紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 3-4

 裏葉霆春の万華鏡写輪眼に宿る固有瞳術、「武御雷(タケミカヅチ)」。日本神話に登場する雷神の名を持つこの瞳術は、術者の肉体に作用する珍しいタイプのものだった。それを如実に示すかのように全身が青白い電光に包まれている。

 

(武御雷……。あいつが最強と謳われた万華鏡の瞳術)

 

 秋水の眼が霆春と同様に基本巴から変化する。通常の写輪眼では、恐らくは対応できないと判断しての事だった。

 

「その眼、貴様も万華鏡を開眼していたとは……誰を殺した?」

 

 最も親しき者の死を経験して得た、悲劇の力。経験故に、自ら手をかける必要はない。それは、秋水の存在が証明している。

 

 霆春の言葉から、秋水は彼が自ら親しき者を手に掛けたことを理解した。その事実は、完全に敵と見なすには十分。

 

「あんたと一緒にするな」

 

「あいつには娘がいたはずだ。貴様の姉になるのか……そいつは今、何処にいる? ――その顔、貴様」

 

 言い切る前に秋水の右眼から血が溢れ、霆春を捉えた。

 

 青白いチャクラに包まれた霆春の身体に大きな穴が開く。視点発火の天火明は、何であろうと穿つ事ができる。

 

「……焦点の合った箇所に超高温の熱をぶつける。……これが貴様の瞳術か」

 

 身体に穴が空き、崩壊を初めながらも霆春は何もその身に起きていないかのように語り出す。

 

「この武御雷と比較すれば、取るに足りん力よ」

 

 霆春の身体が爆ぜる音と共に消える。

 

「――ッ!!」

 

 秋水に拳が叩き込まれるのと、ほぼ同じタイミングだった。躱す間も無い一瞬の出来事に、秋水の身体が反応することはできなかった。蹴られた時以上の衝撃が、秋水の身体をはるか遠方までボールのように突き飛ばす。

 

 今度は停止を待たず、霆春が追撃に出た。

 

 通過点を先読みし、その場で長い足を斧のように振り下ろす。威力は落雷そのもの。荒れ狂う雷が埋められている電線に触れたのか、周囲の建造物の電気が落ちた。地下通路への電力もその電線が賄っていなのであれば、地下は今頃混乱状態に陥っているだろう。

 

 体内の何処かが損傷したのか、秋水は吐血をした。それでも、腕も脚もまだ欠損はしていない。

 

「俺の攻撃を二度も受けて生きているだと……貴様、一体――」

 

 言葉を最後まで言わずに、霆春の身体が裂けた。よく見えるというだけで、写輪眼は人の可視範囲を超えることはない。自身の力への過信もあり、秋水の攻撃は当たった。

 

 当たっただけだった。

 

 白い炎爪が、青白い体躯を貫いている。手応えは合っても、それが偽りであるかのように霆春の表情に変化はない。

 

「なるほど、それが須佐能乎か」

 

 事実、刺さっているようで刺さっていない。無数の電子の塊である霆春の身体を攻撃したところで、その箇所の電子が余所へと追いやられるだけ。再度収束をかければ、元に戻ってしまう。

 

「貴様の才覚には驚かされる。よもや、須佐能乎まで会得していようとは」

 

「その口ぶり……どうやら、あんたには宿らなかったようだな」

 

 須佐能乎は万華鏡写輪眼を開眼した者の中でも、更に一握りの者だけに宿る力。一説には左右の万華鏡が別々の瞳術を有した者に宿るとされているが、例が少なすぎるために確証を得るには至っていない。

 

「ああ。だが必要のないものだ。俺の術と相性が悪いのでな」

 

 完全雷化。それが武御雷によってもたらされる効果。全身を雷そのものへと変化させることで物理攻撃を無効化するだけでなく、移動速度も雷と全く同じになる。その速度は約一五◯キロメートル毎秒。音速が三四◯メートル毎秒だということを考慮すれば、破格の速度だということがわかる。その差は約四五◯倍。人間に反応できるような速度では、とてもではないがなかった。

 

 霆春は一度拡散し、別の箇所へと収束する。刺し傷は案の定どこにもない。

 

 秋水は何度か咳き込みながらも、ゆっくりと上体を起こした。眼を離すこと無く、先ほどのやり取りから得られた情報を分析し始める。

 

