仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ   作:teru@T

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 暗き闇の中、人1人いない山の中腹。
 ザリ、ザリと岩肌を踏みしめ身体を揺すりながら歩く人型の何か。
 前傾姿勢でダランと伸ばした手の先には皮を裂き肉を抉るための鋭利な爪、筋肉質な黒い体躯で岩をつかめばミシリと音を立てヒビが入る。
 凶悪な牙が並ぶ口の端からはボタボタとよだれを垂らした双眸は虚ろに何かを探し求める。
 1つ大岩を乗り越えた先に広がる景色をギラギラと輝く赤い瞳が覗き込めばそこに映り込む人の営みを示す明かり。
 餌を見つけた怪物はそちらへ向けてのそりのそりと近づいていく───





額縁の回顧録Ⅱ『近朱必赤』

 

 

 夜明けとともに車に揺られること十数時間、応孥たちが村へたどり着いた時にはすでに日が暮れていた。

 標高は3000mに届く過酷な環境、土やレンガを硬めて作られたであろう家屋と畑、家畜が眠っているのみの簡素な村。

 温かな火の明かりが漏れる家屋の間を静かに抜けた先に今回の目的地が存在していた。

 

「これは……すごいですね」

 

 そこは岩壁に沿うように建築されていた。

 手作業で長い年月をかけ作り込まれたであろう彫刻と建物からは威厳を感じさせる。

 特筆すべきは寺院の横にあるロープによって封鎖された洞窟。

 寺院の外壁と同じかそれ以上に精巧に彫り込まれた柱が護るその洞窟は自然の雄大さと人の技工その両方を感じることができた。

 

「こんな山奥にこんな場所が……」

「ごめんなさい、オードさん。着いて早々で悪いのですがこちらに」

 

 応孥が寺院に見惚れていると先を行く紅芭から声がかかる。

 前を見れば事前に時間を伝えていたのか入口では幾人かの僧たちが待機していた。

 それに気づくと応孥は駆け足でそちらへと近づき、紅芭と桜子の横で軽く会釈をする。

 

「(? なんか……すごい見られてる……?)」

 

 現地の言葉で僧たちとやり取りを行う紅芭。

 だが、話の内容以上に気になるもの、それは視線。

 僧たちは全員、前を向いているように見えて応孥へと視線を向けていた。

 話し合いが終わり、寺院の中へと案内された後もそこかしこから視線を感じる。

 監視するのではなくまるでそう()()()するかのように。

 

「……(今、気にしても仕方がないか)」

 

 それから意識をそらすためにも寺院の内部を観察する。

 村の民家とは異なり、この寺院には発電施設があるのか照明により中の様子を伺うことができた。

 外に負けず劣らず精巧な作りの建物を進むと1つの部屋へと通された。

 そこは応接室。中央のソファには威厳のある老人が腰を掛け、その後ろに立って僧たちが控えている。

 隠すことのない僧たちの視線が応孥へと向けられ、思わず半歩後ずさる。

 

「ご苦労さまです。我々の物資まで買ってきていただき助かりました」

「これくらいは遠慮しないでください。オードさん、こちらこの寺院を束ねている司祭さん。失礼のないようにお願いします」

「あ……えーと、はじめまして。篠原、じゃなくオード・シノハラといいます」

 

 カースト制の根付くインドにおいて司祭とは王族をも超え、カーストのトップとなる職種だ。

 現在は国際化に伴い、都会では職の自由や立場などカーストに縛られることのない場面も増えたがこの様な隔絶された村では今だその制度の強制力を持っているのだろう。

 司祭は緊張しながら会釈する応孥をじっと見つめ、「お座りください」としわがれているが威厳を感じる穏やかな声で対面へと座るよう促した。

 応孥は周囲の様子を伺いながらソファに腰を下ろすと紅芭たちはその後ろに立つ。

 あくまでも今回の主賓は応孥ということのようだ。

 

「失礼します……」

「……あなたが」

「あ、はい……『ヴァジュラを受け入れるモノ』をお持ちしました。こちらです」

 

 声をかけられるとともに机の上で持ってきたジュラルミンケースを開封する。

 そこに収められていたのは腰に巻くベルトと1丁の銃のようなモノ。そして2本の弾丸状の機械だった。

 それこそ、戯我と戦うためLOTが生みだした封魔礼装を身に纏うための武装、レリックライザーと戯我やエレメント力を封入したモンストリキッドだった。

 レリックライザーは本来のものよりも一部機構がむき出しになり、2本のコードが外へと伸びている。

 

