仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ   作:teru@T

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「へェ、まさか生き残るなんてなぁ」

 錆びた鉄の臭いが満ちる闘技場の中央で迷彩柄のズボンを履いた赤茶色の髪の男が足元に転がる何かを拾い上げる。
 それは入院服の様な服に身を包んだ黒髪の少女、だらりと力なく垂らした腕には数字の記された腕章が付けられている。
 服も少女自身も裂かれ打ち付けられた傷とそこから流れた血、そして土に塗れボロボロであった。

「う……あ……みんな、は……?」
「あぁ? 周り見りゃ分かるだろ? おら」
「……あ……」

 男が少女の襟首をつかみ前へと突き出す。
 霞む視界の中、緩慢な動きで正面を見た少女は眼を見開き固まる。
 そこに拡がっていたのは()
 闘技場の地面に拡がった血にはボロボロになった服の破片、そしていくつもの肉塊が浮かぶ。

「あぁ……あああああ……!?」

 それが何か少女は知っている。
 ほんの少し前まで隣で笑いあっていた者たち、辛い訓練を励ましあって乗り越えた者たち。
 試験を始める前にいた数と合うことはないだろう。
 戦っていた戯我に食われ、色となって消えてしまったのだから。

「いやああああああ!!」
「チッ! うるせェなァ!」
「うっ!? うぅ……わぁ、ああ……!」

 事実に気づいた少女は涙を流し、金切り声を上げる。
 顔の近くで絶叫を上げられた男は苛立ちを隠そうともせず、少女を地面へと叩きつける。
 叩きつけられた瞬間こそ痛みに呻くがそれでも少女の口から洩れる嗚咽が止むことはない。
 そんなことは関係ないとばかりに男は少女の腕を掴み、立てない彼女を引きずってどこかへと連れていく。

「本当なら失敗なんだがなァ……1人でこんだけできる奴を実験に使うのは勿体ねェ。喜べよ、外に出られるぞ」
「……ほん、とうに?」
「あぁ、本当だとも」

 男の言葉に少女は涙ながらにも声を出す。
 少女が反応したことに気をよくしたのか男はニヤリと顔を歪ませながら言葉をつづけた。

「ただし、お前がぶっ殺したのと同じ戯我を埋め込んだ人間兵器としてだがなァ! ヒャッハハハー!」
「ッ! い、や……いやああ!」

 闘技場に響き渡る男の笑い声が少女の悲痛な叫びをかき消して少女を引きずりながら出入り口へと向かう。
 地面に爪を突き立て抵抗するが男は意に介することなく、少女が傷つくことを厭わずに引きずっていく。
 そのまま少女は男の手で闇の中へ引きずり込まれる……そう思われた時だった。

「随分と楽しそうなことをしてるじゃないか、アダン」
「……誰だ?」

 アダンと呼ばれた男の背後、少女の目の前から若い男の声が響いた。
 そちらを見れば先ほどまで少女が戦っていた闘技場に1人の男が立っていた。
 それは中折れのハットを被った年老いた栗色の髪の男だった。
 
「なんだ、アンタかよ。脅かしやがって」
「なんだとは随分な言いようじゃないか。今日は客としてやったんだぞ?」
「へェ、また戦争吹っ掛けるってのか? 懲りないねぇ、アンタも!」

 年老いた男の口から先ほどの若い男の声が響く。
 見知った仲なのか警戒を解いたアダンが少女を引きずったままその男へと近づいていく。
 元々受けていた傷に加え、爪が割れ血を流す少女はそれにも抵抗することができず呻き声を上げてされるがままになるしかなかった。

「それでどんな兵器が望みだ? 色々あるぜェ、実際に見ていくか?」
「いや、その必要はない。欲しいのは()()だ」
「……え?」

 男がアダンの足元を指指す。その先にいるのは当然、件の少女だ。
 アダンは怪訝な顔を浮かべ、突然のことに少女は泣き腫らした顔で初老の男を見上げる。
 逆光に隠されその表情は分からない。