(二つ名通り、まさに雷だな。流石にあの速さに直接反応するのは無理だが……手がないわけじゃない。試してみるしかないな)

 

 腰に手を当て、八本のクナイを口寄せする。一つ一つはそれほどではなくとも、数を持てば手にその存在感をいやというほどに感じる。指の間に挟めば尚更だ。否、これが生死に関わると考えれば、それでもだいぶ軽いのかもしれない。

 

「まさか、もう手が無いとは言うまい。まだ見せていないモノがあるならば、早く見せた方が良いぞ」

 

 絶対的な力を持つが故の慢心。それでいて生前の不敗神話があるのだから、いかに驚異的な存在だったのかがわかる。加えて、現在は再生能力付き。鬼に金棒とはまさにこのことだろう。

 

(それに攻撃が俺に当たった事を考えれば、攻撃を当てることも不可能と言うわけじゃない)

 

 秋水は発動していた須佐能乎を解く。天に登るように消える白焔は、どこか幻想的で儚いものだった。

 

 霆春は眉を潜めた。須佐能乎を解くということは、それまで守っていた強固な盾を捨てることと同義。諦めたのかと思えば、秋水の顔はそれを否定していた。

 

「それなら、遠慮なくやらせてもらう」

 

 秋水は慣れた手つきで、左右四本ずつ握っていたクナイを霆春めがけて投げる。丑、戌、辰、子、戌、亥、巳、寅と印を結べば、その数は二倍三倍と数を増やした。既に五十近い数のクナイに対し、秋水は更に手裏剣などを投げつけ、既に投擲されているクナイの進路を強制的に変更させた。中には標的に当たる前に地面に落ちてしまう物さえある。

 

 襲いかかる刃物の雨に、霆春は眉一つ動かすことはなかった。

 

 ある程度の距離まで接近したクナイが、霆春を避けるように急遽あらぬ方向へとその矛先を変えた。

 

 クナイは金属製、つまりは導体。電気を通りやすいということは、生じる磁場へと影響も大いに受けることになる。全身が雷である霆春がそれらを操ることなど、造作もないことだった。

 

 掠ることさえしなかった無数のクナイは、無造作に地面に刺さっている。単なるチャクラの無駄遣いかと思えても、秋水からすれば望むべき結果だった。

 

 雷がそれに引き寄せられるかのように、秋水は数多くある導の一つへと飛んだ。

 

 霆春の万華鏡を持ってしても、その移動は追うことはできなかった。

 

 秋水が跳んだ先は霆春の視界の外。そして、最も近い位置に落ちたクナイ。点と点を重ねる飛雷神は、速度換算をすれば雷を超える神速に当たる。加えて三次元上での移動でないために、動きを写輪眼で見切ることはできない。

 

 しかし、跳んだ後は違う。機械的なセンサーの類でも反応すれば、霆春のように周囲の微かな変化を感じ取って反応する事もできる。見失って動揺すること無く、すぐさま変化に気がつくことができたのは、彼の戦闘経験の多さを物語っていた。

 

 秋水の突きが、見ることもなく躱される。

 

 霆春は別の場所に移動すること無く、回避行動からそのまま攻撃へと移行した。一連の動作には無駄がない。最小の動きから、最大の威力を発揮することができるだろう。

 

 秋水の万華鏡の模様が、回転を始めた。

 

 霆春の拳が秋水の脇腹を、正確には衣服を捉えた時だった。

 

「――何!?」

 

 秋水が手に持っていたクナイへと、体勢や霆春との位置関係を変えるために飛んだ。勾玉上に揺らぐ白炎を、霆春の身体に押し付ける。

 

 爆発音が響いた。

 

 霆春が移動する際に鳴る音とは比べ物にならない大きさ。秋水は確かな手応え感じ取っていた。

 

 カウンターアタック。

 

 それが、秋水が霆春に攻撃を当てる方法。

 

 物理的に殴ることができるならば、それは実体を持っているということ。これは不変の定義といえる。それでいて相手からの攻撃は効かないのであれば、実体化のオンオフを任意に行っていることがわかる。攻撃を加えたタイミングなどを加味すれば、基本的には非実体。実体化しているのは攻撃を加える時のみ。ならばその時に攻撃を当てれば、いかに雷霆であってもダメージを与えることができるというのが秋水の考えだった。

 

