よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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20話 これが、愉悦?

 

 

「別にいいんじゃなーい?」

 

(そう言うとは思ってたけど、軽っ)

 

 夜、自宅マンションにて護は兄に電話で今日あったことを報告していた。

 結果、返ってきた返答がこれである。

 

「護身術程度に呪力操作教えるくらい、別に目くじら立てやしないって。

 まぁ、血筋だの伝統だの拘る爺さん共は煩いかもだけど、僕的には面白いからオッケェーイ!

 そもそもあいつら、野良の呪詛師がどんだけいると思ってんだろうね。目を背けたって、保健所は手伝ってくれないんだぜ?」

 

「術師を犬猫と同じ次元で語れるのは、兄さんくらいだよ」

 

 兄は時折、捨て犬や捨て猫を拾うようなノリで、気に入った術師にちょっかいを出す。

 他ならぬ護自身、実家で肩身が狭い思いをしていたところを「いらないなら貰ってくね~」と連れ去られた経験がある故、それをよく知っていた。

 

「そもそも中途半端な実力で首を突っ込むとか、かえって危険じゃない?」

 

 護は今でも鬼龍院に呪術を教える選択が正しいのか、分からないでいた。

 彼女を引き込むメリットは確かにある。了承した理由の半分以上は打算によるもの。

 呪力で脅してなお、恐怖に屈しないタフネスもある。教えなかったとして、自力で呪術について調べようとするのは想像に難くなく、その点では見えるところで手綱を取る方が安全とも言える。

 

 しかしそれらはあくまで合理性を重視して判断したにすぎない。

 彼女の将来を考えたとき、果たしてこの選択が正しいのかと言われると、護にはわからない。

 

 そんな護に対し、兄はいつものふざけた口調とは違う、真面目な様子で答えた。

 

「護さぁ、難しく考えすぎ。その子の言っていることはあながち間違っちゃいないよ。力が有ろうと無かろうと、巻き込まれるときは巻き込まれるもんさ。

 僕としちゃ、自分で自分の身を守ろうとする度胸は割と買うね」

 

「そうは言ってもなぁ……大体俺、人に教えた経験なんてないよ? あの学校の敷地内じゃ碌な実戦経験も積めないし」

 

 呪術師が成長する上で一番効率の良いものは実戦経験である。

 呪いとの戦いは恐怖との闘い。実際に命のやり取りができない中で、その経験は養えない。

 

「そだね~、その子がどれくらいのレベルを求めているのかにもよるけど、本格的に術師としてやってくつもりが無いなら、当面は逃げ足重視で呪力の使い方を教えればいいでしょ」

 

「もしもこっちにどっぷり浸かろうとした場合は?」

 

「その時は、『部屋』を使って外で実戦経験を積むことも検討しよう」

 

「……いいの?」

 

 『部屋』を使う。それは護が構築した空間を経由して外部に転移することを意味する。

 しかし、部屋の存在は護の術式の中でも特に秘匿すべき情報。現状この存在を知るのは護本人以外では五条悟のみである。

 

「あくまで、その娘が信用できるならね~。その娘も護が外部と連絡とれることは察してんでしょ?

 実際上の連中も、護がある程度の距離を転移できることは知ってるし、その点は無理して隠すほどじゃない」

 

 高専上層部は護の術式の全容を把握してはいないが、少なくとも転移能力を有していることに関しては知っている。

 具体的な距離や仕組みこそバレてはいないものの、少なくとも町と町をまたいで移動できる程度のことは認知されており、あくまで国内に限定した転移であれば、躍起になって隠すほどでもないと言えた。

 

「重要なのは部屋の存在だ。部屋を通る時に目隠しでもすりゃ問題はないよ。万一見られても、素人目にあの空間の異質さはわからない」

 

「ちょっと適当過ぎない?」

 

「ま、護の術式のことなんだし、この辺りの判断は護に任せるからさ。

 才能ありそうだったら、その内会わせてよ」

 

(会わせたくねぇなぁ)

 

 今日話した感じ、鬼龍院にはどこか兄に通じる自由人な印象が見受けられた。

 同類として相性が良いと判断すべきか、あるいは同属だから相性が悪いと判断すべきか。

 どちらにしろ、碌な化学反応が起きる気がしない。

 

 と、そこで護はふと思い出した。

 

「あ、会わせると言えば、前に言ってた高専の新入生との顔合わせ、どうする?

