紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-11

 周囲をこれでもかと、瞬きを絶対にしないと言わんばかりに目を見開いて見渡す。

 

 重なり合った葉の隙間からこぼれ落ちる太陽の光が体温を上げ、肌に汗を浮かび上がらせる。運動時に出るさっぱりとした汗よりかは、少しベタついた、嫌な汗の割合が大きかった。

 

 風によって鳴る些細な音でさえそちらに反応してしまうほど、神経が機敏になりすぎていた。普段以上に使えば当然疲労感は凄まじいもので、肩で呼吸をしてしまっているが、それがいつからなのかは全くと言っていいほど記憶になかった。

 

 頬を撫でる一筋の汗が顎まで流れる。

 

 喉が異様に乾いていることに気がついて無理やり飲み込もうとするも、渇ききった口内に唾液は全くと言っていいほど分泌されていなかった。自身が極度の緊張状態にあるということに気が付くも、どうすれば解けるのかはまるで理解できなかった。逆に、手のひらは異様に湿っており、時折衣服で拭わねばならないほどの汗が出ていた。拳銃型のCADのため一旦持ち手を変えねばならず、その際には一層の注意を払う必要があった。

 

 一体、どれほどの時間が流れたのだろうか。

 

 早く解放されたい。

 

 もし個人戦で、降参という手法が取れるならば、今すぐにでもしたい気分だった。

 

 だが、残念ながら三対三のチーム戦。しかも学校の名をかけて行われているほどの試合だ。頭を垂れることは学校の名に泥を塗ることと同義であり、ともに研鑽を積んできた仲間の信頼を裏切ることになってしまう。精神的に追い詰められてはいても、愚行を犯さないだけの自制心はまだ確かに残っていた。

 

 まだ終われない。

 

 鼓舞することで気を持ち直したその時、再びあれが起こった。

 

 餌を見つけ、虎視眈々と狙うかのような視線だ。威圧感として背後から突き刺さるそれは、一挙一動だけでなく、心理状態までも見透かされてしまうかのように鋭い。今にもどうにかなってしまいそうだった。

 

 引き金に指をかける。震える手によってなかなか思うように動かなかったが、後は引けば良いだけ。そう言い聞かせる。

 

 行く、行かない、の自答を繰り返し、ようやく決意が固まったところで振り向きざまに照準を合わせる。

 

 結果として引き金が引かれることはなかった。映る景色は、ただ草木が生い茂る密林の一角のみ。人影など全くと言っていいほどなかったからだ。

 

 空回りしたことへの落胆よりも、安堵の方が強かった。

 

 ほっと息を吐きかけた瞬間、再度背後から同じ現象が起こる。

 

 今度は振り向くことはできずに、全身に衝撃が襲う。

 

 糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちていく最中、ぼやけた目で後ろを見る。最後に見えたのは、血のように真っ赤な色だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 新人戦モノリス・コード、森林ステージ。第一高校対第八高校。

 

 第一高校が勝利すると同時に、三勝目を挙げたことで決勝リーグへの切符を手にした。

 

 まだ残っている対戦カードは「第一高校」対「第二高校」、「第七高校」対「第九高校」、「第四高校」対「第六高校」の三枚。

 

 現在の勝ち星は以下の通り。

 

 第一高校:三勝○敗(残り一試合)

 第二高校:二勝一敗(残り一試合)

 第三高校:四勝○敗(予選終了)

 第四高校:○勝三敗(残り一試合)

 第五高校:一勝三敗(予選終了)

 第六高校:○勝三敗(残り一試合)

 第七高校:一勝二敗(残り一試合)

 第八高校:三勝一敗(予選終了)

 第九高校:一勝二敗(残り一試合)

 

 このことから、第四高校と第六高校のどちらが勝ったとしても、決勝リーグへと進出することが叶わないことがわかる。既に第一、第三、第八高校が決定していることから、残り一枠を第二、第七、第九高校が争う事になる。また、決勝リーグは「予選一位」対「予選四位」、「予選二位」対「予選三位」で試合が行われるために、第一高校としては是非とも四戦全勝をしたいところでもあった。

 

「彼らと当たるのはどうやら決勝のようだね」

 

