達也が剣道部と剣術部の小競り合いを制圧したとの情報は、森崎と別れてから一時間もしないうちに伝わってきた。剣術部の桐原武明が殺傷性ランクBの「高周波ブレード」を使用したとのことだが、傷ひとつ負うことはなかったようだ。その部分は特に驚くべきところでもなく、情報としてもさして有用性のあるものではない。
有益な情報としては達也がアンティナイトと呼ばれる軍事物資を用いずにキャスト・ジャミングを行使したこと。
キャスト・ジャミングは簡単に言ってしまえば送信途中の電波に別の電波を重ねて受信側に目的の電波を受信させないようなもの。チャフのように電波を反射し、妨害するものとは少し違っている。
どのようにそれを行ったのかははっきりとした答えは分からないが、おおよその検討とし、二つのCAD――これもおそらくだが風紀委員の備品――に答えがあるとだけは踏んでいた。手法がわからないことに問題は一切ない。ただ、司波達也がアンティナイトを使用せずにキャスト・ジャミングが使えることを理解しておくだけで十分だった。現代魔法とは起動プロセスが異なる忍術にはキャスト・ジャミングが通用しないために、差し当たって問題はない。
他にあえて取り上げるような情報はなく、初日の騒動以外にはこれといって達也の有益な情報はなかった。他の情報に絞れば、学内に反魔法国際政治団体である「ブランシュ」の下部組織である「エガリテ」のメンバーを見つけたことぐらいだろう。
勧誘期間の一週間はあっという間に過ぎ、入学してから二週間という期間が経過した。初めは不慣れだった新入生も、早くも学校に慣れ始め、行動するメンバーはほぼ固定されてきていた。
生徒会役員としての一日の業務が終わり、少し時間が経った頃、秋水はある人物と学外にあるカフェへと足を運んでいた。
カフェといっても若者向けに洒落た内装ではなく、長年経営しながらも改装を行っていないために昔ながらの面影がある。悪い言い方をすれば小汚さのようなものがあり、第一高校から少し離れた位置にあるために周囲に人はほとんどいない。
「それで、折り入って話ってなにかしら?」
向かい合う形で座っているのは他ならぬ真由美。出された珈琲を一口飲んでからの発言。既に真由美の中では答えが出たようで、秋水の過去を知る前と態度に変化は見られない。
デートのような雰囲気は二人にはなく、真由美も話の内容をどこかわかっているようだった。
「単刀直入に言います。情報の取引をしましょう」
秋水の口から出た言葉は色気のいの字も無い内容。対して真由美も落胆するような素振りは無く、自身の考えが裏付けされたような顔つきをしていた。
「こちらから出す情報と引き換えに、七草が有しているブランシュについての情報を下さい」
「達也くんに対する対抗心……な訳ないわね。何にしても、あまり関わることはおすすめしないのだけれど」
ブランシュの言葉が出たのは数日前の昼食時のこと。達也本人は情報規制されているものの噂の出処を全て塞ぐのは難しいとは言っていたが、それでも一介の魔法師が、それも入学したての二科生にしては情報を持ちすぎていた。そのことから達也に対抗して、とも考えたが、それはないだろうと真由美は自分の考えに即座に否定した。
「お気遣いは感謝しますが、どうにも無関係でいられるとは言い難いので」
「秋水くんから提示してくれる情報が関係あるのかしら?」
「そうですね。俺が持っている情報は、ブランシュの下部組織であるエガリテについてです」
「残念だけど、その情報は七草も持っているわ。取引の材料としては力不足ね」
エガリテの情報は当然十師族である七草にも伝わっている。手持ちにあるものをあえて交換し、危険にさらすような真似をしなくて済む。提示された条件に対して、真由美は心の中で胸をそっとなでおろした。
「そのエガリテのメンバーが第一高校にいることはご存知ですか?」
安堵し再び珈琲を口に運ぼうとした手が、ピタリと止まった。
「……どういうこと?」
「風紀委員の補助を行っている間、エガリテの構成員と思しき生徒を見つました。その者から情報を聞き出しましたので、確かな情報です」
どうやって、と聞き出す前に、真由美は秋水が写輪眼を持っていることを思い出す。写輪眼ならば相手を催眠状態にさせ、情報を抜き出すことは容易なことだ。改めて、写輪眼の恐ろしさを思い知らされた。
「既に構成員はリストアップしています。真由美会長が条件を飲んでいただけるならば、先にこの情報は差し上げましょう」
