転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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6.

 僕達が駆けつけたとき、いくつかの建屋からは火の手が上がっていた。

 日が沈み、闇の帳が落ちようとしていた空を紅い炎が照らしている。

 警備の兵による避難誘導が進んでいるようで、取るものとりあえずといった風体の、必死な表情で駆ける人々とすれ違う。

 町中に突入すると、下手人たちはすぐに発覚した。体毛に覆われた身体と鋭い爪を有しながら、二足で地に立つその姿。人狼(ウェアウルフ)の一団が悪逆の限りを尽くしている。

 食料や家畜を貪るように喰らうものもいれば、人々に襲いかかるものもいる。

 そこに、向こうから必死に逃げて来る女性とあざ笑うかのように追い立てる人狼が目に入った。人狼は鋭い爪で女性を引き倒すと、誇るように雄叫びを上げ、その牙を首元に突き立てようとし―――。

 鋭く飛来した矢が胸に突き立てられ、もんどり打って倒れ込んだ。

 見ると、『暁の星』の女狩人、ミレイナが弓を放ち終え、残心を解くところだった。

 

「人命救助が最優先だ! きばれよてめえら!」

 

 叫んで真っ先に突っ込んでいくグエンの後に『暁の星』の面々が続いて行く。

 またたくまに人狼たちを押し込んでいく前衛をフォローするように狩人たちが矢を射かけていく。彼らは逃げてきた人々を兵士に押し付け、どんどん安全域を広げていく。

 町の防衛に人命救助にとほうぼうに人を割かれ、圧されていた警備の兵が強力な救援に歓声を上げる。

 仲間の窮地に気がついた人狼の一団がこちらに向かってくるが、エリザが魔法で放った鉄砲水によって打ち倒され悲鳴を上げた。

 

「エリザはそのまま消火活動だ! こっちは気にすんな!」

 

 グエンの声に頷き、エリザは燃え盛る建物に放水し始める。

 さすが一流クランのパーティは対応が早い。

 彼らの活躍を観戦している僕はと言えばまったくやることがない。避難誘導は態勢を立て直した軍の警備隊に任せるのが一番だし、基本的に非戦闘職である錬金術師が戦いに加わるのも中々難しい。手持ちのアイテムで多少の援護はできるかもしれないが、費用対効果を考えて使わなければ在庫を使い潰して赤字を垂れ流すばかりだ。『力』を使えばほぼ無償で戦果をあげる自信があるが、非常時とはいえ切り札を切るのはためらわれた。

 せめて周囲の警戒でもと辺りを見回して、ふと気がつく。

 先程まで逃げ惑っていた人々がいなくなっている。『暁の星』が押し込んで作った安全域には先程まで人々が逃げ込んできていたのだ。

 軽症の人はすでに脱出したとして、重症のものもけっこうな数いたと思ったのだが。

 

「ヘンリーさん、私たちもグエンさんたちについていきましょう」

 

 声をかけられて振り向くと、カタリナとアシュレイが立っていた。

 

「しかし、町中はまだ危険です。それに、逃げてきた方々の治療をした方が良いのでは?」

 

 流石にこの事態でお金が払えない人には治療をしません、なんてことは言うまいと思って聞いたが、返答は予想以上のものだった。

 

「皆さんの治療はすでに終わって避難していただいています」

 

「え!? もうですか?」

 

 そんな馬鹿なはずが無い。数十人はいた負傷者をこの短時間ですべて治すなんてことは僕の知る限り不可能だ。

 

「まだ取り残されているすべての方がここまでたどり着けるとは限りません。こちらから動かなければ助かる命も助からなくなります。人狼は『暁の星』の方々が対処してくれていますし、何があってもアシュレイ様が助けてくれますから」

 

 何も言えないでいる僕に、カタリナは危険地帯に踏み込むことをためらっているとでも思ったのか、懇願するように言い募る。アシュレイが彼女の後ろで渋い顔をしていた。カタリナを危険に晒したくないのだろうが、人命救助という使命に否とは言えなかったのだろう。

 

「カタリナ様。彼にはここで待機していてもらった方が良いのではないですか?」

 

 アシュレイとしては余計な荷物は抱えたくないのだろう。あっと声をあげるカタリナが申し訳無さそうにこちらを見る。助けに向かうことで頭が一杯で考えつかなかったのだろう。 しかし、

 

「……いえ、差し支えなければお供します。何か人手が必要なことがあるかもしれませんし。護身用の道具はいくらか持ってきていますから、できる限りお邪魔はしません」

 

 僕の言葉にカタリナは顔をほころばせ、アシュレイは重い溜息をついた。

 

「仕方ない。できる限り俺から離れないように」

 

 アシュレイの言葉にうなずき、彼の先導にしたがって紅く染まった町中へと走り出した。

 