 こっちはある程度時間に余裕ができてきたけど」

 

「あー、それか。こっちもちょっとゴタゴタしてて忘れてた」

 

「ゴタゴタ?」

 

「気にしないでいいよ。もう大分落ち着いてきたし。

 そうだなぁ、護も今テスト期間でしょ? その娘の対応も考えなきゃいけないだろうし、テストが終わってから時間を合わせようか」

 

「そうしてくれるならありがたいけど……何か企んでる?」

 

 電話口の兄の声から、どことなくウキウキとした様子を感じ取り、護は眉を顰めた。

 

「いやいや、大したことじゃないよ。実は少し前に転入生が入ってね。なかなか面白い子だから、会ったら驚くと思ってさ」

 

「転入生? 俺聞いてないんだけど」

 

「サプライズだよサプライズ。どんな子なのかは、会ってからのお楽しみ。

 じゃ、そう言うことだから。日取りが決まったら連絡するよ」

 

 そうして、「じゃあね~」と言いながら一方的に電話を切られた。

 ツーツーと音を出すケータイに目をやりながら、護は僅かに顔を顰める。

 

「……兄さんのサプライズって、いつもどっかズレてんだよな」

 

 サプライズは基本的に二種類ある。

 人を楽しませるためのサプライズと、驚いた顔を見て自分が楽しむサプライズ。

 兄が仕掛けるのは、基本的にいつも後者だ。

 

 なんとなく不吉なものを感じながらも、考えても仕方がないかと護は思考を切り替えた。 

 

「先輩への返事は明日にするとして、一応準備はしとくか」

 

 もう夜も遅いため、連絡は明日することに。

 明日、明後日は土日で休み。何なら直接会って話すことも視野に入れて準備をする。

 そうして準備が終わると、この日はそのまま眠りについた。

 

 

◆◇◆

 

 

 夜が明けて朝になるなり、護は学生寮の部屋へと戻ってから、端末で鬼龍院に対してチャットを送った。

 時刻は7時半を過ぎたころ。学校が休みであることを踏まえたら、まだ寝ていてもおかしくない時間だが、返答はすぐさま返ってきた。

 

『とりあえず、上に許可はもらいました。詳しくは直接会って話したいのですが、都合の良い場所と日時を教えてください』

 

『了解した。こちらはいつでも構わない。何なら今日、私の部屋に来てくれても構わんよ?』

 

 単なる文章でしかないが、護には鬼龍院が揶揄うような笑みを浮かべている姿が容易に想像できた。

 とはいえ、この程度のことで動揺する護ではない。

 そもそもこの学内で密談ができる場所は限られてくる。互いの寮室というのは、護としても考えていた候補の一つだった。

 

『じゃあ、それで。時間は何時がいいですか?』

 

『ふむ、君は揶揄い甲斐が無いな。それとも、女性の部屋を訪れるのは慣れているのかな?』

 

『あんたから言い出したんでしょうが。

 冗談で言ったんなら、早く別の場所を教えてください。時間の浪費は嫌いです』

 

『もう少しゆとりを持ちたまえよ。会話は人生の潤滑油だよ』

 

『……はよ』

 

『やれやれ、仕方がないな。場所は私の部屋で構わんとも。一人で2年の寮室に来るのも目立つからな。10時頃にコンビニの前で合流しようか』

 

(なんで俺が呆れられてんだ)

 

『一人でも二人でも目立つとは思いますけど、まぁいいです』

 

『それで、詳しくは会ってからということだが、今日から教えてくれると考えてもいいのかな?』

 

『お望みとあればそうしますけど。一応今日、明日は時間があるんで』

 

『フフ、つまりはつきっきりで時間をもらえるという訳か』

 

『最初の方は傍で見てますけど、それ以外はやり方を教えるから基本自主トレでお願いします。

 いつも時間が空いてるとは限りませんから』

 

『承知しているとも』

 

『それじゃまた後で』

 

 あまり話を長引かせると、また余計な話題を振られることになりかねない。

 キリの良いところを見計らい。少し強引に話を打ち切った。

 

(昨日あれだけ呪力を中てられたのに、随分と乗り気だな)

 

 一晩時間を空ければ冷静になって躊躇いも生まれるかと思ったが、少なくとも文面からはそんな気配は見受けられなかった。

 

(あるいは冷静になったからこそ、危機感が刺激されたか)

 

 初めて経験しただろう濃密な呪力。それでかえって身の危険を自覚し、覚悟を決めたという可能性もある。

 もしもそうなら脅して遠ざけようとした護の行動は、完全に逆効果だったことになる訳だが。

 

