仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ   作:teru@T

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 ───かつて、この地には小さな国がありました。
 非常に貧しく実りも少なかったこの国の王は国の現状をどうにかしたいと常々考えていました。
 考え抜いた王はとある神に祈りを捧げることに決めました。
 その神は地下深く冥界に座す神でした。
 祈りを届けるために王は職人を頼り、冥界へと繋がる門を誂えました。
 地下深く冥界の直ぐ側へと続くその門を潜り、冥界へ祈りを捧げました。
 その祈りを聞き届けた冥界の主たる神は王の前へと姿を現しました。
 現れた神に王は自らの願いを込めて祈り乞い願いました。
 しかし、神の答えは残酷でした。
 たとえ何人であっても神の力を貸すことはできない、神にそう告げられた王は泣き崩れました。
 そこに助け舟を出したのは冥界の主の妻でした。
 彼女は神に告げました。
 この場所は冥界と近すぎる、私の分け身に管理をさせて欲しい、と。
 神は妻の考えを察し、その願いを聞き届け彼女の分け身を残し、神たちは冥界へと帰っていきました。

 常に力を貸すことはできない、実りの季節のみ門を開きその間は力を貸しましょう。
 分け身と王はそう取り決めを交わしました。
 門には王の血脈が近くにいるときのみ開けられるようになっていました。
 王は約束を守り実りの季節に門を開き、それ以外の時は誰も近づけぬように門を固く閉ざしました。
 国は豊かになりました。
 決して贅沢ができるわけではなくが民が飢えることはなくなった。
 門のことは決して誰にも漏らすことなく、分け身の存在は知られることはありませんでした。

 それから数年後、国は滅びました。
 飢えて滅びたのではありません、近隣の国に攻められ滅ぼされたのです。
 国を治めていた王たちは皆、殺されてしまいました。
 しかし、王は門のこと分け身のことを一切漏らすことはありませんでした。
 そのため、門は見つかりましたが誰も開けることはできません。
 開かない遺跡はやがて皆から忘れられていきました───

 ───ですが、残された分け身はそのことを知りません。
 年に1度、陽の光の元へ出られるはずの分け身は何年、何十年、何百年待とうとも門が開かれることはありませんでした。
 彼女の本体であればそれが苦になることはなかったかもしれません。
 しかし、分け身である彼女にとってそれは苦痛以外の何物でもありませんでした。
 誰もいない孤独な暗闇の中、彼女は時を待ち続けました。
 門が再び開くその時を───



第十四頁「桜色の真相」

 外部からスコルとハティの雄叫びや戦闘音が響く遺跡の中。

 ロキと対面するフィンブルは”昔話”と称した言葉を高らかに語りきり、大仰なお辞儀をもって締めとした。

 

「拍手でもした方が好みだったか?」

「いえいえ、所詮は余興ですから……えぇ、おかげでしっかりと開きましたよ?」

 

 彼らの背後、閉じられていた巨大な門は開いていた。

 フィンブルは置いていたアンティキティラ島の機械を再び抱きかかえるとロキと共に門の中へと進んでいった。

 

「しかし、先ほどの話が本当だとして王の血脈はどこにいたんだろうなぁ?」

「ふふ、わかっているんでしょう? 勿論、()()ですよ」

 

 自身の胸に手を置き、フィンブルはロキへと微笑みかける。

 

「2つに別れていた鍵を1つに束ね、ついでに活動しやすい身体を手に入れたわけか」

「そんなところです。ふふ、良いのが来てくれて助かりましたよ」

「それならば私に犠牲を出させてまでその機械を手に入れたのはなんのためだ?」

 

 ロキは門の奥へと歩みを進めながらフィンブルへと更に質問を投げかける。

 その問いに対してフィンブルはピタリと足を止める。

 止めた足元にあったのはうずくまった白衣を纏った人物の死体だった。

 朽ちたコードが伸びたノートパソコンを抱えて年月が経っているのか乾き、ボロボロとなった肉体の人だったものだ。

 

