紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-4

 夏休みとは行っても、人口が西暦二○○○年当初に比べて三分の一に減った現在に加え、お盆の時期ももう少し先ということもあり、高速道路はさほど混んではいない。仮に、多くの車が道路を埋め尽くしていたとしても、今ではどの車種にも搭載されている補助システムによって一定の速度と車間距離を保つために、渋滞が発生することは極まれなことになっている。走行していから一時間ほど経ったことで日が先程よりも登り、これでもかと自己主張をしている炎天下の外に対して、快適な車内では、騒ぎ疲れた生徒たちや緊張していた生徒たちの幾人かが眠りについていること、深雪たちが席替えしたこともあって静かになっていた。

 

 秋水たちも一通りの会話を終え、今は各々が暇を潰している。秋水は窓から外を眺めているが、両サイドにそびえ立つ壁によって景色は同じものの繰り返しとなっており、あまり見ていて面白いものではない。時折反射板に日光が反射することが鬱陶しくも思えてくる。眠りに就こうにも、あまり見知らぬ大勢がいる場所では寝ることができない(たち)であるために、いくら瞼を閉じても現実に残留したままになってしまう。飛行機のように映画でも見られるのであれば暇を持て余すこともないのだが、そういった機能は備わっていない。画面もせいぜい数個ある程度で、今は何も映し出してはいない。外を見るという行為は、最終手段にも似たようなものだった。

 

 青い空に真っ白な雲は、いかにも夏だと言わんばかり。風も少ないのか、さほど形が変わることもなくゆっくりと動いている。夏の代名詞のような景色をぼんやりと眺めているとき、巧まずして秋水の目が異物を捉えた。

 

(なんだ、あれは……?)

 

 空中にある小さな点。雲に同化していてとてもわかりにくいが、目を凝らしてよく見てみれば動いていることがわかる。UFOのような無機物ではなく、鳥のような生き物のシルエットをしているように見える。だが、距離と遠近感を照らし合わせてみると、既存の鳥類よりもだいぶ大きいように思えた。有に人一人を背に乗せられるほどの大きさだ。

 

 まさか。思考を巡らせある答えにたどり着いたことで僅かにあった眠気が吹き飛び、一気に警戒レベルが跳ね上がる。黒目から紅眼へと変わり、それまで得られなかった追加情報が次々に飛び込んできた。

 

(あの流れはチャクラか。鳥の上に人が乗っているな)

 

 透視まではいかなくとも、チャクラの流れを捉えることによって似寄る効果を得ることはできる。

 

 情報を得た次は、どう対処するかを模索する。ただ飛行しているだけならば、これといって焦る必要はない。何かを狙っているのだとしたら、対象がなんなのかを何よりも先に見つけなければならない。咄嗟に、けれど周囲に気取られないように眼を使って車中を調べたが、移動を開始する前との変化はない。ブレーキに細工でもされているならば話は別だが、その場合だと空中に居る人物がアトラスと仮定した際に齟齬が生じる。常にド派手に暴れまわっており、世界を敵に回すような人物がそのような小さいことをするとは思えなかった。

 

 今の段階では、どうしても後手に回ってしまうことが歯痒い。この距離からでも攻撃自体は可能だが、肉体を可能な限り損傷させないという条件が障碍(しょうげ)となって難しい。そもそもこの距離では、腕や足だけといった一部を狙った攻撃は不可能。現代魔法によって狙いをつけることは可能だが、相手や周囲の生徒に気取られてしまう。下手な不安を煽ることは控えたほうが良いと考えていた。加えて、それらを無視して鳥だけ消し飛ばしたとしても、そのまま落下していく可能性は薄いだろう。そうだったとしても、同上の理由ですることができない。

 

 周囲に反して、緊張が続いてく。わかっていても手が出せないことが拍車をかけ、いっそのこと行動を起こしてくれと願いたくなってしまう。

 

 一分、二分。普段よりも何倍にも長く感じられる時の中で、その時は来た。

 

 安全面を考慮して壁によって遮られた対向車線から、爆発とともに一台の大型車が宙を舞って壁を乗り越えてきたのだ。

 

 上空ばかりに気を取られていたこと、運転手が急ブレーキをかけたことで対応が遅れていく。

 

 直撃は避けた。

 

 だが、まだ終わりではない。

 

 人為か天為か定かではないが不幸なことに、落下による衝撃からか、大型車が火を纏いながら第一高校の生徒たちを乗せたバスめがけて地面を滑走してきた。その進路は、止まっているバスへの直撃コース。