先に欲しい情報だけを取り、嘘の情報を与える可能性もある。その危険性も考えられるが、相手を信用しているという旨を間接的に伝えるための表現だった。取引において重要なのは互の信頼関係。互いに損はなく、益が出るようにしなければならない。
ここまでは普通の人間同士の取引における水面下でのやりとりだが、秋水にはもう一つ武器があった。
真由美に催眠をかけ、一方的に情報を抜き出さないことだ。表面上は対等でも、見えないところでは秋水が優位に立っている。
真由美もそれを分かっているのだろう。しばらく黙考した後に、秋水の目をはっきりと見た。写輪眼を使いたいならば、いつでも使ってこいというささやかな意趣返しだ。
「分かったわ。取引に応じます」
言質を取った後に、秋水は真由美の携帯端末へと情報を送信した。
真由美は、受け取って直ぐに中身を確認している。名前だけではなく、ご丁寧に顔写真とクラスなども記載されていた。
「司くんに……壬生さん。どうやら剣道部が中心のようね」
確認し終えた真由美は、秋水に言うというよりは自身に言い聞かせるような程度の声量で呟いた。自身が生徒会長を務めている学校でこのようなことがあると、思うところがあるのだろう。
「質問をいいかしら?」
「なんでしょうか」
「この情報を取った相手からブランシュの情報は手に入らなかったの? いいえ、貴方なら既に司くんに接触していて、情報を得ていてもおかしくはないわ」
剣道部が中心ならば、部長である司
「確かに既に接触はしましたが、リーダーと思しき人物の名前がわかっただけでした。やはり下部組織ですね。重要な情報はほとんど握らされていない。はっきり言って情報不足です。ですからその情報を補うためにも、こうして取引を持ち掛けました」
基地のような場所の情報もあったがあくまで一時的なものでしかなく、リーダーも毎日顔を出すようなことはない。別の場所に拠点があるはずなのは確かだった。
写輪眼でできることはあくまで催眠をかけて自白させることであり、相手の記憶を読み取る術ではない。そういった忍術も存在するには存在するが、周囲にその使い手がいないことに加え、瞳力次第でほぼ同等の効果が得られるために秋水は未だに体得していなかった。体得する必要がない、と言っても何も差し支えない。
秋水は真由美が話し出すまでじっと待っていた。その際に一口だけ珈琲を飲んだが、砂糖がミルクを入れなかったために苦味が口内へと広がり、一瞬だが不快な顔をしていた。
やがて、真由美が口を開いた。
魔法師が政治的に優遇されていることに対して、魔法能力による経済差別を根絶することを目的としている団体で、表向きは市民活動をしているものの、裏ではテロリストと称して問題無い活動をしている。
アジトは全国各地に分布しており、わかっている場所以上に存在していると推測されている。拠点も定期的に動いている。
メンバーは年々増加している。
おおよそ、このような内容だった。
反魔法組織の中では最も先鋭な活動を行っており、現在は公安にマークされている。
そんな組織が未だに取り締まられないのは、日本では政治活動の自由が認められていることもあるが、裏の活動を明白に裏付ける証拠が不足していることの方が大きい。
「ありがとうございました」
「ねえ、この情報を知ってどうするつもり? もし――」
「それはお答えできませんが、危険なことをするつもりはありません」
嘘は言っていない。
危険なことなどするつもりは一切ない。
「そうだ、大事なことを一つ言い忘れていました」
まるで今思い出したかのような発言だが、話の流れを変える目的だったことは明白だった。
「司先輩から情報を抜き取った際に、近々ブランシュが第一高校に対して何らかの行動をしてくることを掴みました。それに対しての準備と、真由美会長は学内であっても傍に誰かを置いておくことを勧めます」
「ちょ、ちょっと待って。ちゃんと説明してっ」
なぜブランシュが第一高校へ行動を仕掛けてくるのか。それが真っ先に疑問となって脳裏に張り付いてしまったために、なぜ傍に誰かが必要なのかに対しては考えることもなかった。
「なぜブランシュが第一高校に目をつけたのかまではわかりません。単にリーダーである司
闇討ちなどは、普通に考えれば常套手段の一つだろう。相手は魔法を使えない者、または使えたとしても大した力の無い魔法師。そんな奴等が正々堂々と魔法師に戦いを挑むなどとは考えられない。魔法士の数が少ないことを考えれば、数に物を言わせる人海戦術も考えられる。
