日が落ちて夜になっても、街の活動は終わらない。電気がまだ存在しないこの世界であるが、魔法の存在が人々の活動時間を伸ばしている。
道の端に立てられた街灯に魔法師が魔力を注ぎ込むと、天辺に据え付けられた魔結晶が光を発し、辺りを照らすのである。家々の中でも、多少余裕のあるところは、錬金術師が調合した燃焼時間が非常に長い特殊な油に火を灯して活動している。
僕も普段から夜に明かりを灯して読書などに興じている。必要なくともつい夜に活動してしまうのは前世の名残なのだろう。
音楽のひとつでもかけたいところなのだが、あいにく個人が気軽に聞ける音楽機器など望むべくもない。それでも歓楽街の方から小さく聞こえてくる喧騒をBGM代わりにゆったりとした時間を過ごすのが僕にとっては至福のひと時であった。
そんな静かでささやかなひとときを送るはずの時間に、ジョディの叫び声が発せられた。
「だから!一緒の部屋に寝てないと意味がないって言ってるでしょ!」
ランプの明かりに照らされたジョディは、理解できないと言わんばかりの表情だ。僕はため息をついて言葉を返す。
「いや、そうは言っても、さすがに色々と問題があると思うよ、僕は……」
「一緒じゃない方が問題よ。あなた、事の重大さをちゃんとわかってる?あなただってあれを見たでしょう?あのスタンドの厄介さはわかっているはずじゃない。相手は私たちがあれを認識していると理解しているはずなのに現時点で接触してこない。敵かそうでないかもわからないんだから、警戒はしておかないと不味いわ」
「まあ、そうなんだけどね……」
―――オール・アロング・ウォッチタワー。
五十三枚のトランプのカードに手足が生えた群体型のスタンドだ。原作の漫画に出てきたスタンドではなく、別の作家が書いた小説に出てきたスタンドである。幸い僕もジョディもスタンドの知識があったので話が早かった。
群体型のスタンドは僕やジョディ、そしてあの熊が持っていた近距離パワー型スタンドのような強烈な破壊力を持たないが、恐ろしいまでに厄介なスタンドタイプである。
複数のヴィジョンを持っているため、その中のひとつを倒せたとしても、本体へのダメージが分散してしまうこと。オール・アロング・ウォッチタワーの場合は五十三分の一のダメージしか入らないということだ。本体が受ける能力による攻撃をトランプの中の一枚が肩代わりして受けることで、本体へのダメージや影響力を防ぐこともできる。
また、ヴィジョンが薄くて小さいトランプのカードであり、射程距離が長距離に及ぶことから、どのような場所にでも入り込み、情報収集、暗殺をすることができるとんでもスタンドである。
物語の中ではご都合的に無双するタイプではないが、実際に対処することになれば、これほど危険なスタンドもいない。
ひとりでくつろいでいる時でも、カードは密かに忍び寄り襲いかかってくるのである。パワーはなくとも、細い針に毒でも仕込まれたらお陀仏だ。
だからこそ、可能な限り一緒にいて、寝るときも交代で見張りをする、というのはわかるのだが……。
「なにも僕の家に泊まることないじゃないか。孤児院のベッドを借りるとかでいいと思うけど」
「あのね。相手が孤児院の子達に危害を加えない保証は無いのよ?できるだけ近くにはいないほうがいいわ」
「ううん……」
ぐうの音もでない正論になにも言い返せない。群体型スタンドの持ち主は心のなかに空洞や欠陥を抱えたものが多いとされている。他人のスタンド能力を与えられただけの僕たちに該当するかどうかはわからないが、気になる点であることも間違いない。
「だから一人暮らしのあんたの家に泊まるのが一番いいのよ」
はい論破、と言って議論を打ち切るジョディに再び僕はため息をついた。僕とてうっかり暗殺されたりはしたくないので二人で固まって行動することに否はない。しかし、僕の部屋でお泊り、となると問題がある。
ベッドを交代で使うことになるのは、まあ目をつぶろう。同衾するわけではないのだが、相手が寝ていたベッドにもぐりこむことになるため、僕よりもむしろ一応女の子であるジョディの方に配慮してもらいたいところだが、彼女は相変わらずそういう男女の機微とかそういうことを気にかけない。
