日が最終日であったため、明日以降は客足がまた落ちるだろうが、元々贔屓にしていただいていたお客様に再開をお知らせでき、戻ってきてくれたならそれで十分。新規顧客が獲得できれば万々歳と考えている。

 さて、ピークが過ぎ去って落ち着いてしまったが、今日はどうやって時間を過ごそうか。本を読むのもいいし、早めに在庫の補充を始めてもいい。何、時間はたっぷりあるのだ。

 やはり、平穏とは素晴らしい。しばらく刺激が強い生活が続いたので、日常のありがたみというものを強く感じている。

 僕が悦に浸っていると、ドアに付けていたベルが店内に鳴り響く。

 

「いらっしゃいませ」

 

 僕は営業スマイルで挨拶した。いや、今に限っては営業などではなく本心からの笑顔である。

 

「おはよう、ヘンリーくん。今時間有る?」

 

 やってきたのは冒険者ギルドの秘書長コルディア女史だ。

 相変わらず制服をきっちり着込んで、ビシッとしている。

 

「ええ、大丈夫ですよ。……この前の依頼の件ですか」

 

「そうね。ようやく方がつきそうだから、その連絡にね。色々大変だったのよ?」

 

「いやあ、ご迷惑をおかけしまして」

 

 頭をかく僕にコルディアさんはわかっているのかしら、とため息をつく。

 熊をぶちのめして爆破した僕とジョディは、錬金術師と治療術師という、二大非戦闘職が軍や一流の冒険者の倒せなかった魔獣を討ったこと。教会が護衛をつけるほどの重要人物が一回死ぬような目にあったことを、事実をうまく誤魔化して説明し、それを正当化するために軍と冒険者ギルドを巻き込んだ。

 まず、陣に戻ってアダルベルトにジョディと相談して決めた嘘の内容で報告をした。

 僕が爆弾を使った罠をしかけて、熊を討とうとし、別の熊の存在などが理由で失敗したこと。最終的にジョディが魔道具で死を免れられることを利用して囮になり、彼女もろとも魔獣を爆破したことを伝えた。大筋は大体真実と合致するので破綻はない。

 アダルベルトは僕らだけで魔獣を倒したということに驚愕したが、ジョディが囮になって一回死んだことを聞くと盛大に顔をしかめた。

 教会の要人を、無事だったとはいえ、軍が側にいながら一度は死なせてしまったのである。教会からどのような難癖が入るかわかったものではない。魔道具を事前にジョディに提供したのは軍であるが、そんなことおかまいなしだろう。魔道具のことは教会にも知られているため誤魔化すこともできない。

 対応に頭を抱えるアダルベルトに僕は提案をした。

 ―――逆に考えるんだ。「事実を大々的に喧伝しちゃってもいいさ」と考えるんだ。と

 僕の提案の詳細を聞いたアダルベルトはそれを呑み、速やかにこの件を冒険者ギルドに共有した。ギルドで軍から連絡を受けたコルディアさんも、『暁の星』を護衛に付けながらの失態に蒼白になり、僕の提案を聞いて、すがるように頷いた。

 かくして、軍と冒険者ギルドにより、事態は大いに喧伝される。

 曰く、軍が被害に頭を悩ませ、一流冒険者クラン『暁の星』のパーティを退けるほどの魔獣が国境に現れた。その影響で被害を受けた民草のことを憂いた聖教の聖女が、自らの犠牲も省みず、魔獣を討ち果たした。軍、及び冒険者ギルドは聖女の献身を称えるとともに、謝意を表して教会に喜捨するものとする、と。

 民衆は物語のような美談を耳にして大いに沸き、吟遊詩人はこぞって聖女カタリナを称える詩を歌った。

 この評判には、教会も後ろ暗い取引を持ち込むどころではなく、カタリナの民草への献身を称賛する旨を発表するだけにとどまった。

 

「で、昨日私と軍の担当者が教会にカタリナ様を危険に晒したことを詫びに行ったんだけど」

 

「大丈夫でしたか?」

 