「こちらが取れる対抗手段としては、あらかじめ生徒の安全を確保した上でエガリテのメンバーを拘束しておくことが良いのでしょうが、そのようなことは難しいでしょう。ですので、バレないように監視をしておくことが望ましいと思います」
構成員がわかっている以上、学内ネットワークによるメールの送信で集めようとすることはできるが、彼らも馬鹿ではない。意図に気が付く者も少なからずいるだろう。そうなってしまっては、彼らだけを隔離するということは難しい。エガリテのリーダー格である司甲に改めて催眠をかけてメンバーに連絡をするという手法もあるが、同上な上にあまり手法としてはよろしくない。できることならば平穏な話し合いで解決したい、真由美がそう考えるだろうことはなんとなくではあるが予想がついていたからだ。単独でやることはそう難しくはないが、今後の生活に支障をきたしてしまう恐れが大いに高い。秋水としても今の段階でデメリットが大きい方法はあまり選びたくはなかった。もっとも、生徒会長である真由美が許可さえすれば躊躇うことなく実行することは可能ではある。
「秋水くんの言う通り、生徒を拘束するのは難しいでしょうね。メンバーというだけで、彼らはまだ何もしていないもの。それに、いくら生徒会長であってもこの件については私の一存で決めるのは無理ね。教師の方々や十文字くん、摩利にも相談しておかないと」
秋水が説明している間に頭の中を整理したのか、真由美は落ち着いた様子で答えた。
「後護衛の件だけど、秋水くんとしては誰が適任だと思うの?」
「渡辺先輩や服部先輩、それに司波達也。あとは真由美会長が信頼を置いている、かつ実戦経験と実力がある人物が望ましいですね」
十文字と互いに護衛し合うという考えもあったが、
「理由を聞いても?」
「渡辺先輩は貴女と仲が良い上に、対人戦闘において非常に優れていると伺いました。服部先輩も戦闘能力に申し分はありませんし、何より貴女が副会長に任命する程信頼はある」
「達也くんは? あまり付き合いは無いし、彼は他の二人と違って二科生よ?」
わかっている癖に、と内心では思いながらも、秋水はその思いを顔には出すことなく淡々と理由を述べる。
「確かに魔法実技の成績は悪いのかもしれませんが、成績と実戦での強さはイコールではないことはその目でも見たはずです。それに、彼はいかなる場合においても冷静な対処ができると思っています」
秋水の中では、挙げた三人の中では達也が最も護衛としては適任だと考えていた。魔法が来ればキャスト・ジャミングを、そうでない相手には体術を駆使することに加え、あれだけの洞察力があれば奇襲にもいち早く対応ができるとの見立てだ。ちなみに、次点で服部、最後に摩利である。服部は他の二人と比べるとどうしても実力面で劣っているところがあるが、生徒会長の補佐役である副会長という点は摩利の風紀委員長という立場と比べれば非常に利点となった。別段傍にいたところで、怪しまれないためだ。
「そう。それじゃあ……」
三人の中から誰か一人を選んでいるのだろう。最大で三人とはいったものの、三人にはそれぞれの委員会の仕事があり、プライベートも存在する以上は実質的には不可能だろう。
そう、秋水は考えていた。
真由美が再び言葉を発するまでは。
「護衛は秋水くんに任せちゃおうかしら」
「……は?」
思っていなかった答えに、普段は秋水が見せない素の反応が出てきてしまう。その反応に伴った顔の変化も、年相応のものになっていた。
そのことに気がついた秋水は、再び仮面を被り直した。
「俺を選ぶ理由が理解できませんね」
「常に傍にいることができて、実戦経験と私を守りきれるだけの腕があって、冷静な対処ができるのは秋水くんもそうでしょう? 別に秋水くんが挙げた三人の内誰かに決めなきゃいけない訳でもないんだから、私が決めても文句はないわよね」
「……裏切るかもしれませんよ」
腕を僅かに動かし、袖に隠していたクナイを、机の下にあることで真由美の死角に存在する手に移す。いつでも、刺すことは出来る距離位置だ。もし、根拠なく信じているなどという甘い考えを持っているようならば、今後のためにも一度分からせておく必要性があった。
「それは無いわね。裏切ったところで秋水くんにメリットは無い。今の裏葉の改善をしたいならば、七草の私を裏切ることはその出口から自らを遠ざけることになる。まあ、秋水くんが裏葉について嘘をついているならば話は別だけど」
赤い目と紅い眼が、互いを視界から逸らすことなく凝望する。