「……()()()、招き入れた人間の内の1人です。家主が外出した隙に新たな鍵を扉にかけたんですよ……忌々しい」

「ハッ! 人間を舐めていたら足元を救われてしなくても良い苦労をしてるわけか! それはご苦労なことだな」

「───まぁ、それももう関係ありませんけどね」

 

 ロキの嘲笑にフィンブルはフードの奥から鋭い視線を向ける。

 だが、すぐにいつもの調子に戻ると脚持ちにあるノートパソコンを踏み砕きクルリとロキへと向き直る。

 

「さてと……昔話はこの程度で。お約束通り扉を開きましたよ?」

「そうだな。それならここから先は早い者勝ちだ!」

 

 扉が開いた今、両者は協力関係から同じ獲物を狙う競争相手へと関係が変化していた。

 ニコリと張り付いた笑みを向けるフィンブルへ向けてロキのかざした手から霊力によって産み出された炎が放たれる。

 しかし、その炎はフィンブルが振るった腕にかき消され届くことはなかった。

 

「なに!?」

「あはは───言ってませんでしたね。あなたと違って私は()()()()()()()それで良かったんですよ」

 

 驚愕するロキの眼前で穴の底から霊力が立ち上る。

 その奔流はフィンブルへと向かい、彼女がまとい自らのものへと変えていった。

 

「同じ分け身どうしなら出し抜けると思いましたか? あなたと私では全く違っているんですよ」

「ッ! フィンブル貴様───!」

「ほら、こんなこともできるんですよ?」

 

 フィンブルの手の動きに合わせて岩壁を貫き伸びてきた植物のツルがロキの手足を拘束する。

 炎によってツルを焼き払おうとするロキよりも早く接近したフィンブルの手刀がロキの腹を貫いた。

 ロキの()が飛び散り、彼の持つ霊力がそして()()がフィンブルへと流れ込んでいく。

 

「フィンブル……やってくれたな……貴様ァ!」

「ありがとうございます。全部あなたのおかげですよぉ。お礼に……あなたが欲しがっていたモノの所への近道を教えて差し上げます……ねぇ!」

「ガぁっ!? 貴様……私の力を……!? これで勝ったと思うなよ……!!」

 

 力を奪われたロキは脱力し、力なく暗い穴の底へと落下してしまった。

 静寂が訪れるかに見えた遺跡の中、フィンブルの背後から驚きの声が響く。

 その声の主はレリックライザーを構えた応孥だった。

 

 

******

 

 

「───桜子?」

 

 対面するフィンブルと名乗った女。

 フードが取れ晒されたその素顔は行方をくらましていた桜子そのものだった。

 驚愕する応孥の様子に笑みを浮かべていたフィンブルは怪訝な表情へと変わる。

 

「ん……あぁ。()()の知り合いですか。なるほど」

「それはどういう……」

「あぁ、少しお待ち下さいね。興味がなかったものですから、これのことを今、()()()()()

 

 困惑する応孥を前にフィンブルは自らの額に手をかざしまぶたを閉じる。

 倒すべき相手が眼前で無防備な姿を晒すも応孥は手にした引き金を引けず、ただ彼女を見てるだけしかできなかった。

 やがて彼女は必要なことを視終わったのか目を開き、応孥へと顔を向ける。

 焦がれ続けた彼女の笑顔で。

 

「久しぶり、応孥!」

「桜子……!」

「───こんな感じで良かったみたいですねぇ。人生の最後に最愛の人の顔を見られて満足ですか?」

 

 だが、その笑みは偽り。

 応孥が反応するよりも早く、笑みを崩し元の貼り付いたような笑みへと切り替える。

 僅かに見せた応孥の希望を踏み躙るように、嘲笑うように。

 

「ッ……! お前は、誰なんだ!?」

「ふふ、フィンブルと名乗っていましたが……あぁ、もう偽る必要はないですね」

 

 応孥の反応にクスクスと嘲笑を浮かべながら咳払いをし、クルリと1回りすれば羽織ったフードが羽衣の様にふわりと舞う。

 その様はまるで花畑で舞い踊る1人の乙女のようであった。

 

