仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ   作:teru@T

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第十五頁「地の底にて輝く鮮紅」

 ───気がついた時、眼の前に広がっているのは暗闇だった。

 目を開いているのかもわからない暗闇、あるいはすでに肉体というものから解放されているのかもしれない。

 直前の記憶、桜子の肉体を操る神デスポイナに敗れ地の底に続く穴へと投げ捨てられたところまでは覚えている。

 地面に激突するよりも早く気を失ったためその先は知覚できていないがあそこから生き残れないことは自分が一番わかっている。

 微睡んでいた意識が徐々にはっきりしてくるにつれ、とある感覚が激しく主張を始めた。

 それは───。

 

「ッ!? があああああ!?!」

 

 それは痛み。

 背から腹にかけて赤熱した鉄の棒で貫かれたかのような熱を伴った痛みが応孥を襲う。

 身体を駆け巡る痛みがぼやけていた感覚を鋭くしていく。

 闇に溶けたと思われた肉体はそこに存在し、応孥の魂は未だ肉体の軛の内にあった。

 痛みに耐えかね、ツルに貫かれた腹の傷へと手を伸ばす。

 

「っ、傷が……ない?」

 

 のたうちながら触れた腹部に穴が開いているどころか傷1つ付いてはいなかった。

 気を失う前のことが夢だったのか……一瞬、その答えにたどり着きそうになるが貫かれた場所に開いたスーツの穴がそれを否定する。

 そして覚醒した感覚が新たな刺激を受信する。

 それは耳に届いた近づいてくる足音だ。

 

「起きたばかりでそれだけ喚ける元気があるのなら何よりだな」

「その声は……ロキ……!」

「はっ! 明かりをくれてやろうかと思ったが必要なかったかな?」

 

 パチンと指を鳴らす音が響くとともに空中に火が灯り、闇を払い除ける。

 照らされた明かりの先に見えたのはボロボロの衣服を身にまとったロキの姿。

 そして周囲の光景も目に映る。

 上が開けた岩壁に囲まれた広い空間、間違いなく落とされた先の場所でろう。

 それを認識しながら応孥は痛みを堪えながらロキと相対するため、腰に携えてあるレリックライザーへと手を伸ばし───その手は空を切る。

 

「探し物はこれか?」

 

 ロキの声に釣られて前を向けばロキの手にはレリックライザーやリキッドを収めたホルダーごと装着していたベルトが掲げられていた。

 一難去ってまた一難とはまさにこのことを言うのだろう。

 多少落ち着いたとはいえ痛みのせいで身体はまともに動かず、武器も奪われた。

 それでも応孥は諦めない、やるべきことがあるのだから。

 痛みに耐えながらフラフラと立ち上がり、ロキを睨み返す。

 

「悪いけど……最後まで抵抗させてもらうよ。彼女を止めないといけないんだ」

 

 デスポイナの未来予測を破る方法などなにか思い浮かんでいるわけではない。

 このままもう1度挑んだとして同じ結末になるのが関の山かもしれない。

 それでも応孥は立ち止まらない。

 

「そうか……癪だが心が折れていないのなら重畳だ」

「なに? どういう意味だ?」

 

 応孥の疑問に対しては掲げたベルトを応孥の前に投げ捨てることで返された。

 

「これは……どういうこと?」

「一旦奪っておかないと話し合う時間も取れんだろう? 心配するな、()()()()()は一切手を出してない」

「話し合うだって?」

「あぁ。だが、役者は私だけじゃないんだ。おい、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

 ロキが呼びかけると2人の間の空間に光が産まれる。

 命そのものを否定するような薄ら寒い暗闇を切り裂いて輝く暖かい春の日差しに似た光。

 安心感を与えるようなその光に応孥は嫌な既視感を感じ、身構える。

 その光の中に半透明な女性の姿が浮かび上がる。

 緩やかなウェーブのかかったブロンドの髪、穏やかなそれでいて憂いを帯びた表情を浮かべる優しそうな女性。

 身に纏う純白のキトンがそよ風の影響を受けるかのように裾が舞っている。

 初めて出会う女性、だが応孥は自然ととある名前が口から漏れ出した。

 

「あなたは……デスポイナ……!?」

『……彼女(わたし)は今、そう名乗っているのですね。()()()()()、礼装使いの方』

 