「二人でカタリナ様のことを大いに持ち上げてきたわ。グレアム司教のあの苦々しそうな顔といったらなかったわね。何かを求めるようなことは一切しなかった」

 

「こんな大々的な美談に水を差すような取引は迂闊に持ち込めないでしょうからねえ」

 

 事が大きくなれば、多くの人間の耳目が集まり、後ろ暗いことはし辛くなるものである。ダシにされるジョディは嫌そうな顔であったが、小言が減るかもという僕の言葉に渋々承諾した。

 

「けれど、こんな誤魔化しもできなくなるぐらい大変なことになるところだったんだからね。せめて軍の兵を借りるとか、『暁の星』の動ける人たちを使うとか、できることはあったはずなんだから」

 

「いや、本当に申し訳なく……。こんな大事になるとはその時は考えていなかったんです」

 

 僕はコルディアさんに頭を下げる。陣に戻ってからこれまで、関係者に会う度に小言を言われている。魔獣を倒して事も丸く収めたのにこの扱いであるが、まあ仕方ないと割り切ろう。僕は頭を下げて事が収まるのならいくらでも頭を下げられる質だ。

 

「ああ、それはそれとして、ギルド長から、あなたが使っている爆薬について、冒険者ギルドに卸せないかって打診を頼まれているんだけど……」

 

「い、いやあ。あれはまだまだ威力とか安全面とかでまったく安定していなくて、商品として売り出すにはちょっと。それに、あまり殺傷力の高い魔道具を世間に流すことにもためらいがありますので……」

 

 僕は冷や汗をかきながらお断りを入れる。当然、あんなに便利に使える小型爆弾なんて作っていない。すべてキラー・クイーンの能力なのだから。時代的にもうそろそろ世に同じようなものが出てきてもおかしくないので、もうしばらく待っていてほしい所存である。

 

「そうなの。確かに軍の人もとても興味を持っていたし、戦争で使われるとなったら、魔法以上に重宝されるかもね。わかったわ、冒険者ギルド経由で話がきたら説明しておく」

 

「ぜひ、ぜひそうしてください」

 

 それじゃあ、と手をあげてコルディアさんは去っていった。彼女がドアの向こうに消えるのを見計らって、ため息をつく。

 今回、止むをえないとはいえ、キラー・クイーンの能力に頼りすぎた。

 あまり大々的にこの能力を使うと、どのような影響があるかわかったものではない。少なくとも、僕にとって都合のいいことはあまり起こらないだろう。

 もしもの時のため、精神安定のために持っているだけで便利な能力だが、使わないに越したことはない能力である。

 今回は金銭に釣られてほいほいと危険に足を突っ込んだばかりにえらい目にあった。今後はこのようなことが無いよう、安全第一で行こう。

 僕がひとり気を引き締めていると、再びドアのベルが鳴り響く。

 

「よう。今平気かい?」

 

 訪問者は『暁の星』のグエンだった。後ろにエリザとミレイナが控えていて、ミレイナがぺこりと頭を下げた。エリザはそっぽを向いている。

 

「ええ、大丈夫ですよ。……グエンさん、お加減はいかがですか?」

 

 恐る恐る問いかける僕に、グエンは肩をすくめる。

 

「お陰様で、やっとこさ動き回れるようになったところさ。監視付きなのは気に食わねえがな」

 

「これからゆっくりとリハビリをという時に馬鹿みたいに過酷な訓練を始めようとするあなたが悪いんです。頼むから自重してください」

 

 ミレイナのお小言にグエンはへーへーと気のない返事をする。

 パープル・ヘイズのウイルスに感染していた彼は、当初冒険者としての活動も危ぶまれるほどの状態だったのだ。他の感染者からも死者は出ていないものの、未だに病床から離れられない者もいる中で、たいした生命力である。

 これなら彼が第一線に返り咲くのもそう遠くはないだろう。

 

「まあそんなことはどうでもいいんだよ。あんたに渡すものがあって来たんだ」

 

「僕にですか?」

 