「改めまして名乗るような名は残されていない我が身ですが……えぇあなた達にもわかるように名乗りましょう」

「名前がない……?」

「私はデスポイナ───名をそして存在そのものを奪われ消えた神、そう名乗れば分かっていただけますか?」

 

 ()は自らの名を告げた。

 高らかに堂々と。

 儚げに憂いを帯びて。

 デスポイナ、神の名乗ったその名に応孥は心当たりがあった。

 

「確か……エレウシスの……」

「おや、流石に博識ですねぇ。えぇその通り。そのデスポイナで間違いありませんよ」

「なら、あなたの正体は───」

 

 エレウシスの秘儀、それは古代のギリシャにおいて信仰されていた宗教の1つ。

 それは豊穣の女神、デメテルとその娘たちを崇拝した宗教であった。

 しかし、時代のうねりに伴い記録のみを残し、失われてしまった。

 秘儀の参加者にのみに伝えられたデスポイナと呼ばれる女神の真の名と共に。

 やがてその女神はもう1人の娘たる女神と同一の存在であると混同されることとなる。

 その女神の名は───。

 

「春の乙女にして冥界の女王、ペルセポネ神……!」

「その名で私を呼ぶなッ!」

 

 激昂の言葉と共にデスポイナが手を振るうと周囲の岩壁を突き破り伸びた植物のツルが応孥を襲う。

 咄嗟に身を屈めてツルをかわすと対抗するために2本のモンストリキッド取り出し、レリックライザーへと装填した。

 

《マグマ!》

《サラメーヤ!》

「変身!」

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)! 噴き上がる紅熱の番人! マグマサラメーヤ!》

 

 異なる2色の赤で彩られた姿、マグマサラメーヤへと変じたヴァジュラはマグマの高熱により迫るツルを焼き尽くした。

 そのままデスポイナへと駆け出し、ガントレットとして装着し、振り上げたAウェポンで殴りかかる。

 しかし、その一撃はデスポイナの眼前で止められ命中することはなかった。

 

()()は殴れませんか?」

「……僕のマグマなら貴方の植物は全て燃やします。諦めて彼女を返してください」

「……はぁ、おめでたい頭ですね」

 

 心底落胆したようにため息をつくデスポイナ。

 抱えたアンティキティラ島の機械を愛おしげに撫でるとヴァジュラの仮面の奥、応孥と目を合わせるように見つめ微笑む。

 

「2つほど良いことを教えて差し上げますねぇ。1つ目……神我合一」

「ッ!?」

 

 発した言葉が薄桃色の輝きとなって抱きかかえたアンティキティラ島の機械ごとデスポイナの姿を包み込む。

 発せられた輝きに目を覆うヴァジュラすらも飲み込み、遺跡の内部を煌々と照らす。

 その輝きが収まると眼前に立つ桜子の───デスポイナの姿が変化していた。

 

「私の力をお見せするのはここからであること」

 

 体格を隠すように纏っていたフード付きのロングコートは扇情的な黒いロングドレスへと変化し、晒された肢体に食い込むようにザクロの実る茨が巻き付いている。

 元来持っていたストレートの桜色の髪はふわりとウェーブがかかりそのボリュームを増やしている。

 だが美しいであろうその顔は輝く桜色の瞳と貼り付いた笑みは黒いウェディングヴェールに覆われ隠されている。

 そして、その胸元には埋め込まれ一体化し時計のように組み合わさった歯車がカチリカチリと規則正しく音を刻んで動いていた。

 

「そしてもう1つ───この身体、すでに人ではなく神ののモノへと書き換えきっているんですよ?」

「ッ! 嘘だ! それじゃあ桜子は……!」

「これの魂まで私が美味しくいただきましたよ? あぁ、あなたにわかりやすく言うのであれば───」

 

 より一層、邪悪に口角を釣り上げて笑みを浮かべてデスポイナ。

 焦がれ続けた想い人と同じ容姿のそれ()が告げるは残酷な真実。

 

これ(桜子)はすでに死んでますよ」

「黙れッ!!」

 

