転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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 出発当日の朝、僕のテンションは最底辺だった。

 小市民である僕から見れば法外とも言える金額につい了承してしまったが、時がたつにつれ、命をチップにするには安い額のように思えてきたのだ。自由でかつ、植物の心のような人生を信条とする僕としては、そもそも命がかかる可能性がある時点で問題だ。

 前世で社畜だった頃の、罵倒されるばかりでなんの生産性もない会議がある日と同じくらい憂鬱な気持ちで、寒空の下とぼとぼと集合地点に向かう。

 少し早めに着くつもりで出てきたのだが、嫌々歩いていたせいか、思ったよりも時間がかかってしまい、ついたのはけっこうぎりぎりだった。すでに他の面々は揃っているようだ。

 各々武器を担いでいる雑多な集団の中で、一際目立つ大剣(バスターソード)を背負った男が僕を見つけて声をかけてくる。

 

「あんたが同行する錬金術師かい?」

 

「そうです。ヘンリー・テイラーと申します」

 

 姓を名乗ったことに男は多少驚いたようだ。

 

「姓を持ってるってことは、あんたお貴族様か? ……ですかい?」

 

「ええ、といってもそこらの男爵家の三男ですからお気になさらず」

 

 僕は愛想の良さそうな笑みを作りつつ断りをいれる。普段使わない姓を名乗ったのははったりみたいなものだ。男爵家などの地位は平民より多少は良い程度のものだが、貴族は貴族である。

 

「そうかい、それは助かる。丁寧な言葉とか敬語なんてのは苦手でね。オレは『暁の星』のグエンだ。今回のパーティの頭になる」

 

「おお、あなたがあの……」

 

 多少大げさに驚いてみせたところはあるが、『暁の星』のグエンと言えば、最近名前の売れてきている新進気鋭の冒険者だ。

 年の頃は二十代半ば程度に見えるが、粗野な風貌と身に付けた鎧の傷跡が歴戦の風格を漂わせている。

 

「秘書長からはくれぐれもよろしく言われてる。道中のことは全部こっちでやるから、あんたはゆっくりしててくれ」

 

 秘書長ことコルディアさんがうまく手を回してくれたらしい。どうせ何か手伝おうにも役に立たないのは目に見えているので、非常にありがたい申し出だった。

 

「ありがとうございます。お手数おかけします」

 

「気にしなさんな。一人や二人守るやつが増えても問題ねえよ。まあ、重要度は向こうのが上だから、もしものときは自分でなんとかしてくれ」

 

 そう言ってグエンが視線を向けた方を見ると、仕立ての良い馬車が停まっていて、その脇には白銀の鎧に教会の十字架(シンボル)をあしらったマントを身に付けた男が周囲を警戒するようにして立っている。

 

「聖堂騎士の方が護衛に参加されるのですか」

 

「ああ。今回同行する治療術師様は特別だからな。聖堂騎士一人なら少ないぐらいだ。あんたと俺、後はうちの人間がもう一人同乗する。これから乗り込むが、お互いあの方に粗相が無いよう気をつけないとな」

 

 グエンはそう言って笑うと、パーティの中にいた少女に声をかけた。

 法衣にとんがり帽子のいかにも魔法師然とした少女が近くによってくると、グエンが紹介してくれる。

 

「こいつは魔法師のエリザだ。いざとなったらこいつが障壁を張って馬車を守ることになる」

 

「そうですか。私はヘンリーです。よろしくお願いします」

 

 先程と同じように愛想よく挨拶したつもりだが、少女はこちらをちらりと見ると、興味なさそうな顔をしてすぐに視線を外して言った。

 

「せいぜい邪魔にはならないようにしてよね」

 

「おい」

 

「いえいえ、構いません」

 

 渋い顔をして声を上げるグエンをやんわりと押し止める。魔法師の中には魔力の少ない錬金術師を才能のない落伍者とみて見下す人間はそれなりにいる。

 僕の通った魔法学校は、平民と僕のような金がなくて高位の貴族子弟が通うような学校に入れない男爵位の子弟が通っていたので、魔力の強弱や平民貴族の階級の違いで学生同士の反目がすごかった。貴族とはいえ底辺で魔力も少なくおとなしかった僕はよくこうやって魔法師の卵達から馬鹿にされたものである。

 

「すまねえな。こいつは腕はいいんだが、この前魔法学校を出たばかりなんで研修中なんだ。不愉快なことがあったら言ってくれ」

 

