仮面ライダームラサメ/スピンオフ 仮面ライダーヴァジュラ 作:teru@T
潮風が心地よく吹く町、ミシア。
イタリアへと帰ってきて1週間、ミシアへと来て数日経過した桜子は自身と同じ様にやってきた職員とともに現地の調査を担当している職員に連れられて町外れの森を訪れていた。
僅かに薄暗い木々の間を抜けると開けた空間、そしてその奥に岩壁に開いた遺跡の入口が姿を表す。
入口の前には封魔司書であろう2人が警戒に当たっている。
「おぉー! ここがそうなんですか?」
「はい。この奥です。他のものは中で作業中ですので案内しますね」
「お願いしまーす!」
桜子の明るい声に周囲に和やかな空気を漂わせながら遺跡の中へ。
岩壁が剥き出しの洞窟の左右には足元を照らす照明が取り付けられ、僅かに下りながら奥へ奥へと進んでいく。
そしてたどり着いたのは大きな門がそびえ立つ一室だった。
「これが……オルフェウスの大門……!」
設置された照明に照らされたそれは広いドーム状の空間、その天井まで届く巨大な門。
古代文字が彫り込まれた両開きの扉は硬く閉ざされ、その周囲に持ち込まれた機材の配線が繋がれている。
画面を覗き込む者、何らかの計算を行っている者など10名弱の研究員達が忙しなく働いている中、案内をする職員は1人の男性の元へと桜子達を案内する。
研究員たちに細かく指示を飛ばし、自身もノートパソコンと向き合い続けてる年季の入った白衣を着た白髪の初老の男性だ。
近づいてくる面々に気がつくと顔を上げ、笑顔で出迎えた。
「ようこそ。君たちが今回の補充員だね……おや、女性とは珍しい」
「初めまして! 桜子・コルシーニです! 本当は連れも一緒のはずだったんですけど……来る直前で私よりも他の事優先されちゃったんですよね」
「おぉ、君がアルジェント君……支部長の従兄妹だね。私がもう少し若ければ寂しさを紛らわすためにもディナーにお誘いしたのだがすまないね」
「冗談でーす! 彼もそのうち来てくれますからお気遣いなく」
「そうかい。なら早速で悪いが君たちも配置についてもらうよ」
雑談も程々にそれぞれの分野に沿って役割を割り振られていく。
桜子も割り振られた担当の場所へと向かおうとしたところで───遺跡の方を振り返る。
「……? 誰かが呼んでる?」
「おや、どうかしたのかい?」
「いえ……遺跡の方からなにかに……聞こえたような」
「……本当かい? 何が聞こえた?」
穏やかな雰囲気だった男性の雰囲気が変わる。
鋭く厳格な雰囲気を纏わせ、何人かの職員へと声をかける。
彼の変化に周囲にも緊張が走り、来たばかりの職員も雰囲気に飲まれオロオロしていた。
「いや、そんなはっきりと何かってわけじゃないんですけど……」
「なら、近づいてみなさい。危険はないと思いたいが……我々も注意は怠らないつもりだ」
「それなら……行きます」
恐る恐る、注意をしながら巨大な門へと近づいていく。
周囲の研究員たちも計器を確認し変化がないか見続けているが幸いにも現状に変化はないようだった。
門へ近づくにつれて頭に響く声がハッキリとしてくる。
『触れて───門へ』
妖しいそれでいて惹かれる懇願の言葉。
女性であろう声が桜を誘うように脳内に響き渡る。
その声に従い、門へと近づいた桜子は扉へと手を伸ばし───触れてしまう。
途端、門に刻まれた古代文字に光が灯り、地鳴りのような音が響き渡る。
「ッ! 門が……数十年何をやっても開かなかった門が……開くのか!?」
「霊力が遺跡全体に巡ってます……! 恐らく彼女が触れたことがトリガーになって……」
「わ、私!? え、えぇー……すごい、これで奥の調査ができるんですね!」