数秒が経ち、写輪眼を解くと同時に密かにクナイを仕舞う。
「失礼しました。そういうことでしたら、引受させていただきます」
謝罪の意図が真由美にはわからなかったが、特に気にする素振りは見られなかった。
それから第一高校で事件が起こったのはすぐのことだった。
◇ ◇ ◇
『全校生徒の皆さん! 僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』
一日の最後の授業が終わった早々のことだった。生徒たちは部活動や帰宅の準備をしている最中でもあり、巨大な音量に皆の動きが一様に止まってはスピーカーへと視線が注がれた。興味よりは不安に感じている顔の割合が多い。
(来たか……)
真由美が十文字に話を通し、軽い監視がついてはいたはずだが、どうやら事前に止めることはできなかったようだ。監視側の数の方が少なかったのだから仕方がないとは言え、彼らが本気なのだとわかるには十分だった。
(だが、これはやりすぎたな)
見合った行動をしていれば良かったのに、と目を伏せながら秋水は悪態を着いた。今尚放送がされているということは、放送室は彼らに不法占拠されたとみて間違いない。鍵を壊す、またはあらかじめ複製しておけば容易に侵入できるが、それは止めに入る人間も同じことができるということ。鍵をくすねたことも疑いようがなかった。
(水分身が付いている以上、向こうは問題ないな)
向こうとは当然真由美のところである。護衛役として水分身を見張らせており、消された感覚もないことから、今頃は分身体の意思で傍についているはず。
行くとすれば放送室の方だろう。
そう考え、秋水が席を立ったところで、放送室前に行くようにと書かれたメッセージが端末へと届けられた。未だ垂れ流され続けている方法を不快に思いながら、教室を出る。
「森崎か、お前も行くのか?」
「ああ」
教室を出たところで、待っていたのは森崎だった。風紀委員である彼もまた、同様の旨の連絡を受けているのだろう。秋水とは違い、不快な感情を隠すようなことはしていなかった。それは短い返事にもしかと現れていた。
本来校内を走ることは校則で禁止されているが、事態が事態ということもあって二人共駆け足で向かっている。風紀委員の腕章などはつけていないが、二人が生徒会と風紀委員の役職に就いていることはこの階の生徒ならば誰でも知っていることであり、自然と道が出来上がっている。
「ったく、一体誰がこんなことを」
面倒なことを起こしたこと対するよりは馬鹿なことをといった意味合いが強かった。一科生か二科生のどちらがこんなことをするかと問われれば、一科生の誰もが二科生だと答えるだろう。二科生自身も大半はそう答えるはずだ。
「誰か、なんてことはどうでもいい。奴らは罪を犯した。それだけわかっていれば十分だ」
誰が放送室の鍵を盗んだ。誰が放送をしている。そんなことは些細な問題でしかなかった。
「それよりも森崎、CADは持っているか?」
尋ねながらも秋水は森崎の方を見た。左胸が右胸と比べてほんの少し膨らみがある。形状と森崎の使用しているそれを考えれば、銃型のCADがホルスターに収まっていることが分かった。
「当たり前だ」
「ならいい。武力制圧になった際はお前のクイックドロウは役に立つ」
相手は二科生。そうなっては数で上回っていても、森崎家のクイックドロウを前には役に立たないはずだと踏んでいた。
「実力行使になるっていうのか?」
「少なくとも俺はそうするべきだと考えている。当校の生徒であっても既に犯罪者だ。即時解決のためにはそれが手っ取り早い」
遠慮をして時間をかける必要性はない。実力に訴えればこちら側が有利なことは誰もが見ても確かなことだ。
そんなことを話している間に、放送室は目前となっていた。
そこには既に十文字、摩利、鈴音の他に、風紀委員と部活連の実行部隊が全員ではないが集まっていた。これだけ実力者がいれば、億が一、ということもないだろう。
「市原先輩、現状はどうなっていますか?」
秋水が声をかけたのは鈴音。とりわけ仲がいいわけではないが、同じ生徒会の役員として普通に話をする程度の交流はあった。
「彼らはマスターキーも予め手に入れていたようで、こちらは未だに踏み込めてはいません。呼びかけにも応じる様子はありませんね。彼らをこれ以上刺激しないためにも、慎重に動くべきでしょう」
鈴音はしばらくの静観を選んだ。
「いや、少し強引でも事態の収集を図るべきだ。こうしていても、あちらの聞き分けが良くなるとは限らない」