 グエンの言葉に、僕は首をかしげる。グエンはミレイナがカバンから取り出した袋を受け取ると、ほれ、と軽い感じでカウンターの上に置いた。どすん、と着地したそれは結構な重量がありそうだ。

 中を覗くと、金貨が詰まっていた。

 

「……え?」

 

 僕が間の抜けた声を出して困惑していると、グエンから声がかかる。

 

「この前の依頼で『暁の星』が受け取った報酬だ。必要経費は差っ引いてあるが、残りはあんたがもらってくれ」

 

「いやいやいやいやいや?」

 

 グエンの言葉に僕の脳内は大混乱だ。事態が飲み込めていない僕に、ミレイナが説明してくれる。

 

「あの依頼で、『暁の星』はほとんど貢献らしい貢献ができませんでした。魔獣の能力を暴いたのも、それを討伐したのも、あなたとカタリナ様です。何もしていない我々が、これを受け取るわけにはいかないと、参加者の意見が一致しまして」

 

 まあ、冒険者のプライドみたいなもんだ、とグエンは笑う。

 

「いやしかし、僕たちはパーティとして動いていたんですよ? パーティメンバーの功績は全員の功績でしょう。元々おまけみたいな僕が受け取れませんよ」

 

「……そのおまけみたいな錬金術師に全部持ってかれたから私たちも受け取れないのよ」

 

「エリザ!」

 

 エリザがぼそっと口にした言葉をミレイナがたしなめる。

 そうは言われても、店の売上年単位分はありそうな額をじゃあと受け取れるほど僕も肝は太くない。

 

「……カタリナ様にこそこれは差し上げるべきでは? 魔獣の討伐は彼女の献身あってこそです」

 

「昨日渡しに行ったら断られたよ。全部ヘンリーさんに渡してくださいってな。しゃあないからカタリナ様の分は教会に喜捨してきた」

 

 あの女、全部押し付けようとしやがった。

 

「であれば、なおさら受け取れません。『暁の星』のみなさんも今後何かと入用でしょう? 気にせずお受け取りください」

 

 今後冒険者に復帰できない者が出る可能性だってあるのだ。いらんプライドこじらせないで受け取って欲しい。そう心のなかで念じつつ、グエンの方に袋を押し出す。

 彼はため息をつきつつ、袋を手に取った。

 

「あんたといいカタリナ様といい、無欲すぎるぜ。誰も責めやしないんだから喜んで受け取りゃいいだろうに」

 

「あいにくと僕は小市民ですので、身の丈に合わないお金を持っていたら恐ろしくて夜も眠れません」

 

「そうかい。……それじゃあ、こいつはあんたへの借りだ。嫌だと言っても返すから、そのつもりでいてくれや」

 

 貸している側は僕で、その僕が貸しとも思っていないのに、理不尽な返済宣言である。納得のいかないことだらけだが、この場を収めるにはそれしかない。僕は嫌々うなずいた。

 

「そういうことなら仕方ないですが。……ほんとに返さなくていいですからね」

 

「まあまかせろって。それじゃ、邪魔したな」

 

「……」

 

 よくわからない自信を見せつけて、グエンは背を向ける。扉を出る際に、ミレイナがわざわざこちらを振り返り、深くお辞儀をしてから扉を閉めた。

 まったく、人が平和を享受している時に、とんでもない爆弾を持ち込むのは遠慮していただきたい。

 あの様子では、本気で借りを返そうとしてどんな厄介事を持ち込まれるかわかったもんじゃない。彼らと今後関わらずに済むことが一番の返済である。

 気を取り直して珈琲でも入れようかと思っていると、けたたましいベルの音と共に人が飛び込んできた。僕は声をかけるのも忘れて目を丸くする。

 その人物は膝に手をあてながら呼吸を整えている。フードを被っていて人となりはわからないが、体格等から女性と推察する。

 

「ええ〜……。い、いらっしゃい?」

 

 僕がためらいがちに声をかけると、しばらくその女性は返事をする余裕もなさそうだったが、一息つくと、声を発した。

 

「……とりあえず、お水ちょうだい」

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

「……ジョディ?」

 