「コイツを加工(・・)するのに時間がかかる上、ちゃんと使える兵器になるかはこれからだけどいいのか?」
「加工はいらんよ。このまま持って帰る……金はこれで足りるはずだったな」
「ハッ! 準備万端じゃねェか! 確かにこれなら問題ねェよ。ほら、持ってきな!」
「きゃっ……!」

 少女の意思が介在することなく行われた売買の交渉の末、男が手渡した小切手の額に満足したアダンが少女を男の方へと投げ渡す。
 痛みに呻きながらも少女が恐る恐る顔を上げると男は少女に手を差し出した。

「……助けて、くれるの?」
「さっきのやり取りを聞いていただろう? 私はお前を買ったんだ。助かりたければ行動で示せ」
「っ……」

 少女に選択肢は無かった。
 断ればアダンの手で加工されるかそれよりも酷い目に遭うか、どちらにしても素直に仲間の下には送られないだろう。
 だから少女は諦めた様に男の手を取った。

「お前、名前はあるか? ここでの番号じゃない。お前の名前だ」
「名前……」

 少女には名前がない。
 元々はあったのかもしれない、だが物心ついたその時から割り当てられた番号でしか呼ばれてこなかったために知る機会が無かった。
 それでも少女には仲間たちに呼ばれていた、割り当てられた数字から付けられた名があった。

「───35番(サンゴ)。それが名前……です」


第十貢「氷雪に潜んだ緑青」

「それを渡せ……!」

「渡すわけがないでしょう……!」

 

 ランダ(サンゴ)シミター(カナリー)の戦いは続く。

 アンティキティラ島の機械を抱えたシミターは凍らせた地面を滑り、ランダの攻撃をかわしながら背後の通路へと逃げ込もうと動く。

 だが素早い動きと黒い呪いの波動によって的確に移動先を潰され続ける。

 反撃をしようにも片手を塞がれているため両手で使うことを想定されたAウェポンを振るうこともできない。

 それでも拮抗しているのはランダも機械を傷つけないために大技を封じられているためだろう。

 

「ならば……!」

「それはダメ」

「ッ!(前に戦った時から思いましたがあの3人の中で一番厄介なのは彼女ですね……!)」

 

 動きながらも反撃を試みるため、レリックライザーのリキッドを起動しようと手を伸ばす。

 それを阻止するために放たれた波動がシミターの手を弾き、そこに爪が伸びてくる。

 上体を逸らして直撃こそ避けるがそれでも掠めた爪がダメージを刻んでいく。

 

「(戯我としての能力だけじゃない。おそらく元となった人間が戦いの訓練を受けている。そういう動きで非常に戦いにくい……!)」

 

 一見がむしゃらに繰り出された様にみえる連続の引っ掻きはシミターの装甲を確実に傷つけるための本命の隠れ蓑。

 見当違いの方へと放たれた波動が迷宮の壁を崩し、その瓦礫がこちらの移動先を潰し動きを制限してくる。

 まともな反撃ができないまま少しずつダメージを蓄積するシミターは左右の通路へと目を向ける。

 

「後ろ以外なら好きに行っていいよ。追いかけるだけだから」

「ハッ! 逃げ込んだところで迷うだけだと分かっているでしょう?」

「遠慮しなくていい……よ!」

「ッ、しまっ……!」

 

 迷路に逃げ込んでもこのまま戦ってもシミターに勝ちの目はない。

 今のまま勝つためには抱えた機械が邪魔すぎるのだ。

 シミターが策を模索するためランダから注意が逸れた一瞬、ランダの爪がシミターを捉え装甲の隙間に爪を差し込み力任せに投げ飛ばした。

 空中で体勢を立て直し、叩きつけられることこそ避けたがシミターは右の通路へと投げ込まれてしまった。

 

「狭い通路じゃ避けるのも苦労するでしょ?」

「くっ……」

 

