紅き眼の系譜   作:ヒレツ

34 / 45
更新、挨拶ともに遅れましたが、あけましておめでとうございます。


Episode 3-6

 

 風が吹き、髪を暴れさせる。乱れた前髪に邪魔されぬ少し下の位置では、真紅の魔眼が相手の全てを見透かすかのように覗いていた。三つ葉銀杏に組み巴の一部が合わさったかのような模様は、秋水の万華鏡でも、風夏の万華鏡の模様でもない。二つが合わさり、新たな形を作り上げていた。

 

 肩の力を一度抜き、秋水は冷えた空気を体内に取り込む。湿度が多かった夏の空気とは異なり、冬の乾いた空気に近かった。心中はこれまでに無いほど穏やかで澄んでいる。それでいて闘争心は消えること無く、切れぬものなど無い至高の一振りのように研ぎ澄まされていた。雑念は無い。恐怖心も、余計な感情も一切ない。極限にまで高められた集中力はこれまでとは全くの別物と言える。自身の名が持つ、「一点の曇りもない研ぎ澄まされた刀」という意味を体現しているかのような状態だった。

 

 霆春がビルから飛び降りる。自殺体のように身体がくの字に曲がることはなく、足を下にしての降下。現代魔法のように落下に対して減速をかけることもなかった。何十キロもある物体がそれなりの高さから飛び降りれば、元来その衝撃は凄まじいものになる。彼の場合は雷が地面に落ちたようなものであり、同体重の人間が降りた時以上の音と振動を引き起こした。地面から生る噴煙に稲妻が奔る。

 

 見た目の派手さに惑わされず、秋水の眼は霆春が動いた方向に動いていた。考えるよりも早く、身体が勝手に動き出す。これまでは見えなかった実体化の瞬間も、今の瞳力ならばほぼ見切ることができた。拳が届く位置を僅かな動きからイメージし、そこに白焔を纏った自身の拳を合わせた。

 

 炎と雷がぶつかる。拡散した炎に電流が流れ、周囲に被害を撒き散らした。

 

 殴打した側の霆春の腕が崩れだし、幾つもの放電現象を引き起こす。砥がれた雷牙が、秋水めがけて襲いかかった。

 

 それよりも早く、秋水の身体を須佐能乎が守った。か細い牙では堅固な外殻を突破できず、須佐能乎の輪郭をなぞっているだけにとどまっている。

 

「今度は完全に見切るか。実に良い眼だ」

 

 この程度の雷ならば防いで当然。霆春が賞賛したのは、須佐能乎ではなくその大本となる瞳力。

 

 無造作に須佐能乎を覆っていた雷が、五本に収束して巨大な手となる。力任せに引き寄せると、足場が外れ須佐能乎と共に秋水も浮き上がった。無知のように雷腕をしならせ、右へと投げ飛ばす。車に当たり、車が容易くひしゃげた。

 

 車体が潰れたことと須佐能乎を纏っていることでダメージこそ無いものの、車の向かいに立って体勢を立て直す僅かな時間は隙を生むには過ぎたもの。 

 

 浮いた秋水の足が再び地に付く前に、霆春が実体を持ったまま迫る。秋水が一歩下がれば、数歩分進む勢い。秋水の背中がビルの壁面に着く頃には、霆春が既にスクラップ同然の車を木っ端微塵にして突っ込んできていた。本来ならば逃げ道を失ったことになるのだろうが、秋水にとって壁に対する認識は非魔法師や魔法師とは少し違う。壁は垂直にそびえ立つ地面でしか無い。チャクラを足に必要な分だけ集中させ、後退したまま壁面を駆け上がっていく。

 

 壁に足を吸着させる技は、チャクラを扱う者からすれば基礎中の基礎。霆春がその基礎をできないはずもなく、須佐能乎の攻撃をほぼ直角に動いて躱しながら彼もまた難なく駆け上がる。全身から放出されている以上のチャクラが右の掌に集まっていることで、わずかに触れただけの壁が抉り取られた。地面から天めがけて進む雷は、時間を逆行させているかのように見えることだろう。

 

 秋水に霆春が追いつき、炎の鎧に雷の矛が突き立てられた。

 

 骸鎧の胸骨に罅が入る。

 

 防がれたにも関わらず、霆春の表情は曇らない。むしろ上機嫌で、嬉々としているようにさえ見えた。

 

「やはりな。その模様、永遠の万華鏡か!」

 

