仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ 作:teru@T
何度目なのかは覚えていない、布で目を覆われ、椅子に縛り付けられて何日あるいは何週間あるいはそれ以上か───今が昼か夜かさえも判断は付いていない。
それでも、その音と共に足音が近づいてきたときだけ、調教された犬のように言葉を繰り返していた。
「お願い……お母様とお父様に、会わせて」
ここに閉じ込められてすぐの頃、泣き叫び喚いた反動か、あるいは劣悪な環境がそうさせているのか掠れた声で見えない相手に懇願する。
始まりのことは鮮明に覚えている。
偶然見かけた服屋にて憧れだったロリィタドレスを見つけねだり、旅先であったこと、そして少し前のテストの成績が良かったことが幸いし両親に買って貰った幸せな時間。なんでもない日常、ありふれた帰り道。
───そんな時間を武装したテロリストに襲われ拐われたのは不幸としか言いようがないだろう。
早々に目隠しを付けられると両親と引き離され、椅子へと縛られ監禁された。
その後耳に届くのは食事を届けに来るために開くドアの音、英語ではない言語での会話、そして誰かの悲鳴───
懇願は聞き入れられなかったのか、いつものように無理やり口を開かされ無理やり食事を流し込まれる。
「お、ごぉ……! ぐぅ……げほっ!」
咽ようが咳き込もうが構いなく、ただ死なないためだけの味のない流動食。
涙を流しながらも全てを入れ終わる……普段ならばこのまま去っていくのだが今日は違った。
「……? っ、眩し……」
目の前から人の気配が消えないことに不思議に思いながらいると目隠しが外された。
いつぶりか分からない、開放された瞳は弱々しく揺れる蛍光灯の光ですら太陽を直視したかのような錯覚を覚えさせる。
徐々に慣れ鮮明になった視界に映ったのは浅黒く、腰に銃を携えた男だった。
室内を見れば他に数人同じ様な格好の男たちがいるのが見えた。
「気分はどうだ?」
「……会わせて、お母様たちに会わせてよ!?」
目の前の男が発したのは流暢な英語。
なぜ今回に限ってこうなったのかは分からないそれでも言葉の通じる相手、変化した状況に少女は力の限り声を張る。
その後、咽ようと喉が切れ、血が漏れようと構いわしない。
「元気なようで安心したよ。心配しなくてもいい、今日はそのために来たのだから」
「……本当に?」
「あぁ、本当だとも両親と会わせてあげよう」
男の顔にいや周囲の男たちがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
それでも目の前の男から念願の言葉が帰ってきた。
「本当はダメなんだが……君のために特別に連れてきてあげたよ」
「……良かった……本当に良かった……お母様とお父様が無事でよかっ」
「ほら、パパとママだよ」
男の言葉に枯れたと思っていた涙が溢れ出す。
下を向けばポタリポタリと雫となって汚れた床を濡らす。
そして───その雫の上に男は細長い2本の何かを投げ捨てた。
それは赤茶色に汚れた肉の塊。
それぞれの根本には同じ形の見覚えのある銀の装飾が付けられていた。
「…………えっ? はっ……?」
思考が追いつかない、とめどなく溢れていた涙がピタリと止まる。
それでも分かってしまった、理解してしまった。
その
「本当は神様への貢物を傷つけるのはいけないんだけどねぇ……君にも見せたかったし、
「あっ……あああ……あぁ……!」
「それじゃあ、ちゃんと会わせたから」
グシャリ。
男の足が指輪を踏まないようにしながら
そこで思考が追いついた、追いつてしまった。
「う、ぐぅおええ……!」
途端、溢れ出した怖気と吐き気。
耐えられず、胃に収められてばかりの液体を口から吐き戻す。
そうなると思っていたのか男が足を引っこめたそこに赤黒い肉片と床の汚れの上を吐瀉物が覆う。
周囲からドッと笑いが起こる。この瞬間のためだけに彼はここにいたのだ。
「あ、ああ……うそ……うそうそ……」
「あー壊れたか? まぁ、もうすぐ貢物になるわけだし関係ないか」
男が少女に背を向け仲間たちへと合流していく。
すべて見えているのに意味を理解できない。現実感がない、何も信じられない。
