転生者はファンタジー世界で静かに暮らしたい   作:萬屋久兵衛

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8.

 四日目の昼を過ぎた辺りで、僕達は目的地に到着した。

 ここまでの道中、カタリナ様―――ジョディは楚々とした様子で周囲と会話している。今までと同じように振る舞っているが、彼女の本性を知った今となっては周囲におもねる姿勢も、聞き上手な姿も、まさしく和を重んじ、職場を円滑に回すことに力を入れる日本の社畜のようだった。

 ああいう人間が職場にいると仕事がスムーズに進むんだよなあと、懐かしい感覚を覚える。気疲れしそうで自分じゃやれたとしてもやりたくない立ち位置だ。

 昨日の夜、ジョディと僕はさっさと町に戻り、こっそりとそれぞれの部屋に帰った。二人して寝不足でいると、アシュレイに色々と誤解されそうだった。

 それでも帰りの道すがら、僕らはお互いのことを簡単に話した。

 ジョディは話の通り孤児で、ずっとジョーダン教会の孤児院で育ったという。法力の才は無かったが、ちょくちょく孤児院の子どもたちの怪我をスタンド能力で治していたらしい。教会を取り仕切るシモン司祭は、何も教えていないのにぱっと見治療術を使うジョディの力を特に咎めもしなかった。その力が正しいことに使われるのであればそれで良いという方針だったとかで、ジョディ曰く、おおらかというか、大雑把な人なのよね。とのこと。

 その能力が日の目を見たのは、偶然教会を訪ねた司教、グエンが彼女の力の行使を目撃したからだ。この力をもっと世のため人のために使うべきだと主張するグエン司教に、シモン司祭は、ジョディ自身に判断を委ねた。熟慮して人のために力を使う、と決めてジョディは洗礼を受け、カタリナの名を手に入れた。

 

「まあ結局、政治的なあれこれでおいそれと力を使えなくなって、今があるってわけ」

 

 とため息をつくようにジョディは言葉を結んだ。

 

「まあ怪我ならほぼ完璧に治せる治療術師なんて、利用価値しかないからねえ……」

 

 僕が他人事のように言うと、彼女は口をとがらせる。

 

「そういうあなたはどうなのよ。三男坊といっても貴族なんでしょ。その力があれば簡単にのしあがれたんじゃないの?もしくは冒険者として無双するとか」

 

「貴族がスタンド能力だけで何をしろと?暗殺ぐらいにしか使えないよ。冒険者は危険だから続けるつもりもなかったし、無双して目立ったら能力をなんて説明すればいいのさ」

 

「まあそうなんだけど。そのくせ飛竜とやり合ったりはするのよね」

 

「あれは交通事故だよ……。なんであんな治安の良い地域に飛竜なんかいたんだか。まあおかげで開業資金が稼げたんだけど」

 

「わたしもそっち(商売)にすれば良かったかなあ」

 

「辻治療術師なんてやったら教会に詰められるよ」

 

「それは勘弁ね」

 

 スタンド能力のことを話すのも、前世を下地に語り合うのも今生では初めてのことで、とても心地よかった。

 ジョディと友好的な関係を築けたのもありがたい。彼女はジョジョの名に恥じぬ正義感の持ち主らしいので、僕がヘマをしなければ、友人として付き合っていくことができるだろう―――。

 

「そろそろ着くぜ」

 

 グエンの言葉を受けて回想をやめて外を覗くと、向かう先に、高く掲げられた軍旗が見えた。

 

 

       *

 

 

 馬車内にいた面々だけで依頼主である将軍のもとへ向かう。

 案内された天幕の中は身分の高そうな人物が中央の机の周囲に座っており、いかにも簡易指揮所といった様子だった。その中で一番奥に唯一座っていた人物が立ち上がって名乗る。

 

「よく来てくれた。私は指揮官のアダルベルトだ」

 

 アダルベルトといえば、帝国の侵攻を何度もはねのけた実績のある将軍で国内の知名度も高いため僕でも知っていた。今回の依頼は何かと有名人と縁がある。

 そのまま座って依頼の詳細を聞くことになると思っていたが、アダルベルトは天幕の外に向かって歩きだした。

 

「ついて早々で申し訳ないが、治療を待つ兵が大勢いるのでね。向かいながら話そう」

 