 離れた位置に飛び、相手の様子を伺う。

 

(どうやら、予想はあたっていたようだな)

 

 秋水の考えは、あくまで得られた情報を下に分析したもの。全てのピースがそろっていない状態で、パズルの完成図を予測することと変わりない。更には、推論が当たっていても攻略方法が実現できなければ何の意味もない。頭脳だけ優れていても、力だけ優れていてもこれを成すことはできなかっただろう。六道にたどり着くために裏葉と千手が必要なように、勝者に成るためにはその二つは決して欠いてはいけない。

 

(とはいえ、まだ一撃を入れただけ……楽観はできない)

 

 全開で万華鏡写輪眼を使いながらの飛雷神を二回。これだけやって、ようやく一撃なのだ。飛雷神だけならばまだなんとでもなるが、万華鏡はそうはいかない。使えば使うだけ、その瞳力は失われていく。長く戦っている余裕は無い。

 

「フフ……フハハハハ!」

 

 不気味な笑い声だった。何が面白いのか、地鳴りのような声はしばらく続いた。

 

 笑うことに満足したのか、天を向いていた顔は地を向く。演技掛かった仕草で、自身の額に手をおいた。武御雷を解除しているのか、既に身体に電気を纏ってはいなかった。

 

「勘が鈍っているとはいえ、まさかこの状態の俺が一撃喰らうとは……この体が穢土転生体でなければ重症だったな」

 

 好機ではあるが、秋水は迂闊に動くことができなかった。経験値の差は圧倒的。こんな時どのように動くかなど、霆春にすべて読まれている恐れがある。

 

 眼を休めるためにも、話に乗ることを選択した。

 

「穢土、転生?」

 

 秋水にしてみれば、その言葉は聞き慣れないものだった。

 

「そういえば、まだ貴様の問にも答えていなかったな。良いだろう、俺に手傷を追わせた褒美に教えてやるとしよう。

 穢土転生とは、死者の魂を黄泉から現世へと呼び出す口寄せ忍術の一種だ。無論、魂を呼び出したとしても憑代(よりしろ)となる器が無ければこの世に定着はできん」

 

 口寄せ忍術は時空間忍術の一つであり、任意の物を任意の場所に別空間から転移させる忍術。別空間と言ってもこの地球上のどこかであり、黄泉や浄土などといった不確かな場所からの、それも魂の口寄せなど秋水は聞いたこともなかった。

 

「魂のみとなった死者の特定はどうやっている。それに器とは何だ」

 

 定着方法以上に、器の存在が秋水は気がかりだった。ある程度の予測は立つが、答えを聞くまではわからない。

 

「そう急くな。順を追って説明してやる。口寄せに必要な物は二つだ。呼び戻したい死者の遺伝子を一定量と、生きた人間。その生け贄に魂を強制的に定着させることで、死者は時を超えこの世へと蘇る」

 

 霆春の話がすべて正しいとすれば、彼が蘇るために一人の人間の命が犠牲に鳴ったということ。秋水からすれば、知らない人間の尊い犠牲など無関心にも等しかったが、気に入らない術ではあった。

 

「この術を用いて蘇った死者には、いくつかの特徴がある。血継限界を含む、生前技能の能力すべてを使用できること。決して滅びることのない不死の肉体。尽きることの無い無限のチャクラを得る」

 

 再生は元より、全身を雷に昇華させる武御雷のような魔法は、チャクラの消費量が他の魔法に比べて桁違いに多い。純血の裏葉の者であれだけの時間断続的に発動ができていた理由にようやく合点がいった。

 

(本当に無限などということは無いだろう。ということは、消費したチャクラを回復するか、一定時間で一定量のチャクラが回復するかの二パターンのどちらかだな)

 

 この二パターンから正解を絞る必要はない。必要なのはチャクラの最大値は生前と変化がないということ。仮に最大値に再現が無ければ、一人の魔法師ではとても発動できないような広範囲殲滅型の大規模魔法も、単独かつ連続で打ち放題ということになってしまう。そうであったならば、勝ち目は全く無かっただろう。

 

「そして何より素晴らしいのは、この術には俺にとってリスクが無いということだ」

 

「そんなはずはない。どんな魔法にも必ず穴があるはずだ」

 