 先ほどの部屋へ戻ろうとするもその入り口に冷笑を浮かべるランダが立ちはだかる。

 ただでさえ防戦、ただでさえ一方的な状況で回避先が背後のみに絞られ、シミターは仮面の奥で冷や汗を流す。

 

「どうすれば……」

「シミター、こっちだ!」

「!! 了解です!」

「……」

 

 背後から聞こえた声にシミターは躊躇うことなくバックステップで近づく。

 それに合わせてランダも追うがそれよりも早くシミターはリキッドのスイッチを押し込みトリガーを弾く。

 

《ブリザード!》

神器解放(レリクス・ドライブ)!」

Calling(コーリング)!》

 

 シミターから放たれる氷雪混じりの突風。

 それは彼女を追い詰めるために押し込まれた通路全てを飲み込み、逆にランダを窮地に立たせた。

 しかし、即座に波動を放ってブリザードの勢いを押し留めると引き返し、通路から部屋に飛び込み回避した。

 そこで生じた隙に乗じてシミターは声の人物───アルジェントと合流する。

 

「アルジェント支部長、なぜここに!?」

「少し引き返したところで脇道を見つけてね、向こうはみんなに任せて君に少しでも手助けできないかと思ってね」

「私のことをそんなに想って……」

「当然だろう? それで、なにかできることはあるかい?」

「それでしたらこちらを!」

 

 シミターは仮面の下で頬を赤らめながらも抱えた機械をアルジェントへと差し出す。

 アルジェントもそれを傷つけないように受け取った。

 

「これが……アンティキティラ島の機械かい? 確保できるとは流石だね」

「そんな、これくらい当然ですよ! こちらを持ってみんなと合流を」

「分かった。こっちは任せるよ。足止めしてちゃんと合流してくれ」

「えぇ、お任せください!」

 

 弾むような声色のシミターはクルリと振り返りるとランダの元へ走り、アルジェントは機械を抱えたまま迷宮へと走り出した。

 機械を奪われまいとアルジェントを追おうとするランダであったがその前に両手が空いたことで鎌を構えたシミターが詰め寄った。

 

「形勢逆転ですね」

「どうかな? あなたを倒せばすぐに追いつけるよ……!」

「できないことは言うものではないです、よッ!」

 

 鎌の柄で受け止めていたランダを押し返し、刃を振りかざす。

 再度バックステップで刃を躱したランダであったが有利を取れる通路から室内へと戦場を押し戻されたことに歯噛みする。

 目的を切り替え、自身たちが入ってきた道───LOTの調査隊がいる道へ向かおうとするもそこにもシミターが割って入り、妨害する。

 

「そちらにも行かせませんよ」

「……面倒。それならやっぱりあなたを倒す方が早そうだね」

「さっきまでの戦いで決められなかったあなたにできるのならですけどね」

「今は手加減する必要ないの、忘れないでね」

 

 ランダが爪を振るい呪いの波動で攻め立てるの対し、地を滑り鎌を振るって応戦するシミター。

 奪うもの守るものがそれぞれ取り去らわれた両者の実力は拮抗していた。

 

「鬱陶……しい!」

「お互い様でしょう! これはどうですか!?」

「させない!」

 

 互いに切り結ぶ中、シミターは鎌を振り上げランダを攻撃すると同時に鎌から片手を離し、腰のホルダーへと手を伸ばす。

 交換あるいは必殺技のためにリキッドを取り出そうとする、だが当然、その手はランダから放たれた波動が正確に弾き妨害されてします───シミターの狙い通りに。

 

《スネグーラチカ!》

 

 響くリキッドの起動音。

 驚いてランダがベルトへと視線を向ければ振り上げられた鎌その石突がリキッドのスイッチを押し込んでいた。

 タイミングから考えて偶然ではなくリキッドの使用妨害を掻い潜るために狙って行ったのだろう。

 目を見開くランダの眼前を片手の膂力と体捌きで強引に振り回された刃が迫り距離を取っての回避を余儀なくされる。

 

