転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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2.

「主は皆さんとともに」

 

「「「また司祭とともに」」」

 

「全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように」

 

 

「「「アーメン」」」

 

「感謝の祭儀を終わります。行きましょう、主の平和のうちに」

 

「「「神に感謝」」」

 

 正面壇上に立つシモン司祭の言葉に続いて、参加していた人々が声を合わせる。

 オルガンの音が流れ、聖歌の合唱が始まると同時に、シモン司祭はゆっくりとした足取りで聖堂を退出していった。

 聖歌の終わりとともに、聖堂内は喧騒を取り戻した。どうやら本日のミサはこれで終わりらしい。

 聞いた記憶のない聖歌を口パクで乗り切った僕は、静粛な雰囲気から開放されて、長椅子に座り込んだ。

 聖堂にいた人々は、すぐに退出していくものもいれば、オルガンを弾いていた修道女へ話しかけに行く者もいる。というか、オルガンの周りを人が囲むようにしていてすごいことになっている。

 なるほど、聖堂が満席になり、立っている人々も多かったのだが、あれが理由であるらしい。ここからは人垣でまったく見えなくなってしまったが、オルガンの演奏をしていたのは、なんとジョディだった。いつもの白いローブではなく、修道服を着ていた彼女はミサの間、事ある毎に歌われた聖歌の伴奏を難なくこなしていた。ここ、ジョーダン教会併設の孤児院育ちであるというから、昔から伴奏を引き受けていたのかもしれない。

 そんなことを考えながらぼんやりと人だかりを眺めていたのだが、一向に解散の気配はない。この後ジョディと合流する予定であったが、しばらく時間がかかりそうだった。

 周囲に視線を移して、聖堂の構造を観察する。教会に足を向けること自体が初めてなので、はっきりしたことはわからないが、確かに前世で映像や画像で見た教会と似通っているような気がする。

 質素ながら、長椅子が並べられ、正面には先程までシモン司祭が立っていた祭壇が。祭壇の背後には建築費をケチっているのか、こじんまりとしたステンドガラスの窓がついている。そして、祭壇脇にオルガンが置かれているという形だ。

 こうしてみると確かにキリスト教の教会らしい建築物だ。まあそうと知らずに入ったら気が付きもしなかっただろうけど。

 

「ヘンリー君、ちょっとよろしいかな?」

 

 まだまだ解散しない人だかりに、面倒になったので帰ってしまおうかと考えていた時、横から声をかけられた。

 声の主を見ると、先程まで祭壇の立ってミサを取り仕切っていたシモン司祭である。僕は慌てて立ち上がった。

 

「ど、どうも。ええ、大丈夫です」

 

「ありがとう。それでは失礼して」

 

 僕たちは長椅子に並んで座った。友達の親代わりの登場に僕は身を固くする。

 白髪を撫でつけ、カソックを着たシモン司祭は、顔に刻まれた皺の深さから、それなりの年齢の人物と思われるが、背筋はしっかりと伸びていて、ロマンスグレーという言葉が似合う紳士然とした人物だ。

 

「君のことは最近ジョディからよく話を聞いていてね。一度話をしてみたかったんだ」

 

「は、はい。ジョディとは仲良くさせてもらってます……」

 

 人だかりの方を見ながら話すシモン司祭に、僕は緊張しながら答えるが、なんだか彼女の家に挨拶しに来た彼氏のような言葉になってしまい、気が付かれないように顔をしかめる。

 そんな僕を気にもせず、シモン司祭は楽しそうに話を続ける。

 

「いや、あれも昔から外面はいいくせに孤児院の外で友達付き合いというものをあまりしない娘でね。友達のところに入り浸るなんてことも無かったから、正直ホッとしているんだ」

 

「そうだったんですか……」

 

 相づちを打ちつつも、密かに納得する。僕も経験したことであるが、前世の記憶がある分、肉体年齢と精神年齢に齟齬が出るので、周囲の同世代と、一緒にいるのは中々に辛い。相手は分別のつかない子供であるので尚更だ。

 僕の場合、実家ではほぼほぼ空気の三男坊なのでけっこう好き勝手していたし、魔法学校に入学してからは、貴族だけど錬金術師という微妙な地位で地味な嫌がらせを受けていたが、前世で勤めた会社の陰湿さに鍛えられていたため問題なかった。

 

「ジョディは昔からあんな傍若無人だったんですか?」

 

 せっかくの機会でもあるし、ジョディのことについて聞いてみることにした。もしかしたらイジれるネタや弱みが出てくるかもしれないという期待もある。

 シモン司祭は僕の言葉に何故かちょっと驚いた顔をすると、嬉しそうに顔をほころばせた。

 