「えっと、これは説明しても問題ない……んですよね?」

 

 喋りだそうとするよりも前に一度振り返り、桜子に確認を取るとコクリと頷きで返されたためレリックライザーのこと、そしてモンストリキッドのことを話し始める。

 

「こちらのレリックライザーを台座にセットしてモンストリキッドを装填することで封魔礼装……つまりは鎧としてヴァジュラの力を纏わせて使用させてもらいます。後は恐らく一部を別の武器の形にも……そちらはまだお見せできるような状態じゃないですが……」

「……ふむ」

「あ、それと今回は実際に起動したところを見せたほうが良いだろうと現状でもヴァジュラを繋げば起動できるようになってます……細かい調整はしてないので封魔礼装として纏うのは危険ですが」

「……なるほど」

 

 周囲からの視線を無視しながら喋り続ける応孥。

 だが、周囲の僧たちや目の前の司祭の雰囲気が明らかにおかしいことに気がつく。

 説明に対し、興味がないのであれば分からなくはない……だが、これは恐らく、困惑している。その様な空気。

 流石の紅芭たちもその空気は感じ取ったのか背後で何かを耳打ちあっていた。

 

「あ……えっと……すみません、何か分からないこととかあった……でしょうか?」

「……いえ、そういうわけではありません。ですが」

 

 応孥の疑問に答えるとともに司祭は応孥の言葉が途切れたのを待っていた、あるいは観察が終わったのか言葉を紡ぐ。

 

「ふぅむ……申し訳ない。勘違いをさせていたようだ」

 

 威厳ある司祭の声が室内に響く。

 

「ですが、結果、良いことが起きました」

 

 司祭の細い手が応孥へと伸び、機械を持つその手を弱々しく握りしめる。

 

貴方(応孥)が受け継ぐというのであれば……ヴァジュラの欠片をお渡ししましょう」

「……えっ?」

 

 司祭の言葉を応孥は飲み込みきれなかった。

 自分が受け継ぐ? それはつまり……。

 

「あ、あの、どういうことなんでしょうか? 何か行き違いもあったようなのですが……」

「えぇ、私の言い方が悪かったようだ。私はヴァジュラを()()()()ではなく、()()()()()()()()()()を見せてほしかったのです」

「つまり……このレリックライザーを持つ人を、ということですか?」

「ここに収めるのであればそうなります」

 

 司祭の声に桜子やともにいるLOT職員もにわかにざわつき出す。

 

「えっと司祭様。さっきの言葉を考えると……応孥がレリックライザーを使って戦う封魔司書になるならヴァジュラを渡してくれるってこと……でいいのかな?」

「はい、そのとおりです」

「……!?」

 

 予想外の話の運びに驚愕する応孥。

 その様な話は打ち合わせのときには無かった。

 

「ヴァジュラは神の操り恐ろしき兵器───貴方たちの話を聞き、貴方たちが持つにべきだとはわかりました。ですが、同時に只人に渡せばその身を滅ぼす事となるでしょう」

「あ、あの……そういうことなら僕はすごく只人なんですが……」

「今の現状だけではありません……貴方がインドラ神の武具を受け継ぐに相応しい……魂の形とでも申しましょうか」

「魂の形……?」

「ははは、抽象的な話ですから気になさらず……大まかに言えば私が貴方を気に入ったとお思いください」

 

 ニコリと穏やかな、それでいて威圧的な笑みを浮かべる司祭。

 それに対する応孥は動揺を隠せない。

 

「それで……どうなさいますか?」

「あ、あのそれは……」

 

 助け舟を求め、チラリと後ろを振り返れば紅芭たちもまさかの事態に戸惑い、応孥の答えを待っている状態だった。

 助けは無い、だが司祭は答えを求めてくる……応孥の出した決断は───

 

「……少し考えさせてください」

 

 時間の引き伸ばしだった。

 

 

******

 

 

「……どうしたもんだろうか」

 

 あの後、夜が遅いことも相まってお開きとなり、食事を摂った後に割り当てられた部屋で応孥は何をするわけでもなく天井を眺めていた。

 部屋に入ればずっと感じていた視線は消えた……今となってはあの意味も理解できる。

 

「そりゃあ……崇めてたものをどこの馬の骨とも分からない奴に渡すのは抵抗があるよね」

 