 *

 

「これでもう大丈夫です。後は警備の方の誘導に従ってください」

 

「ああ、あなたはまさに聖女様だ! ありがとうございます!」

 

 カタリナの治療を受けた青年が、すくりと立ち上がり、何度も彼女に頭を下げるのを警備兵が引っ張っていった。彼はつい先程まで、脚を人狼の爪で裂かれ、歩くことができなくなっていたのだが何事も無かったかのように走っていった。

 

「さあ、どんどん行きましょう」

 

「承知!」

 

「……」

 

 何でもないようにしているカタリナと、彼女に熱い眼差しを向けながら勇ましい声で応えるアシュレイ。

 治療を求める人を探しに走り出す彼女たちの後を、僕は無言でついてく。

 カタリナは冥府の縁に脚をかけた男を文字通りまたたく間に治療してみせた。ここに来るまでの間、カタリナは何人も治療しているが怪我の大小問わず、患部に触れるだけですべての傷がすぐさま回復していた。出血の多かった者の中にはふらついたり、立ち上がれなかったりする人々もいたが、それらは普通だったら死んでいる。彼女はこれが普通ですと言わんばかりに平然としているが、それこそ奇跡を起こす様を見せられているようだった。

 眉唾かと思われた彼女の武勇伝にもこれならうなずける。

『暁の星』の面々と警備兵は順調に人狼を倒し続け、すでに掃討戦に入っていた。人狼たちは狩る側から狩られる側にまわり、果敢に立ち向かって打倒されるか、そうでなければ背を向けて逃げ出している。

 中心の広場に向かうと、すでにその場での戦闘は終了していた。

 一際大きな建物の前で、グエン他数人と警備の兵が言葉を交わしている。近づいていくとグエンがこちらに気がついて手を上げた。

 

「とりあえずあらかた終わったみたいだ。オレたちは狩り残しと負傷者の捜索にあたる。この建物に篭ってたやつらの治療を頼む」

 

「わかりました。さすが『暁の星』ですね。素晴らしいお手並みでした」

 

「あんたのお手並みの方がすげえと思うがね。そいじゃよろしく頼む」

 

 グエンはカタリナの称賛に肩をすくめると、踵を返しパーティメンバーとともに駆けていった。

 

「アシュレイ様、建物入り口の警戒をお願いします」

 

「しかしお側を離れるわけには……」

 

「もうこの辺りは安全でしょう。負傷者がいる建物内に人狼が入り込む方が問題です」

 

 難色を示すアシュレイの言をばっさりと切り捨て、カタリナは建物の中に入っていく。

 

「……アシュレイ様が駆けつけるまでの間ぐらいなら僕がなんとかしますので」

 

「頼んだぞ。死んでもお守りするんだ」

 

「……」

 

 おそらく掛け値なしに本気の言葉を聞いて、なんとも言えない気持ちを覚えつつカタリナの後に続いた。

 どうやらこの建物は役所かなにかのようで、中に入ると手前の方にカウンターがあり、その向こうに人が集まっているのが見えた。危機から脱したばかりだからか、皆疲れ切ったように座り込んでいる。

 

「治療術師のカタリナです。負傷者の方はどちらに?」

 

 カタリナが声をかけると、顔を上げた人々がほっとしたような表情を浮かべた。その中から初老の男が立ち上がり声を上げる。

 

「ま、まさかあの聖女カタリナ様ですか……? あ、ありがたい! 妻がひどい怪我をしているんです!」

 

「見せてください」

 

 ざわめき、カタリナに向かって手を組んでいるものもいたが、彼女が進み出ると皆左右に避けて怪我人までの道をつくった。モーセが海を割ったときってこんな感じだったのかなと益体もないことを思いながら、しれっと後に続く。

 女性は部屋の一番奥にある階段の脇に寝かされていた。脇腹を貫かれたのか、白いワンピースがぐっしょりと朱色に染まっている。浅く息をする女性に脇に座り込み、カタリナは安心させるように語りかけた。

 

「もう大丈夫ですよ。すぐ治療します」

 

 そして彼女が患部に手をかざそうと腕を上げたとき。ぎしり、と床板を踏む音が聞こえた気がした。

 カタリナの治療を見ていようとうつむきがちになっていた顔を上げる。目の前にいるカタリナも初老の男性も、患者に集中して視線を落としている。視線を彼女たちの先にすすめていくと、階段がある。視線が階段を登るように上階へ向かう。二階に登り切る一歩手前で、脚が目に入った。裸足で灰色の体毛で覆われた脚。その持ち主の顔まで視線を持ち上げて視認した瞬間、顔が引きつった。

 どこから入ってきたのだろうか。その人狼は階段を一歩ずつ降りる気はないらしく、一歩階段に下ろしていた脚に力を込め、獲物に飛びかかろうとしていた。人狼の視線の先にいるのは、カタリナだ。