 

 更に不幸は重なる。なまじ冷静さを保っていた生徒たちが、一斉に事に対処しようとして各々が魔法を発動させる。

 

 いくつか同系統の魔法もあるが、全体を見れば別々の系統の魔法が使われている。無規律に発動された別種の魔法が一つの対象にかけられた瞬間、これから起こることを理解した摩利が叫ぶ。このまま魔法を発動してしまえば、互いが互いの魔法を打ち消しあってしまう。

 

 一人一人が今と同じ状況に立たされれば、大半の生徒は対処ができるだろう。それだけの力を彼らは皆持っている。けれど、それが同じ空間にいたことが仇となってしまった。

 

 今必要なのは、ノイズの嵐にさらされながらも、魔法を発動出来るだけの圧倒的な強度を持つ魔法師。該当する魔法師は、ごくわずか。

 

 そのうちの一人である深雪が自ら立ち上がって消火をすると宣言すると、役割分担を理解した克人が防壁の魔法を発動させる。克人の魔法はまだ成功する確率が高い。外乱の中でも、魔法をかける対象が異なるためだ。だが、深雪の方は集中している大型車の方。少しでも不安があれば、発動は厳しいものになると考えられた。

 

 秋水も密閉空間の中では現代魔法の発動は少し厳しいと考え、発動時間が劣るが印を組もうとする。キャスト・ジャミング下でも、過程が異なる古式魔法ならば発動が阻害されることはない。

 

 秋水が一つ目の印を結ぼうとし、深雪が起動式を立ち上げる寸前、まるでタイミングを見計らったかのように嵐をかき消すサイオンの突風が車内に蔓延していた障害を一斉に取り除いた。クリアになった以上、何も阻害するものはない。二つの魔法の輝きが、副次的に蔓延し始めていた疑問や不安を安心へと変換させる。

 

 火は消え、車は止まり、目の前の難は取り除かれた。

 

(後方から……流石だな)

 

 流し目で、後方に止まっている技術者用のバスを見る。

 

 おそらくは賞賛されない陰の立役者である達也に秋水は舌を巻かされた。あれだけ乱雑になっていたいくつもの起動式を押しのけるほどのサイオンの塊、よほどの保有量を持っていなければ成し得ない技。尚且つ、深雪が魔法を発動させる直前に行使したことと、深雪もそうなるだろうと一切疑うことをしなかった信頼関係は、とてもではないが、一朝一夕で会得することは出来ない。相互に絶対の信頼を置いている何よりの証でもあった。

 

 誰もがようやく終わったと安堵の息を漏らしたとき、秋水は嫌な違和感を覚えた。

 

 何かがおかしい。

 本当にこれだけだろうか。

 ピースこそはめ終えたもののその配置は正確ではないような、ムズ痒い感覚。

 根拠こそないが、このままでは終わらないような気がしてならなかった。

 

「……ッ!!」

 

 ひしゃげた鉄の塊の中で、急激に流動していくチャクラを見つける。バッテリーから漏れ出した液体、車体から想定されるバッテリーの大きさ、風の有無、今尚速度を増していくチャクラ量から予測される爆発規模。導き出される結論は、回避は不可能という残酷な結果。

 

 極限に達した流れは、空気を込めすぎた風船のように破裂を促す。天を裂く稲妻のごとき爆発の閃光が迸った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「大型車にかけられた魔法を消した奴。火を止めた奴。車を止めた奴。なるほどな。優勝候補って言うだけあって、ガキにしてはやるじゃねーか。それにしても――」

 

 上空から事故現場を眺めるアトラスは、第一高校の生徒達の対処に素直に賞賛を贈っていた。視線は、大破し、まず間違いなくスクラップ行きだと思われる車へと向けられている。

 

「工作員だって言っていたから期待していたが、期待はずれだな。何も響くものがねえ」

 

 今回、大型車に乗っていた運転手は無頭竜の工作員。第一高校の優勝を妨げ、あわよくば生徒達の命を奪うことで今後活躍する雛鳥たちを暗殺するはずだったのだが、蓋を開けてみれば第一高校の生徒たちは誰も死んでおらず、無駄死でしかなかったことがわかる。人一人が命を賭した代償としては、余りにも寂しい結果だ。

 

