赤い靴は履いたまま   作:巴瑠

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「大丈夫? 取れた? にしても有り得ないねあいつら。次会ったらやっぱり前髪くらい燃やしとくよ」

「……血の気が多いのね、あんた」

彼女が汲んできた水で、顔と髪についた泥を流す。ただ細くて絡まるばかりの髪は、水に濡らすとけしけしと引っかかった。当然じゃん、とちょっと笑いながら彼女は言った。

「……あんた、私のこと知ってるの?」

「え、会ったことあったっけ?」

「ないから聞いてんの」

 井戸から汲みたての水は冷たい。私が何分もかけて行う水汲みを、彼女は一瞬で終わらせてしまった。

「だよね、びっくりした。言ったじゃん、私、放っておけないんだって。むかつくんだよ、ああいうの見てると」

「ああいうの?」

「うん。弱いものいじめとか」

 弱いものいじめ。

 それを聞いた瞬間、カッと頭が熱くなった。弱いものいじめ。弱いもの。やっぱり傍から見ればそうだったんだ。ーー私は、弱い。

 知ってるけど、違う。自分で思うのと他人に思われるのは全然違う。

 私が一番嫌いなもの。それは「哀れみ」だ。可哀想に可哀想に。そう言う奴は全員醜い。あいつらは「いい人」な自分を演出したいだけ。そのために、細くて小さい女の子なんていい道具としか思ってない。ーーそして、何より腹が立つのは。

「また絡まれたら言ってね。いつでも……とはいかないけど」

 こう言う奴は、自分の偽善を全く自覚していないこと。嫌いだ、やっぱり大嫌いだ。こんな世界にはやっぱり醜いものしかない。嫌いなものしかない。少しでも期待した私が馬鹿だった。

 そうだったじゃないか。私は、太陽が、嫌いだ。青空も嫌いだ。冷たい水も、炎も、私を取り巻く全てが大嫌い。

 だから髪が抜けたって別に惜しくともなんともない。彼女が梳かしていた毛束を強引に毟りとってーー意識してなかったみたいだからそれはあっさりと取り戻せた。

「あれっどうかした?」

 返す言葉は持ってなかった。私は、「嫌い」しか知らないから。

 

 

それから幾日。今日もーー奴らはいまいか、とびくびくしてしまう自分が嫌だった。気にしたって仕方がない。生まれつきそうだ。決まっている。私は「そういう立場だ」と。

大丈夫そう、と店の敷地から出る。

「こんにちは!」

びくり、と体が反応するけど止まらない。嫌いなものに時間を割きたくない。ーーだったら、私はさっさと死ぬべきなのだろうけど!

「良かった、いつか会えるかなとは思ってたんだけど、こんなに早いなんて」

そう言って、今度は彼女が私の言うことを聞かずに手を引いた。

「付き合ってよ、いいでしょ?」

こちらがうんともすんとも言わないうちに、彼女は私を連れて大股で歩く。引かれて歩く足は、いつもより軽い気がした。彼女は運動が得意なのか、とても速くしなやかに歩く。重たいカゴはいつの間にか、彼女の手に握られていた。私の手に食い込むほど重たかったそれは、彼女の手の中にあるとひどく軽そうだった。

道を二本ほど外れて、たどり着いたのは治安悪げな道ーー私は慣れっこだけど、彼女には不似合いに見える。その中の廃屋の一つに、彼女は塀の隙間から入り込む。

隙間から「こっち」と手が伸びた。ーーカゴ、返して貰わなきゃいけないし。そう言い訳をしながら潜るとーー存外、中は外から見るより広かった。

「ごめんね、急に連れてきちゃって。どうしてもお話したかったの」

何と言うか、幸せな者特有の図々しさを彼女は常に纏っている。こっちの事情なんて、考えもしないで。

「お礼をしないとって。ね? 私、何がいいか分からなかったから、買える範囲で買ってきたんだけど……」

お礼なんて困る、私のこの前の行為でトントンでおしまい。そう思っていた、けれどーー彼女の手のひらから現れたのは、木の芯に巻かれた綺麗な糸。娼婦達が着るドレスに使われているものと同じ。

思わず奪うように彼女から取り上げる。白と黒、そして私の瞳とおなじ赤。

「気に入ってくれた? よかった。それでお願いなんだけど」

ーー聞く、何でも聞く。少しばかり私は単純すぎたかもしれない。玄関に続く階段に腰掛けた彼女は、膝の上に頬杖をついて笑う。

「知りたいな、あなたの名前。それで、またこうやって会いたい」

「シルヴィア」

口をついて出たのは、私の名前。

「シルヴィア? 可愛い! 私はビアンカ。よろしくね、シルヴィア!」

急にその名前が素敵なものに感じた。初めて、シルヴィア、と呼ばれて「はい」と返事をしたくなるような。嫌い、嫌いなはずなのに。ーーこれが、好き、なのかもしれない。私は、私の名前が好きになったのかもしれない。

 

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