 問うた僕の言葉に返事をせず、彼女は腕を前に突き出す。早く水を飲ませろ、ということらしい。

 水を注いだ杯を持ってきてやると、彼女はひったくるようにしてそれを受け取り、腰に手をあてて豪快に一気飲みし始めた。

 身体を逸らすようにして飲んだことで、フードが取り払われる。女性はやはりジョディだった。

 

「しばらくぶりだね。そんなに慌ててどうしたのさ」

 

 ジョディと会うのは依頼を終えて王都に戻った時に別れて以来だ。

 僕も店の立て直しに忙しかったし、彼女は彼女で別れる前に、国中の貴族や富豪からの治療依頼が溜まっているだろうとぼやいていたので忙しくしていたのだろう。

 店も一段落したし、そろそろ会いに行こうかと思っていたところなので、ジョディからやってきてくれたのはありがたいが、息切れするほど急いで来る必要があるかと首をかしげる。

 彼女は、空になった杯をだん、とカウンターに叩きつけるように置くと、焦った様子で言った。

 

「ちょっと匿って!わたしのことは言わないでちょうだい!」

 

 そういうと僕の返答も聞かず、奥の工房へ飛び込んでいく。さすがに抗議の声をあげようとしたが、その前に店の扉が開いた。

 

「失礼する」

 

 やってきたのはアシュレイだった。僕はなんとなく状況を察しつつ彼に声をかける。

 

「いらっしゃいませ。アシュレイさんも動けるようになったんですね。先程までグエンさんたちもいらっしゃっていたんですよ」

 

「ああ、あの男、ここにも来ていたのか。大人しく寝ていればいいものを、忙しないやつめ」

 

 おそらく昨日グエンがジョディを訪ねた時にも同席していたのだろう。その時どういったやり取りを二人がしたかは、嫌そうなアシュレイの顔を見ればわかるというものだ。

 気を取り直してアシュレイは要件を口にする。

 

「カタリナ様はこちらに顔を出してはいないだろうか」

 

 ずばっと切り出された言葉に、僕はすっとぼける。

 

「カタリナ様、ですか? いえ、こちらにはお見えになりませんが。……まさか行方不明に?」

 

「……いや、先程まで姿は確認していた。彼女の側で護衛をしていたのだが、撒かれてしまってな」

 

「撒かれて、ですか?」

 

「ああ。困ったものだ……。あの方になにかあればもうご自分のことだけではすまないというのに」

 

「そ、そんなにカタリナ様は重要な地位に?」

 

「いや、あの方は自らの地位に頓着されん。だが、神よりあれほどの術を授けられるほどの信仰心をお持ちの上に、奇特なほどの人格者であらせられる。聖教内のシンパは日増しに増加する一方だ」

 

 無論、俺自身もな。と言い切るアシュレイに、僕は顔が引きつらないように愛想笑いするので精一杯だ。

 

「私心無く神の恩寵を民に分け与えなさるカタリナ様は腐敗した聖教の希望だ。その彼女に間違っても危険が及ばぬよう、我々がお守りせねばならぬというのに……」

 

 ため息をつくアシュレイ。

 

「まあ、カタリナ様とて人の子です。ひとりになりたいときもありますでしょうし、誰かが近くにいては息抜きもできないのでは?」

 

 僕はとりなすようにアシュレイに言う。この世界のプライバシーという概念は前の世界よりもがばがばであるが、この程度の意見は問題なかろう。

 

「それは、君と会うのは彼女の息抜きになる、ということかな」

 

 アシュレイから放たれた言葉は僕の心胆を寒からしめた。表情を取り繕うのに苦心しつつアシュレイを見ると、じっと値踏みするかのような視線を僕にくれている。

 

「……意味がわかりかねますが?」

 

「カタリナ様に撒かれたのはこの商業区だが、そもそもあの方は今までこんなところにわざわざひとりで足を運ばれることはなかった。俺には君ぐらいしか理由が思い浮かばない」

 

