紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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来訪者編
Episode 4-1


 十月三十一日。横浜事変の翌日にそれは起きた。日本によって大亜連合の鎮海軍港が消滅させられたのだ。大亜の被害は甚大。十隻近い大型戦艦、二十隻以上の駆逐艦、水雷艇の艦隊、鎮海軍港の港湾施設、および戦略級魔法師である(りゅう)雲徳(うんとく)を失うこととなった。

 

 後に灼熱のハロウィンと呼ばれるようになる出来事が注目を浴びたのは、その被害規模よりも魔法の優位性を証明したところにある。機械兵器やABC(核・生物・化学)兵器よりも、魔法こそが勝敗を決するに必要な力であると、実演を伴って明らかにしたのだ。これによって各国は魔法への関心や危機感を一層高め、リスクを度外視した研究や実験に手を出し始めた。

 

 その研究は、何も現代魔法だけに限らない。魔法と一括りにされていても、現代、古式が存在している。特に伝統派と呼ばれる古式魔法師は、現代魔法師を良しとしていない。そんな彼らからすれば、あれだけの破壊規模を持つ魔法の存在は自身らの存在を危ぶむ以外の何物でもなかった。彼らもまた存亡の危機に駆られ、とある禁忌に手を伸ばしていた。

 

 彼らが目をつけたのは「仙術」。主に古式魔法に分類されるそれは、言葉は同じでも各流派で定義が異なる。魔法師が持っている一般的な知識では、仙術は「サイオンのコントロールに長けている技術」。秋水たちのように忍術を扱う者達の中では「体内に持つ身体エネルギーと精神エネルギーとは別に、自然エネルギーを取り込み操る技術」とされている。どちらにも当てはまるのは、習得には多大な時間と特別な才能が必要ということと、手にした者は総じて人の域を超える強力な力をえること。

 

 忍たちの言う仙人に完璧になるためには、「身体エネルギー」「精神エネルギー」「自然エネルギー」を寸分違わず均等に練る必要がある。さらには、自然エネルギーに取り込まれないための膨大なチャクラ量も必要不可欠。何より体の内側にある身体・精神エネルギーとは異なり、自然エネルギーは言葉通り自然そのもの。感じることが非常に難しく、まずはそれを感じることから始めなければならない。そこまで習得条件がわかっていながら会得者がほとんどいないことが、どれだけ難しいかを証明している。だが目の前のぶら下げられた極上の餌を前に、ただ黙って見ていることなどできるはずもなかった。

 

 忍の歴史において、過去に人工的に仙人を作り出す実験が行われたことがあった。もちろん、完全な仙人になることは叶わなかった。だが、数えきれぬ程の人体実験(ぎせい)を経て、時間をかけずにより多くの人間に、劣化版とはいえ仙人に近い力を与えることを可能にしてしまった。

 

 呪印。

 

 それが忌まわしき力を与える術の名。

 

 受印時の激痛は死を招き、生きながらえる確率はおよそ十人に一人。その一人に選ばれたならば従来の何倍、下手をすれば何十倍もの力を引き出すことができる。ただし、その力に溺れて呪印を使い続ければ精神が蝕まれ、最終的には自我を失ってしまう。自我を失った者は人が本来宿す(ごう)はそれだと言わんばかりに殺戮衝動に駆られ、目の前にあるものすべてを破壊してしまう。

 

 暴走されては手がつけられない。

 

 そんな身勝手な理由から、この呪印を扱う者は次第にいなくなっていった。

 

 はずだった。

 

 少なくとも、今までは。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 二◯九六年、一月。

 

 世間一般では正月。初詣に行き、また一年間安全や健康を願う人々や志望校に合格するために祈る受験生、単に恒例行事となってお参りに来ている人々で、神社などはごった返している。それぞれ異なる思いを抱きながらも、いずれにしても新年を迎えたことで全体的にお祝いムードとなっていた。

 

 そんな明るい空気は、人里から離れたとある場所には届かなかった。

 

