紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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少し短めです。


Episode 4-7

 古式魔法師の家系と一口に言っても、実際には様々な古式魔法師がいる。幅広く分類された中でも精霊魔法や忍術などが有名だが、それらさえも数多もの種類に分類できる。使い手の数もそれ以上。現存する古式魔法師の中で名が売れているのは、精霊魔法の名門である吉田家、血継限界「白眼」を有する日向家、同じく血継限界「写輪眼」を持つ裏葉家など。他にも名が知られていないだけで、西を基点として名門は多く存在する。

 

 だが、彼の家は違った。

 

 本当の名はとうの昔に捨て去り、己の身に宿る能力をひた隠しにしてひっそりと暮らしている。狩人に怯える獲物のような姿は、とてもではないが一流と称することはできない。せいぜい、二流や三流がいいところ。下手をすれば、それらを名乗ることさえ烏滸(おこ)がましいのかもしれない。

 

 ただ、差別されることはなかった。力なき者を演じてきたことによって、他の魔法師たちの目にさえ触れなかったためだ。隅に縮こまっている羽虫など、誰も気にも留めないのと同じ。彼の両親も、その状況を憂うことなく当たり前のように享受していた。

 

 そんな中、神の悪戯か運命か、血を濃く受け継いだ子供が生まれた。それが彼だ。それでも、両親は彼の力が公になることを恐れ、封じるように言って聞かせた。始めは彼も承諾していたが、成長するに従って一つの疑問が生じた。

 

 なぜ、己を偽る事をしなければならないのか。

 

 なぜ、力を振るってはならないのか。

 

 なぜ、日陰の身でなければならないのか。

 

 彼は今の立場に甘んじることも、かといって外に向かって闇雲に噛み付くこともしなかった。負け犬の遠吠えと同じく弱者の行為であり、己を偽っている家と変わらないためだ。故に、彼は力を蓄え身につけることにした。日陰という立場を利用し、気づかれること無くひっそりと己の糧としていった。この時はまだ、彼は純粋に陽の光が当たることを願っていた。ただ力をつければ表舞台に立てると、信じて疑わなかった。

 

 その考えが一変したのは、彼の努力が両親に露呈した時。両親は目立とうとする彼を激しく攻め立てた。声が次第に音の羅列になり、ノイズになっていく。気がつけば彼の目に映っていたのは、音を垂れ流す人の形をしたナニカだった。

 

 両親を両親と思えなくなった日、彼は両親を捨てた。彼は理解したのだ。陽の光に当たるためには、正攻法だけではダメだと。世間一般では悪と呼ばれる方法を用いてでも、力が必要なのだと。それも、世の中の基準をひっくり返すほどの力が。一度闇に潜った彼は、ただひたすらに多様の力を取り込んだ。知力も、武力も、実力も、財力も、権力も、暴力も。そしてそれらを使い、手に入れた。禁忌とされた力を。

 

 

 

 

 ゆっくりと、彼は眼を開ける。周囲を見渡すと、彼が集めた同士達が彼の言葉を待っている様子が見て取れた。やる気に満ちた表情を見て、満足そうに口を開いた。

 

「ようやくだ」

 

 子供に言い聞かせるようなゆったりとした口調。

 

「ようやく変わる。……これまでボクたちは、日陰の道を歩んできた。世間の連中が決めつけた、下らないルールのせいでね。貧困、差別、孤独……、不当に扱われてきたこれまでの日々は実に辛かったことだろう。でも、それももうすぐ終わる。キミ達は、今陽の当たっている呑気な連中とは比べられないほどの力を手にした! キミ達は選ばれた人間だ! 世間にわからせてやろう。カレらが作り出した一流や二流なんてものは、本物の「力」の前では無意味だってことを! キミ達が、真の勝者なんだということを! そして共に変えよう。この腐った世界を!」

 

 途中から言葉を強め、声を張り上げ強調する。

 

 ありきたりな演説だが、彼の言葉はまるで周囲の心に訴えかけるかのように広がり、熱を生み出す。

 

 知っているのだ。表を歩けずにくすぶっていた連中が、どのような言葉をかければ動くのかを。彼らは皆一様に、誰かから認められたいという強い欲求(おもい)が存在している。その承認欲求を満たし、望んでいた以上の力を与える。対価は、狂信という代償。即座にできるものの第三者の手によって容易に解かれてしまう幻術よりも、時間はかかれど命を投げ出すことを厭わないほどに心酔させるほうが駒としては有能。

 

 男は口を閉じ、瞼を下ろした。そして血の滴るような紅い眼が、数秒の静寂を突き破る。

 