 そしてアシュレイはカウンターに置かれた杯に視線を移す。僕が何も言えないまま密かに冷や汗をかいていると、アシュレイは首を横に振った。

 

「まあいい。君にはちょうど聞きたいことがあったんだ。……君とカタリナ様で魔獣を討伐した時のことを」

 

「魔獣を倒した時のことですか? 皆様にご説明した以上のことは何も無いのですが……」

 

 僕は先程とは別の意味で焦った。僕とジョディで捏造したストーリーに不審な点でもあっただろうか。真実を織り交ぜて頑張ってつじつま合わせをしたのだが。

 

「ああ、君とカタリナ様は森に罠をしかけて、魔獣を仕留めようとしたが失敗し、最終的にあの方を囮にしてもろとも爆破した。ということだったな」

 

「ええ。……僕の軽率な判断でカタリナ様を危険な目に合わせてしまいました。アシュレイさんや教会の方にはお詫びの仕様もなく」

 

 頭を下げる僕にアシュレイは首を振る。

 

「それ自体は、……まあ良くはないが。言いたいことも多々有るが。結果的に危険な魔獣を仕留めて無事に戻ってきたのだ。途中で戦線離脱した俺には何も言う資格はない。良くはないのだが」

 

 絶対よろしくなさそうな様子だったが、なんとかお許しをいただいた。と判断しよう。

 

「その時のことだ。君はカタリナ様から、魔道具を利用した相打ち攻撃を提案された時、躊躇わなかったのか。いや、非難している訳じゃない。魔力を通す必要がある爆弾は君が使わなければいけなくて、カタリナ様が囮役とならざるをえなかったというのも理解できる」

 

 責められているかと思って頭を下げようとした僕にアシュレイは手を振る。

 

「君はその時、何故彼女を殺すことができたのだろうか」

 

 僕は困惑した。結局これ、容赦なく爆破したことを責められてはいないだろうか? 僕の困惑を見てアシュレイも困ったような表情をする。

 

「すまない、本当に責めるつもりで言ってるんじゃないんだ。なんというか、君は彼女は死なないと説明されていたとはいえ、その、人を殺せる威力の爆弾をためらわずに使ったわけだろう。そんな事態を回避するために、他の提案をしたりとかは考えなかったのだろうか。それこそ軍や『暁の星』のやつらの協力を仰ぐとか、囮や投擲役をかわってもらうとか」

 

 言葉を選んで説明してもらっているのだと思うが、アシュレイが聞きたいことがよくわからない。ジョディを囮とすることを避けねばならない理由があるのだろうか。

 うまく伝わってないことを理解し下を向いてしまったアシュレイがぽつりと呟く。

 

「俺は、彼女が大丈夫だとわかっていても、そうすることが最善だとわかっていても、あの方が傷つくことに耐えられなかった。結局無闇に魔獣にやられて何の役にもたたなかった」

 

 ……これは、ジョディが我が身を犠牲にグエンを救出したことを言っているのだろうか。ジョディが殴り飛ばされる分には、一回死なない担保があるため、無事に撤退できていたはず。そこにアシュレイが割って入ったために、魔道具は使わずにすんだが、アシュレイが戦線離脱している。

 それにたいして僕は、同じく魔道具のことを知っていて、ジョディを容赦なく爆破している。

 ……実際は魔道具のことなど僕は知らなかったし、ジョディが人の言うことを聞きもせず、勝手に飛び出して死んだという事が真実だが、たいして違いもあるまい。まあ、本気で止める暇がなかったかというと嘘になるのは事実だが。

 そこで僕はなんとなく言いたいことを察した。気がする。僕は口を開いた。

 

「彼女から話を聞いたときは、お止めしようとは思いました。……しかし、彼女の目には覚悟がありました。どのような事になっても、困難に立ち向かうという覚悟が。僕が戸惑っているうちに彼女は飛び出してしまって。結局その決意に付き合おうと覚悟を決めたまでです」

 

 ……そう言って、そっとアシュレイの方を伺う。

 アシュレイは目を閉じて沈黙していたが、やがて顔をあげる。

 