 感情を剥き出しにした悲痛の叫びと共にヴァジュラが駆ける。

 容赦なく、勢いに任せて振るわれた拳は止まることなく眼前の神を打ち砕かんと打ち出される。

 その一撃を踊るようにふわりと紙一重で躱すと巻き付いた茨を伸ばしムチのようにヴァジュラへと振るう。

 

「そんなもの効くわけがないだろう! 神器解放!」

《マグマ! Calling(コーリング)

 

 モンストリキッドを押し込み、力を解放すれば肩口の火口からマグマが吹き出しヴァジュラの身体を包み込む。

 燃え盛るマグマは近づくだけで植物を燃やし尽くす拒絶の烈火───そのはずだった。

 だが、振るわれた茨はマグマなどものともせず、ヴァジュラの左腕に巻き付きくと鋭いトゲ突き立てる。

 

「なッ!?」

「そんな程度の熱さで私の恨みが焼けるとでも!? 無駄なんですよ!」

「があああっ!!」

 

 トゲが食い込み巻き付いた茨をヴァジュラごと岩壁を削りながら振り回す。

 岩を削った砂ぼこりが洞窟内に充満し互いの姿が見えなくなる。

 それでも巻き付いた茨がヴァジュラの存在をデスポイナへと知らせ続けていた。

 しかし、その感覚がフッと消え失せる。

 

「おや? 腕から先が千切れましたか?」

 

 引き戻した茨は黒く固まった溶岩へと巻き付いていた。

 トゲは貫通しているが逆にその影響でマグマへとトゲが固定され、無理矢理引き抜くことができたのだ。

 デスポイナがクスクス笑みを浮かべながら首を傾げると砂煙を巻き上げドリルへと変形させたAウェポンを構えるヴァジュラが眼前へと現れる。

 

「そんなわけが無いだろう!」

「ふふ、そうでしょうねぇ!」

 

 左腕の装甲は茨を無理矢理引き剥がしたため、ズタズタに切り裂かれている。

 だが、庇う余裕もなくSトリガーを握りしめ牽制として発砲しながら右腕に携えるドリルをデスポイナへと突きつける。

 それに対してデスポイナ新たに伸ばした茨を盾代わりに光弾を弾き、そのままドリルから伸びる3本のクローへとトゲを突き立て絡みつく。

 引き裂かれることなく絡まった茨がドリルの回転を止めてしまう。

 回転しようと負荷がかかり軋もうとも絡みついた茨が千切れることはない。

 

「ふふ、武器が使えなくなってしまいましたねぇ」

「どう、かな……!」

 

 カチリ、カチリと歯車の音が響く中、ヴァジュラは赤褐色(サラメーヤ)のリキッドの上部を押し込み、トリガーを弾いた。

 

《サラメーヤ! Calling(コーリング)!》

「神器解───」

 

 ヴァジュラの姿がブレる。

 ブレた像がデスポイナへと追撃を行うための分身を生み出す───。

 カチリ。

 

「ふふ、それはダメですよ?」

 

 ───だが、産み出された分身は実像を伴う()()()()()()、鋭く伸びた茨に貫かれ消滅してしまった。

 まるでその場に現れることが分かっていたかのように。

 

「なっ……」

「ほらほら、呆けていて良いんですか?」

「それなら……!」

 

 回転しないドリルを諦めてガントレットを分離、片側を失ってでも右腕の自由を取り戻し、僅かに距離を取る。

 失われた手数を補い、素早さで翻弄できるエレクトリックグレムリンへと切り替えるためにホルダーへと手を伸ばす。

 カチリ。

 だが、ホルダーに触れる直前、伸びてきた茨はヴァジュラが触れることを拒むようにホルダーへと巻き付き硬く閉ざされてしまう。

 

「ッ、またか!」

「ダメですよ。()()()()姿()になったところで私には勝てませんけどねぇ」

「くっ……いや、待て。なんで僕がその姿になるって分かったんだ?」

 

