紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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九校戦編
Episode 2-1


 季節は夏。公転の影響によって、最も太陽の光と熱を多く受ける季節。地球が温暖化していた時期と比較すれば冷夏と呼ぶべき気温なのだろうが、その温度に慣れてしまった人々にはやはり暑く感じてしまうもの。気怠さを覚えさせる暑さから逃れようと、ありとあらゆる建物に設置されているクーラーがいたるところで駆動していた。

 

 学び舎である学校など当然それに該当する。生徒たちが快適に勉学に励むことができるように適切な温度に設定された学内では、学校の目的通りの結果を生み出していた。だが、教師陣としては、それとは別の問題に頭を悩ませることになっていた。

 

 その種は定期試験。筆記と実技を伴う試験で好成績を収めた各学年上位二十名(理論、実技、総合の三種)は、学内ネットによって氏名が公表される。本来ならばそれだけのことなのだが、一年生において載っている名前やクラスに問題があった。

 

 総合成績における上位五名は以下のとおり。

 

 一位・司波深雪、A組。

 二位・裏葉秋水、A組。

 三位・光井ほのか、A組。

 四位・北山雫、A組。

 五位・十三束鋼、B組。

 

 全員が一科生であることは当たり前だが、問題なのは一位から四位までがA組で独占されていること。クラス分けは優秀な順にA組、B組、C組、D組と分けていくのではなく、総合的な成績が均等になるように分けられているのだが、今回では学校側の意図を図らずとも裏切る結果となってしまった。

 

 ただし、本当に問題なのは総合成績ではなく、理論における成績。

 

 一位・司波達也、E組。

 二位・司波深雪、A組。

 三位・吉田幹比古、E組。

 四位・光井ほのか、A組。

 五位・裏葉秋水、A組。

 

 このように、二科生であるはずのE組の生徒が二人も上位五人に名を連ねてしまったことだ。さらに言えば、二位から下はそこまで離れてはいないものの、一位が二位に対して平均点を十点以上も上回る結果となっており、それが教師陣を悩ませる一番の問題点となっていた。

 

 生徒たち、特に二科生を劣等生だと卑下する一科生も本来ならばこの結果に嫌悪感を示すのだろうが、幸いにも矛先は別の方向へと向いていた。

 

 それが八月から十日間かけて行われる、全国魔法科高校親善魔法競技大会(通称、九校戦)。例年静岡県にある富士演習場南東エリアで行われるこの大会は、毎年十万人も観客が足を運ぶほどであり、一種の名物となっている。

 

 競技種目は規定エリア内に射出されたクレーを魔法で破壊する「スピード・シューティング」。

 制限時間内にシューターから射出された低反発ボールを相手コートへ落とした個数を競う「クラウド・ボール」。全長三キロメートルの人工水路を周回する「バトル・ボード」。

 自陣営12本、相手陣営12本の氷柱を巡って魔法で競い合う「アイス・ピラーズ・ブレイク」。

 空中に投射されたホログラムを魔法で飛び上がってスティックで打ち、制限時間内に打ったホログラムの数を競う「ミラージ・バット」。

 そして唯一の三対三の団体戦である「モノリス・コード」の六種類であり、ミラージ・バットは女子、モノリス・コードは男子のみとなっている。

 

 競技人数は本戦、新人戦それぞれ男女十名ずつの計四十名。作戦スタッフ四名。技術スタッフ八名。新人戦は一年生からのみ選手が選ばれるために、一年生にも活躍するチャンスは存在する。この選手に選ばれるためにも、今問題事を起こすわけにはいかないというのが、大半の一科生の共通認識だった。

 

 とはいえ、新人戦に選ばれるメンバーはある程度決まっているようなものであり、大抵は総合成績や実技成績の上位陣から選ばれる。総合、実技ともに二位である秋水が選ばれるのは自明の理とも言えた。

 

 そんな秋水は、第四演習場で汗を流していた。

 

 

 竹刀と警棒がぶつかり合う。一点で重なり合った際に生じた音は、とてもそれらが奏でた音とは思えないほどだ。

 

(警棒を振るう瞬間で魔法を発動しているのか。……なるほど、これならばサイオンの消費を最小限に抑えることができるわけか)

 