「あぁ……とにかくまずは報告を……」
歓喜に湧く研究員たち。
だが、その喜びは長くは続かなかった。
地鳴りとともに開き始めた扉そこから溢れ出したのは───植物のツル。
『───あはっ。あははは! やっと、やっと開いた! 後は───』
******
───とある日本の地方都市、その町外れ。
人気のない深夜の国道を1台の車が猛スピードで走っていた。
元より、深夜になると車通りが少なくそこを走る車の速度も自然と上がる道として車好きの若者の間では知られた道であった。
「急げ急げ! 速くしないと追いつかれるぞ!」
「分かってるよ! でもこれ以上は……!」
男たちもその話を聞き、普段の憂さ晴らしのためにこの場所を訪れたのだが───その様子は異様と言わざるえなかった。
速度を出して楽しむのではなく、必死の形相で事故に注意しながらトップスピードを出す運転手とチラチラと後ろを覗き込む助手席の男。
まるで何かに追われいる様な彼らの背後から1つの明かりが近づいてきた。
それは車の明かりよりも明るい、赤く煌々と燃える炎の光。
「ヒィッ! も、もう来た……!」
「やべぇよ、なんだよあの
速度を増し、車へと迫るそれはたった一輪で走行する燃え盛る車輪だった。
炎の軌跡を残し、アスファルトに焦げ跡を残して走る車輪は車へと追走し、追いつくとその横へと並ぶ。
「ヘヘヘ……追いついたぞぉ、魂を置いていけぇ~!」
「う、うわあああ!?」
その車輪の中央、車軸のある場所にあったのは牙の生えた人の様な顔。
それは妖怪として伝えられた存在、ワニュウドウ・ギガであった。
「こちとらここ最近、邪魔されてばかりで腹ペコなんだ! さぁ、俺の餌に……!」
「ッ!? ちょ、ちょっと捕まってろ!!」
「えっ!? うおおおお!!」
「あっ!? お、おい!?」
突如、運転手の男は前方に何かを見つけ車のブレーキを勢いよく踏み込んだ。
急ブレーキのかけられた車は一気に減速し、僅かにスピンしながら完全に停止してしまった。
速度を出して並走していたワニュウドウはそれに対応することができず、彼らを追い抜き一気に距離が離れる。
「お、おい! 危ないだろ! いやでも今のうちに逆走して逃げるぞ!」
「あ、ああ! いやでも……」
「なんだよ!」
「あのな……見間違えじゃなかったら人がいたんだよ。車道に」
ハァハァと荒い息を上げながら運転手の男が言った人をそして再度、迫ってくるであろうワニュウドウを確認するために助手席の男がフロントガラスの先を覗き込む。
だが、残っているのはワニュウドウが走り抜け、焼け焦げたアスファルトの軌跡のみ。
人はおろか先ほどまで煌々と炎で照らしていたワニュウドウの姿すらなかった。
「……悪い夢でも見てる気分だよ」
「あぁ……ここに近づくのはやめとこうぜ」
「そうだな……」
2人は青ざめた顔を見合わせると車を反転させ、可能な限り速い速度で迅速にその場を後にするのだった。
「なんだよアイツら。追抜いちまったじゃねぇか手間かけさせやがって」
車を追抜いてしまったワニュウドウは身体を傾け、進行方向を調整する。
行先は当然、背後。
追抜いてしまった2人組の色を取り込むために彼らの元へ。
だが、顔が横についているが故かあるいはあまりの空腹に周りが見えなくなっていたか気づくことができなかった。
車道で彼を待ち構えていた存在に。
「やぁ、数日ぶりだ、ね!」
「っ!? てめぇ、封魔司書!!」
猛スピードを出していたとは言え旋回する時までその速度を維持することはできない。
そこを狙い、回る車輪へとマグマでコーティングされた2本の腕が差し込まれ、無理矢理回転が止められる。