僕が気にしているのは、この事実がアシュレイさんや他の騎士に漏れた時、どのように思われるかという一点である。
オール・アロング・ウォッチタワーも怖いがそっちの方も怖い。僕は見知らぬ護衛騎士の方々が穏健な人たちであることを願わずにはいられなかった。
「まあ、二人だけじゃなくてアグニヤさんもいてくれるのが救いかな」
「なに?あたしのこと呼んだ?」
そう僕が呟いた時、ちょうど寝室のドアが開き、アグニヤさんが入ってくる。彼女の手には寝袋を抱えられている。
「いえ、アグニヤさんの存在がとてもありがたいなと」
「いやいや、寝てるだけのあたしをありがたがられてもね。……やっぱりあたしが不寝番しようか?ふたりはベッドで寝てていいからさ」
「お、恐ろしいことを言わないでください……。いえ、今回はちょっと魔法とか法術の力に関わる要素が影響しますので、僕たちが見張らないと意味がないですから。アグニヤさんにはいざという時に動けるよう体力を温存していただければ」
「確かにあたしはそういうのはからっきしだから、役に立たないかもだけど、護衛騎士には法術が使えるやつもいるから呼び出すこともできるよ?」
「いやいやいや!僕とジョディの気にしすぎの可能性もありますから、そこまでのことをしていただくほどでは!」
「そう?その割には物々しい雰囲気な気がするけど」
「まあまあアグ姉。念の為とりあえず何日か様子を見るだけだから。それに何も起こらない可能性も高いわ。大げさに連絡して事を大きくしたらめんどくさいでしょ」
「……それならいいんだけどね。何かあったらいつでもあたしを叩き起こすんだよ」
ジョディの言葉にアグニヤさんは微妙に納得いかない顔をしていたが、ため息をつくと床に寝袋を敷いてその中に潜り込んだ。
彼女の不審ももっともであるのだが、スタンド能力者でない彼女や他の騎士では見張りとして不適当であるため、しっかり寝ていてもらっていた方がいざという時にありがたい。
なお、ベッドは僕らが寝てる間ぐらいゆっくり休めるようにと譲ってくれた。
「それじゃ、わたしも寝るから、時間になったら起こしてちょうだい」
そう言ってしれっと先に寝ることを宣言して僕のベッドに潜り込むジョディ。僕はため息をついて椅子に腰掛ける。
これが冒険者が野外でするような見張りであればある程度気を抜いても問題ないかもしれないが、今回の敵は音もなく忍び寄る暗殺者である。起きてる間は気を抜くわけにはいかない。
僕は頬を叩いて気合を入れると、周囲を警戒し始めた。
*
窓の外から差し込む陽の光に目を細める。いつもは寝起きに珈琲を飲みながら眺めている光景で、至福のひと時でもあるのだが、気分は最悪である。
起きている時は気を張って周囲を警戒していたため気疲れがすごいし、交代でベッドに入ると自分のものではないぬくもりを感じるしなんだかいい香りもしてる気がするしで落ち着かず、あまりしっかりと眠れなかった。
後半はそうも言っていられず、落ちるように入眠していたのだが、睡眠が断続的だったこともあり、あまり寝た気がしない。
今ベッドで爆睡しているジョディは最初から最後まできっちり寝ている様子だったので、その寝顔をうらめし気に見る。
そうしていると、ベッドの下の寝袋からアグニヤがもぞもぞと這い出してくる。
しっかりと寝ていた彼女は起き抜けでもちゃんと目が覚めているようで、すぐに僕に確認してきた。
「おはようヘンリー君。異常は無し?」
「ええ、問題はなかったみたいです」
「そう。とりあえず心配は杞憂だったと考えていいのかね」
「そうであればいいのですが……」
あまりこの暮らしを長く続けていると僕の身体が持ちそうもない。
「ふふ。女の子と間接同衾にどきどきして寝付けなかったみたいだね」
僕の顔を見ていたアグニヤさんは、ニヤニヤと笑みを浮かべてからかってくる。
「間接同衾ってなんですか間接同衾って……。ただ自分の部屋に他人がいて落ち着かなかっただけです」
僕は強がって見せると、楽しそうに笑っているアグニヤさんにジョディを起こしてもらうようお願いして、珈琲を入れるために居間に向かった。
