こんな夢を見た
気がつくと僕は和室に突っ立っていた。久しぶりの畳の感触に懐かしさを覚えるよりも動揺してしまう。
部屋を観察すると、デスクとタンスが置かれている。タンスの上には、なにやらトロフィーが置かれていて、壁には賞状も飾られている。
賞状に書かれた名前を確認しようとしたが、何故か名前にもやがかかったようになっていて判別できない。
トロフィーの方も全て確認してみたがだめだった。ただ、全て三等、銅賞となっていることが印象的だった。
ブロンズコレクターという言葉が脳裏をよぎる。
ぱちり。
何かを切る小気味良い音に振り返ると、ひとりの男が縁側にあぐらをかいて座っている。
……はて、先程までこの障子は空いていただろうか?
男は向こう側を向いているので顔はわからない。ブランド物だろうか、仕立ての良いスーツを着ているのが印象的だった。
また男の方から、ぱちり、と音がする。後ろ姿しか見えていないが、その動作から男が何をしているのかはわかった。
男は爪を切っているのだ。
僕のことなど気にもしていない風に爪を切る男に、なんとなく声をかけるのをためらっていると、男の方から声をかけてきた。
「君は、性的嗜好というものをどう思う?」
───何言ってんだこの人?
僕は男の言葉にドン引きした。
男は何気ない日常の雑談として聞きましたみたいな雰囲気を出していて、相変わらずこちらに背を向けて爪を切っている。
見知らぬ男と初対面からシモの事を語り合うなんて嫌すぎる。
できれば遠慮願いたい。願いたいのだが、この男からは目の前で人が死んでも表情ひとつ変えない様な、冷たいなにかを感じる。
僕はこのヤバい男を刺激しないために、会話に乗っかることにした。
しかし、性的嗜好についてと言われても。
頭の中で考えながらとにかく当たり障りない言葉を吐き出す。
「えっと、性的嗜好って今おっしゃったみたいに、脚とか首すじとかみたいな身体の一部が好きっていうの以外にも色々ありますよね。服装の好みとか、年齢の好みとか、行為の好みとか。中には趣味を疑うよんなヤバい嗜好もあったりしますし、人間って業が深いなと」
「そんなつまらない君の感想なんか求めてない」
男はばっさりと僕の言葉を斬り捨てる。
「性的嗜好という言い方が悪かったかな? ならば、執着、と言い換えよう。私が聞きたいのは、君がどんなものに執着を見せるのかというその一点だよ」
男は爪切りを脇に置いて立ち上がった。
こちらを振り向き、ずいっと僕の前に進み出る。外は明るいはずなのに、男の顔はそこだけ濃い影ができたかのように暗く、わからない。
「ふむ。自分からは言い出しづらいかね? では、私から曝け出すことにしよう」
男は僕の前に立つと、いつの間にか手に持っていた物を持ち上げて僕に見せる。
「私の執着は、これだ」
───それは、人の手だった。
細く滑らかで、形の良い手。爪には紅いマニキュアを塗ってあり、青白い指に映えている。ほぼ間違いなく、女性の手だった。
手、だけだった。
手首から伸びているはずの腕も、当然その先に当たる部分も全て無い。
僕は、その女性の手を悲鳴をあげるでもなく、なんの感慨もなく見ている。
「美しいだろう? 私が殺した女の中で、一番好みだった手だ。もっとも、『本物』は腐ってしまって手を切ったがね」
宝物を見せびらかすかのように男は語る。男の言葉に、僕はなんの反応もしなかった。
恐怖して怖気付いた訳ではない。反発してあえて黙った訳でもない。
ただ、男の曝け出したものに、なんの感情も思い浮かばなかっただけだ。
「さて、改めて聞こう。君が執着するものとは、なんだ?」
なんだと言われても……。これには僕も困惑した。
俺は言ったんだからなんて理論で話を向けられても困る。そもそも僕は……。
と、そこまで考えて。
───何も思いつかなかった。
おや、と思考を回転させ始める。性的嗜好だとか執着だとか大それたことは言えないかもしれないが、僕にだって趣味嗜好と言える程度のものはあるはずだ。
前世の自分だって、そういう好みのものがあったはず……。
そう思って思い返しても、これというものは何も思い浮かばなかった。
あれ? 自分はこんなにつまらない人間だったのだろうか……?
愕然としている僕の事を、男は楽しそうに見ている。
「なんだ、何も思いつかないのか? 可愛いのがいいとか美人なのがいいとか、胸が好きとか尻が好きとか、ベタなものでもなんでもいいんだがね」
その言葉にも、僕は何も言い返せない。何か適当なものを挙げようと言葉を発しようとしても、喉の奥から言葉がこぼれることはなく、ただうめくような声が漏れるだけだった。
「ふうん。こいつは重症だな」
男は頷くと、僕に言い聞かせるように語る。
「いいか? 君に執着するものが無いなんてことはない。私が保証しよう。どんなやつだろうが、執着心のないやつなんていないのだから。ただ、君はそれが何か気がついていないだけなのだ」
男が突然僕の胸ぐらを掴み、自分の後ろ、庭に向かって投げ飛ばした。僕は物理法則を無視してすっ飛ぶ。
「君はその自分の
僕はどんどん家から離れていく。男の声はどんどん聞こえなくなる。周囲の景色はどんどん加速していき───。
ぶつりと、そこで暗転した。
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「……んが!?」
がくんと落ちる感覚を覚えて目を開けると、そこは自分の店だった。どうやらカウンターに突っ伏して寝ていたらしい。
「あら、目が覚めた? ずいぶん寝苦しそうだったから、ゆっくり寝かせておいたんだけど」
隣から声がしたのでそちらを向くと、ジョディが椅子に座って本を読んでいた。
「……いやそれなら起こしてよ」
「いやよめんどくさい」
ジョディは本に目を落としたままこちらを見ようともしない。冷たいやつだ。
「お陰でヤバい夢を見ちゃったよ。頭がどうにかなりそうだった」
「へえ、どんな」
あんまり興味なさそうな反応であることは置いておいて、夢の内容を思い返してみるが、細部はすでに記憶に無く、大まかなディテールしかわからない。
それすらも忘れそうな雰囲気なので、覚えているうちに言語化を試みる。
「ええと……。知らないおっさんに特殊性癖でマウントを取られる話」
「それはヤバいわ」
流石のジョディも顔を上げてドン引きした表情を見せる。
「日頃の欲求でも溜まってるからそんな夢見るんじゃないの? 大丈夫? おっぱい揉む?」
「いいから! 溜め込んで無いから! 女の子がそのネタを使うんじゃありません!」
「え〜女の子だから言えるセリフだと思うけど。一回言ってみたかったのよね」
「アシュレイさんが聞いたらひっくり返って失神しちゃうよ……」
話は脱線して既に夢の事は記憶の彼方。次の日には夢を見たことも忘れている、そんな話。