 そう言ってさっさと出ていくアダルベルト。随分と合理的な考えの持ち主らしい。グエンはちらりとジョディに視線を送る。彼はジョディがうなずくのを見て肩をすくめるとアダルベルトの後に続いた。

 

「『暁の星』にはガリラヤ伯の反乱戦争の時にも世話になった。ナホム殿は息災かな?」

 

「あの爺はぴんぴんしてますよ。そのくせ面白そうな依頼がねえとか抜かして酒ばかり飲んでやがる」

 

 アダルベルト将軍は軍の重鎮であるうえ、たしか侯爵家の係累であるはずだが、グエンの雑な敬語を気にもしない。『暁の星』のナホムと言えば、クランマスターであり、クランの最高戦力と名高い歴戦の猛者の名だ。同時に酒癖の悪さと、貴族を貴族と思わない態度で有名でもある。そんな人物の知己ならこの程度なんともないということだろう。

 

「はっはっは!いずれ()()()()()話があれば彼のもとに持ち込むとしよう」

 

 そう言って快活に笑うアダルベルトは、ジョディに視線を向けた。

 

「聖女カタリナ様にお会いできるだけでなく、慈悲をお恵みいただけるとは大変光栄です。兵の士気も今回の一件を帳消しにできるほどに沸き上がるでしょう」

 

「わたしがお役に立てるのであれば幸いです。すべての方をお救いできれば良いのですが……」

 

「あなたに救えないのであればそれがその兵の天命というもの。気に病む必要はございません。できるだけのことをしていただけるのであれば十分。よろしくお願いする」

 

 首をかしげて微笑むジョディに、アダルベルトは歩きながら軽く頭を下げる。

 負傷者の集められた天幕に到着すると、ジョディはすぐに治療を開始した。

 兵たちは歓声を上げて彼女を迎え、治療を受けたものは女神を見ているかのような熱に浮かされたような目で彼女を見つめていた。

 思い余ってジョディを口説こうとした勇者もいたようだが、アシュレイの絶対零度の視線にそんな熱はすぐに冷えてしまったようで、真っ青になって口を閉じていた。

 改めてジョディの治療を見ていたが、患部に手をかざす一瞬だけクレイジー・ダイヤモンドの手を出現させ、能力を使っているようだった。見ているものもいないだろうに細かい芸を使うものである。

 ジョディは軍医が絶句するほどの速さで天幕を周り、またたく間に治療を完了させた。傍らで見ていたアダルベルトも唖然として唸るようにして言った。

 

「カタリナ様のご高名はかねてよりお伺いしていたが、まさかこれほどとは。カタリナ様はよほど神の寵愛を賜ったとみえる」

 

 一方のジョディは顔をしかめて首を振る。

 

「若輩のわたしにそのようなことは……。治癒の及ばない方々も出てしまいました」

 

 クレイジー・ダイヤモンドの修復能力は、時に死の運命が確定したものでさえもその瞬間であれば治療しうる力を持つが、病気は治せないし、流れ出た血液は元に戻らないので失血が多ければ治療の甲斐もない。消滅した部位は再生できないので、失って長い欠損部位は修復されない等、けして万能ではない。

 クレイジー・ダイヤモンドにできないことは他の治療術師にもできないので、それが不審を生むこともないらしいのだが。

 今回治療を施した兵の中にも、能力が効かないものがいた。

 

「治療を施し、傷が治ったにもかかわらず回復しないものや、そもそも外傷のない方もいらっしゃいました」

 

「そう。その者たちは魔獣と相対したものの一部なのです」

 

「そう、それだよ。結局その魔獣はどんなやつなんだい?」

 

 グエンの言葉にアダルベルトは渋面を浮かべたまま返答を口にした。

 

魔熊(グリズリー)だ。それも魔法を使う、な」

 

「噓、魔熊が魔法を使うなんてありえません!」

 

 アダルベルトの言葉をエリザが否定する。

 魔獣と呼ばれる存在は定義がけっこうアバウトだ。狭義には、瘴気を取り込み体内に魔石を宿すことにより凶暴化した獣のことを魔獣と呼んでいる。攻撃性が高いだけでなく、能力的にも元の獣より強力である。今回の魔熊も元はただの熊だったはずだ。強化されたとはいえ、獣が魔力を操り魔法を行使するなんてことは今まで報告されたことがないのである。

 ちなみに広義における魔獣には、ゴブリンや先日の人狼のような亜人種でありながら人類に敵対的なもの、竜種などで人を襲うようなものを含めるが、彼らの中には魔法を使う種もいる。