 現在秋水は、入学式当初にエリカと口約束した手合わせを行っていた。定期試験も終わった今、勉強のストレスを発散させるためにもタイミングとしては良いものだった。

 

 正直なところ、秋水はエリカの実力を見誤っていた。千葉家の出であるとは言え、二科生であることに変わりはない以上、魔法の発動速度などは一科生の比ではないはずだと考えていたのだが、使い方などは一科生に全く引けを取らない。それどころか、部分的に見れば超えてさえいる節がある。彼女も達也同様に、他の二科生とは違う例外のようだ。

 

 エリカが使っている警棒は伸縮警棒と呼ばれる武装一体型のCADであり、刻印術式で硬化魔法を発動することで、中身が空洞のために脆くなっている強度をカバーすることができる。剣術を習っているエリカならば、繰り出す一撃は鉄の棒程度ならば容易に切り裂けるほど強力。秋水が持つ竹刀――片手で扱えるように短いもの――が試斬(しざん)によって切断される畳表のようにならないのは、秋水も硬化魔法で竹刀の強度を上げているため。土遁の性質変化をもっているためか、硬化魔法は得意な部類に入っていた。

 

 押しきれないと判断したのか、膠着状態にある鍔迫り合いはエリカが後退することで解除された。自己加速術式による移動は残像を残すほどの速さであり、不意を突かれれば一瞬で勝負は終わってしまうだろう。

 

 十分な距離まで下がると、真正面からの攻撃は諦めたのか、直進した後にフェイントをかけるために左右に移動しながらの接近を試みる。常人が追っていけば、その機動幅によって処理速度が追いつかなくなり、許容容量を超えてしまう。その後に待っているのは、身体の硬直と焦り。

 

 しかしながら、秋水の眼は通常とは異なる。身体の動きこそは停滞しているが、エリカの素早い動きに合わせて同様に左右に動いており、単なる硬直ではないことを示していた。

 

 秋水はCADを操作した後に腰を落とし、竹刀を腰に差すように構える。鍔と中結(なかゆい)の間を左手で掴む。その構えは、鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加える抜刀術そのものだった。

 

 居合は昔から論争が繰り広げられている。ある論では近間の飛び道具のように恐ろしいと高い評価を得ているものもあり、全く使えないという真逆の低評価を下す論もあるが、いずれも同じ見解なのは、剣術と居合は全くの別物であるということ。千葉家の道場においても、居合は扱っていない。故にそれは、秋水が独学で身につけた技だと言える。

 

 ひと呼吸をし終える前に、静から動へと移る。

 

 瞬きさえもが勝敗を左右するような時間。しかし、流れる時間は同じであっても、体感する時間は人によって異なる。秋水やエリカにとってこのわずかな時間での戦闘は、別段珍しいことでは無い。二人の眼にはごく普通の、決して対処出来ないことは無い動きとして映っていた。

 

 先に攻撃を仕掛けたのはエリカの方だった。居合は鞘からいつ抜くのかがわからない上に、それが達人級ともなればそれこそ神速の抜刀を繰り出す。秋水のレベルがどの程度かは分からないが、分からないからこそ、竹刀を抜く動作をしてから迎撃しようと試みるのでは悪手になると判断していた。

 

 エリカが振るった警棒は、秋水の右脇腹を狙っている。左側に竹刀を差していることから、隙間が出来ている部分だ。

 

 秋水はエリカが動き出してから竹刀を抜く。第三者からは二人は同時に動いたように見えただろう。

 

 二つの軌道は、全く別々の予測線を作り出している。剣先が弧を描くようなエリカの警棒に対し、秋水が持つ竹刀は柄頭が真っ直ぐエリカに向かっている。

 

 鈍い音が鼓膜を激しく揺さぶる。

 

 互いの得物の動きが動画の停止ボタンを押したかのように止まった。

 

 エリカの顔に驚きと悔しさが入り混じった色が浮かぶ。魔法式の展開中に警棒の根元に柄頭が当てられたことで、魔法と攻撃速度が殺され、衝撃によって右腕が一時的に麻痺状態になっている。

 

 対して秋水は、次の攻撃へと移っていた。柄から離した右手が硬直状態にあるエリカの警棒に触れて腕ごと位置を下げ、抜き取る。左手が未だ落下することなく空中に浮いていた竹刀の柄を新たに掴み、頭めがけて振るう。

 