 申し訳無さそうに言うグエンを見て心のなかでガッツポーズをする。エリザの態度のおかげでグエンは僕に心理的な借りを作った。これなら道中でも多少は配慮してくれるだろう。

 満面の笑みを浮かべたいのをこらえて、困ったような笑顔を作りながら僕は言葉を吐く。

 

「全然気にしてませんから。……まあ、何かあったときはお願いしますね」

 

 そう、この程度の軋轢など毛ほども気にしていない。学校に通っていた自分から、こういう態度を受けることは幾度もあったが、表面上はともかく、心の内はいつだって平静だった。

 だって、いくら魔法の才で僕より優れていようが、実際に実力があろうが、僕がその気になればいつだってそいつらをぶちのめせるのだから。それができる『力』を持つ僕の心持ちは今生において、いつだって穏やかだった。

 

 

 *

 

 

「聖堂騎士団のアシュレイだ。私はあくまで()()の護衛なのでそのつもりでいるように」

 

 グエン、エリザと共に馬車に近づくと、馬車の前にいた騎士、アシュレイは一言目からそう宣言した。

 

「なんだと?」

 

 お前たちとは仲良くするつもりは無いと言わんばかりの物言いに、グエンが剣呑な声を上げる。冒険者である『暁の星』の面々と聖堂騎士とでは急に連携を取ることは難しいであろうし、おそらくグエンとしてもお客様として扱うつもりでいたことだと思うが、この高圧的な態度にカチンときたようだ。

 人が殺せそうなほどの鋭い目付きで睨むグエンと、不遜な態度を崩そうとしないアシュレイは、今すぐ()()()()()()()危険な雰囲気だ。二人を刺激しないようにゆっくりと後ずさっていると、同じように判断したらしいエリザと動きを合わせる形になり、思わず目が合う。

 偶然にも、示し合わせたような動きになったのが不快なのか、顔を歪めて、真似するなと言わんばかりに睨まれる。グエンやアシュレイと違って貫き通す我を持たない僕は愛想笑いを浮かべてペコリと頭を下げる。鼻を鳴らしてそっぽを向かれたが、争いにならなければオールオッケーだ。

 視線をグエンとアシュレイに戻すと、既に二人は殺気まで漂わせており、その手はゆっくりと得物にのびていた。町中で剣を抜くのは流石にまずい。

 僕は二人を止めようとすることもなく、いつでも逃げられる体勢をとろうとした。

 

「アシュレイ様。『暁の星』の方々には道中お世話になるのです。そのような態度はいかがかと」

 

 声は馬車の中から上がった。よく通る、涼やかな、女性の声。

 声を聞いた二人の殺気は霧散した。構えを解いたアシュレイを見て、グエンも冷静になったようだ。いや、馬車の中からの声を聞いて、怒気が一瞬で静まったのだろう。そう思わせるほどにその声は聞く者の胸中に染み渡った。

 馬車の扉が開き、純白のローブをまとった人物が降り立つ。フードを深く被っていて顔は見えないが、先程の声の主で間違いあるまい。容姿が見えずとも、その凛とした気品のあるたたずまいは声の主のイメージと相違ない。このような人物が二人三人とほいほい出てくるのであれば、教会の将来は安泰だ。

 フードの人物はグエンの前に進み出ると、深く腰を折った。

 

「申し訳ございません。アシュレイ様はヨシュア大司教様より直に命を受けている身。どうかご堪忍を」

 

「な……!? カ、カタリナ様がそのようなことをせずとも……ぐぅ」

 

 謝罪するフードの女性の姿にアシュレイが声を上げるが、女性の静かな視線を受けて小さく呻く。

 

「アシュレイ様」

 

「……無礼をお詫びする。どうか道中よろしく頼む」

 

「……謝罪を受けよう。もとよりあんたには聖女様の側についててもらうつもりだった」

 

 女性に名前を呼ばれて、アシュレイは彼女と同じように腰を折った。その様子を見てグエンも引き下がる。

 僕はというと、あっさり場を収めた女性の名を聞いて心底驚いていた。

 女性は顔を上げると被っていたフードを取り払う。

 フードの隙間からこぼれ落ちる、ゆるく三編みに編み込まれた銀糸のような髪に蒼玉の留め飾りが映える。

 双眼は紫水晶(アメジスト)がはめ込まれたかのように煌めいている。

 形の良い容貌は先程までの立ち振舞いから想像したよりも若く瑞々しさに溢れている。

 フードの女性、いや、少女はニコリと微笑むと穏やかな声音で告げる。

 

「聖教会の信徒、カタリナです。しばらくご面倒をおかけいたしますね」

 

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