 驚きながらも応孥は変身しようとドライバーを腰に巻きつけ、レリックライザーを引き抜くが身体を走る痛みがその動きを阻害し、取り落としてしまう。

 岩肌を跳ねたレリックライザーは挨拶を口にする女性の元へと滑り、その身体をすり抜ける。

 実像のない虚像の女性、デスポイナと同じ雰囲気を纏う女性は痛みに苦しむ応孥を申し訳無さそうに見つめている。

 

『ごめんなさい。(ロキ)の力を借りて貴方の傷は治しましたが痛みを消すことはできなくて……』

「そこまでしてやる義理もないが……余計な力を使うわけにはいかなかったからな」

「クッ……どういうわけなのか……説明をお願いしてもいいですか? ハァ……つぅ……」

 

 痛みに呻き、肩で息をしながら応孥はその場に座り込む。

 そんな応孥の元にレリックライザーが滑り渡される。

 見るとロキが同じ様に地面に座り込むこちらへと再度投げ渡したことが伺えた。

 

「ありがとう、ございます……」

「フン。傷自体は塞がっているんだ、話を聞いている内に多少マシにはなるだろう」

『ならばそのうちに私がご説明します。時間も残り少ないですから……まずは自己紹介からですね』

 

 時間が少ないとは口にしながら女性はゆったりとした動作で頭を下げる。

 

『私はペルセポネの分け身。正確には更にそこから分けられた存在です』

「分け身の……分け身?」

『はい。少し昔の話なりますが───』

 

 ペルセポネの分け身から語られたのはロキがデスポイナから聞いたものと同じ話だった。

 人の願いを聞き、そして意図せずこの闇の中へと幽閉された神の分け身(ペルセポネ)の話。

 

『───完全な状態の私であればあの様にはならなかったのかもしれません。ですが、分かたれた身では耐えられなかった』

「……ふん。神とはその時でも気分でもそして見る人間によっても性格なんぞ変わるものだ。分け身であれば余計にだろうな」

『えぇ……ですがその当時、完全に狂ってしまうその前に彼女(わたし)はその身と霊力を分け、遺産へと封じました。それが私です』

「遺産……?」

『こちらです』

 

 ペルセポネが手をかざすと空間が揺らめき、狭い空間の中央に1つの物が出現する。

 ヤギの角を逆さにした様な円錐形の容れ物。

 内側から溢れ出す霊力は上空へとまっすぐ伸び、洞窟の外───恐らくはデスポイナへと注がれ続けているのが伺える。

 

「これが……守られていた遺産……」

『はい。冥富のコルヌコピア、そう名付けました。本来は冥界に漂う霊力からハデス様の豊穣神としての恩恵を抽出し周囲の芽吹きを()()()するものです』

 

 コルヌコピア、ギリシャ神話において豊穣の象徴とされる1つである。

 湧き出す霊力を用途に合わせて使うために最適な形を作り出したのだろう。

 

「だが、今はお前(あいつ)に利用されているわけか」

『そうならないために私を生み出したのですが……覚醒めた時にはすでに手遅れになっておりました……』

「ふん。その結果が今か」

 

 ロキの指摘に対しペルセポネは無言で頷くのみだった。

 

「それでそろそそろ本題を話したらどうだ? 昔話に同情してほしいわけではないんだろう?」

「……僕も同じ意見です。僕に何をさせたいんですか?」

「はっ! おいおい、私が善意で手を貸したとは思わないのか?」

「残念だけど思えません……怪我を治して貰った恩はありますがあなたは信頼しきれません」

 

 きっぱりと応孥は言い切り、ニヤニヤ笑みを浮かべるロキを睨む。

 痛みが引いてきたのか詳しく観察してみればロキはその顔に笑みを浮かべながらも苦しそうな呼吸を繰り返していた。

 

『……そうですね、本題に入りましょうか。礼装使いの方、あなたには───』

「応孥でいいですよ。デス……いえ、ペルセポネ神」

『分け身ですけれどね。では、オード。あなたにはコルヌコピアを砕き、彼女(わたし)を止めてほしいのです』

 

 サラリとペルセポネが告げた言葉に応孥は目を見開いた。

 デスポイナは言われずとも止めるつもりでいた。だが、遺産をそれも自ら生み出したものを破壊しようとすることに驚きを隠せなかった。

 