 右腕は動かなくとも、他の四肢は動く。思考も鈍ってはいない。エリカは膝を曲げて後方へと飛び退き、頭を後ろへと傾げることで秋水の攻撃を回避しようと試みる。一体型のCADを取り上げられた以上、今エリカには魔法を発動させる媒体が存在しない。時間をかければ可能には可能だが、そんな悠長な時間を得られるほどの余裕など、当然無い。竹刀が前髪へと掠り、短い、明るい栗色の髪が数本散った。

 

 後方へと仰け反りざま蹴りでも見舞おうとしたが、それよりも距離を取ることを優先した。痺れていない左手で地面に手をつき、距離をとる。再び地に足を付け、崩れかけた身体をなんとか直す。回避したものの転倒して尻餅をつくようなことは、魔法ではなく純粋な身体能力の恩恵で無かった。

 

「俺の勝ちですね」

 

 エリカの目が秋水を補足しようとした時と背後から声が掛かるのは、ほとんど同じタイミングだった。

 

 秋水が持つ竹刀の先革が、エリカの頚椎に向けられている。

 

 最後は現代魔法による高速移動ではなく、古式魔法による高速移動。やはり、使い慣れた魔法の方が身体に馴染んで勝手が良い。勝負を決めに掛かる際にほぼ無意識下で使用したのが瞬身の術だった。

 

「……そうね」

 

 両手を軽く上げ、降参の意を示す。

 

 右腕の痺れはだいぶ収まっていたが、完治ではない。均等に挙げたつもりでも、右腕は左腕よりも挙がっていなかった

 

 今のように背後を取ったなどして相手が勝ちを確信した瞬間ならば、立場を逆転させることは可能。けれどこれは決闘でも何でもなく、ただの簡単な手合わせ。それに逆転させるためには、得物の存在が必要不可欠。負けを自ら認めるのは少々癪ではあるが、剣技も魔法も行使出来ない今の状態では、素直に負けを認めるしか無かった。

 

「勝者、裏葉秋水」

 

 模擬戦の終了と勝者を告げる宣言が短く言い放たれる。

 

 いくら生徒会役員とは言え、模擬戦には審判が必要。その役を任されたのは、風紀委員である達也だった。

 

 観客も少しばかりいる。彼らは二科生と一科生がともにいるという奇妙な光景を作っており、人数は半々程度。レオ、美月、深雪、ほのか、雫、いつも達也と過ごしているメンバーだ。

 

 エリカが振り返ると、秋水が警棒の柄をこちらに向けて差し出していた。拭った可能性も多いにあるが、額や頬を始めとして、脂汗はほとんどかいてはいないように見える。特に興奮や緊張をする訳でもなく、通常時とそう変わらなかったのだろう。それを見て、仮に警棒を持っていても、形勢逆転は難しかったかもしれないと思ってしまう。

 

 思考を表情に出さないようにしながら素直に差し出された自分の得物を受け取り、伸びきっていた警棒を縮ませる。短くなったそれは、携帯が非常に楽になっていた。

 

「あーあ、結構いけると思ったんだけどな」

 

 口から出た言葉は、紛れもない本心だった。

 

 半年程度で辞めた人間と、それ以上に続けている人間。才能の差はあっても、それを埋めるだけの力量は持ち合わせていると自負していただけに、意気阻喪は免れなかった。

 

「俺が勝てたのは写輪眼()のおかげですよ。使ってなければあの時点で負けていました」

 

 写輪眼で魔法の発動を読み取っていなければ、ぶつかりあった際に竹刀を真っ二つにされていたことだろう。

 

「それに、あの魔法の使い方は参考になりました」

 

 兜割りの要領。この方法を使えば、不意を突くことも容易であり、浪費を最小限に抑えることが出来る。有限である以上、パフォーマンスを維持しつつ節約できることならばそれに越したことはない。

 

 そう考えたからこそ、最後に秋水はその方法を模倣した。警棒に触れる瞬間に柄に硬化魔法をかけることで、エリカは金属バットでコンクリートを思い切り叩いた時以上の衝撃を受けていた。効果は、覿面と言える。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、その参考になった方法をあっさり真似された身としては複雑な気分なんだけど」

 

 苦労して得た技術を一目見て盗まれる。甘い蜜だけを吸われる感覚は、はっきり言って穏やかではないだろう。エリカの言葉にはそれを裏付けるように刺が感じられたが、本意に偽意の下駄が履かされていた。