 周囲を自然に囲まれた、一件の純和風の家屋。そこそこに年季が入っているであろうことは、要所要所から見て取れる。広い庭では同じ服装、容姿をした少年が組手を行っていた。一卵性双生児かと思えてしまう二人だが、身長も体重も、髪の長さも、遺伝子レベルまで何から何まで同じ。クローンと呼んでも遜色はない。かといって、勿論クローンではない。魔法によって生み出された、裏葉秋水の分身体だ。

 

 影分身は経験値がオリジナルに還元されるという特性上、一撃でも攻撃をまともに受ければ解除される仕組みになっている。耐久性を下手に上げてしまえば、影分身が殺された際に本体まで影響が出てしまいかねないためだ。とはいえ、同じ実力ならばそうそう一撃を貰うことはない。相手が自分自身ということもあり、鍛えるだけでなく自己を見つめ直すこともできるという利点から、秋水はよく影分身との稽古をしていた。

 

 影分身の攻撃を躱し、一旦距離を取る。秋水は白い息を何度も吐いた。吐き出す間隔もだいぶ早い。冷たい外気を取り込んだことで、体温が幾分下がったような感覚を覚えた。

 

 影分身と比較すれば、オリジナルのほうが疲れているように見える。今回の組手の条件は、忍術と幻術の禁止。体術のみではあるが、チャクラによる身体強化と写輪眼での見切りはありというもの。一つだけ違う条件を上げれば、オリジナルが通常の写輪眼であることに対して、影分身は万華鏡写輪眼を使用していること。疲労度の差はこのためだ。

 

 秋水は額から滴る汗を袖で拭った。

 

(さすがに無理があるか)

 

 あらゆる面で写輪眼を凌駕する万華鏡写輪眼ではあるが、クナイや手裏剣などと同じように忍の武器であることに変わりはない。使い手の才能や発想、技量次第では、その差を埋めることも決して不可能ではない。

 

 影分身を用いて作る写輪眼対万華鏡写輪眼の構図は、格上の敵を想定して訓練するにはこれ以上ない方法。以前から考えついていても実行できなかったのは、この訓練方法は風夏の眼を移植するまではできなかったためだ。経験値が蓄積されてしまう影分身では、分身体であっても万華鏡を使うことによる視力の低下は避けられない。有限の力を訓練で使ってしまうほど、秋水は豪胆にはなれなかった。移植が成功したことで物は試しとやってみたものの、些か無理が過ぎたようだ。相手は自分自身。才能も技量も当たり前だが同じ。戦闘中に考えられる攻撃手段も変わらない。当然といえば、当然の結果なのかもしれない。

 

「もう一度だ」

 

 分身体にそう告げ、秋水は自分自身に挑む。

 

 拮抗した実力、または上位の実力を持つ者との戦闘は、その人物が持つポテンシャルを引き出しやすい。二学期が終わり、三学期が始まるまでの期間をほぼ毎日費やしたこともあり、秋水の実力は全体的に底上げがされていた。

 

 

 

 

 荒い息を立てながら、秋水は地面に仰向けで倒れていた。影分身を解いたことで精神的疲労感は倍増。全身から出る汗は地面を、雨に打たれたかのように湿らせた。一度(ひとたび)風が吹けば、衣装の隙間から入り込んでは体温を下げる。放っておけば風邪を引いてしまうが、動く気にはなれなかった。目先に映る澄んだ青空が、見ているだけで心を穏やかにしてくれる気がしたからだ。そんな柄ではないが、今は景色を眼に焼き付けておきたい気分だった。

 

「お疲れ様です」

 

 何も考えずに流れる雲を眼で眺めていると、声をかけられた。

 

 差し出されたタオルを受け取るために、秋水は立ち上がる。肌触りの良いそれで汗を拭うと柔らかな繊維が、水分をしっかりと吸収してくれた。

 

 現在、裏葉本家には秋水を含め二人しか住んでいない。相手は幻冬ではなく、秋水よりも年下の少女。

 