「あの……良いんですか? 破壊することで周囲への影響とかは?」

『あくまでも成長を手助けしていただけですから大きな影響はないかと……何よりも、コルヌコピアが無くなっても()()の力が戻りますから』

「霊穴……!? あるんですか、この下に?」

『えぇ、霊穴(それ)を呼び水として冥界への扉を繋げたのです。……国を営むには足りない霊力の流れでしたが今の時代ならば問題ないはずです」

 

 薄い笑みを浮かべるペルセポネの言葉、それの真偽は応孥にはわからない。

 この場を調査することができれば分かることかもしれない。

 だが、そんな時間も装備も今の応孥にはなかった。

 

「……いくつか質問をしても構いませんか? あなただけでなくロキにも」

『もちろんです。私がお答えできることであればお答えしましょう』

「好きにしろ。だが、忘れるなよ。今この瞬間もあの()は好き勝手暴れてることをな」

「……分かってる。それでも確かめておかないといけないことなんです」

 

 判断を悩むことは()()()()()()()()()()お互いにとって利益はない。

 この間にも取り返しのつかない事態になっていてもおかしくはない。

 それでも応孥にはこの2()の神を見極め、確認をしておくべきことがあった。

 

「まず、ロキ……あなたは()()なんですか?」

「はっ! 私のことを知らないのか? 良いだろう、無知なお前に一から私の話を───」

「余裕がないのはお互い様のはずでしょう? ロキは神々の世界にいる。北欧の神々に確認を取っているから間違いないよ」

 

 今回の事件が起きる数日前、ロキの所在についてLOT本部から報告が来ていた。

 それによれば80年前の一件以来、ロキは北欧の神々によって人間の世界への干渉を禁じられていた。

 しかし、現にこうして応孥の眼の前にはロキを名乗る男がいる───その理由を知る必要があった。

 嘲笑を浮かべていたロキが笑みを崩さぬままに目付きを変える。

 少なくとも応孥が話すには値する存在と認識したようだ。

 

「そうか。なら、お前なら私の正体に当たりは付いているんじゃないのか? すでに()()は出揃っているぞ」

「……80年前、送還される前にロキ自身が残したロキの分け身」

「はっ! 流石に聡いな。その通りだとも」

 

 応孥の言葉に満足したロキ、その分け身が悪魔のように口を釣り上げ笑う。

 そして粛々と自身の事について語り始めた。

 

「80年前、神共の妨害で計画が失敗する可能性を考えた私は事前に人間の中に意識と力の一部を忍ばせておいたのさ。気づかれない様とても僅かにだがな」

「それがあなたですか……」

「いかにも。本()が送還された後も私は人に紛れ暮らしながら力を蓄え、最終戦争(ラグナロク)の支度を進めたのさ」

 

 誇らしげに語るロキはその()()の内容を語っていく。

 手駒となるヨトゥン・ギガの創造、当時は陣営にいなかった他の神話に戯我たちの知識、それを利用し戯我を描き変える方法など。

 実際にその脅威の一部と戦ったことのある応孥にとってもし、本格的に敵対することになれば苦戦させられることは間違いなかっただろうものばかりだった。

 

 

「……()()もその1つだったんだがな」

「ッ!? いつのまに……!?」

 

 残念そうにロキが取り出したのは2本のモンストリキッド。

 ハッとした様子で応孥は先程、手渡されたホルダーの中身を確認する。

 そこにあったのはオーシャン、エレクトリック、ホエール、グレムリンの4色のリキッドが収められていた。

 そしてマグマとサラメーヤはドライバーから取り外されること無く、そのままそこに刺さっている。

 自身のリキッドが全てあることに安堵しながら応孥はロキへと向き直る。

 

「言っただろう? ()()()()()には手を出していないと」

「それは……ロサードさんたちのズメイとスキュラか」

「そうだ……どちらも私の神血(イコル)を注ぎ生み出した私の子どもたちの力を混ぜ合わせた特別なリキッド……だったがな」

 

 そう語るロキの手の中を見れば、鮮やかな色をしてたはずの2本のリキッドは今では中身は空っぽになっていた。

 

