金の髪は編み込んでボリュームを持たせて背中に流す。その隙間に白い花を。ビアンカ。白という意味の名前。何色にでも染まり、何色でも飲み込む色。あるいは、その全てを覆い隠しても見せる色。
「……変じゃない、とは聞かないのね」
「あなたが私のためにデザインしたのに?」
傲慢だこと、と面食らう。彼女にはこういうところがある。彼女は優しい。誰にでも親切と笑顔を振りまく。ーーけれどそれが出来るのは、彼女が「強者」だからだ。もちろん、その強さのあまり誰かを踏みつけにしないように彼女は気を配っているーーだから大きな翼を自ら手折ったりしているーーのだけれど、鷹が小蠅を散らさざるを得ないように、結局強い者は強い。そう、今も彼女は圧倒的に強くーーああ、私も強いだけ。強いから、その事実を述べただけ。その当然が、時には人に傲慢に見えることもあるだろう。それが気に食わなくて強さをすり潰そうとしてくる人間もいる。それを私たちは知っている。
ーーでもね。
「大丈夫よ。あなたは美しいもの」
頬に手を添えて、彼女と鏡を今一度見合わせる。
「ありがとう」
そう彼女はくすぐったそうに笑った。ーーやっぱり、彼女には笑顔が良く似合う、と思う。彼女の完璧な作り笑顔も好き。誰にも見せないようで割と容易く見せる本物の笑顔も好き。自分を奮い立たせるために口の端を上げて目を細める、頑張って作った笑顔も好き。色んな笑顔を持ってるあなたが好き。泣きわめくより、苦しむより、怒るより、全部笑って見せるあなたが好き。感情のたっぷり詰まった笑顔も、乖離の激しい空っぽな笑顔も。好き、好きよ。
「さ、こっち向いて。最後の仕上げ」
けど、この気持ちは全部私の秘密。だって、言ってもあなたは「ありがとう」って笑うだけでしょう? たった五文字のためにそんなに言葉を紡ぐなんてバカみたいじゃない。
それに、言葉にしたらこの想いをどこか取りこぼしてしまいそうだった。どうせならひとつ余さず、私の気持ちを私の前からいなくなるあなたに持って行って欲しい。
そして、言葉にしたらいらない言葉も着いてきそうだった。論理的に考えてしまうが故にきづいてしまう理不尽とか何とか。でもそれは「たまたま」生まれてしまったものだから私の本心じゃない。私の気持ちじゃないものを私の心として受け取られるのはごめんだ。
だからそう、最後に願うのは、この沈黙がどうか雄弁なものでありますよう。きっと大丈夫。私たち、同じことを考えられる人間だもの。
「さ、最後の仕上げ。こっち向いて」
そう言って彼女の顔をこちらに向けさせる。白いドレスに白い肌と金の髪。そして金のまつ毛が縁取るのは、空色の瞳。優しく光を注ぐ春の太陽。
口閉じて、と言いながら紅の小瓶の蓋をとる。そこに人差し指で小さく中身をすくった。
くちびるはやっぱり、他の部分より柔らかくて薄い感じがした。目を閉じた彼女の睫毛は、ぴくりとも動かない。まずは爪のすぐ下で小さく、徐々に触れる部分を増やして、また離れる。同じように、そっと下くちびるもなぞった。
最後に、小さくはみ出てしまった右上の紅を親指で拭き取る。
「ありがとう、」
ふわりと笑った彼女は、私の予想通り綺麗だった。
「大好きよ、シルヴィ」
続いた言葉に、「後に取っておきなさい」とは言わない。だって、私に向けられる大好きと彼に向けられる大好きは違う。そしてきっと、私の好きはその二種類とも違う。ーーあの夜、どうして私は恋と決めたのだろう。違う、全部違うのに。恋ならずっと近くにいられるから? まさか。ほかの好きでも、もっと近くにいる方法は沢山あるものだ。例えば、この一瞬、目の前に「大好き」と言ってくれる彼女がいたとか。例えばーー
指を拭って紅の小瓶を仕舞う。
そう。誰よりも先に完成した彼女を見て、彼女のくちびるに触れるとか。いちばんに。
「ありがと」
彼女の真似をして笑ってみる。いかほどなのかは分からないけれど、目を細めてみれば、確かに楽しい気がする。どうしようか、これからもっと笑ってみることにしようか。ーーやっぱりやめた。私の笑顔は時々しか出ないから価値があるのだ。
「じゃあもう私は行くよ。言えるうちに言っておく。お幸せにね……じゃなくて」
在り来りな言葉は嫌い。私たちだけの言葉がいい。そう思い直して扉の前で止まる。
「幸せでいましょう、私たち。だって、どこにいたって自分を幸せにできるのは自分だけでしょう?」
「あなたらしい。もちろん、そちらこそお幸せに。シルヴィア・マクレーン」
ただ一つ、私のただ一つの名前を呼んだ彼女に私も返す。
「そちらこそ。ビアンカ・ハスラー。私の友人」
パタン、と静かにドアを閉めた。
*
あれから一度、式場へ向かう彼女とすれ違った。けれど、彼女がこちらを見ることはなかった。ーーもう私は必要ないから? 違う。「一瞬」が上書きされないよう。色褪せないよう。都合のいい、私の思い込みだって言う? いいじゃないか、私を幸せにできるのは私だけなのだから。
そろそろ二人も式場についた頃だろうと私も外へ出る。ーーふ、と視界に影がさしたのは、近くの大木が風で揺れたから。乱れかけた髪を押さえつつ空を見上げる。
雲ひとつない青空。何と彼女にふさわしい日だろうか。ーーそう思うと、つまらなくて仕方がなかった空の青がとても美しく思えた。
そう言えば、私は彼女の瞳を青空と呼ぶけれど。
「本物の空って、案外青いのね」
ああ、世界のこともきちんと見なければ。
第1部 了