「確かに小さい頃は院の子供たちの中でもガキ大将みたいな立ち位置だったけどね。私やシスターたちが手を離せない時に小さい子の面倒を見てくれたりして、しっかりした娘だったよ。なんでもそつなくこなすし、物覚えも良かった。成長してからは治療術師として働き始めたこともあって落ち着いた、かしこまった態度を取ることも多かったのだが。……そうか、君からは今のジョディがそう見えているんだね」

 

「ええ、まあ……」

 

 シモン司祭の言葉に僕は曖昧な笑みを浮かべる。ジョディのやつ、思ったよりも真っ当に暮らしていたらしい。シモン司祭からもなんかいい子過ぎて逆に心配されている気がある。もっとこう、嫌いな食べ物はなんだとか、何歳までおねしょしていたかとか、そういう話を聞きたいのだが。

 

「……君は彼女の能力について、聞いているかい?」

 

 シモン司祭はふと真面目な顔をして質問してきた。一瞬ドキッとしたが、素知らぬ顔で返答する。

 

「能力、というのは治療術の腕についてですか? それは、僕なんかより司祭のほうがよく御存じでしょう」

 

 僕の言葉にシモン司祭は苦笑する。……バレたかな? 

 

「そうかね。それでは、爺の独り言と思って聞いてもらいたいのだが。……ジョディの能力が治療術などではないことはよく分かっている」

 

「……」

 

「彼女は昔から不思議な娘だった。子供たちが怪我をしても、彼女が近くにいるといつの間にか怪我が治っていたりしてね。それだけなら神の恩寵を賜って、治療術の才を持った娘だと思えた。けれど、彼女が直すのは怪我だけじゃなかった。子供たちが壊したと思った物が気がついたら元通りになっていたり、ガラスの割れた音がしたと思って行ってみたら、何の異常もなくその場にジョディが立っていたりね。これは治療術ではありえないことだ」

 

 僕は正面のステンドガラスを眺めながら、表情に出さないように努めつつ内心悪態をつく。あの脳筋、スタンド能力のことが司祭にもろばれじゃないか! 

 

「別にだからどうしたということはない。ジョディはその力を正しく使ってくれると信じている。しかし、彼女は私や周りの者にはそのことについて話をしてくれなんだ。だから、誰か本当に気を許せる相手がいてくれたらと思っていたのだが」

 

 隣のシモン司祭がちらりと視線をくれるのを感じるが、僕は頑なに前を向く。正面から向き合ったら、司祭にすべてを見通されてしまいそうな気がしたからだ。

 

「まあ、ジョディとはこれからも仲良くしてやってほしい」

 

 この言葉には僕もはっきりと回答することができた。

 

「もちろんです。僕にとっても、ジョディは大切な友人ですから」

 

「あ、ヘンリー! 司祭と何話してるのよ!」

 

 声に視線を向けると、ずんずんとジョディがこちらに向かってくるのが見える。修道服を身にまとうことで加算された貞淑な雰囲気が台無しだった。どうやらジョディを囲う会は解散したらしい。

 

「いや、今シモン司祭に君が何歳までおねしょをしていたか聞き出すところだったんだ」

 

「はあ? あんたなんてことを聞いてんのよ。でも残念。わたしはおねしょなんてしたことないわ」

 

 僕の言葉にジョディはドヤ顔で言い切る。しかし、その表情は横からの言葉によって引きつることになる。

 

「いや、君はうまく隠したつもりだろうが、私はよく覚えているよ。あれはそう、君が……」

 

「わぁ〜シモン司祭! ちょっとやめてください!」

 

「ちょっ、なんで僕に……!?」

 

 シモン司祭が懐かしそうに語り始めるのを聞いて、ジョディは慌てて僕の首をヘッドロックで締め上げ始める。がっちりと固められた腕を解こうと必死に抵抗するが、完全に解除することはできず、かろうじて呼吸するための空間を確保するので精一杯だ。

 

「いいじゃないかおねしょぐらい! 僕だって小さい頃はしたよ! 子供なんだから仕方ないさ気にすることないって!」

 

「じゃああんた、それを聞いてどうするつもりだったのよ?」

 

「なにかあった時に、孤児院の子供たちに広めるって脅しに使えるかなって」

 

「人の威厳をぶち壊そうとするな!」

 

「ぐあぁぁっ! ギブ、ギブ!」

 

 神聖なる教会内でみっともないプロレスを披露する僕たちを、シモン司祭はにこにこと眺めている。できれば止めていただきたいんですが駄目ですか司祭? 

