結果から言って、放課後のクラス会議はおおよそ有栖の予想通りの展開に進み、幕を閉じた。
その後は有栖と共に下校する流れとなり、特に寄り道もなく真っすぐ帰路へつく。
そして有栖を寮まで送り届けると、護はすぐさま町へとUターンした。
そして現在。
護は上空300mの地点から学校の敷地全体を見下ろしていた。
(やっぱ、無駄に広いなこの学校)
立方体の結界の中、胡坐を組んだ膝に片肘を突きながら考え込む護。
当然であるが、周りの人間に見つからないための仕掛けは施してある。
現在入っている結界には視覚認識をごまかすよう隠蔽効果が付与されており、一般人には見えない様になっていた。
(感知用の楔を全域に配置してたらキリがないしな。やっぱり要所要所に絞るしかないか)
護が使用できる感知用の結界には、幾つか種類が存在する。
学生寮に配置した分も含め、今護が使おうとしているのは、強度と感知範囲が狭い代わりに、作るのが容易い量産型の楔だ。
この学校の面積は60万㎡を超える上に、加えて高低差のある建物も多数存在する。
その範囲全てを隙間なくカバーしようとすれば、必要な楔は100や200ではすまなくなる。
(学校丸ごと結界で覆うのは、高専に目を付けられそうだし)
その気になれば、護は呪具を併用して、学校全体を覆う感知用の結界も張ることはできるが、あまり大きな結界は、他の呪術師にその存在がバレることになる。
高専に実力を隠していることもそうだが、目立つ結界の存在は、そこに何か大切なものがあると周りに伝えているようなもの。
場合によっては、下手な勘繰りで呪詛師のような悪質な連中の目を引くことにもなりかねない。護はその案を却下した。
(とりあえず最低限、外周は配置するとして、後は……)
空から見た景色と、端末に表示される学内マップを照合しながら、目ぼしい場所に一つ一つ印をつけていく。
(……こんなもんか。やっぱ徒歩で周った方がいいよなぁ)
護は呪具を介さない、今いる場所のような、立方体の結界間を転移することもできる。
ただし、この結界は射程範囲に限界があるため、短距離の断続的な転移になってしまう難がある。
これの何が問題かというと、単純にコスパが悪い。認識阻害の結界を張るのも、空間転移を行うのも、少なからず呪力と集中力が必要になる。
高々数十mの距離を転移で移動したところで、その疲労に見合った時間短縮にはならない。
それなら徒歩で周った方が、よほど効率的というものである。
(まぁ、これくらいなら1週間もあれば終わるか)
面倒な気持ちに変わりはないが、一応の目途が立ったことで若干気が軽くなる。
早速作業に取り掛かるかと、立ち上がり印を組む護。すると周囲の景色は一瞬のうちに、人気のない路地裏へと変わった。
周囲に人目が無いことを確認してから隠蔽用の結界を解き、そして護は歩き出した。
(ん?)
路地裏から出たタイミングで、ふとこちらへ近づいてくる気配を感じた。
その方向を見てみると、そこにいたのはいかにも不良という感じの3人の男子生徒の姿。
一人は身長2mは超えようかという、サングラスをかけた黒人の巨漢。
もう一人は髪を短く刈り上げた、柄の悪い男子生徒。
そして、その二人に挟まれるように先頭を歩く長髪の男子。
(入学したばかりで喧嘩か?)
3人の纏う雰囲気から険悪なものを感じ取り、そのように推測する。
(いじめって、わけじゃなさそうだな)
両脇の二人の敵意が真ん中の男に向かっているのを見て、一瞬助けるべきかという考えが頭をよぎったが、肝心のその男の表情を見て、護は干渉するのを止めた。
その長髪の男の表情に浮かんでいたのは不敵な笑み。むしろかかってこいと言わんばかりの、挑発的な態度に見えた。
下手に絡まれても厄介だなと思った護は、素知らぬ顔でその場を去ろうとする。
「オイ、待てよ」
そんな護を、件の長髪の男子から呼び止める声がかかった。
内心で面倒くさいと思いながら、護はその男の方を振り返る。
「……なに?」
「ククッ、なぁに、こんな人気のない場所で、一人で何をしてたのかと思ってな」
何が面白いのか、笑いながらそんなことを言ってくる男。
「オイ!」
そんな長髪の男に、隣にいた男子生徒から文句の声が飛んだ。これから喧嘩をしようというときに、関係ない生徒に絡んで足を止めたのが不満なのだろう。
長髪の男は、そんな男子生徒に対してつまらなそうな視線をおくりながら、ぞんざいに手を振った。
「焦んな、少し待ってろ」
そんな二人のやり取りを見ながら、護は何でもない風を装って長髪の男からの質問に答える。
「まだ入学して間もないからね。ちょっと学校内の探検をしてたんだよ」
「わざわざ、こんな陰気な路地裏までか?」
男から向けられる、こちらを探るような視線。
(有栖さんといい、なんでこの学校の生徒は、笑いながら探るような目を向けてくるかなぁ)
とはいえ、幾ら怪しまれたところで呪力を感じることのできない一般人では、何をしていたかなど想像もできないだろう。
護は特に考えることもなく、適当に思いついた言い訳を口にした。
「さっきまでそこに猫がいてね。追いかけてたら、いつの間にかここまで来てたんだ」
「ハッ、猫ときたか。随分とメルヘンな野郎だな」
果たして、その言い訳を信じたのかどうか。
面白そうに笑う様子からは、その内心までは読み取れない。
「お前、名前は?」
一瞬偽名でも名乗ろうかと思ったが、同じ学校に在籍している以上は無駄なことかと、素直に名前を名乗ることにした。
「……五条護」
「そうか。俺は
なぁ五条、俺たちはこれからちょっとしたパーティーを開くんだが、よければお前もどうだ?」
当たり前だが、そのパーティーが言葉通りの意味でないことを護はすぐに察した。
「オイ!」
「黙ってろ、
「ふざけんな。俺に指図すんじゃねぇ!」
石崎と呼ばれた生徒が、再び龍園に対し文句を言うが、本人はそれをどこ吹く風で受け流している。
「悪いけど、今日はこれから用事があるんだ。遠慮させてもらうよ」
「そうか、そいつは残念だ」
幸い、龍園はそれ以上話しかけてくることはなかった。
「それじゃ俺、もう行くから」
「クック、ああ。
(また、面倒くさそうな人に目をつけられたな)
「じゃ」
「また」というところを強調してくる龍園に対し、護はできればその機会が無いことを祈って、踵を返す。
しばらくして、背後から「オラァ」という叫び声や、鈍い殴打音が聞こえてきたが、特に気にすることもなく歩を進める。
夕焼け空をカラスが鳴きながら飛んでいるのが見えた。
「平和だなぁ」
特に理由はないが、なんとなくそんな感想が漏れて出た。
主人公の転移能力に関して、今回の説明が少し分かり難かったかもしれないので、少し補足として纏めます。
主人公の転移能力は大きく分けて3パターン
①.キューブ上の結界を張って、その中に転移。
②.呪具など自分の呪力でマーキングしたところに転移。
③.「部屋」を介して、マーキングしたところに転移。
①②は自分の呪力で座標を指定して転移するので原理上は同じ仕組み。
自分の呪力を感じ取れなくては転移できないので、転移可能距離としては基本半径300m。②の場合、呪具に込めた呪力量によって更に上下する。
ただし、主人公が結界を張れる射程距離は、大体50m前後。
今回の場合、あらかじめ地上に結界を設置しておき、その間を転移した形になります。
昇るときは地道に50m刻みで昇りました。