すべて燃え尽きたような心のなかに浮かぶのは燃えさかる怒りと憎悪。
「……許さない……お前ら絶対に許さない! 地獄に落ちろ! 死ね! 殺してやる……!」
ギシギシとずっと動かさなかった身体を無理やり動かし、縛られた手足から血を流しながら蠢く。
バタリと吐瀉物と赤黒い汚れに塗れた床へ倒れても射殺すような視線を男たちに向ける。
そんなこちらの様子をつまらないコメディでも見るかのように嘲笑した男たち。
意味のわからない言語で話し合った後その中の1人が少女を起こそうと近づいてくる。
伸ばした手を噛みついてやる───そう考えていた少女の目の前でグシャリという音と共に男の頭が消失する。
「……なに?」
男だった肉塊から吹き出す赤い噴水。
その奥にいたのは1頭の犬のような怪物。
周囲の男たちがざわめき慌て狼狽え何かを叫んでいる。
言葉はわからずとも言っていることは理解できた。目の前の怪物を恐れているのだ。
変化は続く、開け放たれた扉から目の前にいるのと全く同じ怪物が更に5頭室内になだれ込み、その牙でその爪で男たちの命を奪い始めていた。
絶叫と断末魔、狂乱の中放たれる発砲音、耳をつんざくような音が混じり合う。
目の前の怪物が手足の拘束を切り裂いてくれたが動けずにいると何人かの男は部屋の外へと逃げていった。
だが、少女は見た。逃げた男たちは蛇の尾のようなものに巻き取られ廊下の奥に引きずり込まれるのをその後、そちらから赤い飛沫が飛び散るのを。
「なに、何が起こってるの……?」
「心配はいらないよ。私の娘が少々派手に暴れているだけさ」
コツンコツンといつの間にかそこにいたのかきれいなスーツに身を包んだ老紳士が少女の前に跪いた。
「コイツらはどこの神かも知らん矮小の神を信奉している、というのを
「なんなの……私をどうするの……」
「それは君が決めなさい」
栗色の髪の老紳士が少女に手を差し出す。
その手に握られていたのは三ツ首の竜の描かれた
「全てを忘れ、1人で今の世界に帰ってもいいが……全てを捨て私の、ロキの娘になるのならば……私の作る新たな世界で君の安寧は約束しよう」
「娘……?」
「そうだ。わたしたちは一蓮托生……今すぐ決めなさい」
ロキと名乗る男の言っている言葉の意味は良くわからない。
それでも良い。どうでもいい。この炎を振りかざせるのならば。
少女は男の手を取った。
「よろしい……ならば、君は名を捨てそうだな……ロサード、そう名乗りなさい」
「ロサード……そう、そうね。私の名を呼んでほしい人はもういないもの……分かったわ。
「その呼び方は……まぁ良い、好きにしろ。最初の仕事だ。それを使って好きに暴れろ」
───後日、カルト教団の根城となっていた廃ビルの1棟が粉々に砕け潰れるニュースが報道された。
何らかの爆発事故……不思議なことといえば現場からは夥しい血の跡は発見されても死体1つも出てこなかったことだろう───
暗い闇が世界を包むミシアの町。
病院へと向かう広場にてヴァジュラとズメイの激突は続いていた。
「ほらほらァ! 全部撃ち落とさないとね!」
「ッ! 調子に乗られても困る……な!」
再びオーシャンホエールへと換装したヴァジュラは再度天へと飛び上がり、距離を詰めるタイミングを図っていた。
だが、中空を舞うズメイが火球を放ちそれを妨害する。
火球は3ツの首からヴァジュラを狙わず、背後のビルや民家を狙い───そしてヴァジュラの対処が間に合う距離で発射されていく。
無視をしてもヴァジュラに影響はない……だが、海の力を解放し、肩の大袖から棚引く波が2つの火球を消滅させ、残る1つも推進力に使う水流を持って威力を殺し、ガントレットを以って潰し消す。
「隙あり!」
「があっ!?」
ズメイの狙い通り火球は全て落とされた。だが、そこに至るために崩れたヴァジュラの体勢が整うよりも早く、接近し伸ばしたズメイのアギトがヴァジュラの左腕を捕らえ噛みつく。
痛みに呻くヴァジュラを咥えたまま、ズメイは上昇。望み通りにヴァジュラを空へと招待する。
「くッ、このぉ……!」
「あはは! 効かない効かない!」
片腕をガントレットごと噛みつかれたまま空中を振り回される。
これだけ振り回されては水流で体勢を安定させることもできず、苦し紛れに自由な右手でSトリガーの引き金を引く。
