店に戻り、叩き落とされた布見本帖の確認をする。ふもとに出していた店は畳み、こちらへ移転した。あの山の上に彼女がいないのだったら、あの近くに住む意味はない。彼女の式を見た者が多かったからか、宣伝には苦労しなかった。かつて所属していた店がサラボナにあるにはあったが、私がこちらに店を移転して間もなく潰れた。
幸い、脱落したものはないようだ。ほっと一息つき、新しいページから三つ前に戻る。四角形に並んだとりどりの布のうち、不思議な光沢のあるものをそっと指でなぞる。光沢だけでなく、この布は光の角度によって色が変わる。伸縮性がないため扱いが難しい。この布を使ってデボラの服を作ったときは、周囲の店が布の手に入れ方や扱い方で四苦八苦して、しばらく流行らなかった。そのためデボラはかなりご満悦な様子だったが、今ではかなり身にまとう人が増えてきた。
『あなたは土産よりこちらのほうが喜ぶと思うので、同封しておきました。港町だから、この大陸のものも、海の向こうのものも届くんだって。分かった限りで原料・生産地・価格を併記しています』
もはや、見なくたって内容も、字の形も思い出せる。ビアンカ。私の親友と別れて以来、四年が経った。この布は、彼女が旅立って二か月後に届いたものだ。それからずっと、期間はまちまちなものの、彼女からはずっと手紙が届いていた。一緒に届くのは布だけじゃない。
『ここでは絨毯が特産なんだって。服飾には使えないかもしれないけれど、糸の見本を幾つか送ります。また、図案を幾つか見せて貰ったので、覚えている範囲でスケッチして送ります』
今日デボラに見せた図柄は、これを参考にしたものだった。
といっても、この手紙が届いたのは二年前。
――二年前から、あんたの服はつまらなくなった。
デボラの言葉を思い出して、ため息を吐く。彼女の勘は当たっている。ビアンカから手紙が届いていたのは、二年前まで。彼女の手紙を読めば、いつも新しい何かを思いついたし、今までになかった美しさを理解することができた。それをデザインに反映してやってきていたが――二年。今でも、新しい形や刺繍、意匠はどんどん生み出しているはずだ。じゃなきゃ、サラボナ一のオートクチュール、なんて言われるはずがない。
けれど、デボラが言うように「真」新しくないというのも事実。気がついたら、眉間に指を当ててまた一つため息をついていた。
--ビアンカからの手紙は、常にこう終わっていた。
『それでは、愛を込めて。あなたの友人、ビアンカ』
それも、二年前。二年も前だ。それを最後に、彼女からの手紙は一通も届いてない。手紙が届かなければ、彼女の音信を知る術はない。
死んだ? まさか! 私は彼女より強い人をかつても、今も知らない。男でも、旅人でも。私がサラボナ一のオートクチュールなら、彼女だって一番の魔法使いだった。
でも、死んだのでなかったら――嫌! まさかそんな、彼女に限って。彼女と私に限って、そんなことがあるものか。だからきっと、明日は届く。明日は届く。そう毎日郵便受けを覗くが――やはり、あふれるような依頼書以外が届くことはない。
こんなことをしている暇ではない、と布見本を閉じた。明日納品のものの最終確認をしなくては。そう立ち上がったところで、ホトホトと扉を叩く音がした。
どうして夜中に。苛立つ気持ちはあったが、立ったついでなので出る。
「こんばんは、シルヴィアさま。起きていらっしゃんたんですね」
その先にいた人物に目を疑う。フードを被っていたが、これほど優しく暖かく、平等でつめたい光を放てる瞳の人間を私は知らない。
「……フローラ様?」
その先にいたのは、デボラの妹であるフローラだった。