よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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13話 初めての水泳授業

 早いもので、入学式から1週間の時が過ぎた。

 当初敷地面積の広さに辟易していた護だったが、どうにか必要な楔も各所に粗方配置し終わり、日常生活においてはある程度の余裕が生まれてきていた。

 

 勿論、学校内の全ての呪霊が片付いたわけではなく、定期的な見回りは今後も必要であるが、各地に転移用の楔も配置し終わったため、大分行動はしやすくなっている。

 

 そして現在、Aクラスの生徒たちは、プールにて水泳の授業の真っ最中であった。

 

 この学校のプールは屋内にあるため天気の影響も受けず、街の方にある遊泳施設にも引けを取らない広さと設備が整っている。

 まさに泳ぐには絶好の環境であり、Aクラスの生徒達は皆気持ちよさそうに、透き通った水の中を泳いでいた。

 

 しかし、その中に護の姿は存在しない。

 

「まさか護君が授業を休むとは思いませんでした」

 

「体調不良ぐらい誰だってあるさ」

 

「フフ、ええそうですね」

 

 微笑む有栖と、気怠そうにプールを眺める護。

 今二人は2階にある見学者用の席から、プールで泳ぐAクラスの生徒達を眺めていた。

 

「で、建前はさておき、実際今回の見学で評価は下がると思う?」

 

「そうですね。材料が足りないので完全な推測になりますが、1回の見学で下がることはほぼないかと」

 

 今回、護が体調不良を言い訳に水泳授業を見学したのは、一つの検証のためである。

 体育の授業を休む場合、どれほどクラスの評価に影響を与えるかどうか。

 

「まぁ実際、本当に怪我や病気で休む生徒だっているし、そこまで厳しい追及はないか」

 

 体育のような授業で休む場合、それが正当な理由かどうかという判断は難しくなる。

 特に水泳のような授業はなおさらだ。過去に溺れて水恐怖症を抱えている者や、女子であればデリケートな問題が絡むこともある。

 

「さすがに二度三度と続ければ、下がるかもしれませんが」

 

「わかってる。次からはちゃんとポイントを払って休むよ」

 

 その言葉を聞き、有栖は驚いたような視線を護に向けた。

 

「護君、次の水泳も休むつもりなのですか?」

 

「……ああ」

 

 有栖としては、護の今回の欠席は学校側の評価方法に対する探りのためであり、次回からは普通に出席すると思っていたのだろう。

 そんな有栖に対して、護は答えにくそうな様子で返事を返した。

 

「もしや泳げない、とか?」

 

「いや、泳げはするんだけどね」

 

 言葉を濁しながら、護は自分の体にチラリと視線を向けた。

 

 戦うことが日常の呪術師にとって、体に傷が残ることは決して珍しくない。 

 特に護の場合は、当代最強の術師から一目置かれる程度の実力を有しているわけだが、それだけの実力を得るために相応の無茶な鍛錬と実践を繰り返している。

 つまり何が言いたいのかというと。

 

(カタギの体に見えないんだよなぁ)

 

 中学時代、水泳授業で自分の体を見た生徒や教師から質問攻めにあったことを思い出し、護は遠くを見るような目になった。

 

(来月はどうなるかわからないけど、少なくとも今月は休んでおきたい)

 

 護としても、この水泳授業が単位習得に必須であったり、来月の支給ポイント次第では諦めて出席するつもりであるが、そうでないならばとことん避けるつもりだった。

 今回の見学に関しても、クラス評価の検証のためと名目を打ったが、本音はポイントをケチりたかっただけである。

 

(っと、それはそれとして、なんて答えたものか)

 

 逸れてしまった思考を引き戻し、隣で怪訝な表情を浮かべている有栖に目をやる。

 有栖の場合、下手な嘘を言ってもすぐに看破されかねない。

 

「あー、なんというか……昔事故にあった時の傷があってさ、どうも目立つのが嫌なんだよ」

 

 迷った結果、傷ができた原因以外は事実を言うことにした。

 体の傷となれば、男であってもデリケートな問題に発展しうる。これ以上は聞いてくれるなという意思を込めて、護は有栖を見つめた。

 

「そうでしたか。申し訳ありません。話しにくいことを聞いてしまいましたね」

 

 どうやら護の話しにくそうな雰囲気を察したらしい。護はホッと息をついた。

 

(しかし実際、来月泳がなきゃいけなくなったらどうするよ)

 

 護の体には大小様々な傷が至るところについている。一体どういう事故にあったらこうなるのか、いざ説明する時が来た場合を考えると、憂鬱な気分になった。

 

 現実逃避しながらボーっとプールを眺める護。有栖も同じように黙ってプールを眺めており、二人の間に静寂な空気が満ちた。

 しばらくそうしていると、ふと護の中で頭の隅に置いていた疑問が首をもたげた。

 

「……けど、何だってこんな時期からプール授業?」

 

「確かに。この点は少し不自然だと思っていました」

 

 通常水泳の授業が行われるのは夏場のはずである。

 このような春先から行われるのは、明らかにおかしな話だ。

 

「考えられる可能性としては、泳ぎが必要になる特殊な試験が開催されるとか?」

 

「特殊な試験ですか。やはり護君も、クラス評価に大きく関わる試験が開催されると?」

 

「そこ今更蒸し返す? 俺は、まず間違いなく起こると思ってるけど」

 

 入学初日、クラス間での競い合いが行われるとほぼ確信した時点で、二人はそれがどのような形式になるかを考えていた。

 

「テストや生活態度だけで評価してたら、下のクラスが追いつくことはほぼ不可能だ。

 それじゃあ、競争のシステムとして破綻してる」

 

「ええ、私もそう思います」

 