 当然ながら、その死に対して尊ぶという感情は無かった。一度くらいは顔を合わせたことはあるのだろうが、アトラスの記憶には残っていない。残らなかったということは、彼にとってはどうでも良い人間だということ。道ですれ違う赤の他人と、何ら変わりはない。まだニュースで報道される事件の被害者達の方がマシだとアトラスは考えている。彼らはその身に請け負った不幸が大きければ大きいほど、一時とは言え大衆の心に名を刻む。一般の人間が老衰したところで、決して成し得ぬ所業だ。故にアトラスは思う。重要なのは生きている長さではなく、散り際なのだと。

 

「まぁ、一時的には同じ釜の飯を食った間柄だ。しっかりと葬ってやるよ」

 

 片手を胸の前に持っていき、人差し指と中指だけを伸ばす。

 

「とは言っても、葬法は火葬限定だけどな。いや、爆葬か……まあ、どっちでもいいか。とにかく、これまで陰でこそこそやってきたんだ。最後くらい派手に飾ってやるよ」

 

 化石燃料の枯渇や第三次世界大戦を機に、かつては石油で動いていた車などの燃料は電気へと完全に移行した。それによって事故が起こった際にガソリンに引火して爆発し、二次災害を引き起こすことは極端に減った。だが、バッテリー駆動になってもそれが全く起こらなくなったわけではない。条件が揃えば当然爆発し、誘発すれば確実にそれは起こる。

 

 現在、地上の大型車の駆動系とバッテリー本体には特別性の超小型サイズの爆弾が爆発を最大規模になるように仕掛けられている。あとは、その爆弾を起動させるだけ。

 

「喝ッ!」

 

 規模は爆心地を中心にせいぜい数十メートル程度。威力も規模同様にたいしたことはないが、少なくとも大型バス二台程度ならば容易に粉砕できるレベル。

 

 爆発によって回路が焼き切れ、本来の通り道にスパークが生じる。次いで引火し、炸裂音とともに大きな爆発へと至る。連鎖を起こして小から大へと昇華する。

 

 はずだった。

 

「なんだ、なにが起こった……?」

 

 アトラスの目が確かに捉えた映像は、余りにも一瞬の出来事であり、不可解だった。

 

 確かに爆発は起こった。それは自身が使用している術である以上確実に分かることであるが、望む結果は訪れなかった。推算が甘かったわけでも、作品に不備があったわけでもない。昨日今日で始めたばかりの素人とはわけが違う。何より、駄作を作って妥協をすることなどプライドが許さない。

 

 結果として、目の前であの鉄の巨体がそれこそ閃光のように消えた。魔法による防壁に衝突した際の破片は残っているものの、本体の姿は影も形も無い。初めから存在していなかったかのようにさえ思えてしまうほどだ。

 

「消し飛ばした? となると、空間に干渉する魔法か? それとも分解? いや、だがあれは……」

 

 顎に手を当てながら、先ほどとは一転して小さな声で自問自答を繰り返す。目線は固定され、目の前で起こった現象を理解するために脳の容量の大部分を割く。自身の作品が不発に終わったにも関わらず、その表情はどこか喜々としているようにも見えた。

 

「ダメだ、わからねぇ」

 

 言葉とは裏腹に、口元は笑みを隠せずにいる。

 

 それもアトラスにしてみれば当然の感情だった。理解できない、わからないということは今持っている知識が足りないということ。それは恥ずべき行為ではなく、またとない好機。未知の現象を解明したとき、これまでになかった発想が浮かぶようになる。芸術に重きを置いている身として、自身の芸術性を高める事柄の存在は大歓迎だ。

 

「わからねぇことは、確かめるしかねーよな」

 

 腰に巻きつけたポーチに無造作に手を突っ込み、取り出そうとした時だった。

 

 突然、足場にしていた鳥がバラバラに崩壊する。構成していた物質は、流砂のように粉かい粒となって微風に流される。

 

「っと、危なねぇ。こっちの存在に気づいてやがったか。けどな――」

 

 落ちていく中で、アトラスは再度足場を作ることよりも手にしていた作品を宙に放り、肥大化させる。それでも一つ一つは小さなもので、小鳥のような造形をしている。ただ、数が異様に多い。

 

「そう簡単にやられるわけにはいかねーよ」

 

 その鳥たちが一斉に、四方に散りながら停車しているバスへと向かっていく。速度を重視するような造形のためか移動速度が素早い。それでもその大半は瞬時にかき消されるが、まだ残っている個体は十分にある。

 

(俺を殺るか、仲間を見捨てるか、好きな方を選びな)