「失った力を補うために中身をもう一度取り込んだのさ。だから、これを持ってきてくれたお前には感謝していないこともないんだぞ?」

「そのつもりで持っていたわけじゃないからその感謝は不要だよ。モンストリキッドの作り方はどうやって知った?」

「知ってるやつから精製方法を買ったのさ。強力な戯我にしすぎて相性の良い人間にしか使えないものになったがな」

「その人間が彼女たちか……」

「そうだとも……そうだ。私からも1つ聞くことがあったな……あの3人はどうした? 殺したのか?」

 

 スッとロキの顔から笑顔が消え、応孥は鋭い刃物を首に突きつけられたような殺気が放たれる。

 答えを誤れば殺される……その感覚に冷や汗を流す。

 

「殺してない。ロサードさんとサンゴさんは病院に……ペムベさんも保護されてるはずだ」

「そうか……なら、これだけは忘れるな。あいつらは私の手駒だ。私が拾ってから私の意志で動いてきた……あいつらは私の操り人形だ。手出しは許さんぞ」

「それは……悪いけど確約はできない」

「ほう? なぜだ?」

「僕に彼女たちの処遇をどうこうする権限はないからね……それでも彼女たちが悪い扱いを受けないよう、最大限努力することは約束するよ」

 

 ロキの射殺すような視線を受けながらも応孥は答える。

 やがて、ロキが目を閉じると「それならば良い」と殺気が消え、ようやく応孥も一息つくことができた。

 

「他になにかあるか?」

「いえ……あなたのことはわかりました。後は、ペルセポネ神」

『はい。何でしょうか?』

 

 ロキとの話を終えた応孥は今度はペルセポネへと向き直る。

 会話の間、静かにこちらを見つめていた彼女は応孥が視線を向けると薄く笑みを浮かべていた。

 

「遺産を壊すのに具体的な手順などは?」

『ありません。ただ、力で破壊すれば問題ありません。私とロキ様の力もご提供するつもりでいますから』

「2人の力……?」

「……俺とコイツの残った神血と霊力を全てこの2本に詰め込んでお前に渡す」

「!! 残ったもの全てってそれじゃあ……」

 

 戯我と同じであるのならばロキの身体はインク───神血で形作られているのだろう。

 それを全て、そして肉体を持たないペルセポネも同じく霊力を全て使うということはすなわち、ロキとペルセポネ2人の命を全て使い切ることに他ならない。

 

『遺産が無くなれば私たち(私と彼女)は必要なくなりますから。ただ消えるよりも力としてお使いください』

「私はそんなことをしてやる義理はないのだがな……だが、やられっぱなしは性に合わん。それに、だ」

 

 自身の消滅について神妙な面持ちで語っていたロキはニヤリといつもの様なあくどい笑みを浮かべた。

 

「私が消えたところで私の本体がいずれ終末戦争を……いや、私の超終末戦争を超える騒ぎを起こすだろうさ。なら、何の問題もないだろう?」

「───その時はまた僕が止めますね」

「はっ! できるものならな」

 

 ロキの敵であったことは間違いない。

 それでも、今この場において嘘のない彼の言葉は応孥が信頼するには十分であった。

 すでに痛みも動ける程度までにはなっている。

 応孥は()()()()()のためにペルセポネへと向き直った。

 

「あと1つだけ聞かせてください」

『どうぞ。お答えできることであれば』

「なら───」

 

 ある意味でここまでの時間はこの質問をするために応孥自身が覚悟を決めるための時間稼ぎだったのだろう。

 それでも一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、応孥は言葉を続けた。

 

「───デスポイナを倒せば彼女の依代にされた人間(桜子)を救えますか?」

 

 

******

 

 

 日が落ちきった闇の中。

 森を覆い、空を隠すように立ち並んでいたヨトゥン・ギガたち。

 10体いたその数は残り僅か2体となっていた。

 空に浮かびその様子を俯瞰するデスポイナは楽しそうにそれを眺めるだけだ。

 カチリ、と時計の音が響き渡る。

 

「おや……思ったよりも頑張りましたね」

 

 楽しそうに笑みを浮かべたデスポイナの眼下でシミターの雄叫びが上がる。

 

《バイカラー! クロマティックハーベスト!》

「はあああああ!!」

 

