転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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 しばらくして前線から応援の兵がやってきた。彼らの話によると、やはり国境付近の普通の獣や魔獣が逃げるように移動しており、各地で混乱が起こっているらしい。今回の人狼たちも住処を追い出されたが故の、食料を求めての襲撃であろう。国境の軍も出張って対応しているということだが、幸い帝国側も同様の対応に追われているようで、目立った動きがないとのことだ。

 町を焼かれる軍の失態をカバーした形になった僕達は、やってきた軍の責任者と宿場町の警備隊長からやたらと感謝され、被害を免れたきれいな宿を手配していただいた。町にいながら野営しないで済み幸いである。

 焼け出された人が避難する場を潰したくないカタリナと、多くの人がいる場所にカタリナを泊めたくないアシュレイの意見が一致し、こじんまりとした宿を貸し切る形となった。

 カタリナは貸し切りということにちょっと不満そうだったが、グエンがパーティーの疲労回復の必要性を説いて押し切った。

 宿の窓からぼんやりと町を眺める。月明かりに照らされた町は、未だに煙が上がっている所もあり、崩れた建屋が被害の痛々しさを表しているようだった。しかし、建屋の被害に対して、人々の被害は驚くほどに少ない。

 カタリナが生き残っているすべての怪我人を治療した結果だ。すでに亡くなっている人は流石に無理だったが、治療を受けたすべての人が五体満足の状態となっている。今回の件とは別で元から脚を悪くしていた中年女性がついでに治療され、泣いて喜んだ姿が印象的で、カタリナの名声はうなぎのぼりだ。

 今回の旅でカタリナと一緒に過ごしてきた数日を思い返す。歴史に名を残すほどの力を持つ治療術師であり、慈愛の心に溢れ、困っている人のためには危険に飛び込むことも厭わない稀有な性格をしている。出来すぎた物語の登場人物のような人物だ。

 そこでふと、窓の外に見える路地に白い影を見た。薄暗い路地にたたずむように人がいる。その人物はじっとこちらを見ていたが、踵を返して路地に入っていった。

 

「……」

 

 僕は、脱いでいた外套を羽織ると、音をたてないようにこっそりと宿から抜け出した。

 路地を覗くと、どんどん奥に進む白い影が見える。僕はその後を追った。

 人通りを避けるように暗がりを進んでいく影を、僕も周囲を気にしつつ足を進める。

 町から出て、街道から遠ざかるように進んでいた影は小道を外れ、林の中に分け入っていく。

 やがて、木々の間隔が広くちょっとした広場みたいになっている場所で影は足を止めた。

 ……これ以上歩いていたら疲れてついていくのをやめてしまっていたかもしれないので、助かった。

 

「こんばんは。いい月夜ですね」

 

 とりあえず僕は当たり障りなく挨拶をした。

 月光を遮る木々の無い空間で、人影の姿はよく見えた。

 

「こんばんは。ええ、本当に素敵な夜ですね」

 

 彼女―――カタリナは目深に被ったフードを取り去り、僕に向かって微笑みかける。

 

「あらためて、今日は本当にありがとうございました。ヘンリーさんがいらっしゃらなかったらどうなっていたことか」

 

「いえいえ、本当はもっとスマートに助けられたらよかったのですが、お恥ずかしい」

 

 何故こんな場所まで、などとは聞かず、空空(そらぞら)しい会話を続ける。

 

「しかし、本当にすごかったですね。ただの丸い玉が、()()みたいに飛んでいって、周囲に被害を出さずにあんなにきれいに爆発するなんて。―――まるで、威力を計算し尽くされていたみたい」

 

「いざというときに投げたアイテムが届かなくて死ぬなんてことは嫌ですからね。練習したんですよ。威力はまあ、運が良かったですね。それより、あなたのお手並みにも感服しました。あれだけの数の負傷者をまたたく間に治療されるとは。―――まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 以前、興味本位で近くの教会の治療術師に傷の治療を頼んだことがあった。その治療術師は刃物でちょっと切った程度の傷を治すのに数十秒はかかっていた。治療の経過を観察していたが、怪我が自然に治っていく様を早送りで見ているみたいだった。おそらく人間が持つ自然治癒力を促進する術だったのだと思われる。治療してくれた神父に話を聞くと、その術は治療術の初歩で、誰でも使える術であるという。 切断された身体の接合はできるのかと問うと、そういう治療は高位の治療術師が何時間もかけて骨や神経をひとつずつ接合していく、知識と強い法力の必要なものなんだとか。