 自嘲気味に呟くと椅子から立ち上がり、部屋を出ようと扉に手をかける。

 そこでフッと思い出したように振り返るとそこには持ち込んだジュラルミンケース、不要だったモノ(レリックドライバー)が置かれている。

 

「信用してないわけじゃないけど……まぁ、持っていくのが無難か」

 

 誰かが破壊したり隠すような幼稚なことをされるとは思わない。

 それでも今は持っていたい。あくまで自分はこれを持ってきただけのおまけなのだと思い込みたいだけなのかもしれない。

 廊下はの電気はすでに落とされていたが差し込む月明かりを頼りに外へと出る。

 村の方へではなく、寺院の隣にあった洞窟の方へと歩いてゆく。

 

「この先にヴァジュラが……」

 

 その洞窟は翌日中へと訪れることになっていた。

 代々受け継いできた神器、ヴァジュラの欠片を安置した神殿。

 天然の洞窟を使用し、最奥には掘り出した祭壇があるとのことだ。

 中に入ることはなく、外からただ眺める。なにか理由があったわけではない、心がざわつき落ち着かないのだ。

 

「オード、なにやってるの?」

「桜子さん。いえ、ちょっと落ち着かないので散歩ですよ」

「そうだったんだ、出てくのが見えたから。隣、行くね」

 

 答えを待たず、弱々しく笑う応孥の元へと桜子がやってくる。

 言葉を選んでいるのか僅かな時間の沈黙の後に桜子が話題を切り出した。

 

「やっぱり、悩んでる?」

「えぇ……まぁ、こんなことになるとは思ってませんでしたから」

「そうだよねぇ、私たちもビックリ。こんなつもりでオードを連れてきたわけじゃないのに」

「分かってますよ……あの、もしも僕が断ったらどうするつもりなんですか?」

 

 戸惑いながら応孥が話を切り出す。

 それに対し桜子の表情が初めて曇る。

 言葉を選び、何を伝えるべきか悩んだ末に応孥の顔を改めて見つめて口を開く。

 

「さっき全体で話し合ったの。応孥が断った時も一度帰ることになった」

「そう、ですか……」

「あ、でも今回の遠征が無駄足になるとかそういうことはないから安心してね? ほら、候補者募ってもう1回来ますって司祭さんに伝えるだけだし……向こうがそれを受け入れてくれればだけど……」

「……嘘でもやりますって言った方が全員の納得行く形になりそうですね」

「それはダメ! ……ダメだよ。ごめん、こんなこと言ったらそういう結論になっちゃうと思ったから言おうか迷ったの」

 

 目を逸らし口にした応孥の結論、だがそれは桜子が被せ気味に否定する。

 弾けるような笑顔を見せ続けていた彼女の見せる必死なそして後悔を秘めた表情(かお)

 それを引き出してしまったことに応孥は罪悪感を覚える。

 

「いえ、僕の方こそ軽率でした……なんだか現実感がなくて思考がまとまらないんです」

「うん……やっぱりさ、嘘でも持って帰らせようって意見も出たよ? それでもさ、オードはきっとそういうの嫌いかなって」

「えぇ……あちらとしても大切なものを渡すのにこちらが嘘ついて受け取るのは誠実でないと思うので」

「ふふ、そういうところが選ばれた理由だったりしてね」

「どうなんでしょうか、そこまで見抜かれてたらすごいですが」

 

 会話を続けていくと2人の表情が明るくなっていく。

 その後も寺院と星空が見守る中、2人の会話は繋がっていく。応孥の抱えていた思いを少しずつ聞き出しながら。

 

「世の中には封魔司書になるために訓練してる人もいることは僕も知ってます……だから、僕みたいに戦うことを諦めた人間がそれを手にして良いのかわからないんです」

「諦めたの?」

「……両親が戯我に殺されたと知って憎んでいないとは嘘になります。それでも……僕には覚悟が無いんですよ」

 

 弱々しい笑みを桜子へと向ける。

 情けのない宣言、それでも桜子はそれをけなすことなく、応孥へと肩を寄せる。

 抱きつくわけではなく、ただ近づくだけ。それでもその仕草に応孥はドキリと胸が高鳴る。

 

「そんなものだよ。みんな」

「……すみません。弱音吐いて。未練があるから悩んでたんです……でも、やっぱり、無理かもですね」

「そっか……うん、オードがそう決めたなら仕方ない! みんな分かってくれるよきっと」

 