 気迫の籠もった雄叫びとともにシミターが飛ぶ。

 プルジャンブルーと月白色、2色混じり合う鎌がヨトゥンたちの振り回す腕を避け闇の空に軌跡を残し奔る。

 1体の頭付近へとたどり着いたシミターはそのまま刃をヨトゥンに突き立て両断せんと地面へ向けて落下していく。

 しかし、半分ほど切り裂いたところでバキンッ!と音をたてて鎌の刃を支えるAウェポンの支柱が砕け、折れる。

 

「ッ! 限界ですか……!」

 

 見ればそのAウェポンはそしてシミター本人もボロボロだった。

 10体の巨人を同時に相手取った一騎当千。

 その結果は今にも崩れさらんほどに傷ついた武具と肉体だった。

 幸い、切り裂かれたヨトゥンはそのまま後ろに倒れ込み、木々をなぎ倒すよりも早くインクへと霧散した。

 それをシミターが安堵するよりも早くもう1体のヨトゥンの腕がシミターをはたき落とした。

 

「がぁっ……!?」

「カナリーくん……!」

 

 地面に叩きつけられたシミターの翼が砕ける。

 アルジェントの叫びが響き、他の封魔司書たちがカナリーを救出しようとするのをアルジェント自身が止める。

 援護しようにもシミター以外、ヨトゥンに対抗できる力を持つものはこの場にはおらず、近づけば彼女の邪魔となり被害が広がるためだ。

 しかし、ヨトゥンに容赦はない。今度は叩きつけたシミターを踏み潰さんと高く上げた脚を振り下ろした。

 

「なめ……るなぁ!」

 

 振り下ろされた脚は大地を凹ませる。

 だが、その下にシミターはおらず、回避した彼女はヨトゥンの身体に脚爪を突き立て胸部まで駆け上がるとドライバーのグリップを引く。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

 

 シミターの全身の装甲が開く。

 ボロボロですでに砕けかけた彼女の装甲の隙間から悲鳴のような排熱音が響く中、トリガーを弾いた。

 

《デザートルフ! クロマティックストライク!》

 

 彼女の押し付けた右足から必殺技のエネルギーがヨトゥンへと流れ込む。

 それによって砂になるはずだが……すでに9体を撃破するのに力を使い果たしたシミターでは倒し切ることはできなかった。

 

「倒れないのであれば倒れるまで何度でもぉ……!」

 

《デザートルフ! クロマティックストライク!》

《デザートルフ! クロマティックストライク!》

《デザートルフ! クロマティックストライク!》

 

 消耗しきったシミターから連続で必殺技が放たれる。

 鬱陶しく思ったのかシミターを振り払おうと伸ばされたヨトゥンの腕が彼女に触れる直前、ピタリと動きを止める。

 そしてヨトゥンは後ろ向きの倒れ込み、森へと落ちる前に砂となって消滅した。

 シミターはヨトゥンの体が倒れるのに合わせ、地面に着地し、空に浮かぶデスポイナへと目を向ける。

 

「あとは彼女……だ……け……」

 

 しかし、そこが彼女の限界だった。

 パキンと音を立て彼女を纏う封魔礼装が砕け散る。

 フラリと力なく倒れたカナリーを走って近づいてきたアルジェントが受け止める。

 

「良く頑張ってくれた……! カナリーくん、今は休んでくれ……!」

「しぶ……ちょう……ですが、まだ……」

「であれば私は好きにしても良いということでいいんでしょうか?」

 

 パチパチと拍手するように手を叩きながらデスポイナが空から降りてきた。

 アルジェントはカナリーを抱えたまま身構え、後ろにいる紅芭や他の部下たちを守るように立つ。

 

「そんなに警戒なさらずとも良いですよ? あなた達が何もできないことは"視て"いますから」

「っ……なら、何の用だ」

「ただ称賛しに来ただけですよ? まさかヨトゥンを10体全部倒すなんて……精々4体が限度だと思っていましたから驚きですよ」

 

 称賛と口にこそするがデスポイナの口調からそれが本心でないことは明らかだった。

 

「その功績を称えて───あなた達は殺さないでおいてあげましょう」

「なに……?」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるデスポイナ。

 突然の提案にアルジェント、そして他の封魔司書たちもざわつく。

 

「私は慈悲深いですから……何よりも、あなた(アルジェント)とあちらで座り込んでいる彼女(紅芭)()()の血縁でしょう? なら、予備として利用できるじゃないですか」

「ッ……! 貴様……!」

 