 

「いやあ、アシュレイ殿から仲がいいとは聞いていたけど、本当に仲良しなんだね君たち」

 

 そんな地獄のような状況から脱するべく奮闘する僕の耳に、聞き慣れぬ女性の声が入ってくる。

 その声を聞いてジョディの腕が緩んだ隙に、僕はなんとか拘束から抜け出した。生命の危機を救ってくれた恩人に視線を向ける。

 その女性は、軽装の鎧に身を包み、亜麻色の髪を無造作に束ねている。腰に佩いている片手剣の根本から切っ先までの横幅が変わらないのが珍しく印象的だ。歳はおそらく僕やジョディよりちょっと上ぐらい。肩当てに十字架があしらわれていることから聖堂騎士と思われる。

 その女騎士に向けて、ジョディは抗議の声をあげた。

 

「アグ姉! 仲がいいやつは人の弱みなんか握ろうとしないわ!」

 

「仲いいからこそ相手のことを知りたいんじゃないの?」

 

「これは弱みを握ろうとしているだけです!」

 

「はっはっはっはっは」

 

 ジョディの言葉を笑ってスルーすると、女騎士が僕に視線を向ける。

 

「君が噂のヘンリー君だね。あたしはアグニヤ。ここにいる聖女カタリナ様の護衛騎士さ」

 

「護衛騎士ってことは、アシュレイさんと同じ……? 男性だけじゃなかったんですね」

 

 一流の治療術師として名を馳せるジョディもとい聖女カタリナについている護衛の騎士。僕はその中でアシュレイという人物と冒険を共にしたことがあるのだが、他の騎士に会うのは初めてだった。

 アシュレイからいらぬ誤解を受けた際の口振りから、五人いるという騎士全員が男性騎士であり、ジョディを慕っている、いわゆる逆ハーレム状態であると思っていたのだが、そういう訳ではなかったらしい。

 僕は多少の期待を込めてアグニヤに問う。

 

「あの、ジョディの護衛騎士の方々に女性はあと何人いらっしゃるんですか?」

 

 僕の言葉を聞いてアグニヤはにやりとする。

 

「残念だけど、後の四人は男だし、あたしと違って全員貴族様さ。アシュレイ殿から話を聞いて、みんな君に会いたがっていたよ」

 

 あまりにも残念な事実に僕はがっくりと肩を落とす。アシュレイの余計な勘違いから、無駄に敵を作ってしまった。

 当のジョディは何も分かっていない顔をしているものだから余計にいらっとする。僕に度胸があって倫理観がなければキラー・クイーンの元の持ち主よろしくすべて爆破してなかったことにするのだが……。

 

「……先程の口振りだと、アグニヤさんは貴族じゃないんですか?」

 

「ああ、そのとおりさね。……そういやあんたはお貴族様なんだっけ? かしこまったほうがよろしいでしょうか?」

 

「よしてください。一応家を出た身ですから」

 

「助かるよ。あたしはここ、ジョーダン教会の出身さ」

 

「つまりわたしの姉貴分ってわけ」

 

「ははっ。ジョディがみんなの世話をやくもんだからどっちが姉貴分かわからなかったがね」

 

 そう言って笑い合うジョディとアグニヤは確かにとても親しげにしている。なんだ、思ったよりうまくやってたんじゃないか。

 

「あれ? アグニヤさんがここにいるってことはアシュレイさんは……?」

 

「つい昨日交代で聖都に帰ったよ。あの人も普段は優秀な方なんだが、カタリナ様が絡むといけない。事細かに引き継いで行ったよ。―――特に、君とジョディが会う時は可能な限り同席するようにって。自分がジョディにつきまといすぎて撒かれるからって、無茶苦茶言うよ」

 

「ええ……?」

 

 あの人、ちょっとヤんでるところないか……? 肩をすくめながらのアグニヤの言葉にじっとりと汗をかく。それ以上のことを聞くのが怖くなって僕は話題を変えた。

 

「と、ところで僕、恥ずかしながら聖教の教えについて不勉強でして。色々とご教授いただければと思ってお伺いしたんです」

 

 僕の言葉にシモン司祭は顔をほころばせる。

 

「おやおや、神の教えにご興味がおありかな。人々に神の言葉を届けるのは我々の務めだよ。どんなことが聞きたいのかね?」

 

「ええと、その。教えについてのことではなくて心苦しいのですが、聖教の成り立ちについてご教授願いたくて……」

 