 私も良いわけ手伝うしと再び桜子の顔ににこやかな笑みが戻ると応孥の顔にも笑顔が浮かぶ。

 その笑顔を照らすかのように寺院の方から輝散が向けられる。

 見るとそこにはこちらへと小走りで駆けてくる紅芭の姿があった。

 

「2人共、こんなところにいたの……1度戻ってきて、話し合わなきゃいけないことができたの」

「何かあったんですか?」

「支部へ現状報告した時に言われたの。山向で討伐中だった戯我の1匹がこちらの方角へ逃げたって」

「戯我が!? それは大変!」

「えぇ……距離はかなりあるから問題はないとは思うわ……それでも情報の共有と交代で見張りを立てたいから一度集まって。オードさんも申し訳ないけど手伝ってね」

「当然です。戻りましょう」

 

 3人が寺院へ戻ろうと歩み始めたその時、岩壁の上から()()が落下し、砂埃が起こる。

 落石かと思われたそれを警戒し3人が足を止める、それを見計らっていたかのように砂埃を突き抜け何かが3人へ向けて疾走、その凶腕が伸びる。

 

「くぁっ!?」

「ッ!? お姉ちゃん!?」

 

 紅芭の苦悶の声が響くと同時に彼女の身体が宙を浮き、持っていた懐中電灯が地に落ちたことでそれの姿が露となる。

 それは鬼、筋肉質な黒い体躯と鋭利な爪牙、そして長い尾を持った鬼の怪物───後に判明するその名はラクシャーサ・ギガ。

 力を込めればへし折れてしまいそうな桜子の細首を器用に握りしめたラクシャーサはニタリと笑みを浮かべる。

 

「女の人間(エサ)が2つと男の人間(エサ)が1つ……足らぬがまずはこれで良い」

 

 ギョロリと3人を見回した後に逃れようと苦しみもがく紅芭へと赤い双眸を向け、ガパリと大きく口を開く。

 戯我は人の色を食す───あれはそのための動作、やがて紅芭の身体は糸のように解けその口の中に……。

 

「彼女を……離せぇ!!」

「ゴアッ!?」

「きゃっ……!」

 

 だが、それよりも早く応孥は動いていた。

 油断しきっていたラクシャーサの死角へと回り込んだ応孥がジュラルミンケースを振り回す。

 横向きに振られたケースはラクシャーサの横顔を捉えると顔へとめり込み、予想外の衝撃に掴んだ紅芭を振り回し、投げ飛ばす。

 結果的に紅芭はラクシャーサの魔の手から逃れることができた……だが、投げられた紅芭は運悪く岩壁へと叩きつけられ、力なくずるり倒れてしまう。

 

「紅芭さん!? っ、血が……!」

「オード、とにかくお姉ちゃん背負って! 逃げよう! 着いてきて!」

「っ……了解です!」

 

 悶えるラクシャーサを尻目に投げられた紅芭へと応孥と桜子が駆け寄る。

 紅芭は意識を失い、頭部から流れ出した血が顔に赤い線を描いていた。

 桜子から激を飛ばされ、動揺しながらも応孥は紅芭をおぶり立ち上がる。

 

「でも逃げるってどこに!」

「こっち! 着いてきて!」

 

 紅芭が取り落としていた懐中電灯を拾い上げていた桜子は道を照らし、応孥へと道を示しながら先導する。

 なんとか桜子へと付いて行くがズシリとのしかかる人1人分の重さは応孥の歩みを遅らせる。

 

「ぐぅ……人間(エサ)風情が……!」

 

 不意打ちから立ち直ったラクシャーサが頭を振ってから周囲を見回せば懐中電灯の明かりに照らされた3人が洞窟へと入っていく姿がそこにはあった。

 それを目にするとニタリと凶悪な笑みを浮かべラクシャーサはそちらへとゆっくり歩んでいく。

 

「くかか、待っていろ。まずは男からだ、なぶり痛めつけ女の前で男を喰らい、絶望の中の女どもを食らってやる」

 

 背後の寺院や村には目もくれず、3人を追って装飾の施された洞窟へと入る。

 奥へと進む懐中電灯の光を目に映しながら洞窟の壁へと手をかける。

 装飾など目もくれず、無造作に爪を食い込ませると岩の壁がミシミシと音を立てヒビが入る。

 やがて、限界が来た壁は人の手により彫り込まれた装飾が無情にも砕け、崩れて入口を塞ぐ瓦礫へと変貌する。

 