 怒りに身を震わせるアルジェントのことを歯牙にもかけず、デスポイナは笑みを浮かべ続けている。

 彼女にとってこれも全て融合したアンティキティラ島の機械で少し前に視た光景であった。

 未来予測には大量の霊力を消費するがコルヌコピアから供給される霊力がそれを補っている。

 故にデスポイナは些細なことであっても未来予測を多用していた。

 

「ついでに暇でしたからその間にあなた達のことしっかりと思い出しておきましたよ? アルとお姉ちゃん」

「桜子……」

「そうだよ? お姉ちゃん……ふふ、あの礼装使いもいい反応をしてくれてましたよ? もういませんけどね」

「ッ……!」

 

 クツクツと笑うデスポイナ。

 諦めてはいないがアルジェントたちの間に絶望が広がっている。

 そんな中、紅芭は涙を流し、デスポイナを見つめる。

 ずっと求めていた妹の姿をした知らない誰か───愛する人の命を奪ったという誰か。

 

「桜子を……応孥を返して……!」

「無理ですよ。もう無いものを返すなんてできないでしょう? さてと、ここに居座っていたらお仲間が寄ってきますよね? それは面倒ですし今日は失礼しますね」

「ッ! 待てっ!」

「待ちませんよ。心配なさらずともこれがだめになったらまた来てあげますから」

 

 ニコリと笑みを浮かべたデスポイナが再びふわりと浮かび上がる。

 抵抗しようにも動こうとする封魔司書の元に茨が伸び、何かをするよりも前に攻撃を受け一切の抵抗を許さない。

 優雅に浮かぶ彼女は最後に僅かでも面倒が少ない方へ向かうために未来予測を行った。

 

 カチリ。

 

 直後、彼女が視た光景は今まで視た未来予測、そのどれとも異なっていた。

 彼女が選んだ方角へと飛んだ先、その景色がガラスのようにひび割れ、隙間から紅い輝きが溢れ出す。

 輝きが強くなるとともに視ていた景色は砕け散り、映り込むのは溢れた光から歩み出る戦士(ヴァジュラ)の姿───。

 

「ッ!? 今のは……いえ、あり得ない……なんですか今のは!」

 

 狼狽える彼女の背後、彼女に力を注ぎ続けていた遺跡で変化が起こる。

 洞窟を突き抜け、天をつくかのように霊力が溢れ出したのだ。

 何事かと振り返るデスポイナは気づく、自身へと供給されていた霊力が消えたことに。

 

「まさか……コルヌコピアが壊された……? いえ、いえありえない! 誰も壊せる者などいないはず……!」

 

 デスポイナが1人慌てふためく様子をアルジェントたちは地上から見上げている。

 彼らも遺跡に起こった異変を確認しているが彼女以上に情報のない彼らも何が起こったのか分かってはいなかった。

 全員がデスポイナに注目する中、紅芭は霊力溢れ出す遺跡の中か何かが歩いてくる姿を視認した。

 溢れ出す輝きでその姿は見えずとも紅芭は誰か分かっていた。

 笑みを浮かべ、歓喜の涙を流しながら彼女は確信を持って彼の名を呼ぶ。

 

「応孥───!」

「───待たせてごめん、()()

 

 喜んだのも束の間、姿を見せた応孥の顔をそして声を聞いた紅芭は目を見開く。

 光が収まるにつれて見えた応孥の表情は穏やかな───涙を堪えるような笑みを浮かべている様に見えた。

 だがすぐに応孥は上空を見上げる。

 視線の先には憎々しげに見つめ返す桜子───デスポイナの姿があった。

 

「お前……! お前は殺したはず!? いや……お前か、お前が私のコルヌコピアを───!?」

「あぁ……僕が砕いた」

「~ッ!! 許さない……!」

 

 怒りを顕にするデスポイナに対し、応孥は冷静にいつもと変わらぬ様子でレリックドライバーを腰にセットしアルジェントたちの方を向く。

 アルジェントに抱えられ気を失ったカナリーをはじめ、皆ボロボロになっていた。

 

「アル、紅芭。みんなをつれて離れていて……全部終わらせたら何があったのか話すから」

「……分かったよ、気をつけてくれ。クレハ、立てるかい?」

「えぇ……」

 