 僕は恐る恐る司祭に問うた。今までの会話から、シモン司祭が人格者であることはなんとなく理解しているが、教えを乞うのでなく、歴史を知りたいと言って怒られない自信がなかったのだ。しかし、シモン司祭は鷹揚にうなずき、答えてくれた。

 

「ははは、かまわないよ。ジョディも最初は教えよりもそういったことを聞きたがったものだよ。聖教は、父の子イエス様とその弟子である使徒のお言葉が元となっている。そのあたりのことは?」

 

「はい、存じております。それで聖教の起こりは、やはり聖都ローヴェンになるのでしょうか?」

 

 聖都ローヴェンはここ、アースランド王国より西方に位置する聖教の本拠地であり、教皇がおわす独立都市だ。アシュレイやアグニヤが所属する聖堂騎士団の本拠でもある。聖都へは巡礼者がひっきりなしに訪れていて、王国を含め隣接する諸国は巡礼者の落とす金で潤いうはうはなんだとか。

 

「いや、聖都は今や聖教の中心地となっているが、その起源は伝説の聖地エルサレムにある。聖書によれば、イエス様が教えを述べ、処刑埋葬され、そして復活した場所だ」

 

「聖地エルサレム……」

 

 久しぶりに聞いた地名に感慨を覚える。たしか、エルサレムが聖地と言われ始めたのはイエスの時代よりも後だった気がする。

 

「その聖地エルサレムはどこにあるのでしょう?」

 

 僕の言葉にシモン司祭は困ったように笑いながら言う。

 

「聖地エルサレムの場所はわかっていないんだ。聖書に出てくる他の地名や人名にも不明な部分が多くてね。研究者によって盛んに議論されていることではあるのだが……」

 

 ……やはりそうなるか。僕はシモン司祭の言葉に内心息を吐く。もしエルサレムがあるのであれば、ここは異世界ではないという可能性もあったのだが、そうはいかないらしい。

 

「……聖教はどれくらい昔からこの地に教えを広めていたのですか?」

 

「それもわからない。少なくとも千年以上前の話とは言われているね。……何しろ聖都が文献を秘匿しているものだから、はっきりしたことはわからないんだ」

 

「そうですか……」

 

「ほら、言ったとおりでしょ?」

 

 結局あまり収穫もなく、消沈気味の僕にジョディがそれ見たことかと言わんばかりだ。そんな僕らの様子をシモン司祭とアグニヤさんは不思議そうに見ている。

 まあ仕方がない。過去に地球出身の転生者、または転移者がいて、キリスト教を広めたということがわかっただけでも良しとしよう。ジョディに言われた通り、それを知って何があるわけでもないのだ。むしろ、下手に探りを入れて聖教に睨まれるはめになるのは勘弁願いたい。

 徒労に終わってしまったが、聞きたいことは聞いたし帰ってふて寝しようかと腰を浮かせたとき、聖堂の入口から焦った様子で修道女が顔を出す。

 

「シモン司祭。ケルシー教会の方が商業区の方でお産の最中らしいのですが、難産らしくて。治療術師を探していると訪ねていらっしゃいました」

 

「なに? 大変な状況かね?」

 

「ええ、けっこう危ないらしくて。おそらくお腹を切らなければならないかもしれないと。ケルシー教会の治療術師だけでは手が足りないということで……」

 

「むう……」

 

 修道女の言葉にシモン司祭は難しい顔をする。お腹を切る、ということは帝王切開ということだろう。たしか帝王切開をやり始めたのは地球でも数百年前ぐらいの話で、妊婦の死亡率も高かったと聞いたが、治療術がある分こちらの方が医療が発達しているということか。

 しかし、シモン司祭の様子を見るに、あまりいい状況ではないのは間違いないらしい。

 まあ、今回に限ってはその家族も運がいい。何せここには問答無用でなんとかする治療術師がいるのだから。

 ちらりとジョディを見ると彼女はうなずき、席を立つ。そして声をあげようとしたとき、入口の修道女を押しのけるようにして聖堂に男が飛び込んできた。

 

「司祭様! どうかお願いします。なんとか妻と子を助けてくださいませんか!」

 

 その男は司祭の足元ですがりつくように頭を下げる。話を聞くに妊婦の夫であるらしい。母子の危機に居ても立っても居られなくなってこちらに来たのだろう。

 僕は土下座せんばかりに頭を下げる男を見ていたが、ふと既視感を覚える。なんだかこの人見たことあるような……。

 男が頭をあげたことで顔を視認した僕は目を丸くした。

 

「……ヴェイゴさん?」

 

「……ヘンリーか?」

 

 思わず出た声に反応してその男、ヴェイゴさんが僕を見て真っ赤にした目を見開いたのだった。

 

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