紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-2

 数日後、九校戦の出場選手は未だ決まっておらず、校内の雰囲気がどこか浮き足立っている。それは九校戦が近いだけでなく、夏休みも間近だということもあるのだろう。なんと言っても、彼らはまだ高校生。遊び盛りの年頃に加え、これまで拘束されていた勉学から一時的に解放される感覚は、縛られることのない自由を手にしたような気分になるものだ。

 

 だが、全体がそうであっても、全員がそうとは限らない。部活連の本部では、数人の生徒が九校戦に出場する選手の選出に頭を悩ませていた。

 

 それもこれも、過去に開かれた大会の過半数において第一高校が優勝している過去の栄光が関係している。十文字、七草、渡辺。俗に三巨頭と呼ばれる彼らがいる今の世代は歴代最高とまで言われており、課せられたのは今年も優勝という脅迫にも似た期待だった。

 

 過度の期待は逆に足枷となり、思考の時間を増やしては練習の時間を削るという悪い結果を生んでいる。それによって生じるストレスもまた言わずもがな。

 

 本戦の方の選手はほぼ確定で、今のところ問題は無い。男子は克人が、女子は真由美と摩利を中心に、二、三年生で構成されている。問題は新人戦の、特に男子の方だった。同学年の女子と比較すると力負けしてしまう男子で、誰をどの競技に出させれば優勝が狙えるかが悩みどころ。順位によって得られるポイントは本戦の半分とはいえ、疎かにするには大きすぎる点数だ。その上、おそらくは実質優勝を争う事になる第三高校の一年生には決して無視できない生徒が二人いる。

 

 一人は、吉祥寺真紅郎。弱冠十三歳にして、仮説上の存在にすぎなかった基本(カーディナル)コードの一つ、加重系統プラスコードを発見した天才であり、その事から「カーディナル・ジョージ」という異名を持っている。

 

 もう一人は、一条将輝。苗字に「一」を持っていることからも分かる通り、克人や真由美と同じく十師族の一員であり、一条家の次期当主にあたる。その腕は決して名前負けすることは無く、新ソ連の佐渡侵攻の際には十三歳ながらにして彼の父親とともに義勇兵として参戦し、敵と味方の血に塗れて戦い抜いたことから「クリムゾン・プリンス」の名で知られている。

 

 そんな彼らが揃って九校戦に参加する以上、ほとんど一年生は相手にならないだろう。もしかすれば、上級生であっても敵わないかもしれない。

 

 そんな彼らが出場するのは、将輝に対して言えば、一条家の秘術と一人二種目まで参加できることを考えれば「モノリス・コード」と「アイス・ピラーズ・ブレイク」と予想できる。同様に考えていけば、真紅郎の出場種目は「モノリス・コード」は確定として「スピード・シューティング」か「クラウド・ボール」だろう。彼らに対してなんの対策も練らなければ、合計百点を見す見す第三高校へと与えてしまう事になることは疑いようがない。第一高校が第三高校に次いで二位になったとしても、合計で四十点の差が生じてしまう。

 

 それを回避するための一つの案としては、他の種目の二倍の点数が得られるモノリス・コードで優勝をすること。対人において使用する魔法の殺傷性ランクがC以下に限られるために、使い方次第では実力が下でも勝つことが出来る可能性がある。

 

 二つ目の案としては、他の種目で一位を取ることで差分を埋めること。新人戦をイーブンにし、点数の高い本戦で第三高校に差を付ける。

 

 どちらの案をとれば確実、などという事はない。あくまで予測の域を出ることはなく、選ぶにしても利点も欠点もある。何より、仮に絶対に勝てる案があったとしてもそれを達成できる生徒がいなければ意味のない話だ。現状、第三高校の二人に、特に将輝に遅れを取らずに二つの案のうちどちらかを実現することが出来ると思える人間は非常に限られていた。

 

 画面上には一年生の男子生徒の写真と名前が複数写っており、ある一人の画像に軽く指で触れると、その生徒の詳細なデータが表示された。

 

