よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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2話 理事長との会談

 場所はとある料亭にて。五条護は一人の、40代くらいとみられる壮年の男性と向かい合っていた。

 本来なら、まだ子供と呼んでも差し支えない身にはそぐわぬ場であるはずだが、本人は欠片も物怖じした様子がない。座する姿からは齢に似合わぬ貫録が滲み出ていた。

 そして対する壮年の男性もまた、そんな護に気圧されることなく、落ち着き払った様子で向き合っていた。

 

 静謐としながら不思議な緊張感の満ちた空気の中、先に口を開いたのは壮年の男性の方だった。

 

「初めまして。僕が高度育成高等学校、理事長の坂柳です」

 

「初めまして。五条護です」

 

「本日はお忙しいところ、足を運んでいただき感謝します」

 

 名乗りからの定型的な挨拶。

 礼儀正しく堂々たる振る舞いは、流石というべきか重責ある立場に相応しいものであったが、子供に対するものとしては些か畏まりすぎているようにも感じられる。

 

「そう畏まられると、恐縮してしまいますね。

 私はまだ若輩の身ですし、立場としては生徒になるのですから、そう硬くならなくてもいいのでは?」

 

「今はまだ入学していませんからね。

 あくまで仕事を依頼する立場としてと思ったのですが、気になるようでしたら改めましょうか」

 

「では、そのようにお願いします。こちらとしても格式ばった場は得意ではありませんから。

 少しばかり胸襟(きょうきん)を開いて話したいところでもあったので」

 

 そう言いながらも、最低限の礼儀としてか敬語を崩さない両者だが、その場に漂っていた見えない緊張の糸は僅かに緩まった。

 

「では早速仕事の話を、と言いたいですがその前に、まずは謝罪を――申し訳ありません」

 

 そう言って、坂柳理事長は正座したまま静かに頭を下げた。

 突然の謝罪に、護はさすがに虚を突かれたのか呆気に取られてしまう。

 

「それは、何に対する謝罪でしょうか? ああ、皮肉という訳ではありません。本当に思い当たる節が無いので」

 

「今回の件に関し、こちらが依頼する立場でありながら、いろいろと無理を言っているのは自覚しています。

 本来であれば学内の常駐に関して、特別な便宜を図るべきでした」

 

 そう言われて、護は『あ~、そのことか』と内心で空を仰いだ。

 

「……そう仰るということは、理事長自身は違う考えをお持ちだったんですね」

 

「ええ……何分、政府上層部では、呪いという存在に対し懐疑的な者も多いのですよ。

 理事長という立場に就いていますが、私の一存で決められることにも限界がありますから」

 

 呪術界も教育機関も、上層部が堅物なところは同じかと、護は苦笑する。

 

「その口振りからして、理事長は呪いについてご存じなので?」

 

「ええ、昔その手の事件に遭遇したところを、君のお兄さんに助けられてね。以来どうも勘が鋭くなったのか、見ることはできないが何かがいると感じる時があります。

 今回も、そのおかげで学内の異変に気付けたんですよ」

 

「なるほど。謝罪は確かに受け取りました。私としては特に気にしていないので、仕事の話をしましょう」

 

「そう言ってもらえると助かります」

 

「確認ですが今回の仕事、期間は3年。生徒として在籍し、呪いの発生兆候があればそれを祓い事前に防ぐということですね」

 

「ええ。こちらは3年の間に上に掛け合い、呪いに対する施策を進めるつもりなので」

 

「こちらとしても善処はしますが、実際に呪いの規模を見ていないので確約はできません。

 人員も私しかいない以上、全ての危険に対し、事前に対処できるとは期待しないで下さい」

 

「わかりました。できる限りの範囲で対処をお願いします」

 

「ご理解下さり、ありがとうございます。

 では、そちらから学内での生活について何か注意事項などはありますか?」

 

「そうですね……そのことについても、また謝らなくてはならないのですが、護君は当校についてどれほど知っていますか?」

 

「特殊なカリキュラムを組んでおり、徹底した秘密主義を貫く日本一の名門校。

 それくらいですね」

 

「はい。ご存じの通り、当校は特殊なカリキュラムを採用しています。

 ただ、それがどんなものかについて、事前に教えることはできないのです」

 

 そう言われた護の脳内に、一瞬疑問符が浮かぶ。

 正直なところ護本人としては、この学校でどんなカリキュラムが行われていようと興味はない。優先すべきは仕事をこなすことだからだ。

 しかし、このタイミングでこう言うということは、そのカリキュラムとやらが仕事にも関わってくるということか。

 

「これは当校の理念に関わってくることなので、詳しくは言えないのですが、今回君には生徒として入学してもらいますが、特別な待遇を施すことはできません。

 あくまで他の生徒と同じ立場でカリキュラムを受けていただくことになります」

 

「それは、仕方がないと受け入れていますが、何か問題でも?」

 

「問題なのは、仮に君が出席日数や赤点が原因で退学となっても、取り消すことができないという点です」

 

「はぁ、その程度でしたら、一応中学でも成績についてはキープしていたので問題ないと思いますが……口振りからしてそれだけではないんですね?」

 

「これ以上は現段階では言えません。入学すればおそらくすぐにわかるでしょう。

 本当にこちらから依頼する立場で勝手なことばかり、申し訳ない」

 

「……ちなみに私が退学になった場合、依頼はキャンセルということで?」

 

「僕としても他に頼れる伝手はありませんので、諦めるしかありませんね。

 もちろんこちらの勝手な都合なので、仮に退学になったとしてそちらに責任を追及するつもりはありません」

 

 護が退学になったとして、むしろ不利益を被るのは学校側なのに、それでも便宜を図るつもりはないらしい。

 確かにこれは依頼する側の物言いではないなと、多少の不満を感じてしまうが、向こうとて本意ではないだろう。護はひとまずその不満を飲み込んだ。

 