ギョロリとワニュウドウがそちらへと目を向ければそこにいたのは1人の戦士───仮面ライダーヴァジュラが立っていた。
「クソが! いい加減、俺に追いつけないんだから邪魔するんじゃねぇよ!」
「君が人を襲わないならね! でも、無理だろう?」
「当然だ! こちとらテメェが邪魔するせいでまともに食えてないんだよ!」
「僕としてもさっさと君を倒したいんだけどね……とにかく、今日こそ決着をつけさせてもらう!」
ヴァジュラはワニュウドウを抱えたまま道路の脇の崖へと飛び込む。
その先にあるのはフェンスで囲まれた運動場。
開けているがゆえにお互いに隠れる場所はなく逃げ出せば即座に方角がわかる場所だった。
着地の衝撃で拘束が緩み、ワニュウドウは身体を回転させヴァジュラを弾くとそのまま対峙する。
「ハッ! 広い場所なら俺に逃げられないと思ったか? お前みたいな遅いやつが俺に追いつけるわけがないだろ! じゃあな!」
「ちょっと広いところじゃないとできないところがあってね……逃さない!」
ゴロゴロと背後へ向かって走り出すワニュウドウ。
だがその初速が遅いことは数度重ねた戦闘で分かっていたヴァジュラは速度が乗るよりも速くリキッドのスイッチを押し込み、起動する。
《マグマ!》
「神器解放!」
《
マグマの力が解放され、肩の火口からマグマの塊がワニュウドウの進路へと向けて射出される。
べたりと粘度のあるマグマがワニュウドウの進行方向に広がる。
「それで速度を落とそうってか!? あんな程度!」
「慌てるなよ。まだあるんだからさ!」
そう言って取り出したのは今まで使用しなかった、新たに渡されたウルトラマリンブルーのモンストリキッドだった。
《オーシャン!》
「カラーシフト!」
《
マグマと入れ替え、差し込んだオーシャンリキッド。
即座にベルトを操作すると水色の魔法陣が現れ、ヴァジュラの姿を塗り替える。
《
火山のような装甲から波を思わせる青い装甲へと変わり、肩には鎧武者を思わせる大袖のような装甲が追加された姿へとヴァジュラは変化する。
自身もその姿を見るのは初めてのため手足を動かし、動きを僅かに確かめた後に装填したばかりのオーシャンリキッドのスイッチを押し込み起動する。
《オーシャン!
「これで……塗り尽くす! 神器解放!」
加速を始めたワニュウドウがマグマの上を通過する。
粘度はあっても燃え盛るワニュウドウの炎がマグマを固めることを拒み、赤い輝きを撒き散らしながらその上を走る。
そんなワニュウドウの上からポツリポツリと雫が落ちる。
数滴の雫は高温のマグマと炎によって即座に蒸発してしまう───だがそれが波となっては話は別だ。
振られた大袖から溢れ出した波がマグマごとワニュウドウを飲み込み、熱と反応し周囲を水蒸気の白煙を撒き散らした。
「ぐっ!? なんだこれ、動けねぇ!?」
立ち上る水蒸気の中でワニュウドウは車輪を回し、逃げ出そうとするもその肉体は冷え固まった溶岩に固められ動くことができなくなっていた。
身体から吹き出す炎の火力を上げて溶岩を溶かそうとするもその程度ではびくともしない。
慌てふためくワニュウドウの耳にガキンッと金属同士を打ち合わせる音が響く。
水蒸気を払い、眼の前に現れたのはガントレットを打ち合わせドリルへと合体させたヴァジュラだった。
「さぁ、もう逃げられないよ」
「くっ! この、やめろ!」
「やめるわけ無いだろ? これ以上、人を待たせるわけにはいかないからね……!」
最後の足掻きでワニュウドウの炎がヴァジュラへと向かう。
だが、新たに発生させた波がその炎を打ち消し、Aウェポンへマグマリキッドをリードする。
《マグマ!
