【完結】プレイしていたゲームの能力で転生するやつ 作:Leni
◆85 午前十時
二〇〇三年六月二十日金曜日。第七十八回麻帆良祭がとうとう開幕した。
麻帆良学園都市全体を挙げたお祭り。もはやただの学園祭の枠を超えた、関東圏でも最大規模の催し物だ。
学園祭や文化祭といえば秋の印象が強いが、麻帆良祭はこの六月に行なわれる。
おそらく、二十二年に一度の世界樹大発光が六月に起こるから、タイミングを合わせてこの時期の開催になっているのだろうね。
市街地では大規模なパレードが実施され、空でも航空ショーが行なわれているようだ。
しかし、私はそれを見る余裕はない。
クラスの出し物であるお化け屋敷のシフトが、一日目の午前に入っているためだ。
私はお化け屋敷の配置についた状態で、遠方と念話を繋げる。
『こちらリンネ。状況はどうですか、ココロちゃん』
『はいはーい、すごいお祭りだねぇ。ジャンケンで勝った自分を褒めたいよ。こんなお祭り、王国でも見ないね!』
元気はつらつな女の子の声が、念話を通じて聞こえてくる。
『いや、麻帆良祭の様子ではなく、ネギくんの様子を聞きたかったのですが』
『そうだね、ごめんごめん。ちゃんと監視できてるよー』
そんな念話を交わす相手は、私のスマホの中の住人だ。
『時の魔女ココロ』。『千年戦争アイギス』に登場する、時を司る魔法を操るクロノウィッチの一人である。
『お、今、水無瀬って子とネギって子が時間移動してきたのを確認したよ!』
彼女には、タイムマシンであるカシオペアを使うネギくんの動向を監視してもらっている。
その理由は、カシオペアが正常に作動しているかを監視してもらうためだ。
時間というものはとても繊細だ。カシオペアが正常に作動しなかった場合、ネギくんは時の彼方に飛ばされてしまうかもしれないし、次元の狭間に落ちてしまうかもしれない。カシオペアは魔力で動くが、魔力不足で変な挙動をしないとも限らないのだ。
しかし、水無瀬さんと一緒に時間移動か。原作漫画では桜咲さんと一緒だったはずだが、違うんだねぇ。
そんなことを思っていると、さらにココロちゃんから念話が届く。
『ちなみに時間移動だけど正常に……いや、時間を逆行する禁忌に正常って言うのもおかしいんだけど、正常に時が作動していたよ。動作不良のない、正しい動きで時間移動をしていた。あのカシオペアっていう道具は、変な動作はしていないね』
『そうですか。引き続き、時の動きを監視してください』
『はーい、祭り楽しんでくるよ』
そこまで言葉を交わしたところで念話を切り、私はクラスの出し物に意識を向ける。
お化け屋敷。ネクロマンサー水無瀬さん総指揮の本格的な物だ。
このお化け屋敷、最初は三つのコースに分ける予定だったが、水無瀬さんがそれにNGを出した。使う教室はそこまで広いわけじゃない。それを三つに分けるのは、客の満足度が下がると彼女は主張した。原作漫画ではやたらと広い空間が広がっていたが、そう都合よくギャグ漫画時空に飲まれてくれるとは限らないしね。
なので、教室をフルに使った一本道のお化け屋敷とすることが決まり、水無瀬さんが出した本気により、中学生が作ったとは思えないクオリティに仕上がった。
クラスメート達も本気で取り組み、何回も学校に泊まり込んで、昨日の前夜祭開始ギリギリ前に完成した。
私も大道具の作成に協力したよ。
さらに、本番の今日は、コース後半のゴシックホラーエリアでゴースト役を担当することになっている。
ワイヤーで宙を行き、女ゴーストとして上から客を脅かすことになっているのだが……私はちょっと遊び心を出すことにした。
「来たよー! お客さん来たー!」
「すごい行列だよ! みんな、配置に付いてー!」
「最初のお客さんは、ネギ君だよ!」
おっと、お客さんのお出ましか。
どうやら最初の犠牲者、もといお客さんはネギくんのようで、さっそくネギくんの悲鳴が聞こえてくる。
コースを順調に進みながら、可愛らしい悲鳴をあげつづけるネギくん。
「ギャー」だの「キャー」だの「わひゃあ!」だの、ここまで怖がってもらえると、製作者冥利に尽きるね!