 身長、体重に始まる身体的なデータ。前期履修科目における評価点。入学試験、学期末試験の成績。

 

 惜しくも一学期末の試験では入学試験同様に二位となっているものの、一位との点差自体は縮まっている。成績自体も、一位をとっていてもおかしくはない点数だ。更には、実技の評価項目の一つである規模に関しては当初から抜きん出ていたが、今では更に成長をしていた。彼ならば可能かも知れないという思いを抱くのには十分すぎる。何よりも、ぶつけてみたいと思ってしまう。現代の頂に君臨する家の次期当主に対して、古式の頂に君臨する家の次期当主がどのような戦いを見せるのか。今後魔法社会を担っていく二人の戦いは魔法を扱うものとしては是非見てみたいものだ。

 

 ならば、彼の出場種目は自ずと限られてくる。幸いにもアイス・ピラーズ・ブレイクは元から希望が出ていた。あとはモノリス・コードに出すかどうか。静かに目を閉じて考え、数分の沈黙の後に、彼の出場種目は決められた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 九校戦の本戦、新人戦ともに出場選手が決定したが、この問題が解決したことで、次なる問題が表面へと浮上してきた。出場選手のCADを調整するエンジニアが不足しているのだ。自分で自分のCADを調節出来る選手ならば問題ないが、摩利のように不得意な選手もいる。そういった選手のためにもエンジニアは必要不可欠な存在と言える。

 

 この問題は、司波達也がエンジニアとして参加することで解決することとなった。やはり二科生ということもあって当初は反対意見も多かったようだが、実演を行い、実力の高さを証明したことで参加を認められたようだった。

 

 九校戦のユニフォームの初お披露目ともなる発足式も終われば、本格的に準備に取り掛かる。出場選手は完全下校時刻になるまで練習をしており、少しでも好成績を残すために研鑽を積んでいる。この時ばかりは通常の部活動よりも優先されるために、九校戦出場選手が場所を使用することになっている。

 

 その例に漏れず、ある施設では出場選手たちが己の力を磨いていた。

 

 周囲には生い茂る木々があり、視界を極端に狭めている。ホログラムを用いた森林を想定した仮想空間ではなく、現実に生えている木々である。足場は先日降った雨の影響によってか少しばかりぬかるんでいたが、そこまで気になるものでもなかった。

 

「殺傷ランクC以下の魔法では、十文字会頭のファランクスの突破はまず無理だと言っていい。だから十文字先輩は無視して、辰巳先輩と服部先輩を狙うようにする」

 

 (かが)みながら、秋水は他の二人に簡単な作戦を伝えている。取ってつけたような敬語は取れており、多少なりとも親睦が深まっていることが伺えた。

 

 現在は本戦メンバーと新人戦メンバーによるモノリス・コードの模擬戦を行っており、開始の合図を待っている状態である。希望通りにアイス・ピラーズ・ブレイクには参加できたが、クラウド・ボールに参加できなかった秋水は、代わりにモノリス・コードへの参加が決まっていた。

 

 希望通りにならなかったからと駄々を捏ねるほど子供ではなく、出るからには最善を尽くすつもりだった。

 

「わかった。なら誰から狙う?」

 

「辰巳先輩じゃないかな。二人とも実力者だけど、どちらかといえば服部先輩の方が上の気がする」

 

 本戦メンバーは十文字克人、服部刑部少丞範蔵、辰巳鋼太郎の三人。

 

 新人戦の参加者は秋水と同じAクラスである森崎と、Dクラスである四十万谷(しじまや)。総合成績をみれば森崎が九位、四十万谷が十二位となっている。

 

 森崎が早打ちを得意とすることに対して、四十万谷は持ち前の事象干渉能力を生かした力技の魔法が得意である。これは例に漏れず、百家支流の森崎家と百家本流の四十万谷家の特徴でもあった。

 

 そんな二人の顔は、どこか緊張しているようでもあった。

 