 ただ、ほぼ間違いないと考えている一方で、この考えを他のクラスメイトに共有することを二人は避けていた。

 察しの良い生徒ならば言わずともわかることであるし、それが分かったとして現状では具体的な対策がとれるわけでもない。

 情報を共有したところで、周囲の不安を煽る結果にしかならず、メリットはないとの判断だ。

 

「しかし泳ぎとなると、私は参加できませんね」

 

 そういう試験が行われるのは、護としても御免被りたい。

 もしもそうなら、今授業を休んでいる意味がなくなってしまう。

 

 しかし少し考えてみて、おそらくその心配は少ないだろうと護は予想した。

 

「泳ぐこと、そのものが試験の内容になることはないと思う」

 

「その根拠は?」

 

「まず、単純に運動能力を競うだけなら、普通に授業の成績で判断すればいいだけの話。

 そう考えると、クラス間対抗の試験は単純な運動や学力を競うものではない」

 

 有栖の問いに対して、一つずつ順番に思いついた理由を列挙していく。

 

「次に、泳ぎそのものを査定するだけなら、今の時期から水泳授業を始める理由にはならない。

 屋内プールがある以上、そんな試験をするなら時期なんて関係ないんだから」

 

「確かに。季節というのはいい着眼点ですね」

 

(夏という季節に間に合うように組まれた水泳授業……海で何かを行う?)

 

 水辺という考え方をするなら、大きな湖や川という線も考えられるが、護がパッと思いついたのは海だった。

 

「三つ目に、これまでの情報から、この学校は個人ではなくクラス間での競い合いに主眼を置いている可能性が高い。

 一人や二人、泳げない生徒がいても、それをカバーできる内容にしている筈」

 

 列挙した根拠を踏まえて、護は自分の中で思考を組み立てていく。

 

(重要なのは、個々の能力を競う試験ではないという点と海で行われる可能性が高いこと。

 学外に出るなら日帰りにはならないから合宿形式か? 自然の中で何かを試す……)

 

 そうして考えているうちに、一つの推測が頭の中に浮上してきた。

 

「南の島でのサバイバル演習……って、それは流石に突拍子もないか」

 

 思いついた可能性を口にしてから、流石にそれはないなと護は苦笑した。

 しかし、それを隣にいた有栖は真面目な表情でそれを否定する。

 

「いえ、そうとも言い切れません。実際に、無人島での研修を実施している企業も存在しますから」

 

「そうなの?」

 

 護は、初めて聞く知識に割と本気で驚いた。

 

「はい。勿論それだけ大掛かりな研修を行えるのは、資金に余裕のある一部の大企業くらいですが」

 

「この学校なら、それもあり得るか」

 

 少なくとも資金力という点に関しては、この学校はそれができるだけのものを持っている。

 

「はい」

 

 肯定する有栖。しかし護は自分の推測を肯定されたにも関わらず、浮かない顔だった。

 

(学校から離れていいのか? 俺)

 

 一応、既に防衛用の楔は配置し終わっている。学校の外にいたとしても、何かあればすぐに転移はできるが、学外にいるはずの生徒が監視カメラに映る訳にもいかないので、行動は著しく制限されることになる。

 

 一方で、有栖の方も浮かない顔だ。身体的なハンデを抱えている有栖にとって、南の島でのサバイバルなんて、厄ネタでしかないのだろう。

 

「……まぁ、所詮は単なる推測だし」

 

「そうですね。いずれわかることです」

 

 所詮は推測。暇つぶしの単なる雑談から始まった話である。そこまで深く考える必要もないと、二人はこれ以上この件を掘り下げるのを止めた。

 

「しかし南の島ですか。護君は、私の水着姿が見たいですか?」

 

 おそらくは憂鬱になった気分を切り替えたかったのだろう。有栖は揶揄うような笑みを浮かべながら、護に問いかけた。

 

(またそういうこと、を……)

 

 護も有栖のそんな態度には慣れたもので、すぐに「いや、別に」と返そうとしたところで、有栖の笑みの中に僅かな諦観が浮かんでいたことに気がついた。

 

 この1週間ともに過ごしてわかったことだが、有栖は自分の身体的ハンデを利用する強かさを持ってはいるが、疾患そのものを気にしていないわけではない。

 歩くペースが遅いことを気に病む時もある。今の時間も、泳いでいるAクラスの生徒達を見る目にはどこか羨ましそうな感情が見え隠れしている。

 

(水着で遊ぶ機会なんて、諦めてるのか)

 

 そんな人間に対して、無神経に何も考えず言葉を返すことは果たして正しいことなのか。

 時間にしては一瞬であったが、護は深く考えてから口を開いた。

 

「……そうだな。少し見てみたいかもしれない」

 

 そのような言葉が返ってくることが意外だったのか。

 有栖は驚いたように護の顔を見上げると、そのまましばらくジッと見つめてから、ゆっくりと微笑んだ。

 

「そうですね。機会があれば」

 

 何故か、護にはそう言って笑う有栖の表情が少し寂し気に見えた。

 

(やっぱ、返す言葉間違えたかな)

 

 軽口で返した方がむしろ良かったかもしれない。護は頭を掻きながら、内心で反省した。

 

 

 





 このプール回を書く上で悩んだんですけど、呪術師って血生臭い仕事のわりに、体に傷がある人少なくないです?

 反転術式でも傷痕は残ると明言されてますし、五条悟は五条悟だからで納得するにしても、東堂みたいな肉弾戦主体の術師で傷痕が一つも無いって、おかしいと思ったんですよね。

 この辺りメタい考え方になってしまいますが、ビジュアル的な問題や、手間になるから端折ってるだけで、漫画やアニメの絵では確認できない傷が、実際にはあるんじゃないかなという体で考えました。

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