太陽の眠る時間   作:巴瑠

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「旦那さん、この絨毯は?」

「悪いね、その隣の部屋に置いておいてくれ!」

 手伝いに来てくれた隣の家の旦那さんの質問に、お母さんの声が答える。今日は引っ越しの本番。いよいよ新しい家に住めるようにするのだ。

 といっても、荷物はほとんどなかった。前の家にあったものはほとんど売ってしまったらしいし、家具とかもこの家を建てるときにいっしょに作ってもらったらしい、新品のものばかりだ。――「大人になっても使えるように」と、この度私のベッドも新品、大人用の大きさのものになった。ちょっとラッキー。

 そんな私に割り当てられた作業は、家の周りの掃き掃除。もう一つベッドメイキングもあったけど、それは新しいベッドが早く見たいあまりにすぐ終わらせてしまった。

 さて、掃き掃除が終わったので少し水拭きをしておこう。お母さんに一声かけてから、桶を持って井戸の方へ走る。ちょうどおじさん・おばさん達の井戸端会議中のようだった。「第一印象が肝心よ」。お母さんのその言葉を思い出して、こんにちは、と笑顔と大きな声であいさつをする。同じようにあいさつが帰ってくるけど、すぐに大人たちの話に戻った。水をくみ上げながら、何というかこう、好奇心というか、正確にいうと野次馬心が湧いて、ついその話に聞き耳を立ててしまう。

「――それでもう、三日も帰ってきてないんだよ」

「探しにいかなきゃ! ……でも、この時期は、なあ」

「騎士様はいったいいつ来るんだい」

 ――どうやら、村の人がここしばらく帰ってきていないらしい。それで探しに行きたいけれど、この時期は魔物が出やすくて危険だ。この村で唯一戦える人はその肝心の迷子の人で、助太刀してくれる旅人でも訪れない限り解決するのは難しそう。

 「これからどんどん仲良くならなきゃね」

 お母さんの言葉がふ、と蘇った。誰かと仲良くなるための秘訣。それは、人に優しく、親切にすること。誰にでも親切にしなさい。そういうことが思い出されて、思わず「あの」と声を出していた。

「どうしたんだい、ええと……」

「ビアンカです。あの、森には魔物がいてあぶない、ってことですよね? だったら行かせてもらえないかなって。私が」

 そう言うと、一人のおじさんが笑いながら言った。

「こらこら。あんまりそういうことは言っちゃいけないぞ。お前さんみたいな都会育ちはしらないかもしれないけど、この山奥にはこわーい魔物が沢山いるんだ。嬢ちゃんなんか、ぱくっと食べられておしまいだよ」

 子供扱いするような言葉にむっとしてつい言い返す。

「私、魔物と戦ったことも、一人で外を歩いたこともありますから。それに、魔法も使えるし」

「魔法? あの旅人が使うようなやつを?」

「そうです、ほら」

 そう言ってから、私は魔法言語で「燃えろ」と呟く。次の瞬間、差し出していた右手の上に小さな火の玉が現れているのを見て、わっと大人たちが騒いだ。

「ちょっとビアンカ、あんたいつまで――ってありゃ、何事だいこりゃ」

 私の帰りが遅いのに耐えかねたお母さんが加わったので、私はこれまでの流れを説明する。すると、お母さんは私の後ろに回ってポン、と肩を叩いた。

「ああ、まあそうなんですよ。うちの子、魔法が使えてお転婆だから、けっこう戦えるんですよ。それは本当です。……しかしあんた、さすがにこれは危ないんじゃない?」

「大丈夫だよ。ここまで来るときも、傭兵さん? と一緒に魔物と戦ったもん。それに、戦って倒せなくても、逃げる時間を作ればいいんだし」

 そう言うと、そうだねぇ、とお母さんは一度首をひねった。けれど、私の肩に置いた手に強く力をこめて、こう言った。

「と言ってることですし、少し任せてみてはもらえませんか? この子だって今年十二歳、分別はつく年ごろなんですよ。ビアンカ、その代わり絶対死なない、まずいと思ったらすぐ帰ってくる、調子には乗らない、この三つを守るんだよ? いいね!」

 はい、と返事をすると、大人たちは私たちが引かないと分かったらしい。しぶしぶ、といった様子で頷いていた。

 そのあと私は準備にとりかかった。ウエストポーチに詰めるのは、もともと家にあったものとさっき村の人からもらった薬草。まだまだ回復魔法は使えないから。そして、魔物避けに聖水を一振り。武器にはナイフ二本と短剣一本、後は傭兵さんに教えてもらって、「餞別」となぜかもらった鞭一つ。

 もともと身体を動かすのは好き。八歳のころ、友達とお化け退治――もとい古城に住みついた魔物退治をしてから、戦うのはかなり得意になった。そしてこの村までいくときに警護として付き合ってくれた傭兵さんにいろいろ戦い方について教えてもらった――「いつかこいつより強くなって絶対ボコボコにしてやる」って何回も思うくらい厳しい練習だったけど――を乗り越え、だいぶ私は強くなったんじゃないか、と思う。とはいえ、こうして一人で出歩くのは久しぶりだ。

 気を引き締めていこう、と見送りを背に、私はもう一度覚悟を決めた。

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