湯が沸くのを待っているだけで意識が飛びそうになる。早くカフェインを摂取しないと眠気に負けてしまいそうだった。
これほど湯沸かしの時間が辛いと思ったのは今生では初めてだ。前世ではよく睡眠不足になっていたので、懐かしい感じもするが、当然嬉しくはない。
無駄にうろうろする事で体を動かして眠気を防いでいると、階下で戸を叩く音がするのに気がついた。こんな時間にだれだろうか。
階段を降りて玄関の扉を開けると、ミゼットちゃんが立っていた。
ちょっとそわそわした様子のミゼットちゃんは、僕を見ると目を見開く。
「お、おはよう……。お兄ちゃん、なんか眠そうだね」
「やあ、ミゼットちゃん。ちょっと寝不足でね……」
「そうなの?いつもなら起きて店の前のお掃除してる時間だから変だなとは思ったんだけど」
「……ああ、今日からしばらくお店は臨時休業なんだ。そういや張り紙するの忘れてたな」
新たなスタンド使いのことがはっきりするまで、おちおち店も開いていられないので、涙を飲んで店を休業することにしたのである。この前の依頼の貯金がなかったら暮らしていけないところだった。
「何かあったの?」
心配そうな顔をするミゼットちゃんに無理矢理表情筋を動かして安心させるように微笑みかける。
「大丈夫。今のミゼットちゃん家より大変じゃないよ。……それで、今日はどうしたの?」
僕の問いかけにミゼットちゃんはそうだったと頷いた。
「あの、昨日お母さんと弟を助けてくれたカタリナ様に改めてお礼が言いたくて……。お兄ちゃんなら居場所がわかるかなと思って」
「ああ……」
そういうことか。ならちょうど良かった。当の本人はうちにいるから話が早い。
「ちょっとヘンリー、お湯を沸かしっぱなしにしてたら危ないじゃない」
僕が声をかけるまでもなく、本人が階段を降りてきた。僕よりもしっかり寝てたくせにあくび混じりだ。服も、何かあった時のためにいつものローブを着ているのだが、ちょっとだらしなくよれている。
「ちょうどよかった。ミゼットちゃんが来てて、君にお礼を言いたいって」
「あら、本当?」
僕の話を聞いて扉の前のミゼットちゃんに気がついたジョディは、ローブをしっかりと着直し、髪を整えると、お仕事モードで微笑みながら近寄ってきた。
「おはようございます、ミゼットさん。お母さんと弟さんの様子はいかがですか?」
ジョディのよそ行きな言葉に、しかしミゼットちゃんは呆然とした様子で、僕とジョディを見比べている。反応のないミゼットちゃんにジョディも困惑顔だ。
ミゼットちゃんが俯いて小さな声でぶつぶつと何やらつぶやき始めたので、耳をそばだててみると、寝不足とか、ふたりで一晩とか言うワードが聞こえる。
全ての言葉は判別できなかったので眠気の強い今の頭では理解できず首を捻っていると、突然ミゼットちゃんは顔を上げ、キッとジョディを睨みつけて叫んだ。
「やっぱりあなたは破廉恥です!」
「なんで!?」
仮面が外れて愕然とするジョディを尻目に、ミゼットちゃんは店を飛び出していってしまった。
僕も事情が飲み込めず、というか、眠気で何も考えられていなかったので、その場で崩れ落ちるジョディを眺めることしかできなかった。
*
「う~ううう、あんまりだ……。あァァァんまりだアアアア!」
涙を流しながら朝食に出したパンをやけ食いするジョディ。人の家の食糧を暴食しないでもらいたい。
「まあ、なんかこういうことになる気はしてたよ僕は」
珈琲を飲んで頭をすっきりさせた僕は、それを見ながらつぶやくが、泣いたり食べたりで忙しいジョディは聞いちゃいない。
「……なんだか懐かしいなあこの感じ」
アグニヤは何故かそんなジョディを見てちょっと嬉しそうに目を細めている。
「昔もジョディはあんな感じだったんですか?」
「ほんと小さい頃、まだジョディが孤児院の中で一番歳下だった頃はこんな感じで意味のわからないこと口走ってたりしてた気がするよ。何故かシモン司祭の前ではいい顔してたけどね。それが、ジョディより歳下が入ってくるにつれてしっかりし過ぎるくらいお姉さんし始めてねえ」