「さあ、革命の始まりだ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 裏葉と聞いて誰もが思い浮かべるのが、写輪眼を持つエリート一族。古式や現代といった魔法師の分類だけでなく、国内外にもその名は轟いていた。第三次大戦期には無類の強さを誇り「雷霆」と恐れ称された裏葉霆春が、現在では十師族と現代魔法で互角に渡り合った裏葉秋水が。けれど歴史を辿ってみれば、裏葉の歴史は決して輝かしいものばかりではない。むしろ、失敗の連続と言ってもいいだろう。

 

 かつて裏葉の長だった裏葉摩陀羅(マダラ)は、時を同じくして千手の長だった千手柱間と手を組んで隠れ里を作った。当時最強と謳われた二つの一族が一つになったことで、次第に争いは減少していった。

 

 新たな組織ができれば、新たな長が必要になる。その初代の座に選ばれたのは、千手柱間だった。裏葉の者でさえ里を作った功績は柱間だと言わせてしまうほど、彼のカリスマ性が高かったのは確か。だがそれ以上に、同族内でも摩陀羅を慕う者が少なかった。一騎当千の強者は、反面個を押し出しすぎる傾向があった。弟から継いだ眼に一族を守ると誓った男は、その誓いに固執し過ぎたために、一族に裏切られたのだ。誓いを守ることもできなくなり、居場所も失くした摩陀羅は里を抜けた。

 

 摩陀羅の離反を期に、裏葉の里内での権力は陰りを見せ始めた。二代目の長によって警務の職を与えられたものの、三代目の代で里の隅へと居住区を追いやられもした。裏葉の中で不満が蓄積され、一度はクーデターを画策するも、それも失敗。それどころか、同族の手によって裏葉は壊滅状態にまで陥った。

 

 ここまでの歴史で裏葉について述べるならば、名前の大きさとは裏腹に、苦汁をなめ続けてきた悲劇の一族と言うべきか。

 

 だが、物事はそう単純ではない。

 

 迫害を受け苦しんできた裏葉もまた、誰かの迫害に加担し苦しめてきた。被害者だけの者など決して存在しない。それは、光が当たるところに影があるように、勝者がいれば敗者が生まれるように必然的なものだ。

 

 それが――――。

 

血之池(ちのいけ)一族……」

 

 黒羽貢から得たデータに記されていたのは、秋水が知らない裏葉の(れきし)の一部。

 

 血之池一族は、裏葉摩陀羅や千手柱間がしのぎを削っていた時代よりも更に前の時代に名の知れた一族だった。「血龍眼」と呼ばれる血の色をした瞳術を持つ一族で、血液を操り様々な術を扱う。その中でも特に幻術に秀でており、囚われたら最後、決して自力で幻術を解くことはできなかったとされていた。

 

 血継限界を持つ一族は強力な力を持つが故に忌み嫌われ、迫害を受けるケースが多かった。力を持たない大多数にとって、力を持つ少数は自らの命を脅かす危険分子なのだ。血之池一族もその例外ではなく、彼らを恐れた人々は血之池一族討伐にある一族を雇った。

 

 それが、裏葉一族。特殊な瞳術を持つ相手には、同じ瞳術使いである裏葉をおいて他に適任はいない。血之池は対話を求めたが、裏葉はそれを拒否。裏葉は依頼人の望み通り血之池一族を退け、地獄谷と呼ばれる場所へと追いやった。そこは、草木も生えない岩場で、常に火山ガスが噴出しているような危険な場所。とてもではないが、人が生きていけるような場所ではない。事実、血之池一族は裏葉に敗れ忍の世界から姿を消した。

 

 それが、血之池の歴史。

 

千野(ちの)円斗(えんと)。それがこいつの名前か)

 

 けれど、彼らは絶滅してはいなかった。名を変え姿を隠し、ひっそりと現代まで生き残った。

 

 ――――やっぱり、キミは知らないんだね。

 

 初めて会ったときの言葉が蘇る。あの言葉は、自らの一族を破滅に追いやった裏葉の者に対しての怨恨の言葉だったのだろう。

 

(目的は、裏葉への復讐)

 

 自分を傷つけた相手がその事を忘れていれば、誰もが憤る。

 

 奪われる側の気持ちを、秋水は痛いほど理解している。喪失感、憎悪、憤怒。周囲の笑い声さえ、自身をあざ笑っているかのように聞こえてしまう。湧き上がるのは負の感情。それを色々な理由で正当化し、暴力として吐き出し、撒き散らす。

 