 

 味方の複数の命と、敵一人の命。天秤にかければどちらが優先されるかなどわかっている。もっとも、生徒たちが味方ではないのだとすれば話は別だが、それでも高校生が持ち得る甘さを想定すれば結果は変わらない。

 

 落下から助かるべく再度鳥を造形しようとしたとき、目に映るのはバスを囲ういくつもの岩壁。一枚一枚もそれなりの厚さであることから、内部への侵入が阻まれることは確実。

 

 それを確認したとき、アトラスの身体を一方的な暴力が襲いかかる。

 

 痛みなどない。次の鼓動を感じることもなく、アトラスの身体は消し飛んだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 大型車の消滅と、謎の小型爆弾による襲撃。事故現場の実況見分と事情聴取に付き合わされたことで時間を一時間以上無駄にした。その際に秋水が催眠をかけてはぐらかさなければ、一時間という時間ではすまなかっただろう。車が突然消えたなど、誰が信じるのだろうか。

 

 会場には昼を過ぎたあたりで到着することができた。事故後ということもあって食事など喉を通るはずもなく、また起こるのではないかという緊張感から空腹感などどこかへ置きさっていたのだが、生きてたどり着いたという安心感からか忘れ去られていた空腹感が急に押し寄せてきた生徒たちも少なくはなかった。

 

「秋水」

 

 バスを降りると、早速声をかけられる。先に降りていた森崎は、振り返ってまで相変わらず敵意の視線を声の主に向けていたが、二人共それに構っている暇はなかった。

 

「話がある」

 

 今後の予定としては、各々の部屋に自身の荷物を運び、夕方から始まる九校の出場選手が集う立食パーティーがある程度。翌日も明後日より始まる競技のために休みとしている選手も多いために、基本的に時間の空きは存在している。だが、声の主である達也の声色や表情から判断すれば、その話は今すぐ場が欲しいと言っているようだった。その内容も十中八九あのことだろうと想像できる。

 

「わかった。一時間後でいいか?」

 

 端末で現時刻を確認し、達也が技術スタッフの仕事があることを考えた上での妥当な時間を設けた。

 

 達也は返事をする代わりに小さく頷くと、深雪ともに軍の施設であるホテルへと入っていった。

 

 秋水も中へと入ろうとしたとき、覆っていた雲が風によって流されたことで日光を背中から浴びる形となる。振り返り、眼を細めながらも太陽を望む。相も変わらず輝き続ける灼熱の球体の姿は、今日一番の眩耀(げんよう)に感じられた。

 

 

 そして一時間後。選手も技術スタッフも宿泊場所自体は同じであるために、苦労もなく達也が宿泊している階層に訪れ、番号を確認しながら進んでいく。廊下の端にある窓ガラスから外の明るさが入り込み、廊下との光量差によって非常に眩しく感じられた。

 

 メールで教えられた番号と、同じプレートが飾られている扉の前までやってくる。軽く三度ノックすると、一つ板を挟んだ向かい側で扉のロックが解除される小さな音が聞こえる。次いで扉が開き、達也が顔を出した。鍵は遠隔操作が可能なのだが、どうやらあえて手動で開けたようだ。呼んだ手前、扉まで開けさせることは、彼からすれば失礼に感じたのかもしれない。

 

 制服には、普段は見られない一科生のエンブレムが刻まれている。九校戦に限っての措置ではあるが、収まるところに収まったかのように似合っていた。

 

「わざわざ来てもらってすまない」

 

 ねぎらいの言葉を受け、部屋へと入っていく。これが初めて入る部屋ならば、失礼ではあるがインテリアなどを確認してしまいたくなるのだが、当然ながら内装など異なるはずもなく、秋水が九校戦の期間中寝泊りする部屋と全く同じ。強いて相違点を挙げれば、持ってきた荷物が違う程度。深雪がいなかったことに少しばかり驚いたことは、秋水自身の胸の内に秘めておくことにした。

 

「もてなしは出来ないが、それは勘弁してくれ」

 

「気にするな、期待していない」

 

 自宅ならばいざ知らず、借りている部屋でそのようなことを望む人物はそうはいない。

 

 着席を促され、面と向かって座る形となった。

 

「まずは、深雪の命を救ってくれたことに対して礼を言う」

 

 椅子に座った状態ではあるが、達也は頭を垂らす。

 

「……あれは自分を守るためにやっただけだ。礼など必要ない」

 

