紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-14

 九校戦に参加する生徒達が宿泊しているホテルは、国防軍が所有する施設の一つ。高級ホテルと比較するとどうしても見劣りしてしまうが、セキュリティの観点から見ればこれ以上なく安心できる場所でもある。安全面から生徒だけでなく、俗にVIPと呼ばれる人間も泊まることもあり、今一室で寛いでいる老齢の男性がその例とも言えた。

 

 ただし、安全とはいっても百パーセント保障されている訳ではない。施設内に入るまでのチェックなどが厳しいこともあり、常に警備員が徘徊してはいない。一度施設内に入り込んでしまえば、そこそこのスキルさえあれば目的の部屋まで行くことができる。

 

 扉が軽くノックされる。

 

「入りたまえ。鍵は開いている」

 

 部屋の主は、あらかじめ想定していたかのように非常に落ち着いた声色でノックに応えた。

 

 数秒した後に、扉が開く。

 

「来るとすれば、今夜あたりだろうと思っていた」

 

 オレンジ色の灯で照らされる室内でも、紅い妖光は失われていなかった。老人は臆するどころか、懐かしむかのような笑みを浮かべた。

 

「九島烈、貴方に話がある」

 

「私も一度、君と話をしてみたいと思っていた。裏葉秋水君」

 

 十師族が一家、九島(くどう)の名を持つ老人は、かつて「最高にして最巧」「トリック・スター」などの異名を持つ、日本最強とまで呼ばれた魔法師。四倍以上も歳の離れている秋水の不躾な態度にも、一切不服そうな態度を見せなかった。

 

「どうしたのかね? いつまでも立っていないで座りたまえ」

 

 自然と沸いてくる感情を押しとどめ、秋水は言葉に従って空いている椅子へと座る。小さなテーブルを挟み、向かい合うような形になる。

 

「今日の試合は実に見事だった」

 

 秋水が礼を述べると、烈が小さく笑う。

 

「何がおかしい」

 

「失礼。君を見ていると、昔を思い出すものでな」

 

 間もなく九十となる烈は、おそらく現存する魔法師の中で最も多くの写輪眼を目にしてきた人間。今となっては限られてしまった写輪眼を通し、味方として、敵として出会ってきた裏葉を思い出していた。

 

「申し訳ないが、貴方の昔話に付き合うつもりはない」

 

「付き合いの悪さは祖父譲りだな。良かろう、話を聞こう」

 

 歳を感じさせないはっきりとした口調。護衛もつけていない無防備な姿は、歴戦の猛者が持つだろう余裕を感じさせた。

 

「その前に一つ聞きたいことがある。貴方が十師族を作った理由だ」

 

 日本最強の魔法師集団。今では当主の名前を知っていることは魔法師にとって常識とまで言われるようになった枠組みを作り上げたのは、今秋水の眼の前に居る九島烈その人。誰よりも十師族と言う組織を知っている彼は、二〇九二年においても師族会議議長を務めるほどの力を持っている。

 

「優越感に浸りたかったのか、権力が欲しかったのか、それとも――」

 

「無論、抑止力となるためだ」

 

 烈が秋水の言いたいことを先読みし、言葉を遮る。

 

「勿論、優越感や権力が全く欲しくなかったかと言えば嘘になるがね。それでも、無駄な争いを少しでも起こさぬためという考えが強かった」

 

 二〇三〇年あたりから深刻な問題となった寒冷化。冷え切った大地に作物など育つはずも無く、世界の食糧事情は悪化の一途をたどっていた。命の問題に直面した時、人は自らが作り上げてきた規律やモラルを容易に捨て去る。仕方がないと免罪符を与えて。伝染した悪意は、二十年も続く第三次世界大戦へと発展した。

 

「当時、魔法技研は十ヶ所建設されていた。そこで私は、各々の技研からとりわけ優秀な一家だけを選定し、十家が集う組織を作り上げたのだ」

 

 正式名称は魔法技能開発研究所、日本に設立された魔法師開発機関の名称。第一研究所のテーマである「生体への直接干渉魔法の実用化」から第九研究所の「古式魔法の現代魔法化」といったテーマの様に、研究方針は別の方向を向いていた。

