【完結】プレイしていたゲームの能力で転生するやつ 作:Leni
■49 ヒーローになりたい
◆115 優勝者への洗礼
麻帆良祭の翌日と翌々日は、振替休日だ。このうちの前半一日をフルに使って、私は綾瀬さんに頼まれていた改造手術を実施しようと思う。
ちなみに、綾瀬さんは早乙女さんにも改造してもらうか聞いたようなのだが、興味ないと返ってきたらしい。
なんでも、自身のアーティファクト『落書帝国』を極める道を選ぶ、らしい。最低限の護身のために、魔法の習得をして魔法障壁程度は張れるようにするとのことだが。
というわけで、改造手術を執り行なうため、私は綾瀬さんとのどかさんの二人を連れて、朝六時という早さから、女子寮を出た。
二人は昨夜、後夜祭を途中で抜け出してしっかり寝たらしいので、そこまで眠そうではない。むしろ綾瀬さんは興奮しているくらいで、それをなだめながら、私はエヴァンジェリン邸の別荘に向かおうとしたのだが……。
「刻詠リンネ、手合わせ願う!」
武術家達が、女子寮の前を張っていた。
うわおうー、これは、久々に来たなぁ……。『ウルティマホラ』で優勝した一昨年も、こうして待ち伏せされたっけ。
というか、今、早朝だぞ? これは、麻帆良祭の後夜祭から、そのまま徹夜テンションで来たな?
「私も、暇じゃないんですけど」
「そう言わずに! 『まほら武道会』の優勝、見事だった! ウルティマホラ王者とは知っていたが、まさかあれほど見事な武器術の使い手だったとは!」
んー、よく見ると、彼らは皆、竹刀だのたんぽ槍だのを携えているね。
『ウルティマホラ』のときは、素手の格闘家達が来たから、ちょっと新鮮だ。まあ、相手している時間はないんだけど。
私は彼らに向けて諭すように言う。
「しかし、『まほら武道会』は、昨日の全体イベントの周知的な意味合いが強い大会でしたから、結構、演出面重視でしたよ。その優勝者が相手でいいんですか?」
「見くびってもらっちゃあ困る! そりゃあ魔法だのなんだのは演出だって理解しているが、そこで使われていた武術は本物だった! 本気で戦っていたことくらい、俺にも判るぜ!」
武術家の中の一人がそう言うと、周囲の人達もうんうんとうなずいた。
ふーむ、まあ、見る目があったら、あの戦いをただの演武とは思わない、か。
「いいでしょう、お相手します。が、この数はさすがに無理です。この中で、一番強い方と後日、手合わせします」
私がそう言うと、武術家達に緊張が走った。
誰が一番強いか。全員が全員、自分が一番とは思ってはいないだろうが……強い者と戦えるならそれでいいと考える者が、この場では大半だったようだ。なにせ、麻帆良で一番強いということになった私のところに、早朝から挑みに来るような人達だからね。
「怪我のないよう、安全に一番を決めてくださいね。では、私は用事がありますので、また後日」
私はそう言って、綾瀬さんとのどかさんの手を引いて女子寮の前を去った。
そして、エヴァンジェリン邸に向かう途中、列車に揺られる中で、のどかさんが言う。
「いいのかなー。あの人達、寮の前で戦う気が……」
確かに彼らならそのままあそこでやり合いそうだけど、何か問題があっただろうか。
「女子中学生の寮の前で、ほとんど男の集団が大騒ぎ。確かに問題がある気がするです」
綾瀬さんがそう言うと、私は確かにと思った。
「広域指導員がやってきそうですね。高畑先生あたりにまとめて制圧されるかもしれません」
私がそう言うと、さらに綾瀬さんが言う。
「それはそれで、武術家の彼らにとっては本望かもしれないです」
そんなオチが付いたところで、私達三人は顔を見合わせてクスクスと笑ったのだった。
◆116 エルジマルトの科学者
別荘にやってきた私達。さすがに麻帆良祭が終わった翌日に修行をしに来ている者はいなかったようだ。そんな別荘で、私達は腰をすえて綾瀬さんの改造について話した。
その話の中で綾瀬さんの意志が固いことを再確認し、私はスマホから科学者を呼び出す。
お馴染み、オラクル船団所属の『ルーサー』と、ついでに手伝ってくれると言ってくれたエルジマルトの『ファルザード』、そしてオラクル船団に所属した子猫達だ。
エルジマルトとは、『PSO2es』に登場する敵対勢力。『ダークファルス【残影】』に居住惑星を滅ぼされた過去を持つ、高度な科学文明だ。