「これでよし……くくく、自ら逃げ場を無くすとはなんとも利口な人間(エサ)だろうか」

 

 あの3匹を食し、腹の足しとすることは確定的だ。

 慢心ではなく余裕を持ったラクシャーサは悠然と洞窟の奥へと歩みを進める。

 

 

******

 

 

 もしも余裕を持って訪れていればこの景色にも圧巻をされていたのだろうと頭の片隅で応孥は思考する。

 本来ならば炎を灯した篝火台が中を照らしているのだろうが今は先導する桜子の懐中電灯の光のみが照らす洞窟。

 そこには内壁に至るまでに何らかの文字と模様が彫り込まれた道が奥へ奥へと続いていた。

 

「さく、らこさん……ご、ごめんなさい、1回休ませて、ぜぇはぁ……」

 

 だが、今の応孥に眺めている余裕はない。

 息を切らせ、今にもフラフラと倒れそうになりながら可能な限りの速度で桜子へと追従する。

 その応孥の声に答えるように足を止めた桜子は応孥の元へと引き返し、紅芭を支えて応孥の負担を減らす。

 

「ごめん! でも、ここで一旦休もう……休んで対策を考えないとあとがないから」

「それってどういう……あぁ……」

 

 桜子に補助されて紅芭を降ろし、応孥は膝に手を付き肩で息をする。

 彼女の言葉に疑問を持ち周囲を見回せば自ずとその答えにたどり着く。

 立ち止まった場所は祈りの場。壁に彫られた祭壇へと向かい、祈りを捧げるための場所。そこから先の道は存在していなかった。

 

「そういう、ことか……」

「……お姉ちゃんは多分大丈夫……頭だから検査しないとわかんないけど、傷は深くないよ」

 

 降ろされた紅芭は桜子が応急の手当を行う。幸いなことに呼吸はしており、頭故に出血が多いだけで傷は深くないようであった。

 自身の裾を破り、包帯代わりに頭にきつく巻き付け止血する。

 すると地鳴りとともに洞窟の入口からガラガラ崩れる音が響き渡る、ラクシャーサが洞窟を崩落させたのだ。

 

「っ、閉じ込めてきた……そこまでやるなんて……! でも、良かった、町の方に行かなくて」

「!! そう、ですね……」

 

 なぜ行き止まりと分かっていた洞窟に逃げ込んだのか、その際に()()()懐中電灯を消さなかったのかその理由を応孥は察する。

 全て、ほかへと被害を出さないためだ。もしもラクシャーサが村へと向かっていれば人的被害は免れなかっただろう。

 それならば後はここを出るだけ……他に道はないかとグルリと周囲を見回し、祭壇が応孥の目に留まる。

 

「ごめん、オード……なんとか私が隙を作るからその間に逃げてもらおうと思ったんだけど……」

「いえ……それよりももっと確実……かはわかりませんが。方法があります」

「えっ……?」

 

 紅芭を介抱する桜子は応孥の言葉に首を傾げながら顔をあげる。

 おもむろに祭壇へと近づいた応孥はそこに安置されていたモノへと手を伸ばした。

 それは欠片、刃のようなともすれば牙にもにた平たい欠片。

 初めて見るものだがそれがなにか疑う余地も無い。

 

「これが……ヴァジュラの欠片」

「どうする気なの、オード……」

「……今のレリックライザーは遺物の欠片さえ接続すれば起動できるようにしてあります。それを利用して……僕が」

「っ、できるの? 本当に……」

「……調整はしてませんし、起動以上のことをすることを想定してませんから最悪はエネルギーが暴走して自滅するかもしれません」

 

 失敗を匂わせながらジュラルミンケースを開いた応孥は中に収められたベルトを腰へと巻き付け、レリックライザーから伸びるコードにヴァジュラを巻き付けつなげていく。

 そうしている間にもズシリ、ズシリと岩を踏みしめラクシャーサの迫ってくる音が響いている。

 

「それでも……僕がこれを受け入れて可能性があるのならば……!」

 

 接続を終え、無理矢理巻きつけるように固定するとレリックライザーをベルトへとセットする。

 

《レリックドライバー!》

 

 音声が響き、ドライバーが起動する。

 それと同時にラクシャーサが広間へと姿を表した。

 