そして、ネギくんはとうとう私の担当する区画にやってきた。
もはやヘロヘロのフラフラになったネギくんが、洋風の墓地に足を踏み入れる。
そこで、私が視界の端から登場だ。
宙を漂う、黒いドレスを着た女ゴースト。それが私だ。ワイヤーは使っていない。自力での飛行だ。
「ひっ!」
私を見て、一瞬引きつるネギくん。しかし、私はそこまで怖い見た目をしていないので、すぐにホッとした表情を浮かべる。
だが、甘い。ここで、私は仲間を呼び出した。
それは、白い人魂。ゴーストトークンと呼ばれる、本物のゴーストだ。今、私はスマホの力を引き出している。『孤独な迷宮守ニミュエ』という、『迷宮の悪霊』の力だ。だから、こういうこともできる。
「ギャー!」
私は、ネギくんに近づき、彼の身体の中に自身の身体を突っ込んだのだ。
今の私は、本物の悪霊。実体はなく、物質を透過する。私が操るゴーストトークンも同じで、ネギくんの身体を何度も往復してすり抜けさせた。
「わわ、はわわ……」
本物のゴーストによる透過は、身体に悪寒を走らせる。その感触に、ネギくんは本気で怖がっている。
さらに、ここで私は攻勢を仕掛けた。
「……よこせ」
「ひっ、な、なに?」
「よこせ」
「うひっ」
「からだをよこせ」
「キャー!」
ネギくんの身体に半身を突っ込みながらそう言うと、ネギくんはまるで女の子のような甲高い悲鳴を上げて、その場に倒れた。
……倒れた?
「あ、あれー?」
私は、透過をやめて床に倒れたネギくんの頬をぺちぺちと叩く。
「う、うーん……」
ありゃ、気絶しておる。
ちょっとやりすぎちゃったかー。驚きすぎて気絶する人、初めて見た。
仕方ないので、私はネギくんを抱えて出口に向かう。
「ぐおー! って、あれ? どうしたの?」
ゾンビ役の
「ネギくんが、驚きすぎて気絶してしまいました」
「わっ、大変!」
「とりあえず、外の客引きに任せてきます」
「分かった。重くない? 大丈夫?」
ネギくんを抱える私を心配そうに見る大河内さん。
私は140センチ台の低身長で、十歳の子供と言っても人を一人抱えられるか不安になったのだろう。ちなみに大河内さんは170センチ台の長身だ。
そんな大河内さんに、私は言う。
「大丈夫。これでも、一昨年前のウルティマホラ優勝者ですから」
「あっ、そうだね。じゃあ、頼むよ」
大河内さんはそう言って、再び墓の下へと戻っていった。
そして、そのまま出口に向かう。ゾンビ以外のギミックも見事に発動していったが、どれも本格的でこりゃあ評判になるだろうな、と思いながらゴールに到着した。
そして、教室から出て、入口の方の客整理をやっていた水無瀬さんを呼ぶ。
「ネギくんが気絶してしまいましたので、お任せします」
「気絶するほど怖かったのね!」
お客さん第一号の末路に、水無瀬さんは満足そうな顔でそう言った。
「すぐ近くに保健室があるので、休ませてあげてください」
「そうね、そうするわ」
私からネギくんを受け取った水無瀬さん。彼女も魔法使いなので、子供一人抱えるくらいはどうということはない。
そんな水無瀬さんに、私は言った。
「ついでですから、水無瀬さんも保健室でお休みしては? 目の下、くまができていますよ」
「さすがに初日からサボれないわよ」
「水無瀬さんは内部の担当じゃないですから、抜けても問題ないですよ」
「そうかしら。まあ、できるだけすぐに戻るわ」
水無瀬さんはそう言って、ネギくんを抱えて保健室に向かった。
だが、その後、水無瀬さんが戻ってくることはなく、午前のお化け屋敷は客引きが一人欠けた状態で進んだ。
おそらく水無瀬さんは、保健室で豪快に寝過ごした後、タイムスリップしてネギくんと一緒に麻帆良祭を満喫しているのだろう。
水無瀬さんは明日の午後もお化け屋敷のシフトを入れていたし、一日くらい祭りを楽しんでくるのは目をこぼそうじゃないか。
