仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ   作:teru@T

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「ねぇ、桜子。本当に日本に行くの?」
「もちろん。オードと約束しちゃったからね」

 眼の前で珍しく書類仕事に勤しむ妹の声は弾んでいた。

「でも……良かったの? ミシアの遺跡調査もようやく枠が空いたのに……」
「何度も言ってるけど良くはないよ、すっごく惜しい! 昔からあそこの調査に加わるの希望してたし!」

 残念そうに呟いているがその表情は清々しいものだった。
 それほどまでに……彼女にとって彼との約束は優先すべきものなのだと一目で理解してしまう。

「それでもさぁ……やっぱりけしかけたのは私だから。それにオードのこと放っておけないの!」

 ───なんでこんなにも胸が締め付けられるのだろう。
 ニコリと笑いかけてくる妹に対して苦笑を浮かべる───ちゃんと浮かべられてるだろうか?
 インドでのやり取りの後、私を、私達を助けてくれたオード・シノハラは日本へと帰り、私達もイタリアの支部に戻った。
 名残惜しい気持ちを抑えて私は別れたのに……なんでこの子は……。

「お姉ちゃんと離れて暮らすのだけはちょっと不安だけどねー」
「……そう、それなら私も一緒に行こうかしら」

 私の言葉に妹が目を丸くする。
 当然だろう。
 彼女が日本に行くことを止めはすれど歓迎してなかった私がそんな事言うなんて思うわけもない。
 いくら命を救われたとはいえ、ハッキリ言って見ず知らずの相手だ。
 そんな彼のためだけに……そうずっと思っていた。
 でも、それなら私はなんでこんなにも胸が苦しいのだろう。
 なんで私はこんなにも真っすぐで自分の気持ちに素直な妹のことが───

「ほんとに!? ならアルにすぐ言わないとね! えへへ、一緒に来てくれてありがとう! お姉ちゃん!」

 ───妬ましいのだろう。








額縁の回顧録Ⅲ『青松落色』

 日が沈み、空が茜から黒へと移り始める刻。

 薄暗い森の中を歩む1人の少女。

 近場にある公園で遊んでいたはずの彼女は気がつけば森の中を彷徨っていた。

 遊んでいたボールが公園の横の森へと入り込み追いかけた覚えはある。だが、そこにこんな広大な場所ではなかった。

 まっすぐ進めど気がつけば大きな木の下へ……何度も同じ場所に帰ってきてしまう。

 

「どこ、ここどこなの……?」

 

 夜の闇に飲み込まれ、ペタリと座り込んだ少女。

 堪えた涙が溢れ出したその時、頭上がぼんやりと明るくなる。

 何事かと見上げれば木から垂れ下がる赤い木の実のような物が赤く、輝いていた。

 

「……?」

 

 不思議に思い、立ち上がって目を凝らす。

 それは真っ赤なリンゴの様な果実。

 されどそれは赤く光を放つ───誘蛾灯の様に。

 ぼんやりと眺めている少女の元へゆっくりと安らぎを与えるように明かりは近づき、少女の目の前へと降り立った。

 

「───美味そうな女だぁ」

「ひっ……!」

 

 その木の実は人の顔。

 人魂の様にぼんやりと輝きながらもその顔はニヤニヤと下卑た笑みを少女へと向けていた。

 それを見た少女は恐怖し、逃げ出そうと後ずさる。

 だが、輝きは目の前だけでなく横に背後に、ぼんやりと輝く人の顔がいくつも少女を見つめ、笑みを浮かべていた。

 

「美味そうだぁ」

「良い恐怖の色だぁ」

()()()した価値があったってもんだ」

「それじゃあ……いただきまぁす」

 

 ケタケタと笑い重なり合う声の中で怯える少女。

 それを前にした顔の口がパカリと開くと少女の身体から糸のようなものが口へと伸びていく。

 糸を巻き取るように糸が口へと吸い込まれていくと同時に少女の体から徐々に色を失い、透明に変貌していく。

 

「いや……なにこれ!」

 

 腕を振るおうともその糸は切れることなく、少女の身体はやがて消えてしまうだろう───そう思われたとき。

 暗い闇を払うように数筋のか細い閃光が空をかけ、木から垂れ下がる輝く顔撃ち抜いた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 驚く顔たちが閃光の出どころへと目を向けると薄桃色の髪をなびかせた女が走り込んできた。