摩利の考えは鈴音とは対照的だった。
「渡辺先輩に賛成ですね。こうして待っていても埓があかない」
鈴音も摩利も秋水の答えが意外だったのか、わずかだが驚嘆の色が浮かんでいる。
秋水は歩きながらCADを起動させ、それが取り付けられた腕を扉にかざす。あとは座標を入力するだけだった。
「先刻警告されたはずです。それにも関わらずこうして出てこないということは、あちらもそれなりの覚悟があるはずだ。まさか、無傷でいられるとは思っていないでしょう。許可を下さい。俺がやります」
「待て」
短く放たれた言葉は低音で、とても高校生とは思えない威厳に満ちていた。
秋水はCADを取り付けていた腕を下げ、声のした方を向く。声の主は、学内でも、現代の魔法社会においても巨頭と呼ぶにふさわしい人物だった。
十文字克人。十師族ということもそうだが、制服越しにも分かる隆起した筋肉は見る者を圧倒している。上背もあることから大抵の人を見下ろすようになってしまうことも、それを促進させている。
見上げる目と見下ろす目はどこか互を見定めるようだ。
「今はまだ、学校施設を破壊してまで早急に解決するほどの大事ではない」
見かけとは裏腹に、克人のスタンスは鈴音に近い。
「大事になってからでは遅いんですよ」
「そうしないために今動いている」
周囲からは秋水はどのように映っているのだろうか。
粋がった新入生が無謀にも三巨頭にくってかかっている、が適切だろうか。中心となる二人ではなく、周囲の雰囲気が少々ザワつき始めている。中でも秋水と一緒に来た森崎は青い顔をし始めていた。
「それに今の状況はともあれ、交渉には応じても良いと考えている。これを期に、一科生と二科生との間にある亀裂を修復していくつもりだ」
「その言葉が本当だとしても、今の彼らでは到底信じないでしょうね」
一科生の中でも立場、実力ともに他から頭一つ以上飛び抜けている克人が言ったとしても、相手側からすれば
「そうだろうな。現に向こうからの返事は未だにない。だがそれは、彼らが本気で考えているためだと推測している」
実力行使に出ないのは、だからこそほんの少しでも猶予を与えたいということだろうか。見た目とは裏腹に人が良いというのが克人に対する秋水の感想だった。
「過ぎた譲歩は相手が付け上がるだけですよ。所詮は自らの意思で道から外れた奴らです」
本来ならば処罰されて終わりにも関わらず、交渉の場を設けようとしている時点で彼らに対する歩み寄りは終わっている。立てこもりから引きずり出すことはまた別の問題だと考えていた。
「口が過ぎるぞ。間違った方向へ進んだならば、それを正してやるのが俺たちの責務だ」
間違った方向に進んだ者に構ってやる必要はない。それも自ら進んだ者など尚のことだ。彼らも自分の頭で考えるだけの力は持っている以上、責任は全て彼ら自身にある。
「見解の相違ですね。どうやら、このまま言い合っていても平行線のようだ」
克人から目を離し、秋水は写輪眼を持って放送室の扉を見る。透視能力は備わっていないが、サイオンやプシオンの流れなどを読み取ることが出来ることから、真似事は可能だった。
数は五。
想定していた数よりも少なかったが、少ない分には問題はない。
「では、これは俺の独断行動ということで。お叱りは後で受けます」
魔法を発動させようとした時と、再び静止を促す声が重なる。
ただ、声の主は十文字ではなかった。
「待て、秋水。俺に良い考えがある」
克人と言い合っている際に来ていた達也が、ここで初めて前に出た。後ろには必然というように深雪が付いている。
「良い考えだと?」
達也の言葉に答えたのは、秋水ではなく克人。その声は純粋な興味から成り立っていた。
「はい。出過ぎた真似かとも思いましたが、このままでは周辺機器の破壊と彼らの怪我に繋がりそうだったので。要はそれらをせずに事態の収束ができれば言い訳ですよね?」
「それができるのか?」
「わからない、というのが正直なところです。ですが、やってみる価値は十分にあるかと」
克人が判断を下すのに、そう時間はかからなかった。
「……いいだろう。やってみろ」
「分かりました。――秋水も少しだけ俺に時間をくれないか? なにも彼らを傷つけたいわけじゃないだろう」
無言で腕を下ろした秋水の行動を、納得したと解釈した達也は端末を取り出し、ある番号へと電話をかけた。
事態が収束したのは、達也が電話をしてから五分もかからなかった。
私用で投稿は再来週になりそうです。