「なんだぁ? 人間(エサ)風情がなんのつもりだ?」

「後は……リキッドを……」

 

《マグマ!》

《サラメーヤ!》

 

 ペルシアンレッドとレッドディッシュブラウン、2色のモンストリキッドを起動しドライバーへとセットする。

 エネルギーが駆け巡ると従来と事なり、バチバチと赤いスパークが各所であがる。

 それでも応孥は止まらずにハンドルを引っ張った。

 

 《Loading Color(ローディング・カラー)! GRADATION(グラデーション)!》

 

 モンストリキッドが明滅する。

 後はトリガーを弾くだけ、ラクシャーサへと向かい合うと応孥はトリガーへと指をかける。

 ───だが、その先へと、トリガーを弾くことはできなかった。

 

「どうした。なにかするんじゃないのか?」

「っ……やって、やってやる、やるしか無いんだ……僕が、護らないと僕しかできないんだから……」

 

 奮い立たせるように言葉を発せど身体は動かない。

 拍子抜けだとでも言うかのようにラクシャーサは応孥へと近づき、ブツブツと言葉を発し続ける応孥を肩口から袈裟斬りに爪で切り裂いた。

 

「ッ!? が、あああああ!!」

「笑止! そんな無防備で何を護るっていうんだぁ?」

「ぐ、ううう……」

 

 痛みに顔を歪める、瞳から涙があふれる、それでも膝はつかない、その場を動かない。

 それでも2つの気持ちがぶつかり合い、応孥の身体は動かない。動けない。

 このままではラクシャーサになぶられる……そんな中、応孥の背を引く手が1つ。

 

「怖いんだよね。多くの人の命を背負う事が」

 

 桜子の声だ、背後を振り返る余裕はないためどのような表情かは分からないが震える声が言葉を紡いでいる。

 

「オードのことだからここでそれを使ったら戦うことを選ぶんだよね?」

 

 その通りだ。

 

「戦うことになったら守るものはどんどん増える……戦いを知らない人も戦えない人も守らなくちゃいけなくなるから」

 

 図星だ。

 全てを守らなければならない、だがそんなことができるのか? さきほど桜子1人救えなかった自分が。

 それこそが応孥の苦悩、戦うことへの悩み。

 戦いを知らないが故の、正義感しか無いが故の傲慢とも言えるその思いが応孥の動きを鈍らせる。

 

「だから……私が背負うよ」

 

 応孥が目を見開く。

 代わりに背負う? つまりそれはドライバーを使うということなのか? それは……ダメだ、彼女を戦わせられない、口を開こうとするより早く彼女が言葉を続けた。

 

「あなたの役割を奪うわけじゃないわ。それ(ドライバー)は渡してくれないんでしょう? だから、あなたが背負えないものを私が背負う」

 

 見透かされたような震える言葉に震えが少しずつ収まっていく。

 桜子の言葉が体に溶けて循環するように。

 

「代わりに私の命をあなたに預ける。何人もは無理でも1人くらいなら背負えるでしょう?」

 

 応孥の震えは気がつけば止まっていた。

 先ほど、紅芭を怪我をさせた彼は本当に背負えるのか迷いはあった。

 それでも、あぁそれでも───

 

「───彼女(桜子)だけは守ってみせる」

「遺言はそれでいいか? なら……死ね」

 

 あえて待っていたラクシャーサの爪が再度振り下ろされる。

 迷いは消えていない、それでも今、震えはない。

 命を紡ぐために、守るために、応孥の指が重く、とても重い運命(トリガー)を弾いた。

 

BRUSH-UP(ブラッシュ・アップ)!》

 

 防御のために腕をクロスし振り上げる。

 爪が腕へと食い込むその前に出現した五芒星が応孥の身体を包み込み、爪がぶつかるとガギンという金属音を響かせた。

 驚愕するラクシャーサの腹を振り上げた脚が突き刺さり、吹き飛ばされる。

 

《噴き上がる紅熱の番人! マグマサラメーヤ!》

『バォオオオーン! グォオオオーン!』

 

 そこにいたのは異なる2色の赤に包まれた犬に似たマスクをかぶる戦士。

 不完全なためか全身の各所でバチバチとスパークを上げ、その動きはぎこちない、それでも戦士は動き出す。

 

「何だお前……っ、思い出したぞ。その武器は……貴様、礼装使い……!」

「まだ使いこなしてなんか、いない……よ!」

 