 そのまま、木から垂れ下がる顔を払い除けながら少女を抱えあげると女は木の下を抜け出し、距離を取る。

 距離が離れたことで少女から失われていた色が戻り、少女の体が元へと戻った。

 

「も、戻った……?」

「良かった……大丈夫? 痛いところ無い?」

「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん!」

「いいのいいの! これが私の役目だしね!」

 

 弾けるような笑顔の女───桜子の顔を見て安堵と共に少女はポロポロと涙を流す。

 抱きつく少女をしっかりと支えながら桜子は頭を撫で安心させる。

 その2人へと向け、敵意を持った視線が向けられる。

 

「女ぁ、そいつを寄越せぇ」

「そいつぁ、俺のエサだぁ。せっかくここまでおびき出したってのによぉ」

「いや、だがお前も美味そうだなぁ。よぉし、一緒に食ってやろう!」

 

 いくつも木から垂れ下がる顔が口々に言葉を紡ぐ。

 それに合わせるかのようにそれを支える木が地鳴りを上げ、根を抜くと木の肉体を持つ人型へと変化する。

 少女を抱え、片手に小型の銃───S(サプリメン)トリガーを構えて桜子は相対する。

 

「ひひ、そんなチャチな武器で俺が倒せるのかぁ?」

「ふっふーん、勘違いしないでよね! 私は戦えないよ!」

「はぁ?」

「私の役目は助けることだから……!」

 

 ニマッと笑みを浮かべた桜子は構えたSトリガー明後日の方向へと投げる。

 何事かと木から垂れ下がる顔がその放物線を目で追っていくとSトリガーは森から歩み出てきた男の手へと収まった。

 短く切りそろえた黒髪の男───

 

「私のこと守ってよね! ()()!」

「分かってるよ、()()

 

 受けたっとSトリガーをホルスターへと仕舞い、代わりに黒い銃型の武装を取り出す。

 それは数年前、未完成のまま使用しラクシャーサ・ギガを調伏したレリックライザー。

 

「その武装……お前、礼装使いか!」

「まだまだ新人だけどね。お前は……釣瓶落としか」

 

 木に擬態していた戯我、ツルベオトシ・ギガは封魔礼装に怯むことなく構え戦いへと備える。

 対峙する応孥も2本のモンストリキッドを取り出し、臨戦態勢へと移行した。

 一体これから何が始まるのか、涙を擦りながら見つめる少女だったがその瞳の前に桜子の手が覆いかぶさる。

 

「あっ……」

「ごめんね、ここはあのお兄ちゃんに任せて行こっか。大丈夫。すぐに安全なところに連れて行くからね」

「う、うん……」

 

 目を手で覆われたまま抱えられた少女は桜子に連れられ、移動を始める。

 ───その後、少女は気がつくと親元へと戻り、助けてくれた女性の姿は姿を消していた。

 あの体験は夢だったのだろうか? そんな思いとともに平穏な日常が少女の恐怖を希釈していくことだろう。

 

 

******

 

「この店……かな?」

 

 無事にツルベオトシ・ギガを調伏した応孥は少女を無事に送り届けた桜子と合流するため近くの喫茶店を訪れていた。

 連絡を取り合った桜子がここを指定したためだ。

 すでに日が沈み、閉店時間も近づく店内には客は殆どおらず目的の人物はすぐに見つかった。

 

「あ、応孥ー。こっちこっち! お疲れ様!」

「桜子もお疲れ様。というか、なんで支部じゃなくてファミレス?」

「お腹すいたから」

「……とりあえずメールで報告だけしておこうか」

 

 ニコリと笑みを浮かべる桜子に対し応孥はため息をつきながら対面へと座る。

 それを待っていたかのように店員が桜子の注文したサンドイッチを運んできた。

 

「僕にはコーヒーをお願いします。とりあえず()()には連絡しておいたよ。早く戻って来いだってさ」

「むぅ……じゃあ、食べるの応孥も手伝ってね。はい、ノルマ」

「ノルマって……まぁ、食べるよ。ありがとう」

 

 応孥が分けられたサンドイッチと運ばれてきたコーヒーを口に運ぶ様子を桜子はニコニコ笑みを浮かべたままずっと見つめている。

 

「えっと、顔になにかついてる?」

「ん? ついてないよ? 怪我とかしてないか確認してただけ!」

「まぁ、あれから2年くらい経つからね……それに桜子が助けてくれるおかげで戦いやすいから」

「そ、そう? えへへ、助けになってるなら良かった!」

 