「四十万谷の言うとおり、まずは辰巳先輩で行く。だが、それは向こうもわかっているだろう。そう簡単には一人にならないはずだ」

 

「ならどうするのさ」

 

 魔法力で言えば、やはり一日(いちじつ)(ちょう)がある本戦メンバーの方が高い。戦闘における判断力などといった他の要素も、言わずもがな。真正面から挑んでいけば返り討ちにされてしまうことは目に見えていた。

 

「俺が囮になって引き付け、少しの間分断する。森崎はその隙をついて攻撃を、四十万谷は森崎のサポートに回って欲しい」

 

 二人共静かに頷いた。

 

 筆記試験の成績からか、従来の気質からか、作戦を練るのは主に秋水の役割だった。二人もそれには反対せず、素直に従っている。

 

「だけど、あの三人相手に一人でどうするつもりだ?」

 

 森崎は可能な限り考えてみたが、三人を分断しようと囮になる以上、必ず克人が立ちふさがるはずだと考えていた。秋水と同じように、威力の低い魔法ではファランクスはおろか、対物障壁さえも突破は到底無理だとも思っている。それに他の二人も、黙って見ていることはまずないだろう。そうなれば一対三となってかなり不利な状況になってしまう。その状況を自分ならばどうするかと思案するも、妙案が浮かぶことは無かった。

 

「簡単なことだ。俺が複数になればいい」

 

 その時、ちょうど開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

 秋水は早速写輪眼を用いて、克人をはじめとした三人の居場所を探る。例え木々によって遮られていても、流れを見る眼はある程度の居場所を捕らえることができる。

 

「距離は……ここから北東に向かって直線距離で一五○メートル程度と言ったところか。少しずつ近づいてきているが、まだこちらには気づいた様子は無い。それに、やはり固まっているな」

 

 それを確認すると、先手必勝だと言わんばかりに素早く印を結ぶ。

 

 結び終えると地面から土が盛り上がり、秋水と同一の形を成していく。寸分たがわぬ見た目のそれは土で作られた分身であり、水分身よりは本体に近い性能を持っている。分身の数は三体。

 

「一人が三人を分断させ、その後に俺が一斉に攻撃を仕掛ける。二人はその際に生じた隙を狙ってくれ。服部先輩と辰巳先輩の二人共狙えた場合は狙ってくれて構わない。判断は任せる」

 

 手堅く行くならば確実に一人を狙っていくべきではあるが、これは練習であり、そういった必要性は無い。むしろ色々な事に挑戦をさせ、実戦形式のモノリス・コードに慣れさせる必要がある。

 

 作戦の方も、綿密という言葉から程遠い代物。けれどいくら細かく練ったところで想定外の事は容易に起こり得る以上は、この程度の簡単な計画で問題なかった。大切なのは迅速かつ適切な判断力。何度も実戦に近い模擬戦を経て、それらが得られるならばそれ以上の収穫は無いだろう。

 

「よし、行くぞ」

 

 

 本戦組は直ぐに見つかった。生い茂る緑の中でも、比較的視野を確保できる場所で足を止めている。そこからは自陣のモノリスのコード入力用のキーボードも目視が可能であり、長いコードを打っている間に迎撃することができる距離でもある。三人はそれぞれを背中合わせにしながら、擬似的に三百六十度を見渡していた。その態度からは、いつでも来いと言わんばかりであり、自分たちの力に自信を持っていると同時に、相手に負けるはずはないという気概も感じられた。

 

 その中でもやはり圧倒的なのは、現十師族である十文字克人。屈強な肉体以上に、彼を纏う空気は歴戦の猛者を想像させる。彼を倒さずして勝つことは無理だろうと秋水は直感した。

 

 秋水は眼で周囲を改めて探り、各々が配置に着いたことを確認する。新たに印を組み、最後の巳の印を結むことで土遁の術を発動させる。

 