 情報を整理している吉祥寺は、端末をいじりながら将輝と大和へと声をかけた。既に四戦を戦い抜いた彼らに疲弊の色はまるでなく、「尚武の第三高校」という呼び名が伊達ではないことがわかる。

 

「ジョージ、一高が勝った場合、三高(うち)とのタイム差はどうなる?」

 

「もう少し待っていて…………よし、できた」

 

 簡単に勝敗を「○」と「×」でまとめた表を二人に見せる。表の隣には合計時間と一試合の平均時間が記載されていた。将輝が時間を気にする理由としては、勝ち星が同じだった場合、試合の合計時間が短い方に分配が上がるためだ。

 

「単純に平均で考えれば、三高(うち)の方が七分くらい早くなるね」

 

「七分か……」

 

 腕を組んだ将輝は自然と顎を引いて考え始めた。

 

 将輝なりにシミュレーションしているのだろうと思いながら、吉祥寺は言葉を紡ぐ。

 

「ただ、時間はフィールドでだいぶ差があるから、あまり参考にはならないと思うよ」

 

 端末をいじり、今度は各フィールドにおける試合の平均時間を表した。平原などの見晴らしの良い場所の方が市街地などの視界が狭い場所よりも圧倒的に時間が短い。当たり前と言えば当たり前だが、その時間差は例年に比べても希に見るもので、主に第一高校の試合に触発された将輝が敵チームを瞬殺したことからくるものだった。ちなみに、第一高校は運が悪いのか、今のところ渓谷、市街地、森林と全て見晴らしの悪いフィールドとなっていた。

 

「それはわかっているさ。ただ……」

 

 仮に第一高校が第二高校に破れ、三勝している高校が三つあったとしても、現状での時間を考えれば第一高校が三位に来る確率はかなり低い。さらに言えば、大和と将輝はアイス・ピラーズ・ブレイクで秋水と戦っており、吉祥寺はスピード・シューティングで森崎と戦っている。第二高校とも予選であたっているために、戦力差を検討すれば負けるはずがないことは三人の共通の見解だった。

 

「ただ、なんだよ?」

 

「いや、単に時間でも負けたくはないと思っただけだ」

 

 単なる男の意地だが、対抗心は闘争心を高める重要な要素になり得る。

 

「当たり前だ。勝つのは俺たち三高だ。あいつらに、負けてたまるかよ」

 

 意気込む様は飢えた獣の様。ギラリと光る目は非常に獰猛だ。

 

 気持ちも実力も、決して優勝できないチームではない。立ちはだかる壁を越えるためにも、しっかりと参謀としての役割を果たさなければと、吉祥寺もひそかに内なる闘志を燃やした。

 

 第一高校が予選を第二位で突破したのは約一時間後。一位の第三高校との時間差は平均から導き出した数値よりも短い時間だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 大会八日目。新人戦最終日となるこの日は、午後二時頃に大会が始まってから最も高い気温を記録していた。

 

 行われる競技は、本大会の目玉とも言えるモノリス・コードの決勝リーグ。すでに第一回戦、第二回戦、三位決定戦を終え、残るは待ちに待った決勝戦となっていた。会場に押し寄せる観客は本戦の決勝以上に集まるのではないかと思えるほどの集客率であり、椅子に座れずあぶれている者も数多くいる。

 

 その要因の一つが、第三高校の一条将輝。まさに圧巻という言葉が似合うほどの実力を示してきた彼は、他の生徒よりも一枚も二枚も上手だ。十師族が一家、一条の名に恥じぬ快進撃を続けてきた彼の雄姿をまた見たいという人は多いだろう。

 

 もう一つの要因が、第一高校の裏葉秋水。人々の記憶から薄れつつあった裏葉の名を再起させ、アイス・ピラーズ・ブレイクでは将輝と接戦することができた唯一の人物。古式魔法に秀でている彼が、どのような魔法を用いて将輝に対抗するのかを期待する者は多いだろう。

 

 二人の選手は、それぞれにかかる期待など知らぬ顔でフィールドへと顔を出す。

 

 観客が大きく沸き、気温以上の熱気に包まれた。

 

 

「いよいよ決勝だな」

 

 決勝戦に選ばれたフィールドは草原。五つ存在する内、最も障害物の少ない場所。索敵に左右されず、個々の戦力やチームプレイが重要になってくることもあって、この場所が選ばれた際には戦闘続行不能による決着が多い。