 応孥の言葉に桜子は顔を赤らめる。

 インドの事件の後、アルジェントの後押しもあって応孥は日本へと帰り正式に礼装使いとなった。

 経験の浅い応孥は普段の任務や訓練と並行してAウェポンの製造に自ら立ち会い手を加えたり、専用の武装を開発するなどしてその溝を埋める努力を続けていた。

 それを手助けする形でイタリア支部から桜子と紅芭が日本へとやってきて今日まで共に戦ってきたのだ。

 

「そうだ、思い出した! 応孥、この前お姉ちゃんとご飯行ったでしょ! 2人で!」

「行ったけど……桜子誘ったけど来られなかった時のだよね?」

「それ! 私も行きたかったのになんで日付変えてくれなかったの!」

 

 ハタッと思い出したように机を乗り出した桜子に対して応孥はきょとんとした表情で桜子を見つめる。

 

「なんでって……予約してあったから。それに今回は紅芭が行きたいって言ってたお店だったしね」

「それでもー! 私も行きたかった!」

「分かった分かった。また今度連れてくから……今度は桜子の予定に合わせるから」

 

 頬を膨らませ迫る桜子の圧に負けた応孥は笑みを浮かべて約束を取り付けさせられた。

 それに満足した桜子は「よろしい」とにっこり笑みを浮かべ残っていた最後のサンドイッチを口の中へ放り込む。

 

「ふぅ、ご馳走様!」

「はい、お粗末様。ほら、支部に戻ろうか。多分、紅芭が怒ってるよ」

「確かにね。まぁ、応孥も一緒に怒られてくれるし大丈夫大丈夫!」

「ははは……そうだね、僕も同罪だもんなぁ」

 

 支払いを済ませた2人はカフェを後にし夜の街を歩みゆく。

 この後、すぐに報告をしなかったことをしっかりと怒られるのだがそれでも2人の顔には幸福そうな笑みが絶えることはなかった。

 

 

******

 

 

 数日後。

 

「こんなもんかな……ふぅ」

 

 支部にあるトレーニングルームでトレーニングを終えた応孥は備え付けられたベンチに腰を掛け一息つく。

 その彼の顔の横にペットボトルが差し出された。

 

「お疲れ様。応孥」

「あ、ありがとう。紅芭」

 

 差し出したのは長い黒髪の女性、紅芭だった。

 応孥がペットボトルを受け取り中身を飲む横へと紅芭は腰掛けた。

 

「なにかありましたか? わざわざトレーニングルームに」

「応孥がトレーニングしてるのが見えたから来ただけよ。用がないと来ちゃいけない?」

「そんなことは。珍しいなと思っただけなので」

 

 上目遣いで見つめる紅芭対して応孥は笑顔で返す。

 紅芭は日本に来てから支部からの伝達やレーダーでの探知など現場に出て応孥の手助けをする桜子とは違う形で応孥を手助けしてきた。

 その仕事の都合、トレーニングルームへ訪れること自体が少ないのだ。

 

「そういえばこの前はディナーありがとうね。楽しかったわ」

「喜んでもらえたなら良かった。本場の味って触れ込みでしたけど満足してくれましたか?」

「えぇ、もちろん。また連れてって欲しいくらい」

 

 ニコリと笑みを浮かべる紅芭の顔に応孥も笑みを浮かべる。

 だが、次の一言を聞くと何かを思い出したようにバツの悪い顔を浮かべ、紅芭がそれに対して首を傾げた。

 

「近い内にまた誘うと思います……」

「あら? いいの? 私は嬉しいけれど」

「えぇ……この前、桜子が行けなかったこと根に持ってるので……」

「……そう。あの子、そういうのは昔から気にする子だから仕方ないわね」

 

 一瞬、目を伏せた紅芭だったがすぐに困ったような笑みを浮かべる。

 その直後、トレーニングルームのトビラが勢いよく開き、驚く2人の前に話題の桜子が駆け込んできた。

 

「あ、応孥見つけた!」

「桜子? 何かあったの?」

「なんにも? そろそろお昼だから一緒にどうかなって思っただけだよ? お姉ちゃんも一緒に食べよ!」

「もうそんな時間か……行こうか、紅芭」

 

 桜子に引き上げられた応孥が立ち上がるとそのまま紅芭へと手を伸ばす。

 紅芭はその手を取ろうと手を伸ばそうとするがすぐに首を横に振って手を引っ込めてしまった。

 