 直後、克人達の足場から突如として複数の岩の柱が出現した。それらは三人を遮るようにして垂直に突き出され、遥か高くまでそびえ立つ。横にも縦にも距離を取った石柱は、迂回するか真正面から破壊するぐらいしか合流する手立ては無さそうだ。本来の用途としては行く手を阻む際によく使用されるが、秋水が使ったように分断させる際にも利用される。現代魔法ではなく古式魔法での襲撃に、三者とも反応が遅れ見事に分断されてしまう。魔法式が展開されてしまう現代魔法にはない隠密性を古式魔法は備えており、それは明らかに現代魔法よりも優っている点でもある。今回はその利点が大きく生かされる形となった。

 

 茂みから三つの影が飛び出し、十文字、服部、辰巳の三人を狙う。相手の視界に入ってしまえば、速度で勝る現代魔法の方が有利。魔法を発動させるためのサイオンが輝きを放ち始めた。

 

 一番対応が早かったのは勿論克人だった。石柱が三人を分けた際には既に焦ることなく自身のCADを操作しており、秋水が放った圧縮空気の弾丸と自らの間に透明な壁を作り出す。それに当たった弾丸は、盾を突き破ることはできず、弾かれ、巻き戻されるように全く同じ軌道を通って秋水へと戻っていく。

 

 反射障壁。固体、液体、気体を問わずに運動ベクトルを反転させる領域魔法であり、難度は非常に高い。そして反射領域が展開されたのは、何も克人だけではない。辰巳と服部の前にも同様の魔法が展開され、それぞれが絶対防御となって彼らを守っている。見えない以上は座標を設定することは難しいにも関わらず、寸分たがわぬ位置とタイミングで発動させる手腕と魔法自体の練度は、流石と言わずになんと言うのだろうか。

 

(鉄壁の名は伊達ではないな。ならば――)

 

 本体である秋水は、一連の流れをしっかりと観察していた。三体の分身体がそれぞれ自身の魔法によってダメージを追っているものの、まだ術自体が解除されたわけでは無い。だが、ダメージを負ったことで生まれた隙を他の二人が見逃すはずも無く、服部も辰巳もそれぞれの魔法を発動させ、秋水の身体に躊躇いなく当てる。

 

 限界を超えた分身体は土へと戻り、地面へと落下していった。

 

 自分が消えていくのはあまり見ていいものではないが、それによって手を止めることなく秋水は術を発動する。 

 

――土遁・地動核

 

 辰巳の足元だけが突如として隆起し、それまで守っていた壁から飛び出す形となる。

 

 反射障壁を前にしては隙を作ることは叶わない。隙を作り出すと言う課題を達成するには座標を移動させる必要があったために、この術を選択、使用した。

 

 好機と思い、それまで身を潜めていた森崎と四十万谷が明確に見ることのできる場所に移動して魔法を発動させる。不幸だったのは、地面が隆起したことで草木が邪魔して目視できなかったことだろう。

 

 わずかな時間を相手に与えてしまう。

 

 その時間で、辰巳も魔法を発動させていた。

 

 辰巳の強みは、四十万谷と同様の強力な干渉力。二人の魔法がぶつかり合えば干渉強度の高い方が勝つことは自明の理だが、現状況ではどちらが勝つかはわからない。ただ言えることとは、さほど高い強度を持っていない森崎の魔法では、まず間違いなく負けてしまうこと。

 

 だが、辰巳の魔法が発動されることはなかった。遠方から秋水によって展開中の魔法式にサイオンの弾丸が打ち込まれ、強制的にキャンセルされてしまったためだ。

 

 驚愕の表情を浮かべる辰巳の身体に、二つの魔法が直撃する。先輩に対して遠慮したのか、辰巳の肉体自身が屈強だったのか、戦闘不能とは言い難い様子。仕方なく秋水が追い打ちをしようと試みるも、十文字や服部がそれをさせるはずもなかった。

 