 

「なんだ、緊張しているのか?」

 

 声がわずかに震える森崎に対し、秋水は冗談めかして尋ねる。

 

「当たり前だ。決勝戦だぞ、緊張していないお前らの方がおかしいんだよ。それに――」

 

「それに?」

 

 聞き返す四十万谷の声は確かに震えてはいなかった。

 

「俺にとってはリベンジできる最初で最後の機会かもしれないんだ」

 

 新人戦スピード・シューティングにおいて、森崎は吉祥寺に決勝で敗れている。第一高校と第三高校は予選から通してみても、これまで一度たりとも戦ってはいないため、この決勝戦が辛酸を舐めさせられた相手にリベンジできる唯一の好機と言えた。

 

「あまり気負いすぎるな。スピード・シューティングでは向こうの方が合っていたというだけだ。実力で劣っているわけじゃない。…………なんだ?」

 

 返事の変わりに待っていたのは、珍しいものを見たとでも言わんばかりの森崎の顔だった。

 

「いや、まさかそう言われるとは思ってもいなかったからな」

 

「……事実を言っただけだ。お前たち二人は十分強い、自信を持て」

 

 頷いたことを確認し、秋水は敵陣営へと目を向ける。目算で六百メートル程度。もはやそこにいるということがわかる程度で、何をしているのかはもちろんのこと、何を話しているのかなどまったくと言っていいほどわからない。ただ何をしているかは、空中を遊泳している飛行船に取り付けられたモニターで確認することはできる。口元でも写っていれば読唇をすることで会話の内容を理解することができるのだが、角度的に映ってはいなかった。

 

 それでも、何をしてくるのかのおおよその検討はついていた。

 

 個人戦はまずない。写輪眼の幻術を危険視すれば誰もが行き着く答えだ。同様の理由で接近戦も望むはずがない。参謀役である吉祥寺の思考は読めないが、将輝の不得手とする戦法を取るとは考えにくいためだ。将である彼の性格や戦闘スタイル、フィールドが広い視野を得られることを考慮すれば、遠距離からの集中攻撃あたりが妥当。それなりに実力のある魔法師にとってみれば、何も障害物がない六百メートルの距離は十分な射程範囲内であるため、試合開始早々に砲撃の嵐に晒されるとふんでいた。

 

 対して第一高校側は遠距離タイプと言うよりは中・近距離タイプが多く、接近戦をすることが望ましい。いかに攻撃の雨を掻い潜り、自身の領域に持ち込むかが課題となる。

 

「作戦は改めて確認するまでもないな?」

 

「わかっているけど、本当に大丈夫なの?」

 

「おそらくは問題ない。感知されると不味いが、あの三人は感知タイプではないようだしな」

 

「いや、そうじゃなくて耐え切れるのかってこと」

 

 四十万谷が危惧しているのは、集中砲火を浴びる秋水が作戦を実行できるまで凌ぐことができるのか言うこと。誰にでも限界と言うものは存在する。

 

「基本的には避ける。どうしてもと言うときだけ使うさ」

 

「あんまり無茶はしないでよ」

 

「わかっている」

 

 話している間にも試合開始の時刻は刻一刻と近づいていく。

 

 一度肺の中の酸素を出し切り、新鮮な物に入れ替えることで高ぶる気持ちを落ち着かせる。森崎が吉祥寺にリベンジするように、少し違うが秋水も将輝へのリベンジとなる。表には出さないが、彼もまた肩に力が入っていたのだ。

 

 今度こそ介入の余地がないほど圧倒して勝つのだと、己に言い聞かせた。

 

 

 

 時が訪れ、見えない開戦の狼煙が上がった。

 

 

 

 遠距離から高速で繰り出される複数の攻撃を、一個一個見ていく余裕はない。草食動物さながらの視野を得るために、魔法を発動させて本来の領域を拡張させる。少し動かすだけで擬似的に全方位を見渡すことが可能になったその眼に写るのは、今にも魔弾を放たんとする十六の神秘的な砲門。見てから一秒に満たない時間で、それらが同時に火を噴いた。

 

