僕とジョディは、メイドに先導されてアースランド王国の中枢たるグラズヘイム城の廊下を進んでいた。
僕はお城なんて前世でも名古屋城の見学ぐらいしかしたことのなかったので、西洋のお城の中を興味津々で眺めていた。
お城というものは、領主の住居で有るわけだが、元々軍事的な防衛拠点であるため居住性が劣悪であったり、そもそも平時は領主が別の住居にいることもあるなんて話も聞く。しかし、グラズヘイム城の内部は、洒落たホテルのようにも見えるぐらいきれいだった。
それこそ日本人のイメージするきらびやかなお城、という感じである。
一国の主の拠点である、ということもあるのだろうが、魔法の存在が建築技術に大きく寄与しているこの世界で、国家の象徴として建てられたものなのだ。これぐらい当然なのかもしれない。
きょろきょろと辺りを見回していると、横にいるジョディに肘打ちをくらった。
「ちょっと、なんなのさ」
地味に痛む脇腹に顔をしかめて小声で抗議しながら横を向くと、ジョディも同じぐらい顔をしかめていた。
「なんなのさ、じゃないわよ! ここは敵の拠点の中かもしれないのよ? お上りさんみたいなことしてないで、ちょっとぐらい危機感持って周囲を警戒しなさいっての!」
小声で叱るという器用なことをしつつ、ジョディは前を歩くメイドや、後ろを歩く兵士に気取られぬよう目で周囲を警戒している。……と、逆に僕らのやり取りを不審な目で見ていた兵士と目が合い、ジョディは愛想笑いをした。
兵士たちはそれを見てだらしない表情になる。ちょろすぎて関係ないのに城の警護体制に不安を感じてしまった。
「いやいや、僕だってちゃんと警戒してるよ。こうして初めて見るお城に圧倒されているふりをしながらどうどうと周囲の確認をしているのであってね……」
今思いついた言い訳を適当に並べるが、ジョディは不審な目で僕を見る。
「本当かしら? ただお城が珍しくて見学気分だったんじゃないの?」
「まあ、実際こういう金のかかった建物の中に入るのは初めてだからね。ジョディだってそうじゃないの?」
「わたしは治療のために各地の領地の城にも、この城にだって入ったことがあるもの。あんただって貴族なんだから、それなりの家に住んでたんじゃないの?」
「いや、うち、貧乏だったから……」
……ジョディの視線から逃れるように廊下にかけられたよくわからない絵画を眺めながらつぶやくと、隣でジョディがため息をつくのが聞こえた。
「とにかく、いつ何が襲ってくるかもわからないんだから、呑気に構えてないで最低限警戒はしておかないと」
「まあそうなんだけど、敵がわざわざ自分の拠点に僕たちを招くようなことするかな?」
正直なところ、僕はメイドが訪問してきた時点で事態を楽観視していた。
僕の店に彼らがやってきて僕らを馬車に乗せていったことは、その場にいた野次馬が何人も目撃している。
それに、王女様の希望とやらで二人だけと注文があり、アグニヤさんを置いてきているので、僕らが戻らないことがあれば教会と敵対することになる。スタンド使いふたりを消すためだけに好きこのんで教会と敵対することは流石にないだろう。
アグニヤさんは当然難色を示し、自分もついていくと主張したのだが、別で待機してくれている方がメリットがあると言って説き伏せた。
メイドからも、万難を排してお守りする、とお墨付きが出ている。まあ、彼女らが難事となる可能性もあるのだけれど。
「こちらになります」
ジョディが僕の言葉に反論しようと口を開いた時。メイドがとある扉の前で立ち止まり、僕らに声をかけたので、ジョディは慌てて口を噤んだ。
メイドが扉を開けて僕らを中へ誘う。
中は個室のようで、ソファやテーブルは置いてあるものの、人影はなかった。部屋の向こう側にさらに扉があるので、本来ここはメイドや小間使いの控え室にでもなっているのかもしれない。
「しばらくここでお待ち下さい」
それだけ言うと、メイドは僕らを置いてさっさと部屋を出ていった。部屋に兵士が配置されるということもない。
とりあえず僕はソファに腰を下ろすと、思いの外上等な座り心地に感嘆の声をあげた。
「お、このソファすごいよジョディ! 日本でも中々ない座り心地だ! これが噂に聞くスライムの外殻で作られたソファなのかな!?」
固すぎず柔らかすぎず。おしりの形に合わせたように座ったところが沈み込んで非常に座りやすい。
前世で人をだめにするソファというものが流行っていたが、あれに近い感覚だ。
試しに腰をあげて見ると、沈み込んだ部分はすぐに元の形状に戻り、形を保っている。どんな技術が使われているのか、錬金術師として非常に興味深い。
クレイジー・ダイヤモンドで直せばいいから中身を見てみたいな。いや、ソファを解体しているところに人が来たら誤魔化すのが大変だろうか。
ソファをつっつきながらあれやこれや考えていると、ジョディに頭を叩かれた。
「痛っ!」
僕の悲鳴を無視してジョディは僕の背後に回ると、首に腕をかけてきた。
「少しは! 警戒というものを! しろって言ってんでしょうが!!」
「ぐあああぁぁ!? ギブ! ギブ!」
チョークスリーパーをかけられた僕は悲鳴をあげながらジョディの腕を叩く。ジョディ諸共ソファに倒れ込み、なんとか解除を試みるが、ジョディはよほど腹に据えかねたのか、容赦なく締め上げてくる。
教会のときよりも厳しいロックに気管を圧迫され、呼吸が苦しくなってくる。
酸素が足りなくなってきたせいか、薄れゆく視界。天井の模様も歪み、トランプの柄みたいに見えてきた。
……トランプ?