 

「一つにまとめる事をしなかったのは、権力の集中を避けるためだ。どれほどの綺麗ごとを並べていようとも、他と異なることで人は自尊心を拡大させ、他者からの反感を買うことになる。その先に何があるか、君はわかるかね?」

 

「……独裁と反乱分子の形成」

 

「そうだ。身内同士で争えば、疲弊した所を狙い必ず他国が攻めてくる」

 

 各自が目を光らせ、牽制し合う。拮抗したパワーバランスを維持する事で成長を促し、四年と言う期限を設けて抑制をかける。他国に負けぬ強国を作り上げるのに、十師族という存在は必要不可欠だった。

 

「日本を守るためにも必要な存在だったのだ」

 

 十師族と言う枠組みは、大戦を経て日本は魔法技術大国や魔法先進国と見なされるようになったことから見れば思惑通りに機能したと言える。

 

「だが今では、その十師族も当初の思惑から外れかけている」

 

「……どういう意味かね?」

 

「いかに権力を誇示したまま他家を出し抜き、力を蓄えるかに奔走している。笠に着せて己の地位を絶対だと誤認し、力を得るためには手段を選ばず、人を人と思わない非人道的な事さえいとわない」

 

 表向きは権力を放棄しているものの、裏側では司法当局を凌駕するだけの力を有している。抑止力が本来の在り方ならば、あるべき姿からはかけ離れたものになってしまったといえた。

 

「噂に過ぎん。私も耳にしたことはあるが、確固たる証拠はない。仮に真実だとしても全ての家がそうと言う訳ではない」

 

「いずれ疑念は、実害を持って確信へと変わることになる。証拠なんてものは、害が出る際に小規模で済むかそうでないかの差にしかならない」

 

 疑念を持っていたとして、その家を調べる際に残りの家が味方に付いてくれるならば問題はない。だが、現実はそうはいかない。恩を売るために、甘い汁を吸うために、蹴落とすために、思い思いに天秤にかけて動くことで一つにまとまることはまずないと言って良い。発端者が利用されるだけ利用されることもあり得れば、仮に調べたとしても無実の可能性もある。得よりも損が目立ち、進んでやろうとするものはいない。結果、怪しくは思っても手を出すことはできないに等しかった。

 

「そうして不満が募って行き、やがては争いという形で爆発する」

 

「面白い仮説だ。それで君は、回りくどい言い方をしてまで何が言いたいのかね?」

 

「俺に協力してもらいたい」

 

「協力?」

 

 烈の表情が僅かだが変化した。

 

「十師族を解体し、裏葉を頂点として新たに統一を果たす。そのために貴方の人脈を借りたい」

 

「今と何が違う? 一極体制になる分、今よりも悪化するとしか思えぬが」

 

 裏葉による統治、独裁宣言だということは疑う余地も無い。末路を知っていながらもあえてその道を選んだと思える秋水の発言に、烈は少し興味を抱いた。

 

「十師族では本当の意味での平和を成すのに力が足りなかった。数が多いせいで牽制どころか互いに粗を探し、足を引っ張り合う始末。このままでは崩壊するのも時間の問題。

 頭を失えば、首から下は機能しなくなる。貴方が言ったように、敵国に攻めてこられれば成す術も無いだろう。だからこそ、より強い力を持った優秀な者が頭に置き換わる必要がある。それこそ、反乱など考えることが愚かしく思えてしまうほどの」

 

「随分と前時代的な考えだ」

 

「そう考えるのは、進化や成長をしたと錯覚しているからだ。人の本質は過去から何も変わっていない。真の平和は力によってのみ成し遂げられる」

 

 力によって万象に通じる扉は開かれる。

 

 武力だけでなく、知力や政治力といったものを一括りにした上での力のことを指しているのだろうことは容易に想像できた。

 

「言いたいことは理解した。君は私から見ても優秀と言えるだろう。だが、言うほどの力がある様には見えんな」

 