 一度は同じ技を受け、鎧は砕けて心臓と肺を持っていかれた。それが罅にとどまっているのだから、強度ははるかに向上している。

 

 秋水の眼が初めて霆春から離れ、足場にしている壁を見た。右足を後ろに下げ、身体の軸をずらす。

 

 亀裂が生じ、雷の苗が芽吹いた。急速に育つ枝は、先程まで秋水がいた位置を貫いている。少し遅ければ、串刺しになっていたことだろう。

 

 道ができれば、後はそこをたどるだけ。須佐能乎の弱点である足場から、霆春が内部へと侵入をしてきた。迎撃に出た秋水の手首は掌底で弾かれ、持っていたクナイは上へとはじかれる。

 

 霆春の指先が蛇のように、目玉を抉り取るために伸びた。

 

 秋水は半ば反射で身体をのけぞらせるも、その程度の動きではすぐに追いつかれてしまう。指先と眼の距離が十センチ、五センチと刻一刻と近づいてくる。一センチを切り、本当にあと僅かというところで霆春の指先が消えた。それは指先だけには留まらない。延長線上に合った肘や肩も、容赦なく何かによって消去されていく。何を行ったのかは、秋水の右眼から滴る血涙が証明していた。

 

 右腕を失った程度で霆春は止まらなかった。即座に実体化を解き、電子を移動させることで小さな雷を無数に発生させる。散り散りになった電子を天火明で捉えることはできない。逃げる間もない。薄くなり消え行く須佐能乎の内部で、今まさに電光が弾けようという時だった。

 

 敵味方関係なく、その場にあるエネルギーが嵐によって吹き飛ばされる。

 

 こんなことができるのは一人しかいない。

 

 それを知っているか知らないかで、二者の間で次の行動に移るまでの時間に差が生じた。微々たるものでしか無いが、十分なものだった。

 

 秋水は一度、飛雷神を使って霆春から距離を取る。跳んだ先は達也の側。確認や情報の伝達などは直接行うに越したことはない。

 

 秋水は、霆春が実体化するさまをじっと見ていた。

 

 実体化が終わり、武御雷が解除される。どこからか塵芥が集まり失った部位の再生が始まった。

 

(……四、五。やはりな。どの部位がどれほど損傷したとしても、再生する速度は同じ。損傷箇所が複数の場合は同時に再生され、実体化時に受けた傷は雷化したとしても回復はしないということか)

 

 現状と過去を重ねあわせ、答えを導いていく。先程までは見えなかった活路が、薄っすらと見え始めていた。

 

「おい」

 

 顔を向けずに、ぶっきらぼうに呼びかける。

 

「なんだ」

 

 応答もそっけないものだった。

 

「さっきの魔法、実体にも使えるか?」

 

 再生している箇所は秋水の天火明でダメージを受けたもの。達也の魔法はあくまで霆春の電子操作を打ち消しただけのものにすぎなかった。須佐能乎まで消えたにも関わらず、秋水が何の被害も受けていないことが何よりの証拠。

 

「使えるなら今がチャンスだ。どうやら、再生中には武御雷を使わないようだからな。もし使えないならば、あいつが雷化した時にだけ打つでも何でもいい。とにかく時間を稼げ」

 

 回りくどい言い方をしなければならないのは、秋水にとって実に面倒だった。

 

 秋水にも天火明や須佐能乎といった大火力の攻撃は存在しているが、そう何度も使えるほど残っているチャクラが潤沢というわけではない。対して達也は、いくら使っても枯渇しないのではないかと思えるほどのサイオンを有している。分解という、稀有で強力な力も。それらを使わない手はない。

 

 脚部にチャクラを集中させる。足の指先まで神経を尖らせる。初速から、最大速度で駆けた。写輪眼を持っていることや経験の差から、フェイントを使っても欲しいだけの効果は望めない。余計なことはせず、愚直に攻めることこそが一番ダメージを与える可能性が高い選択肢だった。

 

 拳と掌の衝突は衝撃波を産み、周りに落ちている瓦礫を拡散させる。

 

 拮抗している間にも、霆春の右腕は再生を続けている。肘の少し上あたりまでは、既に服とともに修復されていた。

 

 秋水が視軸を合わせようとするよりも先に霆春に力を外へと往なされ、彼を自由にしてしまう。往なした反動を利用して一歩踏み込まれる。躊躇なく再生中の腕で肘を入れられそうになったが、左手で肩を抑えることでそれを回避した。それだけで終わらない。打つかっている力の方向をずらし、身体を回転させる力に加える。霆春の背後に回った秋水は、右手に持ったクナイで首を狙った。