「くっ……!」

「さぁ、詰めますよ。神器解放(レリクス・ドライブ)!」

Calling(コーリング)!》

 

 トリガーを弾くと脚部のブレードに白い輝きが宿り、そのまま鎌を構え直すとランダへと突撃する。

 リキッドの力が分からぬまま近づくシミターに身構えたランダへと蹴り上げられたブレードが迫る。

 

「(速度が上がってるわけじゃない。何が起きたのか分からないのなら受けるわけにはいかない!)」

「攻撃するだけがリキッドの力ではないんですよ」

「どういうこと……ッ、空中に!?」

 

 ランダに蹴り上げを回避されたシミターはそのまま()()()()()鎌を振るう。

 まるで彼女の足元に地面があるかのように重力に逆らい妖精のように空間を自在に滑る、それこそがスネグーラチカリキッドの能力だった。

 空中すらも縦横無尽に駆け巡るシミターの勢いにランダは徐々に劣勢に立たされ始めていた。

 

「やっぱり、リキッド使われると面倒……頃合いかな」

「何の話ですか?」

「こういう話……!」

「ッ!!」

 

 鎌を弾き、繰り出された蹴りを最小限のダメージで掻い潜りながら天井へ向けて波動を放ち2人の真上を崩落させる。

 瓦礫に押しつぶされないため、両者はそれぞれ背後へと跳ぶ───ランダの狙い通りに。

 シミターが背後へと跳んだことにニヤリと笑みを見せ、そのまま反転し通路へ向けて駆け出した。

 

「ここに来て……! 逃しません!」

「いいの、追いかけても? 私は皆のところに帰れるんだよ?」

「その前に仕留めれば問題ないでしょう!?」

 

 シミターは強がりを吐いてランダを追って通路へと走る。

 速度はほぼ互角であり空中を駆けるスネグーラチカの力も狭い通路では有効に作用しない以上、駆け出しの遅れたシミターが追いつくのは絶望的だった。

 対するランダはロキとスキュラの魔力を辿れば迷宮を脱出、合流ができる。

 

「(()()()()()してる、でも知らないリキッドがあるかもしれないから油断は禁物……)」

 

 ランダに油断はない。

 自身の有利を過信せず、背後のシミターを警戒したまま速度を緩めることなく駆けていく。

 故に想像ができなかった。

 

「……え?」

 

 自身が何かにつまずきつんのめることなど。

 前方には大きな岩塊はなかった、多少の石程度ならば蹴り砕きつまずくことなどありえず、氷で滑ったわけでもない。

 何事かと足元へと視線を向ければ踏み出そうとした足に絡みつく植物、そしてスッとした香りが鼻を抜けていく。

 

「ミント……? なんでこんなところに……?」

「───油断しましたね」

「ッ! しまっ……!?」

 

 油断はなかった。

 だが、足を取られ突然の自体に思考を奪われていたのは確かだ。

 それだけの隙があればシミターが追いつくことなど造作も無かった。

 その手には背後へ伸びる鎌の柄、そして握られた1本のモンストリキッド。

 

《デザート! Charging Color(チャージング・カラー)!》

Last Calling(ラスト・コーリング)! モノカラー・クロマティック・ハーベスト!》

 

 体勢を崩したランダを装甲が展開中のシミターが追い抜く。

 それに追従するAウェポンの刃がランダの背後で山吹色に輝き、振り抜かれる。

 脚部のブレードを巧みに操りブレーキをかけ、停止する。

 遅れてに展開された装甲の隙間から熱が吹き出した。

 

「(あぁ……負けちゃったんだ……兵器だから勝たなきゃいけなかったのに……)」

 

 必殺の一撃を受けたランダ、その身体は両断され徐々に崩れ始めていた。

 倒されたとしても死ぬことはない、人の身体に戻るだけだ。

 だが、救援の望めない今、LOTに拘束されるのは必然、仲間(姉たち)の元に戻ることは叶わないだろう。

 

