仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ 作:teru@T
──これは男が番人に至る物語──
額縁の回顧録Ⅰ『桜花爛漫』
「ようやく着いた……」
インドの主要空港、入国審査を終え荷物を回収した男は入国ロビーを一瞥する。
短めに切り揃えた黒の髪にまだ新しいためか
ヒンドゥー語や英語、日本から直行便直後のためか辿々しい日本語で記されたツアーや歓迎の看板が並ぶ中、目的の人物───『篠原応孥様』と大きく書かれたスケッチブックを持つ人物を発見し、男───応孥はそちらへと歩みだした。
スケッチブックを持つのは1人の女性、改めて見ればすぐに見つけられたのはスケッチブックのみが理由ではなく女性の容姿が目立ったのもあるだろう。
綺麗な濡羽色の長い黒髪と宝石のような紅く切れの長く鋭い瞳、歩きやすさを重視するために運動靴を履いているためか少し小柄な印象を受けるビジネススーツに身を包んだその女性も近づく応孥に目的の相手であると気づいたようだった。
「オード・シノハラですね? 初めまして」
「初めまして。えっと、出迎えはイタリア支部の方と聞いていたんですが……?」
「えぇ、間違いありませんよ。イタリア支部所属、紅芭・コルシーニです。時間が惜しいので続きは移動しながらで」
笑顔で……とはいかないもののお互いに握手と挨拶を交わすと紅芭は足早に移動を始め、応孥もそれの後を追うこととなった。
「まぁ、そうですよね。そちらとしても早く先に段階を進めたいでしょうし……」
「あぁ……それもあるんですが」
紅芭は数秒の逡巡の後に足を止め、バツの悪そうに応孥の方へと振り返った。
「ここから目的地まで車で移動するので急いでるんです……丸1日くらい」
「……なるほど、それは……確かに急ぎたいですね」
応孥が日本を出発してから約10時間、目的地への道程はまだ始まったばかりである事実に肩を落としトボトボと進み始めた。
******
───日本にて
「インドに出張ですか?」
「あぁ、突然ですまないね」
支部長室に呼び出された応孥へと申し訳無さそうな顔を浮かべた支部長から告げられた指令、応孥にはその内容に心当たりがあった。
「……ヴァジュラの遺物になにか問題があったんですか?」
現在、この支部では新たなる封魔礼装『ヴァジュラ』の開発が行われている。
インドにて発見された遺物は持ち主がいたために現在、譲渡交渉をしている最中だ。
そのため、遺物を組み込む前の状態でレリックライザー並びにAウェポンの開発を進めている。
開発に携わっている応孥がインドへの出張を命じられた今、遺物に関わることであるだろうと推察したのだ。
「遺物そのものには異常はないよ。ただ、交渉が難航しているみたいでね……先方が開発中の物を見て判断したいらしいと……」
「なるほど……でもなんで若輩の僕なんですか? そんな大事なことなら主任の方が」
「その主任からの推薦だよ。まだ経験の浅い君に経験を積ませたいと……まぁ、彼は優秀だけど開発以外は面倒くさがるからそういう事だと思うよ」
体よく面倒事を押し付けられた、その事実に応孥は大きくため息をつくのだった───
「僕が来た事情はまぁ、こんな感じです……」
「……苦労してるのね。実績もちゃんとあるにはあるんでしょうけど」
「はは……そうだと良いんですけどね」
紅芭の部下の運転するジープが異国の街を走る。
紅芭は助手席に座り、応孥は後部座席に荷物とともに収まっていた。
そのまま目的地へと向かうものと思っていたがもう1人、買い出し中の仲間がいるらしく今はその人物との待ち合わせ場所へと向かいながら簡単な身の上話に花を咲かせていた。
「そういえばコルシーニさんは……」
「紅芭でいいですよ。こっちの方が呼ばれ慣れてるので」
「はぁ、じゃあ紅芭さんは名前からもそうですけど日本人なんですか?」
「いえ、ハーフよ、母が日本人。日本語も母のおかげ」
紅芭の言葉になるほどと納得する。
任務に関する話はもう1人が揃ってから、示し合わせた訳では無いがなんとなくそんな雰囲気が2人の間で共有され、他愛のない会話で交友を深めていくことになった。
10分ほど走らせたところで活気あふれる市場の前で車が停車する。