 

 捉えたのは、残像だった。

 

 真下から弧を描きながら迫る踵、存在を確認したと同時に顎を捉えられた。雷遁のチャクラで肉体活性がされていなくとも、意識を刈り取らんばかりの速く重い一撃。咄嗟に身体を反らしていなければ、それは現実のものとなっていただろう。

 

 秋水に追撃は来なかった。

 

 霆春は、攻撃するために近づいてきていた達也へと狙いを変えていた。

 

 霆春と達也の応酬は、霆春の攻撃を達也がなんとか捌いている状態。秋水とは異なり、初めから防御と回避にだけ集中しているのだろう。

 

 意識が完全に戻った秋水は、すぐさま闘諍(とうじょう)に入り込む。

 

 その様子を見た達也は、霆春の一撃をあえて受け止め、そのまま足を掴む。

 

 隙が生まれた。

 

 はずだった。

 

 霆春は技と掴まれていない方の足を地面から離し、掴まれている方の膝を曲げた状態で背を地面につけた。自由な足で達也の膝を強制的に曲げ、体勢を崩させる。拘束が緩んだ際に振りほどき、真上から振り下ろされる巨大な拳を転がって躱す。

 

 体勢を崩された達也より先に、秋水が霆春を追う。跳躍し、勢いに乗ったまま脚を横にしならせ、蹴りを繰り出した。

 

 腕で容易に受け止められるも、膝のバネと腕の壁を使って跳ねる。クナイを放り投げ、逆足の踵に輪場の部分を当てながら振り下ろした。

 

 霆春は秋水と達也に視線を一度動かしながら、体を横にずらして攻撃を避ける。

 

 クナイが地面に刺さる。

 

 霆春は振り下ろしきった秋水の足首を掴むと、回転の威力を付けて達也めがけて投げつけようとした。

 

 手から離れようという瞬間に、秋水は先程蹴ったクナイの下へと飛ぶ。地面に片膝をつけた状態で霆春を見上げながら口内にチャクラを貯める。息とともに、一気に性質変化と形態変化を加えた水遁系の魔法を至近距離から放つ。

 

 ――天泣

 

 数多の水針が、無音で迫る。

 

 印を結ぶこと無く発動できるこの魔法は、名の通り雲のない空から降る雨そのもの。不意を突くには打って付けだ。

 

 靡く袖が、全ての針を受け止める。元より千本程度の威力しか無い天泣では、チャクラを帯びた繊維を突破することができなかった。

 

 霆春は秋水の攻撃を捌きながら、その場から離れた。ジグザグに動きながら、達也へと近づいている。

 

 秋水は印を素早く結び、両手を地面に叩きつけた。

 

 霆春と達也の前に、長く分厚い土の壁が隆起する。霆春を攻撃する魔法ではなく、達也を守るための魔法。秋水は続けざまに印を結び、寅の印を結ぶと同時に限界まで息を吸った。胸の当たりでそれを留め、練ったチャクラを火の性質に変化させて吐き出す。

 

 ――火遁・豪火滅失

 

 範囲も威力も、火遁の中で随一を誇る。慈悲など与えぬかのように、視界に写るものすべてを紅蓮の豪火が覆い尽くした。

 

 逃げ場はおのずと限られる。一つは秋水が作った土流壁のすぐ後ろ。一つは地中。一つは空中。印も結べず、まだ壁まで距離があった霆春が逃げるためには、その内の一つしか無い。

 

 だが、霆春は秋水の予想を裏切る。

 

 荒ぶる炎海の中で、雷鳴が轟いた。逃げる場など必要ないと言わんばかりに、猛火を物ともしていない。

 

「暖を取るにしては些か派手だな。風情がまるで無い」

 

 霆春は右足を膝が直角に曲がるところまで上げ、何かを踏み潰すかのように力強く足裏を地に付ける。三百六十度、隙間なく雷が地面を走りだした。

 

 直後、雷と炎の両方がまとめて消え去った。今度はこの場にいるもの全員が、何が起こったのかを理解する。

 

 秋水は須佐能乎を出して霆春へと詰め寄った。

 

「やはり鬱陶しい。まずは貴様から」

 

 須佐能乎の爪が余所見をしている霆春をなぎ払い、秋水が横を通り過ぎる。

 

 それは雷を造って作られた良く出来た変り身であり、本物は変り身が消えた瞬間に別の場所に姿を現した。

 

