「都会の人って感じになったね。荷物、勝手に開けてるよ」
「……久しぶり」
ーーあれから3年。レヴェナン夫人の所ではいろいろ学ばせてもらった。その中で、私は「天才」に属する人間だということがわかった。……そして、私が作るもの以外はやはり尽く最悪だと言うことが分かった。
「布類ここに詰めるよ……で、何で独立することにしたの?」
「簡単よ。あそこにいる針子が全員ゴミだったから」
直接の原因になったのは、この辺で一番の分限者であるルドマン様の誕生日パーティーでのことだ。そこで、彼の娘のドレスを夫人の所で仕立てるわけになった。デザインコンペに私も出品したのだがーー何と驚き、私以外は皆似たり寄ったりなデザインばかり提出していたのだ。「赤薔薇」という異名に引きずられるのか姉のは黒と赤のどぎついデザインばかり……長年勤務しておいてこれか、とコンペが始まった時点で気分は最悪。
あいつらは、彼女達が纏うオーラばかりに気を取られて本質を見ていない。姉は確かに苛烈だ。美しい。だったらそこに更に苛烈さを上塗りする必要は無い。それはむしろ彼女の華麗さへの冒涜だ。ただシンプルな、けれど計算し尽くした一枚を縫い上げるだけでいい。
ーーと言っても! 選ばれたのは砂利がごときデザインの、他のものと区別のつかない石っころ。その癖、そのデザインには私でなければ縫えない場所もあったのだ。あるだろうか? こんな屈辱。そんなわけで、仕事をこなした上でもう一度直談判をしたがあえなく却下。更に「協調性がない」などとほざかれたから「お前らと協調などしてやるものか」と出ていってやった訳だ。
というわけでこれを機に独立、サラボナの町からこの、腐った麓へ戻ってきたのである。……利益の面から見れば、あちらに店を構えた方が得なのだけれど、さすがに妨害にあって無理だった。あと。
「なーんかあなたの異常さにも磨きがかかったね。手紙で薄々感じてたけど」
「へえ、狂った女は嫌い?」
「さあ。狂った女は知らないけど、シルヴィアは好きよ」
端切れを貼り付けた布見本のアルバムをしまいながら、こちらも見ずに答える。ふわりと彼女は容易に愛の言葉を紡ぐ。ーーきっと、愛でいっぱいの家庭で育った証拠だ。
「そったは何かないの? 変わったこととか」
「まさか。何も変わらない。ずーっと同じ、変わり映えのない毎日」
あ、でも一人で森に入れるようになったよ。そこでやっと彼女の声に元気が戻る。
変わってるよ、とは言わない。この二年で、彼女に張り付く壁は一際高く完璧になっている。……だからこそさっきのように垣間見えるいたずらっぽい笑顔が魅力的なんだなぁ、と思ったり。そして彼女は、その笑顔を誰にでも振りまくのだろう、とも。
そうして休憩を挟みながら、夜、ようやく「アトリエ」の形を完成させた。部屋の方はとりあえずベッドだけ作った。嘘、作ってもらった。
「ねーえ今日は泊めてよ、いいでしょ?」
「……ま、別にいいけど。それよりあんた、デビュタントはどうするの?」
デビュタント。それは、貴族の娘が16歳の春に正式に社交界デビューすることだ。……で、ここでいうデビュタントは、それを模したイベント。例のサラボナで開かれる祭りみたいなものだ。近隣の町や村からその年16歳になる女の子と、それをエスコートする男たちが集まって、まあどんちゃんしたり踊ったりする催し。ーー先にベッドに寝転がった彼女の、金色の長い髪がシーツの上に広がっていた。相変わらず空色の瞳を印象の中心とする顔は整っているし、身体つきはしなやかな筋肉のついたスレンダー体型。おまけにあの笑顔と性格だ、引く手あまたに違いない。
……それで私は、ここで彼女のドレスを作って一つ名を上げてやろうという所だ。彼女を引き立たせ、彼女に引き立てられるドレスのアイデアなら幾つも浮かんでくる。
「どうしようかなーって。エスコートの人捕まえるのも面倒だし、ドレスにもお金かかるし」
「…………は? いない? 馬鹿なの?」
「まあね、馬鹿かも」
「あんたが、じゃなくて周りの奴らが、よ! 目腐ってんの?」
怒るというより呆れてしまう。迷う部分なんてある? この子の手を引けるし一曲ダンス確定なんだ。 何を手ぐすね引いてるのやら。
別に、と言いながら彼女は寝返りをうって、
こちらに背を向ける。
「おばさん達がさあ、そろそろだねとか行かないのとかドレスはどうするのとかお母さんに見せてやりたかったねとか、でもその間お父さんはとかうるさいし……誘われたい人もいないし、もういいかなって」
「……はぁ……?」
信じらんない、とその場に固まる。何? 馬鹿なの? そんなに手ぇ繋いでゴールが好きか?
最初の目論見がパー、というより見る目のない馬鹿共に空いた口が塞がらない。
「それよりシルヴィは? サラボナにいたんだから浮いた話の一つや二つあったんじゃないの?」
ばさり、と彼女は起き上がってベッドの上で胡座をかく。いったい誰のベッドだと思っているのだか。
「行かないけど」
「え? あんた恋人できたって言ってなかった?」
「別れた。お互いに飽きたし。それにそもそも娼婦の娘など認知されてない。故に招待状は届かない」
それだけで、本当に語ることはなかった。何となく告白されて、何となく付き合って、何となく寝て、何となく別れた。彼女も「私らしい」と納得してくれたのか、「へー……」と馬鹿みたいな声を出す。そして、「じゃあ尚更行く意味……」と倒れ伏しーー「あっ!!」と声を上げながら元に戻った。
「じゃあ私とあんたで行けばいいじゃん! ほら、私が招待状持ってて、これで一名様同伴可能!」
「いやそれエスコート用でしょ」
何をバカなことを、と呆れたーーけど、その裏にはもちろん、なんというか、わくわくがあって。
「別に男性専用なんて書いてないし。ね、どうシルヴィ? このビアンカにーー」
そう言って、彼女は掌を上に、手をこちらへ差し出した。
「エスコートされてみない?」
「あんたがする側なの?」
もちろん私は、笑ってその手を取ったのだった。
とっても魅力的な提案。それもそうだ。考えてもみろ。男と女の予定調和だらけのダンスパーティーには、とびきりきれいな女が男を連れて参加するよりもーーとびきりきれいな女が、女と一緒にお約束をぶち壊す方が目立つし、美しいに決まってる。