 石柱を迂回した十文字が障壁を発動させたまま自身に加速と移動の魔法をかけて突撃して来る。その姿は突進してくる猪など生易しいものではなく戦車を彷彿とさせ、服部はそれを見て目標を他の二人に変えた。秋水の相手は克人一人で事足りると判断したのだろう。

 

 森崎と四十万谷に向かって電光が地面を走り、その範囲内にいない秋水は後方へと飛び退き克人の攻撃をかわす。チャクラを足に留めて木を足場とし、地面と平行になりながらも、決して克人から眼は離さなかった。

 

 秋水の傍にありながらも折れていなかった木から、克人の魔法の制御技術の高さは勿論のことだが、草木が生い茂るこの場は動きを封じるにはうってつけだと判断した。

 

 それでも、根本的な問題は解決していない。克人の防御壁を破らなければ、勝利することは難しい。再び分身を作って克人の相手をしている間にコードを入力させることも出来るが、それでは演習の意味がない。そういった事は、実際の試合においてどうしても勝てないチームと当たったときにでもすればいい。

 

 どうやれば鉄壁の防御を敗れるのかを模索する。真っ先に思い浮かんだことは圧倒的な力で潰すことだが、それでは殺傷性ランクの網に引っかかってしまう。

 

 次いで思い浮かんだのは死角からの攻撃だが、これも恐らくは駄目。目の前の現象を見ていれば、手を伸ばしている状態で平面状に展開されるために攻撃が通りそうな気もするが、服部や辰巳を守った際のことを考えると全方位に展開できると見てまず間違いはない。一つの方向のみに発動しているのは、無駄な消費を避けるためだろうと結論付けた。

 

 やはり、不可視の攻撃を与えるしかない。

 

 その答えに辿り着くのに、現実での時間は数秒程度だった。

 

 秋水はCADを操作し、魔法を発動させる。

 

 周囲と同化するように、秋水の身体は次第に透けていった。

 

 屈光迷彩(インビジブル)。収束系、放出系の系統魔法で、術者の周囲の屈折率を負に変化させることで光を迂回させ、あたかも透過させたように見せる魔法。効果は術者を透明にすることであり、相手から目視することは出来なくなる。便利ではあるが、問題も多い。

 

 その問題点とは、この魔法は展開しながら移動することが難しいということ。移動してしまうことで屈折に伴う周囲とのズレが生じ、空間が不自然に歪む場所が生まれ、居場所を突き止められてしまうためである。

 

 そもそものところ、この魔法は停滞状態における情報搾取が主であり、こうした戦闘曲面では難度を考えるとあまり役に立たない。加えて日光や風などによって気温や湿度の変化が生じるために、それらの変化が少ない屋内での使用が望ましい。

 

 それでも尚この場面で使用したのは、秋水が持つ写輪眼との相性が良いため。一瞬でも、否、一瞬だけで良い。相手の視界から消えさえすれば、相手は必ず視線を泳がせ探そうとする。そこで視線を合わせた瞬間、相手は知らぬうちに現実から虚構の世界へと精神の居場所を移し替えられる。勿論、身体にも影響を及ぼすほどの強力な幻術は禁止だが、幸いにも軽い幻術ならば制限にかかることはない。

 

 幻術の利点は、一度はめてしまえば肉体の強弱は関係ないことに加え、ある程度幻術世界を支配できることにある。中には時間や空間、物量すらも制限なく自在にコントロールできる程の非常に強力なものもあるが、秋水は最高とも呼ぶべきその幻術を会得していない。どのような幻術であれ、全てに共通して言えることは、解き方を知らなければ手の打ち用は無いということ。

 

 解き方は様々存在し、そのいくつかの条件を既に満たしているが、実行する前に片をつければいいだけの話。克人さえ倒せれば、後の二人はなんとかなると踏んでいた。

 

 視線が重なり、気づかれることなく現実に似た偽りの世界へと座を移す。

 

 精神の乱れが生じ、鉄壁を誇る盾が崩れ去る。城壁が崩れた城を落とすのに、もう苦労はない。

 