◆86 午後一時
あの後、午前が終わりかけくらいの時間にネギくんと小太郎くんがやってきて、客引きを手伝ってくれた。
おそらく、あのネギくんはタイムスリップしてきたネギくんなんだろうなぁ、と思いつつ、私は午前の担当を終えた。
さて、お化け屋敷の担当はもうないので、後は麻帆良祭を楽しもう。
とは言っても、この時間はキティちゃんから任された仕事をしなければならない。世界樹伝説にあやかった告白阻止のためのパトロールだ。
私は、スマホの中から概念礼装の『ガンド』を取りだし、装着して担当区画をパトロールして回った。
『ガンド』はゲームにおいて、『自身のQuickカードの性能を20%アップする』という装備効果がある。概念礼装はそのままだと、このゲーム通りの性能しか発揮しない。
だが、ガンドという同名の魔術は『Fate/Grand Order』において概念礼装以外でも登場している。ゲームの力を自由自在に扱う能力で何度もそのガンドを扱っているうちに、私はこの魔術に精通し、概念礼装『ガンド』から装備効果以上の力を引き出せるようになった。
「好きです、付き合って――」
「『ガンド』」
「キャー! ノブくん!?」
なので、今ではこうして、私は概念礼装を装備することでガンドの魔術を自由自在に発動できるようになっていた。
ガンドは呪いの弾丸だ。
当てることで、対象に体調不良を引き起こすことができる。
今やったのは、告白しようとした男にガンドを叩き込んだのだ。別に、嫉妬の心でやっているわけじゃないよ? 押せば命の泉湧くけど違うよ? あくまで告白阻止のためにやっているのだ。だから、女性の方ではなく、頑丈そうな男性を対象に撃っている。
「はいはい、こちら保健委員です! 今、救護班を呼びましたので、救護テントに移動してもらいます」
保健委員に扮した私が、ガンドで倒れた男子とそれを心配する女子の二人組を誘導する。
ちなみに救護班というのは本物の救護班で、学園長先生経由で私に協力してもらっている。私の行く先々に同じ症状の患者が出ることをいぶかしんでいたが、途中で魔術を使って催眠誘導することで疑問を持てなくするようにした。うーん、魔術の悪用よ。
「ジュ、ジュンコちゃん……俺は、君のことが……」
おっと、この男子、ガンドを食らってもなおも告白を続けようとしているな。
私は、男子のそばに寄って、こっそり耳打ちする。
「救護テントは、隠れた告白スポットですよ。これまで、五組のカップルが成立しています」
「うおー、救護班! 早く来てくれー!」
そうして無事に二人は救護班に誘導されて、救護テントに向かっていった。救護テントは魔力スポットから離れた場所にある。
ふう、なんとかなったね。
次の告白反応は……なしと。うーん、学園から支給された、告白しようとしている人間を感知するこの魔法具、どうやって動いているんだろう。
オコジョ妖精は他人の好感度を数値化できる能力とかを持っているから、そういう力を組み込んでいるのかな? 魔法は奥が深い……。
『オーナー、新たな時間移動を察知! 対象ネギが、水無瀬、神楽坂、近衛、桜咲と一緒に未来から戻ってきたよ。時の動きは問題なし!』
と、ココロちゃんから念話が届いた。スマホを取り出して時刻を確認してみると、現在午後一時半。ふむ。のどかさんとのデートを終えて、告白阻止のパトロールに戻ってきたのかな。
しかしまあ、すっかりタイムマシンを便利に使うようになっているね。
私は、告白探知魔法具が反応を示していないことを確認して、スマホに『ガンド』をしまった。
そして、ココロちゃんが示すネギくんの方向へと向かいながら、新たな概念礼装をスマホから取り出す。
それは、『カレイドスコープ』。最大まで凸してあるので『自身のNPを100%チャージした状態でバトルを開始する』装備効果を持つ。
だが、この概念礼装の真骨頂はそこではない。