 裏葉の血族ではない。専属のハウスキーパーでもない。写輪眼という強力な血継限界を持つ裏葉は、機密保持のためにこれまで使用人を雇ったことは一度足りともなかった。

 

 ならば、彼女は何者なのか。

 

 答えは至極単純。期間限定で秋水の身の回りの世話を任された、四葉側の家政婦見習い。名を桜井水波といい、今年の四月からは正式に別の人物に仕えるために、裏葉の家で実施研修をしている。

 

「なんだ?」

 

 じっと見られていることを不思議に思った秋水が問いかける。

 

「あ、いえっ、失礼しました!」

 

 彼女らしくない慌てぶり。秋水の言葉に棘があり、臆してしまったわけでは無い。写輪眼を使って目的を探った際、命じた者の真意はさておき、彼女は本当に研修だと思い込んでいた。敵意のない少女に強くあたるほど、今の精神状態は荒んでいない。

 

「体調が優れないのなら休んでいろ」

 

 体調管理ができないほど未熟者だとは、初めから思っていない。合わせても一月に満たない日数しか過ごしてはいないが、造詣が深くなくとも水波が優秀であることは理解できた。さすがは四葉に仕える身と言ったところか。

 

「いえ、体調に問題はありません」

 

 まだ少しばかり上ずっているが、口調は落ち着きつつある。それだけ理解できれば、秋水はこれ以上追求する気はなかった。家政婦としてやるべきことをしているならば、何も言うことはない。

 

「そうか」

 

 玄関へは向かわず、縁側へと向かう。玄関を使うよりもこの場に近いために、もっぱら縁側を出入りに使っていた。靴を脱ぎ、縁側に足を乗せた時だった。

 

 普段通りの抑揚に戻った声で、水波が願い出る。

 

「あの、よろしければ午後にまた稽古をつけていただけませんか?」

 

 調整体魔法師「桜」の第二世代である水波の潜在能力は、一般の魔法師よりも遥かに高い。現段階でも対物障壁に限れば、秋水以上の強度を誇る。秋水の知る限り、克人に次ぐレベルだろう。

 

「あいつらが帰った後になるぞ」

 

 そんな彼女に秋水が教えることができるのは、現代魔法にはない。

 

 水波が教えを請いているのは、チャクラを使った魔法。つまりは忍術・幻術・体術といった忍の技だ。 

 

「はい。やるべきことはきちんと行いますので」

 

 人間ならば誰もが持ち、衣服からでさえも微細量が放出・吸収されているサイオンとは異なり、チャクラは身体と精神のエネルギーを練り合わせなければ存在していない。そしてチャクラは、誰しもが練れるわけではない。伝承が正しければ、神樹の実を食べた彼の者の血を継いでいない者は生成器官を持たないことになる。また仮に血族であっても、長い歴史の中で退化し使えなくなった者たちもいるだろう。

 

「わかった」

 

 チャクラを扱える者は、現代魔法師以上に少ない。利便性等は現代魔法に分配が上がるため、使えるにも関わらず方法を学ばない者も恐らくはいる。だがきちんと学び、双方を扱えるようになればこれ以上ない武器になる。

 

「ありがとうございます」

 

 水波がその例にあたる。才能も十分。腐らせておくのは惜しいと感じた秋水は、ふとした時に何気なく聞いてみた。ガーディアン候補として育てられた彼女からすれば、それは願ってもない話だったのだろう。二つ返事で承諾した。それ以降は、こうして空いた時間を使って教えることが多かった。

 

「呼び止めてしまって申し訳ありません。お風呂のご用意はできていますので、疲れを癒やして下さい」

 

「助かる」

 

 秋水は何を教えるかを考えながら、汗を洗い流すために浴場へ向かった。

 

 

 

 

 檜風呂に浸かり、心身ともにリフレッシュした秋水は和服に身を包み客間に腰を下ろしていた。淡い橙色の灯が、室内の雰囲気を和らげている。流石に囲炉裏は無いため、部屋の中央には黒い木製のテーブルが置かれていた。向かい合った位置に、二人の来客が座っている。それぞれの前には淹れたての湯のみがあり、湯気がゆらゆらと天上に向かって進んでいた。