「あっ……ごめんなさい。急ぎでやらなきゃいけない仕事がまだ残ってるの」

「そうだったんだ……ごめん、引き止めちゃって」

「いいのよ。気にしないで」

「そういうことなら後でお昼買って持ってくね。リクエストとかある?」

「ありがとう、桜子。それならサンドイッチをお願い」

D`accordo(りょーかい)! それじゃあ、後でね!」

 

 笑顔を浮かべ、桜子に引かれていく応孥を紅芭は手を振って見送った。

 ここまで走ってきたためか乾いた喉を潤すために応孥の持っていた飲み物に口をつける桜子が廊下の角に消えたのを確認し大きなため息をつく。

 

「……何やってるのかしらね。私」

 

 自嘲気味に笑い、ふらりとベンチから力なく立ち上がり、トレーニングルームを後にする。

 目的地は自身が仕事するデスク。

 今のうちに仕事を()()()()()()()()()と締め付けられる胸の痛みを堪え2人とは違う場所へと向かっていった。

 

 

******

 

 

「はぁ……どうすればいいのかなぁ」

「珍しいね。何か悩んでるのかい? 桜子」

 

 外を眺めながら物憂げにため息を吐く桜子。

 それを見かけた応孥が後ろから声を掛けるとちらりとそちらへと目線を向ける。

 

「んー……秘密」

「これまた珍しいね……大丈夫?」

「大丈夫ーだけど今はちょっと1人で悩ませてー……はぁー」

 

 応孥から視線を外すと桜子はフラリと立ち上がり、応孥へと手を振ってどこか別の場所へと向かってしまった。

 応孥が首を傾げていると桜子と入れ替わる形で紅芭が部屋に入ってきた。

 

「どうかしたの? そんな不思議そうな顔をして」

「いや、桜子がなんか悩んでるみたいで……紅芭さん、なにか知りませんか?」

「桜子が……あっ……」

 

 応孥の質問に紅芭は目を逸らす。

 その反応になにか事情を知っていると察した応孥は咄嗟に紅芭へと詰め寄った。

 

「なにか知ってるなら教えてくれませんか?」

「そう……ね……多分、近い内にあの子本人からも聞けるとは思うから私から聞いたとは言わないでね?」

「勿論です。約束します」

 

 根負けした紅芭は応孥を連れ、手近な椅子に腰掛けると周囲に人がいないことを確認して声を潜めて語りだした。

 

「応孥はミシアの遺跡……《オルフェウスの大門》って知っている?」

「いえ……不勉強ですみません」

「大丈夫よ。世界的に有名な場所ってわけではないから」

 

 その遺跡はイタリアの港町、ミシア近くの森の洞窟の中にあるという。

 イタリア支部で長年調査を続けているその遺跡は限られたメンバーとその()()のみが現地に赴き調査を行っているとのことだった。

 

「情報漏洩の防止と龍穴が付近にない影響で結界が維持できないから大規模な拠点は作れないの」

「龍穴が? 立地的にも珍しい場所ですね……」

「そうなの。私たちが産まれる前には調査が始まってたのにまだほとんど調査が進んでなくて桜子はLOTに入ってからずっと参加したがってたの」

「なるほど……今その話題を出すってことは参加の機会が来たってことですか?」

 

 応孥の問に紅芭がコクリと頷く。

 

「その通りよ」

「それなら、何を悩んでるんですか? 元々やりたかったことなんでしょう?」

「それは……」

 

 首を傾げる応孥を紅芭はじっと見つめる。

 なぜ見つめられているのか分からない応孥が頭に?を浮かべていると紅芭は一度目を閉じ、呼吸を整えた。

 

「桜子が調査に選ばれたのはこれで2回目なの……前回は2年前」

「2年前……まさか、それを蹴って日本に?」

「えぇ。あなたが放っておけないからって」

「そう……だったのか……」

 

 切っ掛けがあったとはいえ封魔司書となることは自ら選んだ道だ。

 だが、その結果として大切な人の夢を奪っていた事実に応孥は力なく項垂れた。

 

「ごめんなさい。あなたを責めるつもりはなかったのだけれど」

「分かってるよ。それでもやっぱり責任感じちゃっただけだから……」

「そう、よね……ねぇ、応孥。もし、今回もあの子が誘いを蹴ったらどうする?」

「……本音を言うのなら僕のことなんか気にせず夢を追ってほしい」

 