(俺に、こいつのしてきたことをとやかく言う資格はない)

 

 それは、父を恨み、己の無力さを憎み、世界を呪っていたかつての秋水そのもの。彼もまた、誰かを傷つけ、痛みを植え付けてきた。新たな争いの芽が芽吹くのも、時間の問題だろう。

 

(だが、見過ごすこともできない)

 

 これまでの事を水に流せるとは思ってはいない。生涯を捧げても、償いきれないことをしてきた。今更善行を積んだ所で焼け石に水。否、だからこそ動かなければならない。秋水が動かなければ、また誰かが業を背負うことになる。

 

(俺が、ケリをつける)

 

 

◇◇◇

 

 

 吸血鬼の正体を突き止め、達也が吸血鬼の三体に合成分子機械の発信機を打ち込んだことを七草・十文字チームに伝えた翌日。昼の休憩時間を使って、真由美は克人と昼食を摂っていた。両者の間にあるのは、悪くはないがどこか重い空気。昼食中に明るい話題でもあれば良いのだが、吸血鬼討伐連盟を結成後、どうしても話題は吸血鬼がメインになってしまう。嘆いても仕方がないとはいえ、真由美はややうんざりしていた。

 

「どうかしたのか?」

 

 短い言葉だが、そこには情報を手に入れたのになぜ浮かない顔をしているのか、という疑問が込められていた。

 

「なんでもないわ。今更のことだけど、達也くんはどうやって情報を手に入れているんだろうって考えていただけ」

 

 七草・十文字チームは達也が動く以前から情報収集を図っていた。けれど、どちらが成果を上げたかと言えば後者に他ならない。短時間で限りなく高い水準の結果を出す後輩に、頼もしさを覚える一方でどこでどうやってという疑問がどうしても出てくる。

 

「たしかに司波の能力は異常といえるだろう」

 

「十文字くんも、達也君が師族会議通達を見ている前提で協力要請をしていたしね」

 

 マル秘認定されていない師族会議通達は、手に入れようと思えば手に入れることはできる。それでも百家でもない一介の魔法師からすれば、その難易度は高い。達也が入手している前提で話すということは、克人が達也を一介の魔法師と認識していない証。

 

「ああ。理由や方法はともあれ、実に頼もしい限りだ。それに今年の一年は司波に限らず、優秀な生徒が多い」

 達也の妹である深雪は、一年生ながらに非常に秀でた能力を持っている。魔法の発動速度を見れば、真由美も克人も彼女には及ばない。ほのかや雫も、技能や潜在能力は高いと言っていい。加えて二科生にも、粒が揃っていると克人は判断していてた。その優秀な者たちのほとんどが達也や深雪を中心としたコミュニティにいることは、この場にいる二人は今更疑問に思うことはない。

 

 克人は発言を終えると同時に、自身の失言に気づいてしまった。「一年」「優秀」というキーワードで、裏葉の名前が出てこないことはない。性格に難ありだが、一個人としての能力は圧倒的。克人としても、本来であれば今回の事件には協力を仰ぎたい気持ちはあった。

 

「すまん」

 

「大丈夫よ。し……裏葉くんについては、ほとんど何も覚えていないんだから」

 

 理由を問わないということは、そういうことだろう。

 

 真由美は秋水に関する記憶の殆どを失っている。克人はこれを、何らかの魔法(おそらくは瞳術)と推測しているが、調べた所でそれに該当する魔法は出てこないとわかっていた。

 

「それに四葉と繋がっている以上、誘ったところで断られちゃうでしょうし」

 

「……弘一殿は未だ姿勢を変えず、か」

 

「ええ、ええ、それはもう。あの狸親父がそう簡単に態度を変えるはずもないもの」

 

 今にも歯軋りしそうな顔で、真由美は実父に対して悪態をついた。

 

 七草家当主であり真由美の父でもある七草弘一の裏葉嫌いは、十師族内で知らぬものはいないほど。加えて、四葉家当主である真夜との確執もある。そんな両家が同盟を結んだのだから、弘一はこれ以上無いほど毛嫌いするだろう。例え仕掛けたのが七草側であっても、決して七草側から折れることはしない。

 

「そういうわけだから――――」

 

 真由美の言葉を、一つの電子音が遮った。

 

 それは達也が吸血鬼に撃ち込んだとされる発信機の電波を、受信器が受信した際の合図。受信端末を中心に、指定した範囲内に対象が入り込むことで自動で受信するように設定していたために作動したのだ。しかし、それだけでは詳細な一まではわからない。真由美は自身の行為が一生徒(元生徒会長としても)に与えられる権限を逸脱していると知りながらも、LPSに介入して現在位置を調べた。