 

「明けましておめでとう」

 

 来客の一人、司波達也が新年の挨拶をすると、彼の隣に座る深雪も挨拶をする。二人でワンセットだと言わばかりに、常に彼らは行動を共にしている。

 

「ああ、明けましておめでとう」

 

 返事をすると、秋水は茶を飲むように勧める。取手のない湯のみは手で持つことができる程度が適温とされているために、紅茶などと比べると温度が低い。放っておけば、すぐに(ぬる)くなってしまう。温かいものは温かい内に飲むのがマナーだ。

 

「水波ちゃんは頑張っていますか?」

 

 他愛のない質問。本題に移る前の準備運動のようなものだ。

 

「そうだな、問題なく働いてくれている。後は三猿になることができれば、使用人としては不足ないだろう」

 

 都合の悪いことは見ない、聞かない。見聞きしてしまったとしても決して他に言わない。使用人は主に仕える身。その主の立場などが悪くなるような事を、決してしてはならない。言葉の起伏が少ない水波も、年頃の少女。感情が全くないなどあるはずもなく、ついつい聞き耳を立ててしまいたくなる欲求なども生じる。完全に知りたいという欲求を消すことなど、できるはずもない。

 

 秋水は障子に軽く目を移し、すぐに戻した。

 

「もう一つの方も、今訓練している技術をものにできれば問題は無いはずだ」

 

「そういえば、水波は忍の技を習っているんだったな」

 

 そう答えた達也に、どこで知ったのかという質問はしなかった。聞く必要などないのだ。忍の技と大げさに言っても、基礎中の基礎レベル。門外不出の秘伝術を教えているわけではない。

 

「ノウハウを教えれば、そう遠くない内に一つくらいは性質変化もできるようになるだろう。性質によっては、より役に立つようになる」

 

 性質変化の修行は、平均的ベレルの忍が行った場合数年はかかる。実戦で使えるようになるまでには更に年月が必要。かつて影分身を使って時間短縮を行う修練法が考案されたが、莫大なチャクラが必要なことからそれを行える者は非常に少ない。

 

 秋水は気になることに答えを出すために、一つカマをかける。

 

「お前も、一つくらいは性質変化ができるんだろう? もし火の性質を持っているなら、コツを教えてやるぞ」

 

 意地の悪い質問。

 

 秋水の言葉に達也が、ではなく深雪が反応した。まずいと思ったのかすぐに平静を装ったが、秋水はわずかな変化を見逃さない。忍術使いである九重八雲に師事している達也は当然として、共に訪れる深雪もチャクラについては聞き及んでいるのだろう。達也がどこまで習得できて、できていないのかも。そして、何故できないのかも。

 

 秋水は達也について調べたことで、チャクラを必要な場所に集中し維持すること、チャクラを常に一定量放出することができることはわかっていた。性質変化まではわからなかったが、弟子入りして三年経っていることを考えれば、一つくらいは習得していてもおかしくはない。だが、達也は使う素振りさえ見せなかった。会得難易度が低い一方で、陽動には有効な分身でさえもだ。他の事で忙しいためにまだ使えない可能性もあったが、忍術がまったく使えない可能性も無視できなかった。

 

(相変わらずわかりやすい反応だ。やはりこいつは、忍術幻術の才能はないな)

 

 深雪の反応を見て、秋水は達也に劣等生の烙印を押した。敬愛している兄の不備を指摘されれば、深雪が真っ先に反応を示すことは火を見るより明らか。

 

「その申し出は嬉しいが、俺は体術しかできないんだ。どうにも才能が無かったみたいでな」

 

 場の空気を悪くしないためか、達也が事実を白状する。言葉に悲壮感はなく、少し戯けたようでさえある。

 