だが、元よりサポート用で低威力、狙いが定まらず当たった弾も全て鱗に弾かれ、ズメイは意に介さない。
上昇した後は当然下降もする、ある程度まで振り回した後にズメイは町に向かって急降下する。
「ぐううう!」
「ほら、地面に降りたかったんでしょ! 降ろしてあ・げ・る!」
「うわっ!?」
地面が近づく中、首を振りヴァジュラを下へ向かって投げ捨てる。
下に向かって水流を放てば速度を落とし、大ダメージを避けられるかもしれない……だが、ズメイをそのことを分かっており、民家へ向けてヴァジュラを放ったのだ。
だからこそ、ヴァジュラは横に向かって水流を放ち、自身の身体を押し出し落下地点をズラした。
そのヴァジュラの上に影がかかる、上に視線を向けるのとズメイの振り下ろした尻尾がヴァジュラをはたき落としたのは同時だった。
衝撃とともに加速させられたヴァジュラは地面に激突すると石畳を砕き小さなクレーターを形成し、砂埃が舞う。
「ぐっ……あぁ……くそ……!」
変身こそ解けていないがあまりのダメージにうめき声を上げるだけで起き上がることができない。
それでも追撃に対処しようと全身が痛みに悲鳴を上げる中、マスクの中で瞼を開きズメイの姿を探す。
ヴァジュラの予想と異なり、彼女は大地に降り立つとこちらを見下ろしていた。哀れみかあるいは……。
「……トドメは刺さないであげるからさ。そこで寝ててよお兄さん」
「な、に……?」
「頑張ったご褒美に病院も……必要以上には壊さないよ。サンゴさえ取り返せればそれでいいから」
「っ……ダメ、だ……行かせない」
「……パパの邪魔をしに来るなら今度こそ殺すから」
問答を打ち切り、翼をはためかせるとズメイは空へと飛び上がる。
そのまま低空を飛行し、病院へと近づいていく。
見れば病院の玄関から慌ただしく人が出てくるのが見える、病院を護る封魔司書たちだろう。
「もう1人の仮面ライダーが出てこないってことはいないのかな? なら、敵じゃないか」
町への被害を出すつもりはないが抵抗する敵は別だ。
一切の容赦なく焼き尽くす、そのために口腔に火炎を蓄え、今まさに放つ───
《
その直後、到来した緋色の閃光が自らの背後を焼いた。
距離と威力の不足からか貫通することはなかったが予想外の攻撃にズメイはたじろぎ首を1つを後ろへ向ける。
「おにい……さん……!」
そこには無理矢理起き上がり、射線がブレぬよう膝立ちでGDモードのAウェポンを抱え込むように保持したヴァジュラがいた。
肩で息をし、ズメイがこちらを見たのを確認するとAウェポンを支えに今にも崩れ落ちそうになりながらも立ち上がる。
「まだ、僕は倒れていない……君は行かせない───!」
「そっか……そんなに死にたいならまずお兄さんから殺すよ!」
ズメイは反転し、ヴァジュラへ突撃する。
それをただ待つことなく、ヴァジュラはドライバーのリキッドを
《
走り出すと同時にその姿が変化する。稲妻を思わせる装甲を纏う2色の緑が彩る軽装。
一撃の重いズメイに対して身軽な代わりに装甲の薄いこの姿は悪手と考えここまで使わなかったがすでに満身創痍、受ければ負けるこの状況ならその心配は不要だった。
バチバチと雷電をその身に纏うと発生させた磁力を用い、空中へと跳ね上がり下からズメイを打ち上げる。
「いった……でも、お兄さんはこうすれば……!」
「させない……!」
《グレムリン!》
《
再度、町へ向けて火球を放とうとズメイの牙の隙間から火の粉が舞う。
それより早く、起動したグレムリンの力が2対のガントレットへと別れたAウェポンを操り、左右の頭をそしてヴァジュラ自身が真ん中の頭を攻撃し放たせない。
緑雷による緑の軌跡を残しヴァジュラはズメイの周囲を跳ね回り、時折、打撃を加えてはすぐに離脱を繰り返す。
頭部周辺には2つのガントレットが周回、どれだけ方向を変え、離れられようとついて回り火球による攻撃とアギトを封じる。
「あーもう、鬱陶しい……なぁ!」
「こうやって動き回って狙いを定められなきゃ君も撃てないだろ!? 分かってるんだよ、僕が対処できるようにしか火球を撃ってないことは!」
「ッ! 違う! そんなことは……ない!」
駄々をこねる子どもの様に身体を振り回し、尻尾を腕を3ツ首を無茶苦茶に振り乱す。