 全てを穿つ天火明も、視力低下の他にも何も見えない暗闇では発動できない欠点が存在する。時空間跳躍ができる飛雷神にしても、マーキング地点を把握されてしまえば飛ぶ地点を事前にマークされてしまう。どんなに強力な魔法であっても、必ず欠点は存在するもの。

 

「言っただろう。俺には、とな。元来呼び出された死者は、(ここ)に札を埋め込まれ術者に絶対服従となる。だが、呼びだされた死者が術者よりも遥かに実力で優っている場合は縛り切ることが困難となる。今の俺のようにな」

 

 死者を呼び戻す魔法など、相当の腕が必要だろう。そんな術者との力量差を強調し、自身の優秀さを強調している。

 

「蘇ってまで、あんたは何をするつもりだ」

 

 霆春が口を開くのに、少し間があった。

 

「決まっているだろう。この世界を統治する。大衆は実に愚かだ。戦争によって大切な者を失って痛みを知り、もう二度と侵さぬと誓ったとしても、その思いは時とともにいとも容易く風化していく。刻みこんだはずの思いを忘れた頃に争いは再び生じ、また同じ事を思う。繰り返し起こる争いで人が学ぶことは、いかにして楽に大量に殺すかだ」

 

 無骨な石器の武器から、殺傷性が上がった金属製の武器へ。やがては火薬を用いた武器が発明され、銃の雛形となった。この火薬を用いるという考えは今後の兵器に大きな影響を与え、世界全土を巻き込む大戦では大量の火器が用いられ、多数の死者を出した。二度目の大戦では核兵器が使用され、何十年、何百年と人の住めない土地も生まれてしまった。

 

「今の世を見てみろ。三度の大戦を経験しても、人は尚も争い続けている。愚民どもに舵取りを任せていては、いつかまた大戦が起こるだろう。だから俺は悟ったのだ、この下らない世の中の理を根本から変えるしか無いと。ただ、それを成すには当時の俺では無理だった。仮にできたとしても、人の寿命は持って数十年。優れた指導者を失えば、愚民どもは再び過ちを犯すだろう。後継者を作ることも考えたが、生まれた倅を見て俺は絶望し、理解した。人は才能さえもまともに受け継げないのだと。だからこそ必要だったのだ。老いることのない、朽ちることのない身体が! 永久に生き続け、先導する優れた人間が!」

 

「それが、あんただって言うのか」

 

 似ている。秋水はそう思ってしまった。

 

「そうだ、この俺が! 裏葉霆春がそれを成す! この腐った世を破壊し、新たな世界を作り出す!」

 

 力を見せつけ、恐怖で人を縛る。絶対服従を目標とするならば、恐怖ほど簡単で強いものはない。逆らう者は誰であろうとも粛清しよう。自分に付いてくる者だけを残そう。そんな意図がひしひしと伝わってくる。

 

「だが、今のあんたは術者の操り人形でしか無いだろう。良いように使われて終わりだ」

 

 秋水の疑問は、鼻で笑われ一蹴される。

 

「先ほどの説明では仕方ないが、貴様は思い違いをしている。この俺が何の策もなしに、わざわざ大亜の死霊使い(ネクロマンサー)風情に術と遺伝子を渡すはずが無いだろう」

 

 ただ渡しただけではない。転生するためには死を迎える必要があるが、その死体から写輪眼を奪われることは必須。そのためにも瞳力を完全に失った状態で死ぬ必要があった。なおかつ、穢土転生の術者を何が合っても裏切らない程度に心酔させる必要も合った。それこそ万華鏡の固有瞳術クラスの幻術でも無ければ、術者が死んでしまえば解けてしまう。ゆっくりとじっくりと、時間をかけた。

 

「まさか……」

 

 ()()()リスクがない。

 

 聞いた時以来、頭から離れなかった言葉が、ここに来て更に自己主張を始めていた。

 

「覚えておけ。この術の最大のリスクは、呼びだされた死者が解除の印を知っていた場合、死者の(こちら)側から一方的に口寄せ契約を破棄できることだ」

 

 巳、未、亥、酉、寅。

 

 素早く結ばれた五つの印。霆春は古くからある口寄せでもするかのように、右手を上げ、地面へと振り下ろした。

 

「穢土転生――解」

 

 特に変化は見て取れなかった。

 