 

 秋水はそれがわかっていたが、()()()としてどう答えれば最善なのかを導き出せ無かった。何を言っても、悪い方向へと行くイメージが離れなかったからだ。

 

 その反応を見て、エリカは小さく息を吐いた。

 

「冗談よ。敗者の戯言だと思って聞き流していいから」

 

 勝てば官軍、負ければ賊軍。故事ことわざだが、つまるところ何をしても勝てば正義ということ。現代のように直接武力が物を言う時代では無くなったとしても、それは変わらない。特に、ここのような魔法科高校ではそれが顕著になっている。技術が進化し様々な魔法が世に出ていく中で、その関係においては先祖返りをしていた。

 

「そうします」

 

 苦笑しながら、エリカの言葉を鵜呑みするかのような態度を取る。

 

「それよりもさ、普通女の子の顔狙う? 当たらなかったから良いものの、当たってたらどうしてくれんのよ。秋水くんが思っている以上に、女の子にとっては大事なんだからね」

 

 こちらは先ほどとは異なり、あまり本意が感じられなかった。

 

 深雪とは異なるが、エリカも誰が見ても陽性の美少女だと言うほどの容姿をしている。そのため男子生徒からの人気は高く、一科生の中にも密かに好意を抱いている生徒は少なからず存在している。そんな彼女の顔に傷でもつければ、秋水は完全な悪者と化してしまう。もっとも、容姿に関わらず女性の顔に傷をつけるということは、男児たるものとして言語道断――秋水自身の考えではなく、姉からの教え――である。

 

「わかってはいるつもりですが、手を抜くのは失礼だと思ったので。それに、千葉さんなら避けられると思っていました」

 

 秋水自身の考えは、戦場に出れば女子供であろうとも関係ない。だからこそ、容赦なく顔面めがけて竹刀を振り抜いたのだが、言っていることも嘘では無かった。

 

 手を抜かないということは、持てる力の全てを出し切ることは違う。指定された範囲内で本気を出すことだ。模擬戦では致死性の攻撃は勿論、他にもいくつもの制限がかけられている。その中で出す実力とエリカの実力の差を考えることに加え、先読みが出来る眼を持っていれば、そう判断することは難しいことでは無かった。

 

「……まあいいわ。髪の件も、ケーキでチャラにしてあげる」

 

 CADを取り上げておいて、どの口が言うか。そう言いたい気持ちはあったが、おそらくは全て見えていたのだろう、とエリカは自分自身を納得させた。それもこれも、そのように調整されるほど実力に差が生じてしまっていることが原因。ただそれは剣の技では無く、もっと別の、根本的な何かのようにも感じたが、それを確かめる術は無い。正確には、出来ない、だろうか。何の根拠も無い単なる直感だが、聞いてはいけないような気がしてならなかった。

 

 心中と反して、エリカの口から出たのは全く別の言葉だった。

 

 それはそれ、これはこれだ。

 

「わかりました」

 

 顔同様に、髪もまた女性にとっては大事な物には違いない。先ほどのやり取りで切れてしまったためか、よく見ると不自然な部分が存在することが分かる。男の目で見てもわかるのだから、より敏感な女性ならば直ぐに気がつくだろう。エリカの性格上無いだろうが、後から何か言われても面倒であるために、提案してきた条件を飲むことが今後の(うれ)いを断つ手段として最も手っ取り早いと判断した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「すまないな。エリカだけでなく、俺たちの分まで」

 

 模擬戦からしばらくして、演習場にいたメンバーは学外にあるカフェに足を運んでいた。八人ともなればそれなりの大所帯であり、窓際の四人席を二つ繋げることで即席の八人席を作っている。

 

 席順は、窓際の席には右側から深雪、達也、ほのか、雫の順で座っており、それぞれの正面は、秋水、レオ、エリカ、美月が座っている。ほのかと深雪が達也の隣を陣取っている以外、特に席順に意味は無い。

 

 学内にあるそれと違い、小洒落たカフェともなれば、コーヒー一杯でも中々の値段になる。ケーキなどのサイドメニューを含めて八人分ともなれば、高校生としてはそれなりの出費になるはずだった。

 