 危機を知らせるため口を開きかけるが、もう間に合わない。僕が声を発し、それに彼女が反応したときにはもう彼女の首筋に人狼の牙が突き立っているだろう。

 とっさにポケットに手を入れ、アイテムを掴んで取り出す。手に握り込んだのは衝撃を与えると白煙を撒き散らすけむり玉だ。人狼の顔にでもぶつけてしまえば、視界が塞がれて目標を見失うだろうとの目算だった。一番安価で、かつ屋内での使用を考慮した選択だった。

 最小限の動作で構えて、『力』の補助を受けた指で玉を弾こうとしたとき、僕は逡巡した。何かひっかかる。

 視界をつぶしてしまえば飛び込んできた人狼は狙いを外すだろう。しかし、その鋭い爪や牙が振り回され、誰かが怪我をするかもしれない。初老の男性や怪我人ならカタリナがすぐさま回復するだろうから問題ない。

 ―――しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 治療術師は当然自己治療も可能なはずだ。

 これまでのカタリナの武勇伝や今日の姿が脳裏によぎる。

 僕は舌打ちすると、すでに飛びかかっていた人狼に向けてけむり玉を打ち出した。

 カタリナや初老の男性も階上から落ちるように向かってくる姿に気がついて顔を上げている。二人が表情を表す暇もない。人狼の顔がにやりと嗤った気がした。

 その顔に、飛びかかる人狼の何倍もの速さで打ち出されたけむり玉が突き刺さった。

 噴出するはずの白煙は現れなかった。かわりに、けむり玉が激しい炸裂音と共に爆発し、人狼の上半身を跡形もなく、吹きとばした。

 残された二本の脚が空中で制御を失って、僕の前にどさりと落ちてくる。

 

「ひぁっ!?」

 

 上半身と泣き別れた脚がごろんと転がるのを理解に乏しい表情で見ていた初老の男性が、短く悲鳴を上げる。カタリナは呆然とした様子で脚を見つめ、ついで僕に目を向ける。僕が何かした、ということは判断がついたのだろう、目を細めて口を開こうとする彼女の機先を制し、僕は言った。

 

「すいません。間違えました」

 

 *

 

「無事だったから良かったものの、カタリナ様に何かあったらどうしてくれるんだ!」

 

「も、申し訳ございません……」

 

「まったく、建物の中で間違えて爆薬を投げつけるなど、どんな事態になってもおかしくなかったぞ」

 

 状況理解が追いついて悲鳴を上げた人々の声を聞きつけたアシュレイに状況を説明すると、ものすごい勢いで怒られた。

 せっかくカタリナの危機を救ったのに、この扱いということに不満がないわけではないが、必要経費と割り切って享受する。

 

「まあまあ、ヘンリーさんのおかげでみんな無事だったのですから、そのぐらいで」

 

「しかしですね……」

 

「彼は恩人ですよ。感謝して然るべきです。……ヘンリーさん、ありがとうございました」

 

「……俺とて感謝はしている。その、君のおかげでカタリナ様は助かった。ありがとう」

 

「い、いえいいんです。僕がうまくやっていればこんな話にもなっていないんですから」

 

 頭を下げる二人に居心地が悪くなって慌てて声を上げる。わざと怒られにいっているだけにあまりにも気まずかった。

 

「……それにしても、すごい威力の爆発でしたね。小さな玉のように見えましたが、あれだけの威力が出るとは」

 

 頭を上げたカタリナが思い返すように視線を中に放って言う。

 僕は、相当な速さで打ち込まれた玉を視認したという発言に内心冷や汗をかきながら語る。

 

「あれは飛竜を倒した時の火薬を改良しているものでして。威力は抑えて作ったつもりなのですが、気軽には使えませんね」

 

「あのサイズであれ程の威力なら、色々な用途に使えそうです。国の研究機関に持ち込んで量産化できれば、素晴らしい発明として名を残せるのではないですか?」

 

 彼女はそう言ってじっとこちらを見つめてくる。

 確かに火薬は存在しても銃器が存在せず、用途に難があるこの世界で携行性の高く威力のある爆薬を発明したのであれば世紀の発明とされることだろう。ダイナマイトの存在がそれを証明している。しかし、そんな物は()()()()()

 

「……確かにそのとおりかもしれません。けど、もしこれが広まってしまえば、真っ先に戦争の武器として使われるでしょう。戦争を発展させた大罪人として名を残したくはありません。これは一個人が趣味で作っているものだからこそいいのです」

 

「……そうですね。軽率なことを申しました」

 

 どこかで聞いたようなお題目のような僕の言葉に、またカタリナは頭を下げる。

 そんな彼女のことを、僕はじっと観察していた。

 

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