 だがそれを証明するかのように、霆春は出し抜けに自身の頭を貫いた。頭部に開いた穴はすぐに塵芥が集って塞ぎ始める。手には血の一滴も付いておらず、代わりに一枚の、起爆札程度の大きさの紙が握られていた。

 

「……それが命令札か」

 

「そうだ。いかに抵抗できても、これを取り出すことだけはできなかったのでな。ようやく鬱陶しい物を取り出せた。これで俺は、穢土転生の利点を得ながらも自由意志で行動ができる」

 

 不死の肉体に無限のチャクラを得た化物が、何の制限もなく自分の意思で行動できる。まさに最悪の状況だった。

 

「今更ではあるが、貴様に一つ問おう。俺に付く気はあるか?」

 

 裏葉が統べる。

 

 秋水にとってもそれは叶えるべき願望であり、望んだ未来。手を組めば、一月(ひとつき)もかからずに日本を掌握できるだろう。

 

「悪いが、断る」

 

 それでも、返事はノーだった。

 

「ならば、貴様はここで消しておこう。その才覚、放置しておけばいずれ厄介になるのでな」

 

 秋水の眼が、万華鏡へと変化する。

 

 霆春の身体が、雷へと変貌する。

 

 休戦は終わり、第二ラウンドの火蓋が落とされた。

 

 動いたのは霆春。カウンター狙いの秋水は、基本的に後手に回るはめになる。ただ、後手と言っても遅れをとっているわけではない。

 

 左側からの攻撃。単調な右殴打だった。

 

 秋水は膝を少し屈め、攻撃が来る方向を向きながら握りこぶしを作った左腕を伸ばしていく。霆春の拳とぶつかるかどうかのギリギリの箇所を通過し、右頬を捉えた。

 

(これは――!)

 

 天から降り注ぐ雷は、単に上から下に無作為に落ちるのではない。原理が存在し、工程がある。まず来るのは、道筋を作るための先駆放電(ステップトリーダー)。次が先駆放電を迎える先行放電(ストリーマー)。この二つが繋がることで大量の電荷が流れ、主雷撃、つまりはよく見る雷となる。秋水が見ているのは先行放電。魔法で作り出す以上は、写輪眼で捉えることができ、移動箇所を見ぬくことができる。場所がわかれば、対処もしやすい。実体化した際の攻撃速度は雷速よりも遅いため、なんとかカウンターを合わせることができていた。

 

 青白い光が拡散し、秋水の周りを彩る。夜のイルミネーションを見ているかのように綺麗だったが、すぐに秋水は別のクナイへと飛んだ。

 

 様々な箇所で雷が迸った。中の獲物を逃がさんとばかりに、雷が檻を作り出す。

 

 少し離れた位置に避難した秋水の顔には、わずかに驚きの色が浮かんでいる。

 

(さっきより切り替えが速い。それに――)

 

「そんな技が使えるならば、なぜあの時使わなかった、か?」

 

 背後からの声は、心を見透かしたかのようなものだった。

 

 マーキングはいたるところにしてある。仮に飛雷神の仕組みを知っていたとしても、どこに飛ぶかまではわからないはずだった。

 

「端的に言えば、貴様を舐めていた。それだけのことだ」

 

 別の場所へと飛雷する。

 

 先程までいた場所を見れば、人影は一つとしてない。

 

 まぐれなどではない。完全に読まれていた。

 

 得体の知れない恐怖が、蛇のように長い舌で秋水の背筋をそっと舐める。

 

 何故だという疑問が浮かぶよりも先に、身体がチャクラを練って別の場所へと飛んだ。あの場所に少しでもいればまずいと、本能がそう告げていた。

 

 背に張り付く嫌な感覚は、一向に剥がれる気配がない。

 

「無駄だ。いかなる術もこの俺の前では無力。貴様程度の飛雷神では、最早何の意味も持たん。わかっているはずだ」

 

 飛雷神を一人でそつなく発動できるようになった後も、課題となる点がいくつかある。距離や質量、発動速度は勿論だが、跳躍して現界する際に生じる時空の歪みを減らすことが重要になる。これが大きければ大きいほどすぐに出処を感知されてしまうのだ。秋水は姉とは異なり、完全にその歪みを消すことはできていなかった。そしてその未完成さが仇となってしまう。

 

(全身が感知器みたいなものか……俺の飛雷神じゃ無理はない)

 