「片付けるとしよう」

 

 達也の背後から、声とともに突き出された指先が心臓の位置を寸分違わず貫いた。雷を纏った指先が達也の手前にある壁にぶつかり、優劣によって壁を崩壊させる。 

 

 達也の体から、力が抜ける。霆春が腕を引き抜けば、壁と同じように崩れ去るだろう。

 

 霆春にとって対抗魔法を使う魔法師は邪魔だったが、もういない。精巧な変り身にチャクラをかなり用いたことで武御雷を使うまで数秒はかかってしまうはめになってしまったが、得られた結果に比べればその数秒は何も問題はなかった。万華鏡の瞳力は健在であるがゆえに、回復までは回避に徹すれば良い。ちょうどその間に右腕も完治する。その後再び秋水と一対一で戦えば良いと思い、腕を引き抜こうとした。

 

 だが、それは叶わなかった。

 

 達也の腕が霆春の腕を掴み、霆春をその場に抑えつけている。とても死に体の力ではなかった。

 

「今度は離すなよ」

 

 動揺する素振りもなく、秋水はそう言って二人の前にたどり着く。二つの万華鏡の軸が重なる。

 

 ―――神魂命(カミムスビ)

 

 秋水の左眼の万華鏡が一層煌めいた。

 

 まず、霆春の体が動かなくなった。全身を押さえつけられるかのように、意識ははっきりしていても指先一つ言うことをいかない。

 

「何かと、思えば……ただの、金縛りの幻術か」

 

 期待はずれと言わんばかり。霆春のチャクラが回復さえすれば破れそうな程度のものなのだから、そう考えることも仕方のないことなのかもしれない。

 

「さあ、どうだろうな」

 

 あくまで金縛りは副次的なもの。神魂命本来の効果ではない。本来の効果は毒のようにゆっくりと、それでいて確実に霆春を蝕み始めている。

 

 回り始めた毒が、ついに牙を向いた。

 

「なにを――?」

 

 霆春の左腕に纏っていた雷遁チャクラが消える。万華鏡から基本巴の写輪眼へ、そして普通の目へと変化していく。ただ単に解除したのではない。チャクラが練れなくなっていた。点穴を突かれた時とは違う。練り方を知っていて練れないのではない。もっと根本的な、息をするかのように出来ていたチャクラを生成する術が、記憶から抜け落ちていたのだ。

 

「貴様、俺の力を……」

 

 封じた。そう考えるのが普通ではあるが、それも本質とは違う。

 

 霆春が失うのは、それだけではなかった。次第に耳で音が、鼻でにおいが、口で味が判断できなくなっていった。見ているものや触れているものが何なのかわからなくなり、瞬きや呼吸方法といった無意識に行うことさえも忘れていく。ありとあらゆるものが、彼から削ぎ落とされていく。

 

「終わりだ」

 

 しまいには穢土転生体故に死ぬことのない、けれど何もすることのできない人形と化した。

 

 

 

 

 

 チャクラを使いすぎた秋水の左眼から、色が失われていく。右眼もすでに写輪眼は解除されていた。息が上がり、なんとか霆春の腕を達也から抜くと、その場で両膝を付いてしまう。瞳術にチャクラを使いすぎたのだ。風夏に貰ったチャクラも自身のチャクラも底を付きかけている。もはや分身さえも作れぬほどだ。

 

 倒れている達也を見た後に、霆春に目を向ける。

 

(思った通りだ、術者から切り離したことが仇になったな)

 

 肉体的な損傷は、なんであれ再生される。何度も目にしてきた以上、疑いようのない事実。蘇った際の状態を基点とし、そこから対象に望ましくない変化が起こった際に元に戻るように設定されている。幻術などによる精神的なダメージの場合は恐らくは再生されない。これは術者が対象を操るため。幻術にかけられたとしても、術者がいる限り簡単に解くことができるためだ。それが出来ずとも、一度術を解いてからまた新たに口寄せをすれば良い。以上が、秋水が導いた見解。それが真であるならば、術者からの縛りを解いた以上霆春にはそれができない。だからこそ、神魂命が有効打となり得る。

 

 証明の是非は、これ以上必要ない。

 

 視界の外で、何かが動く気配がした。

 

 左目が見えないせいで、いつもよりも首を動かす必要があった。右目も霞んでいてほとんど見えないが、誰かはわかった。

 

「どうやら、終わったようだな」

 

