転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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 通常、冒険者ギルドが出す依頼は、冒険者であれば誰でも受けることができるものだ。依頼の難度によって実績による制限がつくことはあっても、ギルドの掲示板に貼りだされ、広く人員を募集されることに違いはない。

 指名依頼とはその名の通り依頼する側から個人または集団を指名するものだ。依頼者自身が指名することもあるし、冒険者ギルドが指名をすることもある。コルディアさんの口振りから、今回はギルドが必要と判断して僕に依頼を持ち込んだということだろう。

 

「な、なんで僕にそんなものを?」

 

 僕は困惑して彼女に問う。

 依頼者から指名されるのは国内でも名が知られているような高名な人物、団体であることがほとんどで、実績の面で問題になることはそうそうない。依頼者に上手に取り入ることで指名をもらう者がいないこともないが、そういった場合は冒険者ギルドが難色を示すこともない。たとえ依頼が失敗してもギルドの体面に傷がつくことはないからだ。

 しかしギルドの判断基準は実績がすべてである。冒険者ギルドが依頼を精査し、重要なもの、難度の高いものは掲示板に送らずギルドが信頼に足る実績を持つところに直接持ち込んでくるのだ。

 今回そんな指名を受けた僕であるが、問題は僕に実績なんてものはほぼ無い、ということだ。

 

「そもそも僕は錬金術師ですよ。僕にできることなんてそこいらの魔法師なら誰でもできるはずです」

 

 錬金術師は魔法師の下位互換とされている。潤沢な魔力を持ち、攻勢魔法や支援魔法を用いた戦闘力で冒険者になったり魔法兵として軍に入ったり、地形に干渉して土木作業のようなことをしたりと、用途が多岐にわたる魔法師は引く手あまただ。

 対して錬金術師は触媒を用いることで少ない魔力で術を行使する者達で、逆に言えば自らの魔力だけでできることが限られるため、魔具の作成や傷薬のような薬品を作成して生計をたてるのがせいぜいだ。中には実績をあげる高名な錬金術師も存在するが、彼等が讃えられるのはあくまでその技術力であり、魔法の才ではない。

 僕も魔法の力に憧れて魔法学校の門を叩いた身であるが、大した魔力を持たなかったため、錬金術師の道を進むことになった。まあ、僕にとっては危険も少ないちょうどいいポジションだったので満足しているのだけど。

 とにかく、錬金術師たる僕にはほぼ危険なものしかない指名依頼なんてものは縁のないものであるはずなのだ。

 コルディアさんはわかっているとばかりにうなずき、口を開く。

 

「もちろん、あなたに荒事を求めている訳ではないわ。……ないのだけれど、多少なりとも戦える力のある錬金術師がいいのには間違いないのよ」

 

「はあ……」

 

 奥歯に物が挟まったような言い方をする彼女に首をかしげながら話を聞くと、依頼元は軍であるらしい。それもまた不思議な話だ。

 軍は周辺諸国との戦争だけでなく、治安維持や魔獣災害への対応も管轄している。つまり冒険者にできることはたいてい軍でもできるのだ。国営、民間の違いはあれど、活動分野が被る部分のある軍と冒険者は、あまり相性がよろしくない。軍は根無し草同然の冒険者を下に見ているし、気の短いものも多い冒険者はそんな軍に噛み付いて結果騒動になることもそれなりにある。そんな関係であるから、軍から冒険者ギルドへ依頼がまわることはそうそうないのだが。

 

「今回の件は、東の帝国との国境に展開している軍からの依頼なの」

 

 事の起こりは東の国境付近に領地を持つ王国と帝国の領主たちの紛争を発端として、双方の軍が展開し、国境を境に対峙したことから始まる。

 これ自体は数ヶ月から数年に一回が起こる恒例行事のようなもので、軍が睨み合い、時に小競り合いをしている間に外交的折衝が行われ、現状維持のまま撤兵するのが常だ。

 今回も王国軍は街道沿いに布陣した後、兵を出して国境周辺の魔獣の掃討にあたった。

 普段から国境警備隊や冒険者によって主要地の治安は概ね保たれているが、軍同士が対峙している周囲で魔獣に暴れられては戦争どころではないので、徹底した掃討を行う。

 小競り合い程度のものとはいえ、実戦を何度も経験し、また練度維持を目的として魔獣の討伐を繰り返している王国の東部軍は国内でも精鋭である。少数の魔獣を蹴散らす程度は造作もないことだった。