「わかりました。しかしこれは純粋な疑問なのですが、入学に関してねじ込むことはできるのに、退学は取り消せないというのもおかしな話ですよね?」

 

「入学に関しては問題ないのですよ。元々この学校は純粋な成績で入学者を選んでいるわけではないので。

 今回は私からの推薦で入学者の枠に入った形になります」

 

「あ、ということはやはりあの試験、意味がなかったんですか?」

 

 護は、ついこの間受けた入試試験を思い出しつつ疑問を投げかけた。

 突然知らされ、急ぎ中学の内容を復習したのは記憶に新しい出来事である。

 

「いえ、入試の成績、面接結果に関しては、きちんと本人の評価にも反映されています。

 全くの無意味ということではないですよ」

 

 仕事ではなく学校に関しての説明になったからか、本人が意識しているかは知らないが、理事長の口調はどことなく教師らしく教え諭すような風に聞こえた。

 

「君の残した成績はかなり優秀なものだったからね。それも、もちろん評価に反映されています」

 

 とりあえず勉強は無駄ではなかったらしい。そう考えれば少しは慰めにもなる。

 そこでふと、理事長は思い出したように言葉をつづけた。

 

「ああ、そうだ。君が配属されるクラスに、実は私の娘もいるんですよ。

 身内の贔屓目を抜きにしても優秀な子なのだけど、そのせいか少し勝気に育ってしまってね。

 何か失礼な態度をとってしまうかもしれないが、気にかけてもらえたら助かります」

 

「それは構いませんけど、娘さんですか……」

 

 軽く了承した護だが、すぐに何かを考え込むような素振りをとった。

 

「何か、気になることでも?」

 

「そうですね。依頼者という立場を踏まえて、一応聞いておきたいのですが――仮に娘さんと他の学生。両方が危険に陥った場合、どちらを優先したほうがいいですか?」

 

 その言葉に、今まで穏やかな笑みを浮かべて話していた理事長の表情が、僅かに強張った。

 話を聞いた限り、この理事長も呪霊事件に遭遇した経験はあるらしい。呪いの危険性についてはよく理解しているのだろう。

 酷な質問という自覚はあるが、護としてははっきりしておくべきだと考えた。

 

「……今回の依頼は、あくまで理事長である私が学校の治安のために依頼する形となります。

 個人的な感情で発言はできません。具体的な方針に関しては、現場の判断にお任せします」

 

 感情で発言できないとは言っているが、そう言っている時点で心中はお察しである。

 結局はっきりとしない玉虫色の回答であったが、護はそれ以上問い返すこともなく静かに頷いた。

 

「ではそのように。それでは、こちらの連絡先をお渡しするので、他に何か注意事項があったら送ってください。

 あと、ついでにこれも」

 

 そう言って、護は懐から小さなお守り袋を取り出した。

 

「これは?」

 

「中にお札が入ってます。これを持っていれば何かあったとき、すぐに私が駆け付けられるようになってます。

 私の呪力が籠ってるので、弱い呪霊なら怯えて近づきませんから、簡単な魔除けにもなります」

 

「おお、それは助かりますね」

 

「効果は3年で切れますが、その代わり水や火に近づけても濡れたり燃えたりしませんので」

 

 呪術師は何らかの制限を設けることで、呪力の強化、効果の拡張をすることができる。

 今回の場合、3年という期間を設けることで、その期間に限り状態の劣化を防ぐという縛りだ。

 

「あ、少々俗物染みた話になってしまいますが、失くした場合、二つ目以降は有料になりますので」

 

「なるほど、気を付けなくてはいけませんね。ちなみにおいくらほどですか?」

 

「そうですね、まぁ使用期限がありますから、大体200万ってところでしょうか」

 

 呪力が籠った道具は呪具と呼び、呪術師や呪霊同様に等級が存在し、特級くらいになれば億を超える物もざらにある。

 今回、護が渡したお守りは、込めた呪力量だけならば1級相当だが、効果が限定的で、護が移動するための、マーキングとしての役割くらいしか意味がない。

 だからこれは呪具の価値というよりは、護が護衛につく料金のようなものだ。

 

 特級相当の術師の護衛料。いわば軍隊にも匹敵する戦力が護衛につくと考えれば破格の値段なのだが、その辺りそれほど呪術の世界に浸かっていないだろう理事長に分かるはずもない。

 

 理事長はその金額に驚き、僅かに目を見開いた。

 

「それは、確かに大事にしなくてはいけませんね」

 

 彼の立場からしてみれば200万という金額は、その気になれば軽く捻出できるレベルだろう。

 それでも、それが大金であるという認識に違いはない。

 

 実際のところ護自身は金銭に固執する性質でもないのだが、無料で渡してこちらを軽く見られるのも困るが故の金額である。

 そもそも仮に失くされたとしても、護の方からお守りの位置情報は把握できるのですぐに見つけられる。これはあくまで軽々しく扱われないための予防策だ。

 

「こちらの連絡先もお渡しましょう。お守りのお礼という訳ではありませんが、何かあれば遠慮なく連絡してください」

 

「わかりました」

 

 そのやり取りを最後に、この場での会談はお開きとなった。

 




よう実風プロフィール

氏名  五条護
クラス 1年A組
誕生日 4月27日

学力   B
知性   A-
判断力  A-
身体能力 A
協調性  C

面接官からのコメント
学力、身体能力共に優秀な成績を残している。
品行方正であり、困っている生徒の手伝いをする姿が見られたなど、卒業校の教員からの心証評価も高い。
唯一、授業への欠席日数の多さが目立つが、家庭の事情によるものとの報告があるため、大きな問題としては取り挙げないものとする。

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