どうやら待ち合わせ場所へと到着したようだが紅芭とLOTの職員は時計と周囲を交互に確認していた。
「桜子さんいませんね……」
「全く、あの子は……ごめんなさい、応孥さん。遅れているみたいなので少し待ってください」
「えぇ、お構いなく」
市場の方を向いて2人が件の人物を探す中、手持ち無沙汰となった応孥はふっと窓の外を見た。
窓の外には活気溢れる異国の街が広がって……おらず、こちらを覗き込む薄紅色の瞳と目があった。
「……うおっ!?」
「どうしたの!? ……って、桜子、あんたなにやってるのよ」
「いやーいつ気づかれるかなーって! ほら、詰めて詰めてー!」
「えっ、いや反対側から乗った方が……あぁ、はい……」
声に驚いた紅芭が振り返り、桜子と呼ばれた女性を見るとため息をついた。
女性はドアロックが外されるとわざわざ応孥の座っている側の扉を開け放ち、応孥を反対側に押しやりながら車内へと乗り込んできた。
紅芭を真似たかのような髪型の薄いピンク……桜色の髪を揺らし、切れが長くとも快活な表情と声色から紅芭とは違った印象を受ける女性。
「迷惑をかけてごめんなさい、篠原さん。この子が……」
「私、
「そう、ですね。はい……篠原応孥です」
「うん、よろしくね! ちょっと元気ない?」
矢継ぎ早に紡がれる言葉の洪水。
先程までとは打って変わった会話のテンポに応孥はしどろもどろとなっていた。
その様に気づいてか気づかずか桜子は言葉を区切り、買い出してきた紙袋から取り出したものを応孥へと差し出した。
「はい! これ食べて! これから長いからねー。ゆっくり慣れてけばいいよ」
「えっ、ありがとう……ございます?」
「あなたが来るまでは結構喋ってたのよ……全く」
「えー? じゃあ、私とも喋ろうよ! 色々聞きたいのに!」
手渡されたのは袋入りのお菓子、応孥にとっては初めて手にするインドのお菓子だった。
桜子の勢いに応孥が圧倒されるままに車は目的地へと向けて長い道のりを走り出すのだった。
******
───今回の目的地はガンジス河源流、ガンゴートリーから更に車を走らせた場所にある村。
遺物発見の経緯もインド支部がイタリア支部の助けを借りてガンゴートリー周辺を調査しているおりに偶然立ち寄ったその村の寺院にてヴァジュラの欠片が祀られていることを知らされてのものだった。
この時は村の長でもある司祭に事情を話し、再度の訪問とその際にヴァジュラの欠片を譲り受ける交渉をしたいと説明したところ司祭は快諾。
調査を終え、帰投した後に改めて紅芭率いるイタリア支部の面々が交渉へと赴いたのだった。
また、初回のコンタクトの時点でかなりの好感触であったため、交渉へと送り出した直後にヴァジュラ用のレリックライザーの雛形作成を本部に依頼していた。
しかし、実際に交渉を行ったところどれだけ条件を重ね、説明を尽くそうとも司祭が首を縦に降ることは無かった。
信仰する神の持ち物の欠片であれば当然とも言える……だがその割には拒絶し、追い返すといったことを行うことはなく、村への滞在も許可され村人たちにも暖かく迎えられていた。
そして交渉を開始してから数週間後、司祭が新たな条件として『ヴァジュラを受け入れるモノ』を見せてほしいと言われ、急遽レリックライザーを形とするために手が空いていた応孥たちの支部で制作されることとなっていたのだった───
車を走らせ始めてから数時間、車内にて簡単ながら今回の任務内容の共有を終えていた。
簡単には内容を聞かされていたため、応孥も大きな疑問点が無いまま1時間ほどでミーティングは終了してしまった。
そうなればその先は話好きな桜子の独壇場となり、応孥は彼女からの質問攻めに合うこととなっていた。
「へぇー! じゃあ、応孥は元々戯我のこともLOTのことも知らなかったんだ」
「はい……大学時代に戯我に襲われて……助けられた時にLOTのことも知りました」
「その時の流れでLOTに入ったの?」
「えぇ、扱ってる技術に興味もありましたし。何よりも僕みたいに困ってる人の助けになれればと」
応孥にとっては初めて見る景色でも数度の行き来を経験し彼女たちにとっては代わり映えのしない景色へと変じていた。