(仮にまだ遊び感覚が抜けてないなら、それはそれで感心するけど)

 

 残るはまだ呪術について甘く見ている可能性だが、流石に死にそうな目にあってそんな能天気さを貫けるなら、むしろある種の才能と呼べるだろう。

 

 ともあれ、チャットをしている間に既に時刻は8時を過ぎている。

 護は手早く身支度を整えると、必要な手荷物を纏め始めた。

 

(今日だけでどこまで進むかわからないけど、適当に持ってくか。

 その間俺は暇になるし、勉強用の参考書も何冊か……)

 

 本来なら必要そうなものは、適当に術式で創った空間に放り込んでおけば済むのだが、護としてはそこまで自分の術式を明かすつもりはなかった。

 

「そろそろ行くか」

 

 そうして荷物を纏めている間に、手頃な時間になったので待ち合わせ場所へと向かった。

 

 

◆◇◆

 

 

 待ち合わせ場所には、既に私服姿の鬼龍院の姿があった。

 どうやら買い物をしていたらしく、手には買い物袋がぶら下がっている。

 

「どうも、お待たせしましたか?」

 

「いや、丁度買い物も終わったところだ。時間も十分前行動。模範的じゃないか」

 

「そりゃどうも……それは?」

 

 護は適当に返事を返しながら、鬼龍院が持つ買い物袋に視線を落とす。

 持っている買い物袋は二つ。見た所、中には弁当と飲み物がそれぞれ入っているようだった。

 

「なに、昼を挟むのだから昼食も必要だろう? わざわざ外食に出直すのも手間だと思ってね。好みに合うかは分からんが、君の分もある」

 

「はぁ、ありがとうございます。好き嫌いは少ない方なんで大丈夫ですけど……ちなみにいくらでしたか?」

 

 元々、護自身も昼食はコンビニ弁当で済ませようと思っていただけに、むしろ手間が省けたというものだ。

 一応弁当の代金を支払うべく、護はポケットから端末を取り出しながら問いかけるが、しかし鬼龍院はフッと笑みを浮かべながらそれを断った。

 

「不要だ。仮にもこちらは教わる身なのだからな。

 本当なら甲斐甲斐しく手料理の一つでも作ってもてなすべきなのだろうが、生憎と私は料理がさっぱりでね」

 

「なんで誇らしげ?」

 

 女子なら料理が苦手といえば多少なり気にしそうなものだが、鬼龍院にそんな素振りは感じられず、むしろ清々しいほどに堂々と言い放った。

 

「別段苦手という訳でも無いからな。今まで必要ないと思ったから学ばなかっただけのこと。今時珍しくも無いだろう。引け目を感じる理由も無い。

 そう言う君はどうなんだ?」

 

「まぁ、人並み程度にはできるつもりですけど」

 

 なにせ、それなりに長いこと一人暮らしをしている身である。

 正直、護自身は自分の口に入る分にはあまり味に頓着しないのだが、偶に乗り込んでくる兄に不出来な物を食べさせるわけにもいかないからと、色々と勉強している内に自然と料理の腕も向上した。

 

「そんなことより、早く行きましょう。ここで立ち話をしていても目立ちますし」

 

「ふむ、それもそうか。折角の貴重な時間を削るのも忍びないからな」

 

 さっさと会話を切り上げようとする護に対し、意外にもあっさりと頷く鬼龍院。

 あるいは、呪術について学べるということで気が急いているのか。 

 

「さてそれでは行こうか。家デートというやつだな」

 

「違います」

 

 茶化してくる鬼龍院に軽く突っ込みを入れながら、そして二人は寮室へと足を向けた。

 学年の違う男女が二人で歩いているとなれば、多少は目立つかとも思ったが、どうやらテスト期間中なのが幸いしたらしい。

 出歩いている生徒は少なく、途中何人かとすれ違っただけで然程問題も無く寮室へと到着した。

 

「お邪魔します」

 

「ようこそ。寛いでくれたまえ」

 

 部屋へ入ると、室内はイメージ通りと言うべきか綺麗に片付いていた。

 女子の部屋といえばパステルカラーの多い印象があるが、鬼龍院の部屋はあまり飾り気がない。家具などは比較的シックな色合いで纏っており、落ち着いた雰囲気の室内だ。

 

「さて、まずは飲み物でも入れようか。お茶かコーヒーか、希望はあるかな?」

 