 

「それにケチがついたらしいの」

 

「魔獣の巣でも突っついたんですか?」

 

 魔獣の中には拠点を作って急速に数を増やすような種も存在する。ゴブリンなどがいい例だ。一体一体の力は弱くとも、数が多ければ軍も掃討に手間取る。

 僕の問いにコルディアさんは頭を振る。

 

「いいえ、どうやら特殊な個体が発生したみたいなの。軍の部隊が返り討ちにあったそうよ」

 

「軍がですか!?」

 

 魔獣の中には既知の種族でも突然変異のような個体が発生することがある。巨体で屈強であるが鈍重なオークと戦うつもりで軽装で臨んだら、オークが火を吹いて火だるまになったなんて事例もあるのだ。

 しかし、軍は戦闘のプロフェッショナルだ。特殊な個体と言えども単体に対して統率の取れた連携が持ち味の軍が遅れをとるとは思えないのだが……。

 

「軍はその個体にだいぶ手を焼いているみたい。門前に帝国軍を抱える状態では討伐に本腰を入れられないし、そもそもその個体の詳細もわかっていないということだから……」

 

 コルディアさんの深刻そうな顔を見て僕は顔を引きつらせる。軍が対応できないような魔獣についての案件などどう考えても厄介だった。

 

「えっと……。そんな話のどこに僕が絡むことが……?」

 

 恐る恐る問いかける僕に彼女は頷いた。

「軍からの依頼は魔獣の討伐だけじゃないの。さっき言ったとおり、本件の特別個体の能力ははっきりしていないらしいんだけど、被害を受けた兵の中に毒かなにかにやられた人がいるらしいの。中にはそれが原因で亡くなった人もいる。軍では特殊個体の魔法か特殊能力か何かだって考えているみたいだけれど、実際のことはわかっていないわ」

 

「つまり、その原因を調査するのが僕の役目だと?」

 

「そういうことね。魔法であれば魔法師が解析できるけど、毒物についてなら錬金術師が一番理解が有るはず」

 

 確かに生物の毒性や毒物自体について錬金術師に一日の長がある。というか、魔法師は毒物や劇物など取り扱わずとも、自分の魔法で似たようなものを再現できるのでそんなことまで学ばないのだ。

 

「けど、なんで冒険者としてブランクのある僕なんですか?他に適任者はいそうですが……」

 

「そもそも冒険者ギルドには錬金術師なんてほとんどいないもの。彼らもあなたと同じで都合がいいから所属しているだけ。その中でも、魔獣の討伐経験があるのはあなただけよ。……それも飛竜(ワイバーン)を」

 

「いやいやいやいや!だからそれは運が良かっただけで!」

 

「わかっているわ。……けど、私は他の実績のない錬金術師よりもあなたのほうが良いと思ってる。軍が教会から高名な治療術師を呼ぶというし、その護衛も兼ねて『暁の星』に討伐を依頼してる。彼らなら調査するまでもなくあっさり魔獣を倒してくれるかもしれない。あなたはそれを後ろで見ていればいい。彼等が討伐に手間取るようならその時に知恵を貸してくれればいいの」

 

 『暁の星』は王国内でも一、二を争う実力をもった冒険者集団(クラン)だ。そんな一流どころが加わるなら確かに危険も少ないのかもしれない。何かあっても近くに優秀な治療術師が控えているのなら死ぬようなこともあるまい。

 ―――それでも僕は首を横に振り、言葉を紡ぐ。

 

「……確かに安全は確保してあるのでしょうけれど、僕には荷が重いです。それに、国境までとなればしばらくお店も閉めなければいけないでしょう?営業に差し障りがあるのは……」

 

「当然閉店中の保証も含めて依頼料は弾むわ。具体的にはこのくらい」

 

「行きます」

 

 コルディアさんが提示した書類に記載された店の売上六ヶ月分程度の金額を見て、僕は即答した。

 

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