赤い靴は履いたまま   作:巴瑠

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甘い粉と紅の匂いが詰まった馬車から降りれば、そこは絢爛豪華なーーとまではいかないけれど、田舎者からすれば十分煌びやかな世界。もしかしたら、と夢を抱ける世界。男と女、姫になれるか花を手折れるか。さあ、そんな欲望渦巻く舞台にーー

「行こっか」

「ええ」

乗り込むは、女二人。人間、二人。

手を取る彼女の金髪は、もうすっかり伸びていた。それをバックでひとつにまとめて、飾るのは目が覚める青さのの生花。その花の次に視線が向くのは、濃い紺のサテンをたっぷりと使って、ひだを作りながら肩から二の腕を覆う。そしてそのあと、彼女の白い鎖骨と首筋に目が行くに違いない。そこから下は、安い同色の生地でさっくりAラインに仕上げて膝丈で止まる。オーガンジーを重ねて生地の安さは誤魔化して。

それに対になるよう、私のドレスは白を主に。ドレス自体はベアトップだけど、さらりとした生地で短めの、緩やかなトップスで露出を抑える。スカートは割とタイトに、膝の上まで。透け感のある素材で足首までは覆っているけれど。

周りを見てみるに、今年の流行は緩やかに、控えめに、けれどレースとフリルで女らしく、らしい。けれどまあ、そんなの関係ない。

だって明日からの流行は、私たちだ。

しばらくは飲食を楽しんだり、知り合いと言葉を交わしたりと普通にパーティらしく過ごす。ーーさて、この恋人同士のワルツが終われば、いよいよパーティは佳境。この歌と次の歌で本当のパートナーを決め、やがて外へ飛び出し私たちは踊る。誘われるか? 声をかけられるか? 妥協するか? 逃げるか? そんな思惑で交錯し始めた空気を乗せて、弦楽器が軽やかに駆けるのを追って、他の楽器たちが騒ぎ出す。

差し出された彼女の手を取って、まず私たちは舞台の端へ。

いいか見ろ凡人、妥協する男に女、美を知らない有象無象。お前らの価値観なんかはっきり言ってクソだ。まあそれが好きなら別にいいけど。でもとりあえず、「当たり前」の武器で誰かを傷つけ、従属させたいのならーー

曲の中ほど、気づけば私たちは舞台の中央へ。私の腰に強く力を入れたかと思うと、勢いそのまま彼女は私ごとくるりと回った。その瞬間に裾から覗くのは、空色の布。これこそが本質、彼女の本質だ。どれだけ雲が遮ろうと、夜であろうと、世界のどこかは晴れなのだ。

彼女の美しさは、ひとえに姿勢の正しさから来る。それは伸びる背筋であり、一度見れば真っ直ぐと射抜いて離さない瞳であり、誰に教えられなくても指先一本まで通う神経。そう、彼女は誰にも言われていない。頼まれていない。けれど、そうーー言うならきっと、彼女はただ、正しい。だって、美しいのだから。

その背筋に私は触れ、その瞳に私は映っている。こんなに多くの人々がいる中で。どうだ、どうだ羨ましいか? ーー残念、こんなに彼女が美しいのは私のせいだ。

だから、そう。当たり前を武器にしたいのか、てめえの価値観が全て正しいのか。知らないし、その認識をどうにか変えてやろうとは思わないけど。

お互い一歩引いて手を離し、それを胸へ。じわり、と生え際に汗を滲ませつつ、曲の終わりと共に頭を下げる。

御託を並べるのは、私の「美」にひれ伏してからにしろ。

さあ、そうして一曲終えた途端分かる。明らかに世界が変わる。これから俺が誘うのはあの女でいいのか? 隣にいる彼は今すぐどこかに行ったりしない? どうしてこの色のドレスにしたんだっけ、お母さんが勧めたから? ーーけれど、そんなの知ったことか! どうして私が気にしてやらないといけない? 頭を下げさせる側は、下げた側が床に向かってどんな表情をしてるのかなんて知らない。

「さ、行きましょう!」

そうして私たちは、夜の世界に駆け出すのだ。

くすくすと笑いながら、焚き火を囲む群衆の中へ。こうも暗いと顔立ちも何も目立たない。彼女達は誰? どうやったら落とせる? そんなの別にいいじゃないか。事実はひとつ。美しい人が二人いた。それだけだ。

でも、まあ一つ言うならーー

シルヴィア・マクレインが営む服職店、”ロート・ヒッツェ”をご贔屓に。

 

 

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