 何度も妨害を受けたことで冷静となったのか、デスポイナの言葉に疑問が浮かぶ。

 ヴァジュラの持つモンストリキッドは全部で6本。

 ロキとその娘たちにその全貌を知られているため、彼らと共にいた彼女が能力を知っていてもおかしくはない。

 だが、リキッドを見ることなく変身先を正確に把握するのは難しいだろう。

 

「簡単なことですよ? ()()()()()()()()

「見た、だって?」

「ほら、今もこうして未来を見続けているでしょう?」

 

 デスポイナが手をかざしたのは自身の胸元。

 そこにあるのは止まることなく稼働し続ける組み合わさった歯車───アンティキティラ島の機械だ。

 

「現代の演算機にも負けないこちらに神の……この場所から常に供給され続ける霊力。その2つが合わされば少し先の未来を予測することなんて容易いんですよ」

「それでも……それでも僕はお前を!」

 

 ホルダーを縛られリキッドの切り替えが封じられた。

 Aウェポンも半分を失っている。

 更にズメイとスキュラとの連戦による疲労と負傷が重くのしかかる。

 それでもヴァジュラは諦めず、再度デスポイナへと駆ける。

 

《サラメーヤ! Calling(コーリング)!》

 

 カチリ。

 産み出される分身は動くよりも早く伸びた茨に突き砕かれる。

 

《マグマ! Calling(コーリング)!》

 

 カチリ。

 それならばと放たれるマグマの砲弾は伸びて絡み合った茨の壁が受け止め、防いでしまう。

 

「これなら……!」

「ふふ、躱すこともできますが……あえてその前に止めてあげましょうか」

 

 カチリ。

 必殺技を起動するためにドライバーへと手を伸ばすヴァジュラ。

 嘲笑うデスポイナはその腕を絡め取らんと複数の茨を伸ばす。

 だからこそヴァジュラは素早く腕を引き、殺到した茨を回転し躱すとデスポイナへ向けて加速する。

 

「ようやく、釣れてくれたね……!」

「そんな……!? 読み間違えた……!?」

「これで、塗り尽くす!」

 

 ヴェールの奥で驚愕の表情(かお)を浮かべるデスポイナへとヴァジュラは駆ける。

 突いた意表を活かすために、新たな茨が伸ばされるよりも速く。

 ガントレットを纏った右拳を振り上げ、駆け込んだ勢いを載せた一撃を浴びせるために。

 その速度は風を生み出し、デスポイナのヴェールを跳ね上げその下に隠した素顔をさらけ出した。

 

「やめて! 応孥!」

 

 涙を浮かべてヴァジュラを見つめる柔からな……覚えのある眼差し。

 桜子の顔が、桜子の声が、桜子の思いが応孥へと訴えかけていた。

 仮面越しにそれを見せられた応孥は───。

 

「……桜子! まさか、意識が戻って───」

 

 僅かにその動きを止めてしまった。

 

「……あはっ」

 

 大きく迂回して()()()()()1本の茨がヴァジュラを背中から貫ぬいた。

 装甲を貫通し、腹部の装甲を食い破った茨は赤い鮮血を纏いながら大地へと突き刺さる。

 縫い止められたヴァジュラから握りしめていたAウェポン、そしてSトリガーがこぼれ落ちその装甲も砕け散る。

 

「がっはぁ……!?」

 

 驚きの顔のまま涙を流していた応孥。

 刺し貫かれた傷の痛みに耐えかねその口から鮮血を吐き出すとガクリと身体から力が抜け落ちる。

 

「あんな小細工で予測を間違えるわけ無いじゃないですか。わざわざ死んでいるとも教えておいてあげたのに」

 

 クスクスと嘲笑うデスポイナの声が遺跡内部に反響する。

 わざとらしく手招くように手を振るえば突き刺さった茨が動き出し、応孥を貫いたまま手元へと引き寄せる。

 傷口は一見鋭く貫かれているだけに見える。

 だが、実際には茨に備えられた鋭利なトゲが肉を引き裂き内臓を抉り抜いて貫いている。

 無理矢理に動かせばそのトゲが更に肉体を傷つけ、激痛とともにボタボタと血を撒き散らす。

 