 秋水は見たその場で角度から到達点を解析し、当たらぬように体をずらしていく。発射から着弾までの時間も魔法を発動するまでのそれと同様にかなり短いが、上手く処理すれば反射が必要なほど切羽詰まるというほどではない。思考から動作への伝達時間を確保することは不可能ではなかった。

 

 初手は長距離と言うことがあってか良心から遠慮があったのか、隙間が非常に大きかった。全弾回避は予測していたものよりも容易で、他の事に集中する余裕さえ作ることができていた。

 

 姿勢制御をしながら、一連の動作に混ぜて地面に手をつける。

 

 ――土遁・土流壁

 

 第一高校と第三高校を分断するかのように、カメラからも姿を隠すようにいくつも地面から土が隆起して壁となる。座標を入力しなければならない現代魔法にとって、相手の位置を掴めなくさせることは一種の対抗魔法といえる。

 

 新たに印を組んで魔法を発動させた後、秋水は自ら立てた壁を飛び越えて前線に立つ。着地前にお返しと言わんばかりに将輝に向かって放った攻撃魔法は、発動こそ成功したもののダメージを与えることなく消え去っていく。

 

(思っていた以上に硬い……)

 

 内心で舌打ちをしながら、領域干渉のレベルの高さに舌を巻く。この手の魔法は十文字家が得意としてきたが、将輝のそれは引けを取ってはいない。アイス・ピラーズ・ブレイクで直接戦っても、モノリス・コードの予選を見ていてもわからなかった事実が一つ、悪い方向で予測を裏切りながら明らかになった。

 

 競技の性質上、使用できる攻撃魔法は殺傷性ランクC以下か設定されていないもの、もしくはそれと同等に威力を落としたもの、とされている。前者はともかくとして、後者は最大時と比較すると威力を落とすことでどうしても干渉力が低下してしまう。魔法同士のぶつかり合いは強度が重要になってくるため、揺るがないほどの強度を持った防御魔法には打ち勝てない場合が非常に多い。

 

 チャクラを纏わせながら両の足をしっかりと地に着けると、再度景色をサイオンの輝きが彩る。後ろの壁が盾になると考えたのか、今度は前方にすべて配置されており、数は倍近いものとなっている。

 

 将輝だけのものではない。他の二選手も攻撃に移ったことのだということは用意に想像できた。同時に発動をしたつもりなのかもしれないが、トリガーを引く時間と処理能力の差が合わさり、かなりのズレが生じていた。

 

 今度は避け方を考える必要はない。ただ力一杯、大地を蹴りつければ良い。回避しながらも高速で接近することができる。まさに一石二鳥だった。

 

 地面を抉って一瞬で百メートル近く近づき、一度止まっては魔法を発動させるも、またもや阻まれてしまう。密集する陣形を組んでいるのは、将輝が展開している領域干渉の範囲を少しでも狭めるためだろう。ならばと、秋水は振動系統の魔法を発動させた。

 

 

 

「……風?」

 

 最初に異変に気がついたのは将輝だった。展開しているフィールド内部から外部へと風が生じているのだ。次第に強くなってくるも、不可視の壁に阻まれた魔法の残滓を見て意識を前方へと戻しトリガーを引く。土の壁から、森崎と四十万谷が左右に展開していく様子が見えた。

 

「将輝、一度領域干渉を解除するか拡大しよう」

 

「どういう意味だ?」

 

 吉祥寺の言葉に耳を傾けながらも、将輝は攻撃の手を止めなかった。

 

「この風、彼が意図的に起こしているみたいだ」

 

「将輝の干渉力を上回ったってことか?」

 

 驚く大和も将輝と同じように意識は攻撃に集中している。風が強く、目を細めていた。

 

「違うよ。あくまでこの風は自然現象。彼は副次的に指向性を持たせた風を生み出したんだよ」

 

 領域干渉は、あくまで魔法による事象改変を阻むための防御網。自然に生じた熱などは、無条件で通過することができる。

 

 秋水が使用したのは振動系魔法。指定した範囲内の気体分子運動を減衰させることよって周囲の熱を下げることができる。領域によって守られている範囲内では当然変化が起こらないため、そこを避けるようにして展開されていた。ニブルヘイムほどの冷却効果や広範囲はないが、次第に将輝の魔法を境にして気圧差が生じ、高い方から低い方へと風が流れ始める。差が大きくなればなるほど流れは強くなり、閉鎖的な発生源から空気を奪っていく。やがては活動に必要な酸素がなくなり、意識を失うことになる。