 大戦を行き抜き、強者をまとめ上げ、現在でも軍に携わっている烈の目は、高い精度で力量を測ることができた。同世代の十師族と遜色ないほどの力量だが、頭一つ飛びぬけている訳でもない。天才と呼んで問題は無いが、枠から外れるほど規格外ではない。有言実行をするには力不足だとしか感じられなかった。

 

「貴方が言う通り、今のままでは不可能だ」

 

 烈はその言葉を写輪眼のままではと解釈した。

 

「写輪眼の先にある万華鏡のことを言っているのだとすれば、見当違いだな。あれは光を失う諸刃の剣だ」

 

「万華鏡ならもう手に入れている」

 

 秋水の眼が万華鏡写輪眼へと変化する。

 

 烈は懐かしさを覚えながらも、複雑そうな面持ちをしていた。

 

「この眼ではなく、さらに先にあるもの。それこそが、この世を平和へと導く鍵となる」

 

「それほど言うのならば、鍵とやらの説明を願おうか」

 

 隠す必要はない。協力を仰いだ以上、秋水は多かれ少なかれ情報を開示するつもりだった。

 

「輪廻眼と呼ばれる、あらゆる瞳術の中でも最も崇高にして最強の眼だ」

 

「輪廻眼……古式魔法関係の奇譚(きたん)の中に合った言葉だな」

 

 秋水の言った言葉を、烈は信じていなかった。それもそのはずで、輪廻眼は古式魔法師の一部に伝わる珍しい伝承にのみ記されている言葉。内容はかつて争いによって荒廃した世界を治め、泰平へと導いた救世主の生涯を綴ったもの。時代の経過によって、今となっては知っている者はごく僅かとなっている。

 

「あれは実話だ」

 

 疑う事を知らぬかのような声。

 

「何を根拠に」

 

「俺の存在が証拠だ」

 

 秋水の言葉に、烈は眉を顰めた。

 

「伝承には救世主の死後の話も、少しではあるが書かれていた。救世主の眼を授かった兄と、救世主の肉体を授かった弟の話だ。兄が授かった眼には輪廻眼とは別の名がつけられていた。写輪眼、と。さらには弟の家紋が満月であるのに対し、兄の家紋は三日月。時の流れによって兄の血を引く者達は名と共に家紋を変えたが、三日月の意匠は残し、名を裏葉と名乗った」

 

 裏葉の家紋は団扇のような形。編と縁に囲われた部分だけを切り取って見れば三日月であることに気づく。嘘か真かはともかくとして、筋は通っていた。だが、真ととると疑問も浮かんでくる。

 

「ではなぜ、裏葉はこれまで輪廻眼を開眼できなかったのかね? 君だけが特別と言う訳ではあるまい」

 

 戦闘力を見ても、烈は秋水よりも彼の祖父の方が秀でているように思えた。万華鏡の能力によって最高峰の矛と盾を手に入れていた雷霆は、戦略級魔法師と呼んでも差障りは無かった。

 

「いや、今は俺だけが特別だ。輪廻眼へは裏葉の血だけではたどり着けない。開眼には、彼の者の眼と身体が必要となる」

 

 今はと言う言葉を聞き、烈の中で点が繋がり線となった。

 

「君の母親は――」

 

「そう、俺の母親は救世主が残したもう一つの血を継いでいた。だからこそ俺も、姉も、落ち目だった裏葉の中で特出した才能を得ることができた」

 

 兄が裏葉の系譜ならば、弟は千手と呼ばれる家の系譜。「力」ではなく「愛」が必要だとした弟の家系は血を気にしなかったために、早々に千手の名は廃れることになったが、あらゆる家に欠片が残される形となった。結果、極めて少ない例であるが先祖返りをする者たちが現れ、内一人が秋水の母となる人物だった。

 

「あとは肉体が成熟さえすれば自ずと輪廻眼は手に入る」

 

 兄と弟、裏葉と千手。二つの血が混じり合う事で眼を持つにふさわしい器が出来上がる。ただしただ合わせてればいいと言う訳ではなく、二つの割合が近い値に無ければならない。アンバランスではどちらかに傾倒し、本来の力を得ることはできない。