 少し遠い位置に離れていれば助けなかった。表面上からはそう受け取れる。

 

「なら早速本題に入ろう。お前が持っている情報をもらいたい」

 

 嘘を言っても無駄。真偽を全て見分けると言い出しそうなほどの眼差し。

 

「アトラス・キーストーンについてか?」

 

「やはり知っていたか。一体何を知っている?」

 

「むしろ俺が知りたいな。一般人であるはずのお前が、何故その名前をここで出す? このタイミングで言い出すことは、自分は一般人とは違うと言っているようなものだ」

 

 アトラス・キーストーンが日本入りしたことは、一般公開はもちろんの事、軍においても一部の人間にしか知らされていない。生半可な力では勝てずに被害だけを増やし、力を持たない者からすれば恐怖の対象でしかない。大量殺人犯が同じ場所にいますなど報道したとして、混乱を生むだけだからだ。

 

「知り合いのつて、とでも言っておこう」

 

「便利な言葉だな」

 

 自分はただ繋がりがあるだけで、特異なのはその相手。そんな風に聞こえさえする。

 

「それよりも、質問しているのは俺の方だ。知っている情報を話す気があるのか? ないのか?」

 

「答えはノーだ。それをすることはできない」

 

「……なるほど。依頼内容に含まれているということか」

 

 忍びたる者、内情を明かすべからず。

 

 例え親しい者であっても、依頼内容を他言することはしてはいけない。それは依頼人と契約をする上での暗黙の了解であり、もしも破ってしまえば、実力があっても信頼に値しない人物へと成り下がる。

 

 達也の問は、秋水が忍びとしての任務をやっていることを知った上で、鎌をかけた発言でもあった。

 

「ならば誰から、という事を聞いても無駄だろう。そうだな、少し質問を変えようか。あの時いたあいつは。おそらくは分身系の忍術を使って作られた偽体だと思うが、間違っていないな?」

 

 質問の形は推測に対するイエスかノーか。それもあの場にいたアトラスが本物か偽物かというだけの問いであり、直接彼に関わる情報ではない。隙間を縫うような。線に触れてしまいそうなギリギリなものだった。

 

 最後にアトラスの身体を消滅させたのは達也の魔法で間違いない。秋水の中で八割近く固まっていた考えが、確証となった問でもあった。後はどの魔法を使ったか。収束・発散・放出の系統魔法である分離魔法が最も可能性が高いと考えているが、それを確かめることはできない。秘匿されている可能性が高く、聞いたとしてもまず答えることはないためだ。

 

 アトラスが分身体だと気がついたのは、彼が消される直前。攻撃が当たった時点で、消滅するよりも先に分身体が破壊されていたためだ。写輪眼でも気がつかなかったのは、あくまでそれがチャクラの流れを見るものであり、本物が近くにいた場合に限って僅かな差を見つけることが可能なため。旧知の間柄ならば分身体だけ見てもわかるのだろうが、アトラスとは一切面識がないために判別するのに最後まで時間を要してしまった。

 

「その質問には、イエスと答えておこう」

 

 この話し合いは、達也の一方的な情報搾取になる。秋水はここへ足を運んだのは、それをわかった上でのこと。周りでコソコソ嗅ぎ回られるよりかは、こちらの方が気分を害さなくて済むためだ。

 

「やつの目的は?」

 

「わからん」

 

「今後も狙ってくる可能性は?」

 

「高いだろうな」

 

 その後も質問を繰り返し、答えられるものには答え、そうでないものには素直に答えられないと伝えた。

 

「次で質問は最後にしよう」

 

(質問“は”、か……)

 

 達也の言葉に、秋水は密かにため息を漏らす。

 

「今回の依頼、お前はこちら側という解釈でいいのか?」

 

 依頼次第では敵対する可能性をわかっている上での問。ここでもし違うと答えたならばどうなるのだろうかという好奇心も存在するが、ろくな結果に繋がらないことはわかっていた。最悪、この場で戦闘が起こってもおかしくはない。

 

「ああ」

 

 即座に、簡潔に答えた。饒舌に語ったとしても、かえって疑われることになってしまうかもしれない。ここではシンプルに答えるのがベストだと判断した。

 

「そうか。それを聞いて安心した」

 

「……安心?」

 

 らしくない言葉に、思わず聞き返してしまう。

 

「ああ。お前を呼んだのにはもう一つ目的があってな」

 

 達也の雰囲気が変わらないこと――元々読みにくいが――から、全く違う内容ではないことは感の域を出ないが察していた。

 