 

「なるほどな。なら領域を拡大する。おそらくここで解除すれば、あいつの思う壺だ」

 

 酸欠が狙いではなく、それを避けるために一時的に対魔法フィールドを解除することこそが狙い。生じる隙を突いて分断し、各個撃破を狙う魂胆だろうことは想像がついた。

 

 ここで誘いにあえて乗るのは具の骨頂。これは、決して逃げではない。

 

 範囲を拡大していくと、はじめに覆っていた区域から一メートルほど離れた位置でぶつかり合い、干渉しあう。

 

 将輝にはサイオンの流れなどは見えないが、自身が展開している魔法を侵そうとしている存在があることは感覚的には理解できていた。強度を上げる必要はないと判断し、広げることだけを行う。魔法によって留められていた冷たい空気が周囲の温度に影響されて元に戻ろうとするが、下方へと流れてわずかな上昇気流を生み出す。

 

 一つの策を潰して安堵しかけてしまったがために、秋水が動き出したことによってそちらに意識を向けて攻撃しまったために、地面に小さな亀裂が入ったことに将輝は気がつかなかった。

 

 (ひび)が大きくなり、三人を分断するかのように地面が急速に盛り上がる。

 

「なにッ!?」

 

 意識外からの奇襲、攻撃に集中したことによる強度の低下、一度策を潰したことによる気持ちの緩み。それらが混ざり合い、侵入を許してしまう。

 

 新たに干渉力を高めることで相手の魔法を打ち消すことはできるが、背伸びした地面は崩壊してしまう。仲間を傷つけてしまう恐れがあったために、領域の解除をすることを選択した。

 

 まるでそれを見越していたかのように人の五倍近い高さまで伸び、更に分断するかのようにいくつもの壁が聳え立った。

 

 もはや仲間を視認することはできない。飛び越えることは可能だが、それでは格好の的となってしまう。

 

「ジョージ、大和。二人はサイドに散った敵を倒せ。裏葉とは俺がやる」

 

 常にカバーし合える距離で動くことを提案したのは吉祥寺で将輝もそれに賛同したが、まったく不満がなかったとは限らない。今この場で初めて、一対一で相手をするという選択肢が出てきた際にはっきりと己の心情を理解できた。

 

 ――誰にも邪魔されず、自分自身の力だけで戦いたい。

 

 将輝は土の塀を駆け抜け、秋水に銃口を向ける。近づいたことでより空間の把握が容易になる。これまで防御に回していた分を、すべて攻撃へと転化させた。加えて精神面でも先ほどより向上している。発動速度は、今日一のものだった。

 

 速度・精度・威力。三点が上昇したことで、全弾を回避することはできない包囲網が形成される。

 

 秋水もそれを理解したのか、かわしながらいくつかの着弾点を強化してダメージを防いでいる。これまでの試合で一切被弾しなかった彼が、写輪眼を持つ彼が初めて攻撃受けざるを得なかった瞬間でもあった。

 

 手ごたえを感じた将輝は攻撃の手を止めることはなかった。防御を手薄にした分、相手に攻撃の隙を与えるだけ危険が増してしまうためだ。攻撃こそ最大の防御だと言わんばかりの手数だった。

 

 地中にある空気を膨張させることで破裂されて足場を奪い、圧縮空気弾で確実に当てていく。得意とする収束と発散系の魔法を、容量を一杯に使って絶え間なく打ち続けた。

 

 

 

「一発一発が決定打の攻撃を常に複数、それも確実に当てる位置に配置している。一条のプリンスがこれほどのものとは」

 

 画面から流れている映像は、絶えることなく牙を剥き続ける魔法の嵐。才能に胡坐をかかずに努力してきたことが伺える。高校一年生の魔法師とは思えぬ将輝の実力に、達也は素直に感心していた。

 

「でもよ、秋水がかわせないってのも何かおかしくねーか? 前の試合なんか三人がかりでも余裕で避けてたじゃねーか」

 