 更に首を動かし、目に声の主を映した。

 

 ボロボロの秋水とは異なり、ホコリ一つ付いていない。新品同然の黒尽くめのスーツが、何もなかったかのように平然と立っていた。

 

(あの致命傷でも回復するのか……いや、回復よりは再生と捉えた方が妥当か)

 

 秋水たち忍が用いる忍術の中の一つである医療忍術では、致命傷の回復は望めない。何より、衣服などの無機物を元の状態に戻すことさえ不可能だ。そんな芸当ができるのは、六道の陰陽遁「万物創造」くらいのものだろう。

 

「ああ。とはいえ、封印しておくことに越したことはない」

 

 人としての機能をすべて奪った。もはや指先一つ動かすことはできないだろうが、相手は人の形をした人形。霆春の自我が無くなったことで、再び術者が繋がりを作り、操ることができる可能性を捨てきるほど楽観視はできなかった。

 

「そうだな。それについてはこちらで手配させてもらう」

 

 古来より忍の体は、その忍が会得して来たあらゆる術やチャクラの性質、肉体に使われてきた秘薬などの成分がぎっしりと詰まった情報の宝庫とさている。特に、血継限界などの特異な力を持つ忍ともなればその価値も大きく跳ね上がる。裏葉ならば「写輪眼」、日向ならば「白眼」などのように、眼などの移植できる部位に力を宿している場合はその部位ごと奪われ、利用されてしまうことがある。

 

 今の霆春の体は、生者を媒介として塵芥によって形成された生きる人形。通常の死体よりも価値は高い。穢土転生の原理を解明できれば、例え一人であったとしても軍隊顔負けの私兵団を作り上げることも夢ではなくなる。

 

「その必要はない。君たちは手を出さないでもらおうか」

 

 そう口にしたのは、秋水ではない。秋水と達也は、声のした方へと視線を向けた。

 

「模造品とはいえ、それは我等裏葉の者。写輪眼の情報を、君たち国防軍に渡すわけには行かない」

 

 秋水の父であり、霆春の息子である裏葉幻冬。イザナギで光を失った左目には黒い眼帯があてがわれているが、残る右眼は紅く輝いている。どこかで伺っていたのでは無いかと思おうほど、実に良いタイミングでの登場だった。

 

 当主である幻冬の発言は、秋水とは異なり政治的な重みを含んでくる。何より四葉と同盟を結んだことにより、その権威を存分に振るうことができる。虎の威を借る狐であるが、その効果は絶対的。

 

「君の役目は、人形の回収ではないだろう?」

 

 その言い方は、スーツの奥にいる人間が誰かわかっているようだった。メット越しに、達也と幻冬は視線を合わせた。

 

 ここで食い下がることに何の利点もないことがわからないほど、達也は馬鹿ではない。

 

「では、こちらはお任せします」

 

 達也が一瞬だけ視線を霆春から秋水に動かしたことに、秋水は気づかない。

 

 達也はベルトのバックルを叩き、飛行魔法を発動させる。ゆっくりと浮上し、一定の高さまで上昇する。体の向きを変え、加速を行い遠方へと飛んでいった。

 

 次第に小さくなっていく姿が見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。

 

「随分と遅い到着だったな」

 

「俺には飛雷神のような便利な魔法は使えん」

 

 秋水の皮肉った言い方を、幻冬は気にすることなく事実だけを述べた。彼は全く動かぬ霆春を見て、秋水が何をしたのか理解できたようだった。

 

「流石に苦戦したようだな。あの様子だと神魂命を使ったのか」

 

「どうでもいいだろう。……そんなことより話がある」

 

「なんだ?」

 

「姉さんの眼をもらう」

 

 風夏から貰ったチャクラはいずれ消える。そうなれば右目も全く見えなくなってしまう。いつまでも何も見えないのでは、成したいことを成すことができない。何よりも、彼女に生きて欲しいと、愛していると言われた。死後もチャクラ体として見守り続けていてくれた彼女の眼を、ずっと放置しておく気分にもなれなかった。

 

「ようやくその気になったか。帰り次第すぐに行うが、構わないな?」

 

 断る理由もなく、秋水は首を縦に振った。

 

「ならば、体を少しでも体力が戻るように休んでいろ。この戦は直に終わる。最早進んで動く必要はない。奴らもそれほど弱小では無いだろうからな」

 