 電磁波。通信から医療など、様々な分野で用いられているこれは、無いところを探すほうが難しいほど身近に溢れかえっている。武御雷を使い雷霆となった霆春は、電磁波という感知網を手中に収めたことも同然。ほんの僅かな揺らぎさえもすぐに検知することができるほどに、感知力は長けている。秋水が飛雷神を使った際に出る揺らぎと万華鏡の瞳力も合わさり、寸分違わず霆春に出処を教えていた。

 

 飛雷神の効果が薄いとわかれば、打てる手は一つだった。白炎が秋水の身体を覆い、骨が生じる。骨に肉がまとわり付き、外皮を作る。回避ではなく、防御と攻撃に主体を置いた。

 

「だが、貴様は雷霆状態の俺に一撃を与えたのだ。敬意を表し、これからは本気を出そう」

 

 

◇◇◇

 

 

 轟音の嵐が止んだ。

 

 それは、決着の証。

 

 周囲にある影は二つしか無く、その一つも瓦礫の壁にもたれ掛かかりながら腰を地につけている。その地面も血に侵食され、赤黒く染め上げられている。倒れている影からは、音を立てながら揺らぐ棒状の物が出ていた。懐に突き刺さっているそれは、大きさを考えればかなりのダメージを負わせた事が伺える。彼は負けたのだ。

 

 勝者は敗者を呆然と見下ろしている。二つの紅眼には、様々な感情が入り混じっているようでもあった。

 

「二度もイザナギを使ったとはいえ、ここまで粘るとは……大したやつだ」

 

 勝者は、裏葉霆春。

 

 敗者は、裏葉秋水。

 

 戦いの規模は甚大の一言に尽きる。規模だけ見れば戦術級魔法師同士がぶつかったかのように、一帯が崩壊している。都会に見合わない、開けたその地からは、広い空を望むことができる。澄んだ空は茜色から濃藍色へと変わりつつ合った。探そうと思えば、一番星も見つかるかもしれない。見ることは、叶わないが。

 

 刺さっていた雷の槍が消えると、秋水は支えを失って地にひれ伏した。もたれ掛かっていた壁には、倒れた際の残滓が醜く残っている。

 

「名残惜しさは残るが、仕方あるまい」

 

 対して霆春の身体には、傷一つ付いていない。雷霆状態で無効化したのか、穢土転生の効果で再生したのかは定かではない。過程など、勝負の世界では何の意味も持たない。結果がすべてだ。どんな手を使っても最後に立っていた者が勝者となる。

 

 霆春は近場で最も高いビルを探すと、二三跳びで屋上まで到着した。

 

 風を感じ、何かを確かめている。

 

「……少し乾燥しているが、問題はあるまい」

 

 印を結び、天めがけて何かを放つ。何が降るわけでもない。少しずつ空に現れ出したのは積雲。集っては、カミナリ雲とも呼ばれる積乱雲となった。分厚くどす黒いそれからは、時折中に潜む獣のうめき声が溢れていた。

 

 霆春の眼は秋水ではなく、この地全体を見ていた。

 

「まとめて散れ」

 

 

◇◇◇

 

 

 秋水が目を覚ました時、そこは真っ白な空間だった。見渡す限りの白。足元は水面のようであるが、どこまで続いているのかも見当が付かない。気がおかしくなりそうでもあるが、不思議とそのような気分にはならなかった。

 

(どこだ、ここは? それに俺は、確か――)

 

 戻ってきた記憶は、寝起きにはきついものだった。手足がもがれる瞬間、胴体が分断される瞬間、胸を貫かれる瞬間。内二度はイザナギで幻夢へと変化させたものの、いずれも死をイメージさせる。嫌なことを思い出したために忘れ去ろうとした時、ふと異変に気がついた。

 

(両目が見えている……なるほど、俺は死んだのか)

 

 よくよく観察すれば、衣服は同じだが傷らしき傷は一切なかった。

 

 死んだと考えれば、周囲の光景は納得がいった。天国でも地獄でもない。何もない無。霆春に勝てなかったことは癪だが、死そのものにはどこか受けていているようでもあった。それは、秋水にとって過去に大切なモノが多いからなのかもしれない。

 

 鈴のような音ともに、白い地に波紋が広がる。

 

 気配を感じた秋水はゆっくりと振り返った。目を見開かせるほどの光景が、そこにはあった。

 

「姉、さん……」

 


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