沈黙。赤々と光るーー彼女曰く魔法で点いているランプを囲んで、二人で一心に針を動かす。その日は、二人でいるのに珍しくお喋りはしなかった。手を動かしながら、視線だけ彼女に向けてみる。静かな顔だなぁ、と思った。普段ころころ表情が変わる分、ぴくりとも動かないそれには何だか違和感があった。白い額は、赤い炎に照らされて温かみのある色になっているけど、やはり今日の彼女は、普段より色が薄い気がする。
「……ねえ」
ランプに照らされた手元以外は、既に真っ暗だ。家々も草木も眠ってそうな時間帯。もしかしたら起きてーー生きているのは、この世に私たちだけなんて馬鹿なことが思い浮かぶ時間だ。
そんな時に彼女が、静かに針を置いて顔を上げた。
「星、見に行かない? 雲がないから綺麗なはずだよ、今日は!」
何バカ言ってんの、間に合わなくなるでしょう。
そう言う気持ちにはなれなかった。立ち上がった彼女の声は元気で、元気でーーそう、きっと明かりがあって、ギャラリーがいたら「元気な女の子が提案する夜の冒険」に見えたことでしょう。
でも、そう言う彼女は。
「まあ、いいでしょう。支度しなきゃね」
色の失せた彼女の顔が、ほ、という安堵のため息とともに少しだけ元に戻った。
あの日の空色の瞳は、そうーー人々が「空色」と聞いて想起するような色だった。決して昼間の本当の空には見られない、想像上の空の色。
そうして私たちは歩く。夜の石畳の道は冷たい。いつもより硬い気もする。カツンカツンという音は二つ。家々の明かりはすっかり消えている。昼間の暑さの名残も既に身を潜め、ここにある熱は私たちの繋がれた手だけのような気がした。
するりとそんな通りを抜けて、この街唯一の門につく。外に出るのにある、唯一の門。
ーーその脇にある、身を縮こまらせれば入れそうな小さな穴。どうやらこちらか出るらしい。そっと手を離して、すぐにでも向こうへ行こうとしていた彼女の手をもう一度握り直す。
「……外には、いるんでしょう?」
魔物が。……直には見たことがないけど、人を殺せるらしい。
けれど、彼女はその手を振りほどいて笑った。
「大丈夫だよ」
そう言って穴の中へ潜り込む。
ねえ、その言葉に続くのは「私がいるから」? それとも、「二人だから」?
ーーまあ、どちらでもよいのだけれど。二人して穴から抜け出して、そのまま歩く。目指すのは、しばらく歩いた所にある小高い丘。耳をすませば、いろんな音が聞こえてくる気がした。私の息遣い。彼女の動悸。フクロウの鳴き声。何かの咆哮と足音。ひたひたと等間隔で私たちの後を追う、本来なら見えないものの気配。誰にでも等しくやってくるそれ。
決して空は見上げなかった。だって、見るならいっとう綺麗な星空を見なければ。それを見られないのだったら、いっそのこと見られないままでいい。
ずんずん、ずんずん私たちは進む。魔物の気配も何も、私たちは怖くなかった。……だって、それが起こったら「その時はその時」でしかない。考えたって仕方ない。きっと、一人ならこんな気持ちにはならなかった。二人でいるのが、悪い。悪い、けどとっても楽しいのだ。「いっそ」と闇が頭を掠める瞬間が何度もあった。ぶち壊し。台無し。あーあ。そんな日も、ある。
けれどそんな密かな期待は幸いにも叶わなかった。魔は刺さず、通るだけで済んだ。丘についた私たちは適当な所に腰掛ける。
ーーそして目に入るのは、宝石とビーズの入った箱をぶちまけたような空だった。とてもとても豪華な帳。くるりくるりと時と共に回る帳。指先ほどの大きさにも満たないのに、それは怖いくらい私たちを魅了する。
きらきらとした星だけが光る夜。太陽も、もう眠った時間。彼女がどんな表情かは知らない。きっと、知らなくていい。
「ねえ」
星空を真っ直ぐ見上げたまま、こちらへ一瞥もせず彼女は言った。礼儀として、こちらも視線を向けずに返す。
「何?」
「私、強ければどこにでも行けると思ってた。だから魔法も覚えたんだった、確か」
もう彼女の耳の軟骨の穴は塞がっていた。、
「行けないの?」
「そうみたい」
夜、それは太陽が眠りにつき、静かに星だけが煌めく夜のこと。