無秩序な攻撃に周回していたガントレットは弾き飛ばされ、地へと落ちる。
残るヴァジュラは近づかず、それでもズメイの周囲を軌跡を残し跳ね回る。
暴れまわるズメイの軌跡に3筋の赤い光が漏れ始める。口腔に炎を蓄え始めたのだ。
「(見落とすな、聞き逃すな……! 今のお兄さんにはキックしか無いんだから……!)」
乱雑に動きながらズメイは思考を止めていない。
ヴァジュラがズメイを倒すために必殺技の火力が必要だ。
Aウェポンを地面に落とした今、ヴァジュラが取れる選択肢はキックのみ、ならば向かってくるヴァジュラへ最大級の火球をぶつけ迎撃する。
「(加減はできない、失敗すれば私が倒される! サンゴを助けるためにお兄さんを……焼き殺す!)」
優先順位を再認識し、迷いを捨てたズメイはその時をただ待ち続ける。
煌々と輝きを増しながら赤の軌跡、その周囲をジグザグを描き描かれる緑の軌跡。
さながら夜を彩るイルミネーションのごとく旋回する2色の輝き、その終わりの瞬間がやってきた。
「……ごめんね」
「はっ? 今更何を……」
《
「ッ!」
なぜ今なのか……その思考の時間は直後に聞こえた電子音にかき消される。
《
「そ、こだぁぁ───!」
音の位置を捉えている。
ギチギチと帯電するような放熱音と共に響く音を頼りに首を振りそちらを向く。
最大まで蓄えられた緑雷を右脚に集中させたヴァジュラの姿を捉える。
火球を放てばそれですべてが終わる───だが。
「……ッ!」
どこに放っても町に被害が出る以上、ヴァジュラは回避しない。
だからどこから来ても良い、ズメイの判断に間違いはなかった。
だが、ヴァジュラが背後に背負うそれは───大切な妹の待つ病院。
避けることはないだろう。それでももしも今まで行動がそう思わせる演技だったならば? もし、威力が高すぎて後ろにまで飛び火したら?
それらの思考はこの刹那において致命的な隙を生み出した。
《エレクトリック・グレムリン! クロマティックストライク!》
稲妻が夜空を駆ける。
雷撃は巨竜を捉え、串刺しジグザグの軌跡とともに貫いた。
蓄えられた赤の軌跡が霧散する───決着だ。
「───ずるいよ、お兄さん」
「分かってる……卑劣でもなんでも勝たなきゃいけなかったから」
「あはは……似合わないよ。そういうの……」
ズメイの姿が夜の闇に溶けるように消えていき、取り残された
だが、地面に落ちるよりも早く、
仮面に隠れたその顔を伺うことはできずとも、ここまでのやり取りと応孥の性格を思えば、ロサードは容易に想像ができていた。
「応孥! ……勝ったのね」
「えぇ、すでにモンストリキッドは回収しました……
「お姉さん……」
病院の近くにヴァジュラが着地すると周囲を封魔司書たちが取り囲む。
そしてその奥から不安げな表情を浮かべた紅芭が駆け寄り、気だるさに包まれ応孥の腕の中でぐったりしていたロサードは思わず視線を逸らした。
ゆっくりと地面へと降ろされた彼女は紅芭へと預けられフラフラと立ったことを確認しボロボロのヴァジュラは背を向ける。
「僕はこのまま森へ、遺跡へ向かいます……ロキを止めるために」
「……お兄さん、あの」
「……彼が力を手にしたら誰かが必ず不幸になる、だから……ごめん。僕が止めるしか無いんだ」
「───今更言わなくても分かってるよ。でも気を付けて……パパとペムベ以外にもう1人いる、フィンブルっていう得体のしれないフードの女」
ロサードの言葉にヴァジュラは驚き振り返る。
フードの女、ペリュトンが言っていたここに戯我をけしかけている人物と特徴が一致する。
「グレムリンの事件、それはアイツがやったって言ってたよ。パパと同じく遺跡の力を狙ってる。だから気を付けて」
「……敵である僕にそれを教えてくれてありがとう」
「いいよ、いっぱい良くしてもらったし……私はここでパパたちが助けてくれるのを待ってるから」
震える声、涙を隠し潤んだ瞳で精一杯の笑顔をヴァジュラへと向ける。
そのロサードの思いに応えるようにコクリとうなずき、歩みだそうとした手を紅芭が掴んだ。
「紅芭さん……?」
「ごめん、応孥……最後に1つだけ言わせて」
激しい戦いだったのは病院の中からでも分かっていた。
短く苦しそうな呼吸音もずっと聞こえている。