「ッ! がぁあ……!」

「あぁ、痛かったですか? まぁ、感じるのはコレが最後かもしれませんからゆっくり味わってください」

 

 苦悶の叫びを上げる応孥を引き寄せたデスポイナはその頬へと触れる。

 痛みに耐え顔を上げれば眼前にあったのは想い人と瓜二つの貼り付いた笑み。

 何も反射しない深淵のような瞳が見つめていた。

 

「さて……1つ提案です。私と共に来ませんか?」

「な……に……?」

「別にあなたに思い入れは何もありませんがせっかく再会できた()()とすぐにお別れなんて嫌でしょう?」

 

 労わるように慈しむようにデスポイナの手が応孥の頬を口元に垂れる血を拭い取る。

 

「ですから、大切なお仲間を裏切って私の刻印を受け入れるのであれば生かしてあげますよ?」

「そんなことは……!」

「良いんですか? 本当に?」

 

 目を逸らそうとする応孥顔を押さえ、デスポイナは視線を合わせ続ける。

 フッとその表情が緩み、かつての桜子の様な柔和な笑みを応孥へと向けた。

 

「ね、応孥? 私と一緒に来て? 私を護って?」

「……あぁ───」

 

 カチリ、カチリと時を刻むように響く歯車の音に乗って応孥は答えを口にする。

 ───最も、デスポイナはその答えをすでに知っていた。

 朦朧とする意識、近づく死の気配、そんな中で囁かれた甘い誘惑。

 それによって諦めた(堕ちた)応孥はその言葉に頷く───。

 

「ダメだ……お前には従えない」

 

 例え意識が混濁しようと、例え命が散る直前であろうとも応孥の答えは変わらない。

 世界を混乱させようとするものから人々を護る、その信念は例え想い人の言葉であっても曲げることはなかった。

 応孥の答えにデスポイナは目を見開く。

 

「───はぁ、神の慈悲を拒否するとは愚かとしか言えませんね」

「お前は……僕が止める……きみ(桜子)にこれ以上、こんなことさせない……」

「お好きにどうぞ。私ももうあなたを構うのに疲れました」

 

 心底つまらなさそうに子どもがおもちゃに興味を無くしたかのようにため息を吐いたデスポイナ。

 彼女の意思に従って応孥を貫く茨が鮮血を撒きながら移動する。

 底の見えない暗黒が広がる遺跡の奥の穴の上へと。

 

「尤も。もう長くないでしょう? 私は優しいですから冥界のすぐ近くへご案内だけしてあげますよ」

 

 底から吹き上がる風に応孥の身体が晒される。

 もがく力も残されておらず、ただ暗闇に消えていく自らからが垂らす赤い雫を眺めることしかできずにいた。

 そして茨は無慈悲に引き抜かれる。

 

「さようなら。よく知らない封魔司書さん」

 

 釣り上げていた茨を失い、開いた穴からボタボタ血を吐き出しながら重力に従って応孥は落ちていく。

 暗い穴の底、闇の奥へとその姿は消えてゆく。

 興味の失せたデスポイナはそれを見送ることなかった。

 ヒールを鳴らし、向かうのは外の世界。

 冥界へと拐われし乙女がやがて地上へと帰還する、その神話をなぞるかのように幽閉されていた彼女は解き放たれようとしていた。

 

「───さく、らこ……必ず助ける、から───」

 

 ───誰に届くことのないつぶやきは闇へと溶ける。

 瞳からも光を失った応孥は全てを包む暗闇の中へその姿を消した。

 その刹那、地の底で小さな光が星のようにキラリと瞬いた。

 

 

******

 

 

 遺跡の外の星あかりが照らす森の中。

 

「カナリーくん! カナリーくん、大丈夫かい!?」

「ん……アルジェント支部長……?」

「無事みたいで良かった……」

「クレハも……ッ! スキュラの女は!」

 