 避難を促すとすぐにデスポイナへと向き直り、彼らに背を向ける。

 デスポイナはアルジェントたちが離れるのを止めること無く、去る直前。

 紅芭は振り返り、応孥へと声をかけた。

 

「───ねぇ、応孥」

「……どうかした? 紅芭」

「……桜子は───いえ、桜子をお願い」

「……あぁ、任せて」

 

 深く語ること無く、紅芭はアルジェントたちの後を追う。

 お互いに語らずとも理解をしている───2人が求めたものの顛末を。

 

 

******

 

 

「───デスポイナを倒せば彼女の依代にされた人間(桜子)を救えますか?」

『それは……』

 

 応孥の問いに対し、ペルセポネは声を発しようとするも躊躇い、悲しそうに目を伏せる。

 それが答えであることは明白だが口にすれば応孥が協力をやめてしまうのではないか、その懸念から答えを出せずにいた。

 

「───言えないなら私が言おう」

『ですが……』

「コイツは察せられないほど愚かじゃない……もう分かっていて聞いてるだろうよ」

『……わかりました。お答えします』

 

 ロキの言葉に諦めたようにペルセポネは応孥の方を向く。

 

『結論からお伝えします……彼女(わたし)の依代となった方が助かることはありません』

 

 ペルセポネの言葉が暗い地下の空間を冷たく反響する。

 

『すでにあの体は彼女(わたし)の神血───インクにすべて置き換わっているでしょう』

「アイツを倒せば恐らくあの体は戯我と同じ様に霧散するだろうな」

「……そう、ですか……」

 

 二人の言葉に応孥は項垂れ、顔を手で覆う。

 分かっていた言葉、予測していた言葉は───応孥の心に深く突き刺さっていた。

 しばらく顔を上げなかった応孥をペルセポネは不安そうに見つめ、ロキはただ待ち続けた。

 

「……ごめんなさい。お待たせしました」

『いえ……どうされますか?』

「答えは最初から決まってます……僕が止めます」

 

 覚悟を決めた応孥は顔を上げ、神たちの話を受け入れる。

 それを聞いたロキはニヤリと笑みを浮かべ、持っていた空のモンストリキッドを応孥に手渡した。

 

「それならばさっさと済ませるぞ」

『えぇ……後はお任せします』

「お前にもやってもらうことがあるからな」

 

 ロキとペルセポネはリキッドへと手をかざす。

 ロキの身体から少しずつインクが注がれ、2人の霊力が光となってリキッドへと流れ込み始める。

 

「僕は何をすれば?」

「普段やってることと変わらん。俺とコイツは己を注ぐのに集中する必要があるだから、()はお前が想像しろ。そして創造しろ」

「……分かった」

 

 ロキに言われ、目を閉じる。

 ロキとペルセポネの体が光りに包まれ、その輝きがリキッドへと移り始めると体が消滅し始める。

 先に肉体を持っていなかったペルセポネの体が全て光へと変わり笑みを残してその姿を消失させた。

 続くロキも実体を失い、その身体が消え始める。

 

「……おい、礼装使い」

「なんですか?」

「娘たちに伝えてくれ。私はいずれ戻ってくる……だからそれまでは人として生きろと」

「……確かに伝えます」

 

 応孥の言葉にロキは満足げに笑みを浮かべると光が全てリキッドに吸い込まれ、その姿を消した。

 再び応孥が目を開けた時、そこには彼以外誰もおらず、暗い闇の中心にコルヌコピアが妖しく佇んでいた。

 その手には新たに生まれた2つのリキッド。

 応孥はそれを握りしめる。

 

「……桜子、僕は……僕は───!」

 

 ───闇の中、響き渡った応孥の悲痛の叫びは陶器の砕ける甲高い音に掻き消える。

 やがて、彼の心を代弁するかのようにせき止められていた霊力が地上を目指し吹き上がった。




付録ノ十四[冥富のコルヌコピア]

オルフェウスの大門の奥深くに安置されていた遺産。
冥界の神ハデスの許しを得てその妻、ペルセポネ───その分け身が生み出した。
ハデスは冥界を司る恐ろしい神としての側面を持つ他に豊穣や地下資源を司る神でもあるとされる。
この遺産はその力を冥界から抽出し大地へと与え、不足する活力を補う力を持っていた。
狂い堕ちし者に歪められた遺産は今、遺跡を守りし戦士により砕かれこの世から姿を消した。
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