「いえ、この方が後腐れありませんから。ですから皆さんも、気にせず好きな物を頼んで下さい」

 

 あくまでそれは、普通の高校生での話。依頼の額は受ける内容によって変動するが、低くてもそれなりの額であり、普段使わないために貯蓄はある。事のつまり、金銭面でも問題は全く無い。カフェで奢った程度で揺らぐほど、甘い稼ぎはしていなかった。

 

「じゃあ、あたしはコレにしよっかなー」

 

 エリカの視線の先には、メニューの中で最も高価な品があった。それを横から見たレオは咄嗟に毒を放っていた。

 

「少し遠慮ってものをしろよ」

 

「遠慮するなって言ってるんだから、するほうが失礼でしょ。だいたい、元からあたしが奢ってもらう予定だったんだから、遠慮するならあんたがしないさいよ」

 

「それも元を辿れば、お前が弱かったからだろうが」

 

「なんですって?」

 

「なんだよ」

 

 徐々に話題が逸れていくエリカとレオの会話を傍で聞きながら、秋水は選択を誤ったのではないかと考えてしまう。

 

 普段彼らと行動しない秋水には新鮮な光景だが、他のメンバーは既に慣れた様子で、特に気にする様子は無い。それどころか、暖かく見守っている節さえあった。本来ならば他の客の迷惑になるのだろうが、幸か不幸か、客は他にいなかった。

 

 二人がほどなくして落ち着きを取り戻すと、各々が注文をしていく。人数分を考えれば、しばらく時間がかかることはわかりきっていること。その間無言で過ごすはずも無く、話題は九校戦へとなっていった。深雪、秋水、ほのか、雫。成績の上位ランカーがいれば、その流れは自然なのかもしれない。

 

「裏葉さんはどの競技に出るつもりなんですか?」

 

 質問してきたのはほのか。この場にいる一科生の女子生徒三人は秋水と同じクラスであり、入学してから三ヶ月もあればごく普通に会話をする程度の仲にはなっていた。

 

「アイス・ピラーズ・ブレイクとクラウド・ボールに希望を出すつもりです」

 

 秋水の中では、特にアイス・ピラーズ・ブレイクは譲れなかった。

 

「モノリス・コードには出ないのか?」

 

 レオの言葉は周囲の疑問を代表してのものだった。

 

「団体戦より、個人戦の方が性にあっているんです」

 

「そうなのか? 仮の話だけどよ、俺だったら間違いなくモノリスに希望出すぜ。達也はどう思うよ」

 

 あまり納得できない様子のレオは、もう一人の男子生徒へと同意を求める。

 

 モノリス・コードは九校戦以外では全日本選手権と魔法科大学の国際親善試合でしかやっておらず、花形とも呼べる種目になっている。出場する以上は、それに出てみたいと思う男子生徒は多いだろう。

 

「すまない。モノリス・コードは確かに魅力的に思えるが、他の競技種目のことをあまり知らなくてな。今の段階では答えは出せないんだ」

 

「マジかよ」

 

「深雪は毎年見に行っているって言っていたのに」

 

「いや、別に俺と深雪は常に一緒という訳では無いからな」

 

 雫の言葉に、達也は半ば呆れながらも返事をする。一体、どこの世界に三百六十五日ともに過ごす兄妹がいるというのだろうか。達也の脳裏にはそんな疑問が答えを得ることなく漂っていた。

 

「意外」

 

「意外も何も、学校ではほとんど別行動なんだけどな」

 

 そういえば、といった周囲の反応に、達也は一人一人どのように思っていたのかを問い質したくなってしまった。

 

 意外と言えば、些細な意外もこの後に起こった。

 

 極度のブラコンである深雪が達也に九校戦の競技について説明すると思いきや、その役を買って出たのはほのか。端末に情報を表示し、それを達也に見せながら簡単な説明を行う。短くも的確な説明に、達也も納得したようだった。

 

 達也が礼を述べ、再び話が秋水の希望種目に戻る。

 

「団体戦は苦手なんですか?」

 

「苦手ではありませんよ。ただ、新人戦のモノリス・コードのメンバーが……少し」

 

「メンバー?」

 

 歯切れの悪い答えに、美月が続けて疑問符を浮かべた。

 

「団体戦では個々の力よりも、集団としていかに力が発揮できるかが要になります。そのためにも、ある程度実力が近い者同士などが望ましいんです」

 