 応孥を送り出した後、気を失っていたカナリーが目を覚ますと眼の前には安堵した様子のアルジェントと紅芭、そしてその奥には周囲を警戒する職員たちがそこにはいた。

 ハッと気が付き、急いで身を起こして倒したペムベの方を見ればまだ目を覚まさない彼女は簡易的ながら拘束されていた。

 その様子にホッと胸を撫で下ろし再び樹に体重を預ける。

 

「良かった……オード・シノハラは遺跡に向かってます」

「あぁ、分かってるよ。今、遺跡の入口を硬めてるところだよ」

「流石です、アルジェント支部長! 私も合流します!」

「とても頼もしいけど無理はしないでくれよ」

 

 身体が僅かにふらつきながらアルジェントの手を取ってカナリーは立ち上がる。

 その様子を心配そうに見つめてたアルジェントだったが彼女のやる気に折れたのか遺跡の方へと案内を始める。

 

「表面上は何も変わらないが遺跡の奥から霊力が漏れ出してる……何かあったと見て間違いないよ」

「クレハ、オード・シノハラからの連絡は?」

「……いいえ、来てないわ」

「そう、ですか……あの男はああ見えて戦える男ですから大事はないと思いますが」

「えぇ、大丈夫よ……帰って来るって約束してくれたんだから……」

 

 言葉ではそう呟いても紅芭は不安げに目を伏せる。

 アルジェントもカナリーも彼のことは信頼している。

 それでもよぎる不安を押さえられず3人は足早に森を抜け、遺跡の入口となる開けた場所へとやってきた。

 ───そこで感じたのは底冷えするような冷気にも似た感覚だった。

 

「ッ! 支部長、クレハ! 下がってください!」

「何があった! 報告をしてくれ!」

 

 数名の数名の職員が気を失い、介抱を受けている様子からなにかがあったと察したカナリーは咄嗟に2人を庇うように一歩前へと歩みだす。

 その背後から厳戒態勢で遺跡の入口を取り囲む職員へとアルジェントの号令がかかる。

 

「先ほど、霊力が溢れ出し始めた後に入口から植物のツルが伸びてきて……近くにいた彼らがそれに襲われました」

「植物のツル……? その後、そのツルは?」

「幸いここにいる人員で切り落とすと残りは中に引っ込みました」

「そうか……気を失ってるものは町へ運んで治療を。それとイタリア支部に救援を急ぐように連絡してくれ」

 

 職員の報告を受け、続く動きを指示するアルジェントはチラリとカナリーへと目配せする。

 それだけで意図を察したカナリーは不安げな紅芭を励ますように肩を叩いた後に職員たちの間を抜け、入口の前へと立つ。

 

「応孥、無事なのよね……?」

 

 遺跡の中で異変が起きている、ならばそこにいるはずの応孥は……不安を払うかのように祈るように手を組み震えを抑え込む。

 まるでその祈りが届いたかのように移籍の内部よりカチリ、カチリと時計のような音が少しずつ入口へと近づいてくる。

 瞬間、その場の全員に緊張が走り、カナリーはいつでも変身ができるようにリキッドをライザーへと装填する。

 

「───あぁ、そんなにも強張って待ち構えなくても大丈夫ですよ。どうせ私を止めるなんてできないんですから」

 

 外の様子を見ることもなく、内部から響く女の声。

 職員たちがざわつく中、デスポイナはカツンカツンとヒールを鳴らし、地上の世界へと帰還する。

 その姿を見たアルジェントとカナリー更には彼女を知る職員たち、そして紅芭は息を呑む。

 

「えっ……なんで、桜子なの……?」

「初めまして。私はデスポイナ。先ほど説明して面倒なので省略しますが、()()は空っぽの容れ物ですのであしからず」

「空っぽ……そんなこと、あるわけ無い……桜子、桜子なのよね!?」

「はぁ……またですか。そのくだりもさっきしたのですが───あぁ、あなたは見覚えがありますよ」

 

 周囲の反応にうんざりといった様子のデスポイナが紅芭を見つけると三日月のように口を釣り上げ笑みを見せる。

 そして紅芭へと近づこうと一歩前へと歩みだしたデスポイナの首を狙い、カナリーの振るう鎌の刃が振るわれる。

 