「いや、いいですよ。遊びに来たわけじゃないですし。それより、早速始めましょう」

 

 そう言うと、護は部屋全体を覆うように、結界を張った。

 

「ふむ、これは結界というやつかな?」

 

「ええ、隣室に聞こえないとは思いますが、一応防音用に」

 

「なるほど。つまり今私が襲われたとして助けは来ないということか」

 

「あんた、人をおちょくらないと死ぬ病気にでもかかってんですか?」

 

 こうして、合間に冗談を挟んでくる会話のペースも兄と似たところがあり、その度に護としては、げんなりと疲れを感じてしまう。

 

「フフ、いやすまない。どうも興味深い人物が目の前に居ると、色々な反応を見てみたくなるんだ。

 癖のようなものだ。慣れてくれ」

 

「いや、そっちが自粛しろよ」

 

 全く悪びれることなく謝罪の言葉を口にする鬼龍院に対し、護はため息を吐きながら手に持った荷物を降ろした。

 

「もういいです。とりあえず先輩は、まずこれを壊せるようになってください」

 

 言いながら、護は印を組んで鬼龍院の胸元くらいの高さに、一つの小さな結界を生成した。

 

「一応呪術に関して教える許可はもらいましたが、そもそも呪力が練れないと話になりませんから。

 まずはこの結界を、呪力を込めた拳で壊してください」

 

 今の鬼龍院は呪霊が見えるだけで、呪力を練ることもできていない。

 それでは到底こちらの世界に関わるなんて無理な話。業界について基本的な知識を教えるのもそれからだ。

 

「呪力を練る、か。具体的にはどうすればいいんだ?」

 

「そうですね。呪いは負の感情から生まれるって前に言ったと思いますが、正確には感情そのものが呪力に変わっている訳じゃありません。

 呪力ってのは、誰しも体の中に眠ってます。負の感情はそれが外に出るためのきっかけに過ぎない。

 怒り、憎しみ、嫉妬、悲しみ、なんだっていい。強い感情を抱いた時、自然と体の内側から力が溢れるような、揺らぎのようなものを感じる筈です。

 あとは、その感覚に意識を集中させて下さい」

 

 なにぶん、人に呪術を教えるのは初めての経験であるため、こんな説明で良いのかと迷いながらも護は言葉を紡ぐ。

 幸い、鬼龍院自身も頭はいいようなので、この説明で理解はできたらしい。

 

「ふむ、やってみよう」

 

「どうぞ。あ、椅子借りていいです?」

 

「ああ、好きなところに腰掛けてくれて構わんよ」

 

 鬼龍院の了承を取り、机の近くにあった椅子に腰を掛け、鞄から参考書を取り出す。

 

(ま、初めてで目安が無いからわからんけど、今日中にできるようになれば早い方だろ)

 

 そう考えながら参考書を開いた途端、部屋の中にガツッと鈍い音が響いた。

 

「あ、ちなみにその結界、普通に固いんで呪力が纏えない内は結構痛いですよ」

 

 今回護が張った結界は、少しでも呪力を込めればガラスのように砕けるが、そうでなければ鉄でも殴ったような感触になる様にできている。

 本気で殴ったようにも見えなかったが、どうやらガラスのような見た目に油断でもしたのか、思いのほか力が籠っていたらしい。

 

 鈍い音が響いた次の瞬間には、鬼龍院は痛みをこらえるように殴った右手を抑えていた。

 

「フ、フ……なるほどな。気を付けるとしよう」

 

 平静を保とうとしながら、僅かに声が震えている鬼龍院の様子を見て、護は何となく胸の内がスッとするような気がした。

 

 

 

 

 






Q.鬼龍院さんてまだ呪術に対して遊び感覚なの?
A.危険性を自覚しながら、開き直った状態です。陰鬱な気分で習うより楽しんだ方がいいよね、というポジティブシンキング。


Q.護君のこと好きなん?
A.揶揄ったら楽しい相手と思ってます。同時に危険人物とも認識してますが、敵対されたらどうしようもないし、逆に味方にすれば心強いので積極的に関わる方針。


Q.護君ドライすぎん?
A.性格面で兄の姿がチラつくから。そうでなくても職業柄、感情の振れ幅抑え気味なので。仮に異性が裸で襲ってきても動揺せずに戦えます。


 あと乙骨君って具体的に何月に入学したのか分からなかったので、今回その辺りもぼかして話題を出しました。
 多分4月後半~6月くらいの間だと勝手に思ったので。


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