そもそもカレイドスコープとはFateシリーズ、及びTYPE-MOON世界において第二魔法のことを指す。第二魔法とは、『並行世界の運営』を可能とする神秘の力。
では、この『カレイドスコープ』を私が使えば、並行世界を運営できるのかというと、そうではない。
装備効果以上のことを概念礼装にさせようとすると、その概念礼装を普段から使いこなそうとしなければならないのだ。あくまで私が自由自在に扱えるのはゲームに登場する力であるので、『カレイドスコープ』はそのままだとNP100%チャージができるだけのゲーム上の装備品でしかないのだ。
現状、私が『カレイドスコープ』でできるのは、近隣並行世界を覗き込むくらいのことだ。
でも、今回はそれで十分。
「んー、並行世界のネギくんは、と」
私は、龍宮さんと合流したネギくんを視界に入れながら、時の魔術と『カレイドスコープ』を併用して使う。
時の魔術により、この時間にタイムスリップしてくる直前のネギくんの姿を幻視。その場面が並行世界に存在しないかを確認していく。
『ふう、大丈夫ですね。カシオペアの過去への移動は、ちゃんと時の上書きをしているようです。無闇やたらと並行世界を生み出しては、いないようですね』
私は『カレイドスコープ』を使いながら、ココロちゃんに念話を入れた。
すると、すぐさまココロちゃんから念話が返ってくる。
『ん、よかったね。時間移動したせいで、対象ネギの存在が消えてしまった並行世界が生まれていたら、一大事だったよ』
『ええ、タイムスリップはこの可能性があるから怖いです』
私が時の魔術と『カレイドスコープ』で何をしているかというと、カシオペアが並行世界を作り出していないかの監視だ。
今日の夜、ネギくんは保健室で寝過ごし、カシオペアを使って水無瀬さんと午前十時にタイムスリップをする。そして、ネギ先生はあらためてカシオペアで夜に戻ることはしない。
すると、どうなるか。
カシオペアが過去へタイムスリップをする際に並行世界を生む場合、カシオペアを動かした最初の世界ではネギくんが別の並行世界に移動してしまい、それ以降、世界からネギくんが消失してしまうのだ。
これは大げさでもなんでもない。
実際に、『魔法先生ネギま!』最終巻の超さん本人による図解を見ると、カシオペアによる百数十年の時間移動が、時間軸の横移動、すなわち並行世界の発生を伴っていると解釈できるのだ。
なので、私は『カレイドスコープ』を用い、ネギくんがいなくなる並行世界が生まれていないかの監視をしているわけだ。
そして、『カレイドスコープ』での観測結果を見る限り、カシオペアでの半日間の時間逆行は、世界の上書きが行なわれて、並行世界を生むことはないことが分かった。
ネギくんが一日の範囲の中でカシオペアを使う場合に限っては、このまま放置しても問題はなさそうだ。
『では、ココロちゃんは引き続き、時空の監視をお願いします』
『はいはーい。いっぱい遊んだし、お土産買っていこうかなー』
『いや、ココロちゃん。私のスマホには現世の物質は入らないのですって』
『あっ、そうだった。じゃあ、お小遣いは全部遊んで使い切ろうっと!』
もはや、監視をしているのか遊んでいるのか分からないココロちゃんの念話を聞きつつ、私は『カレイドスコープ』での並行世界の観測を続ける。
近隣並行世界だけでなく、ちょっとだけ遠くの流れにある並行世界も眺めてみようか。
そう思い、『カレイドスコープ』から覗く光景を動かしていると、ふと、おかしな風景が見えた。
「ん……?」
それは、城。
空に浮かぶ、巨大な白亜の城。
どこにでもあって、どこにも存在しない。今であり、過去であり、未来でもある。
次元の、狭間。
「おや、覗き見とは、趣味が悪いね」
そんな声が聞こえたと思った瞬間。
私は巨大な腕につかまれ、ここではないどこかに引きずり込まれていた。