「頼みたいことがある。勿論、相応の対価は支払うつもりだ」

 

「依頼をするのか? 初めに言っておくが、内容次第ではいくら金を積まれても断る事になる。金額も馬鹿にならないぞ」

 

 Aを殺すという任務を既に受けている状態で、Aを守ってほしいという任務を受けることは出来ない。これは忍びとして依頼を受けるにおいて大前提にあたる。

 

「どちらも問題はないはずだ」

 

 四葉のガーディアンはそれほど金銭面において待遇が良いのだろうか。ありえないことはないが、そう考えると首をかしげたくなってしまう。そうなると、別に稼ぎ口があると見て間違いはないと踏んだ。

 

「ならいい。依頼内容を話してくれ」

 

「九校戦の期間中、深雪の警護をしてもらいたい。本来ならば俺がすべきことだが、どうしても目を離さなければならなくなる時がある。その時に昼間のようなことが起こらないとは言い切れないからな」

 

「過保護だな」

 

「大切な妹だからな。怪我をさせるわけにはいかない」

 

 兄妹と姉弟、少しばかり関係は違うが、血の繋がった存在を大切に思う気持ちは十分に理解できた。達也の立場だったならば、同じことをするだろう。

 

「……わかった。依頼を受けよう。警護の時間や方法はどうする? さすがにお前のように傍にはいれないだろう」

 

 特に特別な接点がなかったふたりが急に行動をするようになってしまえば、何かがあったと勘ぐるのが人というもの。それが年頃の高校生ともなれば、その邪推は色濃い方面へと簡単に飛躍しかねない。それは双方にとって迷惑なことでしかないと考えていた。

 

「常にする必要はない。俺が出来ない時間だけをやってくれればそれでいい。警護の形も、深雪に気づかれないようにして欲しい」

 

 深雪に気づかれたくないのは、下手に不安を覚えさせたくないがためだろう。

 

 達也は端末を操作すると、既に用意してあったのか九校戦の予定を見せてくる。そこには何箇所かほかとは違ったマークが施されており、そこが護衛をすることができない時間帯だということがわかる。

 

 秋水は見せられた予定と自身の予定とを照らし合わせ、問題がないかどうかを確認すると、金額が幾ら程度になるのかを頭の中で計算する。

 

「いくら必要だ?」

 

「そうだな……このあたりでどうだ?」

 

 秋水は自身の端末に備わっている電卓の機能を用いて金額を打ち込んでいき、達也へと見せる。画面中央で左右に分割された左右の画面にはそれぞれ異なった金額が表示されていた。左が依頼金で、右が報酬金だ。当然ながら報酬金の方が高いのだが、前払いである依頼金の方も普通の高校生では中々支払えないような金額となっている。

 

「少し高すぎないか?」

 

 だから達也が眉を潜めて金額に不満をつぶやいたとしても、無理のないことだった。

 

「相手を考えれば妥当だろう。これでも割り引いている」

 

「……まあ、仕方がないか。口座番号を教えてくれ、今から振り込む」

 

 正直なところ、どの程度の稼ぎなのかを確かめるために多少(かさ)増ししていたためにごねられても仕方がないと思っていたが、思いのほかすんなり決まってしまったことで拍子抜けをしてしまった。それを気取られないように口座番号を送り、入金を待つ。五分経ったか経たない程度の短い時間で、額面通りの金額が口座に振り込まれていることを確認した。これで、依頼は正式なものとなった。

 

「確かに受け取った。早速で悪いが、警護をするにあたって一つ渡しておいて欲しい物がある」

 

 制服の内ポケットから取り出したのは、ハガキよりもふたまわりほど小さい白い紙。そこには、達筆なのか悪筆なのかよくわからない字で文字が書かれていた

 

「これは?」

 

 疑問を投げかけながらも、達也は何らかの術式だとは検討がついていた。

 

「お守りみたいなものだ」

 

 秋水はそのまま質問に答えるのではなく、少し意地悪めいた答え方をした。ご利益があるわけではないが、あながち嘘は言っていなかった。

 

 時計を改めて確認すれば、そろそろパーティー会場へと向かい始めなければ開始時刻に遅れてしまいそうな時間だった。

 

「一旦話を切り上げてそろそろ会場へ向かおう。遅れて悪目立ちするのはゴメンだ」

 

 達也も同意見だったらしく、一旦話を切り上げ、二人は会場へと向かった。

 




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