 つまりやっていることは現代の外科手術とあまりかわらないのだ。

 そんなだから、カタリナの武勇伝も教会が彼女を神格化するために広めたものにすぎないと思っていたのだが……。

 お互いに言葉を発さずにしばし見つめ合う。

 やがて、カタリナはため息をつくと、腕を組んで言った。

 

「はあ、もう無駄なことはやめよやめ。こんなまどろっこしいのガラじゃないわ」

 

 先程までの清楚な雰囲気は鳴りを潜め、乱雑なセリフを吐く彼女に瞠目する。

 旅の間何度となく見てきた、柔和な笑みを浮かべていた顔は僕を睨めつけるように鋭い。

 

()()()が出会ったのなら、こうするのが一番早いってことね!」

 

 ―――来る! 

 もう躊躇している暇は無かった。彼女の身体から、分身が分かれるように影が飛び出してくる。彼女からも僕の姿はそう見えていただろう。僕らは同時に呼んだ。

 

「クレイジー・ダイヤモンド!!」

 

「キラー・クイーン!!」

 

 解き放たれた影と影はちょうど僕たちの正面でお互いの拳をぶつけ合った。

 

「どららああああああああああ!」

 

「ぐうぅぅぅっ!?」

 

 影同士の激しい拳と拳のぶつかり合いは、明確に僕から出てきた影、キラー・クイーンが圧されていた。カタリナから出てきた影、クレイジー・ダイヤモンドの繰り出す拳のラッシュに合わせられなくなったキラー・クイーンが弾き飛ばされる。勢いそのままに僕に迫ってくるクレイジー・ダイヤモンド。僕は密かに手に握っていた石をクレイジー・ダイヤモンドめがけて投げつける。僕とクレイジー・ダイヤモンドのちょうど中間まで石が飛んだことを確認し、僕は立てた右手の親指をスイッチを入れるように握りこんだ。

 

「キラー・クイーン、第一の爆弾!」

 

 ただの小石が、まるで手榴弾だったかのように爆発する。クレイジー・ダイヤモンドは爆発範囲外に踏みとどまり巻き込まなかったが、元々接近を防ぐための攻撃である。

 お互いに己から出てきた影―――スタンドを自身の側に引き寄せ対峙する。

 スタンド。生まれ変わった僕に神様がお恵みくださった、奇跡の力。漫画の世界の住人が持っていた能力の再現。

 

「あきれた。せっかく見つけた初めてのお仲間が、まさかその力を使うなんて」

 

 彼女の視線は僕の後ろに注がれている。そこにいるのは、猫型の獣人のような姿をした僕のスタンド、キラー・クイーンだ。

 

「それはこちらのセリフだよ。まさか初めて対峙するスタンドがクレイジー・ダイヤモンドだとはね……」

 

 僕も、苦々しさをにじませながらジョディの傍らにたたずむスタンドを睨みつける。その筋肉質で彫像のような姿。中世の戦士のようだと表現したのはどこのだれだったか。クレイジー・ダイヤモンドとキラー・クイーン。二体のスタンドの元の持ち主は浅からぬ因縁を持っている。物語の主人公たる東方仗助と、ラスボスの殺人鬼吉良吉影。修復と破壊の対象的な力を持つ宿敵。……仲間とともに吉良吉影を打倒した、キラー・クイーンの天敵。

 

「それにしたって容赦ないな。恩人に対していきなり殴りかかってくるなんて、聖女カタリナの名が泣くよ」

 

「お生憎様。カタリナの名前は治療術師として仕事をするための洗礼名なの。今のわたしはジョーダン教会のジョディよ。ただの貧民孤児に礼儀を求めないでちょうだい」

 