「(……2回目は悲しくないと思ってたけどそんなことないんだね……もう会えないのかな)」

 

 走馬灯の様に頭に浮かぶのは優しい姉たちと自身を助けてくれた父の言葉。

 

『お前たちは私の手駒だ。()()として戦争のために大いに働いてもらう。だが、それが終われば好きにしろ。その後の世界で()として好きに生きるといい』

「(……ずっと人として扱ってくれてありがとう……優しい神様(父様))」

 

 ランダ・ギガの肉体が崩れ落ちるとその場に気を失った少女(サンゴ)とモンストリキッドが地に落ちる。

 変身を解除し、肩で息をするカナリーはランダのリキッドを回収しながら戯我であった少女を驚いた表情で見つめた。

 

「あの戯我の正体が子供……!? こんな子があの動きを……」

「カナリーくん! 無事かい!?」

「アルジェント支部長!」

 

 背後から聞こえてきた足音と共に調査隊を引き連れたアルジェントがやってきた。

 複数名が傷を負っているが人数が減っていたり、動けないものはおらず幸いにも犠牲は出なかったようだ。

 

「無事で良かった……その子は?」

「ランダの変身者です。気を失っていますしリキッドは取り上げませしたが一応拘束をお願いできますか」

「分かった。事情を聞ければいいけれど……自分の意志で協力してたら難しいかな」

 

 アルジェントの指示の下、サンゴは拘束された上で目を覚まさないように担架へと載せられる。

 かつてのこの迷宮の主、調査員が撤収前にマーキング用の装置の取り付けや簡単な調査を行うその作業場をグルリと一瞥したアルジェントは再びカナリーへと向き直り、問いかけた。

 

「それでカナリーくん。アンティキティラ島の機械はどこに?」

「……えっ?」

 

 

******

 

 

 LOTが把握していない切り立った崖に開いた迷宮への入り口。

 そこにはスキュラ・ギガへと変じたペムベが杖を構え配下の犬たちを操作し、その傍らには手持ち無沙汰なフィンブルが壁にもたれ掛かっていた。

 そんな折にふっとフィンブルがフードの下で笑みを浮かべた。

 

「……おや? これはこれは」

「なにかありましたか?」

「あぁ、いえいえ……ほら、アレですよ、アレ」

 

 誤魔化すように指を差す先には険しい表情を浮かべ、小脇に大きな機械を抱えたアルジェント・コルシーニが小走りで向かってきていた。

 面識の無い人物だがスキュラも身構えることなく恭しく頭を下げる。

 

「おかえりなさいませ、お父様」

「あぁ……目的の物は手に入った」

 

 合流したアルジェントが自身の顔に手をかざす。

 するとその姿が揺らぎ、ロキへと姿を変えた。

 ロキの変装能力を使ってアルジェントへと変装し、カナリーを騙してアンティキティラ島の機械を奪ったのだ。

 

「これでいいのだろう? フィンブル」

「えぇ、間違いありません。お手数掛けましたね。さぁ、帰りましょうか」

「待ちなさい! サンゴがまだ……」

()()1つの犠牲で目的が達成できるのであれば安いでしょう?」

「ッ、お前!」

 

 フィンブルの言葉に怒りを覚えると同時にスキュラの蛇体がフィンブルを締め上げる。

 ギリギリと徐々に力が込められていく中でもフィンブルは薄ら笑いを崩すことなくされるがままになっていた。

 やがて彼女の骨が軋む音を響かせ始めたところで「やめろ」とスキュラを睨みつける。

 

「お前たちと合流する直前にランダの気配は消えた。ライダーに負けたのだろうな」

「そんな……お父様、助けに行かせてください!」

「駄目だ。お前まで失い訳にはいかない……帰るぞ。フィンブルをさっさと離せ、ペムベ」

「ですが……いえ、かしこまりました」

 