故に初めて合う人間の経験談というのはいい刺激となり、車内は和やかな雰囲気で会話が弾み続ける。
「でも、中々面倒じゃなかったですか? ご両親への説明とか」
「いえ、両親は2人共他界しているので……中学の頃に
短い付き合いとはいえ普段と変わりない様子のまま紡がれた応孥の一言に車内の空気が凍りつく。
その回答は誰が聞いても気軽に踏み込んで良い内容ではない。
静寂を破ったのは迂闊に質問を口に出してしまい、沈痛な面持ちの紅芭の謝罪であった。
「それ……は、すみません。不謹慎なことを」
「気にしないでください。LOTに入った時に納得いく理由を知って踏ん切りがついてますから……当時の報告書でその時の戯我も調伏済みなことも確認してますしね」
応孥は紅芭の謝罪に対しても気にする素振りを見せず、外を眺めていた。
彼にとってそれはすでに終わったこと、悲しむことでも同情されることでもないとでも言いたげに。
話題と共に会話が途切れ、静かになった車の中で応孥の後頭部に桜子の手が伸びた。
そしてそのまま、胸元へと応孥を抱き寄せる。
「ちょ!? な、なんですか!?」
「ん? んー……なんかこうしてあげたくなったの」
「いや、でも当たっていて……!」
身体を密着させている関係上、当然のごとく引き寄せられた応孥の頭は桜子の放漫で柔らかな胸に押し当てられている。
頬を紅潮させ、振りほどこうとするも狭い車内のため満足に身体を動かせず、対する桜子はそんなこともお構いなしとより掛かる勢いで応孥へと密着していた。
「桜子、いい加減にしなさい。うるさいし、何よりも彼が困ってるでしょ」
「えー、スキンシップも大事だと思うんだけどな、お姉ちゃん」
「無理強いはやめなさいって言ってるの……すみません、応孥さん」
桜子の言葉に渋々ながら桜子は応孥から離れる。
学生の頃より人付き合いは苦手でこそなかったが機械と向き合っていた時間のほうが多い応孥にとってこういった距離感の人物と接するのは初めてだった。
紅芭から謝罪に応孥はいまだ頬を紅潮させたまま否定とも肯定ともとれる曖昧な笑みで答える。
彼女の奇行によって空気がほぐれたのかその後は先程の話題に触れないようにしながらも和やかな雰囲気が続くことになるのだった───
「はぁ……やっちゃったなぁ……」
あれから数時間、日が落ちてきたこともあり道路の脇に車を止め野宿することなった。
応孥ともう1人の職員がテントの設営を担ってくれたため、紅芭と桜子が食事の用意をすることなった。
といってもレトルト食品と保存の効くパンという簡素な食事ではあるが。
その支度でお湯を沸かす中、紅芭は先程の失言を悔い続けていた。
「もーお姉ちゃん。本人を気にしてないって言ってたんだから」
「それはそうだけど……はぁ」
「……まぁ、気持ちはわかるけどね。あれは……」
慰めるように話しかけてきた桜子、しかし、彼女は彼女で先程の応孥に思うことがあったのか少し離れた場所で作業する彼を見つめていた。
件の応孥は何事もなかったかのように慣れない手つきでスーツの袖をめくり、汗を拭いながら寝床の支度を続けている。
「? あれはって? なんのこと?」
「ん、んー……なんでもない! 気の所為!」
「何よそれ……ほら、パンも焼くから早く切って持ってきて」
「はーい。あ、私がさっき買ったお菓子も焼こうよ! あれも温かいほうが美味しいよきっと!」
桜子の提案で品数が増えることに紅芭が文句を付けながらも結局は全て並んだ食卓。
それぞれの支度を終え、食事と片付けまで済ませると日は完全に落ちきり、月光と星の光のみが周囲を照らしていた。
その後は特にないするわけでもなく翌日も長時間の車移動であり、朝早くから出るためそれぞれテントと車内へと入り就寝することとなる。
「……ダメだ、寝れないや」
だが、慣れない気候、環境のせいか応孥は寝付けずにいた。
飛行機の後すぐに車に揺られ数時間、暑さも相まって疲労はたしかに溜まっているはずだったがそれでも目が冴えてしまう。
「……少し散歩するか」
隣で眠る職員を起こさないよう静かにテントから外に出る。
先ほどと変わらずなにもない平野。
我々が乗ってきた車とテント以外世界から消え失せてしまったのかと思う夜闇に応孥は心を奪われる。