 雑に振るわれた拳がラクシャーサを後退させる。

 威力は確かにある……だが、うめきを上げたのは拳を振るった応孥の方だった。

 不完全故に一挙一動に負荷がかかり、応孥の身体を痛めつける、それでも応孥は止まらない。

 

「ぐが……まだ、まだだ……!」

「クソ……礼装使いがいるならさきに村からだ!」

「っ、ま、てぇ……!」

 

 腹をすかせた今、戦うのは難しい、そう判断したラクシャーサがヴァジュラへと背を向け崩落された入口へと駆ける。

 戯我の力ならば入口の瓦礫をどかすなど造作もないことだろう。

 だからこそ、応孥はドライバーへと手をかける。

 

「桜子さん……少し、避けていて……! 必殺技の反動がどうなるかわからない、からァ!」

「応孥……! ……分かった、頑張って!」

 

 無理をしないで、その言葉を飲み込んで壁際へと移動する。

 軋む全身を無理矢理動かし、駆け出すと同時にグリップを引き、必殺技を起動する。

 

Reloading Color(リローディング・カラー)! Last Calling(ラスト・コーリング)!》

「ぐあああああああああっ!? これでぇ……!」

 

 全身にエネルギーが回る。過剰なエネルギーに不完全な礼装が限界を迎えようとしているのか中の人間を苦しめる。

 本来ならば獣のように鳴く排熱音は今、慟哭のように高い音を響き渡らせ、開いた装甲の隙間から血霧の様に蒸気が噴き出す。

 無理をしないのは無理だ、なぜならすでにしているのだから……限界の応孥がトリガーを弾き、同時に肩から吹き出すマグマがその身を押し出した。

 

「おわ、れぇ……!」

 

《マグマサラメーヤ・クロマティックストライク!》

 

 洞窟内を赤い光が満たし、ラクシャーサの背後から入口へと照らしてゆく。

 撃ち出された火山弾の様にまっすぐに足を伸ばし飛ばされる応孥がラクシャーサを捉え、そしてそのまま瓦礫へと激突する。

 

「俺が人間(エサ)ごときにばかな……馬鹿なああああ!!」

 

 ───断末魔とともにラクシャーサが弾け、色を残し消滅。

 それでも止まらぬ戦士の一撃は瓦礫を貫き、塞がれていた洞窟を開通させるにいたった。

 外を見れば騒ぎを聞きつけた僧たちが、LOTの職員たちが村人たちがそこにはいた。

 すでに戯我の姿は消え、危険はない。

 

「(あぁ……流石、桜子さんだ……本当に、みんな、無事で……)」

 

 途端、全身から力が抜ける。

 腰のあたり、ベルトから爆ぜる音が聞こえた気がした。きっと限界が来たのだろう。

 鎧が消えると共に応孥の意識は闇へと落ちてゆく。

 完全に意識が消える寸前、誰かの声が応孥の耳へと届く、視界の端に桜色が揺れていた。

 

 

******

 

 

「……ここ、は……」

 

 全身に感じる倦怠感と共に応孥が目を醒ます。

 視界に映ったのは見慣れぬ白い天井と自身へと伸びる何かの管。

 

「……多分、天国か地獄じゃないはず」

「察しが良いね。病院だよ、デリーのね」

 

 横から聞き覚えのない男の声が聞こえてきた、言語はイタリア語。

 軋む身体を動かし横を向けばそこには柔和な雰囲気を漂わせる長い銀髪と緑の瞳の男。

 

「はじめまして、オード・シノハラ。僕はアルジェント。今回、ヴァジュラの欠片の回収を担当した紅芭たちの上司だよ」

「……そうだ、桜子さんは、紅芭さんはどうなりましたか!? い、いつつ……」

「心配いらないよ、あの騒動で一番の重症は君だから。なにせ、4日も寝てたんだから」

 

 紅芭の名前を聞き、興奮したように起き上がろうとするが身体の痛みがそれを許さない。

 そんな応孥に困ったような笑みを浮かべたアルジェントは手早く何処かへの連絡を済ませると再度応孥へと向き直る。

 

「2人には連絡したからすぐ来るよ」

「ありがとう、ございます……アルジェントさん」

「アルでいいよ。歳も近いし。その前に色々伝えておかなくちゃね」

 