それをはっきりと認識した瞬間、僕はキラー・クイーンを出現させると、ジョディもろとも自分を抱えさせてソファの上から退避した。
「な、なに!?」
「ジ、ジョディ! 上だ!」
事態を把握できていないジョディが突然の動きに動揺し腕を緩めたので、僕は少ない酸素を使ってジョディに警告する。
彼女もそれでようやく天井にしがみついているスタンドの群れに気が付き、顔を引きつらせる。
「ちょ、ちょっと! このタイミングで!?」
奇襲としては完璧なタイミングだ。先を取られた僕たちは、天井に張り付いたトランプが落下してくることを想定し、迎撃するべく身構える。
……が、トランプ達は動く気配をみせなかった。
警戒する僕たちを他所にひそひそとささやきあっている。
『あ、ばれたぞ』
『もうちょっと見ていたかったなァ』
『もしかしたらやらしい雰囲気になったかもしれねえのによォ』
『いや、あの流れでそんな可能性あったか?』
一向に降りてこないトランプに、僕たちが困惑していると、隣の部屋からぱちぱちと手を叩く音が聞こえた。
その音を聞いてトランプ達はおしゃべりをやめ、一斉に動き出す。
身構える僕たちを無視して、奥の扉に向かうと、一枚がドアノブにぶら下がる。そのトランプの足にまた別のトランプがぶら下がる、そのトランプにはまた別の、と繰り返していき、地面まで伸びたトランプの架け橋が出来上がる。
他のトランプ達がせーの、と掛け声をあげながらそれを引っ張り、ドアを開いた。
手を叩く音はいまだ続いている。トランプ達は奥の部屋にぞろぞろと進んでいく。
「いや、すまないね。ちょっと驚かせてしまったかな。どうぞ
奥の部屋から声が聞こえてくる。
僕とジョディは顔を見合わせる。
安易に部屋に入っていいものか迷ったが、覚悟を決めて僕を先頭に部屋に入った。
僕になにがあってもクレイジー・ダイヤモンドで治すことができる態勢だ。
多少気を抜いていた僕も流石に警戒しないわけにはいかず、慎重に進み出る。
奥の部屋は先程の部屋の数倍は広く、置いてある調度品も見るからに華美である。ソファやテーブルだけでなく、天蓋付きのベッドまで置かれているとなれば、ここが誰かの私室であることはだいたい察しがつく。
そして。
トランプ達はソファに腰掛けながら手を叩く人物、その目の前のテーブルに裏返しで置かれたキャスケット帽の中に入っていく。たいした深さのない帽子の中にトランプが飛び込み、消えていく様はマジックショーでも見ているようだった
すべてのトランプが帽子の中に入ると、その人物はひょい、と帽子を取って頭に被った。
ひらひらとフリルの付いたシャツにズボンという出で立ちと、肩まで伸びた金の髪。年の頃はミゼットちゃんと同じくらいに見える。
性別については判別がつかない。
男性的な服装に、ツリ目がちな碧眼。挑戦的とも、余裕をみせているともとれる表情から、一見少年のように見える。
しかし、美貌と言える端正な顔立ちと華奢でほっそりとした体躯。そしてなによりシャツに起伏を作るささやかなふくらみからして中性的な見目の美少女であることは間違いあるまい
まあ、僕たちを招待した人物のことを思えば、目の前の人物が誰かなんてのは考察も必要ないのだけれど。
僕とジョディは並んで膝をつき、頭を垂れる。
「ヘンリー・テイラー、並びに聖教の信徒カタリナ。お召しにより参上いたしました。拝顔の栄に浴すること、誠に光栄にございます」
僕の口上に、少女の方から苦笑が漏れるのが聞こえる。
「そんなかしこまった態度は不要だよ。間違いなく、僕らは
「……それじゃあ失礼して」
彼女の言葉を聞いて僕たちは立ち上がる。
「改めて名乗ろうか。今のボクの名はベルトーネ・ロンバルディア。一応この国の第三王女ということになるかな。気軽にベルと呼んでおくれよ」
一応?