エネルギーラインが赤く発光しクラッシャーと装甲が展開。
ドリルが水蒸気を巻き込み払いながら赤い軌跡を残して回転する。
回転が最高潮に達したその時、動けないワニュウドウの顔面めがけ、ヴァジュラはドリルを勢いよく突き出した。
《
回るドリルが炸裂する。
マグマの熱が炎を飲み込み、ワニュウドウの車輪を粉砕する。
「ぎいやああああ!!」
ワニュウドウは引き裂かれ、断末魔だけを残してその身体を四散させた。
「……調伏完了。ふぅ」
ドリルの回転が止まると共に隠された仮面の奥で安堵の吐息を漏らす。
桜子を送り出してからおよそ1週間。
逃げ続けたワニュウドウをようやく捉え、調伏するに至ったのだ。
「待たせたね、桜子───もうすぐ行くよ」
変身を解いた応孥は天を仰ぐ。
星が瞬く夜空。
遥か離れたイタリアの地にいる桜子が同じ空を見ていると夢想して。
******
「おはようございます……はぁ、応孥ったらまたここに泊まったのね」
翌朝、紅芭が支部の1室にを訪れるとそこに備え付けられたソファで応孥が眠っていた。
イタリアが決まったことで元々住んでいた賃貸を解約し、その上で急遽キャンセルしたため住む場所を失った応孥。
戯我の討伐が予想外に長引いた結果、支部長からもホテルなどへの宿泊を勧められたがいつでも出動できるようにと結局支部へと泊まり込んでいたのだ。
揺り起こそうとした紅芭だったが触れる直前、その手が止まる。
「……もう行っちゃうのよね」
追っていた戯我を調伏した今、応孥が日本に残る理由は無くなってしまった。
飛行機さえ手配できれば今日にでも桜子の元へと向かうことだろう。
その事実に紅芭の胸が締め付けられる。
「応孥……私は……あなたに行ってほしくないわ」
静かに隣に腰を掛け起こさないように優しく応孥の頬へと触れる。
溢れ出たのは隠してきた本音。
桜子と応孥が共にイタリアに向かうこと───そしてその仲が進展したことは本人たちから聞かされている。
表面上では祝った、もちろんめでたい気持ちが無いわけではない。
それでも心のうちに秘めた暗い感情が色濃くなったのも事実だ。
「あなたと───ずっと一緒にいたい。危ないことをしないで欲しい……ただ静かに暮らして欲しい」
寝息を立てる応孥からの返事はなくとも漏れ出た言葉は止まらない。
応孥が戦うと決めたあの日───戯我に襲われたあの日。
応孥に助けられきを失い、桜子に起こされて見たのは不完全なドライバーを巻いてボロボロで倒れた応孥だった。
事のあらましを聞くまでもなかった、自らを危険にさらしてでも自分たちを助けてくれたのだ。
そんな姿に紅芭惹かれると共に───もう戦わせたくない、そう思ってしまった。
「でもあなたはすでに戦うことを決めていて……だからせめて一緒にいたかった……なのに」
言うつもりのなかった言葉が止まらない。
これ以上は言葉にしてはいけない……誰にも聞かれてないとしても。
それでも溢れ出す
「あなたは桜子と行ってしまうって言うから……私はあの日、あなたに戯我のことを伝えたの。少しでも長く一緒に居たかったから」
あの日───イタリアへと2人が渡るその日。
桜子は笑顔で送り出す勇気が出せず、仕事を言い訳にして見送りにいかなかった。
それでも穴が開くほどに彼らの旅程を見ていたからこそ、あのタイミングで連絡を入れれば応孥が連絡に応じると分かっていた。
そして戯我が現れたと聞けば応孥は───必ず戻って来る。
一緒にいることができる、たとえ僅かな時間であったとしても。
「……ごめんなさい。私の我が儘に付き合わせて……夢の時間はもうおしまい……今度こそ、送り出さなくちゃね」
溢れ出しそうな悲しみだけは抱え込み、触れた手を肩へとゆっくりずらすと応孥のことを揺すり起こす。
「応孥、朝よ。起きなさい」
「ん……んん? くれ、は……?」
「えぇ、おはよう……何か顔についてるかしら?」