 決勝リーグ第二試合において第八高校と二度目の対決を行った際、秋水は開始早々から波状攻撃を仕掛けられた。予選での失敗を生かし、先に潰しておこうと考えたのだろうが、結果はレオの言ったとおりだった。

 

「むやみに数だけを増やしても、しっかりと避けられないように狙わなければあまり効果がないと言うことだ」

 

「でも達也、彼なら眼とあの高速移動で回避できそうな気もするけど」

 

「あれは単に速く走っているだけだからな。それに見えていても、常にランダムに配置される十六ヶ所からの攻撃を予測し避けるのは至難の業だろう。むしろ、あの中でダメージが最も少ない回避方法を取れているだけでたいした洞察力だよ」

 

 見えたとしても、結果の可、不可そのものが変わるわけではない。少ない確率を選択することができると言うだけだ。今回のように回避不可に結果が固定されてしまうと、絶対にかわすことはできない。不可能を可能にすることはできないのだ

 

(どうするか見物だな)

 

 達也は秋水の実力を推し量るかのように、一切視線を動かさず画面を見ていた。

 

 

 

 状況が変化したのは、すぐのことだった。

 

 発動した魔法が大地を激しく揺らし、将輝の姿勢が崩れて隙が生じる。針の穴程度の小さな隙間。その合間を縫った。

 

 距離を一気に詰められる。

 

 なんとか持ちこたえた将輝は、もう何度目か忘れてしまった魔法を発動させる。

 

 ほんの少し遅れるだけで想定していた歯車が狂う。飽和攻撃から抜け出した秋水が近づいてくることに比例して心拍が上昇し、焦りが生じてくる。はじめは小さな歪でも、やがては大きな歪みへと繋がっていく。

 

 先ほどの精密さが失われ、かなりの接近を許してしまう。

 

 秋水が特化型CADを操作するところが見え、発動に備える。この日初めて、将輝は防御のみに徹した。

 

 秋水が眼を閉じたことを見て本能的にやばいと察したが、一足遅かった。

 

「しまッ――」

 

 銃口から眩い光が放たれ、視界を真っ白に染める。領域外での事象改変に対応できずに一時的に視力を奪われ、腹部に魔法が当てられた。

 

 衝撃に身を任せて吹き飛ばされ、地面を転がる。下が土だったことで、多少ダメージが吸収される。止まった際に、まとめて息を吐き出す。

 

(まだだ!)

 

 不利な状況に陥っても、まだ炎は消えていなかった。まだ視界が安定しない目を補助するために耳で、鼻といったほかの器官に加え、培ってきた第六感までもを総動員して突きとめる。

 

 真横に銃口を向ける。

 

 霞んでいた目が元に戻り始め、存在をようやく捉えた。秋水も銃口を向けており、互いに突きつけ合っている形となっていた。

 

「俺の、勝ちだな」

 

 膝を着きながらも、将輝はそう宣言した。発動速度で勝っていることはアイス・ピラーズ・ブレイクで実証済み。先に引き金を引けば、決着が着く。

 

「勝利を確信するのはまだ早い。らしくないな」

 

 左側で音がした。土の中から何かが勢いよく出てくる音だ。

 

「二人……」

 

 姿を現したのはもう一人の秋水。彼は汎用型CADを携え、発動するそぶりを見せている。幻ではなく、確かに実体を持つ影分身。単純に二対一になったようなものだ。

 

 それでも、将輝の顔に変化はなかった。

 

 はじめに壁を作って視界から消えた際に作り、いきなり地面から土が隆起したのも、地震の如く揺れだしたのも地中から仕掛けたことはそれらが起こった時点でなんとなく想像がついていた。大和から影分身の存在を聞き、秋水の性格を考慮した時点で絶対に何か仕掛けてくることはわかっていたからだ。

 

 何かしてくることがわかっていて、何も準備しないはずがない。

 

 将輝は左手を右懐に動かし、それを取り出す。

 

 赤に染められた、二丁目の拳銃型CAD。今までそぶりさえ見せてこなかった、奥の手。秋水を倒すためだけに取っておいたと言っても過言ではない。

 

 この近距離で一人一人に対して十六の砲門が囲む。逃げ場などできるはずもない。

 

「俺の勝ちだ」

 

 改めて、将輝はそう口にした。

 

 トリガーを引き、魔法が発動した。

 


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