 幻冬は秋水の答えを聞かずに、動かない霆春の下へと近づいていく。触れられる距離まで近づくと懐から巻物を取り出し、それを広げる。本来白い背景には、一部を除いて墨と筆を使って書かれた文字がびっしりと書かれていた。知る人が見れば、それが封印するために書かれたものだとわかるだろう。

 

 幻冬は一旦巻物を地面に置くと、印を結び始める。何十もの長い印を結び終えると、右足で巻物を踏みつけ右手を霆春の額に当てた。ボンッという小さな爆発音とともに煙が立ち込める。煙が風で流された時には霆春の姿はどこにもなく、代わりに巻物に先程まで無かった大きな一字が刻まれていた。

 

 巻物を巻き取り、これでもかというほどきつく縛る。

 

「封印術を使えたのか」

 

 裏葉の者はあまり封印術を使わない傾向にある。写輪眼を持っているがゆえに金縛りや催眠はお手の物。戦闘一族であるがゆえに、封印ではなく討伐するための直接的な魔法を好む者が多いためだ。

 

「お前とは違い、俺には力が無いからな。こういった補助魔法も必要になる」

 

 力が無いとはいっても、魔法師全体で見れば幻冬も上位層に位置している。腐っても裏葉の当主であるのだが、見かたを変えれば強さに対して貪欲とも取れる。

 

「お前も覚えるか?」

 

「必要ない」

 

 そんな幻冬が万華鏡を開眼した風夏の眼を自身に移植しないことに、秋水は懐疑心を抱いてしまう。

 

 はるか遠方より巨大な力を感じたのは、そんな会話をしてから数分もしない内。そしてそれが、終戦の合図ともなった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「移植は完了した。だが、万華鏡は馴染むまでに時間がかかる。一週間もすれば問題は無いだろうが、これを機にしばらくは安静にしていろ」

 

 医療技術や医療機器が発展している恩恵で、移植自体はあまり難易度の高い手術では無くなった。

 

「わかっている」

 

 ただそれでも、他者の経絡系と自身の経絡系が完全に結びつくには時間がかかってしまう。姉弟故にチャクラの質は似ていても、同一ではない。血縁者同士がもっとも確率が高いと言っても、失敗する確率も十分にあり得た。

 

 その事を承知の上で、秋水は失敗するとは微塵も思っていなかった。移植後からゆっくりとであるが、風夏の眼が馴染み始めている感覚を確かに感じていた。

 

「その際の身の回りの世話は既に任せてある。見えずとも、さほど不自由は感じないだろう」

 

 その場に秋水を残し、幻冬は部屋を出る。長い廊下を進み、六畳程度の小さな和室へと入った。その内の一つの畳をめくると床が開くようになっており、開けると地下へと続く階段が姿を現す。明かりがないため先は見えず、暗闇は見るものを飲み込みそうだ。幻冬が階段を降りて行くと通路の両脇にある電灯が勝手に灯り行き先を照らした。細い道を出た先には石碑が祀られており、瞳力を持つ者のみしか読めぬように細工が施されている。ここははるか昔、まだ大勢の裏葉の者がいた際に、集会場として使われていた場所でもある。

 

 だが、目的地はここではなかった。石碑が祀られている左側の壁に向け、右眼の写輪眼を発動させる。

 

 一部の壁が凹み、横に静かに動き始めた。大人一人が通れるぐらいの入り口が出来上がる。これは幻冬が自身の瞳力のみに反応するように作った仕掛け。この奥にある場所こそ、本当の目的地だった。

 

 部屋に明かりが付く。部屋は広いが、様々な機器が置かれ圧迫感があった。幻冬は奥にあるテーブルに向かい、瓶に入れた秋水の写輪眼を取り出した。蓋を開け、左右の眼球を緑色の液体が入った別々の容器へといれる。

 

(瞳力が宿っている状態で手に入れたかったが、仕方がない。あいつも少なからず察していたようだからな)

 

 小さな気泡が生じ水面に浮かんでは消えていくさまを、幻冬はじっと眺めていた。

 

(だが、ようやく手に入れることができた)

 

 左眼を入れた容器を見ながら、幻冬は自然と卑しい笑みが溢れていた。喉から手が出るほど欲しかったものを手中に収めることができたのだから、致し方のないこと。

 

(それに、思わぬ副産物も手に入ったからな。風夏の本物の万華鏡を渡したところで多大な釣りが来る。それに――)

 

 視線を背後に移す。

 

(もう、あの眼に用はない)

 

 同じような容器がいくつも並べられており、その一つ一つには写輪眼が入っていた。 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。