揺すり、声をかけたことでようやく微睡んだ応孥の意識は覚醒する。
普段ならば眠気眼とのまま挨拶を返すのだが今日に限ってキョトンとした顔で紅芭の顔を見つめていた。
不思議に想い、紅芭が首を傾げると応孥はじっと紅芭を見つめたまま口を開いた。
「……何か、言っていた?」
「えっ……?」
「紅芭の声が聞こえた気がしたから……」
応孥が目をこすり、身体を起こす。
気づかれない様に平静を装うが紅芭の内心は穏やかではない。
先ほどまでの独白が聞かれていたのであれば彼との関係が崩れてしまう……その不安を押し隠し取り繕う様に言葉を紡ぐ。
「ふふ、私の夢を見てたの? どんなこと言ってたのかしら?」
「いやはっきりと聞こえたわけじゃないから……夢、うーん夢か……?」
「えぇ、夢よ……私は何も言っていないのだから」
「そっ……か。ごめん、変なこと言って。お詫びに朝食奢るよ」
立ち上がり伸びをすると紅芭へと手を差し伸べる。
どうやら応孥は先のことを夢と断じた───少なくとも紅芭にはそう断言した。
その真偽に僅かな逡巡をした後、紅芭は安堵とともにその手を取った。
「ありがとう。ごちそうになるわ」
「いいんですよ。紅芭には世話になったし……一緒に過ごせるのもあと少しだから」
「えぇ……そうね」
───あぁ……このまま時が止まってしまえばいいのに。
******
数日後、飛行機も決まり今度こそ応孥のイタリア行きが決まった。
桜子にもそのことを伝えたが到着する前日には遺跡に入ってしまうと連絡を受けた。
「そろそろ空港に向かいますね」
「そう、そうね……もう行く時間なのね」
荷物を纏め終わった応孥は飲んでいたコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
咄嗟に引き止めそうになった紅芭だったが直前でその手を止め、儚い笑顔を向ける。
「今生の別れじゃないよ、紅芭。時間を見つけて帰って来るしつもりだし。それに君が遊びに来てくれてもいいし」
「えぇ……そうね……もし邪魔じゃなかったら空港まで送ってもいい?」
「それはもちろん……仕事は大丈夫?」
「休暇を貰ったわ」
有無を言わさぬ雰囲気の紅芭に応孥は首を縦に振る。
紅芭の様子がおかしいと感じながら応孥はいつものように───残酷にも───彼女へと手を差し出す。
「なら、行こうか」
「……えぇ」
彼女には伸ばされなかった彼の手を一時しか繋げられない手が伸ばされる。
締め付けられる心を隠し、溢れ出そうな涙を堪えて紅芭はその手を取る───。
その直前、2人のいる部屋の扉が大きな音を立てて開かれた。
「良かった……! まだ出発していなかった、応孥くん。それに紅芭くんも一緒か」
「支部長? 何かあったんですか?」
入ってきたのは初老の男性、この支部の支部長だった。
よほど急いでいるのかその息は僅かに上がっている。
室内に応孥たち以外いないことを確認すると扉を閉め、2人のそばへと寄る。
「2人共落ち着いて聞いて欲しい」
「私もですか?」
「あぁ。先ほど、カタンツァーロ支部のコルシーニ支部長から連絡が来たのだが……」
途端、2人の間に緊張が走る。
コルシーニ支部長、すなわちアルジェントが自分たちへではなく支部長へと連絡した。
それは緊急でない連絡かあるいはLOTとして重要な連絡であるということだ。
「遺跡を調査していたメンバーが全員、行方をくらませた」
支部長の言葉に2人は言葉を失う。
音が消えたかのような静寂。
それは応孥の言葉と共に音を取り戻す。
「……は?」
「あの、支部長それは……桜子は?」
「……桜子くんを含む、新規の調査員が合流した直後に彼女たちを含めた
驚きで事態を飲み込めない2人に対し再度、より詳細な報告を苦々しく告げる。
全員、それはすなわち桜子も含まれているということだ。
言葉の意味を理解したのか途端、紅芭は先ほどまで座っていた椅子へとへたり込む。