 

「手に入れれば、大抵のことはできるようになる。貴方が望むことも、特異な生まれによって病弱な貴方の孫の身体を治すこともね」

 

 よほどの洞察力を持っていなければ見逃してしまうほど、ほんの一瞬だけ烈の表情がこわばった。

 

 烈には今年十五歳になる九島光宣(みのる)という孫がいる。魔法師として優秀な才能を秘め、才覚だけならば秋水や将輝はおろか深雪にまで匹敵するレベル。けれど、ある事情によって身体が弱く、一年の四分の一は病床で過ごしている。

 

 決して表には出ないはずの理由を知っているかのような物言いに、改めて裏葉の恐ろしさを感じていた。

 

「……良かろう、そこまで言うのならば力を貸さないわけでもない。ただしそのためには、まず輪廻眼を持って私の前に来たまえ」

 

 秋水の話しは、あくまで輪廻眼を手にした場合の話。前提条件が満たされていない話を飲むほど烈はおろかではない。

 

「わかった」

 

 話は終わらせるために、秋水は腰を上げた。

 

 背を向けた所で、烈から声がかかる。

 

「私は既に当主の座から降りた身だ。君が条件を満たす前に九島が何をしたとしても、私の意向ではないことは理解してくれるね」

 

 休戦協定を結ぶことはない。烈の言葉に秘められた意味を秋水はしっかりとわかっているようだった。

 

「ああ」

 

「君との会話は、中々有意義だったよ」

 

 最後に秋水からの言葉は無かった。万華鏡で一瞥した後静かに扉を開け、姿を消す。

 

 今までつけていなかった背もたれに、ゆっくりと背をつける。

 

「若気の至りか、血気盛んなものだ……」

 

 多少頭はまわるようだが、と幻術による支配をしてこなかった事に対して評価を付け加える。

 

 とはいえ、全てを荒唐無稽な話だとして無視するわけにもいかなかった。

 

「輪廻眼……調べてみる価値はあるか」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 秋水が別れを告げた翌日。

 

 大会九日目を迎えるこの日はまるで心の中を写したかのようにどんよりとした曇り空だった。

 

 晴れが続いていた九校戦、第一高校が優勝を決める事が出来るかもしれない日と考えればあまり良い天気ではないが、ミラージ・バットの競技が行われる日とすれば良い日でもある。

 

 ミラージ・バットは空中に球体のホログラムを投影し、魔法を使って跳躍してスティックで打つ競技。ホログラムの技術レベルが上がっても、晴れの日の様に強い光があるとどうしても見づらくなってしまう。分厚い雲が日光を適度に遮ってくれる分、標的を視認しやすい曇りはまさに絶好の日よりと言えた。

 

 競技会場ではコスチューム姿の女子生徒達が空中を飛び回ることになる。魔法を扱う、それこそ代表に選ばれるような生徒達の容姿も相まって、妖精のようだと評されており、連日の満席が予想されていた。

 

 優勝が手に届く範囲にあるならば、第一高校の生徒達は誰一人として休むことなく会場へと訪れる。会場の応援席に座る生徒もいれば、各学校に割り当てられる場所に集まり、モニター越しに応援する生徒もいる。エリカたちを前者とすれば、真由美たちは後者だった。

 

 

 

そのどちらにも秋水の姿は無かった。

 

 

 

「どうやら、お話と違うようですね。我々は拘束、または死体を確保次第、引き渡して欲しいと頭を下げたはずですが」

 

「協力するとは言ったが、それは本国に仇名す賊を討伐することだけだ。貴方方の意向を呑んだ覚えはない」

 

「指揮権は我々にある。勝手な行動をされてもらっては困る」

 

「そちらこそ、随分と勝手な事をされている様で。今こうしてこの地に足を着けていられるのは誰のおかげかを、今一度思い出していただきたい」

 

「……まあいいでしょう。ですが、脱走されたことは貴方達の落ち度ですよ」

 

「本国に戦略級魔法の情報を与えないために、そちらが手引きをしたのでは?」

 