 他には、力の差があっても補助し合うことで足し算ではなく掛け算にできるような組み合わせも望ましい。そうは言っても、やはり一番は皆実力が高く、連携がしっかりと取れることに限る。

 

 別に一人が特出している一騎当千というのも悪くはない。見ていてある種の爽快感を得られるだろうが、それは観客に限る。チームを組んだ他二人は、表面では喜んでいても内面ではあまり嬉しくはないだろう。

 

「それって、他の男子が足手纏いってこと?」

 

 オブラートに包んでいながらも初めから剥がれかけていた秋水の言葉を、雫があっさりと中身を晒してしまう。

 

「正直に言ってしまえばそうなります。司波さんや光井さん、北山さんなら文句の言いようも無いんですけどね」

 

「あっさり認めやがった」

 

「しかもすごい上から目線」

 

 隣からレオとエリカの驚きながらも呆れたような声が漏れる。

 

 総合成績を見ると、男子生徒の名前は上位十名には三人しかおらず、大半を女子が締めている。総合成績がそのまま戦闘に繋がるかと言えば、その限りでは無いが、ある程度の指標になる。同じ一桁でも、上と下でかなりの差が確かに存在していた。

 

「確か五位には、B組の十三束という生徒がいなかったか?」

 

 達也は記憶を探りながら、その生徒の名前を出す。

 

「以前彼と話しましたが、彼の魔法はモノリスに向いていないそうです」

 

 B組とは実技演習を共にすることもあり、何度か会話をしたことがある。その際に十三束とも九校戦の話題になり、自らの口からそのような旨を伝えられていた。

 

 真実を暴露したような秋水の言葉に、周囲はどこか納得し始めている。

 

 団体戦を避ける理由としては対人戦の観点から使用魔法に制限がかけられていることもある。秋水が会得している魔法の大半はその制限に引っかかってしまい、実力の半分さえも出すことは敵わない上に、二人分のお守りをするなど真っ平御免だった。それならば制限のない個人戦の方がストレスを抱え込まずに済むというものだ。

 

 ひと段落ついたところで、注文した品々が運ばれてくる。各々に飲み物が行き渡り、数人が早速口をつけた。

 

 その中の一人であるエリカが、喉を潤したことで何かを思い出したのか、カップをソーサーに静かに置いて口を開いた。

 

「そういえばさ、九校戦って古式魔法は使えるの?」

 

「ルール上は問題ないはずよ。ただ、どの競技も如何に早く魔法を発動できるかが鍵になっているから、あまり使われているところを見たことが無いわ」

 

 深雪はこれまで見てきた試合を振り返りつつ、ルールとの照らし合わせを行った。

 

 発動速度という点からみれば、一秒未満で発動できる現代魔法に分が上がる。時間をかけて強力な魔法を発動しても、勝てなければ意味がない。何より、現代魔法に必要不可欠であるCADを如何に高性能に仕上げるということも、九校戦の隠れた見所の一つである。

 

 使用するCADには一様に制限がかけられており、技術スタッフには規定範囲内で高いパフォーマンスが可能なように調整しなければならない。そのため、競技者の実力が拮抗していた場合は勝敗を分けるのはスタッフの腕次第といっても過言では無い。選手と異なり裏方作業ではあるが、非常に重要な要素であると同時に学校へと貢献度も高い。

 

「秋水くんも使わない感じ?」

 

「使える場面があれば使いますが、基本的には現代魔法を使うと思います」

 

 どれだけ印を早く結べても、結果は変わらない。強力な物になればなるほど、それは顕著になっていく。そのため言葉通り、出場するならば現代魔法がメインとなるだろうと、秋水は考えてた。

 

「じゃあ、使えるようならド派手なのお願いね」

 

 属性がはっきりしている分、秋水が扱う魔法は見栄えが良い。見る分には、こちらの方が断然面白いのだ。

 

「善処します」

 

 その後も九校戦の話題は続くも、技術スタッフのことが話題に触れることはなかった。

 

 話が終わる頃にはすっかり日が落ち始めており、薄暗い空の下で街灯が周囲を照らしている。秋水は本来ならばもっと早くに帰るつもりだったが、思いの他時間を取られてしまった。体感時間よりも、実際の時間は長く経過していた。

 


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