「そうか。まあ、現代魔法師でありながら忍の技を使う奴は稀だからな。チャクラのコントロールができるだけでもマシだ」

 

 これは本心からの言葉。どんな地形にも対応できるだけで、戦術の幅はかなり広がる。

 

「そう言ってくれると助かる」

 

「とはいえ、お前には必要のない技術かもしれないがな」

 

 だが便利な技術も、その地形をまるご潰せるような力があれば不要だろう。

 

「……何が言いたい?」

 

「俺が何も知らないとでも思うのか? ここへ来た理由の一つだろうに。あの件について正体を突き止めて欲しいという依頼が、すでに何件も来ている。多額な報酬付きでな」

 

 元来、魔法師は国に属し奉仕する立場。何を成し遂げたとしても、与えられるのは栄誉と名声だけ。国益のために、魔法師は無償で働かなくてはならない。だが、中にはそれを良しとしない魔法師もいる。フリーランスの魔法師たちだ。彼らは、成果に金銭という対価を求めた。彼らはよく思われない一方で、決して淘汰されることはない。誰しも後ろめたいことの一つや二つは持っており、他人のそれを知りたがる。知ってしまった者を消したいと考える。そんな時に、彼らは利用されるのだ。四葉と同盟を結んだ裏葉の下には今なお、今まで以上に依頼が殺到している。大半は四葉の内情を知りたがるものだが、最近は秋水が言ったような内容が多い。

 

「俺が黙っていて欲しいと願えば、お前は口外しないのか?」

 

「仮にも同盟相手の願いだ。良好な関係を築くために、それくらいのことはするさ」

 

 達也は秋水を見て、言葉の真偽を確かめている。

 

 秋水が達也の情報を他者に開示する利点は特に無い。強いてあげれば得られる報酬だが、あいにく貯蓄は山のようにある。それと比べれば、提示された額など取るに足りないものでしかない。

 

「ただ、お前たちに一つ確認しておきたいことがある」

 

 もったいぶった言い方で、秋水は二人に尋ねる。

 

「なぜ、司波の姓を名乗る?」

 

「何を言っている。俺たちは――」

 

「確かにお前たちの実父は司波龍郎だ。だが、あいつはサイオン保有量が多いだけの人間。それもお前たちの実母である四葉深夜が死んだ後、すぐに別の女と再婚するようなクズだ。お前らがその姓を名乗ることに、何の意味がある?」

 

 実際には愛人関係が続いた末の再婚の上に、表向きは椎原と名乗っている。クズと言っても何の問題もないだろう。裏葉の特性上、龍郎には嫌悪感しか湧いてこなかった。

 

「クズでもなんでも、彼は俺たちの父親だ。父方の姓を名乗るのは、不自然でもなんでもないだろう。それに四葉の名前は、普通の学生生活を送るには強すぎる」

 

「平凡を求めるならば、なぜそれに徹しない。特に達也、お前は矛盾が過ぎる。力ある者の行動には責任が伴う。お前はそれから逃げているだけだ」

 

 平凡ならば、実技と筆記の成績があれほどかけ離れることはない。風紀委員に選ばれることもない。アンティナイトも使わずに、擬似キャストジャミングは使えない。起動式を読み取ることなどできない。九校戦でCAD整備を担当した選手が、事実上負けなしということもない。これを異端と言わずして何と言うのだろうか。

 

「違います! お兄さまは逃げてなどいません!」

 

 前半部分は納得できても、後半部分は深雪には納得ができなかった。自然と反論が生まれる。

 

「お前のそういう態度も原因の一つだ。兄を思っているなら、改めるべきところは改めさせろ。現状を変えなければ、お前の兄は不当な扱いを受け続けるぞ」

 

 今度は達也が間髪入れずに発言する。

 

「俺は不当な扱いを受けているとは思っていない。審査基準が定められている以上、そこに達せない俺は劣等生でしかない。それに、俺にとっての平凡は深雪と共に高校生活を送ることだ」

 

 生活ができればそれで良い。それ以上は求めない。言外ではそう語っている。

 

