魔法灯で一日中暗くなることがない街。大きな船が行き来する港。家を二つも持つ富豪が住む、世界中の様々なものがあつまるにぎやかな町。息を呑むような美しい景色。足元の頼りなさに思わずひやっとする渓谷。
それらを全部通過してたどり着いたのは、ただ温泉の湯気がもうもうと上がる、小さな山奥の村だった。
「うーん、やっぱり空気がおいしいね。ここならお父さんの加減もよくなりそう。ね、ビアンカ?」
大きく伸びをしながら、ね、とお母さんがこちらへ笑いかけてきたものだから、あわてて「そうだね」と笑顔で返した。嘘じゃない。新しい場所は好き。新しいものを見るのは好き。だから、半年前お母さんに「この町から引っ越します」って宣言されたときは、衝撃も大きかったけれど、新しい場所へのわくわく感は確かにあった。そして、これまでの道中に私が見聞きしたものは、全て私の心に何らかのゆさぶりを与えたし、それを感じる瞬間にはやみつきになった。
そしてたどり着いた、鬱蒼とした木々に囲まれた、ぐるりと巡るのに二時間も必要なさそうな小さな村。見どころは、村の東の方にある温泉っぽい。その場所には、これまで訪れた場所のどこよりもゆっくりとした時間が流れていた。
お母さんの真似をして、すぅ、と空気を吸ってみる。おいしい、のかもしれない。けれど私にはその違いがあまり分からなかった。
「さあ、行きましょうか。まずは村の皆さんにあいさつしなきゃ」
そうせかせか歩くお母さんの背中を、はぁい、とゆっくり間延びした返事をして着いていく。
「へえ、あなたたちが噂の」
「そんな遠くから、よくわざわざ来なすったね」
「こんな何もないところ、飽きてしまわなければいいんだけど」
いろいろ話してみて分かったこと。この村の人はどうやら、人見知りな人が多いらしい。
宿屋の娘――”元”だけど――だから、なんとなくそういうのは分かる。こちらを見て笑顔で話してくれるけど、なんとなく目は合わないし、声も硬い。ただ一人だけ、「べっぴんさんだねえ」って私を見て笑いかけてくれた人はいたけれど、まあそれはそれ。お母さんもそう思っていたようで、「これからどんどん仲良くならなきゃね」と零していた。でもまあ、大丈夫だろう。私もお母さんも、誰かと仲良くなるのは得意だ。
そうした後、お父さんは長旅もありもうすっかり疲れた様子だったので、宿屋に泊まることになった。新しい家はもう建っているらしいんだけど、住む準備をこれからするのは大変だろうって。
それなりに清潔なシーツとそれなりにおいしい食事。温泉は最高だった。そのせいか、新しい場所に着いたときはなかなか眠れないはずなのに、今日はすっかり眠り込んでしまった。