行かないでほしい、そばにいてほしい───だが、それらは言ってはいけない本音だ。
送り出すと決めたのだから。だから、言うべき言葉は決めてきた。応孥を困らせたとしてももう後悔はしたくない。
「……私を1人にしないでね」
「っ……必ず、戻ってきます」
その答えに満足したのか紅芭が手を離すとヴァジュラは夜の闇へと緑雷となり消えていった。
残された紅芭は暫しヴァジュラの向かった方へと視線を向けていたが「……さ、まだやることは山積みだから戻りましょう」と周囲の封魔司書へと声を掛ける。
「それじゃあロサードさん。申し訳ないけれどあなたは結界の中で監視させてもらうわ」
「うん、分かってる……無理かもだけど縛らないでもらえると嬉しいな。ちょっとトラウマなんだよね……」
「大丈夫、そんなことしないわ……あなたもふらふらでしょう? ちゃんとベッドのあるところだから、着いてきて」
涙をこらえ、それでも優しく微笑んだ紅芭はロサードの手を引き、病院の中へと入っていった。
******
目を開き、まず目に入ったのは知らない白い天井。
拘束はされておらず、布団が被せられていることはわかった。
「(私は……
目を覚ましたサンゴは自分の置かれている状況を理解していく。
病院、もしくはどこかの研究施設。自分はそこに捕らわれてしまったのだろうと。
「(結界が貼ってある……でも中にもう1人誰かいる。モンストリキッドは……当然取られてるよね)」
脱出は難しいだろう。だが、彼女の横、ベット脇に結界を張った本人かあるいは世話のために付き添った人間か───後者のほうが都合がいい。
「(大丈夫……起きたばっかりだけど私なら人質にできる……それで外へ出て……みんなところに帰らなきゃ)」
今更、罪が増えることに何をためらう理由があるのだろうか。
すでに手は汚れている、このまま敵に捕まったままならばチャンスにかけるべきだ。
横に座る誰かの腕がこちらへと伸びる。それを合図にサンゴは跳ね起き、その人物へ向けて手を伸ばす。
「おはよう……サンゴ」
「ロサー……ド……? なん、でここに……?」
捉えようと伸ばしたその手はその人物───疲れ切って今に眠りそうなロサードの眼前で止められる。
突然跳ね上がった布団に驚いた彼女だったが、元気に動いたサンゴを見て安心したのか穏やかな笑みを浮かべる。
「ごめんね、サンゴを助けようと思って……私も負けちゃった」
「……大丈夫、2人で力を合わせれば……」
「うんうん……もういいの。サンゴも無理しなくて良いんだよ?」
固まっていたサンゴの手を、震えるその手を暖かく包み込む。
「ここの人たちはこれ以上何もしないから……約束してくれたから大丈夫。だからさ、パパが力を手に入れて私達を迎えに来てくれるまで一緒に待ってよ?」
「……そっか……もう頑張らなくていいの?」
「うん……お姉ちゃんも疲れちゃった」
トサリと全力で走ってきたために乱れたゴスロリ衣装のままサンゴの横に寝転がる。
そんなロサードの様子を見て、安堵したようにサンゴも再び横になった。
「眠るまで私がどんな人に負けたのかーとか教えてあげる。サンゴ、きっとビックリするよ?」
「それは楽しみ……一緒にいてくれてありがとう……お姉ちゃん」
「……うん、良いんだよ。大切な妹だもの」
穏やかに笑みを向け合う少女たち。
最悪から救い出され、その流れだけで姉妹となった彼女たちだったがそこには確かな繋がりが生まれているのだった。
******
───時は巻き戻り、ヴァジュラとズメイが戦い始めるその直前。
ミシア外れの森の中。
オルフェウスの大門と呼ばれる遺跡へつながる洞窟の前には2名の封魔司書が警備を行っていた。
日が落ちれば戯我が寄ってくるかもしれない……それでも何も無い時間にが続けば緊張も綻び欠伸の1つも出てしまう。
時間を潰すための雑談に興じている時、森の草木をザワザワとかき分ける音が2人の耳に届いた。
「おい、今の……」
「分かってる……ただの動物かもしれないが気をつけろ」
緊張しながら警戒する2人。
だが、森から広場へと飛び出してきた人物にその緊張は僅かに緩んだ。
カタンツァーロ支部に属する2人のとってそれは見慣れた人物───カナリーだった。
「はぁはぁ……まだ無事でしたか」