「そのために他の二科生に変な希望を持たせ、一科生からは疎まれてもか?」

 

 達也の存在は彼らにとって、良し悪しに関わらず大きな影響を齎すだろう。いっそ四葉と名乗ってしまったほうが丸く収まるとも秋水は考えていた。

 

「ああ、構わない。深雪がその立場になるならば話は別だがな」

 

 秋水と達也は互いから視線を外さなかった。どちらも心の奥底まで見透かすように観察している。やがて、大きく息を吐きながら秋水が目を伏せた。

 

「まあいい。どの道俺には関係のないことだ」

 

 達也と深雪が司波の姓を名乗り続けようとも、四葉の姓を名乗ろうとも、秋水にとって都合の悪いことはない。

 

「そろそろ本題に入ろう。こんなところに来てまで、お前たちは何が聞きたい?」

 

「裏葉について」

 

 文献は残っている。ただしそれは、一般人でも読める文字で記された、断片的かつ上っ面のもの。裏葉の者が記したものではない以上、偏見も含んでいるだろう。

 

 戦闘一族。そう知れ渡っている時点で淵源を理解していない。

 

「だろうな。この瞳力を持たなければ、裏葉の本質を知ることはできない」

 

 (まこと)を知るには、裏葉の代名詞である写輪眼が須要。解析力ならば恐らく上回る精霊の眼(エレメンタル・サイト)を持ってしても、解読することはできないだろう。

 

「とはいえ、俺の口から説明する以上は主観が入っている。これも本当の真実とは言えないのかもしれないが、それでも構わないな?」

 

 話す意思があることを意外に思ったのか、達也と深雪は互いの目を見合わせた。初めは拒否し、説得に時間がかかるとでも思っていたのかもしれない。

 

 秋水は何も同盟を結んだから話そうと思ったのではない。二人は優秀だ。今後の事を考えれば、少しでも引き込んでおきたい存在。

 

「ああ、構わない」

 

 秋水は瞼を下ろし、目に力と意思を流し込む。流動する熱が集まり、そうなったとはっきりと伝わる。眼を開け、二人の視軸と合わせた。

 

「少し、長い話になる」

 

 景色がガラリと変わった。その様子に、さすがの達也も動揺の色を隠せてはいない。深雪は達也の袖を掴み、心身ともに離れようとはしない。

 

「ここは……?」

 

 部屋から一転し、そこは屋外だった。人工物がない開けた平地で、幾人もの忍が争っている。服装は些細な違いはあるものの大きく別けて二つ。二つの集団による戦いだ。金属同士がぶつかり合う高い音、術と術がぶつかり合うことで生まれる爆発、殺し殺される凄惨さ。紛れも無い、本物の戦場だった。

 

 達也はすぐに、これが幻術によって作られた幻想世界だと理解した。深雪に言い聞かせ、落ち着かせる。

 

「裏葉を語るには、はるか昔にまで戻る必要がある」

 

 戦場にもう一つの集団が姿を現した。先の二つと違って鎧を付けず、動きやすさを重視していることがわる。戦闘に立つ者は、背に大きな軍配団扇を背負っていた。その者が軍配団扇を煽れば人を吹き飛ばすほどの突風が生じ、戦場をメスを入れる。それが合図だったかのように、後ろに控えていた集団が一気に乱入した。

 

「まだ争いが絶えなかった時代だ。戦乱の世でモノを言うのは力。ずば抜けたチャクラと写輪眼を持つ裏葉は、この頃より戦闘一族として名を馳せていた」

 

 背には今でも形を変えずに残っている家紋、写輪眼を宿す彼らは紛うことなき裏葉の者。

 

「日に日に激化していく乱世の中、裏葉の中に一人の男がいた」

 

 スポットがあたるのは、まだ秋水たちとそう変わらない年齢の少年。圧倒的な才能と卓越した技能を持つ彼は、大人が相手であってもその強さを遺憾なく発揮している。

 