「ははあ……」
シモン司祭に聞くのとは多少見方が違うのが面白い。僕もその気はあったが、転生してしばらくは前世のノリを持ち込んでいたんだろう。それがこちらでの暮らしが長引いてきて、落ち着いたというか、こちらに順応したのだ。
アグニヤが昔みたいだと感じるのは、僕と出会ったことで、前世に気持ちが引っ張られているのだと思う。
「ジョディが周りの面倒を見始めたから、あたしは外で働いてお金を孤児院に入れようと思ってね。教会の伝手で聖堂騎士団に奉公に出て、なんやかんやあって、騎士になったのさ。……結局、すぐにジョディのが稼ぐようになっちまったけど」
「僕も弟なのでわかりますけど、下の子は兄や姉のやることを真似たがるもんですからね。ジョディがここまで育ったのもアグニヤさんの行動の賜物ですよ」
なんだか自虐するように苦笑するアグニヤさんに僕はフォローするように言う。僕自身は兄達の真似をした記憶なんて全くないのだけれど。
「んぐ……、んぐ……。はあ、たくさん食べたらすっきりしたわ。こうなったら仕方ない、切り替えて地道に好感度を稼いでいくわ」
「泣いてすっきりした訳ではないんだね……」
僕らの会話に耳も貸さずに食べ散らかしていたジョディがすっきりとした表情をして言うので、僕は呆れてツッコミを入れた。
「それで、あんたたちはこれからどうするんだい?あまりこの事態が長引くならさすがにヨシュア大司教様やあたしの上司に報告を入れなくちゃいけないんだけど」
アグニヤの言葉に僕は唸りながら腕を組む。ジョディは頭をがりがりと掻いた。
「正直、なんの手がかりも無いのよねえ。遠距離……ええと、広範囲に網を張るタイプの相手だから、下手人がどの辺にいるのか見当もつかない」
「相手からアプローチしてもらえないと接触は難しいかもね」
アグニヤがいることに気が付き言葉を選びながらぼやくジョディに、そのアグニヤから質問が飛ぶ。
「その相手ってのは、隠密かなにかなのかい?」
「……まあそんな感じね。情報収集とか暗殺の専門部隊みたいなイメージかしら?」
「ふうん。そんなヤバいやつらがいるなら、教会からあたしの方に情報が回ってきてもおかしくないんだけどね。あんたらどこでそんな情報を?」
「「ゔっ……!」」
僕とジョディは返答に詰まった。
もちろんそんな情報のソースなど僕らの頭の中にしかない。ていうかこのパターン前にもあったな……。
「ええっと……」
僕が、どうにか誤魔化そうと口を開こうとした時。
階下で扉を叩く音がする事に気がついた。
「ら、来客かな?ちょっと失礼」
これ幸いにとその場を離脱する僕。後ろでジョディの声が上がった気がするけど気にしない。大丈夫。君ならまあなんとかしてくれると信じてる。
「はあい、ただいま」
階段を降りている途中で再度扉が叩かれたので、扉の向こうにそう声をかけて急いで鍵を開け、扉を開いた。
「すいません、本日は臨時休業でして……、へ?」
てっきり冒険者が来店したのだと思って開口一番謝罪に走ったのだが、相手を見て僕は困惑した。
黒のロングドレスに白いエプロン―――所謂エプロンドレスというものだ―――を身にまとい、レースのあしらわれたヘッドドレス(ホワイトブリム)を頭に付けた女性。
なんていうか、絵に描いたようなクラシックなメイドが立っていた。
「不躾な訪問をお詫びいたします。ヘンリー・テイラー様でお間違いございませんでしょうか?」
「は、はい……」
メイドの丁寧な問いにがくがくと頭を縦に振る僕。状況はあまり理解できていない。
「治療術師のカタリナ様もこちらにいらっしゃるとお伺いしております。お二人には、ぜひとも私の主の招きに応じていただければと」
その時になって、僕は初めてメイドの背後に鎮座する豪華な馬車の存在に気がつく。細い路地であるため、道を占拠する形になっており、また周囲を固める王国兵の物々しさに顔が引きつった。
「あ、あの。あなたのご主人というのは……」
恐る恐るお伺いする僕に、メイドは淡々と告げる。
「我が主の名は、ベルトーネ・ロンバルディア。このアースランド王国の第三王女でございます」