 納得はできずとも()の命令は絶対だ。

 渋々フィンブルの拘束を解くとやれやれといった様子で肩を竦めると1人歩いていってしまう。

 それを追ってロキも歩き出し、名残惜しそうに何度も背後を振り返るスキュラだったがロキに再び呼びかけられたことで変身を解き、2人の後へと続いた。

 

「……まずは1人、手を出して正解でしたね」

 

 ほくそ笑むフィンブルは二人に気づかれないような小声でつぶやき、密かに手に残ったミントを握り潰す。

 

 

******

 

 

「お兄さん、お姉さん! 今日はお世話になりました!」

 

 『Fiori di ciliegio』の入り口で応孥と紅芭へと深々と頭を下げるロサード。

 昼過ぎから休憩を終えても談笑を続け、気がつけば彼女の姉妹たちが帰ってくる時間が迫っていた。

 

「本もオススメしてもらってありがとうございます! 妹に良いお土産ができました!」

「気にしないで、こちらこそありがとう。紅芭さんがずっと楽しそうにしてたよ」

「応孥だって同じだったでしょ?」

 

 お互いに笑顔を見せる2人に釣られ、ロサードも笑顔を浮かべる。

 ロサードの手には手提げ袋、応孥と紅芭が厳選した子供でも読みやすい本が何冊か入っている。

 お土産代わりに持たせようとしたのだがロサードに押し切られ、購入という形になってしまった。

 

「まだ当分の間こっちにいると思うのでまた妹も連れてきますね!」

「えぇ、いつ来ても良いようにおやつはもうちょっと色々用意しておくわね」

「そんな気にしなくてもいいのに……ありがとうございます!」

 

 別れの挨拶も程々にロサードは応孥たちへ背を向け小走りで走り出すが少しすると何かを思い出したように振り返る。

 

「そうだお姉さん!」

「何かしらー?」

「ちゃんと伝えないと駄目ですよー! いいですねー! それだけです!」

 

 ロサードは紅芭の返事を待たず、再び小走りで走り去ってしまう。

 事情がわからない応孥はキョトンと紅芭を見つめ、その紅芭困ったような笑みを浮かべて応孥を見つめ返す。

 

「何を伝えるんですか?」

「えーと……改めて面と向かってだと恥ずかしいわね……」

 

 お互いの間へ流れる妙な空気に視線を逸らす紅芭、その頬はわずかに赤く染まっていた。

 もじもじと言うべきか言わざるべきか紅芭が悩んでいるとN-フォンが鳴り響く。

 

「紅芭さん鳴ってますよ?」

「え、ええ。えっと……アルから? どうしたのかしら?」

 

 アルジェントからの着信に訝しみながら応対する。

 最初こそ怪訝な表情を浮かべてたがその内容を聞いたことでみるみる真剣な眼差しへと変わっていく。

 

「えぇ、了解したわ。応孥とすぐに向かう」

「なにかありましたか?」

「アルとカナリーがランダの変身者を捕まえてこっちの病院に連れてくるわ」

「こっちの病院に……? わかりました。支度して僕らも向かいましょう」

 

 先程までの柔和な雰囲気を消し、2人はLOTとして活動を開始するのだった。

 

 

「ふんふふ~ん♪」

 

 2人と別れたロサードは1人、活気付く街を進む。

 その足取りは軽く、スキップするとともに自然と鼻歌が漏れ出る。

 

「今日は楽しかったな~また来よ! それに、この本……サンゴ喜んでくれるかな? 意外とペムベも読んだりして~」

 

 跳ねる彼女に合わせてぶら下げた本が袋の中で揺れる。

 少女はただ無邪気に喜ぶ家族の姿を夢想する───




付録ノ九[ランダ]
バリ島に伝わる魔女。
善を象徴する神獣バロンと対を成す悪の象徴であり2体は永遠に終わることのない戦いを続けるとされている。
また、ヒンドゥー教におけるドゥルガーの化身であるとも伝えられる。
あらゆる災いをもたらす魔術を使いこなすとされるランダだが誰かの温かい心に触れることで人を癒やす力が宿るとされている。
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