 「でも───」と言葉を切って顔を上げる。

 紅芭へ向けたその表情どこか寂しそうな笑みを浮かべていた。

 

「決めるのは桜子だから。僕がなにか言って後悔を残してほしくないよ」

「それなら……桜子が行くって言ったら? 離れ離れなってしまうのよ?」

「……その時も変わりません」

 

 紅芭の問に表情を変えぬまま首を横に振って否定する。

 

「彼女が()()()()()と決めたなら僕が口を出すのは違いますから……あ、勿論これは僕の考え方だから紅芭は心配ならついて行ってもいいと思うよ」

「……ありがとう。でもその時は私も残るわ。今やってることにも慣れてきたし……それに───」

 

 紅芭はいまだに寂しそうな顔を浮かべる応孥の顔を見つめ、笑い返す。

 慈愛を込めて庇護欲を込めて───安堵を込めて笑いかける。

 

「それに……なに?」

「……秘密。それ以外にも色々ってことよ」

「えぇー。なんか今日は隠されてばっかりだな……」

「そんな日もあるの。それじゃあね」

 

 シュンとする視線を落とす応孥を尻目に紅芭は上機嫌に立ち上がると軽く手を振ってその場を後にした。

 それを見送った応孥は1つ大きくため息を吐き、同じ様に立ち上がる。

 

「───決めるのは彼女だけど……それでも……離れたくは、ないなぁ」

 

 誰もいなくなった部屋の中。

 ポツリと最後まで口にすることのなかった本音を零し、応孥も部屋を立ち去った。

 

 

******

 

 

 ───桜子が悩むようになって数日後。

 

「応孥! 今ちょっと時間良いかな?」

 

 戯我の調伏を終え、支部へと帰ってきた応孥を桜子が呼び止める。

 

「大丈夫だよ。どうしたの?」

「う、うん……ちょっと話したいことがあって……あのね!」

 

 そこから桜子が口にしたのは数日前に紅芭から聞いたものと概ね同じ通りの話だった。

 遺跡調査に参加しないかとの誘いが来たこと、それが自分が昔から行きたかったものであることなど。

 2年前にも同じ話があったこと以外の全てを応孥へと話した。

 

「───最近ね、これをどうしようかってずっと悩んでたの」

「……話してくれるってことはその答えが出たの?」

「うん、出た。だから応孥には一番に伝えたかったの」

 

 もじもじと視線を逸らしていた桜子が決意を固め応孥と目を合わせる。

 その瞳に迷いはない。

 桜子の続く言葉を応孥は緊張して待つ。

 

「───私、行くことにする」

「そっ……か」

 

 緊張の糸が解け、応孥の身体から力が抜ける。

 応援したい気持ちは当然あるがそれ以上に彼女と離れ離れなってしまう悲しみが上回る。

 なんとか平静を装い、なにか声をかけようとする応孥の手を桜子がギュッと両手で握りしめた。

 

「えっとごめん。本題はここからなの……今からすごい自分勝手なこと言うね?」

「う、うん。いいよ」

「ねぇ、応孥。一緒にイタリアへ来てくれない?」

「───えっ?」

 

 桜子の言葉に応孥は目を丸くする。

 それと同時に沈んでいた心が浮かび上がる。

 

「いやでも選ばれた人しか行けないんじゃ?」

「そこはちゃんとアルに確認取ったよ? 結界が龍穴の霊力を借りれない場所だから戦闘要員ならねじ込めるって……勿論、支部長にも応孥連れて行っていいか聞いた!」

「そうなんだ……支部長はなんて?」

「応孥の意志次第だって」

 

 答えを待つ桜子とどう返すべきか迷う応孥。

 見つめ合う2人の間に沈黙が産まれる。

 

「……分かってるよ。応孥はみんなを守るために戦ってるから私の個人的な意見で連れ出すのはダメだって」

「それは……」

「でもね、やりたいことを諦めたくもなくて……すっごい勝手だけどどっちも手放したくなかったの……だから!」

「桜子……!?」

 

 次の瞬間、桜子は応孥へと抱きつきその胸に顔を埋める。

 驚き、狼狽えた応孥。

 だが、それも僅かな時間。

 彼女への答えであるかのように応孥は桜子を抱き返した。

 

「───応孥?」

「……僕も同じ気持ちだよ、桜子。君と離れたくない」

「それじゃあ……」

「あぁ、一緒に居よう。これから先もずっと」

「───うん!」

 