「それが裏葉真陀羅(マダラ)。後に裏葉の長となって裏葉を在り方を決定づけた人物であり、誰よりも裏葉の本質を体現していた男でもある」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 年始の休みが終われば、新学期が始まる。一年生の三学期は特に一、二学期と変わらず、新しいことを学んでいく。内容が違うだけで、代わり映えのない日常がまた始まるのだ。

 

 一つの事を除いては。

 

 その話を聞いたのは、クリスマスの少し前。北山雫がアメリカに三ヶ月留学する代わりに、アメリカのハイスクールから留学生が同期間来るということ。一昔前は魔法師の国際化が盛んだったが、魔法師が国力に直結するようになってからは一気に衰退していった。特に優秀な魔法師は、渡航することが非常に困難となっているのが今日。同盟国とは言え、母親が有名なAランク魔法師であり本人も優秀である雫に、政府から許可が降りるのはとても不自然なことだ。

 

 不自然ということは、そこに必ず何らかの意図が存在している。

 

 例えば、灼熱のハロウィンと呼ばれる原因となった一つの魔法について、など。

 

 あれだけの規模の破壊を秋水ができるかと言われれば、自信たっぷりに頷くことはできないだろう。不可能ではないが、相応の下準備が必要になる。それに同じ規模の攻撃が可能でも、あれのようにピンポイントで発生させることはできない。その場にいなくとも座標さえ明確に知覚できれば発動できることが、現代魔法が忍術よりも優れている一つの点だ。

 

 仮に留学の本当の目的が海上に放たれた魔法の使用者について調査をすることならば、裏で動いているのはアメリカでも指折りの部隊だろう。

 

 秋水がアメリカと実力者で思い浮かべるのは、昨年の夏に接触したスターズ。特に総隊長であるアンジー・シリウスの実力は、かなり高かったと記憶している。姿を誤魔化せるあの魔法は、諜報には向いているかもしれない。秋水の写輪眼や達也の精霊の眼(エレメンタル・サイト)のように特別な眼でなければ、姿を偽っていることにも気づかないだろう。

 

 そこまで考えて、秋水はその考えを否定した。いくら向いている魔法を持っていても、使い手が諜報に適していなければ効果は十分に得られない。少ししか話をしていないため断言はできないが、スパイに向いている性格だとは思えなかった。

 

 考えながら歩いていると、思いの外道のりは短く感じるもの。すでに校門は目の前に合った。門を潜り、クラスがある階まで階段を登る。教室に入ると、わずかに視線が注がれてはすぐに離れた。様々な感情が入り混じった視線だが、害があるわけではなくすぐに消えるために無視して席に着く。途中で深雪と目があったが、軽く挨拶をして終わる。以前と何も変わらない。深雪が戦闘一族の裏に隠れた、愛情の深い一族としての真実を知って何を思ったのかは秋水は分からないが、態度を変えないことはありがたいことだった。周囲に変な勘ぐりをされれば、一層面倒なことになることは目に見えていた。

 

 秋水が再び学校へと通うようになったのは、十一月の後半から。四葉と裏葉が協力関係になったと、公に発表されてからのことになる。四葉のネームバリューは凄まじい一方で、内部の情報はほとんど公になっていない。同じ魔法師としては、畏怖と興味を同時に抱く対象といったところ。そこに彼らの情報を持つと思われる秋水がいれば、様々なことを聞きたくなってしまうもの。こればかりは人の性なのだろう。秋水もその点は覚悟していた。

 

 残念ながら予想と現実は違うもので、実際は創造の斜め上の鬱陶しさだった。四方から飛び交う質問に、秋水は不機嫌そうに「知らん」の一点張り。突き放したような言い方は当たり前のように反感を買うのだが、男女比は平等ではなかった。男子生徒の割合が、女子生徒の割合よりも多かったのだ。

 