()()ディ・()()ーダン……!まさか、スタンド能力だけじゃなく、存在するのか!?ジョースターの血統を持つものが!?」

 

「さあ?言ったでしょ、わたしは孤児だもの。名前になんて意味もないし、そもそも血統だの血の運命(さだめ)だのなんて、興味ないわ」

 

 ジョジョの名を持つ女は、驚愕する僕を見て少し笑うと、改めて鋭い視線を寄こしてくる。

 

「さて。あんたには特に恨みもないけど、そのスタンド。キラー・クイーンを見逃すことはできない。残念だけどぶちのめさせてもらうわ!」

 

 言葉とともに踏み込んでくるカタリナ―――ジョディとクレイジー・ダイヤモンド。その拳は、同じ近接パワータイプのスタンドで有るはずのキラー・クイーンを容赦なく押し込んでくる。僕は防戦一方の状況に歯噛みする。

 クレイジー・ダイヤモンドとキラー・クイーンの戦いは、原作からしてクレイジー・ダイヤモンドに軍配があがる。東方仗助曰く、『ハングリーさに欠けている』。

 殺人鬼たる吉良吉影でさえその有様なのだ。ただの錬金術師である僕が、人を殺したことも、その覚悟もない僕が彼と同等にキラー・クイーンを操れる訳がないとは思っていたが……! 

 理不尽な話であるが、ジョディを言葉で説得することはできまい。僕自身に落ち度はないというのに。となれば、彼女を再起不能にしなければこの窮地を脱することはできない。

 しかし、僕にできるだろうか? 吉良吉影がキラー・クイーンを得たのは、どうしようもない殺人鬼である自身が平穏に暮らすために、その障害を物理的に消すことで実現するためだ、と僕は考えている。

 つまり、キラー・クイーンの力を引き出し、ジョディを再起不能にするためには、障害たる彼女を殺す覚悟を決めなければならないということだ。それしか道はない……! 

 キラー・クイーンはクレイジー・ダイヤモンドを力任せに押し返した。僕たちはいつでも拳を叩き込める間合いで対峙する。

 ヤる。彼女を……殺す! 

 そう覚悟を決めてジョディを睨みつける。彼女も僕の様子を察してか、一層視線を鋭くし、そして。

 

「おおおおおぉぉぉぉ!」

 

 キラー・クイーンの振るった拳は、あっさりはねのけられた。踏み込んできたクレイジー・ダイヤモンドが僕に拳を振り上げる。僕は動かなかった。いや動けなかった。

 

「どららららららららららぁぁ!!」

 

 キラー・クイーンに、クレイジー・ダイヤモンドの拳が何度も叩き込まれる。それに合わせて僕自身にも衝撃が走る。

 

 ―――な、何故だ!? 彼女を殺すと、覚悟を決めたはずなのに、打ち合うことすらできないなんて! 

 

 為す術もなくふっ飛ばされた僕は、地面に倒れ伏す。クレイジー・ダイヤモンドのパワーで殴られた身体は……? 痛く、ない? 

 地面に寝転がったまま、僕は呆然とする。覚悟を決めたはずの僕が、クレイジー・ダイヤモンドに抗うこともできなくなったことも、体中の骨という骨が粉砕していてもおかしくないほどぶん殴られたのに、まったく痛みを感じないことも、理解することができなかった。

 

「殴ったと同時にクレイジー・ダイヤモンドが治したわ。怪我なんてしてないと思うけど?」

 

 ジョディの言葉でひとつの疑問が氷解する。それはそうだ。あれだけのパワーで殴られたのだから、無傷でいるなどそれこそ能力を使わなければあり得ない。

 

「……何故?」

 

 僕は地面に寝転んだまま見上げるようにジョディを見て問う。

 

「そりゃあ元々再起不能にするつもりはないもの。ちょっと試させてもらっただけよ」

 

「ええと、つまり?」

 

「察しが悪いわねえ。あなたが、悪人かそうでないか調べるためよ。悪人なら容赦なくわたしを殺しに来るはずでしょ。けど、あなたはそうしなかった」

 

「……こう見えて、殺すつもりで挑んだつもりだったんだけど」

 