 2人の想いをそれぞれ口にすることはない。

 それでもしばらく抱き合った2人の気持ちは重なっていた。

 もう2人が離れることはない───この時はそう、確信していた。

 

 

******

 

 

 ───更に月日は流れた。

 桜子と応孥、2人でミシアへと行くことを支部長へと報告し日程の調整を行った。

 応孥の抜けた枠の後任も決まり、気がつけば2人がイタリアへと旅立つ日を迎えていた。

 引き継ぎや別れの挨拶を済ませた2人は空港を訪れていた。

 

「あーあ、お姉ちゃん見送り来てくれないのかぁ……」

「仕方ないよ。僕らが抜けて紅芭にも負担になっちゃってるだろうし」

「お姉ちゃんに悪いことしたなってのは分かってるけど……やっぱり来てほしかった」

 

 シュンっとする桜子を応孥は宥め、2人は揃って出国ゲートへと向かった。

 飛行機の時間が迫っている。

 先に桜子が出国審査を済ませ、続けて応孥の番となったその時、彼のNフォンが震えた。

 

「っと、ちょっとすみません。桜子、ちょっと電話出てくる!」

「もぉー待ってるねー」

 

 職員に断りを入れ、Nフォンの画面を見る。

 電話の相手は紅芭からだった。

 

『応孥? 良かったつながった……もう出国しちゃった?』

「今から出国するところだけどなにかあった?」

『……戯我が現れたの。空港の近くに』

 

 紅芭の言葉で応孥に緊張が走る。

 咄嗟に他の荷物も回収し、脇へと避ける。

 その応孥の様子を遠くから見ていた桜子も異常を感じ、可能な限り近くへとやってきた。

 

『近いと言っても空港に被害が出ることはないと思うわ……ただ、今別の場所にも戯我が現れていてこちらの封魔司書が向かうのに時間がかかるの』

「それは……応援とかは」

『今連絡してるところよ。飛行機の時間がそろそろなのは分かってたのに……ごめんなさい』

「いえ……僕はどうすれば?」

『……ごめん、支部長には貴方に連絡は必要ないって言われたのだからこれは私の自己満足。応孥には連絡しなくちゃって思って』

 

 紅芭の申し訳無さそうな声色に応孥の心が締め付けられる。

 応孥自身も気づいていない、握りしめた拳が震えるさまを桜子が見守っている。

 

『少しでも被害が減るようにこっちで対処するから……応孥、桜子をお願いね』

「あっ、紅芭さん! っ、もう切られた……」

「……お姉ちゃん、なんだって?」

 

 応孥が止める間もなく通話が打ち切られる。

 不安そうな様子でこちらを見つめる桜子に紅芭からの電話の内容を伝える。

 その情報に桜子も息を飲むがすでに出国を済ませてしまった彼女にはできることはなかった。

 そして応孥は苦悶の表情を浮かべ、立ち尽くす。

 

「……僕は……」

「───もう、何悩んでるの応孥! 行ってきなよ」

「桜子……でも」

 

 桜子はそんな応孥に明るく言葉をかける。

 飛行機が飛ぶまで後1時間ほどだろう、ここで行ってしまえばそれに間に合わせることは非常に難しい。

 

「後から追い掛けてきてくれればいいだけでしょ? 悩むことなんてないよ」

「それは……」

「それに! 応孥、行きたいって顔に書いてあるもの。私のわがままに付き合ってイタリアまで来てもらうんだからちょっと遅れたって怒らないよ」

 

 出会ったときと同じ悪戯な笑みを応孥へと向ける。

 苦悩する応孥はその顔を見て覚悟を固め、桜子へと背を向けた。

 

「……分かった。必ず追いかけるよ」

「うん……1人乗れなくなったことは私が伝えておくから心配しないで。いってらっしゃい」

「いってきます……また後で!」

 

 短いやり取りを済ませ、応孥は走り出す。

 その背中を寂しそうに───そして誇らしげに桜子は見つめ続けていた。

 

「もう私が理由にならなくても誰かのために走れるようになったんだね、応孥」

 

 出会ったあの日、戦うことを躊躇った彼はもういない。

 その事実に頬が緩むのを抑え、応孥が見えなくなったところで桜子もその場を立ち去った。

 

 

 別れるのは僅かな時間だけ───

 そう思っていた2人が再び出会う時は訪れなかった───

 

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