 理由としては、他人行儀の仮面を外したことや容姿もあるが、九校戦での活躍が大きい。アイス・ピラーズ・ブレイクでは大接戦の末に準優勝、モノリス・コードでは雪辱を晴らすかの如く第三高校に勝利して優勝。そして横浜事変での活躍も、どこから漏れたのか尾ヒレのついた噂が出回っている。ヒーローさながらの健闘ぶりは、同年代の女子の心を掴むのに十分すぎた。恋は盲目と言うが、恋のレベルまで届かなくとも多少なりとも好意を抱いていれば、その行動受け取り側の許容範囲であればプラス方向に勝手に変換してしまう。冷たい言い方も、見方を変えればクールになるように。

 

 互いに譲らなかった攻防は、周囲が折れたことで決着がついた。隙があれば聞いてこようとする者が全くいないわけではないが、もう少し経てばそれも消えるだろうと考えていた。

 

 SHR(ショートホームルーム)までの時間を、携帯端末でニュースでも見ながら時間を潰す。記事を二つ三つ読んだところで、教室前方の扉が開いた。

 

 一年A組の指導教員である百舌谷(もずや)ともう一人、今日から三ヶ月間共に授業を受ける留学生が入ってくる。

 

 ざわめきはなかった。

 

 誰もが、女子生徒(りゅうがくせい)の容姿に息を呑んだ。

 

 日本人にはない、綺麗な金色をした長髪。それを頭の両脇で、瞳と同じ蒼色のリボンで結んでいる。やや大人びた顔つきには不似合いかと思いきや、それが周囲への親しみやすさを生み出している。魔法師には整った顔立ちが多いいが、それでも彼女の美貌は際立っていた。

 

 世辞抜きで可愛いとは思いながらも、秋水は職業癖で観察を怠らなかった。

 

(歩く際に体の軸がブレない。それに、この歩き方は……)

 

 歩き方は同じように見えても異なるもの。極端な例を挙げれば、ガニ股と内股を想像すればわかりやすいだろう。彼女の歩き方は、どこかで見たものだった。国籍を限定すれば、秋水が知っている数はごくわずか。両手の指で数えられるほどだ。記憶している限りで照らしあわせていけば、その中で顔が一致する人物はいなかった。

 

(こいつ、まさか)

 

 ただたった一人だけ、可能性のある人物がいる。秋水の勘違いではない。彼は眼に絶対の自信があり、不自然な留学の目的もある程度推測できていることを加味すれば、正解率は高いと言えた。

 

 ふと、前方から視線を感じた。秋水が目だけ動かして追ってみると、彼女の瞳を捉えた。空を思わせる綺麗なスカイブルーだ。

 

 秋水の自惚れでもなんでもなく、彼女が少し焦ったように目を逸らしたため、目が合っていたのはほんの一瞬のこと。

 

 彼女は一歩前に出ると、先ほどのことは無かったかのように自己紹介を始める。

 

「アメリカから来ました、アンジェリーナ=クドウ=シールズです。リーナ、と気軽に呼んでくださいね」

 

 一礼した後に浮かべた華やかな笑顔は、男女関係なく惹きつける魅力を持っていた。彼女を邪険に扱う者は誰もいないと言い切れるほどだ。

 

 教師が空いている席に座るように促すと、リーナは頷いてから言われた席に着いた。近くにいた男子生徒はガッツポーズでも上げたそうなほど喜んでおり、隠そうとしているものの、すべて表情にでてしまっている。

 

 SHRが終わると、かつて深雪もそうだったように、リーナの下へ生徒たちが一斉に集まった。アメリカではどのような授業をしているのか、得意な魔法は、趣味は、恋人はいるのかなど、パパラッチばりの質問が矢継早に飛び交う。

 

 リーナが座っている席は雫が使っていたもので、秋水の斜め後ろの位置になっている。寄ってきた人の波を見ながら邪魔だと思っていると、廊下にも幾人か見物人が来ていることに気づいた。この調子では、休み時間ごとに噂を聞いて押し寄せてくる生徒たちの数は増えるだろう。これから来る迷惑な出来事に、秋水は頭を抱えたくなった。


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