 

 信号は通信門を抜け、実験棟の資材搬入口へと向かっている。その移動ルートと時間は、マクシミリアン・デバイスの社員が新型測定装置のデモンストレーションのための予定と一致している。

 

「十文字くん!」

 

「七草は司波に連絡を入れてくれ。俺は一足先にCADを取りに向かう」

 

 返事は不要。

 

 克人は一秒でも惜しいと言わんばかりに部室の扉を開けて出ていき、残る真由美は端末を操作して達也へと連絡を取ろうと試みる。迅速な行動は、互いが互いの力量を信用していることからくるもの。

 

 けれど、それが裏目に出ることもある。

 

「会長」

 

 その呼び声に、コールボタンを押す寸前だった真由美の指が止まった。見ると、見知った生徒の姿がそこにはあった。

 

「ハンゾーくん……じゃないわね。誰なの?」

 

 服部刑部少丞範蔵。二◯九五年の十月から、克人に代わって部活連会頭を任された生徒。今真由美が居る場所は、クロス・フィールド部が所有している部室の一室。服部はその部活の生徒ではないとは言え、部室がある準備棟には他の部活動の部室もあるため、いてもおかしくはない。真由美が眼前に立っている服部を服部ではないと判断したのは、とある理由から。

 

「何をおっしゃっているんですか、会長。俺は服部刑部ですよ、お忘れですか」

 

 誰がどう見ても服部の容姿をしている男は、懐疑の表情を浮かべながらゆっくりと近づいていく。

 

「ハンゾーくんは、もう私のことを「会長」とは呼ばないのよ。誰だかわからないけど、随分と杜撰な変装をするのね」

 

 同じ歩調で、真由美は後ろに下がった。CADを預けてしまっている今、魔法の発動には時間がかかりすぎる。服部の姿をした人物が誰なのかはわからないが、真由美の直感が彼は危険だと訴えかけていた。

 

 男の歩みが止まった。

 

「ああ、ボクとしたことが初歩的なミスをしたもんだ。これじゃあ、折角変化したのが無駄になってしまった」

 

 演技掛かった仕草で、服部の姿をした人物は自らのミスを認めた。

 

「この方が楽だと思ったんだけど、バレちゃったなら仕方ないよね」

 

 耳を傾けず、真由美はどのようにして部室(ここ)から脱出するかを考えていた。後ろにある窓は鍵を開ければ外に出ることは可能だが、不運なことに一階ではない。高さを考えれば、飛び降りれば運が良くても骨折は免れない。それ以上に、一度でも視界から外すことが恐ろしかった。そうなれば二つある出入り口のどちらかになるわけだが、そう簡単に逃げられるとは思えなかった。

 

「キミを殺したら、カレがどんな顔をするのか楽しみだ」

 

 服部が決してしない気味の悪い笑みを浮かべると同時に、その人物は隠し持っていた短刀を取り出し、一気に真由美との距離を詰めた。

 

 死神の鎌が喉元にかけられる感覚。体が思うように動かないのは、恐怖からなのか諦めからなのか。やけに長く思える時間の中でできるのは、己の意識が狩られるまでの間をただ待つこと。刀の切っ先が近づく度に、鎌の刃も喉に喰い込んでくる。真由美は生まれて初めて、死の存在を感じ取った。

 

 咄嗟に、目を瞑る。

 

 真由美の前に、影が入り込む。

 

「……やっぱり、来ると思っていたよ」

 

 刃が真由美に届くことはなかった。

 

 真由美は自身に痛みが来ないことと言葉が届いたことで、ようやく固く閉ざした目を開く。

 

 目に入ったのは、刃の折れた短刀と、それを持つ腕を力強く掴んで行動を阻んでいる別人の腕。制服と体つきから男と判断し、視線を上へと持っていく。捉えたのは、角度上少ししか見えないが、それでも整っているとわかる顔立ち。真由美はその人物が誰なのかを知っていた。

 

「秋水、くん……」

 

 真由美の知らぬ間に、己の口からこぼれ出た名前。なぜ、どうして。疑問ばかりが次々と浮かんできた真由美の頭は、軽い混乱状態にあった。

 

「どうやら、今度は本体のようだな」

 

 真紅の眼に映る、通常とは違う景色。体を覆う淡い光から、体内を駆け巡る光。この世の森羅万象を見抜ぬかんとする瞳力を備えた眼が、真実を映し出していてた。

 

「ここで全部、終わらせてやる」


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