「変身!」

《砂塵舞う山吹の旋風! デザートルフ!》

 

 同時にドライバーを操作し、シミターへと変じると寸前で刃を躱したデスポイナと紅芭の間に割り込むように武器を構える。

 

「カナリー!? 何を……!」

「全員下がりなさい! クレハ、理解しなさい。もし仮にあれが桜子であったとするならおかしいでしょう?」

「おやおや、口調を真似たほうがいいですか? こんな感じよね。どうお姉ちゃん? 桜子っぽい?」

「ッ……嘘、嘘よね……?」

 

 シミターに睨まれる前でデスポイナは戯けるように桜子の様に振る舞って見せる。

 その様子、その豹変が紅芭の心を締め付け、怯えるように後ずさらせる。

 

「そもそも、お前。オード・シノハラはどうしたんですか? 本物ならあの男を置いて1人で出るなんてことしないはずです」

「名前は忘れましたが歯向かってきた男ですよね? アイツなら───殺しました」

「……嘘っ」

 

 口角を上げ貼り付いたような笑みを見せる口から告げられる応孥の死。

 それを聞いた紅芭その場にドサリと崩れ落ちる。

 即座にアルジェントが駆け寄り、彼女を介抱するが紅芭はデスポイナを呆然と見つめるだけだった。

 

「クレハ! しっかり、今は下がるんだ!」

「嘘よ……応孥が死んだ……?」

「クレハ! 手伝ってくれ! カナリーくん、頼む……!」

「分かってます、おまかせを!」

 

 近くにいた職員の手を借り、アルジェントは涙を流す紅芭を抱えその場を離れ始める。

 そんな彼らを守るようにシミターは構え、その鎌をデスポイナへと突きつける。

 

「ふふ、丁度いいのであなたで試しましょうか」

「試す? 何をするかは知りませんがそんなことをしている暇があるとお思いだなんておめでたいですね」

「そんな大したことではないわ? ロキには私が力を取り戻す()()()をしてもらいましたか……彼の望みも叶えてあげなければと思いまして」

「ッ!? 全員下がりなさい!」

 

 デスポイナがスカートの裾を掴み持ち上げると産まれた空間から色が溢れ出す。

 咄嗟のことに取り囲む職員たちを下がらせながら自分自身も翼をはためかせ飛び上がる。

 その間も溢れ出した色は形を作り出していく。

 それは長い腕と脚を持つ人型のシルエット───ただし、その大きさは樹木を凌駕する巨体。

 

「彼が行おうとしていたネオ・ラグナロク……でしたっけ? その戦力として用意していた巨人ですよ」

 

 それは霜の巨人と呼ばれる北欧神話に現れる巨人、ヨトゥン・ギガ。

 デスポイナによって産み出されたその巨人()()はギロリと空を舞うシミターを睨みつける。

 

「まずは10体ほど出してみましたが……遊び相手としては不足でしたか?」

「無茶苦茶なことを……!」

 

 まるで山が新たに生まれたかのように聳える巨人の群れ。

 仮面の奥で冷や汗を流すシミターだったが逃げることなく、武器を握り直すとその群れへと突撃する。

 当のデスポイナは巨人たちに守られ、その戦いを楽しげる眺める。

 カチリ、カチリと動く歯車が彼女にその結末を教え、顔を歪めて笑みを浮かべる。

 

「ふふ……あぁ、まだまだ楽しいショーは続きそうですね」

 

 ───堕ちて狂った神の狂宴は始まったばかりだ。




付録ノ十一三[ペルセポネ]

ギリシャ神話にて語られる主神ゼウスと豊穣神デメテルの娘。
春と植物の女神であり冥界神ハデスの妻。
ハデスに連れ去られる形で娶られたため、それに嘆き悲しんだデメテルが身を隠したことで世界から実りが消えた。
その後、神たちの尽力により1年のうちの一部のみ冥界で過ごすという約束で地上へと帰還。
その結果、世界に四季が産まれたと言われている。
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