そして応孥は血相を変え扉から外へと飛び出そうとし、その肩を支部長に掴まれた。
「応孥くん、気持ちはわかるがイタリア行きは中止、そのまま待機をしてくれ。これは支部長命令だ」
「ッ! なんでですか!? 桜子も巻き込まれているんですよね? それなら僕も現地に……」
「原因が分かっていない今、異変が起こる直前に合流した調査員が原因ではないかとイタリア支部で疑われている」
「桜子がそんなことしないのは支部長も分かっているでしょう!?」
「分かっているとも! ……それでも全員が彼女のことを知っているわけではないと君もわかるだろう」
取り乱す応孥に釣られ、支部長も声を荒げる。
すぐに落ち着きを取り戻すと諭すように言葉を紡ぐ。
それが届いたのか応孥も僅かに落ち着きを取り戻し支部長の言葉に耳を傾け始めた。
「調査が終わるまで元々の所属の支部───つまり、我々はイタリアへの渡航は禁止。後日、日本支部からも同じ指示が届くだろう」
「でも……!」
「……冷たいことを言うかもしれないが」
食い下がる応孥に覚悟を決めたのか支部長はあえて突き放すように言葉を吐き出す。
「君が現地に行ったところでできることはない」
「それ、は……」
「むしろ、現場を混乱させるだけだ……気持ちはわかる。なんとかできないか掛け合うだから……今はこらえてくれ」
「……わかり、ました」
支部長の人となりを知る応孥はそれが彼の本音でないことは分かった。
それでも
それを見届けた支部長は力の抜けた紅芭へと向き直る。
「紅芭くん、君もいいね?」
「……はい……」
精気の抜けたような青い顔で消え入りそうなかすれた声が響く。
それを聞き届けた支部長は2人を残し、部屋を後にする。
再度訪れた静寂。
それは紅芭を責めるようにギリギリと締め付けられた心を更に痛みつける。
彼女の瞳に映るのは立ち尽くす応孥の姿。
拳を握りしめブルブルと震える彼を見続けていると頬を一筋の涙が伝う。
───桜子と応孥を引き裂いたのは自分自身だ。
私のエゴがあの2人を離れ離れにしてしまった。
だから今、彼に掛けられる言葉なんて無い。
「……ごめんなさい、応孥」
掠れて消えかけたその声は応孥の耳に届くこと無く、溢れた涙が床を濡らすだけだった。
******
───それから2週間が経過した。
イタリア支部から告げられた調査結果は非情なモノであった。
遺跡やその周辺の調査を行ったが戯我が出現した痕跡、そして調査員たちが移動した痕跡は残っておらず調査の最中に忽然と姿を消した、そう結論付ける他がない。
失踪に遺跡が関係しているかも判断がつかず、調査を再開すれば再度起こる可能性も否定できない現状、調査の再開もできない。
よって、戯我や遺物を悪用する人間から遺跡を守る管理者を配置し安全が確認できるまで調査は凍結。
行方不明者の捜索も手掛かりが見つかるまでは中止、となった。
「応孥……」
その報告を聞いてからの紅芭はただ自室の姿見鏡に映る自身の姿を見つめるだけしかできなかった。
目の下にクマを蓄え、泣き腫らしたひどい顔。
第一報を聞いた日から心にポッカリと開いた穴は塞がらず、仕事も手につかず休みをもらう始末だ。
桜子を失ったことは当然のこと、それ以上に傷を付けたのは応孥のことだった。
あの後、応孥は日本に残り封魔司書として、仮面ライダーとして戦い続けていた。
戯我が出れば戦い、それ以外のときは誰にも姿を見せること無く休む、その繰り返し。
一度、声をかけようとしたが虚空を見つめ立ち尽くす応孥に掛ける言葉が見つからなかった。
「───応孥は大丈夫かな……」
それでも応孥の心配が浮かんだ紅芭はふらりと立ち上がり、数日ぶりに寝間着から仕事着に着替え支部へと向かう。
平静を装っても出会う相手全員に心配されている。
社交辞令もあるのかもしれないがやはり、自身が知覚できないだけでひどい顔をしているのだろう。