 手を克人に向けて掲げる。

 

 異変に気がついた服部がCADを操作するが、今からでは間に合うはずもない。

 

 克人の真正面に魔法式が展開され、巨躯を打ち抜いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 授業が終わってからモノリス・コードの演習を行った回数は全部で三回。新人戦のメンバーが勝ったのは初めの一回だけで、残りの二回は敗北を喫した。スタミナ切れもあるが、本戦メンバーが秋水を相手取る際には二人でかかってきたことも要因の一つ。適応力の高さは新人戦組に足りていないものでもあり、それをまざまざと見せつけられた形となってしまった。

 

 今後の課題としては、スタミナの増加と如何に手の内を隠しながら勝ち進んでいくということだろう。モノリス・コードは一日で決勝までを行い、全ての試合がリアルタイムで巨大スクリーンに映し出される。何の魔法を使ったか、どのような戦法を取るのかということは全て筒抜けになってしまうためだ。

 

 秋水に関して言えば、手数に問題はないものの、分身を多用した際にはスタミナの消費が目立つ。今回は使わなかったものの一番消費量が多いのは影分身で、作り出した分身体が攻撃を受けて消えてしまえばチャクラが一気に半分にまで減ってしまう。消費がそれと比べて少ない水や土を使った分身でも、数を増やせば同様のことが起こる。何度も分身を作り出して平気な顔をしている者がいれば、それはかなりの化物だと言えるだろう。

 

 たった三時間程度で溜まったとは思えない疲労感に、思わず秋水はため息をついてしまう。制限をかけての戦闘はこれまで行ってこなかったために精神的な苦痛、狭い場所に放り込まれたような窮屈感もその疲労には含まれていた。

 

 演習後に簡単な反省会と今後の練習の予定を確認した後に校舎内に設置されているシャワーで汗を流し、冷水を浴びることで火照っていた身体を冷やす。温度は冷たすぎることなく程良い。そのためか気持ちの方も改善し、精神的な疲労が汗と一緒に流せたような錯覚を得た。

 

 浴び終えると軽く水気を拭き取り、ドライヤーの代わりに発散系の魔法を用いて完全に飛ばす。本来ならば汗も同様に飛ばすこともできるが、気分というのは重要だった。強いて言えばシャワーではなく風呂が良かったのだが、学校における設備ではこれが限界だと納得させた。

 

 運動用の衣服から制服に着替え、置いておいた荷物を取って校門へと向かう。下校時刻までには少々時間があり、下駄箱から校門までの間で見える範囲でもまだ活動している生徒が多い。

 

 校門をくぐり抜けたところで、制服の内ポケットに仕舞っておいた端末が振動した。

 

 それはメールの受信を告げる物であり、差出人を見て秋水は怪訝そうな表情をするも、周囲に人がいないこと確認して表示する。

 

『USNAが動いている。詳しいことは直接話す』

 

 内容は短く、簡潔なものだったが、中身は非常に重要なことだった。

 

 USNA、北アメリカ大合衆国は旧アメリカ合衆国とカナダ、メキシコからパナマにかけての諸国を吸収した国家の通称。強力な魔法を持つ魔法師の遺伝子が流出することを恐れて魔法師の国際化が終わった今の時代において、魔法師の国外への渡航は厳しく管理されているために、その国の魔法師が別国に干渉することは非常に希なことである。

 

 事はそれだけ重要だということがたったこれだけの文面から推察できたが、その内容までは知る由もない。三か月前にブランシュの日本支部が解体されたが、そのことにしては少し時間がかかりすぎている。国を跨ぐ反魔法組織であっても、あくまで日本で起こった出来事に過ぎない以上、USNAが介入してくる理由は無い。

 

 少しの間理由を模索し続けていたが、無駄なことだと思考を切り替えた。気は進まないが、直接会って話せばそれらは分かること。

 

 少し重くなった足で、秋水はその場所へと向かった。

 

 




次回の更新は一週間後くらいを目安にしています。

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