 異様な光景だった。

 

 白い部屋に介するのは仮面の軍団と、異国の人間。ピリピリとした空気は、曇天が蓋をしているかのように行き場を無くし、蔓延している。

 

「根拠があるので?」

 

「無い状態で口にするほど、愚かではありません」

 

 鴉の面を被った男が三枚の写真を渡す。一枚一枚にはそれぞれ別人の顔が写っていた。

 

「アトラスを捕獲した際、この三人が引き取りに来た。後になって分かったことだが、彼らは捕獲日より二日前に死亡していた」

 

 再度出した写真はまたもや三枚。ただし、写っているのは死体で、死体には顔が無かった。首から上が無くなっている事の比喩表現ではなく、文字通り綺麗さっぱり顔が無くなっている。魔法が使われたのだと言う事は誰かが口にするまでも無かった。

 

「まさか、我々を疑っているのですか?」

 

「あくまで可能性の話しをしたまでだ。仮にも彼らは実力者、そんな彼らを殺して顔を奪える者は、そうはいないだろうからな」

 

 事の発端は、秋水がアトラスを預けたあの三人組が別人へとすり替わっていたことから始まったことだった。彼らはアトラスを指定されていた場所とは別のところへと運び、独自に魔法の解析を始めた。どこまで解析し情報を得たのか、得た情報を誰に渡したのか、それらはまだわかってはいない。使われたと思われる機器はあらかた壊されており、完全に使い物にならなくなっているためだ。彼らから情報を得ようにも既に死んでおり、死体は見慣れた者でも嫌な顔をするほど凄惨な物だった。死体は語ると言っても死因程度であり、欲している情報は得られない。

 

 ただ一つはっきりしている事があるとすれば、アトラス・キーストーンが脱走したと言うこと。所在は現在もつかめず、こうして責任のなすりつけの様な事態に陥っている。

 

「それこそそちらが怪しいでしょう。この手の古式魔法はそちらの方が使い手は多いはず」

 

 使用されたのは忍術。消写顔の術と呼ばれる高等忍術で、相手の顔を剥がし取り、その者になりきることができる。変化よりも会得難易度は高いが、全身をチャクラによって別人の姿へと変えている訳ではないため、写輪眼でも見破る事は非常に難しい。

 

「この魔法を古式と断定できるほど、貴方方は情報を持っているではないか。ただ古式魔法というだけで我々だと決めつけられたくは無いな。どうも腹に据えかねる」

 

「それは貴重な戦略級魔法を扱えるサンプルに逃げられて、という意味ですかな?」

 

「さて、何のことやら」

 

 今いる場所で情報を盗ろうとしていたことは確実。ただし、誰がと言う点がわかっていない。ほぼ黒な状況でも恍けられるのは、相手側がそこまで知りえないとわかっているが故。

 

「少佐、その辺りにして下さい」

 

 制したその声の主はまるで日本に伝わる鬼のような風貌だった。紅い髪に金色の瞳、子供が見れば泣き出してもおかしくはない。

 

「我々は責任を追及しに来たわけでも、擦り付けをしに来たわけでもありません。再度協力を要請するためです」

 

 USNAが誇るスターズ。その中でも最強の魔法師であるアンジー・シリウスの一声は、場の空気を変えるには過ぎた存在だった。彼女が持つ戦略級魔法「ヘビィ・メタル・バースト」は、この場にいる全員を組み伏せるだけの威力がある。

 

「このままアトラスを放置しておけば、日本に甚大な被害がでるはず。それを防ぐためにも、今一度我々に協力をしていただきたい」

 

 国は違えど、国を思う気持ちは変わらない。愛国心の強いUSNA出身だからこそか、そのような感情が言葉から伝わってくる。

 

「喜んで協力しよう。それで、我々はどうすれば良いのかな?」

 

 元より、彼らの間にある契約は途切れていない。それでも再度求めると言う事は、どちらが有利かはっきりしているため。ここで契約が切れてしまえば、いくらスターズと言えど無断で日本に居続ける事はできない。アトラスが日本に居るのだとすれば、みすみす取り逃がしてしまう事態となってしまう。今スターズが最も危惧しているのは、それだった。