構われこそすれど深く追求されることはなく、当たり障りの無い答えを曖昧に返しながら礼儀を通すためにもまずは支部長室へ。
───だが、目的であった彼はそこにいた。
「応孥……?」
支部長室へと向かう廊下を先行していたのは見慣れた白衣を纏う男───応孥だった。
紅芭には気づいておらずフラフラと
紅芭は応孥の様子に胸騒ぎを感じた。
気落ちしているのは当たり前としてそれ以上の……今ここで何もしなければ取り返しがつかなくなるような何か、そんな感覚が心をよぎる。
応孥が支部長室に入るのを確認すると咄嗟に扉へと近づき、中の会話へと聞き耳を立てる。
『それで、応孥くん。話とは何だね?』
『はい……これを受け取ってほしいんです』
『……封魔礼装とこっちは辞表だね』
「えっ……?」
聞こえてきた会話に紅芭は目を見開く。
辞表───つまり、応孥がやめるというのだ、今このタイミングで。
驚く紅芭に対し、表情はわからないが支部長の声色は非常に落ち着いていた。
このことを予見していたかのように。
『驚かれないんですね』
『ここ最近の君を見てたもしかしたらと思っていたからね……やめてどうするつもりだい?』
『……桜子を探すつもりです』
『それならば残っていればいずれ調査も……いやそこまで待てないということか』
『……すみません』
結果が変わらないとどこか諦めながら支部長の説得は続くがどれも応孥の心を動かすには足りなかった。
それを扉越しに聞き続ける紅芭にも今の応孥を慰める言葉は思い浮かばない。
それでも今ここで応孥をやめさせてはいけない……そうなればもう応孥とは一生出会えなくなる。
ただの予感かもしれない。
「でも……こんなことで罪滅ぼしになるわけじゃないけどそれでも……」
彼を繋ぎ止めるためにわずかでも希望を見せるために……私自身が僅かでも彼の戦う理由になってくれるのならば。
戦わせたくないという本音を押し殺し、それでも僅かでも安全かもしれない、彼女なりの答えを告げるため。
「失礼します、支部長。少しお話よろしいでしょうか」
───偽りの覚悟を胸に自らの心をすり減らしながら紅芭は応孥を新たな戦場へと導いた。
******
───それから数日後。
応孥と紅芭の2人はイタリア、ミシアへと降り立った。
2人が遺跡の守護を担当することが承認され、ミシアの一角にある商店を拠点として利用するためそちらへと案内されたのだ。
元々いた調査員が資材置き場として利用していた場所であり2人ならば表向きはここで古書店を営みながら臨時支部として利用するのが良いとイタリア支部での決定に従った形だ。
「部屋はダイニングと他3部屋……1部屋は作業部屋にして残りがそれぞれの私室にしましょう」
「えぇ……あ、店名は私たちで好きに付けて良いそうよ」
「そうなんですね、ならそっちも考えないと……」
持ち込んだ荷物を解きながら今後の予定を話し合う2人。
その会話における───いや、あの日からずっと感じ続けた違和感を紅芭は口にする。
「ねぇ、応孥。どうして敬語なの?」
「あ……ごめ……すみません。これは……ケジメみたいなものです」
「ケジメ?」
「……多分、今まで通り紅芭さんに接すると色々甘えて折れる気はするんです。だから、折れなくなるまでのケジメです」
「そっか……分かったわ」
表情を見られたくないのか紅芭に背を向け顔を隠す応孥。
そのせいで言葉とは裏腹に悲しそうな紅芭の顔を見逃してしまう。
手に持っていた荷物を置いた紅芭は応孥の背へと両手を広げて抱きついた。
「っ、紅芭……さん?」
「今はそれでいいわ……でも甘えられる様になったらいつでも甘えてね?」
「……いつかは今までみたいにできるように努力します」
「ん、わかった……待ってるわ」
お互い、顔を見ることはなく、離れることも突き放すこともないまま時間だけが過ぎていった。
応孥はただ、震える彼女を背中に感じる雫をただただ受け止める。
それだけが今の自分が彼女にしてあげられることだから。