「これは……すごいな」
フッと天を仰げばそこに広がるのは満天の星空。
空気が澄んでいるためか、標高が高くなってきているが故かそれは分からないが都会に暮らす応孥にとって初めての景色だった。
夜空を眺めたまま、大地に腰を降ろし、そのまま背を預ける。
決して寝心地は良くはない、硬くゴツゴツした地面はずっと転がっていれば背中を痛めるかもしれない。
それでもその不快さよりも空の雄大さに心を奪われ続けていた。
「……あの星の先に父さんと母さんはいるのかな」
すでに気持ちに区切りは付いている、そこに嘘はない。
それでも───もっと早くLOTのことを知っていれば2人はまだ生きていたのだろうか、そう思う気持ちは心の片隅にこびりつき続けていた。
その思いを叶えるために───叶うはずもないのに───天へ向かって手を伸ばす。
「いくらなんでもお星さまには届かないと思うよ?」
「うわっ!? 桜子さん? ビックリした……」
「ごめんごめん、外出るの見えたから」
天を仰ぐ応孥の眼前が首を傾げる桜子の顔と薄桃色の髪が満天の星空を覆い尽くした。
突然のことにビクリと体を震わせ驚く応孥を見るとニコリと笑顔を見せ、応孥の横に腰掛ける。
「すごい綺麗だよね、私も最初見た時に吸い込まれるかと思った」
「吸い込まれる……確かに、ここまでの星空だとそうなりますね」
「うん! あ、でももう見納めかもしれないからしっかり焼き付けとかないと! オードがきてくれたおかげできっとあの司祭様もOK出してくれる……はず!」
「僕というよりもレリックライザーですけどね……まぁでも初めての出張がこれなのは悪くなかったです」
体を起こした応孥はコロコロと表情の変わる桜子を見ていると応孥の表情も自然と綻んでいた。
その後も星空の下、2人は他愛の無い会話が続く。
知り合って1日と経ってない時間しか経過していないが2人の会話は弾み続ける。
時の流れを忘れ、星の動きを追いながら。
「はぁ~……いっぱい話したね」
「本当に……桜子さんと話してると自然と口が動きますね」
「その割にはまだ言葉が硬い気がするなぁ~。このこのぉ~」
肘をチョンチョンと腕に当てられ、「それはぁ……仕事ですから」とごまかすように目を逸らす。
その仕草を見て、茶化すように桜子は言葉を続ける。
「本音は~?」
「いやぁ……
「よろしい……うん、そういうことかぁ。納得」
「? 何がですか?」
1人なにかに納得した桜子は「なんでもなーい」と勢いよく立ち上がり、車へと向かっていく。
「こっちにだけ本音を話させて……」
「ふふーん、女は秘密がある方が魅力的ってお姉ちゃんが言ってたしね。まぁでも1つ明かすなら~」
「明かすなら?」
「家族のことを話すあなたが1人にしちゃいけないなって思ったから抱きしめたの。それだけ」
「……なる、ほど。お礼言うべきかな?」
「必要ないよ~おやすみ~」
当然のことをしただけ、そうとでも言いたげに変わらぬ調子でニコリと笑顔を見せると手を振って足早に車へと戻っていってしまう。
それを見送り、1人残された応孥は再度、天を仰いだ。
空には先程と変わらぬ星空が広がっている……だが、静かになった今、その空はひどく寂しい世界に映ってしまう。
きっとこの世界の先には両親はいないだろう……彼らはもっと温かい世界で安心していてほしい、そう願わずにはいられない。
「……無茶せずに僕は僕にできることをやるよ」
誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと呟いた応孥はこみ上げていた欠伸に従ってテントの中へと戻っていくのだった。
******
「ふぅむ……申し訳ない。勘違いをさせていたようだ。ですが、結果、良いことが起きました」
しわがれた、それでいて威厳を感じる声が室内に響き渡る。
法衣に身を包んだ高齢の男性───ヴァジュラの欠片を祀る寺院、そこを護る村に暮らす
「
「……えっ?」
───自分はただの裏方で矢面に立つことはない、そう思っていた、そうであると決めつけていた。
だが、運命かあるいは神の悪戯か。
ステージの上でスポットライトが当てられたかのように世界は彼を表舞台に引き揚げる───