「覚悟に付き合う……か。それが君と俺の差というわけだ。ありがとう。聞きたい答えを聞けたよ」

 

 さっぱりした様子で語るアシュレイ。僕は正解を引けたことに安堵しつつも、彼がしているであろう勘違いを正すべく、声をあげる。

 

「あの、アシュレイさん。僕とカタリナ様は別に……」

 

「いや、皆まで言わなくていい。最近のカタリナ様の様子を見ればある程度は察しがつく」

 

 僕の言葉はアシュレイに遮られる。何を勝手に察しとるんじゃと突っ込みたいが、聞く耳を持ちそうにない。

 

「しかし、俺も身を引くつもりはない。他の騎士たちもそうだろう。今度は君に勝ってみせるさ。せいぜい楽しみに待っていてくれ」

 

 そう言ってアシュレイは背を向ける。彼はドアを開いて、何かに気がついたように振り返った。

 

「ああ、それと、もしカタリナ様がこちらにいらっしゃることがあれば伝えてほしい。せめて日が暮れる前には帰ってきてほしい、と」

 

 今度こそ去ってくアシュレイを見送って、僕は今日の中で一段と大きなため息をついた。

 ドアの向こうから気配が消えるのを見計らって、奥からジョディが出てくる。

 

「いやあ、助かったわ。なんとか誤魔化せたようね!」

 

「……」

 

 たぶん誤魔化せていないのだが、言わぬが花だろう。

 

「それにしてもアシュレイ様、結局何が聞きたかったのかしら? 責めるようなことを言ってるのに責めてないなんて。まあたいしたことじゃないとは思うけど」

 

「……」

 

 悲しいまでの察しの悪さにちょっと目頭が熱くなってくる。アシュレイが、いもしない敵に勝負を挑みながら、土俵にもたててないという空回りをみせることに同情してしまう。

 というか、この察しの悪さは同じ現代日本人とは思えないほどだ。男性から女性となった影響でもあったのだろうか。

 僕は首を振ってジョディに質問する。

 

「ねえ、ジョディの護衛についてるアシュレイさん以外の騎士ってどんな人がいるの?」

 

「護衛の騎士様? えっと、アシュレイ様を含めて五人いらっしゃるわ。……最初にお会いした頃はちょっとぎくしゃくしたけど、今は身分の低いわたしにも良くしてくれる良い方々よ」

 

「……そっか」

 

 つまり、アシュレイ以外にジョディを慕う男が最高でも四人はいるということだ。素敵な方、ではなく良い方、と説明される時点でお察しな感じではあるが。

 せめて僕は巻き込まないでほしいと願いつつ、話題を変えることにする。

 

「そういえば、結局今日はどうしたの? わざわざ護衛まで撒いて」

 

「いや、特に理由はないけど」

 

「ないのか……」

 

「だって、せっかく転生者(お仲間)を見つけたんだから、色々と話をしてみたいじゃない。地球の(メタな)話とか、人目のあるところじゃできないでしょ?」

 

「まあ、それもそうだね」

 

 急に僕たちが前世について語り始めた日には、正気を疑われる可能性もある。というか、場合によっては異端扱いだろう。

 肩をすくめて、僕は椅子を出してきて彼女に勧めながら言う。

 

「珈琲を入れるよ。砂糖もミルクもつかないけどね」

 

「ミルクは難しいかもだけど、砂糖ぐらいは用意できるんじゃないの? こっちだとお高いでしょうけど、お金はあるでしょ?」

 

「そんなお金はありません。あ、そういえば君、グエンさんに余計なことを……」

 

 珈琲の準備をしながらくだらない会話を始める。

 ジョディはカウンターに肘をつき、頬を手で支えながら僕が手を動かすのを見ている。

 今日はお客様ももうほとんどこないだろう。今日ぐらいはもう店を閉めて、友人と語らうのも悪くない。僕は店の表に出て、看板を裏返す。

 冬の寒風に身震いして、急いで店内に戻った。美味しい珈琲と、友人の待つ僕の店の中に。

 

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