 

「我々とチームを組んでいただきたい」

 

 これまでは協力関係にあっても国別に別れて行動してきた。その垣根を越え、合同班を作ろうと言うのだ。

 

 現在、スターズのメンバーは日本にいる事を許可されているが、所構わず自由に動ける訳ではない。移動するにしても逐一許可を求めなければならなかった。国民を不安にさせないためとの名目だが、監視と常に後手に回すことが目的。スターズ側が不利な条件を回避するために日本側の魔法師はどうしても必要だった。

 

 スターズが自由に動けるようになることを理解して、首を縦に振る者はいなかった。

 

「それは断る。互いに反発し合うのがオチだ。これまで通り、別々に行動させてもらおう」

 

 峻拒(しゅんきょ)する理由は、自由を与えないためにいくらでも上げられた。実際、メリットはほとんどない。自身の手の内を晒すだけでなく、抜け駆けをすることもできなくなってしまう。何より、いつか敵になるかもしれない相手に背を預ける事を良しとしなかった。頭が固いのではない。妻や子、大切な者がいるからこそ、情報を与えてしまったことが原因で喪失してしまうことを恐れ、避けるためだ。

 

 だが仮面の奥底に隠れた真意を知っていて尚、手を挙げる者がいた。

 

「俺で良ければ協力しよう」

 

 視線が狐の面を付けた男に集中する。何を考えているのか理解しかねると言った視線。仮面に隠れた秋水の表情を、誰も読み取ることができない。

 

「ダメだ、認めん」

 

 さすがは親と言うべきか、表情を見ずとも何を考えているのかを察して釘を刺す。

 

「アトラスの狙いはおそらく俺だ。貴方方では足手まといでしかない」

 

 総合力で見ればスターズの圧勝。アトラスと一度の戦闘によって七人の兵が戦死していることから、他の兵の力もたかが知れている。真由美の時とは違い、本心から邪魔としか思っていなかった。

 

 仮面を付けた者達が死んだものへの侮辱に対して怒りを顕にしなかったのは、仲間意識などないため。呆気なく死んでいった者達を内心ではあざ笑っている者もいるだろう。だが、自身が侮辱される事に対して耐性があまり無い者はいた。

 

 鳩の面をした男は怒声を張り上げ大きく一歩を踏み出すも、後が続かない。狐の面の奥から覗く写輪眼によって無数の杭が生みだされ、男の身体へと打ち込まれていた。杭そのものは現実ではなく幻の中のことだが、僅かに露出している肌から汗が出る様は、蛇に睨まれた蛙そのもの。

 

「そうやってすぐに周りが見えなくなるから無駄死にをする。相手の力量がわからない状態でそのような行為は望ましくない」

 

 鼻でも鳴らすかのように秋水は目線を戻す。幻術が解けたことで拘束から解放され、音を立てて両手を地面に付ける音が鳴った。

 

「話を戻そう――。あの時は一人で可能だったが、今回もそうなるとは限らない」

 

 手の内を晒した以上、対策を講じてこないほど相手も馬鹿では無い。何より遠距離から一方的な攻撃を仕掛け来られては、秋水が後手に回る事は本人が一番理解していた。もっとも、後手に回るだけで勝てないわけではない。重大なリスクを無視すれば、目視できれば天火明の発動も可能。

 

「だから、協力する以上は彼の魔法に相性の良い魔法師を傍に置きたい。例えば、広範囲にプラズマを放射できる者とか――」

 

 自分へのリスクを限りなく減らし、その上で戦力を増強できるように仕向ける。得られないのならば得られないで構わないが、今秋水が欲しているのはたった一つの魔法式。

 

 言いたいことを察したかのようにスターズがざわつき始める。

 

 紅い眼をした悪魔が赤い髪をした鬼へと指を指す。

 

「アンジー・シリウス。貴女が俺とチームを組んでくれるのならば、俺は貴女方に力を貸そう」

 


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