惑星から逃げ出した人々を意識体としてデータ保存し、一部の幹部をダークファルスの眷属ダーカーから得られる因子を使った『ダークニクス』と呼ばれるアンドロイド化して、ダーカー因子を集めてなんとか生きながらえていた勢力である。ちなみに『PSO2』で登場する惑星リリーパでかつて文明を築いていたのは、このエルジマルトである。惑星リリーパは資源採掘惑星だったらしいので、彼らの本星ではないが。
最終的に、『ダークファルス【残影】』が主人公によって倒され、そこからエルジマルト人はオラクル船団との敵対を止め、七十四年かけて約六十四億人のデータ化された者達に生身の肉体を取り戻させるのだが……。
私のスマホから繋がる宇宙では、エルジマルトの人々は生身の身体を取り戻した状態で、かつて子猫達が『Kittens Game』でテラフォーミングした惑星Yarnに出現させられていたらしい。生活するための各種施設や野菜工場等を与えられた状態での配置だったらしく、女神様の粋な計らいを感じさせる一件だった。まあ、当のエルジマルト人達は、すごく困惑していたらしいが。
そんなエルジマルトのファルザードは、一流の科学者だ。どうやらオラクル船団との交流で、ルーサーと意気投合したらしく、今回も地球人類へのフォトン適性付与という案件に興味を持って参加してきたらしい。
ルーサーとファルザード。『PSO2』と『PSO2es』のストーリーを知っていると、ヤバい組み合わせにしか思えないのだが……一応、『ダークファルス【敗者】』の影響が抜けて綺麗になったルーサーと、ダーカー因子が抜けて綺麗になったファルザードなので、信じてみることにした。
ヤバい存在といえば、『PSO2es』のアークス自体がいろいろヤバい組織だからね。トップ層の活躍だけが見える『PSO2』本編と違って、『PSO2es』では末端部の後ろ暗いところが垣間見えるのである。
「綾瀬夕映さんの経歴は、確認させていただきました」
ファルザードが、目の前に空間投影画面を表示しながら言う。
「正直なところ、『いどのえにっき』ほどではないですが、『世界図絵』も、世間に知られてはならない道具だと言えるでしょう」
「……それは、なぜです?」
ファルザードの言い分に、綾瀬さんが問いかける。
「先日の現世での騒動で、魔法の道具を検索し、在庫のありかを探し当てたそうですね。他にも、相手が展開しようとしていた魔法の詳細を暴いたと」
「そうですが……あ、確かに危険です」
「ふむ、頭の巡りは悪くないようですね。そう、あなたの持つ道具は、他人が秘密にしている魔法の知識を丸裸にしてしまう可能性がある、危険な情報検索機器です」
そのファルザードの言葉を聞き、のどかさんが質問する。
「あのー、最新の情報は、あくまでまほネット経由で更新するみたいなんですけどー……公開情報のまほネット経由なのに、危険でしょうか?」
「ええ、ネットワークを検索すれば出てくる情報とは言っても、バラバラに散らばっている情報を的確に
「な、なるほどー」
すると、横で聞いていたルーサーが言った。
「宮崎のどか君も、似たような機能を持つ端末に興味はあるかい? 君の性質上、『世界図絵』より上の性能を約束できるよ」
「え、えーと……余計なことを知ってしまいそうなので要らないです」
人工アカシックレコードを編纂する道具は生まれなかったようだ。ちょっと残念。
そして、ファルザードがあらためて、綾瀬さんに言う。
「『世界図絵』を持つ以上、その身が危険に晒されることもあるでしょう。それはつまり、あなたの身内であるオーナーが事件に巻き込まれることでもある。ゆえに、我々は綾瀬夕映君のマナヒューマン化改造手術に協力します」
すると、綾瀬さんは、深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いするです」
こうして、フォトンを扱う資質を持つ三人目のアークスが、地球に誕生することになった。
◆117 出席番号4番綾瀬夕映
綾瀬さん……仲良くなって夕映さんと呼ぶようになった彼女は、現実時間での十三時間、別荘時間で三〇〇時間かけて、マナヒューマンへとその身を変えた。