彼女の口ぶりに違和感を感じて内心首を捻っていると、ジョディが腕を組んでベルを詰問する。
「で? あなたは敵じゃない、と思っていいのかしら?」
直截な物言いをするジョディにベルは目を丸くする。
「特に敵対するつもりもないし、なんなら仲良くしたいと思っているんだが……」
「なら、なんで姿をみせてすぐに声をかけてこなかったのよ。暗殺部隊に付け狙われるかと思ってこっちはヒヤヒヤしてたわ」
「……ああ、そういうことか。それはすまなかった」
ジョディの抗議に申し訳無さそうな顔で頭を下げる。
「正直なところ、あの場で君たちと出会ったのはほんと偶然なんだ。ボクもスタンド使いを発見するとは考えてもいなかったから、動き出しが遅れたのもある。昨日のうちに特急で君たちのことを調査していたんだけど、それだけじゃなく人かスタンドを向かわせておけばよかったか」
「……さっきの部屋にスタンドを仕込んでいたのはなんで?」
僕の質問に王女サマはすっと目をそらす。
「いや、キミたちが親し気にしてたから、なんか、こう、いろいろ起こらないかなって……」
「……」
ジョディの背後からすっとクレイジー・ダイヤモンドが出現する。
「わぁぁ! ごめんって! 悪気はそんなになかったんだって! そこまで警戒されてるとは思わなかったんだよ!」
慌てて弁解を述べるベルに僕はため息をついた。
「……ジョディ、落ち着きなよ。行き違いがあったのは仕方ない」
「……まあ、私たちも過剰に警戒してたところはあったけど」
「この度はご迷惑をおかけいたしまして大変申し訳ございません。以降、再発防止に努めていく所存です」
ベルのテンプレ謝罪文にジョディは息を吐いてクレイジー・ダイヤモンドを収めた。
「いやほんと申し訳ない……。まあこれで誤解は解けたということで座って話をしようじゃないか」
あからさまにホッとした様子でソファをすすめるベルに従って僕らは席についた。
「いやあ、あせったあせった。ちょっとふざけたばっかりにスタンドバトルが始まるところだった。今の、クレイジー・ダイヤモンドだね。噂に聞く聖女カタリナ様の手腕に合点がいったよ。流石に近距離パワー型とは正面からやり合いたくない……」
「僕は正面から殴り合いを仕掛けられたし、なんならぶん殴られたけどね」
「ええ……」
ちょっと引いたような感じでジョディを見るベル。ジョディは目を逸らしながら言い訳する。
「な、殴って確認は原作からの伝統だから……」
「声が震えてるんだよなあ」
そこでベルが僕に問いかけてくる。
「ちなみにヘンリーくんのスタンドはなんなんだい?」
「これだよ」
ベルの問いに僕はキラー・クイーンを出して見せる。
「これはもしかしてキラー・クイーンかい? 驚いたな。それじゃあボクの知らないところでクレイジー・ダイヤモンド対キラー・クイーンの戦いが起きてたってことか」
それは見たかったなあ、なんて目を輝かせて呟いてるベルに僕は苦々しい面持ちで言う。
「はたから見たら面白いかもしれないけどね。泣いてるキラー・クイーンもいるんだよ? 同じ近距離パワー型でもクレイジー・ダイヤモンドに勝てるわけがない」
「原作と同じで持ち主にハングリー精神が足りないのよねえ」
ジョディのからかうような声に自分の顔が一層渋くなるのがわかる。
「僕は静かで自由平穏に暮らしたいのであって、疲れることはあんまりしたくないんだよ」
「はははは! キミは本物の吉良吉影みたいなことを言うんだね! 神様もそういう人物を選んでるのかな?」
「別に吉良吉影に寄せてるつもりはないよ。前世の勤め先がちょっとブラックだったから転生先ぐらい穏やかに生きたいだけさ」
「ああ、そういうことか……。まあ、それは言えてるね。せっかく力を手に入れたんだ。ある程度自由に暮らしたいところだね」
「あんた王女様なんでしょ? ある程度どころかけっこう自由に暮らしていけるんじゃないの?」
ジョディの言葉にベルは肩をすくめる。
「確かにこの世界的には贅沢な暮らしをさせてもらってるけどね。王族の暮らしもいいことばかりじゃないさ。作法がどうとかお稽古がどうとかってうるさく言われるしね。それに……」