 アルジェントが応孥へと伝えたのは今回の顛末だった。

 まず、あの村への被害だが神聖な洞窟を破壊され、怒るかと思っていたが司祭の鶴の一声によりそれもなく、それどころか事情を理解し感謝すらされた。

 それでも、可能な限りの補償を約束し、その上でヴァジュラの処遇を訪ねたところ「すでに渡るべき人の元へ渡りましたから」と結果的に全てがいい方向へと収まっていた。

 

「レリックドライバーだけど……こっちは作り直しだって本部に送り返されたよ。欠片と一緒にね」

「……なるほど」

「さてと……後は君の処遇だね」

「えぇ……」

 

 緊急事態であったとはいえ、無断でやって許されることの範囲は超えていただろう。

 腹を括り、応孥はアルジェントの言葉の続きを待った。

 

「まぁ、色々と意見は出たし、()()()()色々処罰があるとは思うんだけど……僕が全部突っぱねておいたよ」

「……へ? な、なんでですか?」

 

 きっぱりと笑顔で告げられた言葉に応孥は困惑する。

 アルジェントとは初対面だ、彼にそこまでしてもらう理由が思い浮かばない。

 

「だってそうだろう? 大切な従兄妹たちの命の恩人! それを守るためなら僕の首くらいかけるのは安いものさ。結果的に繋がってるしね」

「従兄妹……?」

「うん、私のフルネームはアルジェント・コルシーニ。紅芭と桜子の従兄妹さ」

「あぁ……なるほど。ありがとう、アル……この恩は忘れないよ」

 

 全てに納得がいく。いや、なぜそうなったのかは分からないが納得をするしか無い。

 結果的に救われた応孥は安堵の笑みを漏らした。

 

「気にしないでくれよ……ところで、1つ上に報告しないといけないことがってそれだけ確認していいかい?」

「……礼装使いになるかどうか、だよね?」

「その通り……司祭の希望は変わらずだ。元所有者がそういう以上、本部もそれは蔑ろにはしたくないみたいでね。後は君の意思次第」

「あぁ……それなら決まってるよ。……手にした以上、その責任は背負う、背負いたいんだ」

 

 悩む時間は無かった。すでに十分すぎるほどに悩んだ後だ。

 その回答に満足したのか、分かっていたのか「じゃあ、そう伝えておくよ」とアルジェントは穏やかな笑みを見せ立ち上がる。

 

「困った時はいつでも連絡してくれ、もう僕は友人になってるつもりだからね」

「ありがとう……困った時は連絡するよ」

「うん、よろしい。じゃ、後はよろしくやってくれ」

 

 アルジェントが部屋の扉を開け、外へと出ると同時に入れ替わりに2人の人物が部屋へと飛び込んできた。

 桜色と濡羽色の髪がふわりと応孥の前を舞う。

 桜子と紅芭だ。紅芭は病院着に身を包み、頭には未だ包帯が巻かれたままであった。

 

「オード! 無事!? 生きてる!? 生きてるね! 良かった」

「オードさん、良かった……本当に良かった……」

 

 応孥の顔を見てホッと安堵の吐息を漏らす桜子。

 それとは大将的に紅芭はぎゅっと応孥に抱きつき、その胸に顔を埋める。

 ぽたり、ポタリと胸元へと何かが垂れる感覚が伝わってくる。

 

「生きていてくれてよかった……助けてくれてありがとう、ありがとう……!」

「えっと……顔を上げ……いや、そのままで大丈夫です。救えて、良かった……」

 

 涙を流しているのならば落ち着くまではそのままでもいいだろう。人1人の重さが加わり、全身に痛みが走るがそれを歯を食いしばって耐える。

 フッと横を見れば強がっているのがバレたのか桜子がニヤニヤして見つめていた。

 

「ふふん、モテるねぇオード」

「い、いやそういうわけじゃ……無いですよね?」

「……秘密で」

「紅芭さん!?」

 

 顔を上げた紅芭が頬を染め、顔を背けたことで焦る応孥とそれが面白いのか紅芭と桜子は笑みをこぼす。

 笑われたことで拗ねるように目線をそらした応孥だったが、すぐに桜子へと目を向けると目があった。

 それを待っていたのか、偶然か桜子が労うような笑みを浮かべ、それに対して応孥も感謝するように笑顔を浮かべていた。

 






 ───この時はこの関係が永遠に続く、その考えも持っていた。
    そんなことはありえないと分かっていても今日の様にずっと笑い会えると……だが、運命はそれを許すことはなかった。
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