「カナリーさん? 無事だったとは……?」
「というか支部長と一緒に迷宮の方に行ったって聞いてましたが」
「えぇ、ですが状況が変わりました……ロキ神です。彼らは迷宮の遺産を奪っていきました。次はここだろうと」
カナリーの言葉に2人は驚き、緩んでいた緊張を再度引き締める。
そんな時、1人のNフォンが鳴り響く。
「私は話し合いの後すぐに走ってきたので……その連絡だと思います」
「なるほど……少し出てきます」
少し離れ、通話をしている間にもう1人とカナリーは今の状況を更に話し合う。
そして通話を終えた封魔司書もその環の中へと加わった。
「その通りでしたよ。クレハさんからでカナリーさんの言った通りでした」
「なら、すぐにでもロキが来るかもしれないのか……オードさんは遅れて合流するそうだぞ」
「それも聞いたよ……あぁ、そうだ、形式だけでもやれって言われたので。カナリーさん、合言葉をお願いしてもいいですか? 自分も今聴きましたから」
「……合言葉」
緊張はしていても和やかだった空気がピシリとヒビが入る様に変化した。
「えぇ、支部長たちと決めてここに来たってクレハさんから聞きましたけど?」
「あぁ……なるほど。ですが必要ありませんよ」
納得したようなカナリーがつぶやくとスッと右手を挙げる。
次の瞬間、飛び出してきた
「がっ!? なん……で……」
「合言葉とは考えたな……最も一歩遅かったようだがな」
「っ!! お前まさかろ……ぐあっ!?」
無事だった封魔司書が構えようとした時、2匹、3匹と飛び出してきたキオンに顔を腹を切り裂かれその場に倒れ伏す。
断末魔を響かせながらムシャムシャとキオンたちがしばらく貪り、離れるとそこには誰かだった抜け殻の服のみがそこに残されていた。
それを確認するとカナリーが髪をかきあげ、振るうとその姿が変化する。
揺れる金の髪は短い栗色へ女から男へその身は変じ───ロキがその場に立っていた。
「おやおや、見事な手際ですねぇ」
「ふん、おだてるな。それよりもすでに動いている以上、増援は必ず来る。急ぐぞ」
安全を確認した後、パチパチとふざけた調子の拍手を響かせるフィンブルとスキュラがロキへと近づき洞窟の前を占拠する。
「私とフィンブルは遺跡へと向かい扉を開く……ペムベ、お前はここに誰も入れるな」
「はい、お父様……ここはお任せください」
「お願いしますねぇ。あなたに命を託しましたよ」
ヒラヒラとフィンブルがスキュラに手を振るとキッと怪物の上から生える女体の瞳が射殺さんばかりに睨みつける。
その様子に「おぉ、怖い怖い」ととぼけたように口にして大事そうに抱えるアンティキティラ島の機械を撫でる。
「不安に思うかもしれないが……お前には力を託す。心配はするな」
「力……ですか?」
「あぁ、キオンを2匹出せ」
首を傾げながらロキの指示に従い、キオンを2匹生みだしそれらはロキの前に座ると頭を垂れた。
それに「よし」と頷くとロキは2匹に手を伸ばし、自らの神血で2匹を描き変えてゆく。
「本来ならできないだろうが……知っての通り、お前たちのモンストリキッドには私の3人の子どもたちの色を混ぜてある」
「へぇ、私はそれ初耳ですねぇ」
「黙ってろ……魔女であるランダには冥界の神ヘルの蛇から転ずる竜ズメイには世界蛇ヨルムンガンドをそして犬と混ざり合う怪物へと変えられた
言葉を浴びせることも工程の1つであるかのようにスラスラと手を動かしていく。
スキュラの眷属、その色をスキュラ自身から引き出しながら描き変えられてゆく姿は数倍の大きさに膨れ上がっていた。
「そしてお前の産んだ眷属ならば……完璧ではなくとも馴染むのだろう。
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべるロキの眼前で巨大となった太陽と月を追う2匹の災厄が雄叫びを上げた。
付録ノ十一[スコルとハティ]
北欧神話で語られるフィンリルの子であると言われる2匹の狼。
スコルは太陽をハティは月を追いかけ天を駆けると言われている。
日食や月食は彼らがそれぞれ太陽と月に追いつき、飲み込むことによって起こると言われていた。
そして神話においてそれが発生したのは災厄の開幕───ラグナロクの始まりであった。