「『フォイエ』! おお、あれほど苦労して覚えた灯火の魔法より強いのが、一発で出たです」
早速、夕映さんはクラスをテクニック使いであるフォースに変えて、別荘の海岸でテクニックの試し打ちをしていた。
『フォイエ』は、最も基本的な炎のテクニック。フォースならばみんな使えるが、夕映さんがこれまで練習してきた『
テクニックは、科学技術。フォトンを扱えるなら、誰が使っても一定以上の効果は保証されている。
だからこそ夕映さんは、『世界図絵』が原因で身に迫るかもしれない危機に、対応できるようになるのだ。
さて、一通りテクニックを撃って満足した夕映さんに、私とのどかさんは近づき、話しかける。
「テクニックはいかがですか?」
「控えめに言って最高です」
「そうですか。では、将来的にはテクニック系のクラス構成を?」
「それですが……のどかは、打撃、射撃、法撃の三種を扱うクラスを目指しているのですよね?」
夕映さんに問われ、のどかさんが嬉しそうに言う。
「そうだよー、ユエも、ファントムになるの?」
「いえ、それでは弱点を補えませんから……私も打撃、射撃、法撃を網羅しつつ、のどかと違う戦い方をできる、ヒーローを目指そうかと」
ヒーローを目指す。別に、エミヤマン・アーチャーみたいに正義の味方を目指そうっていうんじゃない。ヒーローという名前のクラスがあるのだ。
大剣、双機銃、導具の三種を扱う、対複数の殲滅力に優れたクラスだ。ちなみに導具というのは、カードのような物を飛ばして、そのカードからテクニックを撃つ特殊な武器のことだ。
「ヒーローかぁ。格好良いねー」
のどかさんがそう言うと、夕映さんは恥ずかしそうに返す。
「ちょっとストレートすぎるネーミングなので、名乗るのが恥ずかしいです。それよりも、のどかのファントムの方が、秘めた力とか持っていそうで格好良いです」
「えー、そうかなー」
格好良いと言われたのどかさんも、恥ずかしそうにする。
うん、ファントムって、中学三年生の思春期的にビビッとくる何かがあるよね。
私? 私は前世で『PSO2』をプレイしていたときは、エトワールというクラスを使っていたよ。現在の『PSO2』主人公のアンドーは、ラスターっていう超玄人向けのクラスになっているらしいけど。
「ともあれ、これからは私も、シミュレータールームでクラスの練習を重ねて、ヒーローを目指すです」
「一緒に頑張ろうね!」
夕映さんとのどかさんがキャッキャウフフと会話している横で、私はちょっと悩む。
『PSO2es』のログインボーナスとして溜まりに溜まっている『経験値獲得100000』というアイテム。これを使えば、彼女達は一足飛びで力を得ることができるのではないだろうか……。
いや、ダメだ。クラスレベルがアップして力が高まるだけで、おそらく戦うための技量は身につかないだろう。
綾瀬さんも一定年齢で老化が止まる処置を施したようだし、別荘で存分に己を鍛えてもらうことにしようか。
「よし、じゃあ次は、ソードを使うハンターというクラスを試してみるです」
「私が訓練の相手しようかー?」
「さすがにいきなり経験者の相手は無理ですよ。まずは、基礎トレーニングから始めるとするです」
「あ、それならシミュレータールームのメニューに、ハンターの基礎っていう項目があってー」
楽しそうに会話する夕映さんとのどかさんの会話を聞き、私は少々疎外感を覚える。
『PSO2』方式のクラスに就いている二人だが、私はスマホゲームである『PSO2es』方式の力しか引き出せない。
だから、彼女達が使う力と、私が使う力は厳密に言うと違うのだ。
私も『PSO2』方式のクラスに就いてしまえばいい、とはならない。素の私はマナヒューマンでもなんでもないので、彼女達と同じやり方ではクラスに付けないし、フォトンを扱えないのだ。
彼女達と同じ存在になるには、そして、『PSO2es』に存在しないクラスであるエトワールになるには、私も改造手術を受けなければならない。
改造、改造かぁ……。
うん。
「正直、ないですね」
改造手術を受けた二人には悪いけれど、ちょっと抵抗あるよね。
だから、その手札は、差し迫って必要になるときがくるまで伏せておくことにしようか。そんなときが来るかどうかは、分からないのだが。