 

「私とて信じられん。しかし何人もの兵からの報告も一致しているし、今までいなかっただけで魔法を使う魔熊がいないとも限らない」

 

「それで、その魔熊はどんな魔法を使うのですか?」

 

 僕の問いにアダルベルトはいささか口ごもる。その様子に首をかしげるが、将軍から出た言葉はなんとも歯切れ悪く、心もとなかった。

 

「兵たちの報告を総合すると、どうやら風系統の魔法を使う。……らしい」

 

「……らしい?」

 

 軍はその程度も判別できないのかと言わんばかりの顔をするアシュレイの顔を見て、というわけではないだろうが、苦々しげにアダルベルトは話す。

 

「魔熊が使うから、というわけではないと信じたいが、どうも説明がつかんのだ。白兵戦を仕掛ければ触れてもいないのに兵が吹き飛ばされ、武器を破壊される。弓を射掛ければすべて叩き落される。中には空中で矢が静止したと思ったら真っ二つに折れたのを見たという者もいる。虎の子の魔法兵の攻性魔法ならと派遣したのだが、兵が魔法を発動する前に魔法で射出したとしか思えない威力の石つぶてを受けて殺された。それだけでもやっかいなのにあの症状だ」

 

「これが魔法である、ということであれば毒による攻撃ですね」

 

「おそらく。……ただ、兵からは魔熊は普通の熊に見えたというし、ほとんどの者が熊に触れてもいないのに倒れたと報告している。やつの使う魔法に関連しているのかもしれん」

 

「風を操る魔法はともかく、毒を操るような魔法なんて滅多に聞かないわ」

 

 記憶を探るように中に目をやっていたエリザがため息をつくようにして言う。

 

 エリザの言葉にグエンやアシュレイは顔をしかめている。幾人もの兵が相対しているにも関わらず魔熊の能力がはっきりしない状況に、誰も発言できない。

 僕はジョディの方をちらりと見ると、何かいいたげな視線とかち合う。考えていることは一緒のようであるが、皆がいる場で語ることもはばかられる。

 

「ヘンリー殿、錬金術師のあなたから見てなにか意見はないかな?」

 

 アダルベルトの期待を込めた視線に僕はどう答えたものか思案する。元々毒物、薬物に対する知識を求められてこの場にいる身だ。何からしい意見を出したいところだが……。

 

「カタリナ様。兵の方々の症状は魔熊自身による攻撃の怪我の他は、風魔法と思われるものによる打撲、骨折と、内臓疾患ということでよろしいでしょうか」

 

「ええ、間違いありません。魔法による打撲、骨折は()()()()()()()()()()()()()な状態です。内臓疾患については……」

 

「そうですか。……やはり僕としても一度調査してみないとなんとも言えませんね」

 

 少なくとも、ジョディと見解は一致しているようだ問題はこの件をどう説明するべきなのかだが、とりあえず僕は保留することにした。

 

「結局のところ、件の熊とやり合ってみねえとわからないんだろ?とりあえず当たってみようぜ。なに、ただの怪我ならカタリナ様がなんとかしてくれるし、謎の魔法もそういうもんだと思ってぶつかればなんとかなるもんだ」

 

「そんな軽い気持ちでことに当たってもらったら困るな。貴様らが敗北すればカタリナ様にも危険が及ぶのだぞ」

 

 グエンの言葉にアシュレイが突っかかる。そのままにらみ合いを始めそうな二人に僕は声をかける。

 

「不可視の魔法攻撃も厄介ですが、一番の問題は病気を引き起こす攻撃です。外傷でなければカタリナ様でもどうしようもありませんから。危険を感じたらすぐに撤退したほうが良いかと」

 

「わかってるさ。とりあえず当たってエリザかあんたが対策を見つけてくれりゃそこから作戦を立てりゃいい。期待してるぜ?」

 

 そう言ってにやりと笑うグエンに愛想笑いを返す。

 ……本当は彼ら抜きで、ジョディと二人で当たりたいところだが、それを実行する理由もうまく説明できないし、言い訳も思いつかない。ちらりとジョディの方を確認するも、仕方ないといった風に首を振られてしまった。

 密かにため息をついて覚悟を決める。予想が外れてくれていればいいが、もしそうであれば、すぐさま撤退を進言して強引に引くしかあるまい。

 もっとも相手がそれを許してくれればいいのだが。

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