ベルは苦々しい表情を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「ボクに将来男と結婚しろと言うんだ! 何十年も男やってたボクに! 十数年女やったくらいで男に股を開けるか!」
「あ〜……」
魂の叫びにジョディは納得とも同意ともとれる微妙な表情で頷いている。
ていうか、ある意味予想通りだが、ベルの前世はジョディと同じく男であったらしい。
そのベルは、ジョディのリアクションに目を輝かせて食いつく。
「その様子だと君も元男だね! いやあ、口調とか態度でそうじゃないかと思っていたんだ! 巷で話題の聖女様が元男というのは複雑な気分だがこの際置いておこう! 共にこの苦しみを分かち合う仲間がいることこそが重要だ!」
「あ〜……。わたし、一生を神に捧げるつもりだから……」
「ファック!」
ちょっと申し訳無さそうにジョディが言うと、ベルはだんっ! とテーブルを叩きながら叫んだ。
「キミだって名のある治療術師なんだ! 縁談のひとつやふたつあるだろう!?」
「まあ、ないではないんだけど、わたし孤児だから断れないレベルの相手からの縁談って来ないのよねえ」
「そうなの? 身分が低くてもお妾さんとか側室とか話がありそうだけど」
「聖女なんて言われてるわたしをそんな雑に扱ったら教会どころか世間を敵に回すわよ。……ってアグ姉が言ってた」
「そんなもんなんかねえ」
「くそっ。世の中理不尽だらけだ……。やはり、誰からも指図されない地位を得るしかないか……?」
僕とジョディが呑気に会話している側でベルが不穏な事をつぶやき始めたので、僕は慌てて話題転換をした。
「そ、それより、なんで今になって街にスタンドを? 街にいた僕やジョディに今までずっと遭遇しなかったなんてことは考えづらいし、街にスタンドを放ち始めたのは最近のことでしょ?」
「あ、ああ。……別にたいした話じゃないよ。最近まで周囲がごたごたしていてね。それが最近落ち着いただけさ」
「……ごたごた?」
首をひねる僕とジョディにベルはなんでもないように言った。
「いや、ちょっと身内に命を狙われ続けていてね。ずっと自分の身を守ることと城の中で情報収集させているのに手一杯だったのが、最近になってようやく外に目を向けられるぐらいに余裕が出てきてね」
「「……」」
地味にヘビーな話に言葉を失う僕たち。それにたいしてベルは本当になんでもなさそうな様子で語り続ける。
「うちは父が頑張りすぎたせいで兄弟が多くてねえ。父の後継者の椅子を争ったり、将来少しでもいいポジションにつくためにお互いに蹴落とし合ったりで大変なんだ。ボクも物心ついた時には母が暗殺されていてたまげたよ」
……そういえば王の側室だとか王子だとかが病死したとか事故死したとかよく聞く気がする。日本人ほど寿命が長くなければこんなもんかと思っていたが、どうやら一般市民には計り知れない暗闘が繰り広げられていたらしい。
「まあ、こんなのは表に出ることもない些細なことさ。スタンド能力のおかげでなんとか殺されずにすむ算段は取れたし、うちは長兄が優秀だから、なんだかんだあの人が世継で決定だろうしね。ボクとしてはなんとか長兄に媚びて楽しく暮らせるとありがたいんだけど」
「そ、そうなのね……」
平然とした様子で話すベルに、ジョディが引きつった顔で頷く。どんな算段をとったのか気になるところであるが、怖くてとても聞けなかった。
そんな僕らの様子を気にもせず、ベルが笑顔で手を叩く。
「そうだ! せっかくこうしてお仲間と巡り合ったのだから、親睦を深めようじゃないか。実は王家の管理する直轄地に温泉に入れる保養地があってね」
「温泉!? いいねいいね! ぜひ行こう!」
「決断早っ!? 普段は腰が重いくせに……」
ジョディがベルの言葉に食いついた僕を呆れたような目で見てくる。
「いや、温泉だよ温泉! 今生は中々遠出もできないし地方は危険だしで行けてないけど、前世では極々たまの休みによく行ってたんだよね! 王家の保養地なら安全充実な素晴らしい場所なんだろうなあ」
「ヘンリーくんは参加みたいだね。ジョディ、キミはどうする」
「……もちろん行くわよ。王家の誘いとなれば、余計な横槍もなくゆっくりできそうだしね」
「決まりだね。それじゃあ馬車を用意するからすぐに行こうか」
「「……え?」」