「あら、そうなの? 最後までびびって躊躇してるみたいだったから、とてもそんな覚悟していたなんて思えなかったわ。……あなた、人殺しなんてできるタマじゃないわよ」

 

「そう、か……」

 

 覚悟を決めた。殺すつもりだった。自分ではそう思っていたけど、結局は思っていただけだったということだ。前世と今生で何十年も普通に生きてきた僕には人を殺すことなんて、できる訳がなかったのだ。

 安堵なのか失望なのかわからない、もやもやした気持ちを吐き出しながら上体を起こす。既にジョディの傍らにはクレイジー・ダイヤモンドの姿はなかった。彼女が近づいてきて手を差し伸べてきたので、黙ってその手を取り、立ち上がる。

 彼女は僕の正面に立つと、神妙な顔で頭を下げた。

 

「ごめんなさい。試すような真似をして」

 

 彼女にもう戦意はなさそうだ。であれば、僕に文句はない。この戦いで怪我をしたわけでもなく、僕の精神的な弱さがわかっただけだ。

 

「……いいよ、もう。疑いは晴れたってことでいいのかな?」

 

「あなたはキラー・クイーンの能力をほとんど使わなかった。爆弾を使えばまだ戦えたかも知れないのにね。使ったのも牽制のためだけで直撃は狙ってない。それってつまり、わたしが傷つくことを躊躇したってことでしょ? わたしはわたし自身を治せないから」

 

 彼女の持つスタンド能力。クレイジー・ダイヤモンドは、触れたものを人だろうが物だろうが元の状態に修復できる能力を持つが、いくつか欠点も有る。その最たるものが、自分自身を能力の対象にできない、ということだ。

 キラー・クイーンの触れたものを爆弾にする能力をもっと使えば、あるいは彼女を再起不能にできただろうが、そのまま殺してしまう公算も高かった。覚悟といいながら、それを選択できないのが、僕の弱さなのだろう。

 

「けど良かった。あなたがいい人で。飛竜の件も飛竜の死体を独り占めするために冒険者を殺した可能性を捨てきれなくて」

 

「あれは本当の本当に偶然だよ。タイミングが悪かったんだ」

 

 幸運にも個人店の開業資金を得ることができた一件であるが、同時にもう少し早く現場に行きあっていれば、冒険者達を救えたかも知れない。あれはそういう話だったのだ。

 

「まあなにはともあれ、疑いが晴れたようで何よりだよ。初めて出会ったお仲間と殺し合うなんて、せっかく転生までしたのに甲斐がなさすぎる」

 

「まったくね。本当に殺人鬼みたいな人が相手だったらどうしようかと思ってたわ。なんでそうなったか知らないけど、キラー・クイーンなんて紛らわしいスタンド持たないでよね」

 

「理不尽な。選んで手に入れた訳じゃないからそんなこと言われても困るよ」

 

「それはそうかもだけど。それにしてもねえ」

 

「いやいや、けっこうこの能力もいいもんだよ。その気になれば相手を爆殺できるっていうのがいい。実際は殺せないけど、嫌な上司とか、理不尽なクレーマーとかと話してる時、まあこいついつでも爆殺できるし? って思えば心穏やかでいられる。前世でもこの力があればもっと心穏やかに戦えてたのになあ」

 

「能力まったく関係ないじゃない……。ていうかどんだけ酷い職場だったのよ……」

 

 僕の言葉に呆れたようにしていたジョディだが、気を取り直したように咳払いし、手を差し出してくる。

 

「まあ、改めてだけど、よろしくね。まさかお仲間がいるとは思わなくて驚いたけど、仲良くできそうで良かったわ」

 

 にっこりと笑う彼女に苦笑しながら僕はその手を握った。

 

「こちらこそよろしく。こっちもジョジョと出会うことになるとは思わなかった。よろしくはするけど、厄介事はなしで頼むよ」

 

「あら、どうかしら? スタンド使いは引かれ合うって言うし、友好的なスタンド使いばかりとも限らないんだから、覚悟しておいた方がいいと思うけど」

 

「……やっぱり。こんな依頼受けなきゃ良かったかなあ」

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